行き成りのクロウからの一発に、その場の誰もが言葉を失った。
その一発を喰らったティアナは余計にだ。
だが、そんな事は如何でも良いとばかりにクロウはティアナの胸倉を掴み引き寄せる。
「テメェ…一体如何言う心算だ!?ダチ公を危険に曝してまでの特攻たぁ如何いう了見だ!?
お前の言う優秀さってのは何か?仲間を危険に曝してもテメェが手柄立てることなのかよ!!」
ソレも致し方ない。
クロウが怒っているのは、ティアナの無謀な特攻に対してではない。
スバルを――仲間を危険に曝した戦法に腸が煮えくり返っているのだ。
何よりも仲間を大事にする、人情派のクロウとしては此れは看過できない。
故に、なのはの一発を邪魔してでも自分が『裁き』に出向いたのだ。
「ち、違う…私は…!」
「違わねぇ!!テメェのやった事は仲間ごと狙撃するのと同じ事だぜ!!」
厳しいクロウの叱責に、ティアナも何もいえない。
現実に、危険に曝されたのはスバルだ…此れが模擬戦でなかったらスバルは撃墜されていただろう。
鉄砲玉の怒りは、臨界ギリギリまで燃え上がってしまったようだ。
遊戯王×リリカルなのは 絆の決闘者と夜天の主 クロス86
『夫々の過去と思い』
「ったくガッカリしたぜ、オメェが仲間を蔑ろにする様な奴だったとはな…」
思い切り落胆した様子のクロウに、ティアナは何も言えない。
クロウの言った事は紛れもない真実なのだから。
「…ティアナ、オメェは何で『強くなろう』と思ったんだ?
兄貴の汚名を晴らすためなんじゃねぇのかよ?……オメェ、目的と手段が入れ替わっちまったんじゃねぇのか?」
「……」
答えられなかった。
余にもクロウの言う通りだから。
「まぁ、俺がごちゃごちゃ言うことじゃねぇが…もう1度良く考えてみろよ?」
それだけ言ってクロウは場所に戻っていった。
模擬戦は当然の如く中止だ。
だが、クロウのすべき事はまだ終っていない。
「スバル…!」
「クロウさん…?」
降りて来るなり今度は…
――バチン!!
スバルにビンタ1発!
今度の相手はスバルで有るらしい。
「おい…なんでテメェはティアナを止めなかったスバル!
今の戦術が危ないなんて事はオメェにだって分るだろ!!
それでも敢えてダチの為にか?馬鹿言ってんじゃねぇ!!
ダチ公が間違いそうになったら、ソレを指摘して止めてやるのもダチの役目なんじゃねぇのかよ!」
「…そう、ですね。」
スバルも思い当たる節があるのか、アッサリ陥落。
ティアナの提案をアッサリ受け入れてしまった事に多少の引け目は有るようだ。
だが、それでもクロウは止まらない。
「何よりもなのは!テメェは一体如何言うつもりだ!!」
「ふぇ、クロウ君!?」
次なる相手はなのは。
此れは誰も予想していなかった。
如何にもクロウはなのはに対しても怒りを覚えたようだ。
「別に『お仕置き』が悪いってんじゃねぇ、ビンタやゲンコツならまだ許容範囲だが…魔法ぶっ放す奴が居るか!!
何処の世界に模擬戦で馬鹿やった教え子を撃墜する奴が居る!
お前がやろうとした事は…え〜とそうだ、飛行機訓練で馬鹿やった練習生を機銃で撃墜するようなもんだぞ!
非殺傷つっても、魔法戦闘の現場に出てく奴に戦闘のトラウマ植えつけて如何すんだ馬鹿ヤロウ!!」
此方には『お仕置き』の方法にピキっときたらしい。
確かにクロウの言う通り、如何に非殺傷とは言えあの魔法を喰らったらトラウマになりかねない。
まして、今の精神的に不安定なティアナではそのまま精神疾患に陥ってしまう危険性も0ではないのだ。
「残り時間2分か……ち、こんなんじゃ訓練になりゃしねぇ、少し早いが終いだな…」
『…待機モードに移行するぜ。』
クロウはブラックバードを待機状態にしてフィールドを後にする。
スバルもティアナも、そしてなのはも声を掛ける事は出来なかった。
「…すまねぇ、ちっと頭冷やしてくる…後頼むぜ遊星…」
「あぁ…」
そして今の一件はクロウにとっても後味の悪いモノだった。
いや、クロウだけでは無い。
この場に居る全員が、酷く後味の悪い思いをしていた。
――――――
結局この日の模擬戦は全て中止となり、流れ的に解散と相成った。
クロウに叱られた3人が一様に沈んでいたのは言うまでもない。
「撃墜?なのはが?」
「うん…8年前にな。」
それでも隊長の仕事は無くならないが、かといって仕事をする気にもならない。
一応定刻までは帰る心算は無いので司令室で何するわけでもなくはやてと遊星は過ごしていた。
その折に出たのが『なのは撃墜』の話。
遊星が昼間の事――なのはの一件について話し始めた事がきっかけだった。
より正確に言うなら、なのはが発した『私みたいになって欲しくない』と言う一言。
ソレの意味が分らず、はやてに聞いたところ、帰ってきたのが『8年前になのはが撃墜された』と言う事だった。
「遊星が帰ったあと、私等は管理局員として働き始めたのは言うたよね?
こなした任務の数はもう覚えてへん位やけど……1度な、なのはちゃんとヴィータが組んだ任務の時に、な。」
「解せないな、なのはの戦闘技術と防御力なら並の相手には落とされないと思うんだが。」
ソレは確かにそうだ。
少なくとも遊星が知る限り、なのははボロボロになる事はあっても落とされた事は先ず無かった。
ソレを考えるとなのは撃墜と言うのは俄には信じがたいだろう。
「そやな…そう思うよな?……けど、せやからなのはちゃんは落とされたんや。
丁度そのころ、新たなシステムとして『ブラスターシステム』言う術者自身の能力を底上げするモンが開発されててな。
なのはちゃんはカートリッジとか使うのが目茶目茶巧かったから、試作品のテストにも協力してたんや。
結果は上々、実戦での使用もして性能は抜群!……誰もがそう思ってた。」
「違ったのか?」
「うん…術者自身の能力の底上げは成功やったけど、その底上げで術者に掛かる負担が結構大きかった。
当然その負担はなのはちゃんを直撃してたんやけど、なのはちゃんあの性格やろ?
『大丈夫』言うて、無理して任務に出て……そんで撃墜、2度と歩く事が出来ないとまで言われた大怪我やった。」
「其処まで…!!」
驚きの事実だろう。
自分が居なかった期間にそれだけの事が起きていたとは。
「まぁ、其処はなのはちゃんやからね、不屈の根性と努力で、たった1年半で身体動かせるにまで回復したんよ。
けど、それ以降なのはちゃんは徹底して基礎から練習をし直したんや…身体作りも含めてな。
私もその頃から一緒に基礎固めと身体作りをやるようになったんやけどね。
早い話、私もなのはちゃんも持って生まれた魔力の大きさに、知らずの内に頼ってたんやね。
そら、魔法の訓練はしてたけど…ソレを扱う自分自身のフィジカルトレーニングを怠ってたのは事実やしね…」
「それで基礎訓練を大事にしてたのか…」
「そう言う事や…」
なのはにはなのはの事情が有ったのだ。
無論、その経験を交えて基礎の大切さを説いていたらこんな事は起きなかっただろう。
だが、此れもまた仕方ない事なのかもしれないが、なのはは言葉で伝えるのが実はあまり得意ではない。
と言うか言葉より先に身体が動いてしまうのだ――幼い頃のアリサとの大喧嘩はその典型と言えるだろう。
今回の事もまた、つまりは先に身体が動いてしまったのだ。
「…皆に話すのか?」
「衝撃的な事件やから表沙汰にはしとうないけど…これからの事も考えると、話した方が良いかも知れへんね。」
総司令と言うものは、中々気苦労も多い役職らしい。
だが、今の状態では部隊運営に支障が出る所ではない。
この状況を何とかするためにも、封印されている事件を皆に曝す事を、はやては決断せざるを得なかった。
――――――
視聴覚室に集められたフォワード陣は皆衝撃を受けていた――映し出された映像に。
紅く染まった雪原。
砕け散ったデバイス。
血で染まったバリアジャケットを纏ってぐったりとした少女とソレに必死で呼びかける紅い騎士服の少女。
8年前に起きた惨劇が其処に映し出されていた。
映像そのものは、当時(恐らくは)グラーフアイゼンが記録していたものだろう。
ソレを管理局が『事件の記録』として保管し、同時に『観覧規制』を掛けていた物だ。
「こんな事が…」
「これが…高町一尉が基礎練習を重要視していた、重要視するようになった要因や……分ってくれたやろか?」
「…はい…」
アレだけ超人的な強さを持つなのはが基礎訓練に拘る理由は、痛いほどに良く分った。
全てはフォワード陣に大怪我をして貰いたくなかったからなのだ。
この場になのはは居ない。
いや、はやて以外の隊長クラスは居ない。(遊星は居るが)
この事件は誰にとっても辛い物だった故に、態々改めて見る事も無いと隊長陣をはやてが除外したのだ。
「こんな事が有ったとはな…」
クロウもまたこの事件には衝撃を受けていた。
同時になんとも言えない気持ちが湧き上がってしまったらしい。
「よ〜く分ったぜ……はやて、ちっとなのはに連絡とってくれねぇか?
『宿舎の中庭で待ってる』ってよ。」
「クロウ君?…うん、分った。直ぐ伝えとくな。」
「すまねぇ…ティアナ、スバル、オメェ達も一緒に来い。」
「クロウさん…」
「…分り、ました…」
スバルとティアナの2人を引き連れて、クロウは部屋を後にする。
勿論残された、ノーヴェ、エリオ、キャロは気が気では無い。
何せあんな事があった直後なのだ、当事者が揃うなどあまり良い予感はしない。
が、ソレを振り払ってくれるのが遊星だ。
「心配なのは分るが、クロウはもう怒ってないさ。
アイツなら、きっと巧くまとめてくれる……俺達は信じて待とう。」
「遊星さん……それが、一番かも知れないよな…」
クロウが何を意図してなのは達を集めたのかは分らない。
だが、遊星にはクロウが何をしようとしてるのかは大凡の見当は付いている。
故に心配ないと皆に言ったのだ。
はやてもまた、遊星の言葉を信じクロウにこの場は全面的に任せようと決めているようだった。
――――――
そのクロウだが…
「先ずは殴っちまった事を謝っとくぜ…悪かった。」
全員が揃うや否や、手を上げた事をティアナとスバルに謝っていた。
同僚扱いの自分が手を上げたのは良くなかったと思ったのだろう。
「あ、いえ…」
「私達も悪かったですから…」
対するティアナとスバルも、自分に非があった部分を認め、それに対して騒ぐような事もない。
「それからなのは…オメェの事を良く知らねぇで酷ぇこと言っちまったな…すまねぇ…」
なのはにも謝る。
確かにあの時のクロウは半ば頭に血が上っていた事は否めない。
冷静になると結構キツイ言葉を浴びせていた事に気が付いたのだ。
「クロウ君…うぅん、クロウ君の言う通りだから……流石にアレはやりすぎだったね…」
なのはもなのはで、冷静になると魔法を放ったのは失敗だったと思っていた。
あの時は自分の指導が伝わってない事に完全にキレたと言って過言では無い状態だったのだ。
「…オメェが何で基礎練習を重視してたのかは、今し方オメェの過去を見て良く分った。
ティアナだって良く分ったよな?」
「…はい。」
「だよな?だから次はティアナ、オメェの番だ。
オメェが何であんな馬鹿な無茶してまで『力』を求めたのか…なのはに教えてやれよ。」
クロウの狙いは正に此れだった。
ティアナはなのはの過去を知った、ならばなのはもまたティアナの過去を知って然るべきだ。
互いに互いの事を理解できれば、軋轢はなくなるのだから。
「クロウさんは知ってるんですか、ティアの『理由』。」
「ザックリとだけな…ソレもヴァイスからの又聞きだけどよ。」
ティアナがなのはに話している間、クロウとスバルもまた話しをしていた。
とは言っても、それほど難しい話はしないが。
「俺には親も兄弟も居ねぇから良くわからねぇが…家族が貶められたら黙ってられねぇよな…
俺だって、面倒見てるガキ共や仲間が馬鹿にされたら黙ってられねぇだろうが…肉親だったら余計だろうな…」
「そう…ですね…」
それ以上は何もいえない。
ティアナの無茶の理由は余にも重く、そして尊い。
彼女とて無茶をしたかったわけじゃない…傷付けられた兄の名誉を回復したかっただけなのだ。
故に力を求め…そしてなのはの訓練メニューに疑問を持ってしまったのだ。
「そっか…そんな事があったんだ…ソレはとても悲しく、悔しかったよね…」
「はい…だから、私は兄さんは無能じゃないって…ソレを証明したかったんです…!」
「うん…良く分ったよ。ゴメンねティアナ、私は貴女のこと理解してなかった。
貴女がそんなに苦しんで無茶してたなんて…知らなかったよ……隊長失格だね…」
「そ、そんなこと無いです!私だってなのはさんの意図をマッタク理解してなかったんですから…」
なのはとティアナも此れまでは言う事のなかった互いの本音をぶつけ、ソレが逆に軋轢を消しているようだ。
2人ともお互いの事を知った…ならば、此れからは今まで以上の関係を築けるはずだ。
「未熟な隊長だけど…付いて来てくれるかな?」
「はい…!」
「…巧く、行ったみたいですね?」
「だな…ったく、こんなのは俺のガラじゃねぇんだがな…」
「そんな事無いと思いますよ?良いと思います、クロウさんは何て言うか『お兄ちゃん』みたいですから。」
「はあ?」
「あ、いっその事『クロ兄』って呼んでも良いですか?
実はノーヴェが偶に『クロウのアニキ』って言ってる事があるんですよ〜〜♪」
「んだそりゃ!?…まぁ、良いけどよ…」
どうやらクロウがセッティングしたこの場は大成功。
先日の一件の事はすっかり解決できたようだ。
いや、ソレ以上により良い関係が築けたと言うべきだろう。
きっとフォワード陣は此れを期に更なる成長を遂げる事だろう。
「遊星さんの言う通り大丈夫だったな。」
「そうですね…良かったです…」
「ホントによかったですぅ…」
ソレを少し離れた物陰から見ていたのはノーヴェ、エリオ、キャロの3人。
如何に遊星が心配ないとはいっても、流石に気になって見に来たのだ。
だが、その心配はマッタクの杞憂だった。
ホッと胸をなでおろしたのは言うまでもないだろう。
また…
「見事やなクロウ君。」
「サテライト時代からアイツは色々と面倒見が良い奴だったからな。」
はやてと遊星も別の場所で事の顛末を見守っていた。
まぁ、此方は総司令として色々把握しておかなければならないと言うはやての理屈に遊星がつき合わされたのだが。
「ほな、戻ろか?昨日処理出来へんかった書類がたまっとるから明日までに処理せな…」
「はは、俺も手伝うさ。徹夜にならないように頑張ろう。」
「ホンマ、頼りにしてんで遊星。」
で、この2人は今日もまた書類整理と相成った。
取り敢えず、一時険悪には成ったが『雨降って地固まる』が如く、六課の絆が強くなったのは間違いないだろう。
――――――
――ミッドチルダの何処かの地下水道
「はぁ…はぁ…もう少し、もう少しだから頑張ってヴィヴィ…」
「ご、めんね…レ…シャ…」
黒髪の少女がハニーブロンドの髪の少女に肩を貸しながら地下水道を歩いていた。
2人とも年の頃は5〜7歳くらいだろう。
そんな少女がこんな場所を歩いているとは普通じゃない。
しかも2人とも身なりはボロボロ。
余程厳しい状況にあるのは間違いないだろう。
「光…!来たよヴィヴィ、もう少しで外!」
「やっと…!」
そして限界。
マンホールから差し込んだ月光に安心してしまったのだろう、2人の少女は其処で崩れる様にダウン。
同時に意識を失ってしまった。
この少女達が誰であるのかを知る者は居ない…今はまだ。
だが、黒髪の少女が夜天の主と絆の決闘者と、ハニーブロンドの少女が不屈のエースと出会うとき世界は大きく動く。
その時は、少しずつ近づいてきていた。
To Be Continued… 
*登場カード補足