クラス代表戦当日、一夏は日課の朝練を熟した後、試合前の蒼龍皇の最終メンテナンスの為に学園の『整備・開発室』にやって来ていた。
学園に派遣されているラビットカンパニーの整備スタッフによって蒼龍皇は最高のパフォーマンスを発揮出来るようになっているだけでなく、束が遠隔操作で一夏の最新のパーソナルデータを蒼龍皇に同期させていたので一切の隙は無い。


「俺の相棒は?……って聞くまでもないよな?」

「社長、首尾は上々!蒼龍皇は現時点での最高のパフォーマンスを発揮出来るようにメンテナンス済みです!」

「ま、当然だな。」


蒼龍皇は最高の状態に仕上がっており、一夏はハンガーに吊り下げられている三頭身状態の蒼龍皇に軽く拳で触れると、蒼龍皇も其れに応えるようにツインアイを点滅させて来た。
こうして一夏はクラス対抗戦に最高の状態で挑む事が出来るようになったのだが、一夏は部屋の隅でISを弄っている少女に気付いた――其の少女は青髪が特徴的で眼鏡と頭に謎の装置を搭載した少女だった。


「此処をこうして……ダメ、此れじゃあ山嵐の性能を生かしきれない。
 ならブースターとスラスターを強化して機動力を強化すれば……此れだと山嵐の絶対数が減っちゃう……お姉ちゃんに勝つにはクリアパッションを誘爆させて無効化する多重ミサイルは欠かせない……でも、機動力と山嵐の最大数は同時に搭載する事は出来ない……どうすればいいの?」


其の少女は超高速でタイピングを行い、自身の機体の開発を進めているようだったが、如何にも巧く行かないところがあり開発に難航しているようで、更には何かに焦っているように見えた。


「何かお困りかな?」

「だ、誰!?」

「俺だ!!」

「俺?」

「そう、俺だ!」

「結局誰?」

「織斑一夏。世界初の男性IS操縦者にしてラビットカンパニーの社長を務めてるよろしくな。」


一夏が声をかけると青髪の少女は驚いたが一夏が世界初の男性操縦者である事を聞くと、一瞬でその表情を一変させた――能面の様に無表情なった少女の瞳には一夏に対する憎悪の念が浮かんでいたのだ。


「貴方が織斑一夏……貴方のせいで私の日本代表候補生としての人生は狂わされた……そして其れだけじゃなく専用機の開発もストップされて、この子は未だに未完成のまま。
 貴方が居なければこんな事にはならなかった……!!」

「なら倉持にそれ言えよ。……てか専用機の開発がストップされたってーと、アンタ会長さんの妹か?」

「だったら何?」

「名前くらいは聞かせて貰おうかと思ってな?
 そっちは俺の事を知ってて一方的に恨み節をぶつけてくれたが、俺はアンタの事を知らないのに恨み節だけをぶつけられるってのは些かフェアじゃないだろ?」

「……簪。」

「簪……更識簪ね、了解した。
 それでだ……こう言っちゃなんだが、倉持がやった事は完全に連中の独断で俺は倉持に専用機の開発なんぞ一度たりとも頼んだ覚えはない。
 連中が勝手に『捕らぬ狸のなんとやら』ってな感じで先走ったに過ぎん……それと、見た感じだと一人で機体を完成させようとしてるみたいだが、たった一人でISを組み上げるなんぞ束さん以外には出来ないから周囲を頼る事を進めるぜ。」


続いて少女――『更識簪』は一夏に対して逆恨みとも言える事を言って来たのだが、一夏は其れを適当に流すと、簪の専用機の開発が凍結された真の理由を簪に話して専用機の開発は一人では行えないと言う事を言ったのだが――


「口では何とでも言える……私は負けないから。貴方にも、お姉ちゃんにも……!!」

「そうかい……なら好きにしろ――だが此れだけは言っとくぜ?後悔先に立たず……この言葉を忘れるなよ?」


簪の態度は頑なだったので、一夏も其れ以上は特に言う事はなく己の専用機の仕上がり具合を確かめるに至ったのだった。









夏と銀河と無限の成層圏 Episode7
『開幕!クラス対抗戦!!~Total destruction~』










同じ頃、寮の裏庭では千冬とオータムが対峙していた。


「お前が私を呼び出すとは何か無視出来ない事があったのだと思うのだが……何があった?」

「端的に言うとだな、亡国機業と繋がりがありそうな奴が俺に接触してきやがった。」

「クラス対抗戦が始まる此のタイミングでか……何か仕掛けてくる心算か?」


そこでオータムはイキナリ特大級の爆弾を投下して来た――元亡国機業の最強エージェントであるオータムに亡国機業からの接触があっただけでも普通は驚きなのだが、千冬は思いのほか冷静だった。
更識のエージェントと束によって亡国機業の動きは厳重かつ慎重に監視されており、その動向は学園側も把握しており、学園内に亡国のエージェントが生徒として入り込んでいる居る事も既に把握済みだったのだ。


「あんまし驚かねぇのなアンタ?」

「まぁ、既に学園内に不穏分子が紛れ込んでいる事は把握しているからな。
 とは言えそれが誰なのかまではまだ分かっていないので泳がせていた訳だが此処で尻尾を出してくれたか……元亡国機業の実働部隊だったお前ならば接触して来た相手の事も知っているのだろう?
 誰だ?」

「スコールに写真を見せて貰っただけで実際に会うのは俺も初めてだったんだが、三年の○○・○○○○だ……まぁ、あいつ自身はマッタクの堅気で叔母であるスコールから頼まれただけって線も消えないから確定的な事は言えないんだけどよ、今度のクラス対抗戦は警戒しといた方が良いと思うぜ?」

「あぁ、そうしよう。
 最悪の事態を想定して教師部隊だけでなく更識達も現場に配備しておくとしよう……成程、元亡国のエージェントを手元に置いておくとこんなメリットもある訳か……其れを見越してお前をスカウトしたのだとしたら一夏は中々の慧眼だな。」

「旦那は凄い奴だぜ?きっとアンタが思ってる以上にな。
 てか、男嫌いだった俺が気に入っちまったんだから相当だろ?ぶっちゃけた事言うと、旦那に彼女が居なかったら一発やりたいくらいだったからなぁ?
 ……彼女との初めての時に恥かかないように色々レクチャーしてやるのはありか?」

「なしに決まっておろうが馬鹿者!!」


オータムに声をかけて来た相手はまだグレーゾーンだったので千冬は直接的な対応はせずに、学園の警備レベルを引き上げる方向で考え、学園長に教師端末で其れを伝えると、学園長も其れを承認したので先ずはその流れとなったのだった――亡国機業が襲撃してきた際には即座にIS学園の全戦力を投入して撃退出来る布陣とも言えるのだが。


「時にオータム、お前酒は行けるクチか?」

「ん?まぁ、人並み以上には行けるぜ?
 亡国時代には飲み比べ挑んで来た奴等を軒並みぶっ倒して来たからな!」

「ならば少し付き合え。
 いい日本酒を出す旨い焼き鳥屋を本土で見つけたのでな、其処で一杯やろう。レバーを塩で提供してくれる店だから味は保証するぞ。」

「レバーを塩でか!そりゃ期待できるな!」


クラス対抗戦での学園の方針が決まると、千冬とオータムはモノレールで本土に移動して、そして千冬お勧めの焼き鳥屋で絶品の焼き鳥を肴に酒を楽しみ、飲み比べを挑んできた男性客を軒並み酔い潰していた。
因みにオータムは酔いが回っても酔いつぶれない所謂『ザル』で、千冬はドレだけ飲んでも全く酔わない所謂『ワク』だったので此の結果は当然と言えただろう。








――――――








クラス対抗戦当日。
開会式の後に先ずは一年生の部の組み合わせが発表されたのだが、第一試合は三組代表のロランと四組代表の生徒で、第二試合が一組代表の一夏と二組代表の鈴だった。

そして第一試合なのだが、此れはロランが圧倒していた。
国家代表候補生と一般生徒との技量の差は大きく、更に専用機と学園に配備されている訓練機では機体性能に雲泥の差があるのでこの試合展開は当然と言えるだろう。


「嗚呼、機体性能に圧倒的な差があろうとも諦めずに立ち向かって来る其の姿のなんと美しい事か!
 機体の性能差はあれど、君と私の力量には其処まで大きな差はないだろう……にも拘らず、機体性能と言う下らないモノでワンサイドゲームになってしまったのが残念でならないよ。
 もしも君が専用機を有していたならこの様な展開にならなかっただろう!
 だから、君は私に負けた事を恥じずにここまで粘った事を誇ると良い!君以外の一年の生徒ならば専用機持ちでない限りは私に瞬殺されて終わりだったろうからね。
 君は確かな実力者だったよ。」


試合はロランが勝利したのだが、ロランは機体を解除すると芝居じみたセリフを言いながら四組のクラス代表に近付くと、その頬に唇を落とした。
其れに観客席からは黄色い声援が上がるが、頬へのキスは『親愛』を現すモノなので同性でも全然OKなのだ――尤もそれを受けた四組の代表はロランに『ぽ~~~』となってしまったのだが。

ロランが色々な意味で会場を盛り上げてくれたが、続く第二試合である『一夏vs鈴』は更なる盛り上がりを見せていた。
放送部がちょっと間違った方向に気合を入れてアリーナのオーロラヴィジョンには一夏と鈴の入学試験の実技試験の映像が流れ、更には一夏と鈴は別々にアリーナに登場する事になっていたのだ。


『本日のセミファイナル。時間無制限一本勝負を行います!
 まずは青のゲート。初めて外国人として日本の国家代表候補生となった凰鈴音、入場!』



先に西側の青ゲートが開き、黒のカリスマこと『蝶野正洋』が正統派次代に使っていた入場テーマ曲『Fantastic City』の軽快なメロディと共に鈴がカタパルトから射出され、見事なバレルロールを披露した後に青ゲート前に陣取って一夏を待つ姿勢を取った。


『続いて赤のゲート!世界初の男性IS操縦者にしてラビットカンパニーの社長!織斑一夏、見参!!』


続いて一夏の登場なのだが、コール後に荘厳なピアノの演奏が鳴り響き、其れが終わったら今度は一転して激しいビートを刻むロックの旋律が鳴り響いて来た――一夏は稀代の天才プロレスラー『武藤敬司』の入場曲の一つである『Out Break』のフルバージョンを使って入場して来たのだ。


「出来ればアンタとは決勝で戦いたかったんだけど、組み合わせはクジで決まるんだからどうしようもないわよね――だけど考え方を変えれば一回戦でアンタと当たるっても悪くないわよね?
 一回戦なら確実にアンタと戦える訳だからね!」

「ま、確かにそうだな。」

クラス代表戦第二試合!織斑一夏vs凰鈴音!デュエル、スタートォォオ!!』

「行くぜ鈴!」

「行くわよ一夏!!」


試合開始と同時に両者一気に近付き一夏は登龍剣を、鈴は双天月牙を展開して近距離での斬り合いとなった。
両刃の登龍剣での一刀流に対し、鈴は巨大な青龍刀である双天月牙の二刀流であり、其れだけを見れば手数でも攻撃力でも勝るであろう鈴の方が有利に見えるのだが、この斬り合いは互角の様相を呈していた。


「く……ったく、相変わらず出鱈目なパワーねアンタ?
 アタシの専用機はパワーと燃費に限って言えば第三世代でもトップクラスだってのに、其れが二刀流で挑んでやっと互角とか、機体性能だけじゃなくてアンタのパワーがバグり過ぎよ一夏!
 そもそも剣一本で二刀流に対応出来るとか如何なってんのアンタ!?」

「俺の剣の師匠は龍韻先生と千冬姉と和中のアニキなんだが、いずれも一刀流で二刀流の相手が出来る猛者だったからな……此れ位は出来て当然ってモンだろ!!」

「そう言えば、アンタの剣の師匠は人外レベルだったわね!!」


手数の鈴に対してパワーの一夏だからこそ互角の様相を呈しており、此の展開に客席は大盛り上がりだったのだが――


「(一夏、このまま続けたら登龍剣が持たないぞ?)」

「(だろうな……正直なところ、あの凶悪な二刀流を登龍剣だけで捌くのは些か無理があると思ってたからな……まぁ、簡単に鈴に勝てるとは思ってなかったけどよ……だからと言って負けてやるつもりは毛頭ねぇ……行くぜ相棒!!)」

「(承知した!)」


実のところ一夏は登龍剣一本で鈴と遣り合う事に対して限界を感じていた。
鈴の双天月牙――巨大な青龍刀による二刀流は凄まじい攻撃力であり標準的な両刃剣である登龍剣一本で対処するのは一夏の実力と蒼龍皇の性能をもってしても限界が来るのを一夏も蒼龍皇も感じていた。
なので一夏はこの剣戟の間に前蹴りを繰り出して鈴を蹴り飛ばして強引に間合いを開けると――


「超力変身!剣王蒼龍皇!!」


ワンオフアビリティーの『超力変身』を発動し、蒼龍皇は『剣王蒼龍皇』へと姿を変えた。
機体の蒼だった部分は黒くなり、ショルダーアーマーは左右非対称となり、背にはマントが現れたりと、セシリア戦で見せた『獅子蒼龍皇』よりも見た目の変化が大きいのだが、何よりも目を引くのは右手に握られている剣だろう。
ノーマルの蒼龍皇の登龍剣は、金色の刀身が目を引くモノの標準的な両刃剣だったのだが、剣王蒼龍皇が手にしているのは剣先から三分の一の部分が三又になっており、刀身の幅もノーマルの倍となっており、何よりもその全長は一夏の身長よりも遥かに大きなモノとなっていたのだ。


「アンタ、其の姿は……!」

「どうにも剣王の力を使わないとお前との斬り合いは厳しそうなんでな……悪いが使わせて貰ったぜ?よもや卑怯とは言うまいな?」

「言う訳ないでしょ……寧ろアンタにワンオフ使わせたなら上等よ!アタシはアンタが本気出さなきゃ勝てない相手って事だからね!」

「良くぞ吠えた!本番は此処からだぜ!!」


一夏と鈴は再び肉薄すると激しい剣戟が再開されたのだが、剣王蒼龍皇になって登龍剣が強化された事で、今度の剣戟は少しばかり一夏に有利になっていた。
ノーマルの登龍剣でもギリギリとは言え互角の戦いが出来ていたのであれば、剣の攻撃力が互角になったのであれば一夏が有利になるのも道理なのだが、其れ以上に此処で一夏と鈴の剣術の地力の差が出ていた。
鈴は所謂天才タイプで一度見たモノは大体出来るようになるのだが、一夏は師がいずれもぶっ飛んでいた事で自分の事を凡才と思っており、その為に凄まじい鍛錬を積んできた……言うなれば無自覚の天才タイプが凄まじい努力をして来たのだ。
無論鈴も努力をして来たが、一夏と比べると其の差は月と鼈と言えるだろう――言うなれば鈴が一般道を時速100㎞で突き抜けて行ったのだとしたら、一夏は時速500㎞で突っ切って行ったと言う感じだ。


「アンタねぇ、なんでそんな巨大な剣を軽々振り回せんのよ!機体のパワーアシストあったとしても有り得ないわよ!?」

「青龍刀の二刀流のお前が言っても『どの口、おまいう』だぜ鈴!!」

「否定出来ないわね……でも、好きなようにはさせないわよ!これでも喰らえ!!」


此処で鈴も切り札を切って来た。
甲龍から何かが発射されたかと思った瞬間、一夏の頭が跳ね上がったのだ。


「なんだ、今のは?」

「驚いた?
 此れが甲龍の特殊武器『龍砲』よ!圧縮空気を打ち出す見えない弾丸……更に龍砲の射角は無限大――つまり、どんな角度からでもアンタを狙う事が出来るって訳よ!」

「見えない弾丸か……そりゃ厄介だが、だったら見えるモノから弾道を導き出すだけだぜ!!」


其の攻撃の正体は圧縮した空気弾を撃ちだす甲龍の特殊武器である『龍砲』だった。
普通なら射角限界がなく更に見えない射撃ともなれば対応は困難なのだが、一夏は二度目の龍砲が放たれると、其れをギリギリで回避し、逆に鈴のボディに鋭い横薙ぎを炸裂させてシールドエネルギーを大きく減らす。


「アンタ、なんで龍砲を避けられるのよ?龍砲の空気弾は見えない筈なのに……」

「空気弾は確かに見えねぇ……だが弾丸が見えないなら見えるモノを見ればいい。
 透明な空気弾は見えないが、其れでも見えるモノ――其れはお前の視線だ鈴。お前は龍砲を撃つ時に撃つ場所を目で見ちまってる……成程、小峠のアニキが『ガンマンが能面みたいな顔で撃つ訳だ』って言ってたのは道理だった。
 いくら弾丸が見えなくとも、視線が分かっちまえば避けるのは簡単なんだよ!!」

「そんな事が出来るのはこの学園でアンタと千冬さんだけでしょうに!!」


だが鈴も負けずに双天月牙の二刀流に蹴りを主体とした中国拳法を織り交ぜ、一夏も剣術に体術を織り交ぜた戦法を使って互角の戦いを繰り広げ、観客席は大いに賑わっていた――第一試合のロランが圧倒的なワンサイドゲームだったので、この試合展開は燃えるモノになっていたのだ。


「行くわよ!……はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「フン!フン!!フン!!!」


鈴が鋭い踏み込みから連続蹴りを放てば、一夏は其れを的確に捌き切り、逆にカウンターのジャンピングアッパーを繰り出したのだが、鈴は其れを華麗にバック天で回避すると地面に着地して一夏と向き合う。
其処から鈴は龍砲を連発するも、一夏はそれを剣王登龍剣で両断し、拳で粉砕し、蹴りで弾き飛ばし、頭突きで爆砕し、挙句の果てには見えない筈の龍砲を掴んで鈴に投げ返して見せた。


「アンタねぇ、不可視の空気弾を掴んで投げ返すとか流石に有り得んでしょ!?」

「圧縮空気は不可視だが、圧縮されて質量が増してるから掴む事は理論上は可能なんだよ!」

「机上の空論を実現すんじゃないわよ!」

「逆の立場でお前がそう言われたらお前は止めるのか?」

「止める筈ないでしょ!」

「だよな?だったらそう言う事だ!」


其処から一夏と鈴の戦いは激しさを増し、剣王登龍剣と双天月牙がぶつかる金属音が響き、火花を散らす――だけではなく、其の剣戟の合間に一夏の実戦空手をベースとした体術と、鈴の功夫ベースの中国拳法が交錯し、ISバトルの花形とも言える燃える近接戦闘の応酬が行われている。
それでも一夏と鈴の体格差は大きく、体格差で勝る一夏が少しずつ有利になって行ったのだが――


「隙あり!!」

「!!」


一夏の大振りをダッキングで躱した鈴は、一夏に肉薄すると其の腹部に手を当て……


「八極拳、ドッカァァァァァァン!!」


中国拳法は八極拳の奥義である『発勁』をブチかます。
発勁は中国拳法の真髄とも言える『気』を使ったモノであり、極めれば体格差を凌駕する奥義とされているのだが、そもそも目に見えない『気』を使うと言う時点で眉唾モノと言えるだろう――だが、気の力は実際に存在しており、一流の達人は其れを使いこなす事が出来るのだ。


「此れはどうよ一夏!」

「お前が気を高める術を身に付けてるとは驚いた。
 だが、其れを認めた上で敢えて言おう!鈴、お前は確かに強いが、其れはあくまでも表の強さ、スポーツマンとしての強さだ――悪いが俺は、俺達織斑兄妹はガキの頃から天羽組さんの世話になってて、天羽組のアニキ達に鍛えられてるんだぜ?
 裏の強さを知ってる俺に表の強さしか知らないお前が勝てると思うのか?」

「普通に考えたら勝てないわよね……だけど、此処でアタシがアンタに勝ったら面白いわよね?」

「違いないが、出来るのか?」

「出来るかどうかは問題じゃないわ!やるかやらないかよ!!」

「ふ、そう来なくちゃな!!」


其処からは更に激しいクロスレンジの戦闘が行われ、観客は『瞬き厳禁』の状態となっていた。
一夏も鈴も互いに攻めながらも防御面ではクリーンヒットを許さない、正に一進一退の攻防であるだけでなく、其の戦闘技術はそのままISの教本に載せてもおかしくないレベルなのだ。
そんな激しい攻防の中、鈴と肉薄した一夏は鈴の腹部に人差し指を当てると……


「盛大にぶっ飛んどけや!!見様見真似、ワンインチパンチじゃあ!!」

「いってれぼ!?」


其処からほぼノーモーションで鈴の腹部に拳を叩き込んで吹き飛ばす。
拳と鈴との距離は僅か1インチしかなかったのだが、ワンインチパンチはコンクリートの床を砕く程の鋭い踏み込みと同時に其の1インチの間に拳を最速で繰り出す最強レベルの拳打であり、かのブルース・リーの必殺技で、実戦でも充分に強力な技なのだ。
一夏のワンインチパンチはブルース・リーの映画を見て真似た見様見真似なので本家本元には及ばないだろうが、一夏のずば抜けた身体能力によって本家の8割程度の威力は出ているだろう。

此の一撃によって甲龍の絶対防御が発動しシールドエネルギーが大きく減り、状況は一機に一夏有利に傾いた。


「ぐ……今のは効いたわ一夏……アタシじゃなかったら胃の中身リバってるわよマジで……」

「これを喰らって立ち上がるとはやるじゃないか鈴……久しぶりに楽しい戦いをさせて貰った。
 本音を言うならもっと戦いたいんだが、そろそろ試合時間のリミッターに達するだろうからケリを付けようぜ?……引き分けも、判定勝ちも俺は好きじゃないんでね。」

「あら奇遇ね?アタシも同じ事を考えていたわ……だから、最後はお互いに手加減なしよ!」

「上等だ!!」


そして次の瞬間には一夏も鈴もイグニッションブーストを発動し、己の最高のスピードをもってして肉薄し、其処から凄まじい剣戟が行われ客席も大きく盛り上がって行くのだった。






――――――








クラス対抗戦が行われているアリーナの上空には楯無とオータムの姿があった。
互いに専用機である『ミステリアス・レイディ』と『アラクネ改』を展開し、外敵の襲撃に備えていた――オータムからの情報でクラス対抗戦に何かが起きる事を確信した千冬は、アリーナ内の警備に教師部隊を配備し、アリーナ外の警備に楯無とオータムを当てていたのだ。
アリーナ外の警備がたった二人で大丈夫なのかと思うだろうが、大丈夫なのだ。
楯無は千冬を除けば学園最強であり、オータムは亡国機業時代は実働部隊最強と評されている――日本暗部の長と亡国最強、裏社会トップクラスの実力者が二人いるのであれば、あくまでも表の世界の人間である教師部隊の隊員は逆に足手纏いになりかねないで此れが正解なのだ。


「貴女の機体ってアメリカ製の『アラクネ』よね?……だけど、私が知ってるのとは少し違う気がするのだけれど?」

「ま、俺の機体は旦那の会社で改造されてっからなぁ……最早原型とは性能差がエグイ事になってるぜ?
 しかも前とは違って完全に俺の専用機としてパーソナライズされてるから動きも可成り良くなってるから、ぶっちゃけると今の俺は亡国時代の三倍は強いぜ間違いなくな。」

「あら、頼もしい♪」


オータムの専用機となった『アラクネ改』は亡国機業時代にアメリカから強奪した『アラクネ』を『ラビットカンパニー』で完全にオータム専用に改造したモノであるが、外見的には其処まで変わっていなくとも性能は大きく異なっていた。
背部ユニットに搭載されている蜘蛛を思わせる八本の機械腕には全てに近接戦闘用のブレードが搭載されているのだが、改造後は射撃武器も追加されており、機械腕一本に一つの射撃武器が搭載されているのだ。
搭載されているのは『マグナム』、『ショットガン』、『アサルトライフル』×2、『グレネードランチャー』×4である。
一撃の破壊力のマグナムと広範囲をカバー出来るショットガンに加えて連射力のあるアサルトライフルの組み合わせはバランスが良いのだが、グレネードが4基と言うのは些かバランスが悪いように思えるだろう。
だが此のグレネードランチャーは夫々が異なる弾丸を撃ちだせるようになっており、『グレネード弾』、『火炎弾』、『氷結弾』、『硫酸弾』を撃てるようになっているのだ……改造を担当した束率いる改造担当メンバーからは『対BOWガス弾』を撃てるようにしたいとの意見もあったのだが、使い道がまるでない上にネタの域を出ないので一夏が却下していたりする。


「時に会長さんよ……此れ、強力なのか?」


それはさて置き、アリーナの警護を担当している楯無とオータムの手にはなにやら物騒なモノが握られていた。
卵よりも少し大きいくらいの其れは金属製であり、何やら押しボタンのようなモノが見て取れる。


「対IS用のハンドグレネード……更識の技術を結集したわ。」


其の正体は言うなれば『更識印のIS用手榴弾』だ。
通常の手榴弾とは異なりピンを抜く必要はなく、投擲前に本体のボタンを押せば着弾時に自動で爆発する優れモノであり、投げ遅れて自爆する心配もない(使用者にとっては)とっても安全な手榴弾なのだ。


「アンタが作ったのか?」

「威力は兎も角、派手さは保証するわ。派手なの、好きでしょ貴女って?」

「ま、否定はしねぇ。」

「でしょ?表の祭りは一夏君達が盛り上げてくれるでしょうから、裏の祭りは私達で派手に行きましょ。」

「あぁ、そうだな……ちょうど参加者も揃うところだしな。」


その時ミステリアスレイディとアラクネ改のハイパーセンサーが学園に接近する物体を感知した――其の数は四。
数の上では向かって来ている相手の方が上だが楯無もオータムもその顔に焦りはない……寧ろやって来た相手を叩き潰す気満々と言った感じの表情を浮かべていた。


「さぁて、裏のお祭りの開幕よ!」

「They'll do it for you.(マッタクやってくれるぜ。)
 But I don't dislike this seaweed...it's so fun I feel like I'm going crazy!(だが此のノリは嫌いじゃねぇ……楽しくて狂っちまいそうだ!)
 Let's Party of the Crazy!!(イカレタパーティの始まりだ!!)」


獲物を狩る肉食獣が如き獰猛な笑みを浮かべると楯無はランスを、オータムは右手にロングコンバットナイフを、左手にサブマシンガンを展開して臨戦態勢に入り、そして……決して日が当たる事がない裏の祭りが始まろうとしていたのだった。









 To Be Continued