学園生活二日目。
此の日、夏月と同室のロランは鼻孔をくすぐる香しい匂いと熱した油の弾ける音で目を覚ました――目覚めたロランは、洗面所で顔を洗って完全に覚醒すると、制服に着替えてから部屋のキッチンに。
そしてキッチンでは夏月が朝っぱらから揚げ物をしていた。ロランの眠りを起こした油の弾ける音は、夏月が揚げ物をしていた音だったと言う訳である。


「朝から精が出るね夏月。其れは私達の朝ご飯かな?」

「いんや、コイツは本日の弁当のメインディッシュって奴かな?丁度良い具合に揚がったから、味見してみるかロラン?」


夏月が朝っぱらから揚げ物をしていたのは本日の弁当の仕込みを行っていたからだった。
ロランが来たタイミングで丁度揚がったので、一つ味見を勧めてみる。弁当のおかずの味見が出来ると言うのも、夏月と同室であるロランの役得であると言えるだろう……ロランの女性としてのプライドが粉砕される危険性も若干存在はしているが。


「此れは唐揚げと言うモノかい?食べるのは初めてだけれど、それだけに楽しみだね。
 ……ふむ、衣はサクサクかと思ったら意外とふんわりしているモノなんだね?味付けは日本の醤油がメインなのだろうけど、衣の中身は一体何だい?
 コリコリとした食感が特徴的だけれど、此れは唐揚げに使われる鶏肉ではないよね?」

「その通り。この唐揚げの材料は鶏肉じゃなくて豚の直腸の肉厚な部分なんだ。」

「豚の直腸って食べるのかい!?初めて食べたよ!」

「まぁ、あんまりメジャーじゃないからなぁ?知る人ぞ知るって感じなんだけど、最近はあつかうスーパーや肉屋も少しだけどあるんだよ。んで、入学前に買っておいたのを荷物と一緒に送って貰ったって訳。
 コリコリの食感が旨いんだけど部位が部位だけに結構臭いがキツイから、先ずは牛乳で洗ってから食品用のポリ袋に入れて、其処におろしショウガとおろしニンニク、酒と醤油と一味唐辛子を加えて全体に味が馴染むように袋の上から揉んで一晩漬け込む。
 んでもって、一晩漬け込んだら袋の中に片栗粉と卵白を入れて良く馴染ませると其れが衣になるから、後は160℃位の少し低めの油でじっくり揚げれば出来上がりって訳だ。内臓肉だからしっかり火を通さないとだぜ。」

「成程、随分と手が込んでいるんだね。」


夏月が作っていたのは一般的な鶏の唐揚げではなく豚の直腸の唐揚げだったが、味見をしたロランには中々好評だった様である。
同時にロランは夏月の料理の腕前に驚かされたがプライドが圧し折られる事はなかったようだ。逆に言うならば、ロランも料理の腕前には夏月に負けないくらいの自信があると言うのかも知れない。
その後夏月は、衣を作る際に余った卵黄三個に全卵を三つ加えてチキンコンソメとカレー粉で味付けした卵焼きを作り、アスパラのバター醤油炒め、三種のパプリカの即席ピクルスも作って唐揚げと共に弁当箱に詰め、ご飯も詰めて行ったのだが、ご飯は只詰めるだけでなく薄く詰めた上に先ずはノリの佃煮を全体に乗せてからまた飯を薄く詰め、今度は鮭フレークを全体に散らしてからまた飯を詰め、最後は焼き明太子の解し身を振り掛けてから飯の隅に福神漬けを添えて弁当完成。
福神漬けと言えばカレーのお供と思われがちだが、元々福神漬けは『ご飯に合う七つの食材を最高の味で漬け込んだ漬け物』として作られた物なので、普通にご飯のお供にしてOKなのである。


「実に見事な手際の良さだったね?」

「料理は趣味だからな。」


あっと言う間に五人分の弁当を作り上げてしまった夏月の腕前は若しかしたら並の料理人を遥かに凌駕しているのかも知れないが、ともあれ無事に弁当は完成したので一つはロランに渡して一つは自分の弁当用の手提げ袋に。
残る三つは此れから楯無と簪と乱に届ける訳だが、夏月の弁当箱が他の四人の弁当箱よりも遥かに大きかったのは当然と言えば当然だろう……作った弁当は五個でも実際に作ったのは八人前だったのかもしれない。










夏の月が進む世界  Episode9
『クラス代表決定戦に向けての日常』










食堂での朝食は昨晩の夕食の時のメンバーに布仏姉妹を加えたメンバーで摂り、夏月はその際に楯無と簪と乱に弁当を渡していた。
朝食のメニューは夏月が『鯵の干物定食』のご飯特盛に小鉢で納豆、冷ややっこ、切り干し大根の炒め煮を追加して、楯無は『日替わりホットサンド(本日はコンビーフと卵サラダ&ツナマヨとチーズ)』で、簪は『鮭のハラス焼き定食』、ロランは『フレンチトーストとオムレツのセット』、乱は『鯖の塩焼き定食』、虚は『日替わり朝定食(本日はご飯、なめことワカメの味噌汁、メザシの一夜干し、ホウレン草のゴマ和え)』、本音は『納豆定食』だったのだが、本音は納豆に生卵、キムチ、メカブ、オクラの輪切り、とろろ芋をトッピングして良く混ぜてから大盛りのご飯にぶっ掛けて『超ネバネバ丼』を作り上げて周囲をちょっと引かせていた。
ネバネバ丼は味は良いのだが見た目が若干アレなのが困りモノである。


「朝からよく食べるね一夜君?やっぱり男の子だからかな?」

「鷹月さんか……いや、男だからじゃなくて俺だからだと思うぜ?
 此れ位食べないと正直午前中持たねぇんだわ。……午前中に実技の授業がある日には、此れの更に倍食べないと腹減って授業中にぶっ倒れるかもだぜマジ。」

「何とも燃費の悪い身体じゃない?最近流行りのSDGsに逆行してる気がする。」

「俺の身体の燃費が悪いからって地球に大きな影響を与えるとは思えないぜ相川さん……つか、俺の身体にSDGs適応って、其れ普通に俺に死ねって言ってるのと同じだから。」


食事中に話し掛けて来た女子に対しても夏月は普通に対応するのが見事である。
女子の園に放り込まれたら少しばかり委縮してしまいそうなモノだが、夏月の場合は更識家で過ごしている際に楯無から結構距離の近いスキンシップを何度も経験していたので女子との会話程度では緊張しないのだ。

夏月達が賑やかで和やかな朝食を摂っている頃、秋五も箒と共に朝食を摂っており、秋五も夏月同様クラスメイトから話し掛けられていたのだが、其処に上級生が現れて秋五を品定めするかのように見やった後で、『私がコーチしてあげようか?』と可成りの上から目線で言って来たのだが、秋五はそれに対し『折角の好意を申し訳ありませんが必要ありません。僕は先ずは勝負勘を取り戻す事が先決ですので、彼女に其れを頼んでありますから。』と箒との訓練がある事を言って断った。
それに対し上級生は、『その子、ISは素人なんじゃないの?』と言って来たのだが、箒は目付きを鋭くすると『私は篠ノ之束の妹ですが?』と言って強制的に黙らせたのだった……箒としては束の名を出すのは憚られたのだが、こう言った面倒な輩を黙らせるには『篠ノ之束』の雷名を使うのが最も手っ取り早いと言う事も理解しており、必要であれば不本意ながらも束の名を出す事も辞さなかったのだ……其れをやった日には、束の顔写真を神棚に置いて束の好物である『イチゴ生大福』を供えて謝り倒しているのだが。

其れは其れとして、上級生も『篠ノ之束』の名を出されては其れ以上は何も言えず、大人しく退散するしかなかった……大凡、秋五に適当な訓練を行って、クラス代表決定戦でそこそこの成績を収めさせて己の手柄にしようとしたのだろうが、その目論見は見事に霧散した訳だ。
一方で夏月の方にそう言った輩が来なかったのは楯無とロランの存在が大きかったと言えるだろう……国家代表である楯無をロランと一緒に居る夏月に対して『コーチしてあげようか?』等と言うのは無知蒙昧極まりないのだから。
加えて夏月はその存在をギリギリまで秘匿されていたが、ISを起動したのは二年前であり、ISを起動したその日から此の上ない厳しいトレーニングを積み重、ISの稼働時間は並の代表候補生を余裕で上回る四千時間オーバーなのだから、そんな夏月に対してそもそも一般生徒がコーチなど到底務められる筈がないのである。


「納豆おかわりなのだ~~!!」

「俺が言えた義理じゃないが、朝っぱらから食欲全開だなのほほんさん。」


ともあれ朝食は平和だったのだが、その和やかな食堂に千冬が現れ、『何をのんびり食べている!遅刻者は校庭十周だ!』と言って来た事で平和な空気は一気に霧散して食堂に居た生徒達は朝ご飯をかき込むように食べる羽目になったのだった。
遅刻は確かに良くないが、其れに対する罰則を持ってして生徒の食事時間を短縮すると言うのは教師として如何なモノであるのか……千冬は完全に『生徒は教師の言う事に従うべきである』と言う間違った教育理念に染まっていると言っても過言ではないだろう。そうでなかったら、この様な『問答無用』な一方的な事が口から出て来る事はないのだから。
そんな千冬に夏月は『何処の暴君だお前は?北の将軍様かよ。』との思いを抱き、秋五も『姉さん、其れじゃ唯の独裁者だよ』との思いを抱いていた……秋五は秋五で千冬に対して思うところがあるみたいである。








――――――








そんなこんなで一人の遅刻者を出す事もなく全員がクラスに集まり、一時限目前のSHRが始まったのだが――


「そうだ織斑、お前には政府から専用機が支給される事になった。」

「僕に専用機?あぁ、僕のデータ採りの為か……」


其処で千冬は特大級の爆弾を落としてくれた。
専用機と言うのは国家代表候補生以上のIS操縦者にのみ与えられるモノであり、IS操縦者にとっては可成りのステータスとなるモノなのだが、其れがIS関連では何の実績もない秋五に支給されると言うのは通常では有り得ない事なのだ。
しかし、秋五が『現状では世界で二人しか存在しないISの男性操縦者』だと言うのであれば、其れは話は別だ。
世界に二人しか存在しない男性のIS操縦者のデータは其れこそ各国が喉から手が出るほど欲しい代物であり、だからこそ日本政府は其のデータを独占し、あわよくば外交の切り札にしようと秋五に専用機を用意したのである。
秋五も自分に専用機が用意された理由は直ぐに理解したらしい。


「専用機が与えられると聞いて安心しましたわ……此れで漸く私と貴方は使用機体の面では対等になったと言えるのですから――時に、一夜さんの専用機は用意されていませんの?」

「俺は、もう既に専用機を持ってるぜオルコット……其れも束さんが直々に開発した真の意味での俺の専用機がな。
 つか、専用機を持ってる程度で粋がらない方が良いと思うぜオルコット?その程度で粋がってたら、お前のお里が知れるってモンだ……尤も、英国淑女の貴族様ってのは平民を見下さねぇとテメェのプライドを保てないのかも知れないけどな。」


秋五に専用機が用意されていると言う事を聞いたセシリアはこれまた意気揚々と自分の方が上だと言う事をアピールして来たが、話を振られた夏月が其れをバッサリと一刀両断した上でセシリアを煽る!煽り倒す!


「貴方……私を馬鹿にしていますの?」

「そんな心算はなかったんだが、アンタには馬鹿にされたと映ったのか……だったら悪い事をした、謝るよ。」

「何処までも腹立たしい物言いを……少し躾けて差し上げますわ!インターセプター!」


『謝るよ』と言いつつも、夏月はセシリアを手招きして煽る。超ベジットが悟飯吸収の魔人ブウ(悪)を煽った如くだ……煽られまくったセシリアは専用機である『ブルー・ティアーズ』を部分展開して、近距離戦闘用のコンバットナイフ『インターセプタ―』を手にして夏月に襲い掛かって来た。
まさかの事態に山田先生はセシリアを止めようと動いたのだが――


「見切ったぁ!!」


其れよりも先に夏月はナイフを白羽取りし、更にセシリアにカウンターの横蹴りをブチかまして教室の端っこまで蹴り飛ばす!!
この強烈な横蹴りを喰らったセシリアは蹴りのダメージと壁への激突の衝撃で気絶し、白目を剥いて頭の上には格闘ゲームの気絶状態を示すが如くに無数のヒヨコが仲良くサークルダンスをしている様だった。


「完全に伸びちまいましたけど、コイツ如何します織斑先生?あと、先に手を出したのはオルコットですから此れって正当防衛ですよね?」

「まぁ、正当防衛は成り立つだろう。オルコットは武器を持っていた訳だしな。
 取り敢えずオルコットは廊下にでも捨てておけ一夜。目が覚めれば勝手に戻って来るだろうからな……あの手の馬鹿は正直手に負えん。何故、私のクラスには問題児が集められるのだろうな?」

「(そりゃアンタが問題児だから、同類項に纏められてんだろ。山田先生は副担任兼アイツの調査役だったりしてな。)」

「(正当防衛以前にオルコットさんがナイフを出した時点で、其れこそ出席簿アタック案件だろ姉さん……出席簿アタック発動の基準がバグってない?)」

「(もしも夏月が刺されていたら大問題になっていたと言うのに全く動こうとしないとは……マヤ先生は止めようと動いたと言うのにね?彼女は本当にISバトルで世界の頂点に立った実力者なのか甚だ疑問だね。)」


夏月がセシリアを無傷で返り討ちにした事で大事にはならなかったが、セシリアが専用機を部分展開しただけでなく、ナイフを取り出して夏月に襲い掛かったのに何も行動を起こさなかった千冬に対して、一組の生徒の多くが不信感を抱いたようだった。
生徒によっては『織斑先生は実は女尊男卑思考の持ち主で、だから男子である一夜君が襲われても何もしなかった』とすら思っているかも知れないだろう――山田先生もそんな千冬に少し鋭い視線を向けながらタブレットにペンタブを走らせて何かをメモしている様だった。

ともあれSHRは終わり一時限目の授業になる訳だが、廊下に放り出されたセシリアはSHR終了までに目を覚まさなかったので、千冬にアイアンクローで吊り上げられた状態で席に戻され、出席簿アタックによって強制的に覚醒させられていた。
明らかに問題になる暴力行為ではあるのだが、セシリアはクラス代表を決める際に盛大にやらかして一組の生徒全員を敵に回してしまった状態だったので誰も何も言わなかった。あのフレンドリーな本音が『あのイギリスのチョココロネマジムカつく~~~!』と言うのだから相当な嫌われ振りだと言えるだろう。
その後の一時限目の授業は平和に終わった。
本日の一時限目は『社会』であり、担当教師が『そう言えば中学校の時に三権分立って習ったと思うけど、三権分立の三権とは何か覚えてるかな?』と、少し授業を脱線して問いかけ、夏月が『波動拳、昇龍拳、覇王翔哮拳』と答えてボケ倒す場面はあったモノの、予想外のボケ倒しは割とウケたのだが、『そんじゃ正答を頼むぞ織斑』と秋五にまさかのキラーパスを出し、そのキラーパスを受けた秋五もまた『残像拳、太陽拳、界王拳』とボケ倒しの連鎖を行い一組のクラス内は拍手喝采、大喝采だった。担当教師もまさかのボケ倒しの連鎖に『認めるしかなかろう、結果を示されてはな』と若干意味不明な事を言っていた。


「一夜、お前が姉さんお手製の専用機を持っていると言うのは本当か?」


一時限目の授業が終わり、二時限目との合間の休み時間に箒は夏月に声を掛けて来た――夏月が言った『束さん製の専用機を持っている』と言うのは聞き捨てならない事だったのだろう。


「篠ノ之か……あぁ、本当だ。
 詳細は省くが、俺は訳あって更識の家で暮らしてたんだが、ある日あの人が更識の家に地下を掘り進んで和室の畳フッ飛ばして現れて、俺に『君は男性だけど何故かISを動かせる事が判明しました~~!はい、拍手~~!!』とか言って現れてな。
 何言ってやがんだと思ったが、束さんが持って来てた待機状態のISに触れたらマジで起動しちまってな……そんでもって其れからは楯無さんや簪にコーチして貰ってISの訓練の日々だった。
 その訓練の中で束さんは俺のパーソナルデータを収集して本当の意味での俺の専用機を作り上げたって訳だ。」


その箒に対して夏月は更識家での生活を適当にボカシながら話した。
嘘は言っていないが、表沙汰になると面倒な部分はボカシながらも不審に思われないように話すと言うのは見事なスキルだが、此れは更識家で過ごしていたからこそ身に付いたスキルだと言えるだろう。
『裏世界』にも精通している更識家の人間であればこうした話術も必要になってくるのだ。


「そうか……と言う事はお前は姉さんと会っていたと言う事になるだが、あの人は如何だった?元気でやっていただろうか?」

「束さんは何時も元気一杯だったぜ?そして、何時も妹であるお前の事を心配してたよ……」

「そうか……息災であるのならば安心した。」

「尤も、お前の事は常にモニタリングして、其れこそバスタイムですらリアルタイムで覗いてたみたいだけどな……ぶっちゃけて言うと、恐らくお前の最新パーソナルデータは束さんに駄々漏れだわ。」

「其れはストーカーではないか!!」

「俺もそう思ったから、『シスコンを拗らせてんじゃねぇ、このクソ兎!』って言って本気でブッ飛ばした事があるんだが、殆どダメージ受けずに復活したからな束さんはよ。
 本気で固めた俺の拳は鋼鉄ですら変形させるから、生身で喰らったら顔面陥没は確実なんだが、束さんは鼻血垂らしても余裕だったからな?……篠ノ之、お前の姉貴、実は宇宙人だったりしねぇよな?」

「実は姉さんは宇宙人が母さんをアブダクションして人工的に妊娠させた末に誕生した宇宙人と地球人のハーフだと言われても否定出来んのが悲しいな……宇宙人と地球人のハイブリットはトンデモなく強いらしいからな。」


箒は夏月が束と知り合いだった事以上に、行方知れずになった束の安否が気になったらしく、夏月から息災である事を聞くとホッと胸を撫で下ろした……自分の事を常にモニタリングしていると言う事には若干引き気味だったが。
束が世界的に指名手配され事で、篠ノ之家は『要人保護プログラム』に組み込まれ、箒もその影響で小学四年から転校を繰り返していたのだが、束を恨む事はなくその安否を気にしていたのだ――家族が離れ離れになった原因を作ったとは言え、自分の事を妹として可愛がってくれた束の事を嫌いになるなんて事は箒は出来なかったのである。


「だが、息災であると言うのを聞いて安心した……一夜、もし良ければ姉さんの連絡先を教えてくれないか?
 私のスマホに登録されてる連絡先では連絡を取る事が出来んのだ……メールアドレスも電話番号も変えてしまったらしくてな。」

「良いぜ……ってか、電話番号とメールアドレスを変更した事位は伝えとけよ束さん……」


取り敢えず夏月は箒に最新の束の連絡先を教えてターンエンド。
束が箒の事を気にしていたのと同じ位、箒も束の事を気にしていたのだ……離れ離れになっていても姉妹愛と言うモノは早々途切れてしまうモノではないのだろう。
其れを言うのであれば、一年と経たずに切れてしまった一夏と千冬の姉弟愛は所詮その程度のモノだったのだろう――千冬に織斑計画の記憶があったかは定かではないが、少なくとも秋五を優先して一夏を蔑ろにしていたのは間違いないのだからそもそも千冬と一夏の間に姉弟愛などなかったのかも知れないが。
其れは其れとして、束との連絡手段を手に入れた箒は夏月に対して何度も礼を言って席に戻って行ったのだった。








――――――








午前中の授業は其れから恙無く進んで昼休みになり、昼休みでは夏月と更識姉妹、ロラン、乱、布仏姉妹が屋上でランチタイムとなり、更識姉妹とロランと乱の『夏月特製弁当』には、その弁当を受け取った全員があまりの旨さに言葉をなくしていた。
メインディッシュである『豚の直腸の唐揚げ』は言うに及ばず、その他のおかずも絶品限界突破だったのだ……楯無が、扇子に『天晴』と表示したのも決して誇張評価ではないだろう。更識家は旧家であり名家であり、楯無と簪は所謂『お嬢様』でもあるので、幼い頃から社交場に出る事も少なくなく割と舌が肥えているので、誇張評価だけは有り得ないのである。


「アンタ、相変わらず女子のプライド滅殺するような料理作るわね?アタシも大分料理の腕上達したと思ったけど、アンタと比べたらマダマダじゃないのよ!!此の唐揚げとか普通に店で出せるレベルじゃない!
 料理も完璧なイケメンとか、スペック高過ぎでしょアンタ!世のモテない男子にお詫びして謝罪しなさい!!」

「褒められてるんだろうけど、その要求は若干理不尽な気がするのは俺だけなのかねぇ……つか、店で出せるって流石にプロの料理人には劣るだろ?」

「其れがそうでもないのよねぇ……ウチの料理長が『一夜君には是非とも将来更識の台所を任せたい』って言ってた位だし。夏月の料理の腕前はプロが認めるレベルなのよ。」

「其れはまた凄い話だねぇ?」

「もっと言うなら、夏月は中学生の時に厨房で賄いを振る舞ってウチの料理人達を驚かせた実績がある。」

「家に専属の料理人が居るとか、会長さんと簪ってガチのお嬢様なのね……」

「性格的には大凡『お嬢様』とは掛け離れているとは思いますが……まぁ、ワガママでヒステリーなお嬢様よりはずっと素敵な訳ですけれども。」

「お姉ちゃん、サラッとイギリスコロネディスってる~~?」


夏月の料理の腕前に乱が若干理不尽な事を言っていたが、ランチタイムは賑やかで楽しいモノとなっているみたいだ。
同じ頃、秋五は秋五で箒をランチに誘い、箒が雑談をしていた『四十院神楽』、『矢竹さやか』にも『一緒に如何だ?』と誘って食堂でランチタイムとなり、此方も楽しいランチタイムを過ごしているのだった。


「時に夏月、君は部活は何をやるか予定はあるのかい?」

「部活か……中学の頃は空手部だったけど如何するかなぁ?織斑と同じ部活でない限りは俺以外の部員は全員女子だから、運動系の部活だと真面な練習が出来ないっぽいよなぁ。」


此処でロランが夏月に部活の話題を振って来た。
IS学園にも勿論部活動は存在しており、部活によってはインターハイに出場する位の実力を持っているのだが、運動系の部活動だと他の部員は女子だけになってしまうので夏月は悩んでいたのだ。
取り敢えずチームスポーツは絶対にないとして、個人競技であっても男子と女子では体格も力も差があるので普段の練習も中々厳しいモノになるのは間違いない。
其れを考えると、運動系の部活を選ぶのは憚られたのだ。


「いっその事高校では文化部ってのも良いかもな?料理研究部とか、趣味も出来て一石二鳥だし。」

「其れだけは止めておいた方が良いんじゃない?アンタが入部したら他の部員がプライド粉砕されて退部者続出で廃部になる未来しか見えないから……もっと別の文化部にする事をお勧めするわ。」

「其れは確かに乱の言う通りかもしれない。
 だったら夏月、私は新たに『e-スポーツ部』を作ろうと思ってるんだけど、其処に入ってくれないかな?新たな部活を作るには最低でも五人の部員と顧問の先生が必要になるから。」


ならばいっその事高校では文化部に入ろうかと思っていた所で、簪から『新しい部活を作りたいからその部員になって欲しい』とのお誘いが。簪は中学時代に在籍して居た『ゲーム研究部』の発展形をIS学園でも作ろうと考えているみたいだ。


「e-スポーツ部……其れも良いかもな?
 ゲームの腕前、特に格ゲーならウメハラさんにだって勝てるんじゃねぇかと思ってるからな……PSPのストZERO3⤴⤴(ダブルアッパーズ)のワールドツアーで育てた俺のXザンギは最強だ。
 ゼロカウンターと空中ガードのスキルでXの弱点である防御面を補いつつ、オリジナルコンボのスキルで攻撃力の高いオリコンが使える上にスーパーコンボゲージが自動で回復するようになってる、ゼロコンボのスキルで通常技がチェーンコンボになって、ワールドツアークリアのリミットオフで能力値が限界突破してるからな?
 スクリュー一発がスーパーコンボ並みの威力で、ファイナルに至っては満タンから八割持ってく鬼威力になってるからな。
 格ゲー界に旋風を巻き起こすってのも良いかもだ。有難く創設メンバーにならせて貰うぜ簪。」

「e-スポーツとはテレビゲームだけでなく、遊戯王のようなカードゲームもアリなのだよね?ならば私もその部の創設メンバーとして名乗りを上げさせて貰おうかな?
 テレビゲームは得意ではないけれど、カードゲームならば得意だからね。」

「かんちゃん新しい部活作るの?なら私もその部活に入るのだ~~!!」

「簪ちゃんが新しい部活を……ならば、姉である此の私が在籍しないと言う選択肢はないわ!」

「其れ面白そうね?アタシも一枚噛ませてくれるかしら?」


その誘いに対して夏月が乗っただけでなく、ロランと本音と楯無と乱も乗って、あっと言う間に新部活創設の為の条件の一つである『部員五人』を確保する事に。
となれば残るは顧問の先生なのだが、此れは楯無の提案で山田先生に頼む事になった――と言うのも、山田先生は生徒の自主性を尊重し、生徒がやりたいと言った事は相当に危険なモノでない限りはやらせる方向の教育理念の持ち主だったからだ。
更に楯無は山田先生がスマホゲームの『ウマ娘プリティダービー』に嵌っている事も掴んでいたので、e-スポーツ部の顧問を断らないと言う確信があったのだろう。
そして実際にランチ後に山田先生に『e-スポーツ部』の顧問を依頼しに行ったら、山田先生は『e-スポーツは今や世界規模になっていますからね……マダマダ新ジャンルではありますが、敢えてその道の部活を作る向上心は素晴らしいと思います』と、アッサリ顧問を引き受けてくれたので本日中には学園長宛てに『新部活の設立申請書』が提出される事だろう。








――――――








午後の授業も平和に終わって放課後。
夏月と楯無は昨日約束した手合わせをすべく、夏月は袖の無い青紫の空手着に、楯無は上は黒、下は赤の袴に着替えて道場にやって来たのだが、道場では秋五と箒の剣道の試合が既に始まっていて多くのギャラリーが詰めかけていた。
箒は鋭い打ち込みを行っているが、秋五は其れを全て的確に防ぎ、捌きクリーンヒットを許さない……中学で全国制覇を成し遂げた箒の剣を完璧にガードしていると言うのは凄いとしか言いようがないだろう。


「(こりゃ、確かに大分鈍ってるな。)」


だが、夏月にはこの試合で秋五が大分弱体化している事が分かった。
六年前に箒が転校するまで、秋五は一度たりとも箒に負けた事はなく、それどころか箒にただの一度も打ち込ませる事はなかったのだが、今は防戦一方――全国制覇を成し遂げた箒の剣を捌き切って居るのだからその腕前は並の実力者よりは遥かに上なのだが、其れでも六年前より弱体化しているのは間違いないだろう。
一夏の葬儀の後で剣道を辞めてしまった秋五と、己の剣を磨き続けて来た箒では其の実力に差が出るのはある意味当然なのかもしれないが。

終始防戦一方の秋五だったが、試合開始から四分が経過したころからその動きに変化が現れた……此れまでは箒の攻撃を防ぎ捌くのが精一杯だったのが、少しずつ反撃をし始めたのだ。
その結果、剣道の試合では大凡見る事はないであろうチャンバラ対決が繰り広げられ……


「面!!」

「胴!!」


最後は秋五の面と、箒の逆胴が同時に炸裂したのだが、ブランクがあった分だけ秋五の一撃が僅かに遅れ、箒の逆胴の方が先に突き刺さって箒に一本が入ったのだった。


「負けちゃったか……此れは自分でも思っていた以上に鈍ってるみたいだ――だけど、今の箒との試合で勝負勘は大分取り戻せた。試合の日まで、同じ事を頼んでも良いかな?」

「この短時間である程度の勝負勘を取り戻してしまうお前も大概だが……その申し出を断る理由はない。私で良ければ何時でも相手になるぞ秋五。」

「ありがとう箒。」


この手合わせは箒に軍配が上がったが、秋五も僅か五分の試合で大凡の勝負勘を取り戻したのだからトンデモないだろう――或は此れも織斑計画によって生み出された故のモノなのかも知れないが。
そして、秋五と箒の手合わせが終わった後で、今度は夏月と楯無が道場に入り、互いに礼をした後に構えを取る。
秋五と箒の試合も注目されていたのだが、夏月と楯無の試合は『世界初の男性IS操縦者』と『学園最強の生徒会長』との事でより注目されて更にギャラリーが集まっていた――情報をリークしたのは新聞部だが。


「「…………」」


楯無はスタンスを大きめに取って両手を腰の辺り置いた古武術の構えなのに対し、夏月はスタンスを大きく取って右腕を足側に、左腕を頭上に掲げる独特の構えである『天地上下の構え』を取る。
そのまま互いに睨み合う『気組み』が行われたのだが、先に動いたのは夏月だった。
一足飛びから渾身のハンマーパンチを繰り出したが、楯無は其れを避けると夏月の攻撃の勢いを利用して、殆ど手を触れずに投げ飛ばす合気投げで放り投げたのだが、夏月は空中で受け身を取って着地すると鋭い飛び蹴りで楯無を強襲し、其処から目にも止まらぬ連続突きを放ち、しかし楯無は其れを全て的確に捌いてクリーンヒットを許さない。
互いに手の内を知っているからこその決定打を欠いた泥仕合なのだが、その試合内容はハンパなくレベルが高いと言っても誰も文句は言わないであろう。


「行くぜ!疾風迅雷脚!!」

「行くわよ……デッドリーレェェェブ!!」


最後は夏月の超速連続蹴りと楯無の乱舞技がかち合い、その結果は互いに戦闘不能になってのダブルKOと言う壮絶な幕切れであった――だが、この試合は夏月の実力がドレほどであるのかを示すには良い機会であったと言えるだろう。
IS学園の生徒会長は『学園最強』の証でもあり、楯無は去年模擬戦で千冬と引き分けているので名実共に学園最強なのだが、その学園最強の生徒会長である楯無とダブルKOの凄まじい試合を演じて見せた夏月の実力は相当なモノであると言っても過言ではあるまい。

そして、ダブルKOから復帰した楯無は、秋五に『此れから一週間、アナタが訓練機を優先的に使用出来るようにして、アリーナを使えるようにしてあげるわ』との爆弾を投下してくれたのだが、其れは秋五にっては有り難い事だったので、その好意に甘える事にした。
序に楯無が『私がコーチしてあげるわ♪』と申し出て、秋五は其れを受け入れていた……楯無は楯無で、夏月の過去は知っていても、秋五のような才能に溢れる人物を腐らせる事は出来ないと考えたのだろう。


「そう言う事でしたら、宜しくお願いします会長さん!」

「ふふ、素直な子は好きよ?……だけど、私のトレーニングはとっても厳しいから、精々途中で地獄行きにならない様にね?」


こうして翌日から秋五は楯無に鍛えられる事になり、その結果として訓練終了後は口から魂が抜けて身体からアディオス仕掛けていたのだが、其れは箒が何とか魂を秋五の身体に留まらせて昇天するのを防いでいた。


「オルコット……試合の日までに、せめてテメェの短所を克服するか、長所を伸ばす事だけはしとけよ?そうじゃなかったら、俺とロランには瞬殺されて終いだぜ?」

「ご忠告痛み至りますわ一夜さん……ですが勝つのは私ですわ!下賤な男風情が私に勝てるとは思いません事ですわよ!」

「俺に言われても何の効果も無しか……良いぜ、テメェがその心算なら俺はテメェのその高慢ちきな下らねぇプライドをぶっ壊すだけだからな……予言するぜオルコット、お前は見下していた野郎に決定的な敗北を刻まれるってな!!」

「ならばその予言は外れますわね!」


その訓練を見に来ていたセシリアに対し、夏月は一応の忠告はしておいたがセシリアはあくまでも勝つのは自分だと信じて疑わず傲慢な態度を改める様子は微塵もなかった。
故に夏月も一切の迷いなくセシリアの事を叩き潰せるのであるが……少なくとも夏月とセシリアの試合は普通の試合では終わらないだろう。

因みに秋五が楯無に鍛えて貰っている間も夏月とロランは勿論トレーニングをしていたが、お互いの手の内を曝さないようにISのトレーニングは別々に行っていた。
しかしセシリアの試合の映像は一緒に見てセシリアの攻撃のパターン、得意分野、不得手分野、弱点その他諸々を徹底的に洗い出して、セシリアが自分達に勝つ可能性を徹底的に潰して行った。
最悪の場合、セシリアは夏月とロランに対しては全く何も出来ずにパーフェクト負けを喫してしまう可能性すらあるだろう。

そして其れからあっと言う間に時は経ち――


「楯無さん、織斑の仕上がり具合はどうですか?」

「そうね、取り敢えずセシリアちゃんには負けない程度には仕上げたけれど……まさかこの短期間であそこまで伸びるとは思わなかったわ。天才って言われるのにも納得よ。
 尤も、何度かお花畑を見ちゃったみたいだけど♪」


クラス代表決定戦当日。
楯無の厳しい訓練によって秋五はセシリアとは互角戦えるレベルにまではなったようだ――天才、より正確に言うのであれば織斑計画の成功体の持つ学習能力の高さ故の事ではあるだろう。勿論、秋五が楯無の厳しい訓練を途中で投げ出さなかった事も大きいが。


「本気で死に掛けましたよ会長さん……おかげで、ISの操縦にはだいぶ慣れましたけど。」

「お疲れ織斑……でだ、お前が仕上がったのは良いとして、お前の専用機まだ届かねぇのか?」

「試合には間に合わせるって事だったんだけど、まだ来てないみたいだね……」


時は既に放課後で、アリーナでは夏月、秋五、ロラン、セシリアの四人による総当たりのリーグ戦が始まろうとしていたのだが此処で少しばかりのトラブルが発生――本来ならばとっくに搬入されていた筈の秋五の専用機が未だにIS学園に届いていなかったのだ。
まさかの事態発生!クラス代表決定戦は一体如何なってしまうのか!!












 To Be Continued