IS学園初日の授業は無事に終わり現在は放課後。
殆どの生徒は此れから過ごす事になる寮に向かって行ったのだが、夏月と秋五は一年一組の教室内に留まっていた――と言うのも、夏月は昼休みに楯無から『放課後は教室で少し待っていて』と言われていたので楯無を待っており、秋五は入学前に政府関係者から『暫くは指定したホテルからの通学になる』と伝えられていたので、此れから如何したモノかと思って教室に残っていたのだ
「夏月君、織斑君、待たせてしまって悪かったわね……寮の鍵を渡しておくわ。」
其処に楯無が現れ、夏月と秋五に寮の鍵を渡す。楯無が夏月に教室で待っておくように言ったのは寮の鍵を渡さねばならなかったからだった――普通に考えれば担任である千冬がやるべき事なのだろうが、学園長の判断で楯無が二人に寮の鍵を渡す事になったのだ。この時点で、楯無と千冬のどちらが学園長からの信頼があるのかが見て取れるだろう。
「寮の鍵、そいつは確かに大事だな。サンキュー楯無さん。」
「寮の鍵って、僕は暫くホテルから通うように言われていたんですが……と言うか、貴女は?」
「君とは初めましてだったわね織斑秋五君。私は更識楯無、この学園の生徒会長を務めさせて貰っているわ。
改めて説明すると、君は確かにその予定だったのだけど、ホテルからの通学となると護衛や警備の面で色々と問題があるのよ……君だって学園に居る時以外は見ず知らずの護衛に囲まれて居ては精神的に参っちゃうでしょう?
だけど学園の寮なら其れはない……君も寮生活になるのは決まっていたのだけれど、部屋を如何するかギリギリまで決まらなくて、どうしても今日までに決まらなかった場合にはホテルから通って貰う事になっていたのよ。
それで、決まったのが本当に今日の入学式前になっちゃったから事前通達が出来なかったのよ。ゴメンなさいね?」
「いえ、そう言う事でしたら……でも寮生活になるとは思ってなかったから必要な荷物とかは全部指定されたホテルに送っちゃったんですけど……」
「其れなら大丈夫。ホテルの方に連絡して此方に荷物を送るように手配したから。」
秋五は暫くホテルからの通学だと伝えられていたのだが、秋五の精神的負担を考えて寮生活と言う事に……寮生活其の物は略決まっていたのだが、誰と同室にするかが中々決まらず(主に千冬が色々と注文を付けたせいだが)、結果として当日に変更を伝える羽目になってしまった訳だ。
其れでも秋五が不便しないように使用予定だったホテルから学園に荷物を転送する手配をしておいたのだから、その辺は抜かりがないと言えるだろう。
「楯無さん、俺の荷物は?」
「其れもバッチリよ夏月君。調理器具はキッチンの戸棚に収納済みだし、食材も冷蔵庫にちゃんと入れてあるから。
さてと其れじゃあ行きましょうか?寮まで案内するわ。」
夏月の荷物は既に部屋に搬入済みであるようだが、調理器具と食材と言うのが何とも夏月らしいと言えるだろう。IS学園は食堂も完備されているのだが、夏月的には自分で料理もしたいのだろう。或は食堂での食事だけではストレスが溜まってしまうのかも知れない……料理が趣味と言うのは伊達ではないのだろう。
ともあれ楯無の案内で寮まで行く事になったのだが、その際に楯無が夏月の腕に抱き付き、夏月も『歩き辛いんだけど……』とは言いながら楯無を引き剥がそうとしないのを見て、秋五は『この二人は如何言った関係なんだろう?』と内心では少し疑問に思っていた。
「……織斑君もこうして欲しい?」
「え!?い、いえ僕は……と言うか、一夜君とは知り合いみたいですけど、僕とは初対面なんですからそんなこと言ったらダメですよ!?」
「あら、新鮮な反応♡」
そんな秋五に対し、楯無はイタズラ猫のような笑みを浮かべて軽く揶揄ってやると夏月から離れて改めて寮へと向かって行った――と同時に、秋五は楯無に対し『なんだか掴みどころがなさそうな人だなぁ。』との印象を抱いたのだった。
夏の月が進む世界 Episode8
『放課後と夕方と夜の平穏な時間』
寮に向かうまでの間に、楯無は夏月と秋五に食堂や売店も案内していた。
何方も学園で生活するには絶対に使う事になる場所なので案内したのだが、夏月と秋五は食堂は兎も角売店の規模には驚かされる事になった――学校の売店と言えば購買部のような小規模のモノが多く、私立の売店であっても精々小型のコンビニが良い所なのだが、IS学園の売店は其れこそちょっとしたスーパー規模の大きさがあり、生活必需品に文房具、菓子類や弁当やお惣菜に限らず生鮮品を含めた食料品まで売っているのだ。
食料品に関しては『自炊したい』と言う生徒の為に売っているのだが、中には大凡現役女子高生が買いそうにないホルモン系の肉やウニクラゲのようなモノまで売っているのだが、此れ等は教師の嗜好品と言ったところなのだろう。
「売店のお勧めのパンは焼きそばパンとカレーパンよ。特に焼きそばパンは直ぐに売り切れるから、確実に手に入れたいなら予約して確保しておく方が良いわよ。」
「焼きそばパンは旨いからなぁ、売り切れるのも納得だぜ。因みに俺は追加でマヨネーズをトッピングするのが好きだな。」
「え?」
「ん?俺、なんか変な事言ったか織斑?」
「いや……うん、確かに焼きそばにマヨネーズは合うよね。(焼きそばパンにマヨネーズは一夏も好きだったけど、偶然だよね?焼きそばにマヨネーズをかける人は沢山いる訳だし。)」
楯無から売店のお勧めパンを聞いた際に夏月が言った事に秋五は一夏も同じモノが好きだったと思ったが、焼きそばにマヨネーズは割とポピュラーなので偶然であると考えたようだ……こんな些細な事でも一夏を連想してしまうのは、秋五にとって『織斑一夏の死』は結構大きなモノだったのかもしれない。
その後は無事に寮に到着し、秋五とは彼の部屋である『1025室』の前で別れ、夏月と楯無は夏月の部屋である『1045室』の前までやって来ていた。
「俺と秋五の部屋、結構離れてるんだな?てっきりお隣さんなのかと思ってた。同じクラスだったしさ。」
「護衛の観点からこうなったのよ。
学校では同じクラスの方が護衛しやすいけれど、寮の場合は一箇所に纏めてしまうともしもの時の護衛が難しいのよ……それと、寮では離しておけば何かあっても確実に一人を生かす事が出来るわ。
貴方と織斑君を近くの部屋にしていたら、其処に自爆テロを仕掛けられたら世界に二人しかいない男性IS操縦者は何方も死んでしまうかも知れないけれど、離しておけば何方か一方は第二陣が来る前に退避出来るでしょう?」
「成程、其れは確かにその通りだ……尤も、俺に自爆テロ仕掛けてきたその時は、自爆する前に返り討ちにするけどな。
更識家から荷物送ったって事は、アレもこっちに来てるんだろ?」
「勿論送って貰ったわ。束博士が護身用に開発してた超合金製の高周波振動ブレードを搭載した折り畳み式のコンバットナイフをね……此れは確かに護身用としては優秀な武器よね。
折り畳めばポケットに入っちゃうし、表面にアンチレーダー加工が施されてるから金属探知機にも引っ掛からないって言う代物ですもの。」
「もしも俺を狙ってる奴が襲って来たら、俺はコイツを使って野田の兄貴になっちゃっても良いよな?」
「『無駄無駄無駄ぁ野田ぁ!』って?なら私は隣でタイム計らないとよね。」
夏月と秋五の部屋は大分離れているのだが、此れもまた護衛の観点からだった。
学校では同じクラスの方が護衛がし易く、また教室内に居る特定の誰かを狙うのは非常に難しいので一箇所に纏めておいた方が良いのだが、寮で夏月と秋五を一箇所に纏めておくとピンポイントで狙われて二人同時にゲームオーバーになり兼ねないので寮の部屋は離しておいた方が良いのだ。
尤も、夏月は自分が襲われたその時は、テロリストが自爆するよりも早く相手を戦闘不能にする気満々であり、護身用の折り畳み式のコンバットナイフをズボンのポケットに仕舞いながら若干物騒な事を言っていたが、此れ位の気持ちがなくては平穏な学園生活を送れないと言うのもある意味では事実なのである。
ISの登場以降、女尊男卑の思考に染まった女性は一定数存在しているだけでなく、女性権利団体の幹部は女尊男卑思考の持ち主で構成されているので、自分達の地位を脅かしかねない『男性IS操縦者』に対して何をしてくるか分かったモノでは無いのだから。
「馬鹿共は返り討ちにするとして、俺の同室って誰なんだ?楯無さん?それとも簪か?」
「護衛の観点から言えば私か簪ちゃんがベターだったのだけど、寮の部屋は基本的に同じクラスの人間になるから残念ながら私でも簪ちゃんではないのよ~~。
生徒会長権限で私か簪ちゃん同室になる事も出来たんだけど、其れをやったら織斑千冬がまた突っかかって来そうだから止めたのよ……私の事を敵視して色々やって来るのは構わないけど、公私は分けて欲しいわ。」
「公私混同をしてるって理由で秋五の頭を出席簿で殴ろうとした奴が一番公私混同をしてたとか笑えねぇっての。」
「それマジ?……口より先に手が出るのはまだ治ってなかったみたいね?……日本政府からの指示もあるからアレだけど、彼女は一般の高校だったらとっくに懲戒処分喰らって教師廃業してるわ。」
「其れに関しては諸手を挙げて同意だぜ楯無さん。」
夏月の同室は簪ではなかったのだが、其れ以前に千冬の傍若無人ぶりには夏月も楯無も呆れる他なかった……恐らくは『ブリュンヒルデ』の称号を権力か何かと勘違いして居るのだろうが、それにしても千冬の傍若無人っぷりは学園長も頭を抱えるレベルだったのだ。
自分が気に入った生徒はトコトン褒めるが、自分が気に入らなかった生徒には罵声を浴びせ、時には出席簿アタックと言う理不尽な暴力まで行っていたのだ……普通ならば速攻懲戒処分なのだが、政府からの圧力もあって千冬の首を切る事が出来なかったのである。故に、千冬は増長してしまったのだが。
「彼女はいずれ何とかしないとだけれど、決定的な何かが起きるまでは静観がベターね……下手に藪を突いて八岐大蛇を出す事もないでしょうから。」
「アイツの本気が八岐大蛇って、過大評価だぜ楯無さん。アイツが八岐大蛇なら、俺は其れをぶっ殺した須佐之男命だっての。」
「ほほ、其れは確かに言えてるわね♪
それじゃあ夏月君、私は此処で自分の部屋に行くけれど、何か困った事が有ったら二階の『2020号』に来なさい。其処が私の部屋だから。それから今日の晩御飯は一緒に食べましょうか?七時に食堂で待ってるわ。」
「了解だ。」
千冬が教師として無能だと言うのは兎も角として、午後七時に食堂で一緒の夕飯を摂る約束を取り付けると楯無は其の場から去り、夏月は自室の扉をノックする。
此れから一年間は同じ部屋で過ごす事になるので同室の者とのファーストコンタクトは大事な事だ……仮に扉を開けたところでシャワー上がりでバスタオルを巻いただけのルームメイトとエンカウントしたとなったらこの先の寮生活は気まずい事この上ないのだから。
「開いてるよ。私に何か用かな?」
「寮で同室になった者だ。入ってもいいか?」
「あぁ、君が私のルームメイトか。問題ない、入って来てくれていいよ。」
室内に居たルームメイトから『入って来て良い』と言われたので、夏月は部屋に入ったのだが……
「ロラン?」
「私のルームメイトは君だったのか夏月……同じクラスになれただけでなく、寮でも同じ部屋になる事が出来るとは果たしてドレだけ私と君は運命で結ばれていると言うのか。
君と同室になれたと言うのは、私にとってはIS学園に入学して最大の幸運であると言っても過言ではないだろう……矢張り乙女座の私は運命を感じずには居られない!!」
其処に居たのはロランだった。
夏月の同室がロランになるのは可成り早い段階で決まっていたのだが、それを敢えて夏月に伝えずに当日のサプライスにしてしまうのが何とも楯無らしい事ではあるが、三年振りの再会を果たし、同じクラスであるだけでなく寮でも同室と言うのは確かに運命的なモノを感じても仕方ないだろう。
「俺のルームメイトはお前だったのかロラン。知ってる奴が同室でホッとしたぜ。」
「其れは此方のセリフだよ夏月。
国の代表として学園に入学した私だけれど、此処は勝手も分からぬ異国の地……その異国の地にて初対面である人間と同じ部屋になると言うのは些か心細いモノがあるのは否めないからね。
私を君と同室にしてくれた方には感謝の言葉しかないと言っても罰は当たらないだろうね。」
護衛の観点から見ても、ロランはオランダの国家代表であり其の実力は折り紙付きであるから問題ない。
ロランはISバトルでは勿論凄腕の操縦者であるのだが、彼女は舞台での戦闘シーンを迫力あるモノにしようと、演技指導だけでなく本格的な格闘技も幾つか学んでいたので生身でも強く、ISが展開出来ない状況であっても戦う事が出来るので夏月の護衛として同室にするには充分な資格があるのだ。
「ハハ、まぁ此れから宜しくな。……其れ、俺がプレゼントした奴だよな?」
「その通り。私がオランダの国家代表になった際に君がプレゼントしてくれたネックレスさ。
学校に付けて行ったら問題があるかも知れないが、寮で私服で過ごしている時ならば多少の装飾品もファッションの一部であるから問題ないと思ってね。」
「多分、学校に付けて行っても大丈夫だと思うぜ?だって、オルコットみたいに制服改造してても何も言われねぇし、そもそも生徒会長の楯無さんだって制服の上からベスト着てる訳だしな?
生徒手帳見ても、特に校則でアクセサリー禁止にしてる訳でもないみたいだから。」
「そう言えば校則で禁止はされていなかったね。」
ロランは既に制服から私服に着替え、夏月からプレゼントされたネックレスを付けていた。
学校に付けて行くのは拙いと思ったロランだったが、実はIS学園は校則でアクセサリーの類を身に付ける事を禁止にはしていない――と言うのも、IS学園に通う生徒は日本人だけでなく、本当に世界中から色んな人が通っているのだ。
現在確認されているだけでも日本国外からの生徒は、カナダ、アメリカ、ブラジル、ロシア、イギリス、イタリア、オランダ、ギリシャ、タイ、台湾の十カ国からやって来ており、其れだけ多様な国の人間が居るとなると、一律にアクセサリー類やタトゥーを校則で禁止するのは難しいのである。アクセサリー類やタトゥーは国によっては日本とは全く異なる意味合いを持つ場合もあるので、其れを禁止してしまったら其れだけで国家間の問題に発展しかねないのだから。
その後、ロランに少しだけシャワールームに入って貰ってから夏月も私服に着替え、その旨を伝えてロランもシャワー室から部屋に戻って来た。
因みに夏月の私服は至ってシンプルなモノで、ブラックジーンズに背中に赤で『Bad Guy!』と入った黒いTシャツだ。シンプルながらも夏月の少しダークな魅力を引き出していると言えるだろう。
「黒は没個性と言うけれど、夏月の場合は逆に個性が際立っているようだね?
……制服の改造は認められているのだから、いっその事制服の色も黒にしてみては如何だろうか?黒いIS学園の制服を纏った君はとても魅力的なのではないかと思うのだけれど。」
「良い提案かもしれないけど、白の中に一人だけ黒だとやたらと目立つし、其れで織斑大先生に目を付けられる事になったらマジ笑えねぇから止めとくわ。正直な話として、織斑先生に目を付けられたら面倒な事にしかならねぇだろうからな。
つかよ、オルコットの問題だらけの発言に対して何も言わねぇとか教師として如何よ?あそこは俺達が声を上げる前に教師として注意すべき場面だと俺は思うんだけどな?」
「其れについては私も同意見だよ……織斑先生は、ISバトルの競技者としては優秀であったのかも知れないけれど教師を務めるには些か資質に問題があると言わざるを得ないと思うな。
教師としては寧ろマヤ教諭の方が上ではないだろうか?」
其れから暫し雑談タイムとなったのだが、夏月だけでなくロランも千冬が教師には向いてないと感じたらしい……一時限目を副担任の山田先生に丸投げして、二時限目では『クラス代表を決める』と言ったのは良いが、推薦された夏月と秋五に『拒否権は無い』と言った挙句にセシリアの暴言を止める事もせず、ISバトルでの決着の流れになったところで、其れを決定してしまったのだから、確かに教師としては問題ありと思っても致し方ないだろう。
尤も、勝手に決定した事で千冬は一週間後のアリーナの使用申請等を行う羽目になってしまったのだが……しかも授業外でクラスのアリーナの使用を申請する際には担任の申請が必要になるので、副担任である山田先生に丸投げする事も出来ないのである。
「絶対に山田先生の方が教師としては上だろうな。
って、其れは其れとしてだ、此れから同じ部屋で暮らす訳だからシャワーの時間とか決めとこうぜ?時間決めておけば、知らずに入ってマッパの相手とエンカウントって事もないだろうからさ。」
「其れは確かに決めておくべきだね。」
雑談からシャワーの時間等のルールを決める事になり、午後七時半から八時までがロランの使用時間で、八時から八時半までが夏月の使用時間となり、何らかの事情でロランが使用時間に使えない場合には夏月に連絡を入れて夏月が先に使用すると言う事に決まり、ベッドは夏月が窓際のモノを使う事になったのだが、夏月曰く『窓際の方が外部からの侵入者があった時に対処し易い』との事だった……本来は護衛される身でありながらも、ロランの安全を第一に考えている辺りがなんとも夏月らしいと言えるだろう。
「カプエス2最強はAグルーヴサクラって言われてるけど、俺的に最強はAグルーヴ京だな。オリコン発動してから、毒咬み→荒咬み→九傷→毒咬み→荒咬み→九傷のループ連携がマジで減るからなぁ?
最後は七瀬で吹き飛ばした所に大蛇薙かませば満タンから八割持ってくからな。これぞ草薙の拳って奴だぜ。」
「その極悪さ、今し方身をもって体験したよ。」
寮生活でのルールを決めた後は、夏月が私物として更識家から送って貰ったゲームで時間を潰し、そしてあっと言う間に時間は午後六時五十分に――楯無と約束した時間の十分前になっていた。
「っともうこんな時間か。そろそろ晩飯にしようぜロラン。楯無さんと七時に食堂で待ち合わせてるしさ。」
「そうだね、良い時間だしそうしようか?……そう言えば、手紙では知っていたけれどタテナシさんとカンザシに会うのは初めてだったね?勿論紹介してくれるのだろう夏月?」
「其れは勿論紹介させて貰うさ……お前を楯無さんと簪に紹介するだけじゃなく、楯無さんと簪にもお前の事を紹介しないとだからな――あぁ、あと乱にもか。」
そんな訳で夏月はロランと共に食堂に向かい、その途中で乱の事も誘い三人で食堂に向かって行った。
因みにロランが『刀奈』ではなく、『楯無』と言ったのは、夏月からの手紙で『刀奈が更識家の当主になって楯無を襲名した』事を知ったからであり、『刀奈の名は表に出さないようにしてくれ』とも書いてあったからである。
そして夏月とロランが同室で過ごしていたのと同じ頃、秋五は外からノックしても返事が返ってこないので思い切って部屋の中に入ったら、最悪のタイミングで、ある意味では最高のタイミングでシャワー室から出て来た、身体にバスタオルを巻いただけの箒とエンカウントしてしまい、秋五は慌てて部屋の外に出たのだが、箒は顔を真っ赤にして其の場にへたり込んで、『もう嫁に行けん……』と呟いているのだった。
――――――
食堂では、楯無と簪が既に注文を済ませて席を取っていたので、夏月とロランと乱も速攻で注文の列に並ぶ。
オーダーの順番が来て、ロランは『チキンステーキ定食』を、乱は『トンカツ定食』を注文し、次は夏月のオーダーなのだが……
「俺は鯖の辛味噌煮定食をご飯特盛で。其れから単品で唐揚げと野菜の天婦羅の盛り合わせと焼きそばと回鍋肉を宜しく。」
オーダーが大分ぶっ飛んでいた。
定食のご飯大盛りだけでもIS学園では珍しいモノなのだが、其れに加えて更に単品で四品、しかも一品は炭水化物と言うボリュームたっぷりのオーダーに食堂のスタッフも少し驚いている様だった。
流石に此の量を一つのトレイに乗せる事は出来ないので、定食以外の単品メニューはもう一枚トレーを使う事になったのだが、夏月は二つのトレーを器用に両手で一つずつ持っており、其れも周りを驚かせる結果となった。
「あらあら、相変わらず凄い量ねぇ夏月君?」
「部活引退した後も体力落とさないようにトレーニングの量増やしたらスッカリ燃費の悪い身体になっちまったからなぁ……序に、暴力教師と女尊男卑の馬鹿のせいで精神的に疲れて余計に腹減ったみたいだ。」
「初日から災難。お疲れ様夏月。」
注文した料理を受け取ると楯無と簪が取っていた席にトレーを下ろして着席する。
楯無と簪は既に注文を済ませており、楯無は『豚の生姜焼き定食』で簪は『日替わりワンプレート(本日はオムカレー、ミニハンバーグ、エビフライ、ポテトサラダ)だった。
「其れじゃあ全員揃った事だし、いただきます……の前に自己紹介をしておいた方が良いわね?
初めましてロランちゃん、乱音ちゃん。私は更識楯無、日本の国家代表で学園の生徒会長を務めさせて貰っているわ。ロランちゃんは夏月君の文通相手なのは知っていたけれど、こうして直接会うのは初めてね?」
「貴女が夏月が手紙に書いていたサラシキタテナシさんか……どんな人なのだろう、一度会ってみたいと思っていたのだけれど期せずしてその機会が訪れるとは思わなかったよ。
となると、其方の眼鏡のお嬢さんが妹君のカンザシさんかな?」
「うん。私が更識簪……一応日本の代表候補生。」
「姉は国家代表で、妹は代表候補生って結構なエリート姉妹よね普通に考えると……えっと、アタシは凰乱音!台湾の代表候補生で、本来なら中学三年生なんだけど飛び級でIS学園に入学したの。
乱って呼んでくれると嬉しいわ。」
「私とサラシキ姉妹、そしてランは夫々初対面だが、其れを繋いでいるのが夏月と言うのは偶然であるとは言っても一種の運命めいたモノを感じてしまうね?
夏月がISを動かせるのも、彼がIS学園に入学する事で夏月と繋がりのある私達を邂逅させる為の神の思し召しだったのかも知れない……嗚呼、神とは時に何とも粋な計らいをするモノだ。私は十五年間生きて来た中で、今ほど神に感謝している事はないよ。
ロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。オランダの国家代表で舞台役者もやっている。ロランと呼んでおくれ!」
「紹介してくれって言ってたのに、俺が紹介する必要なかったな。」
食事を始める前に更識姉妹とロランと乱は自己紹介だ。
全員が夏月との繋がりを持っているが、直接会うのは初めてなので自己紹介はある意味で当然の事と言えるだろう。その際にロランが女優モードに突入し、周囲の注目を集める結果になったが、ロランは見られる事には慣れているので全然平気であった。
自己紹介を終えてから改めて『いただきます』をして食事が始まったが、その食事は雑談を交えながらの楽しいモノとなった。
ロランは夏月との文通である程度夏月の日常は知っていたが、乱は『一夏の葬儀』の後は台湾に帰国し、織斑一夏が実は生きていて一夜夏月になっているとは全く持って知らなかったので、楯無と簪の話す中学時代の夏月の事は聞いていて新鮮だった。
ロランが『それにしても夏月が此れほどの大食漢だったとは知らなかったよ』と言った時に、簪が『夏月は中学の時も、一人分の給食費で三人分食べてた。クラスで欠席者が出た時、ご飯やパン、其れと牛乳は夏月が平らげてくれたお陰で、私と夏月のクラスは食品ロスゼロだった』と返したのにはロランも乱も驚いていた。
「空手の全国大会で優勝したのは手紙で知っているけど、他にも彼の武勇伝はあるのかい?」
「ある。
去年の事なんだけど、数学の担当教師が数学の試験でトップだった生徒に個人的な好き嫌いで不当に低い評価を付けたのを知った時には、職員室に単身で乗り込んで、『テメェの個人的な感情で生徒に不当な評価下してんじゃねぇ!』って思い切りブッ飛ばした。
普通なら問題なんだけど、その教師は此れまでも自分の好き嫌いで成績を付けてた事が明らかになって懲戒処分になった……因みに女性教師。」
「なんとも凄い事だとは思うけれど、女性相手にやり過ぎじゃないか夏月?」
「悪い奴に男も女も関係ねぇだろロラン?
相手が誰であろうと、悪い奴なら容赦しねぇってのが俺の考えなんでな……そう言う訳で、一週間後のクラス代表決定戦ではオルコットの奴を容赦なくフルボッコにする心算だ。」
「確かに其れは的を射ているね。
ならば私もオルコット嬢は徹底的に潰す方向で行こうかな?彼女のような女尊男卑思考の人間が国の代表候補生であると言うのは、学園に居る他の国家代表や代表候補生の評価を著しく傷つけるモノだからね……国家代表と代表候補生の間にある壁と言うモノを教えてあげようじゃないか。」
夏月は中学時代に凄まじい武勇伝を残していたようだが、『悪い奴に男も女も関係ない』と言う考えにはロランも乱も同意であり、セシリアはクラス代表決定戦では夏月とロランから可成り苛烈な攻撃をされる事が決定したようだ。
その後も雑談をしながら食事をして、夏月が楯無に『明日の放課後手合わせしてくれるか?』と言い、楯無も其れを了承し、其処から夏月がご飯を三杯お代わりして全部のおかずを平らげで『ごちそうさま』したのだが、ロランから『彼女達との女子トークがあるので先に部屋に戻っていておくれ』と言われ、女子トークの内容は気になったが、其れは聞くべきではないだろうと夏月は判断して、『そんじゃ先にシャワー使わせて貰うぜ。明日の弁当の仕込みもあるしな』とだけ言うと食堂を後にした……雑談の中で、夏月は『明日からは昼は弁当だな。楯無さんと簪の分も作るよ』と言ったのだが、ロランと乱の視線を受けてロランと乱の分も作る事にしたようだ。
そして残った女子達はと言うと……
「単刀直入に聞こう。
タテナシさん、カンザシ、ラン、君達は夏月の事を如何思っているんだい?私は彼に好意を抱いている……そう、友情ではなく愛情の方面でね。だがしかし、私だけがその思いを抱いているとは言えないだろうと考えているんだ。
だから聞かせて欲しい、貴女達の夏月に対する思いを!」
「愚問ねロランちゃん……そんなの夏月君の事が好きに決まってるじゃないの!私だけじゃなくて勿論簪ちゃんもね!私と簪ちゃんの夏月君への愛は限界突破してると言っても過言ではないわよ?」
「私もお姉ちゃんと同じく夏月への好意は、最上級特殊能力を発動したオベリスク状態、つまりは無限大。」
「アタシだって夏月の事は好きよ?勿論異性として。
そしてこの場には居ないけど、鈴お姉ちゃんも夏月の事が好きだと思う……って言うか間違いなくLoveの方向の感情持ってると思うわ。束さんが、夏月がISを動かせるって事を世界中に暴露した時は、お姉ちゃんからめっちゃ乙女なLINEのメッセージが届いてたし。」
ロランがぶっちゃけて、楯無と簪と乱もぶっちゃけた。
この四人……否、この場に居ない鈴も含めて五人もの人間が夏月に惚れていると言うのだ――楯無は更識の仕事で何度も危ない所を助けられた事で、簪は自分の事を見てくれた事で、ロランは文通を続けている内に、乱は鈴と共に一夏だった頃に悪友として色々やっている内に異性として意識するようになったのだろう。
普通ならばここで夏月の争奪戦が起きそうなモノだが、全員が夏月に好意を寄せていると知った楯無が『乙女協定を結びましょう』と言って、『抜け駆け禁止』を決めると同時に、簪とロランと乱、そして入学が遅れている鈴を『夏月の護衛』として新たに学園長に申請する事にした。
現在の夏月の護衛は楯無だけだが、学園長から『更識君の判断で一夜君の護衛を増やしてくれても構いません』と言われていたので彼女達も護衛に加える事にしたのだ――護衛であれば休日に二人きりで出掛ける事も出来るからとの考えもあっただろう。
護衛が楯無だけであるのならば、楯無以外の生徒とは二人きりでの外出は出来ないが、夏月の護衛になってしまえば簪とロランと乱、そして鈴も夏月と二人きりでの外出が可能になるので、此の判断は簪にもロランにも乱にも大いに歓迎され、『乙女協定』は締結される事になったのだった。
そして同じ頃、秋五と箒も夕飯を摂っていたのだが、其処で秋五は箒に『久しぶりに剣道で相手をして欲しい』と言い、箒も其れを快諾していた。
ただ箒は、秋五を中学の大会で見掛けなかった事に疑問を抱いていたのだが、其れを聞いたら秋五は『一夏の葬儀が終わったら姉さんは直ぐにドイツに発ってしまって、姉さんからの仕送りだけじゃ生活が厳しかったから中学生でも出来るバイトをして剣道は止めちゃったんだ。体力が落ちないように肉体労働のバイトをしてたんだけど、勝負勘は鈍ってるだろうから、試合の前に勘だけでも取り戻しておきたいんだ。』と答え、この答えには箒だけでなく近くの生徒も驚いた。
当時中学一年生だった秋五を一人日本に残してドイツに行った千冬は中々に姉として如何かと思う部分があるのだが、其れだけでなく中学生であった秋五がバイトをしなければならないと言う家庭環境は流石に無いと思ったのだろう……秋五は聞かれた事に答えただけなのだが、其の答えは『ブリュンヒルデ』の幻想を少しばかり揺るがせるだけのモノがあったらしく、食堂に居た生徒の何割かは千冬に対しての不信感を募らせるのだった。
――――――
食堂から部屋に戻ったロランは、実に良いタイミングでシャワーを終えた夏月とエンカウントしていた。
下はジャージを穿いていたが、上はタオルを首に掛けているだけの状態で、更には濡れた髪をオールバックにしていると言う可成りの破壊力がある姿だった……適度な厚みのある胸板に、割れた腹筋、太くはないが必要な筋肉が付いている腕と足、究極の細マッチョが其処に居たのだ。
「君の肉体美には、古代ローマの彫刻も敵わないね。」
「ソイツは最大級の褒め言葉だぜ。」
夏月の芸術のような肉体美に賛辞を贈ると、ロランもシャワーを浴びて寝間着のパジャマに着替えて部屋に戻る。
シャワーも終えたので、あとは寝るだけなのだが……時刻はまだ午後八時四十五分なので現役高校生が就寝するにはまだ早い。寧ろ、今の高校生ならばここからが本番と言っても良いだろう。
と言う訳で、夏月は更識家から送って貰ったゲーム機の中から任天堂のスイッチを起動して、『スマブラSP』を立ち上げると、楯無と簪と乱も呼んでスマブラの大乱闘パーティを開催して大いに盛り上がった。
「そうだ夏月、クラス代表決定戦で戦う時には手加減などしないで本気で戦っておくれよ?」
「言われるまでもないぜロラン……真剣勝負の場で本気を出さないってのは、相手にとって無礼極まりないからな。俺の全力をもってして相手になるぜロラン。そして俺が勝つ!」
「そう来なくては……私も、勝つ気で行かせて貰うよ。最高の試合をしようじゃないか!」
その最中に、夏月とロランはクラス代表決定戦で互いに本気で戦う事を誓っていた――確かに真剣勝負の場で本気を出さないと言うのは、相手にとって無礼千万でしかないので本気を出す以外の選択肢はそもそも存在していないのである。
逆に言えば其れはセシリアに対しても一切の手心は加えないと言う事でもあり、セシリアは少なくとも夏月とロランには明確に負けフラグが立ったと言っても過言ではないだろう。
その後もスマブラパーティは盛り上がり、夏月は対戦の合間に弁当の仕込みをしていたのだが、千冬による点呼の時間になった時には、楯無は天井に張り付き、簪はクローゼットの中に隠れ、乱はベッドの下に潜り込んだのでバレる事はなかった。
千冬の点呼が終わった後は、それから暫くスマブラを楽しんだ後に、楯無と簪と乱はベランダを伝って自室に戻って行った……廊下で千冬とエンカウントしたら面倒な事になると判断したからなのだが、ベランダから二階の自室に戻った楯無は流石であるとしか言えないだろう。
フック付きのロープを二階のベランダに投擲して外壁を登って行くと言うのは彼女でなければ出来ない芸当であるのだから。暗部の長として納めた技術は、更識の仕事以外でも役に立っているようだ。
「そんじゃ電気消すぞ?お休みロラン。」
「お休み夏月。良い夢を。」
ともあれ此れにてIS学園の初日は終了し、夏月とロランはあっと言う間に夢の世界に旅立って行くのだった。
To Be Continued 
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