十五歳の誕生日を迎えた夏月は、その日の夜に先代の楯無である総一郎から、自身が『織斑計画』と言う計画で生み出された人造人間であると言う驚愕の真実を知らされる事になった。
だが、其れを聞いても夏月は揺るがずに『詳しい話を聞かせてくれ』と言い、楯無と簪も『私達にも聞かせてほしい』と言って来たのだ……夏月にも楯無にも簪にも一切の迷いは見て取れない。如何なる真実でも聞く覚悟は決まっていると言う感じだ。


「総一郎さん、織斑計画って言うのはそもそも何なんですか?」

「最強の人間を作り出す計画って言えば良いのかな?
 強靭な肉体と高い戦闘力を有した最強の人間を作り出す事が目的だったみたいだ……そして、そうやって作った最強の人間を兵器として売る事も考えていたみたいだよ。」

「人間を兵器として売るって、そんな非人道的な事が許される筈がないわ!」

「あぁ、許される事ではないよ刀奈。
 しかし、表向きには人道的配慮が如何のだの非人道的だのと言いながら、各国は常にその裏で強い力と言うモノを求めているのもまた事実。この日本ですら非核三原則を謳いながらその裏で核開発は行われている事は知っているだろう?」

「それは、そうだけれど……」

「織斑計画も、そう言った裏の計画だった……そう言う事なの?」

「其の通りだ簪。
 試験官ベイビーと言う存在は決して少なくないが、多くの試験官ベイビーには出生届が出され戸籍も存在しているが、織斑計画で誕生した者達にそう言ったモノは存在していない。
 法的に存在していないのならばどんな事をしても、其れこそ兵器として売買し、売られて行った先で命を落とそうとも其れは兵器が壊れてしまったのと同じ扱いだ。
 何よりも強靭な肉体と高い戦闘力を有した人間なんて言うのは、紛争地帯で日々兵士を失っている軍やテロリストからしたら喉から手が出るほど欲しい存在だと言えるだろう?織斑計画の研究者達は、最強の人間を量産して兵器として売り出す事を最終目標にしていたみたいだからね。」


総一郎が語ったのは、織斑計画のより詳しい内容であり、其れを聞いた夏月と楯無と簪の顔は流石に歪む……『最強の人間を作り出す』、只それだけならば考える者も少なくないだろうが、実際に其れを作り出して、まして兵器として売ろうと言うのであれば話は別だ。人工的に生み出されたとは言え、命を兵器として戦場で使い潰すなどと言う事は許される行為ではないのだから。


「つまりアイツが普通の人間よりも強いのは、最強の人間として作られたからって事ですか?」

「そう言う事になるが、織斑千冬はあくまで九百九十九回のトライアンドエラーの末に完成したいわばプロトタイプであり、織斑計画の本質は其のプロトタイプのデータをもとに男性体を量産する事であり、量産型がプロトタイプを経て一号機と二号機として完成したのが君と織斑秋五君だった。
 そして君達の完成により計画は加速するかと思われたが、織斑計画は思わぬ方向で終わりを迎える事になる……そう、篠ノ之束の存在によってね。」


それから総一郎は、織斑計画は『天然で最強』な束の存在によって終わりを迎えた事を話した……研究者達は、費用対効果を考えた結果此のまま計画を続けるよりも束を捕らえてそのクローンを作った方が効率が良いと考えたのだと言う。
その時点で千冬、一夏、秋五は処分される筈だったのだが、折角の『作品』を処分するのはもったいないと考えた研究者の一人が『織斑』の戸籍を用意し、『両親は幼い頃に蒸発した』と言う記憶をインストールして現在の織斑の家に放置し、目覚めた一夏達は『織斑家』として一般社会に紛れて暮らして来たのだ。


「なんかもう、色々あり過ぎて正直理解が追い付かない部分もあるんですけど……でも、俺が『最強の人間』を生み出す計画で作られたって言うんなら、俺は失敗作って事になるんですかね?
 自分で言うのも何ですけど、此処に来るまでの俺はドレだけ努力しても秋五には敵わなかった。……兵器として使うのが目的なら、性能は同じじゃないと問題がありますよね?」

「確かにその通りだ。
 夏月君、君は量産型の一号機の方になるんだが……量産型一号機は研究者達の間でこう呼ばれていたみたいなんだ。『イリーガル』とね。」

「「「イリーガル?」」」


如何やら、夏月が一夏だった頃に努力が中々実を結ばなかったのも織斑計画が関係しているようだ。『織斑』の『イリーガル』……果たしてそれは一体何なのか?










夏の月が進む世界  Episode6
『急転直下を越えた垂直落下だぜ!』










『イリーガル』……英語で不法な、非合法と言う意味だが、織斑計画自体が不法で非合法なモノなのだから、その計画によって誕生した者に対し『イリーガル』と言う俗称で呼ぶと言うのは些かオカシイと言えるだろう。
ならば何故夏月は研究者からイリーガルと言われていたのだろうか?


「イリーガルと言う言葉には、本来の意味だけでなく『異質』、『変異体』と言う意味で使われる場合もある。恐らく研究者達は、そう言った意味で夏月君を『イリーガル』と呼んでいたんだろうね。」

「俺が、織斑における異質、変異体って言う事ですか?」


もしも研究者達が夏月の事を『異質』、『変異体』と言う意味合いで『イリーガル』と呼んでいたとしたら、それは『織斑計画』と言う狂気の計画を行っていた研究者達としても夏月は相当に想定外の存在であったと言う事にもなるだろう。


「私も織斑計画の事は以前から知っていたし、その計画において『イリーガル』と呼ばれる存在が居る事も知っていたけれど、既に終わった計画だったから詳細を詳しく知ろうとは思わなかったのだけれど、君が初めて家に来た時に時雨……スコールが私に耳打ちして君が織斑の『イリーガル』である事を教えてくれたんだ。
 俄かには信じ難かったけれど、それが本当であるのならば更識で保護すべきだと思い君を預かる事を即決したんだ……尤も、そうでなくとも私は君を預かっていたけれどね。」

「って事は、義母さんは俺が織斑のイリーガルだって事を知っていた?……オランダに滞在中に調べたのか!」

「恐らくはそうなんだろうけど、君を預かってから私は改めて織斑計画の事を調べて君と刀奈達に話した内容を知ったんだが、調べた情報の中には夏月君が『イリーガル』と呼ばれている理由となるであろう事もあった。
 さて、此処で問題だが人を兵器として使用とする場合、其れが人工的に作られた存在であるのならば求められる二つの性能があるんだが、其れは一体何か分かるかな?」


此処で総一郎から夏月達三人に出題だ。
此れもまた今回の話に関係する事なのだが、三人とも如何せん『人を兵器として使用する』と言う感覚が理解出来ない為に中々答えを出せず、頭上に大量の『?』を浮かべ、楯無に至っては扇子に『考えない人』のイラストを出している位だ。


「もしかして、初期能力値の高さとレベルアップによる能力値の上昇の大きさ、かな?」


それから暫く考えたところで声を上げたのは意外にも簪だった。
恐らく人を兵器として使用すると言うのがイメージ出来た訳ではなく単純に己が得意としているゲームの、特にRPGのキャラクターに置き換えて考えてみたのだろう。
確かにRPGに於いて初期能力が高いだけでなくレベルアップによる能力上昇も大きいなんてキャラクターがいたら其れはもう間違いなくゲームバランスを破壊する激強キャラになるのだから。


「正解だ簪。
 購入した兵器が即使えなくてはならないのは絶対条件だが、強化人造人間には戦場から帰還するたびにその戦闘で得た経験を即時己に反映出来る能力が求められるんだ。
 即使えるだけの初期能力値の高さは織斑千冬で既に達成出来ていたが、彼女は経験を積む、トレーニングする事による能力値の上昇は平凡だった。
 逆にプロトタイプ完成型二号機である織斑秋五君は、初期能力は平均的だがトレーニングの成果が即反映されると言う性能が実現されていたのだが……夏月君はその何方でもなかった。
 夏月君、君は初期能力値も平凡で、トレーニングの成果も劇的には現れない個体であり、研究者達も完成当初は失敗作だと思っていたらしいのだけど、君は厳しい環境で経験、トレーニングを積んだ時間が長ければ長いほどに力を蓄え、最低で五年、最長で十年経った辺りで其の力が解放されて能力値が一気に上昇し、以降はトレーニングの成果も劇的に現れると言う、大器晩成型の個体だったんだ。
 時間は掛かるが最終的には誰よりも強くなる……即戦力となる存在を作ろうとしていた彼等にとって、君は確かに異質な変異体だったと言う訳だ。」

「時間は掛かるけど確実に強くなる……夏月君、君ってサイレント・マジシャンだったのね?いえ、夏月君は男の子だから沈黙の剣士-サイレント・ソードマンが正しいかしら?夏月君、剣術得意だし。」

「お姉ちゃん、其れは合ってると思うけどちょっと違う。
 夏月はギャラドス。コイキングだった織斑一夏は、一夜夏月って言うギャラドスになった事で一気に強くなった……織斑千冬に舐めプかましたお姉ちゃんとガチで戦って互角以上の夏月は今や織斑千冬以上。」

「的確な表現だとは思うけどよ、コイキングは流石に如何かと思うんだけどな簪?」


簪の言った事は正解であったが、夏月は初期能力は平凡で、トレーニングの効果も劇的には現れない代わりに厳しい環境での経験やトレーニングを積めば積むだけ力を蓄え、ある日を境に其れが解放されて急成長し、その後はトレーニングの成果も即時反映されると言う割とトンデモナイ存在であるようだった。
それならば確かに、『異質』、『変異体』の意味を込めて『イリーガル』と呼ばれていたのも納得だろう。
同時に三人は千冬が嘗て人外の強さを発揮していた事に納得し、夏月は秋五が周囲から天才と称されるほどの成長ぶりを見せていた事にも納得していた……千冬は兎も角、秋五は周囲に持て囃されてもトレーニングを怠る事はなかったので成長するのは当然の事だったが、ある意味で異常とも言える成長速度の速さは、織斑計画に於いて得た能力だったのだから。
そして其れは夏月も同じだろう。
奇しくも努力の一切を千冬に認めて貰えず、極一部を除いて周囲から『出来損ない』と言われている精神的に厳しい環境にあっても努力を続けてきた結果、織斑一夏から一夜夏月となったところで此れまで蓄えたモノが爆発して一気に強くなったのだから……此れ等が人工的に生み出されたが故に得た能力であっても、夏月も秋五も自己研鑽を怠らなかったからこそ其の力を十二分に開花出来た訳だが。


「コイキングはお気に召さない?なら、FFⅢのたまねぎ戦士の方が良い?たまねぎ戦士も初期は弱いけど地道に育てると最強になる大器晩成型だから。」

「其処はせめてFFⅩの七曜の武器の『ナイツ・オブ・オニオン』か、ディシディアFFの『オニオンナイト』って言ってくれよ!?
 たまねぎ戦士は幾ら何でも名前が雑魚過ぎるわ!何だよたまねぎ戦士って!剣で切った相手の目に強烈な刺激を与えて泣かせるのか?因みに、玉ねぎだけじゃなくて長ネギもモノによっては目に来るので注意が必要だぜ!」

「玉ねぎだけじゃなくて長ネギでも来る事があるのね……此れは初めて知ったわ。」


だが、此れだけのトンデモナイ事を聞いても夏月も楯無も簪も、『人を兵器として使用する』と言う事には顔を歪めたが、其れ以外は割と普通に受け入れてしまった。
特に夏月は己の出生に関する事なのでもっと衝撃を受けるのではないかと総一郎は思っていたのだが、当の夏月はそれ程の衝撃を受けた感じではなく、楯無と簪も夏月が何者であるかを知ったからと言って夏月に対しての態度が変わる事もなかったのだ。


「……私が話した事は結構衝撃的なモノだったと思うのだけど、夏月君も刀奈も簪も何か思うところはなかったのかな?特に夏月君は……」

「いや、俺は逆に納得しちまいました。
 俺達の両親が俺達だけを残して蒸発しただけなら未だしも、頼る親戚筋が無かったってのはオカシイと思ってたんですけど、俺達が織斑計画で生み出された存在だってんならそれも納得ですから……てか、アイツが俺と秋五に親の事を極力話さないようにしてたのは、もしかしたら植え付けられた偽の記憶の他に、本来の記憶が残ってたからなのかもな。
 だとしたら、俺に厳しくしてたのも俺の特性を知ってたからって事になるのかも知れないけど……だからと言って、今更アイツの事を好きになれるかと言ったら其れは絶対に否だけどな。」

「まぁ、其れが普通だと思うわよ夏月君。何処に己の努力を絶対に認めない相手を好きになる人が居るのかしら?
 雑草の強さを期待して厳しくするのは間違いではないけれど、何処かでその努力を認めてあげなければ本当の意味での雑草の強さは育たない……でも、夏月君は家に来て、その努力を多くの人に認められた事で其の力を覚醒させた。貴方が織斑を捨てたのは正解だったと言えるわ。
 それからお父様、確かに衝撃の内容ではありましたけれど、私も簪ちゃんも夏月が何者であるかを知ったところで、ぶっちゃけ『だから何?』って言ったところよ。
 私も簪ちゃんも織斑一夏の事は何も知らないけれど、一夜夏月の事なら誰よりも知っていると思っているし、夏月君は夏月君でしかない。彼の正体が何者であるとか今更関係ないわ。」

「同じく二号。」


夏月は『織斑』の諸々に納得し、楯無と簪は『夏月は夏月以外の何者でもない』と言うスタンスだったので、織斑計画の詳細を知ったところで『だから何?』状態であったようである。
総一郎としてはもっと取り乱すかと思っていたので少々拍子抜けの結果になったが、逆に言えば夏月と楯無と簪の精神的な強さを知る事が出来たとも言える結果だったとも言えるだろう。
そして、同時に夏月と更識姉妹はこれ程の情報を得ても揺らがぬ絆を紡いでいるのだと言う事を総一郎は理解したのだった。


「普通の人ならば発狂しかねない内容だった思うのだが……それをこうもアッサリと受け入れてしまうとはね――だが、だからこそこの情報を伝えて良かったと思えるってモノさ。
 夏月君、君は君自身の道を進んで行ってくれ。そして刀奈と簪は、彼の事を支えてやってくれ。」

「勿論、俺は俺の道を進んで行きますよ、何があってもね。」

「そして夏月君の事を支えろと言うのであれば、異論はないわお父様。もとよりその心算だったから。」

「夏月を支えるのが私とお姉ちゃんの役目だから。」

「そうか……では、話は此処までだ。すまなかったね夏月、十五歳の誕生日にこんな話をしてしまって。だが、どうしても君と娘達には伝えておきたかったんだ。」

「いや、ある意味では最高の誕生日プレゼントでしたよ総一郎さん。」


総一郎は伝えて良かったと思うと同時に、誕生日にこんな話をしてしまった事を少しばかり後悔していたみたいだが、夏月は全く気にせずに『ある意味で最高の誕生日プレゼントだった』と言って大広間から退出時に後ろ手に手を振っており、楯無と簪も其れに続く。
そんな三人を見て、総一郎はホッと胸を撫で下ろしたのだった。








――――――








織斑計画の全容を聞いた後も、夏月と楯無と簪の関係がギクシャクすると言う事はなく、寧ろ此れまでよりも更に仲は良好になっているようだった。
夏月の誕生日の翌日にはIS学園に戻って行った楯無だが、一日の終わりには必ずノートパソコンのテレビ電話機能を使って夏月と簪と雑談をするのが日課となっていた……極稀に、下に水着を着込んだ上でバスタオル一枚や裸エプロンに見える格好で画面内に現れて夏月を驚かせて簪にお叱りを受ける事もあったが。

夏月と簪も中学校最後の一年を満喫しており、夏月は空手部の引退試合となる夏の総体で地区予選、中央地区、県大会で優勝して全国大会に出場し全試合一本勝ちで優勝を果たし、簪はE-スポーツの大会に出場し『格闘ゲーム』、『パズルゲーム』、『レーシングゲーム』の三部門で優勝し、総合成績でも一位を獲得する快挙を成し遂げていた。

そんな日常の合間に更識の仕事を熟す事もあったが、日々のトレーニングで其の力を伸ばしている夏月と楯無と更識の精鋭の前では汚い金で甘い汁を吸っている下衆は勿論、マフィアや半グレ組織であっても即壊滅状態となっていた。
また、簪が現場に出たのは束から貰った専用機の性能を試すための一度だけだったがバックスとしてのサポートはバッチリ行っており、夏月や楯無がターゲットに迅速に近付く事が出来るのも、簪が常に最適な最短ルートを割り出してくれていたからでもある……その最適ルートの中には、夏月と楯無の戦闘力を信頼しているからこその『敵との遭遇』が予想されるルートもあったのだが、夏月と楯無は敵と遭遇しても即撃破してしまったのでマッタク問題はなかった。

更識の仕事は基本的に裏社会を相手にするモノであり、ターゲットは更識の屋敷に連行されてキツイ拷問をされた上で表社会からその姿を消す事になるので、更識の事を知っている裏社会の人間は居ない……訳ではない。
マフィアや半グレ組織を相手にする時には、『シマを荒らした仁義知らずを潰しに来た』と言う理由で同じターゲットを粛正に来た本物の任侠者と共闘する事も少なくないので、裏社会でも更識の名を知っているモノは其れなりに存在していた。
そしてその裏社会において、夏月は『スカー』と言う異名で呼ばれるようになっていた……相手が外道であれば男も女も関係なく容赦なくブッ飛ばすその姿と顔の傷痕から、『相手に確実に傷を刻む傷のある男』と言う事でそう呼ばれるようになったらしい。
実際に現場ではターゲットから『お前がスカーか!?』と恐れられる事も少なくなかったのだ。……尤も夏月はそんな事は関係ないとばかりに楯無と共にターゲットを無力化して更識の屋敷に連行するだけだったが。


話は前後するが、IS学園にて臨海学校前に行われた『学年別トーナメント』では見事に楯無が優勝を果たしていた。
一回戦で行き成りアメリカの国家代表候補生であるダリル・ケイシーとぶつけられ、二回戦では余裕で勝ち上がって来たイギリスの国家代表候補生のサラ・ウェルキンと戦い、準決勝はロシアの国家代表候補生である日露ハーフのマリア・神楽坂が相手で、決勝戦はブラジルの国家代表候補生であるグリフィン・レッドラムが相手と言う凄まじくハードなトーナメントだったのだが、楯無は一回戦と決勝戦以外は五分以内で試合を終わらせて日本の国家代表としての力をこれでもかと見せ付けてくれた。
無論、楯無と戦った者達も国家代表候補生なので決して弱くはなく、能力値で言えば全員がAクラス以上であり、ダリルとグリフィンはAAAクラスなのだが、楯無は其れを更に上回るSクラスであり、使用機体の性能差もエグイ事になっているので誰も楯無には勝つ事が出来なかったのだ……逆に言えば、そんな楯無と十分以上も戦う事が出来たダリルとグリフィンの実力も相当に高いと言えるのだが。

だが、此の楯無の優勝を快く思わない者も居た……そう、千冬である。
楯無に花を持たされて以降は余計に楯無を目の敵にして、座学では難易度の高い問題を回答させたり、実技では高難易度の技をやらせたりしたのだが、楯無はそれら全てを余裕でクリアしてしまい、千冬は楯無に対し忸怩たる思いを募らせて行った。
そこで学年別トーナメントを利用して楯無に痛い目を見せてやろうと、楯無がどうやっても一回戦から決勝戦まで各国の国家代表候補生とぶつかるよう対戦表を作ったのだが、其れをものともせずに楯無は優勝を搔っ攫い、其れだけでなく対戦した相手と友情を育んでいたのだから千冬としては面白くない事この上ないだろう。

挙げ句に楯無は新聞部からのインタビューで『今回のトーナメントはとても良い経験になったわ。今回の対戦表を作ってくれた方に最大級の感謝をするわね♪』と言ってのけたのも面白くなかっただろう……その記事を読んだ瞬間に、千冬は学園新聞を紙屑に変えていたのだから。
特定の生徒を目の敵にして攻撃するなど、普通は懲戒処分モノだがバックに日本政府が付いている千冬は余程の事をしない限りは学園側も重い処分を下せないと言う、千冬にとっては職を失う事がないと言う意味では最高の場所でもあるのだIS学園は。

その後の臨海学校は特に問題もなく終わり、IS学園が夏休みに入ってからは更識の仕事がない日は夏月も楯無も簪も夏休みを満喫した。
海に山に夏祭りに花火大会……夏休みのイベントは一通り消化したが、街の夏祭りの際に法被を纏ってハチマキを締めて神輿を担ぐ夏月の姿に楯無と簪が見惚れてしまったのは致し方ないだろう。究極の細マッチョとなった夏月の法被姿は乙女心に一万ポイントのダイレクトアタックをブチかますモノだったのだから。


夏月と楯無と簪が日本でこうして過ごしている頃、オランダではロランが舞台女優として活躍しつつもオランダの国家代表に上り詰め、台湾では乱が、中国では鈴が夫々国家代表候補生に就任していた。
乱と鈴は代表候補生だが、其れは単純に国家代表の枠が埋まっているからであり、代表枠に空きがあれば国家代表になっていたのは間違いないと言う事を付け加えておく。
特に乱に関しては、台湾政府が『飛び級でIS学園に進学させるべき』と考え、その方向で動いているのだから実力は相当と見て間違いないだろう。
当然ロランは夏月に手紙でオランダの国家代表になった事を伝えたのだが、其れに対しての夏月の返事には国家代表就任を祝う手紙だけでなく、国家代表就任のプレゼントとしてシルバー製のクロス付きチェーンネックレスも一緒に送られてきて、ロランは夏月からのプレゼントをその日から身に付けるようになり、同時に夏月に対する思いも強くなっていった。国家代表就任を祝う手紙だけでなく、プレゼントまで送って来てくれた夏月の粋な計らいに心を打たれたのだろう。
……尤も夏月は、楯無が日本の国家代表に就任した際にもクリスタル製のカメオ付きチェーンネックレスをプレゼントしているので、夏月からしたら極当たり前の事をしたに過ぎないのかも知れない。簪が日本の国家代表になったら間違いなく何かしらの飾りがついたチェーンネックレスをプレゼントするのだろう。


話を夏月達に戻すと、夏月と簪が通う中学校と、楯無が通うIS学園は何方も二学期に学園祭が行われていた。
勿論楯無は夏月と簪に招待状を送りたかったのだが、夏月と千冬が出会ってしまったら面倒な事になると思い招待状を送るのは見合わせ……る事はせずに、更識の潜入捜査チームに命じて、夏月に特殊メイクを施した上で学園祭へと招待した。
更識はターゲットの事を調べる為の潜入捜査チームがあり、潜入捜査チームのメンバーは素性がバレない様にする為に特殊メイクを使う事もあるのだが、その特殊メイクの技術はハリウッドの技術に引けを取らないレベルで、夏月の事も顔の傷痕を消し、代わりに火傷の痕をくっ付け、赤いカラーコンタクトを入れて、青髪のウィッグを被せ、右目の下に泣き黒子を追加して完全な別人に仕上げてしまった。
更には偽物の肩書として、『楯無と簪の従姉妹の更識ツルギ』を設定しご丁寧に身分証明書まで作ってしまったのである……尤も、此れだけ手の込んだ偽装工作を行ったおかげで夏月は安心してIS学園の学園祭を楽しむ事が出来たのだが、幸いにも千冬とエンカウントする事はなかった。
因みに楯無が所属している一年一組の出し物は『メイド喫茶』ならぬ『冥土喫茶』であり、生徒達全員が妖怪娘、モンスター娘、アンデッド娘等のコスプレをしていると言う中々に攻めたモノだったのだが、美少女達の怪奇コスプレはそのギャップが受けたのか大盛況だった。
尚楯無は、『アンデッド女医』のコスプレで、所々破けたタイトスカートとブラウスと白衣、アンデッドメイクと背中に背負った巨大な手術用メスが見事な『グロ美しさ』を表現していた。序に虚はそのアンデッド女医に付き従う『ゾンビナース』であった。

一方で夏月と簪の中学校の学園祭では、夏月と簪が所属する三年三組の出し物である『屋台村』が大人気だった。
お祭りの定番屋台である『たこ焼き』、『焼きそば』、『チョコバナナ』、『ヨーヨー釣り』を展開し、一箇所で色々なモノを楽しめるようにしたのだが、中でも一番人気だったのだが夏月と簪が担当している『たこ焼き』の屋台だった。
普通のたこ焼きではなく所謂『揚げたこ』なのだが、生地に揚げ玉を加えている事で、揚げたこ特有の表面のカリッとした食感と中のトロッとした食感に揚げ玉のサクッとした食感が加わわり独特の食感のハーモニーを作り出していた。
加えて特徴的なのがソースではなくマヨネーズを掛けると言うところだろう。
ソースとマヨネーズの合わせ技は割とよく見るがマヨネーズオンリーと言うのは珍しく、更に其のマヨネーズも普通のマヨネーズだけでなく夏月特製の『辛子マヨネーズ』、『ワサビマヨネーズ』、『味噌マヨネーズ』、『コチュジャンマヨネーズ』、『明太子マヨネーズ』とバラエティに富んでおり、マヨネーズを変えるだけで色んな味が楽しめる逸品となっているのだ。IS学園の友人と共に訪れた楯無も、明太子マヨネーズをトッピングした揚げたこを絶賛していた。
また、夏月と簪のコンビネーションも見事であった。
手早く熱々の揚げたこを作り上げて夏月が器に盛ると、簪が客のオーダーのマヨネーズを掛け割り箸を添えて出来立てを提供するその流れは一切の滞りがなく無駄もない。更識の仕事に於けるトップスとバックスのコンビネーションはこんな所でもバッチリ発揮されている様だった。

二学期のもう一つの大きなイベントとして体育祭があるが、其れはIS学園では楯無が、中学校では夏月が無双したとだけ言っておこう。……中学校のパン食い競争だけは本音がぶっちぎりの一位でゴールしたのだが、他のコースのパンまで食べて失格になると言う珍事が起きていたが。

修学旅行はIS学園、夏月と簪の中学共に同じ日取りで、行先も京都と言うミラクルが起こっていたのだが、団体行動は行き先が違う為夏月と千冬が出会う事はなかったが、班別行動の時は夏月と簪、楯無が連絡を取り合って合流したりもしていた。



更識の仕事以外は極めて平和に暮らしていた夏月達だが、その裏では束が差し迫った夏月の存在の公表に向けて色々と動いていた。
先ずは夏月の所属は、束が此の日の為に設立した株式会社『ムーンラビットインダストリー』にして、その会社のテストパイロットと言う形を取る事にした――この会社は当然通常の設立手続きは為されておらず、束が法務局やら経済産業省やらのデータを改竄して『法人登記がなされている』と言うデータをインストールして誕生した会社である。認可した覚えはなくとも法人登記認可の記録が存在している以上は認めざるを得ないのだ。
更に束はこの会社はオフィスを持たない会社で、主な事業であるIS及びISの装備作成は海外の工場に外注してあると言う体を取っていた。
実は楯無がIS学園に入学した際に日本政府でも用意していない専用機を持っていた事が問題になったのだが、其処はムーンラビットインダストリーの社長の『東雲珠音』に扮した束が『更識家から直々に依頼があった』と言って日本政府を黙らせていたのだ……夏月と簪、更にはロランと乱と鈴の機体に関しても同様の説明をする心算なのだろう。
外注している海外工場に関しては、スコールに頼み込んで亡国機業がバックに付いているIS開発会社のインドネシア支部に外注していると言う形を取った。
それだけでなく、束は日々成長を続ける夏月達(ロラン達海外組は夫々の国のデータバンクをハッキングして)の最新のパーソナルデータを取って、その都度専用機をアップデートしていた。海外組にはアップデートプログラムを機体に送り込んでいた。
アップデートとは言っても武装が強化されるとかではなく、機体の反応速度をその時点のパイロットにとって最適なモノにすると言うモノではあるが、パイロットと機体の反応速度に微塵もズレが無いと言うのは其れだけでパイロットにとっては有り難い事になるだろう。
尚、千冬が現役時代に使っていた『暮桜』は束が手切れ金として開発した機体だが、束の千冬への嫌がらせとして0.001秒だけパイロットの反応速度よりも機体の反応速度を遅くしていたりする。普通の人間ならば気にならないモノだが、千冬にとっては其れでも違和感を感じるモノだっただろう……其れでもモンド・グロッソを二連覇してしまったのだから、九百九十九体もの犠牲の末に完成した『織斑』は伊達ではない。


そんな事が行われている中で迎えた三学期は、節分の時にはIS学園では生徒会主催の豆撒きが行われ、クジで鬼役に抜擢された千冬に向かって楯無が割と本気のショットガンの如き豆を投擲して、其れに千冬がキレて生身のリアルファイトになり掛け、更識家では鬼役になった総一郎に緩~く豆をぶつける豆撒きが行われた後で夏月特製の恵方巻を堪能した。
バレンタインデーは楯無と簪が夏月にチョコレートをプレゼントし、オランダからは空輸でロランから夏月へのチョコレートが届いていた。
そしてあっと言う間に三月になり卒業式を明日に控えたその日が……夏月の存在を公表する日がやって来たのだった。








――――――








運命の日、世界のありとあらゆる映像メディアは束によってジャックされた。
テレビの地上デジタル放送は勿論、BSに有料チャンネル、果てはYouTubeにニコニコ動画と言った動画配信サイトまでもが束に支配されてしまったのだ――突如として画面に現れた束に世界中が驚愕したが、その束が口にした事は現在の世界の在り方を根底から覆すモノだった。


『やぁやぁ世界の皆元気に過ごしてるかな?皆のアイドルにして正義のマッドサイエンティストの束さんだよ!
 突然の事で皆驚いてると思うんだけど、今日はねと~~~っても大事な発表があるからこうして皆の前に現れたって言う訳さ!……と、画面前の君『篠ノ之束の重大発表って何だ?』って思った?思ったよね?
 それじゃあ、焦らすのも悪いから束さんからの重大発表と行きましょうか!その重大発表とは……なんと、世界で初めてISを動かせる男性が登場しましたーー!
 此れは凄いぞカッコいいぞ~~!はい、盛大に拍手~~~!!』



その日、世界には激震が走った。
よもやISの生みの親である束の口から直々に『世界初の男性IS操縦者が現れた』と言う事を聞くとは夢にも思っていなかったのだから。


『その男性の名は一夜夏月って言うんだ。
 彼がISを動かす事が出来るのは二年前から分かってたんだけど、其れを即公表したらかっ君の身に危険が及ぶと思って今日まで待ってたんだよね~~?今のタイミングで発表すればかっ君はIS学園に行く事になって諸外国からの干渉を受けなくなるからね。
 因みにかっ君は現在日本の更識家で保護されていて、かっ君はムーンラビットインダストリーの所属って事になってるから、くれぐれも変な気を起こすなよ?もしもかっ君に何かしやがったら束さんと更識がどんな手を使ってでもぶっ潰して再起不能にするからその心算で居ろよ?』



そしてキッチリと釘を刺す事も忘れない。
一般人が同じ事を言ったところで、『所詮は脅し文句に過ぎない』と一蹴されるところだが、束は世間的には『白騎士事件』の黒幕と認定されているので、『篠ノ之束ならばやりかねない』と思わせる事が出来たのだ……其れが出来る事に関しては、身勝手な行動をしてくれた千冬に少しばかり感謝していた。
千冬がミサイルを落とすだけでなく、周辺海域にいた空母や戦艦を破壊してくれたからこそ、『篠ノ之束は敵に回したらヤバイ』との認識を持たせる事が出来たのだから。

この束の衝撃的な電波ジャックの後に、今度は『東雲珠音』に扮した束が記者会見を行って夏月の存在を改めて世界に知らしめた――その数時間後には、世界中で男性のIS操縦者を探すための『男性によるIS起動実験』が行われたのだが、ISを起動出来る男性は見つからなかった。只一人、織斑千冬の弟であり、夏月の双子の弟である織斑秋五を除いては。
秋五がISを起動出来るのは束にとっては予測していた事態だったが、世界にとっては夏月に続く晴天の霹靂だったので日本政府も可成りバタバタの状態となり、最優先事項として一夜夏月と織斑秋五のIS学園への強制入学を発表した。
一般高校では何時狙われるとも分からないが、IS学園であれば国からの干渉を一切受けないと言う事になっているので、女尊男卑に染まったテロリストに狙われる可能性は低くなると考えたのだろう。

其れは間違いではないが、大変だったのはIS学園だ。
まさか全く予想していない男子生徒の入学と言う事で、緊急に開かれた会議では『所属クラスは如何するか?』、『寮の部屋割りは如何するか?』と言う事が議論されたのだが最終的には夏月と秋五は『有事の際の護衛』の観点からクラスを分けずに同じクラスになる事が決まり、寮の部屋に関しては同室だと逆に有事の際には纏めて狙われる危険があると言う事で別室になる事が決まった。
最後は学園内外における護衛なのだが……


「一夜夏月の護衛は、私更識楯無が行いますわ。
 彼は此れまでも更識の家で暮らして来たので私が護衛に付いた方が彼も気を使わないですむでしょうから――そして、彼の寮の同室にはオランダの国家代表であるロランツィーネ・ローランディフィルネィを推薦しますわ。
 彼女は夏月君とは三年に渡る文通を行っているのでお互いに信頼しているでしょうから夏月君が変に気を遣う事もないと思いますので。」


夏月の護衛に関しては楯無が名乗りを上げ、寮の同室にはロランを推していた――普通ならば生徒はこの会議には出席出来ないのだが、楯無は三学期に行われた生徒会総選挙で得票率85%と言う圧倒的支持率を得て生徒会長になっているので何も問題はない。
学園としても、『楯無』が生徒会長であるのならば学園の重要事項を決める会議には参加させないと言う選択肢はないのである。


「秋五君の方は……織斑先生の存在自体が他国への抑止力になると思うので特に護衛は付けなくてもいいかと。寮の同室は、面識があると言う篠ノ之箒で良いのではないかと提案します。」


夏月と秋五の護衛と寮での同室の生徒に関しては、楯無の意見をベースにして調整する方向で決まり会議は終了となった。
楯無の意見に対して、千冬が何かしらの反対意見を出す事もなくだ……尤も、楯無の意見は至極真っ当なモノだったので反対意見を出そうにも出せなかっただけなのかもしれないが。


「お前の意見は真っ当だとは思うが。私の弟に対しては些か対応が雑じゃないか更識?」

「雑だとは心外ですわ織斑先生。
 織斑先生は世界最強の『ブリュンヒルデ』なのだから、其れがバックにいる秋五君に手を出そうと考える輩は激減するでしょうに……精々、生き残った弟を死なせないようにして下さいね、『血塗られたブリュンヒルデ』。」

「!!!」


会議も終わり職員室から退出しようとしたところで千冬に小言を言われた楯無は笑みを浮かべながらそれに対応し、擦れ違いざまに千冬に最大級の皮肉と侮蔑を叩きつける――奇しくも楯無が口にした『血塗られたブリュンヒルデ』と言うのは、『織斑一夏の葬儀』にて乱が千冬に放った言葉であり、其れを再び叩き付けられた千冬のショックは相当なモノだったのは想像に難くないが、此れはある意味で自業自得なので同情の余地は無いだろう。


そしてその後、夏月と秋五はIS学園に入学するための形式的なペーパーテストと実技試験が行われたのだが、ペーパーテストでは夏月も秋五も余裕でクリアしたのだが実技試験では夏月が試験官となった楯無と互角以上のバトルを展開したのに対し、秋五は実技試験官になった事で緊張がマックスになって全身がガッチガチになった真耶だったので特に苦戦する事もなく、イグニッションブーストを発動した真耶の突撃を回避したらアリーナの壁にぶつかって勝手に自滅したと言う微妙な結果だったのだった。
其れでも、夏月は勿論として秋五もIS学園への進学が決まり、そして世界にとってイレギュラーとなる一夜夏月と織斑秋五がIS学園に入学する日がやって来たのだった――!











 To Be Continued