楯無がIS学園に入学してからあっと言う間に一カ月が経ち、現在は五月の超大型連休、所謂ゴールデンウィークに突入し楯無も一カ月ぶりに実家に帰省していた。
『更識』が特殊な立場であると言うのは学園側も理解しているので、楯無及びその従者である虚は外出・外泊する際の届け出は不必要の措置をしているのだが、入学からゴールデンウィークまで更識としての仕事はマッタク無かったので、実家に戻るのは本当に久しぶりなのである。
「夏月君!簪ちゃ~ん!!」
「ぬおわ、楯無さん!」
「お、お姉ちゃん!?」
なので楯無は先ずは夏月と簪を全力でハグする。
たった一カ月、されど一カ月、今までずっと一緒だった夏月と簪に会えなかったと言うのは楯無にとって結構寂しいモノがあったのかも知れない……電話やLINEのメッセージの遣り取りをしていたとしてもだ。
「はぁ~~、一カ月ぶりに夏月君分と簪ちゃん分を接種出来るわ~~。
更識の仕事が無かったら、次に補給出来るのは夏休みになってからだから、ゴールデンウィーク中に夏休みまでの期間を乗り切れるように確りと補充しておかないとだわ~~♪」
「何なんだよその謎の栄養素みたいなのは……俺と簪からしか摂取出来ないのかよ?」
「名前からして多分そうだと思うけど、因みに不足するとどうなるの?」
「頭痛に眩暈が初期症状として現れて、中期症状で不眠症と判断力の低下が、後期症状として全身の倦怠感と過呼吸、末期症状で運動能力が著しく低下して日常生活にも支障が出るようになるわ。」
「「其れは一大事だ。」」
行き成りハグされて夏月も簪も驚きはしたが、二人もまた楯無と実際に会うのは一カ月ぶりなので悪い気分ではなく、寧ろ楯無のちょっとしたおふざけにノリノリで反応して居る位だ。
同時に楯無がこんな事が出来るのは夏月と簪に対してだけだ……この二人に対しては、暗部の長である楯無でなく刀奈としての自分を曝け出す事が出来るのだろう。素の自分を出せる相手が居ると言うのは、楯無と言う立場を継いだ彼女からしたら貴重なモノと言える訳である。
「そんで楯無さん、IS学園での生活はどんな感じなんだ?」
「そうねぇ、寮の部屋は高級ホテルを思わせるほどのモノだから快適だし、食堂のメニューも豊富で味も一級品だから満足出来るわね。
IS授業の内容に関しては、国家代表や代表候補生にとっては復習的なモノが多いけれど一般生徒には分かり易く教えてると思うわ……IS以外の授業も進学校レベルって感じだから退屈はしないわ。
総じて悪くないのだけれど……」
「悪くないけど?」
「何か問題があるのか?」
「……織斑千冬。彼女がIS学園の教師として働いているのよ。」
夏月は来年から自分も通う事が確定しているIS学園の事を楯無に聞き、楯無も其れに答えたのだが最後の最後で夏月にとっては最も聞きたくない名前が出て来てしまい、其れを聞いた夏月だけでなく簪も盛大に顔を歪めた。
己が通う事になる学園に、最も忌むべき相手が教師として勤務していると言うのは最悪以外のナニモノでもないだろう……夏月の過去と白騎士事件の真相を知った事で更識姉妹も千冬には良い感情を持っていないし、楯無は千冬がIS学園で教師をしていると知った時には、『更識の力を使って、教師続けられなくしてやろうかしら?』と考えていたりする位なのだから。
夏の月が進む世界 Episode5
『まさかまさかの急転直下のジェットコースター!』
織斑千冬がIS学園で教師を務めていると言うのは、夏月にも簪にも衝撃的な情報だっただろう……特に夏月は、千冬は教員免許を取得していない事を知っているから尚更だ。
夏月が知らない間に教員免許を取得したと言う線もまず無いと見て良いだろう。
千冬は高校在学時に白騎士事件を起こし、高校卒業後はISバトルの競技者として生活していたので、大学の教育学部に進んで単位を取り、教育実習を経て教員採用試験を受けている暇などなかった筈なのだから。
「アイツが教師だって?
私立なら教員免許がなくても教師が出来るって聞いた事はあるけど、IS学園は国立通り越した世界立だろ?そんな場所で、教員免許ない奴が教師やってて良いのかよ?てか、アイツが教師やってたら未完の大器を『能無し』って言って潰しかねないんじゃないか?」
「夏月君の過去を考えると、その可能性は否定出来ないのだけれど、どうにも彼女は日本政府の後押しでIS学園の教師になったみたいなのよね。
第二回モンド・グロッソ後に現役の引退を表明して、一年間ドイツ軍で教官を務めていた彼女を日本に繋ぎ止める為に、日本政府は特例で彼女に教員免許を与えてIS学園の教師に任命したらしいわ。
同時に、日本政府は『ブリュンヒルデが教師をしている』と言う事で、IS学園のステータスを高めたいって狙いもあったのでしょうけれどね。」
「其れは、また何とも笑えねぇな。」
「教師不適合者が教師をしている……普通なら其れだけで文春砲が炸裂してると思う。」
だが、千冬がIS学園で教師として勤める事が出来ているのは、日本政府が大きく裏で動いていたからだった……第二回モンド・グロッソの際に、『弟を見捨てて栄誉を取った』と言う一定数あるマイナスのイメージを払拭する為に、日本政府は事実を歪め、『織斑一夏誘拐は日本政府も感知していない事であり、織斑千冬も其れを知る術はなかった』と会見を行い、ドイツに千冬が持って行かれない為にIS学園の教師と言う立場を用意して日本に呼び戻したのだ。
そして、教員採用試験を受けていないどころか教育実習の経験すら無いにも関わらず千冬に特例として『IS学園の教師』の立場を与えたのだ……尤も、逆に言えば千冬はIS学園以外では教師になる事が出来ないと言う事なのだが。
この一連の出来事に対し、IS学園の学園長は当然『受け入れられない』と抗議をしたのだが、政府は『受け入れられない場合は、学園に訓練機として支給している打鉄を全て回収する』との圧力を掛けて来たのだ。
打鉄は学園の訓練機の半分を占めている機体なので、其れが全て回収されてしまっては学園の運営そのものに関わる為、学園長は千冬を教師としてIS学園に招くしか無かったと言う訳だ。
「ったく、アイツが教師とか最も程遠い職業じゃねぇか……楯無さん、アイツに何かされてないか?」
「バッチリ目を付けられてるわね♪
入学試験をぶっちぎりの首席で合格したって言うだけじゃなく、実技の授業では機体と武装の展開でも過去最速を更新して、急降下からの急停止では目標である10cmジャストだったからね……其れが如何にも彼女には生意気に映ったらしくて、ゴールデンウィーク前の実技の授業では模擬戦を行う事になって、私も彼女も学園の訓練機である『打鉄』を使ったのだけれど……ハッキリ言わせて貰うなら、『世界最強は此の程度なの?』と思う位に拍子抜けだったわ。」
新入生の中ではぶっちぎりの成績で入学し、『更識』と言う事で色々と特例措置が施され、同級生からも慕われている楯無は千冬に目を付けられてしまったらしく実技授業での模擬戦で公開処刑をされ掛けたのだが、楯無にとって千冬は脅威ではなかったようだ。
「織斑千冬に勝ったのお姉ちゃん?」
「やろうと思えば勝てたけど、『織斑千冬に勝った』なんて事になると面倒な事になるから時間切れ引き分けにしておいたわよ。引き分けなら、周囲も『織斑先生が手加減した』って思ってくれるしね……私が勝つよりも引き分けの方がリアリティあるでしょ?
けど、私が其れを出来る程度の実力だったのよ織斑千冬は。
或は現役を引退して鈍ってたのかしら?少なくとも、私は彼女がモンド・グロッソを二連覇したと言う事が信じられないわね。正直なところ、あの程度で『世界最強』を名乗るなんて烏滸がましいにも程がある。そう言わざるを得ないわね。」
現役を引退したとは言っても、嘗て『世界最強』と謳われた者が、新入生と時間切れの引き分けになったと言うのは其れは其れで話題になりそうではあるが、『世界最強に勝利した』と言うのに比べれば大分軽いモノになるので楯無は其れを選んだのだろう。
『なら、負ければよかったんじゃないか?』との意見もあるだろうが、楯無は夏月を苦しめて来た千冬に負ける事だけはしたくなかったので、時間切れ引き分けと言う選択をしたのだ……逆に言えば、この結果は千冬にとっては敗北以上の屈辱であっただろう。
腐っても鯛ではないが、人として最低であっても千冬の実力は一級品であり、其れだけに相手の実力を見極める事位は出来るのだが、だからこそ楯無が模擬戦で自分に花を持たせた事が分かってしまったのだ。
楯無の事を勝手に生意気だと思い、模擬戦と言う形で鼻っ柱を圧し折ってやる心算だったのが、蓋を開けてみればあくまでも千冬の主観ではあるのだが現役時代の自分と遜色ない実力を楯無は持っており、その上で時間切れ引き分けと言う結果に終わった……勝とうと思えば勝てたのに、敢えて引き分けに持ち込んだ、引き分けにされたと言うのは相当にプライドが傷付いたのは間違いない。
千冬にとって唯一の救いであるのは、彼女の『ブリュンヒルデ』と言う称号がこの模擬戦を見ていた多くの生徒に『織斑先生が手加減した』と誤解させてくれた事だろう。『世界最強が生徒相手に本気を出す筈がない』と、無意識の内に多くの生徒が思っていたのだ。
「楯無さん、次があったらその時は容赦なくアイツをぶっ倒してくれ。アイツが教師をしてるなんて、其れだけで害悪この上ないからな。」
「お姉ちゃん、やっちゃってください!」
「勿論、次の機会があったら、EXR.E.D.Kickから七拾五式・改に繋いで、大蛇薙→百八拾弐式→大蛇薙→八雲の十割即死コンボを叩き込んで教師生命を永遠に終わらせてあげるわ。
束博士が持ってる白騎士事件の真実を公表すれば、織斑千冬はお終いだしね。」
次に千冬との模擬戦の機会があったら、楯無は容赦なく千冬を潰す心算であるようだ……ゴールデンウィーク前の模擬戦では互いに訓練機である『打鉄』を使ったが、次に模擬戦を行う時には楯無は専用機である『騎龍・蒼雷』を使って千冬を容赦なくフルボッコにして、『ブリュンヒルデ』の幻想を終わらせると、そう言う事なのだろう。
仮にISを使わない生身での戦いを行ったとしても楯無は千冬を圧倒しただろう……千冬の身体能力は確かに凄まじいモノがあるのだが、其れはあくまでもスポーツの世界での事であり、ドレだけ強くともスポーツの範疇でしかない。
逆に楯無は、更識の仕事で何度も生死が掛かった場面を経験し、そして其れを切り抜けて来た事で身体能力も精神面でも千冬を大幅に上回っているのだ。……此れは夏月と簪にも言える事ではあるが。
「あ~~~……でもアイツを本気で潰すってんならとっくに束さんが動いてる筈だよな?
束さんが静観してるって事は、今はまだアイツを潰す時じゃないって事なのかも知れない……だとしたら、俺達の判断だけで色々やるのは逆に拙いかもだ。束さんが本気でアイツを潰しに掛かったら其の時に俺達も派手にやった方が良いかもな。」
「其れは、確かに言えてるかも……なら、学園では私の方からは特に何もしないでおくわ。……向こうから仕掛けてきたその時は容赦しないけどね。」
「もしかしたら束さんは、織斑千冬を只潰すだけじゃなくて、社会的にも完全抹殺する方法を考えてるのかも知れない……アニメなら地下の研究室でマッドサイエンティストが怪しく眼鏡を光らせてる、そんな感じになってるのかも。」
現状では束が何もしていないので千冬の事は向こうから何かしてこない限りは必要最低限の接触しかしないと言う方向で……だとしても、楯無が在籍している一年一組は担任が千冬なので、嫌でも顔を合わせる事になってしまうのだが。
取り敢えず千冬に関しての話は此れでお開きとなり、夏月と楯無と簪は一カ月ぶりとなる三人の時間を楽しむのだった。
――――――
一カ月ぶりに実家に帰省した楯無は、楯無として部下の報告を聞きつつ、プライベートでは夏月と簪の二人と一緒にゴールデンウィークを楽しんでいた。
特にゴールデンウィークの初日には楯無にとっては一カ月ぶりの夏月の料理を堪能した後に、格ゲーと遊戯王で夜通し遊びつくし、ゴールデンウィーク二日目は全員が午前十時に目を覚ますと言う凄まじい寝坊をしてしまったのだが、総一郎も凪咲も其れを咎める事はしなかった。ゴールデンウィークの寝坊は、ある意味で当然の権利と言えるからだろう。
そう言う訳でゴールデンウィーク二日目はスロースタートとなったのだが、夏月と楯無と簪はエナジーバー(夏月が一本満足inプロテイン、楯無がSoyJoy、簪がカロリーメイトメープル味)で簡単な朝食を摂ると早速街に繰り出して行った。
折角のゴールデンウィークなのだから遊ばねば損だし、何時更識の仕事が入るかも分からないので遊べる時に遊んでおくべきなのだ。
先ずは簪の希望で秋葉原へと繰り出し複数のアニメショップを見て回り、簪は特撮のDVDボックスを購入し、楯無はアニメのクリアファイルを購入し、夏月はMGのプロヴィデンスガンダムを購入していた。フリーダムでもジャスティスでもなくプロヴィデンスと言うのは中々のチョイスと言えるかもしれない。
また、あるショップでは店内で『アニソン、ゲーソン限定カラオケ大会』が開催されており、『飛び入りOK』との事だったので簪が飛び入り参加し、名作『Air』の神曲『鳥の詩』を熱唱して会場を沸かせたりもした。
カラオケ大会を盛り上げたところでランチに丁度良い時間になったので、『何処で食べるか?』と相談した結果、満場一致ハンバーガーショップでランチタイムとなったのだが、そこで夏月はエビカツバーガーをLLセットで注文しただけでなく、単品でてりやきバーガー、フィッシュバーガー、レッドホットチキンを注文して店員が若干引いていた……絶賛成長期真っ盛りの夏月は此れ位余裕で食べてしまうのではあるが。
ランチ後は水道橋まで足を延ばして東京ドームシティの遊戯施設で楽しんだ。
ボーリングやバッティングセンターと言ったスポーツ施設だけでなく、ゲームセンターに観覧車やジェットコースターと言ったアトラクションに、野外ステージでは特撮ヒーローのショーも行わているので午後は十二分に楽しむ事が出来た。
帰り際にひったくりの現場に遭遇し、ひったくり犯を夏月と楯無がブッ飛ばし、簪が警察に通報した上で犯人の顔をSNSに晒すと言うハプニングはあったがゴールデンウィーク二日目も楽しい時間を過ごす事が出来たと言えるだろう。
そしてその日の夜。
夕飯を終えた楯無と簪は久しぶりに一緒に風呂に入っていた。
因みに更識家の浴室は見事な石造りとなっており、浴槽は檜造りと言う立派なモノであり、浴槽も五~六人は余裕で入れるほど広さとなっているのだ……更に風呂の湯は地下100mから引いている鉱泉水を沸かして居ると言うのだから贅沢極まりないだろう。
「ねぇ、お姉ちゃん。」
「何かしら、簪ちゃん?」
「お姉ちゃんは、夏月の事どう思ってる?」
一カ月ぶりとなる姉妹水入らずとなるお風呂タイムで、簪は楯無に『夏月の事を如何思ってるか』と聞いて来た。
その問いに対して楯無は少し考える……何故簪がこんな事を聞いて来たのか。そして自分が夏月の事を如何思っているのか……だが、自分が夏月の事を如何思っているのかは直ぐに答えが出たので、其れを素直に伝える事にした。
「そうね……私は夏月君の事が好きよ。異性として、彼の事を意識しているわ。」
「そう、なんだ。」
「でも、其れは貴女も同じよね簪ちゃん?貴女も夏月君の事を異性として意識しているからこそ、私が彼の事を如何思ってるのかが気になった、違うかしら?」
「違わない……」
其れだけでなく、簪が夏月に抱いている想いにも気付いたようだった。
姉妹揃って同じ男に惚れてしまうとは、普通ならば昼ドラ上等のドロドロな姉妹の愛憎劇が展開される状況なのだが、楯無と簪はそうはならなかった。寧ろ、お互いに夏月に惚れていた事を当然だと思っている感じだ。
「そう……其れで、簪ちゃんは夏月君の何処に惚れたのかしら?」
「私は私でお姉ちゃんと同じじゃないって、お姉ちゃんの妹としてじゃなくて私自身を見てくれた時から……ううん、夏月の過去を知った時からかな?
私に言ってくれた言葉はきっと夏月自身が言って欲しかったモノで、夏月は誰にも其れを言われる事が無かったのに私には自分が一番欲しかったであろう言葉を掛けてくれた……その優しさと強さに。」
「成程ね……納得だわ。」
「其れでお姉ちゃんは?」
「今度は私のターンか。
そうね……私は夏月君の過去を知った時、夏月君を守らないとと思ったわ……努力を認められる事もなく不当に低い評価を受けて来た彼が此れ以上傷付かないようにしたいと、そう思っていた。
でも、彼は私が守る必要がない位に強くなったわ……そして、更識の仕事に参加するようになってから、私は何度も危ない所を夏月君に助けられた。正直な話として、夏月君が居なかったら私はとっくに男共の慰み物になって純潔を失ってたでしょうね。
私を助けに入った夏月君を何度も見る内に、彼に惹かれて行ったわ……其れこそ、彼に純潔を捧げたいと思う位にね。」
「そうなんだ。」
「あと、夏月君の『悪人に男も女も関係ない』って言うスタンスも惚れる要素の一つではあったわね。
普通はドレだけ悪人相手でも、相手が女性なら少しは躊躇うモノだけど、夏月君は『悪い奴に男も女も関係ねぇ!』って言ってスカッとブッ飛ばしちゃうからねぇ?あの思い切りの良さは惚れ惚れするわ。」
「其れは分かる。」
楯無も簪もお互いに夏月に惚れた理由を話し、お互いに納得出来たのだが……しかし、姉妹で同じ男性を好きになってしまったと言うのは中々に難儀なモノだと言わざるを得ないだろう。
現在の日本の法律は一夫一妻なので、楯無と簪は将来を考えると何方か一方しか夏月と交際出来ないのだから。
「私も簪ちゃんも、そして多分夏月君の文通相手のロランちゃんも夏月君に友情以上の感情を持っているでしょうね……夏月君に好意を寄せている女性は三人も居る――いえ、束博士が専用機を送った鈴ちゃんと乱ちゃんの事を考えると五人の可能性もあるわ。
さて、如何したモノかしら?」
「なら、全員でかっ君を愛してあげれば問題ないんじゃないかな?」
楯無が如何したモノかと悩んでいるところに乱入して来たのは世紀の天才にして天災である束だ。
うさ耳のカチューシャを外して、身体にバスタオルを巻いて登場したのを見る限り純粋にお風呂タイムだったのだろうが、偶然にも其処で更識姉妹の夏月への想いを聞いてしまい黙っている事が出来なかったのだろう。
突如の束の乱入に驚いた楯無と簪だったが……直後にその視線は束の胸元に向かってしまった。
楯無は現役女子高生であり其れこそ雑誌の読者モデルが出来るレベルのプロポーションの持ち主で、簪はバストサイズこそ楯無に劣るが其れが逆にスレンダー美少女としての魅力を高めており、簪もバストサイズは其れほど気にしていないのだが、束の胸部装甲の凄まじさには目を奪われてしまった。
束の胸部装甲は、『肩からスイカ二つぶら下げてるのか?』と思う程のモノだったのだ。
「束博士、つかぬ事を聞きますがバストサイズは如何程で?」
「98のG!そして妹の箒ちゃんは中学三年生にして96のF!しかも今なお成長中!!って、そんな事は如何でも良いんだよ。
たっちゃんとかんちゃん、そしてローちゃん、鈴ちゃんと乱ちゃんもかっ君の事が本気で好きならみんな一緒に付き合っちゃえば良いんじゃないかな?かっ君の事を世界に公表したら、貴重な男性操縦者に対しての特別措置として、『男性操縦者重婚法』が制定される可能性が高いんだよね……たっちゃんとかんちゃんの何方かしかかっ君と交際出来ないなんてのはナンセンス!みんな一緒にハッピーハッピーってね!!」
「「男性操縦者重婚法?」」
そんな束の口から出て来たのは、『男性操縦者重婚法』なる聞きなれない言葉だった。此れから世界に二人しか存在しない男性IS操縦者となる、夏月と秋五に重婚を認めると言うモノなのであろうが。
果たして何故そんなモノが出来上がると言うのか。
「束さんがシミュレートした結果、かっ君の事を公表して、続いてしゅー君もISを動かせる事が分かった場合、99.98%の確率で『男性操縦者重婚法』が早ければゴールデンウィーク中に制定される可能性が高いんだなこれが。
世界に二人しかいない男性IS操縦者となれば、あらゆる国が其の存在を欲しがって、IS学園に入学させたとしても争奪戦が起きるのは必至……かと言って其れが激しくなって国同士の争いに発展したら本末転倒でしょ?
ならどうすれば平和的にかっ君としゅー君を己の国と関係を持たせるか……答えは簡単、二人に重婚を認めた上で自国の人間と結婚させてしまえば良い。序に他重国籍も認めちゃえば自国の国籍を取得させる事も可能になるから、一応は自国の人間としても扱う事が出来るっしょ?
勿論選ぶ権利はかっ君としゅー君にあるけど、此れならかっ君としゅー君に思いを寄せる人が何人居ても問題ナッシング!!よって、たっちゃんとかんちゃんが一緒にかっ君と付き合っても大丈ブイブイ!!」
「束さんのシミュレートの結果って言われると、否定出来ない気がする……」
「略確実に其れは制定されるって事になるわね?
でも、確かに其れなら私と簪ちゃんを含め、夏月君に思いを寄せている子が自分の思いを諦めなければならないなんて事にはならないし、夏月君も複数人から告白されても悩む必要はないかも知れないわ。……問題は、女子の方は納得するとして夏月君が複数と付き合う事を是とするかだけれど。」
世界に二人しかいない男性IS操縦者を可能な限り安全かつ平和な方法で各国の所属にさせる方法として『男性操縦者重婚法』が制定されるであろうと言う事が束のシミュレートの結果として叩き出されたと言うのならば、其れは確実に現実になるのだろう。
そして其れが現実になれば、其れは単純に夏月と秋五を各国が自国にも籍を置かせる方法と言うだけでなく、彼等に思いを寄せる者達もその思いを諦めなくてはならない事態と言うのも起こり得ないだろう。……一部の男性からは『男の夢とロマンを現実に出来るだなんて捥げろこの野郎!』と言った怒号が飛んできそうではあるが。
だが少なくとも、楯無と簪の何方か一方だけが夏月と交際し、交際出来なかった方との関係が気まずくなると言う事態だけは回避出来ると言うだけでも、束のシミュレート結果は有難いモノだったと言えるのかもしれない。
「そう言えば束博士、博士の妹さんは夏月君と織斑秋五君のどちらに好意を抱いているんです?」
「箒ちゃんはしゅー君だね。勿論いっ君だった頃のかっ君も好きだったけど、其れは好意って言うよりは尊敬に近い感じだったかな?
かっ君は兎に角何があっても努力を怠らなかったし、本来なら一番にその努力を認めなくちゃいけない織斑千冬に認められなくても決して努力する事を止めなかったからね、其れを素直に凄いって思ってたんじゃないかな?
其れとお父さんから剣道じゃなくて剣術の手解きを受けて居たってのも大きいんじゃないかな?お父さんがより実戦的な剣術を教えるって言うのは、かっ君の剣術の才能が相当に高かった証だからね……お父さんから剣術の指導をして貰うって言うのがドレだけ凄い事なのか箒ちゃんも子供心に分かってたんじゃないかな?
箒ちゃんにとってしゅー君は初恋の人で、かっ君は自分が目標とする人なんだと思うよ?
だから、ニュースで『織斑一夏死亡』を知った時には、目標を見失って抜け殻みたいになっちゃうんじゃないかと思ったんだけど、『天国にいるお前に見られても恥じない剣士となって見せる!』って気持ちを切り替えて剣道に邁進してるから安心したよ。」
「……束さん、何で最近の箒さんの事をそんなに詳しく知ってるの?」
「可愛い妹である箒ちゃんの事は、一日二十四時間一年三百六十五日、閏年の時は三百六十六日、絶えずその様子を観察してるからね~~?箒ちゃんに関しては束さんの知らない事なんて無いのさ!」
「お姉ちゃん、ストーカーが居る。」
「此れは『溺愛のシスコン・ストーカー』って言うところかしら?
レベル6の闇属性戦士族で、攻撃力2000の守備力1500。互いのフィールドと墓地に存在する少女型モンスターの数×200ポイント攻撃力が上昇して、自分フィールド上に存在する少女型モンスターの数で異なる効果を得るわ。
一体:このカードは戦闘では破壊されない。二体:守備表示モンスターを攻撃した場合、攻撃力が守備力を越えていればその数値分のダメージを与える。三体:相手モンスターを戦闘で破壊し墓地へ送った場合、そのモンスターのレベル×200ポイントのダメージを与える。四体:このカードは相手の効果を受けない。五体:このカードの元々の攻撃力と守備力は10000になる。勿論複数体存在してる場合はその数の効果が全て発動するわ。」
「うん、中々にヤッベー効果だね此れは♪」
「研究が進んで極悪な使い方が開発されてムショ入り確定レベル。八咫烏と一緒に終身刑も待ったなし。」
束が若干犯罪染みた行為を妹の箒に行っていたが、箒が其れで何か被害を受けていると言う訳ではないのでストーカー被害とは認定出来ないだろう……ストーカー被害に相当していたら、楯無も束に対して何かしらの措置を行う必要が生じたのだろうが。
取り敢えず篠ノ之箒は敵ではないが、『織斑一夏』には恋愛的な行為は抱いていないが尊敬し目標としているとの事だった……一夏の努力を認めていた人間と言うモノは、少ないながら一定数は存在していたと言う事の証とも言えるだろう。
その後は他愛のない雑談をしながら更識姉妹と束はお風呂タイムを楽しんだのだった。
楯無と簪は千冬に関して束が如何考えてるのか聞こうかとも思ったのだが、良い気分のお風呂タイムを壊したくないと言う理由から此の場では聞かない事にしたようである……話題にすら出したくないとは、相当に嫌っている事の証と言えるだろう。
――――――
その後、ゴールでウィークは更識の仕事が入る事もなく無事に終わり、楯無は学園に戻って行った。
学園に戻ってからも特に更識の仕事が入る事も無かったので、千冬に注意をしつつ学園生活を送っていたのだが、五月二十三日は更識家に戻って来ていた。何故かと言えば、その日は夏月の誕生日だからだ。
織斑一夏の誕生日は十月二十三日なのだが、一夜夏月の誕生日はスコールが夏月の戸籍を造る際に五月二十三日に設定していたのである。
なのでその日は夏月の誕生パーティが盛大に行われた。
広間の檜造りの大きな座卓には寿司、ローストビーフ、彩り野菜のサラダ他多数の御馳走が並び、夏月の前には十五本のロウソクが立ったバースデーケーキが。
「それじゃあ……ふぅ!」
「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」
夏月がケーキのロウソクの火を吹き消すと同時にクラッカーが鳴って誕生パーティスタート。
先ずは夏月へのプレゼントだが、楯無はソーラーバッテリーの電波式腕時計、簪からはMGストライクフリーダムガンダム・エクストラフィニッシュVer、総一郎と凪咲からは象牙製の『一夜夏月』の実印と認印、束からは京都の刀匠に特別に打って貰った日本刀をプレゼントされた……束のプレゼントが若干物騒ではあるが、己の父である劉韻が剣術の手解きを行っていた夏月には最高のプレゼントになると思ったのだろう。
夏月も、その刀を手にした時には『何だか手に馴染むな』と、何処か満足そうだったが。
その後誕生パーティは恙無く進んだ。……夏月が最後の楽しみにとっておいた『焼きハラスの握り』を束が『かっ君食べないの?』と言って、夏月の答えを聞く前に食べてしまい、『束さん、俺それ最後に食う心算だったんだぞ!』とキレた夏月と、『束博士、其れは流石にダメだわ』と言った楯無によるキン肉マン史上『互いの必殺技を組み合わせた最強のツープラトン』として名高い『NIKU→ラップ』を喰らってKOされると言うハプニングはあったモノのね。尤もそれを喰らった束は一分と絶たずに復活していたのだから本気で束は人間を辞めているのかも知れない。果たしてこの世にキン肉バスターとOLAPの複合技を喰らって五体満足な人間がドレだけいるのやらだ。
誕生パーティ後は風呂に入り、後は寝るだけだったのだったのが、風呂後に夏月は総一郎からの呼び出しを受けて大広間に来ていた。
「何だよ、簪と楯無さんも呼ばれてたのか?」
「えぇ、私達もお風呂から上がったら大広間に来るようにお父様から言われていたのよ。」
「私達だけじゃなく夏月も……もしかして夏月に関しての重要な話なのかも。」
其処には楯無と簪の姿もあった。
夏月よりも先に風呂を済ませた更識姉妹は浴衣を着用して居ていたのだが、夏祭りに着ていくような浴衣ではなく浴衣本来の役目を重視して作られた浴衣を纏った更識姉妹に思わず夏月は見入ってしまった……薄い紅色一色で作られた浴衣は、更識姉妹の青い髪と見事なコントラストを生み出してその魅力を引き立てていたのだから。
そして、更識姉妹もまた風呂上がりに甚平姿となった夏月に見惚れていた。
甚平は浴衣と違い肘から下と膝から下が顕わになるのだが、夏月の其れは決して太くないが、しかし必要な筋肉が付いており、女子の『雌の本能』を刺激するには充分な破壊力があった……甚平の合わせ目から見える『分厚くないが適度な厚さを持った胸板』も乙女の心にダイレクトアタックをかましたと言えるだろう。
「「「中々のお手前で!」」」
互いにとても見事だったので、夏月と楯無と簪は柏手を打っていた。
其れから程なくして総一郎が大広間に現れて上座に座り、その隣には妻の凪咲が座す……其れだけで大広間は緊張感が増したのだから、楯無の名を刀奈に譲っても尚総一郎の実力に衰えは無いと言う事だろう。
「夏月君、君は今日をもって十五歳になった……武家社会ならば元服をして成人として扱われる歳になった訳だ。
だから、私は君を一人の大人と見なして私が知る君の……否、『織斑』の真実を此れから君に話す心算なのだけれど……君に其れを聞く覚悟はあるかい?もし無いと言うのであれば、やめるけれど。」
「織斑の真実……良いぜ、話してくれよ総一郎さん。何が出て来ても、俺はもう大丈夫だから。……一番認めて欲しかった姉に最後まで認めて貰えなかった、俺はもう『織斑』には1mmの未練もないからな。」
「そうか……」
夏月の決意を聞いた総一郎は、暫し目を閉じて天井を仰ぐと、何かを決意したように夏月を見て口を開く。
「夏月君、君は両親の事を何処まで覚えている?」
「両親の事は、ぶっちゃけ何も覚えてないって言うのが正直なところですね。
織斑千冬は『両親は私達を残して蒸発した』って言ってましたけど、アイツから離れた今、其れが本当だったのかは正直疑問に思ってますよ……普通に考えれば、年端の行かない子供達だけを残して両親が蒸発とかあり得んでしょ?
俺達の両親がとんでもない外道だったってんなら兎も角として、そうじゃなかったら普通は児童福祉施設に子供預けますよね?」
総一郎の問いに夏月が答えると、其れを聞いた総一郎は、『そうか」と言って天井を仰ぐ……夏月の両親に関しては、総一郎でも真実を知りたくは無かったとそう言う事なのだろう。
「あぁ、その通りだよ夏月君。
君達の両親が蒸発したと言うのはあくまでも表向きの理由でね……本当の事を言うと、君達には親と言うべきモノは存在していない。
君と織斑千冬と織斑秋五は狂気の塊とも言える『織斑計画』によって生み出された存在。分かり易く言うならば、とある目的のために人工的に生み出された存在であり、織斑千冬は多数のトライアンドエラーの末に完成した千体目の成功個体なんだ。
そして君と秋五君は、その成功個体の遺伝子を培養し、染色体を弄って女性体よりもより強い肉体を持つ男性体として作られた量産型の人造人間なんだよ。」
「「「!!!」」」
そして告げられた真実は夏月だけでなく楯無と簪にとっても衝撃極まりないモノであったと言えるだろう……まさか、夏月が人工的に生み出された存在であり、千冬の染色体を弄った末に誕生した『織斑千冬の男性型のクローン』だったと言うのだから。
『青天の霹靂』とは正にこの様な事を言うのかも知れないが、だがしかし、自分が千冬のクローンであると言う衝撃極まりない事を聞いても夏月は取り乱す事なく極めて冷静であり、寧ろ何処か納得したかのような表情すら浮かべている。
或は、夏月は千冬と自分が本当の姉弟ではないと言う事に気付いていたのかも知れない。
だからこそ、自分が何者であるのか。織斑千冬と自分達は、否そもそもにして『織斑計画』とは一体何なのか、其れ等の真実を知りたいと考えたのだ。
「総一郎さん、詳しく其の話を聞かせて貰って良いですか?」
「お父様、私達にも聞かせて下さい……!」
「私も、知りたい……!」
「勿論だ……君には知る権利があるからね。無論、刀奈と簪も知っておいた方が良い事だ。此れからも彼と一緒に居ると言うのであればね。」
そして、総一郎の口からは千冬が十年以上に渡って隠し続けて来た『織斑』の真実が夏月と楯無と簪に語られるのであった……!
To Be Continued 
|