乱の母親に挨拶を済ませた夏月は台湾を目一杯楽しんだ後に乱に腕枕をして眠りに就いたのだが、翌日の早朝には何時も通り目を覚まし、日課となっている早朝トレーニングを熟していた。
とは言っても流石に見知らぬ外国の土地でのランニングは行わずに代わりにスクワットを行っていた。
其れ以外のトレーニングメニューはほぼ学園で行っているモノと同じであった……素振り用の木刀は空港の持ち物検査で引っ掛かると思って持って来ていなかったので、乱の母親の正音から薪割り用の斧を借りて素振りを行ったのだった。
木刀よりも遥かに重い斧で普通に素振りが出来た事には夏月自身少し驚いていたが、逆に言えば其れが出来る位に鍛え抜かれていると言う事なのだろう。
トレーニングを終えた後はシャワーを借りて汗を流し、正音の朝食の準備を手伝い、二品ほど料理を作らせて貰った。
朝食の準備が大体出来たところで正音から『乱の事を起こして貰っても良いかしら?』と頼まれたので、乱の部屋にやって来ると、乱はタオルケットを抱き枕にしてまだ眠っていた……学園では割と早起きな乱なのだが、今は夏休みと言う事もあり、更に昨日はめいっぱい遊んだのもあって本日は少々お寝坊さんであるらしい。


「オイ、朝だぞ乱。ソロソロ起きろ。あんまり寝てると目が腐るぞ?」

「うぅん……夏月……キャメルクラッチで背骨をぶち折ったDQNヒルデをラーメンにしないでぇ……そんなの誰も食べないからぁ……」

「オイコラどんな夢見てんだよ?つか夢の中の俺は何をしてんだよ?キャメルクラッチで背骨を折った相手をラーメンにするって、初期の頃のラーメンマンじゃねぇか。
 大体あのDQNヒルデの背骨をぶち折るだけなら兎も角として、誰があんなのをラーメンにするかっての……アレが原料のラーメンなんぞ食ったら腹下すなんてレベルじゃねぇだろうが。」

『腹を下したで済めば御の字、食中毒で入院ならまだマシ、最悪の場合は内部から奴に操られてしまうかも知れん……DQNヒルデの大量増殖とは笑えんな。』

「其れはマジで笑えねぇよ羅雪……」


乱は何やらトンデモない夢を見ていたようで、夏月もそして羅雪までもが半実体化して突っ込みを入れていたが、ある意味悪夢と言えるモノを此れ以上見続けさせるのも悪いと思い、夏月は乱の耳元で『起きろよ乱、朝だぜ?』と囁き、更に後ろから抱きしめる事で強制的に乱を覚醒させた。
イキナリ抱きしめられた事と、耳元で囁かれた夏月のイケメンボイスに乱の意識は一気に覚醒し、自分が寝過ごした事を確認すると、慌てて洗面所にかっ飛んで行って顔を洗った後に軽く朝シャンをしてからドライヤーを掛けて何時ものサイドテールに髪を纏めてから食卓に。
本日の朝食は『油飯』、『シェントウジャン(豆乳のスープ)』と言う台湾ではポピュラーな朝食メニューの定番に加えて夏月が作った『空心菜とキクラゲと刻みザーサイ入りのオムレツ』、『キノコの即席エスニックマリネ』も並んでいた。
因みに油飯とシェントウジャンは店でも朝食メニューとして提供しているモノだったりする――台湾では朝食を大事にしているのだが、その朝食は家で食べるよりも外食が基本となっており、早朝から営業している食堂やテイクアウト専門店も結構多いのである。
そして其れは乱の実家の食堂も御多聞に漏れず、朝食を摂った後は朝のラッシュが始まり乱も、そして夏月も店を手伝っていた――夏月が調理に入ってくれた事で厨房の方の回転率は普段より高くなっていたが。

そんな朝のラッシュが終わったところで、夏月は次の目的地である中国に向かう為に空港に来ていた。


「それじゃあ、お姉ちゃんに宜しくね夏月!」

「オウよ、今度は日本でな!夏休み、思い切り遊び倒そうぜ!」

「モチのロンよ!夏休みは遊び倒さなきゃ損ってね!」


空港のロビーで夏月と乱はハイタッチを交わした後に軽くハグをしてから、夏月は搭乗口へと向かい、乱に背を向けながら右腕を高くあげるとサムズアップし、乱も其れにサムズアップすると夏月の姿はエスカレーターの向こうへと消えて行った。
夏月の嫁ズの家族への挨拶回り、次の目的地は鈴の故郷である中国だ。











夏の月が進む世界  Episode47
『嫁ズの家族への挨拶Round2~中国~』










台湾を発ってから数時間後、夏月は中国の上海国際空港に到着していた。
台湾から上海へのフライト時間もそれほど長くは無かったので、夏月は機内でSwitchを起動して『ULTRA StreetFighterⅡX』のランクマッチでザンギエフを使用してランクを上げ、ランクマッチでは暗黙のルールで使用禁止となっている『殺意の波動に目覚めたリュウ』や『洗脳されたケン』を使って来た相手に対しては、スクリューパイルドライバーからの起き攻め二択で完封していたのだった。
そんな感じで中国に到着した夏月だったが、スマホには鈴からのメッセージが届いており、其処には『店番が忙しくて迎えに行けなくなっちゃったからゴメン』と書かれており添付ファイルには空港から実家である店までの地図が乗っていた。

取り敢えず夏月は空港でタクシーを捕まえると其の地図を頼りに鈴の実家近くまでやって来て、其処からは徒歩で鈴の実家に向かっていたのだが……


「ウチの店で食い逃げかまそうとは良い度胸じゃないの!その度胸は褒めてあげるけど、その選択は大失敗だったって事を知れぇ!!」

「ペギャらっぱぁ!?」


繁華街に差し掛かったところでそんな声が聞こえて来て、其方に目を向けると見知ったツインテールの少女が食い逃げを働いたと思われる男性客数人をフルボッコにして山積みにし、其の上に胡坐を掻いていた……其れをやったのは言わずもがな夏月の婚約者である鈴である。


「弱い、弱いわ……此の程度で食い逃げがまかり通ってちゃ、この店のウェイトレス兼用心棒の凰鈴音の名が泣くってモノよ!もっと歯応えのある奴は居ないの!」

「此れはまた何とも聞きしに勝る暴力娘!今ボコられたの大学のレスリング部の奴だぞ!?」

「チビのくせに一体何処にそんな力が!未来はゴリラかブロリーか!?」


見た目からは想像も出来ない鈴の強さに食い逃げ犯達は恐れ慄き、可憐な女子高生に言うべきモノではない事まで口にした結果、即座に鈴の蹴りが、拳が肘や膝が飛んで来て瞬く間にフルボッコにされてしまった……中には真面に急所に入った攻撃もあり、急所に入れられた相手は泡を吹いて失神していた……男の急所をダイレクトアタックされなかっただけまだマシなのかもしれないが。


「えっと、流石にやり過ぎじゃない鈴ちゃん?急所にブチかますのは流石にヤバいと思うんだけど?」

「やり過ぎじゃないわよ?
 寧ろ此れ位やって、『二度と食い逃げをしよう』なんて気が起きないようにしてやらないとダメでしょ?……大学のレスリング部とか言われてた奴に関してはキッチリと大学の方にクレーム入れてやる心算だしね?やるなら徹底的にやってやらないとダメなのよ!」

「其れはまぁそうかも知れないけど……って、一人逃げた!!」

「あ、こら待て~~~!!」

「待てと言われて待つかボケ!食い逃げ程度で半殺しにされて堪るか!!」


思い切りフルボッコにされたにもかかわらず、隙を見て逃げ出そうとする食い逃げ犯も当然ながら居る訳で、一瞬の隙を突いて何とか逃げ出す事には成功し、此のままならば逃げ切る事も可能だろう。
鈴も足は速いが、小柄であるために一歩の幅が小さくなってなってしまうので、大柄の男に大股で全力疾走されると追い付くのは極めて難しいのである。


「飯屋で飯食ったらちゃんと金払わんかボケがぁ!!取り敢えずぶっとんどけぇ!!当て身投げじゃあぁぁ!!!」


だがその男は、其処に現れた夏月によって問答無用の合気投げを食らわされてゴミ捨て場にジャストミートしていた……全力逃走していた食い逃げ犯の勢いを利用した合気投げとは言っても、其れでも10mは離れているゴミ捨て場にぶん投げると言うのは簡単な事ではないだろう。
加えて投げられた食い逃げ犯は完全なカウンターを喰らった事で受け身を取る事が出来ず、巨大な粗大ゴミに身体を打ち付けてしまい、白目を剥いて失神する事になったのであった……夏月が本気でぶん投げたら、コンクリートのブロック塀に叩き付けられて骨折していただろうから、ゴミ捨て場に投げられたのは、全身ゴミ塗れになったとは言え食い逃げ犯にとっては幸運だっただろう。


「何やら立て込んで居たみたいだが、此れ要るか鈴?」

「要るから寄越して夏月……食い逃げの罰として、コイツには一カ月間店で皿洗いして貰うから。」


其れでも食い逃げ犯は鈴の実家で一カ月間の皿洗いをする事になった――鈴にぶちのめされた他の食い逃げ犯が『皿洗い二週間』だったのを考えると、この食い逃げ犯への罰は重いと言えるだろう。
尤も其れは、其の場から逃げ出そうとした報いであるのかも知れないが。
因みに鈴がウェイトレス兼用心棒をやっているのは、鈴が夏休みで帰省したタイミングで普段はその役割を担っている従業員が夏季休暇を取り、代わりに鈴がその役目を引き継いだからである。


「其れは其れとして、いらっしゃい夏月!待ってたわよ!」

「おう、来たぜ鈴!そのチャイナドレス、似合ってるぜ?」

「えへへ、そう言って貰えると嬉しいわ。」


トラブルの現場で会った夏月と鈴だったが、食い逃げ犯は瞬く間に無力化され、其の後は夏月が鈴のチャイナドレス姿を絶賛していた。
鈴が纏っているのは『夏季限定コスチューム』として食堂のウェイトレスの衣装となったチャイナドレスなのだが、そのチャイナドレスは袖なしなのは良いとして、下半身を覆うロングスカートには左右に腰までのスリットが入っていて、其処から見えるか見えないかのギリギリのチラリズムが特徴的であり、同時に其れは鈴の健康的な身体の魅力を十二分に引き出してた。
バストサイズこそ夏月の嫁ズの中では最下級な鈴だが、そのスレンダーなボディのポテンシャルは極めて高く、ファッションによっては大化けするのである――現にチャイナドレスのスリットから見え隠れする黒のニーソックスを穿いた鈴の健康的な足は実に魅力的であるのだから。
取り敢えずゴミ捨て場に投げた食い逃げ犯に関しては、水をぶっかけてゴミを洗い流した後に消毒用のアルコールをこれまた頭から全身に散布してから、フルボッコにされた他の食い逃げ犯と共に鈴の実家である料理店『凰飯店』の厨房に強制連行して罰としての皿洗いをさせる事になった――当然警察にも被害届が出される事を考えると彼等の人生はお先真っ暗と言えるだろう。
其れから鈴は他の従業員に、『サボったり逃げようとしたりしたら容赦しなくて良いから』と言って食い逃げ犯の監視を頼み、自分は店長であり母親である『凰春麗(ファン・シュンレイ)』に夏月が来た事を告げていた。
其れを聞いた春麗は従業員に少し席を外す事を告げると、夏月と鈴を店の二階にある居住スペースへと連れて行き、リビングルームにてテーブルを挟んで座る形となった。テーブルには店を離れる前に淹れて盆に乗せて持って来た中国茶が湯気を立てている。


「初めまして、一夜夏月です。中国政府の発表で知ってるとは思いますが、娘さんは俺の婚約者になってて、俺も結婚を前提にお付き合いさせて貰ってます。」

「えぇ、其れを知った時は私も驚いたわ。
 そして初めまして……ではなく、久しぶりと言った方が正解かしら一夜夏月君……いえ、織斑一夏君?」

「「!!?」」


そこで先ずは挨拶となったのだが、此処で春麗はまさかのカウンターを放って来た。
春麗の言った事に夏月も鈴も驚いたのだが、当の春麗は『イタズラが成功した悪ガキ』のような笑みを浮かべていた――如何にも『してやったり』と言わんばかりだ。


「……良く分かりましたね?正音さんは気付かなかったのに。」

「顔の傷と目の色が違う事が大分印象を変えているけど、娘の恩人の事を間違えたりはしないわよ一夏君――其れに、貴方が亡くなったと聞いてから鈴は表面上は明るく振る舞っていたけれど其れが空元気だと言うのは分かり切ってた。
 其れなのに、『Dr.T』から専用機を与えられた後で途端に本気で元気になっちゃったんですもの……其れで察したわ、鈴は専用機を貰っただけじゃなくて、一夏君が生きてるって事を知ったんじゃないかって。」

「母上、私ってそんなに分かり易かったでしょうか?」

「それはもう。鈴は昔から嘘吐けないし、嘘吐いても直ぐにバレるからね。」


春麗は鈴が専用機を受け取った時から、鈴が完全に立ち直ったのを見て『若しかしたら織斑一夏は生きているのではないか?』と考え、今日夏月に会って其れは確信に変わったのだった。
顔の傷と金色の目が、織斑一夏とは可成り異なる印象を与えるのだが、春麗が其れがあっても夏月が一夏であると確信したのは一夏が鈴の、娘の恩人であると言うのが大きいだろう。
中国から転校してきた当初、鈴はまだ日本語が巧く話せず、其れを一部の生徒から揶揄われてイジメの対象になっていたのだが、そのイジメっ子達を叩きのめしたのが当時の織斑兄弟であり、その口火を切ったのが一夏だったのだ。
秋五もイジメっ子達を撃退したのだが、鈴は口火を切った一夏に惹かれ、その結果として一夏の方を春麗に良く話しており、春麗も何度か鈴が家に連れて来た一夏の事を覚えていたので、少しばかり容姿が変わったところで夏月は一夏だと即見抜いたのだろう。
実に見事な観察眼だと言えるが、鈴は自分の態度から一夏が生きている事を悟られるとは思ってなかったのか、思わず敬語になっていたのだった。


「まさか、俺が一夏だとバレてるとは思わなかったけど、其れは他言しないでくれよ春麗さん?織斑一夏が本当は生きてましたって事になったら、面倒な事になるのは目に見えてるからな。」

「其れは分かってるわ――そして、鈴の事をお願いね一夏君、ううん夏月君。」

「其れは言われるまでも無いですよ春麗さん。」


まさか自分の正体が割れているとは思わなかった夏月は、春麗に『織斑一夏が生きている事は他言にしないでくれ』と言った上で、春麗から鈴の事を任されて力強い答えを返し、其れを聞いた春麗も夏月ならば鈴を任せられると確信して、『此の子の事を頼みます』と言って夏月に鈴を任せたのだった。
そうして春麗から認められた夏月と鈴は其のまま店で休憩時間になった従業員と共に昼食を摂る事になった。因みに本日のまかないは鈴特製の『酢豚』だった。


「旨い!前に食べた時よりも腕上げたな鈴!此れはマジで無限に食えそうな気がするぜ!!」

「夏休みになってこっちに戻って来てからは毎日のように酢豚の研究してたからね?
 前にアンタが食べた酢豚がジムリーダーだとしたら、今の酢豚は四天王って所かしら?最終的な目標はゲーム中最強の存在である金銀クリスタルのレッドやエメラルドのダイゴレベルだけどね!」

「良く分かるような分からんような……取り敢えず夏休み前とは比べ物にならない位にレベルアップしたって事は分かった。」


その酢豚は夏月が絶賛する程の味なのだが、此れも鈴が帰国してから日々『最高の酢豚を作る』研究をしていたからだろう。
肉にはバラ肉とヒレ肉の二種類を使って食感の違いを出して素揚げではなく軽く粉を付けて唐揚げにする事で甘酢ダレが良く絡むようにし、野菜類に関しても一度冷凍したモノを使う事で野菜の甘味を引き出しつつ味が染み込み易くする工夫がなされ、味の決め手になる甘酢ダレには爽やかな酸味と甘味が特徴のリンゴ酢に、コクのある黒酢、ドライトマトのペースト、ニクマム(ベトナムの魚醤)を合わせたモノを使い、爽やかでありながら深いコクがある酢豚を完成させていたのだ。
しかも鈴は此れでも満足はしておらず、更に上の味を目指しているので夏休みが終わる頃には更にメガシンカした『アルティメット酢豚』が完成してる可能性は高いと言えるだろう。
この酢豚には夏月も箸が進み、大盛り飯を三杯平らげ酢豚も二度お代わりして、其れを見た鈴も満足そうな笑顔を浮かべていたのだった。

昼食後は春麗が鈴に『午後の特別休暇』を出した事で、午後は上海観光をする事になったのだった。
鈴が居なくなったらまた食い逃げを働く輩が現れてしまうのではないかとも思うだろうが、現在店内には『食い逃げを働いた輩の末路』が見せしめ同然に皿洗いをさせられているので、其れを見て態々食い逃げを働こうと思う輩はいないであろうから大丈夫だろう。

さて、上海は首都である北京と同等かそれ以上の都会である為、海外からの観光客も多く観光客向けの施設も多数存在しているのだが、夏月と鈴はそう言った観光施設には向かわずに、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
勿論そうなったのには理由があり、現在は日本を始め、中国や台湾、韓国も夏休み期間に入っており、そう言った観光施設は人でごった返して真面に楽しむ事は出来ないだろうと考えたのだ――実際に上海にある大人気のテーマパークに行ってみたところ、入場券売り場と入り口に長蛇の列が出来ており、入場までに時間単位で掛かるだろうと入るのを断念したのである。
一度そんな光景を目にしてしまうととても他の観光施設に向かう気にはなれず、こうしてウィンドウショッピングに繰り出した訳だが、夏月にとっては初めて見るモノも売られていたので充分に楽しむ事が出来ていた。


「『遊戯帝』って、此れ誰が如何見ても遊戯王のパクリじゃねぇか!遊戯の髪の金髪の部分をエメラルドグリーンに変えただけだろ此れ!
 そしてどうしてブラマジの肌をブランカにしたし!原作ブラマジも肌の色がデスラー相当ではあるけど……って思ったら、劇場版のブラマジは肌緑色だった!!?」

「此れを『自国のオリジナルです』って言い切っちゃうんだから恐るべき強心臓よねぇ……アタシも日本で暮らした経験が無かったらこんな事が平気で出来るようになってたのかと思うとかな~り怖いわね。」


中には突っ込みどころ満載の最早開き直ったとしか思えないパロディですらない極悪かつ粗悪なコピー商品も多数存在していたのだが、其れは其れとして本格的な中国茶、漢方などは良いモノがあったので夏月は日頃の感謝と労いの意味を込めて本場の中国茶と疲労に効く漢方を束に海外便で送る事にした。
ウィンドウショッピングの途中で立ち寄ったブティックでは、鈴が夏月相手に一人ファッションショーを披露し、夏月も鈴の七変化に拍手を送っていた――其のファッションショーの礼に、夏月が一番鈴に似合っていると感じたコーディネート一式を購入して鈴にプレゼントし、店にもキッチリと利益を還元していたのだから見事であると言えるだろう。
そうしてウィンドウショッピングを楽しんでる内に上海でも指折りの大型ビルまでやって来ていた。
地上五十階のこのビルには、スーパーマーケットやスポーツ施設、複数のレストランやファーストフード、回転寿司に焼き肉と言った外食産業、銀行等が入っているのだが、その中には何と鈴が中国拳法を学んだ『拳法道場』も入っていた。
鈴としては己の中国拳法の師である人物にも夏月の事を紹介したいと思ったのだろう。


「此処で鈴は中国拳法を学んだのか……道場内からの熱気がハンパないな?道場の外に居るってのに其れをヒシヒシと感じるぜ。」

「其れだけ中国拳法を極めようとしてる猛者が集まってる……って訳じゃないのよね?
 この道場って実戦的な中国拳法だけじゃなく、演武である『功夫』も他の道場と比べて高いレベルで教えてくれるから、アクション俳優を目指してる奴等も多くて、武闘家とアクション俳優、夫々を目指す奴がガチで修行してるから熱気が凄いのよ。」

「ブルース・リーやジャッキー・チェンの後継者を目指す奴等も居るって訳か……武闘家だけじゃないからこその熱気ってのは、聞くと納得だな。」

「功夫映画って、功夫が本物じゃないと迫力が出ないから、一流のアクション俳優を目指す奴の多くは此処に入門する訳よ。」


道場の入り口で一礼して道場内に入った夏月と鈴は、鈴が夏月を道場の上座に居る己の師である『元小龍(ゲン・シャオロン)』所に案内して、夏月の事を『私の婚約者です』と紹介していた。


「世界初のIS操縦者と聞き及んでいるが……ふむ、中々の実力があると見た。
 一見すると細身であるが、その身体は細いのではなく1㎜の無駄もなく絞り込まれているのだろう……この道場の門下生はおろか、師範代でもお主に勝つのは簡単ではないであろうな。」

「貴方が鈴の師匠ですか……初めまして、一夜夏月です。
 百戦錬磨の達人と見受けますが、其れほどの武闘家に高く評価して頂けるとは光栄ですよ。」


夏月の実力を見抜いた元は、実際に夏月の実力を見てみたいと思い、夏月に『ワシの弟子と一手願いたい』と申し入れ、夏月も其れを快諾した事で、道場の師範代とのスパーリングを行う事になり、夏月はソックスを脱いで素足になり、手にはオープンフィンガーグローブを装備してそしてスパーリングが始まった。
相手は道場の師範代と言う事もあり、其の攻撃は鋭く全てが一撃必殺級の威力を有していたのだが、更識の人間として鍛えられ、更に実戦経験も豊富な夏月には対処するのは容易であり、全ての攻撃を捌いた後にカウンターの裏拳を叩き込むと、其処からハイキック→ストレートの連続技を叩き込む――裏拳のカウンターから回転しながらの連続技は回転の遠心力が加わった事で二撃目、三撃目の威力はより高くなっているのだ。
夏月の攻撃は其れで終わらず、更にハイアングル踵落とし→高速ロ―キック→バックエルボーの連続技を叩き込み、最後は右のショートボディアッパーから左のショートアッパーで顎をカチ上げ、其のまま左の拳を振り抜くジャンピングアッパーをブチかましてターンエンド。
格闘ゲームでの有名な乱舞系超必殺技である『龍虎乱舞』を彷彿とさせる連続技を喰らった師範代は意識はあったモノの10カウント以内に立つ事は出来ず、このスパーリングは夏月の勝利となったのだった。


「我が道場の師範代をこうも見事に倒して見せるとは、良き相手を見つけたな鈴よ……あれ程の男性は滅多に居るモノではない。大事にしてやれよ?」

「勿論、その心算ですよ元師父!」


元の言葉に鈴はチャームポイントである八重歯が見える笑顔をもってして応え、其れを見た元も満足そうに頷き、スパーリングを終えて引き揚げて来た夏月に賞賛の言葉を送った後に、『我が道場の師範代を倒した証だ』として、自身が編み出した奥義である『残影』を伝授した。
その奥義は超高速で相手と擦れ違い、擦れ違いざまに相手の秘孔を突いて時間差でダメージを与えると言う超高等技だったのだが、夏月は一度元からお手本を見せて貰っただけで其れを略修得してしまった――『最強の人間』として生み出されただけに、戦闘に関する事ならば修得するのは容易なのだろう。
此れには元も驚きを隠せなかったが、逆に『此れほどの才を持つモノと出会えたのは幸運だ』とも思い、鈴が夏月の婚約者になった事を心から喜んでいたのだった。

元の道場を後にした夏月と鈴はウィンドウショッピングを再開したのだが、其処で鈴と同期の中国の代表候補生達と出くわした。
夏月は台湾での経験から鈴がやっかみを受けているのではないかと危惧したのだが、出会った代表候補生達は鈴に対して友好的だった――出会ったのは中国国内で代表候補生の序列三位の『李朱華(リ・シュカ)』と序列五位の『漣琉愛(レン・ルウ)』と序列八位の『烈瑚青(レツ・コハル)』の三人だった。
鈴は帰国後僅か一年で代表候補生の序列一位に上り詰めただけでなく、『ムーンラビットインダストリー』から専用機を送られたと言う事もあって、序列上位である代表候補生からは疎まれる事もあったのだが、其処は鈴の生まれながらの天真爛漫な性格と日本で培った『敵意を向けてくる相手には容赦するな』の精神でもってイチャモンを付けてくる相手は真正面から正々堂々徹底的に叩き潰して来たのだ――その結果として、鈴の強さを認めて、そしてその強さに憧れるモノも出て来て交友関係が広がっていたりするのだ。
この三人に鈴は夏月を紹介すると、三人は異口同音に『鈴の旦那はイケメンで羨ましい』と言った後に、久しぶりに会ったのだから思い切り遊ぼうと言う事になってカラオケボックスに突撃すると、ドリンクバー付きのフリータイムで一室を借り切ってカラオケ大会がスタートした。
鈴だけでなく代表候補生の三人も見事な歌声を披露し、オンラインランキングと連動している得点システムでは軒並み九十五点オーバーを叩き出してランキングのトップ3を塗り替えていたのだが、夏月は英語曲である『Wiener Takes It All』、『EYE Of The Tiger』、『Shall_Never_Surrender』を見事に歌い上げて夫々で九十九点を叩き出してランキングの一位に輝いてた……英語圏の人間を抑えて一位を取るとは中々に凄い事であると言えるだろう。

カラオケを終えた後は、代表候補生三人と別れ、午後のおやつとして屋台で売られている『揚げゴマ団子』を購入して食べた後に、最後にホビーショップに寄って、夏月は遊戯王のブースターパック十個とガンプラの『MGEXストライクフリーダムガンダム・エクストラフィニッシュVer』を購入し、鈴は遊戯王のブースターパックを十個購入し、WiFiポイントでマスターデュエルの限定ブースターをデュエルポイントを消費してダウンロードしていた。
因みに夏月と鈴が購入した遊戯王のブースターパックは、十個中七個でスーパーレア以上が出ると言う驚異の引きの強さを見せていた――この引きの強さはデュエルでも健在なのだから恐ろしい事この上ないだろう。
因みに『e-スポーツ部』の顧問である真耶も引きは強く、絶体絶命の土壇場でミラーフォースやサンダーボルトを引き当てると言う『神のドロー』を何度もやっているのだ……悲しい事に、其処から先が続かずに負けを1ターン伸ばしただけと言うのが普段のドジっ子ブリとマッチしていたりするのだが。尤も、そんな少しポンコツなところが、真耶が生徒に好かれる要因となっているのだろうだろう――圧倒的な実力を持ちながらも、平時は天然で親しみ易いキャラクターと言うのは好かれて然りなのだから。

其れは其れとして、ウィンドウショッピングを終えた夏月と鈴は店に戻って来たのだが、『凰飯店』は本日限定で十七時で閉店していた――と言うのも、春麗が夏月と鈴の事を盛大に祝いたいと考えたからだ。
その仕込みの為に十七時で閉店して、夏月と鈴を祝するための料理を作っていたのだ――そうして出来上がったのは中国料理の高級料理である『北京ダック』、燃える辛さと痺れる辛さがクセになる『四川風麻婆豆腐』、『カニの餡掛け炒飯』であり、その見事な味には夏月も舌を巻き、同時にその舌でこの味を完璧に覚えてレシピに加える気満々だった。
夏月は、料理に関してはIS以上に貪欲にレベルアップを果たしているのである。

夕食後はお風呂タイムとなり、夏月は庭にある露天風呂でまったりとしていた――温泉ではなく、普通の家庭用水栓のお湯なのだが、其れでも露天風呂となるだけで特別な気分になるのだから不思議なモノだろう。


「夏月、失礼するわね。」

「鈴……予想はしてたけどやっぱり来たな?」

「あら、予想してたの?」

「露天風呂を薦められた時点でな……にしても、バスタオル一枚ってのは流石にセクシーだなオイ?」

「ウフフ、アタシの魅力を再確認したのかしら?でも、今日はもっともっとアタシの魅力を知って貰うからね!」

「なら、俺の知らない鈴の魅力って奴をタップリと教えて貰おうかな?でもやり過ぎは無しの方向でな?」

「じゃあ、ギリギリまで行くわね♪」


此処で鈴が露天風呂に乱入して来たが、露天風呂では特に何も特別な事は起きず、夏月が鈴の髪を洗い、鈴が夏月の背を流し、マッタリと露天風呂を堪能した後は脱衣所で着替えてから冷蔵庫から牛乳を取り出して腰に手を当てて一気飲み!風呂後の牛乳は格別なのである。
そして風呂後は鈴の部屋に行って、夜遅くまでゲームを楽しんだ後に一つのベッドで寝る事になり、夏月は乱に続いて鈴にも腕枕をする事になったのだった。


「お休み鈴、良い夢を。」

「気障なセリフだけど、アンタが言うと嫌みがないわね夏月……アンタこそいい夢を見なさいよ?――明日の朝、悪夢にうなされてたら問答無用で殴って起こすからその心算でいなさい!!」

「嫁の愛が深くて痛い。出来れば普通に起こしてくれ。」


ベッドの上で夏月は鈴の額にキスを落とすと、鈴に腕枕をしたまま二人とも夢の世界へと旅立っていくのだった。


「鈴の事、任せたわよ夏月君。幸せにして上げてね。」


二人の様子を見に来た春麗も、夏月と鈴が幸せそうに寝ているの見ると、其れだけ言って自室に戻って行ったのだった。
鈴の親への挨拶と、夏月としては予想外に鈴の中国拳法の師匠にも挨拶をする事になったのだが、その結果は何方も極めて良好であり、今回の嫁ズの家族+αへの挨拶も大成功に終わったのであった。











 To Be Continued