終業式を終え、IS学園は明日より夏休みとなるのだが、終業式の当日に帰省する生徒も居れば、夏休みに入ってから帰省する生徒も居るので、終業式=全生徒が学園島から居なくなると言う訳ではなかった。
夏月組と秋五組も、終業式の日には帰省せずに夏休みの初日に帰省する予定だった――終業式の日に帰国するのでは海外組が慌ただしくなると言うのが主な理由であるが
「秋五、お前もヤッパリ夏休み中には嫁ズの家族には挨拶に行く予定なんだろ?」
「勿論その予定だけど、其れは君もだろ夏月?」
「おうよ。婚約者の家族に挨拶しないって選択肢は無いからな?
だがまぁ、俺は結構ハードスケジュールになるんだよなぁ……台湾から始まって、中国、タイ、オランダ、カナダ、最後にブラジルだからなぁ?世界一周旅行って言っても過言じゃねぇだろ此れは?
カナダ以外はヨーロッパで纏まってるお前が少し羨ましい……しかも全部日本よりも緯度が高い国だから服も種類少なくて済みそうだし。」
「確かに僕の場合は『夏の寒い日の服装』で済む場所だからね?……君は、暑かったり涼しかったりで大変だね?ブラジルに至っては今真冬だし。」
「時差ボケよりも寒暖の差に身体がオカシクなりそうだぜ……タイに至ってはほぼ赤道直下だしなぁ!!
其れは其れとして、カナダに行くのは日程合わせるか?別々よりも一緒の方がファニール達の家族も一度で済んで面倒じゃないだろうと思うんだが如何よ?」
「そうだね、そっちの方が良いかも知れない。」
現在夏月と秋五は寮のラウンジでPSVitaを使って『KOF'97 GlobalMuch』でオンライン対戦中。
Vitaはサービスが終了しているゲーム機だがサービス終了までにリリースされたゲームは名作、良作が多いので現在でも使用しているユーザーは多く、特にネットを使ったオンライン対戦は未だにそれなりに使われているのだ。
「秋五よぉ……お前何普通に対戦で暴走庵と暴走レオナ使ってんだよ!そいつ等は当時大会どころか全国のゲーセンで使用禁止になった極悪キャラだぞ!
特に暴走庵は永パ(永続パターン。つまりハメ。)とバグで超極悪キャラになってんのによぉ!!」
「だって、こうでもしないと勝てる気がしないから……大門、クラーク、シェルミーの投げチームも相当に極悪だと思うけどね?」
「オロチ社使ってないだけ良いと思え。オロチ社のMAX版『暗黒地獄極楽落とし』を決める事が出来れば一発で逆転できるからな。
時に秋五、お前ナターシャ先生とは如何なのよ?授業中は兎も角として、プライベートタイムでは随分とお前にアピールしてるみたいだけどよ?……プライベートタイムであっても教師が生徒にアピールするってのは大問題かも知れねぇけどな。」
「流石に教師と生徒ってのを考えるとアレだけど、僕自身はナターシャ先生の事は嫌いじゃないよ――指導者としてのレベルも高いし、僕達のトレーニングにもコーチとして参加してくれてるけど、ナターシャ先生がコーチをしてくれるようになってからトレーニングの質が上がったように感じてるしね。
其れに、ナターシャ先生は本気で僕の事を好きになってくれたみたいだから、僕はその思いに真摯に応える義務があると思うんだ――まぁ、ナターシャ先生だけじゃなくて、最近は相川さん、谷川さん、矢竹さんからもアプローチ受けてるんだけど。……君の方も似たようなモノじゃないのか?」
「あぁ、最近鷹月さん、鏡さん、四十院さん、ダリル先輩からアプローチされてるよ……此の状況、以前の弾なら血涙撒き散らしてただろうけど、虚さんって言う彼女が出来た今なら果たしてどんな反応をするだろうな?」
「僕達が『合法ハーレム』になってる状況を羨んだ瞬間に、布仏先輩に背中を盛大に抓られた後に全身全霊を込めた土下座をする姿が容易に想像出来るんだけど、それは僕だけかな?」
「いや、俺も普通に想像したわ。」
対戦しながらの雑談だが、現在秋五はナターシャだけでなく、クラスメイトである矢竹さやか、鏡ナギ、四十院神楽からアプローチを受けており、夏月も同じくクラスメイトの鷹月静寐、相川清香、谷本癒子、そして二年生であり義母であるスコールの姪のダリル・ケイシーからアプローチを受けていたのだった。
ナターシャはゴスペルのテストパイロットに選ばれるほどのアメリカ屈指のIS乗りであるので秋五の結婚相手としては申し分なく、ダリルもアメリカの国家代表なので夏月の結婚相手として申し分ないのだが、静寐、清香、癒子、ナギ、さやか、神楽は実技授業だけでなく訓練機とアリーナの使用許可申請を高頻度で行っており、専用機持ちでない一年生の中では特出した実力を持つまでの超絶レベルアップを果たしていて、特に静寐に関しては『訓練機同士で戦えば代表候補生と互角の勝負が出来るのではないか』と言う程になっていたのだ。
そして、相応の実力があれば夏月か秋五の嫁に名乗りを上げる事が出来るので、彼女達もまた積極的なアプローチを行い始めたのだった――夏休み中は帰省しているから兎も角として、二学期が始まったら夏月と秋五の嫁ズに新たなメンツが追加される可能性は決して低くないだろう。
「大門は画面端でMAX版地獄極楽落としを決めた場合、切り株返しで更に追撃出来るのが美味し過ぎる。」
「何で暴走庵と暴走レオナのジャンプに対処出来るのさ……」
対戦は夏月が『お前本当に人間か?』と言いたくなるような超反応で秋五の暴走キャラを悉く撃滅し、最後は超必殺技から追撃を加える鬼コンボでKOした――一夏だった頃は秋五に勝つ事は出来なかったが、今はこうして勝つ事が出来て、そして其れを互いに楽しむ事が出来ると言うのは皮肉な事なのか、それとも『織斑計画』の第二段階である『量産化』に於ける成功例の片割れが『織斑』を捨てた事によって訪れた幸福なのか、其れは分からないが。
そうして対戦をしている内に嫁ズが荷物を纏めてラウンジに現れた事で対戦はお開きとなり、モノレールの駅から本土に渡って、其処から電車で羽田空港まで行って夏月と秋五は互いの嫁ズが帰国する姿を見送ったのだった。
……そして其の際に夏月と秋五が夫々の嫁ズとハグをして、そんでもってキスをしたのはある意味では当然だったと言えるだろう――其れを見た周囲の『非リア充』な連中からは『爆発しろこのリア充が!』的な視線が送られていたのだが其れは全力で無視し、ともすれば打ち返していた……取り敢えず、本日より夏休みが本格始動したのだった。
夏の月が進む世界 Episode45
『更識の『元服』――ターゲットを滅殺せよ』
羽田空港で嫁ズの帰国を見送った夏月は更識姉妹と共に羽田空港に迎えに来ていた更識のリムジンに乗って更識邸へと向かっていた――迎えの車がリムジンとは豪華極まりないが、更識には其れだけの財力があると言う事なのだろう。
そして、三十分ほどでリムジンは更識邸に到着して夏月と更識姉妹はリムジンから降りたのだが……
「「「「「「「「お帰りなさいませ楯無様!簪様!そして若!!」」」」」」」」
リムジンを降りた三人を待っていたのはまさかの出迎えだった。
楯無は更識の現当主の『第十七代目更識楯無』で、更識家の事実上のトップであり其の妹とである簪が様付で出迎えられるのは当然と言えば当然なのだが、夏月が『若』と呼ばれるのには流石に驚いた。
「銀三郎、若とは夏月君の事かしら?」
「其の通りです楯無様……楯無様の未来の伴侶となるだけでなく、結婚後は彼が楯無となるので、『若』と。」
「成程、そう言う事なら納得だわ。」
『楯無』の名を継いだ当主が女性だった場合、当代の楯無が結婚した際には、伴侶となった夫に『楯無』の名を預けるのが更識の通例となっていた――無論『楯無』の夫となる人物に相応の実力があればの話であるが、夏月は実力的には問題ない上に、何度も更識の任務を熟しているので楯無と婚約した時点で次の『楯無』となる事が確定していたのだ……となれば更識の人間が夏月の事を『若』と呼んだのも納得出来る事ではあるだろう。
次代の『楯無』となるであろう夏月は『若』と言っても何も問題ないのだから。
「ダークヒーローの俺は若様ってガラじゃないんだけどなぁ……」
「ダークヒーローなら、暗部の若様は逆にはまり役じゃないかしら?」
「夏月にはどうせなら最強のダークヒーローになって欲しいと思ってる私が居る……具体的に言うなら『D-HERO Kagetsu』が実装されるレベルで!夏月は最強のダークヒーローになれると思うから。」
「最強のダークヒーローね……其れを目指すのも良いかもな。」
雑談をしながら渡り廊下を歩き、そして先代の楯無である総一郎がいる広間に辿り着き、ふすまを開ければ総一郎との邂逅になる訳だが――
「しかしまぁ、扉を見るとついつい蹴り破りたくなっちまうのは何でなんだろうなぁ……流石に今回は自重しますけども。」
「色んな所にカチコミ掛けまくった影響かしら?」
「今の夏月なら鉄扉でも蹴り破れるような気がする……」
此れまで幾度となく更識の任務にてターゲットの居る場所に扉を蹴破ってカチコミを掛けて来た影響か、夏月は扉を目の前にすると蹴り破りたい衝動に駆られてしまうのだが、今回ばかりは流石にその衝動を抑えて普通にふすまを開けると、楯無と簪と共に先代の楯無である総一郎の前に其の姿を現した。
総一郎は久しぶりに見る愛娘と、その婚約者の姿を見ると笑顔を浮かべ、楯無達に座るように言うと、それから暫くは学園での出来事や夏月と楯無、簪の付き合いと言った他愛のない雑談をして久しぶりの団欒を楽しんだ。
「さて、夏休みに入ったばかりで悪いのだが、今夜久しぶりに仕事が入った――そしてこの仕事にてお前には『元服』をして貰うぞ十七代目更識楯無よ。」
「「「!!!」」」
暫し雑談を楽しんだ後に、総一郎は一度楯無達に向き直ると、『優しく頼りになる父親』から『先代の更識楯無』の顔になり、久しぶりとなる『仕事』の話に入った。
其れだけならば驚く事は無かったが、今回の任務が楯無の名を継いだ刀奈の『元服』である事を告げると夏月も楯無も簪も一気に表情が引き締まった――更識に於ける元服とは、『人を殺す』事を意味しているのだから。
其れを聞いた楯無の目付きは鋭くなり、其処には何時もの『飄々として人柄がとらえられない人誑し』の楯無の姿は無く、其処に居たのは『第十七代目更識楯無』となった少女だった。
夏月と簪の目付きも鋭くなり、『楯無の最側近』としての顔になった――暗部の一員である以上、何時かは己の手を血で汚す、あるいはそのサポートをする覚悟はとっくの昔に決めていたのだろう。
「……先代、此度の元服を行うに当たってのターゲットは?」
「うむ、今回のターゲットは此の男だ。」
すぐさま任務の詳細を聞き、今回のターゲットの事を楯無は総一郎に訊ねる。
総一郎が渡して来たファイルにはターゲットの詳細が記されてた――此度のターゲットは二十代の男性で表向きには合法ドラッグのバイヤーで、同時に若干アンダーグラウンドな地下カジノの経営者であり若干違法ではあるモノの更識のターゲットにはなり得ないのだが、裏では自分が運営している地下カジノで大負けして借金抱えた客やホームレス、家出少年・少女を甘い言葉で誘っては地下の実験場で新しい麻薬の実験材料にしており、実験材料にされた人物は例外なく全員が死亡するか、或は廃人になった末に殺されていたのだ。
その被害者は既に五千人を超えているので、普通ならば大きな事件として報道されるところなのだが、ターゲットの父親は警視庁の現警視総監で、母親は検察庁トップの人物だったので、息子の犯行を一つ残らず揉み消していたのである。
「警視総監と検察庁のトップが犯罪者の息子を逮捕せずに野放しにするとか有り得ねぇだろマジで……久しぶりにマジで腹の底から怒りが湧いて来たぜ……!!」
「あぁ、実に有り得ない事だが、悲しい事だがこんな輩が存在しているのもまた事実――故に、我等更識は存在しているのだよ夏月君。
此の国を脅かす者や法で裁く事の出来ない悪に外法の裁きを与えるのが我等更識の役目であり、故に楯無の名を継ぐ者は『人を殺す』事が出来るようにならなければだ――楯無の名を継いだ刀奈、刀奈と結婚後は楯無の名を預かる夏月君はね。」
「……楯無となる事が決まったその時から、何時かこの日が来る事は覚悟していましたわお父様……でも、相手がそれ程の外道であるのならば私も遠慮なくやれると思うわ……此れだけの外道には地獄すら生温い。
楽には逝かせてあげないわよ……被害者の苦しみ、遺族の怒りと悲しみを兆倍にして返してあげるから覚悟なさい。」
正に今回のターゲットは生ゴミも驚きの腐りに腐り切った外道だったが、此れもまた更識の『元服』の決まり事でもあった。
如何に覚悟を決めているとは言っても、実際に人を殺すとなったら其処には少なからず戸惑いが生まれるモノだ――だからこそ、更識の『元服』では『殺す以外に断罪の方法は無い』、『死んで当然』としか思えない外道をターゲットにした任務を遂行させて来たのだ。
人と言うのは中々に残酷な存在であり、『死んで当然』、『殺しても平気』と思った相手に対しては躊躇なく『殺しのトリガー』を引く事が出来る――選挙の応援演説中に銃撃された阿部元首相(誤字に非ず)の事件もその良い例と言えるだろう。
そうしてハードルを低くした上で殺しの経験を積ませるのが更識の『元服』なのだが、もう一つのルールとして、最後のトドメは楯無が自らの手で行うと言うモノがあったのだ――そして其れは銃や機械を使わずに刃物か鈍器、或は素手で行う事とされていた。
己の手でトドメを刺す事で、『殺した感覚』を身体に浸み込ませると同時に、命の重さを其の身に浸み込ませるためにも最後のトドメは己の手で行う必要があると言う訳だ。
「お父様……今宵の元服、必ずや遂行して見せます。」
「俺も楯無さんに同行する……サポート頼んだぜ簪?」
「任せて。お姉ちゃん直々に最側近に任命されたんだから、表だっての戦闘は苦手でも裏方としての仕事はキッチリ熟すよ……既に、ターゲットの屋敷は特定した。
其れから屋敷の警備にどれだけの人間が使われているのかも――警備を任されてるのは金で雇われた半グレだけど、殺しを許されてるみたいだから、警備員よりも厄介かも知れないよ。」
「半グレが警備員か……逆にやり易いぜ!」
其れでも、夏月と楯無と簪に迷いはなかった。
そして其れから数時間後、夏故にまだまだ日は長いのだが、漸く陽が落ち始めたころ、夏月達の姿は今回の任務のターゲットの豪邸にあった――今宵はターゲットだけでなくその両親も此の豪邸に来ている事を簪が調べ上げていたので、この外道一家を一網打尽にするには絶好の機会だった訳である。
その任務に向かう夏月は黒いスラックスに黒いTシャツのコーディネートで日本刀を持っていたのだが、楯無は袖なしで足の部分が網タイツになっている身体の線がバッチリ出るボディスーツを着込んだ上にくノ一の忍び装束を着て小太刀を二刀装備すると言うなんともセクシーな出で立ちだった。
「此れはまた、何ともセクシーな出で立ちっすね楯無さん?……正直思春期の男子には眼福であると同時に目の毒っすよ……耐性の無い野郎が見たら、速攻臨戦態勢間違いないだろ此れは?
何と言うか、網タイツに包まれた足が絶妙な色気を演出してんな。」
「日本で暗部、諜報機関と言えばやっぱり忍者でしょ?折角の元服なんですもの、服装にも気合を入れてみたわ。似合ってるかしら?」
「其れは勿論。
今度、一日その格好で一緒に過ごして欲しい位だぜ。」
「あら、良い反応♪……それじゃあ、そんな日が過ごせるように、外道共を殲滅と行きましょうか夏月君♡」
「だな、行くとしますか!」
其れは其れとして、簪によって既に此の豪邸のセキュリティその他は丸裸にされているので攻略は容易いだろう。
屋敷の裏手からフック付きロープで塀を登って庭に入ると、早速襲って来た番犬である数匹のドーベルマンに対して、犬には『一撃必殺』以上の『絶対滅殺』とも言える『ハバネロスプレー』をぶっ掛けて気絶させる。人間の数百倍とも言われている犬の嗅覚でハバネロの辛み成分を吸い込んでしまったら、其れはもう人間が感じる痛みの比ではないので一瞬で意識が吹っ飛んだのである。
こうして厄介な番犬を無力化すると、今度は屋敷前でスモーク弾を炸裂させて、その煙に紛れる形でドアの前の半グレを背後からお手本のようなスリーパーホールドを極めて絞め落してKOし、豪邸内部に入って行く。
そうして突撃した豪邸内部にも、半グレの警備が居たのだが、半グレの猛者程度は夏月や楯無の相手ではなく、出て来た次の瞬間には『滅殺』されており、『何しに出て来たんだお前』状態となっていた。
中にはやたらと打たれ強いモノも居たのだが……
「腐れ外道を護ってんじゃねぇぞクソが!其れだけの力があるなら、其の力は弱い人を守るために揮えってんだ、此のバカ野郎が!
取り敢えずテメェは、顔面陥没しとけゴラァ!退院したら、真っ当な職業に就けよ……!」
其れは夏月が必殺の拳でぶちのめしていた。
本気で固めた夏月の拳は『リアルダイヤモンドナックル』であり、其れを喰らった相手は顎の骨がバラバラになるのは避けられない――その圧倒的なパンチで警備を一掃し、夏月達は改めて豪邸の主の間の前に降り立ち――
「人の皮を被った外道が、年貢の納め時よ!」
「腐れ外道~ 全員滅殺 あの世逝き~~。」
扉を蹴破ると同時に夏月と楯無が内部を強襲!
此れに驚いた部屋内の半グレの護衛達は驚いて銃を抜くが遅い――銃撃が放たれるよりも早く夏月は刀で、楯無は小太刀で最前列に居た半グレの銃を弾き飛ばすと、一気に腕を極めて半グレ達に向き合う形にさせる。
正に目にも止まらぬ早業だったが、仲間を盾にされる形になった半グレ達は手にした銃の引き鉄を引く事が出来なくなってしまった――半グレは真の極道の様な任侠者ではなく、『気に入らない相手は暴力でぶっ潰す』事を厭わない義理も人情もないアウトローだが、其れでも仲間に引き鉄を引くのは躊躇われた。
だが、其れは夏月と楯無にとっては絶好の好機となり、二人とも腕を極めた半グレを思い切り蹴り飛ばして銃を構えて固まっていた半グレ集団にぶつけると、夏月は一足飛びからの居合いで半グレ数人を斬り捨て、楯無も二刀小太刀で半グレを次々と斬り捨てて行く。
其の姿に一切の迷いはない――人を殺した経験は無い夏月だが、織斑一夏として誘拐された際に目の前で人が殺される事を体験しており、更識の任務では殺さずともターゲットを半殺しにする事もあっただけでなく、元より外道には一切容赦しない性格なので外道を斬り捨てる事に戸惑いはなく、楯無もまた『次代の楯無』となる為に熟して来た訓練の中には『殺し』の技術もあり、何度も脳内で人を殺すイメージトレーニングを行っていたので矢張り外道を葬る事に戸惑いは無かった。
逆にこの光景に恐怖を覚えたのは此度のターゲットである外道とその両親だ。
屋敷の護衛として雇ったのは裏社会でも名の通った半グレ組織であり、其れこそ警察でも手を焼くほどの連中なのだが、其れがたった二人の人間に……高校生位の少年と少女に蹂躙されてしまったのだから。
更に悪かったのは、此の豪邸には緊急用の避難通路の入り口が倉庫にしかなかったと言う事だ――見つかりにくいように倉庫に避難通路の入り口を設計したのもあり、通常ならば侵入者があれば豪邸内に設置されているセキュリティが作動して危険を知らせてくれるので、其の間に倉庫に逃げ込む事も出来たのだが、今回は既に簪が豪邸内のセキュリティにウィルスを送り込んで無力化していた事で、倉庫に逃げる事も出来なかったのである。
「悪鬼掃滅!貴様は達磨じゃあ!!」
「大金に目が眩んでこんな外道達の護衛を引き受けたのが運の尽きね……来世では真っ当な道を歩みなさいな。」
夏月と楯無はモノの数分で半グレ達を全員無力化して見せた……最後は夏月が半グレの四肢を斬り落とし、楯無が半グレを『サイコロステーキ先輩』にした事で、ターゲットと其の両親は震え上がった。
どうやっても逃げる事は出来ないと悟り、同時に自分達が殺されると理解したからだ。
「く……こんな所で!!」
「おせぇんだよタコ!喰らえ!天界蹂躙拳!フィアーズ・ノックダウン!!オベリスク・ゴッドハンド・クラッシャー!!!」
其れでも拳銃を抜いてその銃口を向けたモノの、其れより早く夏月が動き、幻魔と邪神と神の必殺拳を叩き込んでターゲットと其の両親の意識を一撃で宇宙の彼方へと吹き飛ばす!意識を刈り取っただけではなく、歯も数本折れていた。
完全に意識が飛んだこの状態ならば殺す事は赤子の手を捻るよりも容易い事なのだが、楯無は此処ではトドメを刺さずにターゲットと其の両親を更識の家に持ち帰り、そして其の身を更識の家の地下深くにある、更識の人間でも『楯無』以外は極少数しか知らない『拷問部屋』へと運び込んだ。
夏月が意識を刈り取った時点で殺す事は可能だったのだが、『被害者の苦しみと遺族の怒りと悲しみを兆倍にして返す』にはあの場では殺さずに、拷問を以ってして長い責め苦を与えた上で殺すのが最上だと楯無は判断したのである。
既にターゲットと其の両親は身包みを剥がされた状態で拷問部屋内にあるプールに吊るされており、直ぐ近くには専用機を部分展開した楯無と夏月が中空で腕を組み、プールサイドでは大きめのペットケージを側に置いた簪が待機していた。
「此の状況でまだ寝てるとは図太いと言うか何と言うか……夏月君、目を覚まさせてあげなさいな。」
「了解!何時まで寝てやがんだ腐れ外道が!さっさと目を覚ませボケがぁ!!取り敢えず唐揚げになっとけぇ!!」
そんな連中に夏月は柄杓で煮え滾った油をぶっかけて強制的に意識を覚醒させる――熱湯よりも煮え滾った油の方が遥かにダメージが大きく、更に熱湯よりも肌に張り付くのでより火傷が重症化するのだ。
だが、強制的に目を覚まされた連中は状況が理解出来ずに喚き散らし『此れは犯罪だぞ!』、『私を誰だと思っている!?』と言って来たのだが、其れも楯無が己の身分を明かすと静かになった――『更識楯無』とは日本の暗部の長であり、其れが直々に出張って来たと言う事は自分達の悪行は既に知られていると言う事で、こうなればもう自分達には未来は無いと悟ったのだろう。
「さてと……随分と好き勝手やってくれたみたいね?
合法ドラッグのバイヤーや裏カジノの経営者ってだけなら兎も角、ホームレスや裏カジノですった客を新たな麻薬の実験台にするってのはやり過ぎたわ……しかもそれを親の権力で揉み消すとはね――私腹を肥やす為に人の命を奪って心が痛まないのかしら?」
「ハハ、馬鹿な事言うなよ……俺は、社会のゴミや裏カジノでやらかしちまった馬鹿共を有効活用してやっただけだ!其れの何が悪い!」
「そうだ、息子のやった事は何も問題はない!社会不適合者を有効活用してやったのだ!そうして健全な社会を維持する事に貢献していたのだぞ!」
「更識ならば、私達のやった事も理解出来るでしょう?更識だって表に出来ない裏の仕事に手を染めているのだから!!今すぐ私達を解放しなさい!!!」
最後のチャンスとして楯無は被害者や遺族に対する申し訳なさは無いのかと聞いたが、返って来たのは唾棄すべき答えであった――同時に楯無の瞳からはハイライトが消失して『無慈悲な楯無』のモノとなる。
此れから此処で展開されるのは真の地獄絵図だろう。
「そう、貴方達が救いようのない外道で助かったわ――貴方達は人間じゃない、人間の皮を被った腐れ外道……なら、私もトコトン鬼畜になる事が出来るわね?
簡単に、楽に死ねるとは思わない方が良いわよ?貴方達には被害者の苦しみと遺族の怒りと悲しみを兆倍にして味わわせてあげるから。」
楯無が指を鳴らすと同時に夏月がダガーナイフを投げて外道達の足を貫き、其処から流れた血がプールに落ちて行くのだが、血がプールに落ちた次の瞬間、巨大なホホジロザメが水面に向かってジャンプして来た!
肉食のサメであるホホジロザメは血の匂いに敏感で、一滴でも海中に血が流れ出たら数km先からやってくる貪欲なハンターなのだ――そんな彼等にとって水面に落ちた鮮血は此の上ない御馳走の在処を示す道標であり、プールと言う限られた場所であれば其れはあっと言う間にプール内のサメに伝わり、ターゲット一行はすぐさまサメに襲われる事となったのだ。
哀れな獲物達は可能な範囲でサメからの攻撃を躱してはいたが、其れも長くは続かずに、遂に全員が両足を食い千切られる結果となった――鋭利な刃物で斬り落とされたなら未だしも、サメの歯はエッジが細かいノコギリ状になっており、更に獲物を逃がさないように奥まで刺さるようになっている為、一瞬で嚙み千切られたとしても断面はボロボロになり、想像を絶する苦痛と激痛が襲ってくるのだ。
あまりの激痛と足を失ったショックでターゲット達は声にならない悲鳴を上げ、恐怖で失禁すると言う醜態まで晒したのだが其れだけでは終わらせず、楯無が指を鳴らすと、今度はプールサイドで待機していた簪が大きめのペットケージの扉を開き、中から数羽のハゲタカが飛び出してターゲットの足の切断面を啄み始める。
ハゲタカは本来死肉を貪る鳥なのだが、矢張り血の匂いには敏感なので、時には大きな傷を負った瀕死の動物を生きながら啄む事もあるので食い千切られた足の断面を啄んでいる訳だが、其れをやられた方は堪ったモノではない。
傷口に塩を塗られるでは済まない激痛を与えられ、ターゲット達は気を失うが、その瞬間に夏月がまたも煮え滾った油をぶかっけて強制的に覚醒させる――其れを何度か繰り返している内にターゲット達はやがて悲鳴すら上げられなくなっていた。
何時終わるとも分からない拷問に完全に心が折れてしまったのだ……そして其れを見た楯無は冷酷な笑みを浮かべてターゲット達に声を掛ける。
「さて、今は一体どんな気分かしら?」
「もう、いっそ殺してくれ……」
「そうね、そろそろ殺してあげるわ――但し、貴方の両親をね。」
「つまり、お前はもう少しだけ此の生き地獄を楽しめって事だな。」
ターゲットに声を掛けた楯無だったが、ターゲットの今の気持ちを知ると、武装も展開してビームランス『蒼龍』でターゲットの両親を拘束していた縄を切ってプールに落とし、落とされた二人は瞬く間にホホジロザメの餌となって絶命した――生きながらに身体を食い千切られると言うのは相当な恐怖だっただろう。
其れを見たターゲットは即座に顔を青褪めさせるが、楯無は冷酷な笑みを更に深いモノにすると、更に数時間拷問を続けた上で、最後はビームランスで一切の容赦なく、しかし一瞬で終わらないようにゆっくりとその首を斬り落とすと、身体諸共プールに落としてサメの餌としたのだった――同時に此れにて更識の『元服』の儀は達成され、楯無は『真の楯無』となったのだった。
――――――
見事に元服の儀を行った楯無は、風呂を浴びた後で縁側にて月を眺めていた。
満月を過ぎた一八夜だが、其れでもその月の光は優しく楯無を照らしていた――そんな月を肴に、楯無は米麴から作ったアルコール度0%の甘酒を嗜んでいた。
「月を肴に晩酌とは風流だな楯無さん?」
「夏月君、貴方も一緒に如何かしら?ノンアルの甘酒だから大丈夫でしょう?」
「なら、お呼ばれするぜ。」
其処に夏月が現れて、其処から一緒にノンアルではあるが月見酒を楽しむ事になった――つまみとして用意してあったのがスルメや割きイカではなく、ビーフジャーキーやカルパスだったのがなんとも現代人らしかったが。
「楯無となる事が決まった時点で、何時かこんな日が来る事を覚悟していたけれど、覚悟を決めて何度もイメージトレーニングで人を殺しても、実際に人を殺したら嫌でもその感覚は身体に浸み込むんだって実感したわ。
同時に今日と言う日を持って私は人を手に掛けた咎人になったのよね……どんな事情があるにせよ、私は此れで地獄行きは間違い無いでしょうね。」
「其れは俺も同じだろ楯無さん。」
その月見酒の席で、楯無はポロリと弱音を吐いてしまったが、其れを聞いた夏月は『地獄行きは俺も一緒だ』と言って楯無の肩を抱いて引き寄せる――この大胆な行動に楯無は一瞬で顔が真っ赤になってしまったのだが、直後に夏月が共に地獄に落ちてやると言った事を思い出して、其れがなんとも嬉しかったのでより夏月の胸板に顔を押し付けたのだった。
「約束するよ楯無さん……俺は絶対にアンタを裏切らないで一緒に居るよ――其れこそ、死が二人を分かつまで、な。」
「凄い事をアッサリと言ってくれちゃってまぁ……だけど、貴方の言う通りかもね夏月君?死が分かつ其の時までは一緒に居ましょうね夏月君?約束だからね?」
「分かってるよ……俺が死ぬその前日まで、お前達の事は守り抜く――何があっても絶対にな!!」
「うん……!」
夏月の言葉を聞いた楯無はすっかり安心して夏月の胸板から顔を離すと、其のまま唇を重ねた――よもやのカウンターのキスに驚いた夏月だったが、直ぐに其れを受け入れ、一度唇が離れたら、今度は夏月の方から楯無にキスをしたのだった。
そうして何度かキスを繰り返すうちに、楯無は夏月に膝枕をされた状態となり、夏月は楯無の髪を撫でていたのだが、其れが楯無にとっては余程心地良かったらしく、数分後に楯無は夢の世界へと旅立ち、其れを追うように夏月も睡魔に襲われて夢の世界へと旅立って行ったのだった。
そしてそんな二人の姿は、空に輝く月が優しく照らしていたのだった……
To Be Continued 
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