臨海学校が終わった翌日、夏月は相変わらず早朝トレーニングに繰り出していた。
臨海学校中は普段のトレーニングを行う事は出来なかったので幾らかセーブしたトレーニングに留まり、ゴスペル事件後は更にセーブしたトレーニングをしなくてはならなかったので、超久々となる全力のトレーニングは夏月にとっても楽しい事だっただろう。
「学園島を全力で一周!このほど良い疲労感が、『思い切りトレーニングしたなぁっ!』て気分にさせてくれるんだよなぁ!いやぁ、朝から気分爽快だぜ!!」
『学園島を全力で一周してもほぼ息が乱れていないとは、お前の身体は一体どうなっているのやらだぞ夏月?
日々のトレーニングで身体が慣れたと言うだけでは片付けられん……『織斑計画』に於いて『イリーガル』と呼ばれていたのは伊達ではないか。大器晩成型とは言え此処までの成長をするとは、連中も考えていなかっただろうな。』
学園島を全力で一周したにもかかわらずほぼ息が乱れていない夏月に、羅雪のコア人格となっている千冬も半実体化して驚いていたが、夏月は『学園島全力一周は準備運動だ』と言わんばかりに腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々三百回行ってから、木刀を使った素振りを五百回、体術と剣術のシャドーを夫々三十分ずつ行った――尚、夏月は非常に高いイメージ想像力があり、シャドーの相手も完全想定し、時には回避や防御が出来ず攻撃を喰らったような動きをする事すらあった。
『本当に凄いなお前は……其れで、本日の相手は誰だったんだ?』
「体術の相手は身長190㎝、体重170㎏の元相撲取りのプロレスラーで、剣術の相手は今日は突きの対処法を鍛えたかったから突きの名人と言われ、『木刀の突きで空き缶を貫通した』って伝説がある斎藤一だな……流石に本物は知らないからるろ剣の斎藤一をモデルにするしかなかったけど。」
『成程、今日はやけに身体を捻ってからの居合いカウンターが多いと思ったがそう言う事だったか……しかしまたトンデモナイ奴を仮想敵にしたものだな?』
「どうせシャドーをやるなら相手は強い方が良いからな……とは言っても力士は相手にしようとは思わないけどさ。
長期戦に持ち込めばワンチャンあるかと思ったんだけど、力士の張り手を一般人が喰らったら良くてムチ打ち、悪けりゃ顎が砕けて、最悪の場合は頭蓋骨陥没して死ぬし、立ち合いのブチかましなんぞ最早交通事故レベルの破壊力の上に瞬間的なスピードがハンパないからほぼ回避は不可能で長期戦に持ち込む事自体が結構な無理ゲーだと知った……プロレスや他の格闘技に転向して弱体化した状態じゃないととても戦えないっての。」
『……ヤクザも、相撲取りにだけは喧嘩を売るなと言われるそうだからな?
もっと言うのであれば、アメリカンフットボールのトップ選手ですら相撲取りを相手に力比べをした場合、幕下どころか序の口の相撲取りにも勝てんらしい。』
今日のシャドーの相手はこれまたトンデモナイ相手だったみたいだが、一応戦う相手は選んではいるらしい。
其の後、夏月は『筋肉の柔軟性を失わないトレーニング』の為に、今度は学園島を寮から四分の一だけウォーキングしてまた寮に戻ると言う事を行ったのだが――
「そう言えば今更かも知れないけど、アンタの事は何て呼べば良い?
アンタが本当の織斑千冬の人格だってのは理解しても、俺にとってはあのクソッタレなDQNヒルデが織斑千冬だから、アンタの事を千冬とは呼びたくないし、楯無さん達にも千冬とは呼ばせたくないんだ。」
『ならば羅雪と呼べば良かろう?
今の私は羅雪のコア人格なのだから間違いではないしな……と言うか、お前私の事を彼女達に教える心算なのか?』
「なら羅雪って呼ばせて貰うけど、アンタの事を教えないって選択肢がそもそも無いと思うんだけど其れに対しては如何よ?
少なくとも、嫁達に将来の義姉を紹介しない方が問題ありだと思うし、羅雪だって未来の義妹達と面通しはしておいた方が良いと思うからな――別に何か問題がある訳じゃないだろ?」
『いや、彼女達もアレには良い感情を持っていない事を考えると、この姿で出て行くのは少しばかり抵抗があってな。』
「其れに関しては俺も説明するから大丈夫だって……事の真相を知れば皆受け入れてくれるって――俺が織斑計画で人工的に生み出されたって事を知っても其れをアッサリ受け入れてくれたしな。」
夏月はコア人格となった千冬の事を何と呼べばいいか悩んだが、其処は千冬が『今の私はコア人格だから』と、機体名である『羅雪』と呼ぶ事で決着し、同時に夏月は彼女の事を自分の嫁ズに紹介する気満々であり、千冬改め羅雪は其れに関しては少しばかり不安があったが、彼女達が夏月が何者であるかを知っても其れをアッサリと受け入れてくれた事を思い出し、彼女達と邂逅する事を決めたのだった。
其の後、寮に戻って来た夏月は鈴から教えて貰った太極拳で身体を解した後に、早朝ヨガを行う為に寮の庭に出て来たヴィシュヌと共にヨガストレッチを行って本日の早朝トレーニングを終え、トレーニングを終えたら速攻で部屋に戻ってシャワーを浴び、そして超高速で自分と嫁ズの弁当を完成させるのだった。
弁当作りも三日振りと言う事もあって本日の弁当は可成り気合が入っていたのだが、其れはまた後ほどで。
夏の月が進む世界 Episode44
『日常の復帰……日常って何でしたっけか?』
食堂での朝食を済ませた後、夏月はロランと共に一組の教室にやって来たのだが、其処では箒がクラスメイト達に囲まれていた。
其の理由は、箒は本日誕生日に秋五からプレゼントされた新しいリボンと簪を初めて使ったからだ――リボンが新しくなっただけでは注目されなかったかもだが、新しくなったリボンと共にポニーテールの根元に装備された簪が箒の『大和撫子サムライガール』の魅力を爆発させた事によりクラスメイトの注目を集めてしまったのだ。
「篠ノ之さん、リボン新調したの?其れとその簪は?」
「し、秋五から誕生日プレゼントとして貰ったんだ……その、オカシイだろうか?」
「全然オカシクないよ!寧ろよく似合ってるって言うか……そして其れが織斑君からのプレゼントとか最高過ぎるっしょ此れ!
自分の嫁さんの魅力を最大限に引き出す事が出来るアクセサリをプレゼントするとは織斑君恐るべし……!!ポニーテールに簪装備の篠ノ之さんは、大和撫子のお淑やかさとサムライガールの双方の魅力が爆発してるって!!」
「……秋五、お前がプレゼントしたモノで箒がトンでもねぇ事になってんぞ?」
「そうなんだけど、僕もこうなるとは思わなかったって……と言うか、自分で婚約者達の誕生日プレゼントのハードルを上げた気がしてならない――如何しても考えが纏まらなかった時は、また相談して良いかな夏月?」
「まぁ、構わないぜ秋五……そんでもってオニールのプレゼントに迷ったその時はマジで相談して来い。
其の時は俺はお前からオニール経由でファニールが喜びそうなモノを知る事が出来るし、お前はファニール経由で俺からオニールが喜びそうなモノを知れる、正にWin-Winの関係って言えるからな。」
「其れは、間違ってはいないのかな?」
取り敢えず、ホームルーム前の自由時間は箒がクラスメイトからの質問攻めにあったが、箒は其れに対して一切偽る事なく対応し、其れが逆に箒と秋五の関係の深さをクラスメイトに知らしめる事になり、箒が何かを言うたびに黄色い歓声が上がっていた。
そんな時間を過ごす内にお馴染みのベルが鳴って朝のSHRとなり、一組には真耶が入って来たのだが、今日は何時も一緒に入って来る千冬の姿は無く、千冬の代わりに見慣れない外国人が一緒に入って来たのだった。
「おはようございます皆さん。其れでは本日のSHRを始めますね。」
「って普通に始めようとしないで真耶ちゃん先生。
織斑先生は如何したんですか?其れと其の人誰?」
「織斑先生は、臨海学校の際に業務中であるにも拘らず飲酒をしていた事が明らかになって、更に寮監室が腐海と化している事を理由に一組の担任を外されて、本日より私が一年一組の担任を務める事になりました。
そして彼女はナターシャ・ファイリスさん。本日より一組の副担任を務める事になりましたので、皆さん仲良くして下さいね?」
当然の質問に真耶は簡潔に答え、一緒に入って来た人物は本日より一組の副担任になった事を告げた。
本日より新たな副担任として一年一組に赴任して来たのはナターシャ・ファイリス。元アメリカ軍のISパイロットであり、ゴスペルのパイロットを務めていた人物だ。
束は半ば脅迫と言っても過言ではないゴスペル開発部の上層部に持ち掛けた取引……と言う名の制裁を喰らわせた上でゴスペルとナターシャの双方を引き取ったのだが、其処から僅かな時間でナターシャの新たな仕事場を探した上で最終的にIS学園の教師として登録し、更には千冬(偽)の降格によって空位となった一年一組の副担任に就任させると言う荒業をやってのけたのだから相変わらず恐ろしい手際の良さだ――だが、ナターシャが副担任と言うのは悪い事ではないだろう。
ナターシャは最新鋭機であるゴスペルのテストパイロットに選出される程の優秀なISパイロットであり、ISに関しての知識も豊富なので、IS関連の授業の教師は天職であると言えるのである――束もそう思ったからこそナターシャをIS学園に教師として赴任させるのがベストだと判断したのだろう。
「まさか彼女がIS学園の教師として赴任して来るってのは予想外だったぜ……取り敢えず、色々と頑張れよ秋五?臨界学校の最終日、お前は彼女にロックオンされてたみたいだからな。」
「其れは、果たして喜ぶべきか悩むべき事なのか……弾に相談したら『贅沢な悩みを言ってるんじゃねぇ!』ってガチギレされそうな気がするよ。」
「其れは間違いねぇな……尤も、今は虚さんって彼女が出来たから、其処までじゃないかも知れないけどよ。」
ゴスペル事件に直接関わった一年一組のメンバーである夏月、ロラン、秋五、箒、セシリア、ラウラ、シャルロットはナターシャが教師として現れた事に驚いたが、しかしナターシャの事を拍手で出迎えたのだった。
ゴスペル事件に関しては緘口令が敷かれた事を考えれば、この対応は実に見事なモノだったと言えるだろう――此の拍手が皮切りとなって、一組の生徒全員がナターシャを拍手で迎える事になったのだから。
そしてナターシャの副担任就任が満場の拍手で迎えられた事で、千冬(偽)が一年一組の担任を外されたと言う事に関しては誰一人として理由をより詳しく聞いて来なかったのだが、真耶にとっては其れは有り難い事だっただろう――ネームバリューだけは無駄に最強である千冬(偽)なのだが、其れが担任を外された理由の詳細をを話すとなると最重要部分は伏せたにしても其れだけでホームルームどころか授業時間を一枠使う破目になってしまうのだから。
尤も一組の生徒は入学してから此れまでの千冬の態度ややらかしを知っているので、臨海学校の一件を知らない生徒であっても最初の真耶の説明である『臨海学校時の飲酒』、『寮監室の腐海化』との担任外しの理由を聞いて、『あぁ、遂にこの時が来たか』と可成り納得しているようではあったが。
そうして朝のSHRは特に何の問題もなく終わり、生徒達は今日も今日とて学業に邁進して行くのだった。
――――――
一時限目の数学、二時限目のIS科学、三時限目の古文を終え、現在は昼休み前の四時限目である体育だ。
本日の体育は『サッカー』であり、クラスが二チームに分かれて試合を行うのだが、夏月と秋五は夫々のチームのゴールキーパーだったのは致し方ないと言えるだろう……夏月も秋五も身体能力が可成りぶっ飛んでいるので、フォワードにしようものならばドレだけのゴールを決めるか分かったモノではなく、最悪の場合は夏月と秋五のタイマンになってしまう可能性があり、そうなったら女子達がボールに触れる機会は無くなってしまうと考えられた結果、夏月と秋五は強制的にゴールキーパーを務める事になったのだった。
因みに夏月は足だけでFFⅩのミニゲームの一つであるブリッツボールにて最強アビリティである『ジェクトシュート2』を再現する事が出来るようになっていたので、夏月をフォワードから外させたのは可成り大きいだろう。『ジェクトシュート』は故意に相手にボールをぶつけているのでサッカーで使ったら普通にファウルを取られるかも知れないが。
試合の方はと言うと此れは何方のチームも互いに退かない一戦が展開されていた。
夏月と秋五が好セーブを連発してゴールを決めさせないだけでなく、夫々のチームが要所要所で相手の攻撃をクリアして決定的なチャンスを与えないようにしていたのも大きいだろう。
一見すれば箒、セシリア、ラウラ、シャルロットを有する秋五チームの方が有利に見えるが、夏月チームには足の速さだけならば彼女達を上回る陸上部に所属している相川清香、高い判断能力を持ち司令塔となっている鷹月静寐と言った生徒が居り、結果として戦力は五分五分と言った感じになっていた。
だが、今のところ互いに相手の攻撃をクリア、または夏月、秋五がセーブしているので無得点だが、実はカウンターでの攻撃は夏月チームの方が鋭かった。
其の理由は夏月チームは3トップ、3ミドル、3バック、スィーパーと言う珍しい布陣を敷いている事が大きかった。『スィーパー』と言うの聞き慣れないポジションだと思うので軽く説明すると、スィーパーは基本的にはディフェンダーなのだが、通常のディフェンダーの更に後ろにポジショニングしている、ディフェンスラインが突破された際の最後の砦となる『掃除屋』の役目を担った完全ディフェンス専門家の事である。
あまりにも尖った布陣なので最近は使われる事は無くなったが、この完全ディフェンス専門家の存在は存外馬鹿に出来なく、一対一の状態では真っ向からカット、クリアを狙うだけでなく、相手オフェンスが複数ならば自らディフェンスラインを上げる事でオフサイドを誘発する事も出来る上、ボールをカットした場合には即座に前線のフォワードにカウンターのロングパスを放つ事も出来るのである。
夏月チームはこのスィーパーにサッカー部の部員を配置する事でその真価を発揮しカウンターで何度か攻め込んだのだ――惜しくもフォワードのロランが放ったシュートは悉く秋五にセーブされてしまったが。
そして授業開始から四十五分が経過した。
授業時間は一時限に付き五十分なので、此処からは五分間のアディショナルタイムに突入。
此処で秋五チームが攻め込み、巧みなパス回しで前線のフォワードである箒に繋ぐと箒は剣道で鍛えた見事な足捌きを持ってして3バックを抜き去りスィーパーと一対一の状況になる。
箒の身体能力は可成り高いが、其れでもサッカー部の生徒とサッカーで勝負して勝てるかと言われたら否なので、此処で箒は奇策に出た。
此のまま抜き去ると見せかけて身体を反転させると、同じくフォワードを務めていて上がって来たセシリアに向かって渾身の力を込めた強烈なパスを放つ――パスと呼ぶにはあまりにも強過ぎる打球だったが、親友として互いに認め合い、恋のライバルとして切磋琢磨して来たセシリアには箒の意図が即座に理解出来た。
「箒さん、ナイスパスですわ!」
「思い切りブチかませセシリア!」
箒からの弾丸パスを、セシリアはダイレクトでボレーシュートしてゴールを狙う。
箒が狙ったのは『野球の打球』的なシュートだった――野球ではピッチャーが150kmを超える球速の球を投げるが、其れをジャストミートした際の打球の速度は投球の球速を上回っているのだ。
ならば、強烈なパスをダイレクトでシュートすれば其れは最早『弾丸シュート』をも遥かに超えた『キャノンシュート』となって夏月チームのゴールに襲い掛かる。
「此れは良いシュートだ……だがゴールは割らせないぜ!おぉぉぉ……オベリスク・ゴッドハンド・クラッシャー!!」
だが、夏月はそのシュートに対して大きく振りかぶると、『体重×握力×スピード=破壊力』となるパンチングをブチかましてボールをブッ飛ばす。
そうしてぶっ飛ばされたボールはセシリアの『キャノンシュート』をも凌駕する、球速300kmを余裕で超える『リニアキャノンショット』となってグラウンドを砂煙を巻き上げながらぶっち切り、更にゴール前で前線に上がっていたロランがボレーシュートで更なる加速を加えると言う神技を行い、此の『普通のサッカーでは有り得ない球速』には流石の秋五も反応し切れずに遂にゴールを決められたのだった……其れでもボールの勢いは止まらずにゴールネットを突き破り、グラウンドの端にあるコンクリートの壁にめり込んで漸く止まった訳だが。
此れが決勝点となり、試合は夏月チームが1-0で勝利したのだった。
「やった~~、勝てたよイッチー。」
「うん、勝てたけどのほほんさんは特に何もしてないよな?次はもっと頑張りなさい。」
「了解なのだ~~!!」
此れにて本日の午前中の授業は終了して昼休みとなり、夏月組は久しぶりに全員揃って屋上でのランチタイムとなったのだが、臨海学校中は料理をしていなかった夏月が作った弁当はリミッター解除の凄いモノとなっていた。
その弁当は、『チリソースとナンプラーで味付けしたタイ風海鮮炊き込みご飯』、『ルーロー飯の具材を包んだ鳥皮餃子』、『彩り野菜(アスパラ、ニンジン、ラディッシュ)の即席ピクルス』、『刻みアナゴとささがきゴボウ入りの出汁巻き玉子焼き』、『タラの白子の唐揚げジュレポン酢掛け』と言う豪華なモノであり、嫁ズは其れを一口食した瞬間に『味の天国』へと誘われる事になった。
特に揚げ物である鳥皮餃子と白子の唐揚げは、弁当に詰めたら普通は外側がしんなりしてしまうモノなのだが、夏月の弁当では何方も外側が見事なカリカリ感とサクサク感を維持していたのだ。
白子の唐揚げに関しては小麦粉ではなく米粉を使った事が大きいが、鳥皮餃子に関しては一度低温でじっくりと揚げた後で、超高温の油で二度揚げする事で鳥皮の脂を逆に飛ばして鳥皮特有のサクサク食感を実現したのである。
「は~~……相変わらず貴方のお弁当は最高だわ夏月君。此れだけの味なら、仕出し弁当でも三千円は取っても罰は当たらないと思うわよ……寧ろ夏月君のお弁当を三千円で食べられるなら、寧ろ安いわ。」
「うん、私もそう思うよ。」
「さいですか……将来は弁当屋開くのもアリかもな。」
取り敢えず本日の弁当も好評だったが、食事がほぼ終わったところで夏月は嫁ズに『機体が二次移行した際にコア人格と出会って、コア人格は束さんが半実体化を出来るようにしてくれた』と言う事を伝えて、コア人格である千冬改め羅雪を呼び出したのだが、現れた羅雪は黒いハイネックのインナーに白いパンツタイプのレディースのスーツを纏い、そして頭には白いヘッドギア型の仮面を被っていた。
個性的と言えば個性的だが、その格好はあまりにも妖しさが爆発していたため嫁ズは勿論、『個の姿で出て行くのは抵抗がある』と聞いていた夏月ですら少しばかり思考がフリーズしてしまった……真面目そうな人間(?)がボケをかますと反応に困ると言うが、羅雪の格好に対する夏月達の反応も似たようなモノだろう。
「夏月の機体のコア人格ってまさかのプロスぺラ?」
「んな訳あるかぁぁ!
つーか何だってガンダムシリーズの最新作の仮面キャラにして、ガンダムシリーズの仮面キャラの中でも最も胡散臭いって言われてるプロスぺラになってんだよ!
仮面被るにしてももっと他の仮面は無かったのかオイ!」
『となると、シャアかラウかミスター・ブシドーなのだが、ドレが良いだろうか?』
「俺達の生まれを考えるとラウなんだけど、初代マスクマンと視聴者に強烈なインパクトを残したミスター・ブシドーも迷う選択だよな……じゃねぇんだよ、素顔で登場してくれ羅雪。」
『ふふ、冗談は此処までにしておくか。……決して素顔を見られるのが怖かった訳ではないからな?』
「微妙に説得力に欠けんぞオイ……」
真っ先に再起動したのはオタク趣味がある簪で、羅雪の格好がガンダムに登場するキャラのモノだと分かると、これまた速攻でボケて見せ、夏月が秒で突っ込み其処からナチュラルなコントを少し披露したところで仮面を外す流れとなった。
少なからず素顔を晒す事に抵抗があった羅雪だったが、改めてヘッドギアを外して半実体化した羅雪の素顔を見て夏月の嫁ズは絶句した――仮面の下から現れたのは、此れまでの自分勝手な振る舞いのツケが一気に払う事となり、学園に於ける全ての権限を失って、現在は寮の一室にて監視付きの軟禁生活を送る事になったDQNヒルデこと『織斑千冬』其の物だったのだから。
当然の如く夏月の嫁ズは其の素顔に絶句した後に全員が表情に嫌悪感を浮かべる事になったが、其れは致し方ない事だろう。
少なくとも彼女達にとって『織斑千冬』と言う存在は傲慢で身勝手な暴力教師であり、一夏だった頃の夏月が周囲から蔑まれる一番の原因になった人間であるだけではなく、臨海学校でのゴスペル事件の際には女性権利団体を唆して夏月を殺そうとまでした忌むべき相手なので、如何したって其の姿には嫌悪感を抱いてしまうのだ。
『矢張りその反応になるか……ある程度覚悟していたとは言え、実際にその反応をされると中々にキツイモノがあるな?
マッタク、私の身体を使って好き放題やりよってからに……奴と直接戦う事になったその時は、機体のリミッターを解除するだけでなく性能をブーストして細胞どころかDNAすら一片も残さずに消し去ってやる。
奴が暮桜を持ち出して来た所で、零落白夜を無効にする能力は既に作り上げているからな。』
「零落白夜を無効って、サラッとトンデモねぇ事を聞いた気がするが、其れよりも今は羅雪の事を皆に説明しないとだよな。」
羅雪は夏月の嫁ズの反応に少しショックを受けつつも何やらトンデモない事を言ったが、今は其れは其れとして夏月が嫁ズに羅雪の事を紹介して、彼女が自身の専用機のコア人格であり、そして本当の織斑千冬であると言う事を告げた。
勿論其れを聞いた嫁ズは驚き、如何言う事なのかと聞いて来たが、夏月は羅雪から聞いた事の顛末を其のまま嫁ズに話した――普通ならば大凡信じられない事だが、ISにはマダマダ未知のブラックボックスの部分があり、特にコア人格に関しては束が其の存在を示唆しているとは言え、実際にコア人格とアクセス出来たパイロットは存在せず、夏月が世界で初めてISコアのコア人格とアクセスした人物であり、同時に既に覚醒していたコア人格がパイロットの身体を乗っ取ろうと画策しても其れもまたあり得ない話ではないと嫁ズは考えていた。
そして白騎士のその行為は自身を生み出した束に対する反逆行為――人が造物主である神に対しての反逆を行ったに等しい行為であるとも感じていた。
同時に真相を聞いた嫁ズからは羅雪に対する嫌悪感は無くなっていた。
容姿は同じでも、羅雪と千冬(偽)の表情は全く異なってる事に気付いたからだ――千冬(偽)が己の力を絶対的なモノとして疑わず、己と秋五以外の人間の事を基本的には見下していたのに対し、羅雪は夏月の事を大切に思い、そして自分達に対しても少し不器用ではあるが優しい笑顔を向けてくれたのだ。
「アレがDQNヒルデだったのはそう言う事情があったからだったのね……でもお義姉さん、コア人格のままで此れからも生きて行く心算なのかしら?束博士なら新しい身体を作ってくれる気がするけれど?」
「クローン培養で新しい身体を作る事位は束博士なら朝飯前の寝起きのエナジードリンク。
それどころかクローン培養技術を更にぶっ飛んで、ターミネーターのエンドスケルトンを開発して、其処にデータ化した記憶やら人格やらを転写する事すら出来るんじゃ無いかと思ってる。」
「其れ位タバ姐さんなら余裕っしょ?」
「余裕のよっちゃんイカどころじゃないよお姉ちゃん……束さんが本気を出したら、其れこそ世界の軍事バランスは一気に天地逆転状態になってもオカシクないよ!」
「だが、よもやあのDQNヒルデが織斑計画の最も深い闇と言っても過言ではなかったとはね……まぁ、彼女が居たからこそ私は夏月と出会う事が出来た訳だが、其れには感謝しても夏月を殺そうとした事は絶対に許さないよ。
血濡れの英雄ですらなかった彼女には今の惨めな生活こそが相応しい……そして、今この時に夏月の真の姉上と邂逅出来た事に、乙女座の私は此の上ない運命を感じずには居られない!」
「まさかそんな事があったとは驚きましたが、貴女こそが真のブリュンヒルデであったと言う訳ですか――いえ、此処は真に敬意を表して仏教における最高神である大日如来が武力を行使する為に変化した不動明王と言うべきでしょうか?」
「どっちでも良いんじゃないの?本物の千冬さんは、あのDQNヒルデとは比べ物にならない実力を備えてるのは間違いないし、何よりもカゲ君が私達に嘘を言う筈がないからね。」
「ま、其れは確かにそうね……貴女の事、信じてみるわ羅雪義姉さん。」
『……突っ込みを入れたい所があるのは兎も角として、私を受け入れてくれた事には礼を言おう――そして、こんなに良い子達が義妹となるのは嬉しい事だな。』
「だから、大丈夫だって言っただろ?」
『そうだな。』
そして嫁ズは羅雪の事を受け入れ、同時に全員が羅雪の事を『義姉』と認めて、羅雪も夏月の嫁を『義妹』として受け入れていた――羅雪の容姿が千冬(偽)と同じだった事で少しばかりの混乱はあったが無事に羅雪のお披露目は終わり、後は昼休みが終わるまで軽く談笑して楽しんだ。
その際に羅雪は嫁ズに対し、『自分の事は秋五達にはまだ秘密にしておいてくれ』と頼み、嫁ズも其れを了承した――秋五にとっては、『姉の本当の人格がISコアになった』と言う事だけでも衝撃的であるのに、その人格が自分のISではなく夏月のISに存在しているとなったら余計に混乱すると理解したのだろう。
そんなこんなで昼休みが終わり、午後の授業に突入したのだが、一組では夏月を筆頭にした専用機持ちが教師にピンポイントで当てられるも、その全てを完璧に答えて見せた事でクラス内で更に注目される結果となっていた。
特に六時限目の数学の時間に夏月は超難しい方程式を解くように言われたのだが、夏月は其れをアッサリと解いた上で逆に担当教師に更に複雑で難解な方程式を解いてみろと言って来た。
担当教師も生徒からの挑戦を断ると言う選択肢は無く、その方程式に挑んだのだが、其の答えを出す事は出来ずに敢え無く途中で脳ミソがオーバーヒートして見事に機能停止状態となったのだった――まぁ、夏月が提示したのは現代科学を持ってしても解く事が出来ないと言われている『ファルコンの定理』に『火星探索船カッシーニの軌道計算』をミックスしたモノだったので、大凡人に解く事は出来ないのだが。
そんな訳で数学教師を完全KOした後にホームルームで必要事項を聞き、放課後はe-スポーツ部での活動を行って、オンライン対戦では夏月が各種格ゲーで百連勝の偉業を達成し、簪はパズルゲーム――主にぷよぷよのオンライン対戦で前人未到レベルの超絶鬼連鎖をブチかましてオンライン対戦で無双状態となり、IS学園のe-スポーツ部の存在はネットをベースにして大きく知られる事になったのだった。
部活動を終えた夏月はアリーナで軽く専用機を動かした後で食堂に向かって夕食を摂り、大浴場で汗を流してから自室に戻って来て、扉を開けたのだが――
「お帰りなさいアナタ。お風呂にします?晩御飯にします?其れとも、私?」
「お帰りカゲ君!私とタテナシ、どっちにする?」
其処に現れたのは裸エプロンな楯無とグリフィンだった。
本来の同室であるロランは本日は何処かで外泊なのだろうが、夏月にとってはまさか楯無とグリフィンがダブルで来るとは思っていなかった――だからこそ、其処からの行動はマッハの如く速かった。
部屋の鍵を後手で締めて誰も入れないようにすると、目にも止まらぬタックルで楯無とグリフィンを回収した後にその勢いのままにベッドにライドオン――すると同時に夏月は楯無とグリフィンのエプロンを破り捨て、ベッドの上には楯無とグリフィンの芸術品の様な肢体が現れる。
「そんなの、どっちかを選べる筈ねぇだろ?……誘って来たのはそっちからなんだから、今夜は寝れなくなっても文句は言うなよ?」
「文句なんて言う筈が無いでしょう?……貴方が落とされたと聞いて、そして感じてしまった不安を、貴方の愛で上書きして欲しいのよ……貴方の愛を、私とグリフィンちゃんに余す事無く注いで頂戴な。」
「来て、カゲ君。君の愛を、私達に頂戴。」
「そう言われたら、断る事は出来ないよな!」
そうして夏月は今宵は楯無とグリフィンと互いの体力が尽きるまで愛し合い、そして彼女達の不安を払拭したのだった――行為が終わり、夏月に腕枕されて眠る楯無とグリフィンの姿を、月の光が静かに優しく照らしていた。
――――――
同じ頃、本土にある更識邸では、先代の楯無である更識総一郎が縁側で月見酒と洒落込んでいた――総一郎は歴代の楯無の中でも風流を好み、同時に歴代楯無の中でも無類の酒好きでもあったので、風流と酒を同時に楽しめる月見酒は最高のモノだと言えるだろう。
「月見酒とは中々に風流よの総一郎。」
「父上……名月を肴に酒を嗜むのもまた一興ですよ。偶には一緒に如何です?」
「ふむ、其れは間違いではないな。偶には息子と酒を酌み交わすのも良いものよな。」
そんな総一郎の元に現れたのは、先々代の『楯無』であり、更識姉妹にとっては祖父となる『更識幻夜』その人だった。
「ワシの初孫は見事に楯無を継いだみたいじゃが、だがしかし今のままでは楯無としては未完成と言わざるを得ん――真に楯無となるには、『元服』を行わねばならぬ……総一郎よ、何時現楯無を元服させる心算か?」
「学園が長期休暇に入り次第直ぐにでも……楯無を継ぐために必要な事とは言え、実の娘にこんな事をさせるとは――更識は天皇直属の部隊とは言え裏社会で生きる暗部、その闇はとても深いと言わざるを得ないと、そう感じていますよ。」
「そうじゃろうな……じゃが、楯無の名を継いだ以上此れを避けて通る事は出来ん事はお前も分かっておろう総一郎?」
「分かっていますよ父上――だからこそ、楯無が戻って来たその時には、私の口から直接言う心算です――『人を殺す任務』を受けろとね……実の娘にそんな事を告げるとは、私は間違いなく地獄行きでしょう。」
「安心せい、お主だけを地獄には行かせん――ワシも一緒に地獄に付きおうたるわ……だから、今この時だけは心を鬼にせよ。そうでなくては、娘に残酷な任務を課す事は出来ぬからな。」
「心を鬼に……貴方も二十年前のあの時は私と同じ気持ちだったんですね。」
その会話の内容はなんともトンデモない事であり、夏休みに入ったら楯無には『殺し』が必要となる任務が下されるとの事だったが、其れは『楯無』の名を継いだ者とすれば避けて通れない一種の『儀式』であり、其れをクリアして初めて真の楯無として認められると言うのならば、新たな楯無として其れを受けないと言う選択肢はそもそも存在していない、一種の強制イベントなのだが、総一郎も幻夜も現楯無――刀奈ならばこの強制イベントもクリアするだろうと考えていた。
此の『元服』には、現楯無だけでなく、其の最側近である人物も参加する事が通例となっている。最側近である人物もまた殺しを経験、或は殺しのサポートを出来るようになっておかねばならないからであり、今回の場合は最側近として夏月と簪も参加する事は決定事項なのである。
第十七代の楯無となった刀奈は更識家始まって以来の天才と称されるだけの実力があり、妹の簪は実力では刀奈に僅かに劣るモノのデジタル面では姉を上回っており、夏月に至っては楯無と互角以上に戦えるだけの実力があるので、この三人が力を合わせれば、どんなに困難な任務でも瞬間でクリア楽勝のヌルゲーになると言っても、其れは決して過言ではないのだ。
裏社会では近々大きな動きがあるのだろうが、そんな事は関係なくIS学園では日々を平和に過ごしながら、一学期最大の生徒の試練とも言える期末考査が行われた後に終業式が行われ、生徒達は学園最大の長期休暇である『夏休み』に突入するのだった。
因みにだが、通知表に関しては夏月組も秋五組も略全科目で最高評価の『5』を獲得すると言う優秀さを見せてくれた――セシリアだけは家庭科が『3』だったが、ダークマター生成状態だった料理の腕前が箒の指導もあって家庭科で『3』の評価が貰えるまでになったと考えれば悪くないだろう。
ハプニングが多発した一学期だったが、夏休みは更識の『元服』以外は平穏に過ぎて行って欲しいモノである。
To Be Continued 
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