ISコアの世界で本物の千冬と邂逅した後に復活した夏月は、ゴスペルがどうなっているのか束と真耶からを聞くと、二次移行した専用機『騎龍・羅雪』を展開し、仲間達がゴスペルと戦っている戦場に向かって行った、真耶と束も其れを黙って見送っていた――目を覚ましたばかりの夏月を戦場に向かわせるのは、通常ならば有り得ない事だが、夏月の身体に異常はなく、何よりも束も真耶も夏月の事を信じているからこそ余計な事は言わずに送り出したのである。
「山田先生!夏月が出撃したってマジなの!?」
「ふぇ!?ふぁ、ファニールさん!?」
だがしかし、此処で司令室となっている真耶の教員室にファニールが突撃して来た。
コメット姉妹は『機体が戦闘向きではない』との理由で事実上の戦力外通告を受け、其れは夏月が撃墜された後も変わらず戦場に出る事は許可されず、其れを聞いたファニールは、自分に出来る事として、夏月の看病を行っていたのだ。
だからこそ、タオルを変えようと少し部屋を空け、そして部屋に戻って来た時には夏月の姿が無かったと言うのは衝撃的を超えた事態だっただろう――夏月が居なくなっている事に驚いたが、秒で再起動して部屋の警護に当たっていた教師に話を聞くと、『一夜君は目を覚まして司令室に向かって行った』との答えが返って来たので全速力で司令室までやって来たのだ。
「ファニールさん、如何して一夜君が出撃した事を知ってるんですか!?」
「アイツの性格考えれば分かりますって!
ゴスペルを無効化出来なかったのは夏月だって分かってるんだから、目を覚ましたら絶対に出撃するに決まってる!自分の嫁達と仲間達が戦ってるなら尚更!」
「ほうほう、意外とかっ君の事よく理解してんねファーちゃんも?」
「こう見えて、アタシも夏月の婚約者なんで。」
因みにオニールの方はと言うと、旅館待機を言い渡された一般生徒達が不安を感じたり退屈したりしないように、教師に許可を取って大広間にてカラオケマシーンを使って単独ライブを行っていた――本心は『大好きなお兄ちゃん』である夏月の看病をしたかっただろうが、其れは姉であり夏月の婚約者であるファニールの役目だと考えて自分は一般生徒の為に行動したのだ。双子とは言え、出来た妹と言えるだろう。
「で、出撃しちゃっても大丈夫な訳!?さっきまで意識失ってたのよアイツは!無理して身体がシャレにならないダメージを受けたりしたら……!」
「其れについては問題ナッシングだよファーちゃんや。
出撃前にこの束さんがかっ君の身体をバッチリ調べて、そんでもってマッタク持って全然問題なかったからねぇ……束さんの治療が適切だったとは言え、あの回復力はぶっ飛んでるっしょ?」
「そ、其れなら安心かしら?
……って、そう言えば夏月は出撃前に何か食べた?」
「いえ、何も食べてはいないと思いますが……」
ファニールは束から『夏月の身体は完全回復した』と聞いて安心したのだが、真耶から『夏月は出撃前に何も食べてない』と聞いて顔色が一気に変わり、『ヤバい』と言った表情になる。
夏月の身体の燃費の悪さはIS学園の生徒達の間では有名だが、その夏月が目を覚ました直後に何も食べずに出撃したと聞けばファニールの顔色も変わるのも致し方ないだろう……先の戦闘でエネルギーを大幅に消費した夏月が一切の補給をしないで再度戦場に向かったとなれば、機体のエネルギーは潤沢にあったとしても夏月自身が途中でガス欠になる可能性があるのだから。
「だとしたら拙いわね……アイツ途中でガス欠になるかも!
山田先生、訓練機のラファール借りるわ!」
「え?あ、はい!気を付けて下さいねファニールさん!」
「……束さんとした事が、こんな時の為の特製エナジードリンクの開発をしてないとか、不覚だったね。」
其れを聞いたファニールは真耶にラファール・リヴァイブの使用許可を貰うと、ロビーの自動販売機で『モンスターエナジー・スーパーコーラ』を購入すると、ラファール・リヴァイブを身に纏って夏月の元へと飛んで行ったのだった。
「……こんな事態を生徒達に任せるしかない……歯痒いですね。」
「ん~~……君が望むならだけどさ、緊急事態にすぐに対応出来るように専用機作ってあげようか巨乳ティーチャー?
ぶっちゃけ、教師部隊の司令官は専用機を持ってるべきだと思うのだよ束さんは……まぁ、あのDQNヒルデには土下座されたって作ってやらねーけどね?……手切れ金として暮桜作ってやったのを今では後悔してる。」
「其れは有り難い事ですが、私の一存では決められないので学園に戻ってから学園長と相談して、ですね。」
雑談にしては可成り重要な事を話していた真耶と束だが、互いに相手の顔は見ずにその視線は月が輝く夜空に向けられていた――今度こそ、夏月達がゴスペルを無力化してくれる事を願って。
夏の月が進む世界 Episode42
『ゴスペル戦第二ラウンド!否、ファイナルラウンドだ!』
二次移行したゴスペルのシルバーベルを喰らい絶体絶命となった秋五達の前にギリギリのタイミングで駆け付けた夏月だったが、夏月の専用機である『騎龍・黒雷』もまた二次移行して『騎龍・羅雪』となり、その容姿は変わっていた。
『機械仕掛けの龍騎士』な外見は其のままに、頭部の角を思わせるセンサーアンテナはより先鋭化して長くなり、頬の部分にも左右二対のブレードアンテナが追加され、背部からはエネルギーで構成された高速機動用の光の翼が展開され、目を模したカメラアイは二次移行前よりも鋭くなり、カメラレンズも赤く変化している。
黒雷が『黒き龍騎士』ならば、羅雪は『闇の龍騎士』と言ったところだろう。
「っしゃぁぁぁぁぁ!!」
『La……!』
その羅雪を纏った夏月は、二次移行で進化した日本刀型近接ブレード『心月』をイグニッションブーストからの居合いでゴスペルに叩き付ける――達人レベルとなれば生身で放っても目視出来ない居合いを、ISのパワーアシストがある状態で、更にイグニッションブーストとの合わせ技で繰り出されたとなれば、其れは防御も回避も不可能な、正に一撃必殺の攻撃となるのだが、ゴスペルは人間では不可能な超反応で其れに対処し直撃を回避して見せた。
だが、其れを見た夏月はフェイスパーツの下で苦い顔を浮かべていた。
現在のゴスペルは暴走しているが、暴走してはいても『搭乗者の命を最優先にする』事を最優先にしているので、自身に攻撃してくる相手を誰であろうと『敵』と認識して攻撃して排除しようとしているのだが、『敵の排除』も優先事項の上位であり、『敵の排除』が『搭乗者の命を優先する事』に繋がると考えた結果、『敵を排除する為には、パイロットに多少の負荷が掛かるのは仕方ない』と言う矛盾しまくった結論を出してしまっていたのだ。
其れはある意味で学年別タッグトーナメントで暴走したラウラの『ヴァルキリー・トレース・システム』に似たモノ――ある意味では其れ以上に危険なモノなので、早急に何とかしなければゴスペルのパイロットの命が危ないだろう。
「パイロットは殺さずにゴスペルだけを無力化する、其れだけなら未だしも制限時間ありって、此れは思った以上に鬼畜ゲーだなオイ!?
……だが、生憎と俺は難易度が高ければ高いほど燃えるって言うドMゲーマーでもあるんでな……鬼畜難易度なんぞは寧ろ大好物だ!絶対的にウェルカム!難易度が高けりゃ高いほど、クリア時の達成感がハンパないんじゃアホンダラァ!!」
任務のクリア条件が可成り厳しくなってしまったが、だからと言って夏月が退くかと言ったら其れは否だ。
先程の作戦は、自分が落とされた事で失敗に終わった……其れを分かっている夏月に、この場で退くと言う選択肢なんかはそもそも最初から存在しておらず、ゴスペルの機動力に喰らい付いて距離を開けさせず、徹底的に引っ付いて近接戦闘を仕掛けていた。
ゴスペルは機動力と広域攻撃が極めて強い機体だが、その代償とも言うべきが近接戦闘能力は其処まで高くないのだ――其れでも、打鉄以上の近接戦闘能力を有しているのだが、近接戦闘に重点を置いた羅雪との近距離戦は大幅な不利となるのは道理であり、結果としてゴスペルは羅雪に追い込まれる事になったのだ。
「夏月……ったく遅いのよアイツは……だけど、病み上がりのアイツだけを戦わせる事は出来ないわよね?
ロラン、アンタの機体のワン・オフ・アビリティって機体のシールドエネルギーを最大値の50%を回復するのよね?
だったらそれでアタシ達の機体のエネルギー回復出来ない?」
「其れは無理だよ鈴……確かに私の機体のワン・オフ・アビリティは機体のシールドエネルギーをマックス値の50%を回復出来るけど、回復するのはシールドエネルギーだけで機体の損傷までは直せない。
機体エネルギーは回復しても、真面に戦闘行為を行えない機体に意味はない……こんな状態の機体で出て行っても、却って夏月の足手纏いになるだけさ。」
其れを見た一行は、夏月の戦いに目を見張っていた。
夏月の強さはIS学園でも有名だが、今の夏月は普段とは比べ物にならない位の凄まじい力を発揮していた――ゴスペルの超反応にも的確に対処しているのだから凄まじい事この上ないだろう。
其の一方で、鈴はロランに『ワン・オフ・アビリティで回復出来ないか?』と聞いていたのだが、ロランの機体のワン・オフ・アビリティはあくまでも『シールドエネルギーを最大値の50%回復』するものであり、機体の損傷は直せないのだ――シールドエネルギーが最大値の50%回復しても、機体が半壊状態ではあまり意味がないと言えるだろう。装甲が半壊しただけでなく、装備も略壊れてしまっているのならば尚更だ。
「ならロランさん、白式のエネルギーだけでも回復出来るかな?
白式も装甲が破損しては要るけど其処まで酷くないし、雪片・弐型も壊れてないからシールドエネルギーが回復すればまだ戦う事は出来るから。
シャル、白式にラファールに残ってる全部のシールドエネルギーを分けて貰える?」
「織斑君、確かに被害は君の白式が最も少ないし、唯一の武器である雪片・弐型も健在だが……。」
「其れは出来るけど……如何して?」
「決まってるだろ?夏月の加勢に入る!
目を覚ましたばかりの彼が戦ってるのに、僕が戦わずにいるなんて、そんな事が出来るか!友達が戦ってるのを黙って見てるなんて事、僕には出来ないよ!」
「友の為に、一番動く事の出来る自分が向かうか……嫌いじゃないよそう言うのは。友情の為に戦うとは、嗚呼なんと素晴らしい事か!喜んで白式のシールドエネルギーを回復させて貰おうじゃないか!」
「秋五……ヤバい、ガチで惚れたっぽいよ僕……でも、そう言う事なら僕の機体の全てのシールドエネルギーを持って行って!」
「ありがとう。此れで僕も戦える!」
此処で秋五がロランにシールドエネルギーを回復して貰い、シャルロットの機体から残るシールドエネルギーを全て分けて貰って夏月とゴスペルの戦いに改めてエントリーした――夏月だけに戦わせる事は出来ないと言った秋五を見て、シャルロットが利害一致でしか無かった関係からガチで秋五に惚れたみたいだったが、其れは今は関係ない事だ。ロランの芝居めいた物言いも何時もの事だろう。
其の一方で夏月とゴスペルの戦闘は激しさを増し、もう何度目かも分からない近接ブレードのぶつかり合いとなり、これまた激しい火花が散る――此れまでなら、此処で仕切り直しになっていたのだが、今回は此処でシールドエネルギーを大幅に回復した白式がゴスペルに背後から斬り掛かった。
其れは完璧なタイミングでの奇襲攻撃であり、普通なら避ける事は不可能な攻撃だが、ゴスペルは超人的な反応速度で其れを避ける。
零落白夜は発動していたので、掠りでもすれば大幅にシールドエネルギーを削る事が出来たのだが、完璧に躱されてしまっては効果はない……だが、回避しても次なる一手が既に用意されていた。
「貴様が何秒動けようと関係ない処刑方法を思い付いた、ってか!」
夏月がゴスペルを取り囲むようにして何百本モノビームダガー『龍爪』改め『龍尖』を展開していたのだ。
二次移行して『龍尖』となった事でビームダガーはホーミング性能と滞空機能が備わり、投擲された後に空中に留まる事が出来るようになっており、夏月は其の力を使って『ダガーの結界』を作り出してゴスペルを取り囲んでいたのだ。
「貴様はチェスや将棋で言うところの『詰み』に嵌ったのだ!逃げ場はないぞ!喰らえ、魔空包囲弾!!」
「いや、DIO様なのかピッコロさんなのかどっちなの?」
圧倒的な物量で展開された龍尖は夏月の合図で一気にゴスペルに向かって発射されるが、ゴスペルは其れをシルバーベルで迎撃する。
広域殲滅攻撃の前にはビームダガーは簡単に撃ち落とされてしまうが、何百本とあれば全てを撃ち落とすのは容易ではなく、逆に言えばこの大量の龍尖はシルバーベルに対する壁にもなり得るのだ。
「ダガーの陰からコンニチワ、ってなぁ!!」
「隙ありだよ!」
『!?』
龍尖に隠れる形で夏月と秋五が現れ、夏月は神速の居合いを、秋五は威力充分の袈裟斬りでゴスペルを攻撃し、其れは遂にゴスペルに届きシールドエネルギーを大きく減らす。
「広域殲滅攻撃は強力だけど、全方位から絶え間なく攻撃が来た場合は、その陰に隠れてる存在の事は認識し辛くなるみたいだね……とは言え、流石に少し危なかったから零落白夜で少し無効にしたけどね。
そのせいでもう零落白夜は使えないけど、其れでも通常攻撃でシールドエネルギーを削る事は出来る!」
シルバーベルを零落白夜で無効にした事で白式のシールドエネルギーは大きく減ってしまったので、もう零落白夜は発動出来ないが、其れでもこの抜群のコンビネーションがあればゴスペルを無力化する事は難しくないだろう。
本来ならば放った後の隙が大きくなる大技も、二人であれば片方がその隙をフォロー出来るので、決め技級の攻撃を惜しむ事無く使う事も出来るのだから。
「秋五、やられちまったと思ったがまだ動けたのか?」
「ロランさんにシールドエネルギーを最大値の50%回復して貰った上でシャルの残りのシールドエネルギーを貰って来たんだ……装甲は破損してても、雪片・弐型が健在なら僕は戦えるからね。
其れに、病み上がりの君だけを戦わせるなんて事は出来ないよ……僕はもう、只見てるだけの傍観者にだけはならないって決めたんだから!」
「おぉっと、良い事言うねぇ秋五?あのクソッタレなDQNヒルデに聞かせてやりたいもんだぜマッタク。
そんじゃまぁ、ここからは息を合わせてバッチリ行こうぜ?お前が正統派の正義のヒーローなら、俺はアウトサイドのダークヒーローだ……普通ならその道は決して交わる事がないが、交わる事がないからこそ同じ目的を達成するために力を合わせたその時は無敵で最強ってな!」
「ダークヒーローって、其れ自分で言う事かな?」
「顔にこんな大層な傷痕があって、『お前本当に日本人か?』って言われて当然の金色の瞳を持った俺が正義のヒーローってのは無理があんだろ流石に?何よりも正義のヒーローってのはガラじゃねぇ……俺はダークヒーローの方が性に合ってんだよ!」
「成程、君らしい!」
夏月がゴスペルに向けた心月を秋五が雪片・弐型でカチ上げ、其れを合図に二人でゴスペルに突撃し怒涛の剣戟ラッシュを繰り出す。
正統派な秋五の剣術と、実戦の中で鍛えられた変幻自在の夏月の剣術の同時攻撃にはゴスペルも完全に対処する事は出来ず防御と回避の比重が大きくなり、シルバーベルによる強制的なリセットも出来ない状況だった。
近接戦闘状態での広域殲滅攻撃はゼロ距離攻撃になるので放った側にも攻撃の余波が及び、最悪の場合は其れがパイロットにも影響する……故に『パイロットの安全を最優先』にしているゴスペルはシルバーベルを発動出来ずにいたのだ。
だがそれでもゴスペルは致命傷になる攻撃は的確に対処してダメージを最小限に抑えていた――少しずつでも削れているのならば何れ限界が来るだろうが、現在のゴスペルは暴走状態にあって普通では有り得ない機動も行っている為に意識の無いパイロットに掛かる負担がハンパなモノではなく、早急にゴスペルを停止させないとパイロットの命に係わる事態になり兼ねない……だからこそ早期決着が必要なのだ。
だが、白式にはもう一度零落白夜を発動するだけのシールドエネルギーは残っておらず、結局のところは真正面からガリガリとシールドエネルギーを削って行く以外に方法はないのだ。
負ける事はないが、制限時間ありのミッションと言うのは矢張り難易度は高いと言えるだろう。
「(無力だな私は……一夜の真似事すら真面に出来ず、姉さんお手製の専用機を貰ったにも拘らず此の体たらく……此れでは、私の為に専用機を用意してくれた姉さんに申し訳が立たん!
紅椿、私はまだまだ未熟で、お前の力を十全に引き出す事も出来ていないが、今この時だけは分不相応と分かってはいるが私に力を貸してくれ!此の状況を打開し、ゴスペルと其のパイロットを救う為の力を私にくれ!対価が必要だと言うのなら、何でもいい……私の身体を持って行け!)」
その戦いを見ていた箒はなんとも言えない歯痒さを感じていた――束製の専用機を手にしたにも関わらず、ゴスペルを無効化する事は出来ず、無効化するどころか二次移行したゴスペルのシルバーベルを喰らって戦闘不能になってしまい、否が応にも己の弱さを突き付けられた気がしていたのだ。
だからこそ箒は己がまだ未熟ではあると認識した上で紅椿に此の状況を打開するための力を貸してくれと願った――其れこそ、対価として己の身体をも差し出す覚悟でだ。
――キィィィィィィィィン……!
そして、其れに応えるように紅椿が輝き、そして光が弾け、その次の瞬間にはシルバーベルによって落とされた専用機全てのシールドエネルギーが全回復しただけではなく、破損した装甲や武装も完全に元通りになっていた。
此れこそが紅椿のワン・オフ・アビリティである『絢爛武闘』だ――束が設定した名称は『絢爛舞踏』だったのだが、紅椿は『舞踏』よりも『武闘』の方が箒にピッタリだと判断して『絢爛武闘』になったのだろう。
其れはさて置き、その効果は強力無比であり、味方のISのシールドエネルギーを全回復した上で破損も全快させると言う、整備スタッフが喉から手が出るほどに欲しがるモノだったのだ。
「此れは……シールドエネルギーが回復しただけでなく機体の損傷、破損した武装まで直してしまうとは……私の機体のワン・オフ・アビリティが涙目の効果だね?」
「うむ……此れは私も予想外だった。よもや此れほどの力を紅椿が有しているとはな……だが、此れならば!!」
此れにより出撃した全機が完全回復したのだが、此処でヴィシュヌの機体が光を放った――其れは、進化の光であり、此の土壇場で束がドゥルガー・シンにインストールした『騎龍化』の因子が活性化したのである。
「二次移行?いえ、此れは機体其の物が別物に代わっている?ドゥルガー・シンではなく、騎龍・碧雷……束博士が仕込んでくれた訳ですか。心遣い感謝します!」
光が治まると、其処には騎龍と化したドゥルガー・シンを纏ったヴィシュヌの姿があった。
装甲が必要最低限なのは変わらないが、新たに頭部に龍の角を模したマルチセンサーアンテナが追加され、腕部の装甲にはナックル部に新たにクローが追加されて拳打の威力を高め、脚部のロウ・アンド・ハイにはビームエッジ展開機構が追加されて蹴りの威力を増し、拡散弓クラスター・ボウは一度に放てるエネルギー矢の本数が束による強化状態以上に増えていた――『騎龍・碧雷』其れがヴィシュヌの新たな相棒の名前だ。
「待たせたな秋五、一夜!此処からは私達も共に戦うぞ!」
「おぉっと、此処で互いの嫁ズが参戦して来たぜ秋五?……嫁さんの前でカッコ悪い姿を見せる事は出来ないよなぁ?だから、此処は一気に決めてくぞ秋五!異論はあっても全力で無視するのでその心算で宜しく!!」
「其れって異論を唱える意味ないよね?勿論、異論はないけどね!」
そんな訳で箒達が戦場に合流し、箒は早速『絢爛武闘』で白式と羅雪のシールドエネルギーを満タンに回復し、破損した白式の装甲も完全に元通りにして見せた。
ロランのワン・オフ・アビリティを遥かに上回る回復能力であり、回復出来るシールドエネルギーに上限はないと言うのも相当に強いと言えるだろう――極論を言うのであれば、紅椿が絢爛武闘を使って秋五のサポートに徹すれば、秋五は事実上一撃必殺である『零落白夜』が使い放題になると言う超極悪チートモードになるのだから。
そして戦闘不能になっていたメンバーが復活した事で、其処からは一方的な展開となった。
簪が得意の弾幕でゴスペルを牽制しながら、しかし其の動きはセシリアがBT兵装の十字砲で制限し、更に鈴と乱がダブルの『龍の結界』を発動してゴスペルが戦闘空域から離脱する事を防ぎ、其処に他のメンバーが矢継ぎ早に近接戦闘を仕掛けて行く。
ゴスペルは反撃する事も出来ない状態だが、其れでも一撃必殺の零落白夜だけは確実に回避していた――ゴスペルはIS自身であるが故に、本能的(?)に零落白夜を発動した際に展開されるエネルギーの刃は危険だと察しているのだろう。
だがそれでも此のまま此の波状攻撃を続けて行けばゴスペルのエネルギーは尽きるだろう――夏月と秋五の二人で戦っていた時よりも手数は遥かに増えているのだから。
「此のまま一気に押し切って……って、あれ?……ヤベ、ちっと飛ばし過ぎた。」
此のまま一気に押し切れる、そう思った時だった――突如として夏月の動きが鈍くなった。
必殺を狙った居合いは鋭さを欠いてゴスペルの表面を軽くなぞるに終わり、逆にゴスペルがカウンターでブレード攻撃を放って来る――が、其の攻撃はロランが轟龍で弾き、其のまま夏月を掴んで距離を取る。
「目が覚めたばかりで無理をしてしまったかい夏月?少し休んでいると良い――なに、後は私達だけでもなんとかなるさ。」
「いや、身体は大丈夫なんだけどガス欠っぽい……目が覚めてお前達が戦ってるって知ってエネルギー補給しないで来ちまったからなぁ……さっきの戦いでも消耗してたってのに、コイツは大失態だ。」
此処でファニールが懸念していたガス欠を起こし、夏月は動きが鈍くなってしまったのだ。
ISコアの世界で本物の千冬と出会って事の真相を知り、機体も二次移行してやる気メガマックスで出撃した夏月は、テンションが上がってる事で一種のブースト状態になっていた訳なのだが、ブースト状態はあくまでも一時的なモノであって長時間持続するモノではなく、ブースト状態が切れてしまえば少ないエネルギーでエンジンを全開にしていた代償がやって来るのである。
「夏月ぅ!やっぱりガス欠起こしてたわね!此れでも飲みなさい!!」
「アレはラファール?って、ファニールじゃないのよ!?アンタは待機の筈じゃなかったっけか!?」
「山田先生に聞いたら夏月が何も食べずに即出撃したって言ってたから、ガス欠起こしてるんじゃないかと思ってエネルギー補給に来たのよ!」
「此れは、ある意味でナイスタイミングと言うべきですね?」
だが、其処に訓練機のラファール・リヴァイブを纏ったファニールが現れ、龍の結界の外からチェーンの隙間を縫うようにしてモンスターエナジー・スーパーコーラを夏月に投げ渡し、夏月も其れを落とさずにキャッチして、其のまま開栓して中身を一気に飲み干す。
コーラはそもそもにして糖分が非常に高く即エネルギーになるのだが、其処にモンスターエナジーのガラナや高麗人参等のエナジー成分がプラスされたら其れはもう最強のエネルギー補給飲料と言えるだろう。
「モンエナチャーァァァァジ!!サンキューファニール!おかげさんでエネルギー満タンになったぜ!!さぁ、此処からの俺は、ちょっと強いぜゴスペルさんよぉ!!」
「まさか一本で回復するとは、モンスターエナジー恐るべしだね。こんなに回復するのは君だけかもしれないが。」
ファニールからの見事な援護を貰ってエネルギーを回復した夏月は改めて居合いでゴスペルに斬り込むと、居合いからの鞘打ちの二段攻撃を繰り出し、更に連続の逆手居合いでゴスペルの動きを大きく制限すると共にシールドエネルギーを削って行く。
そして其処でラウラがAICを発動して遂にゴスペルは完全に其の動きを止める事になった。
「やっぱり最後は正義のヒーローが決めないとだよな?バッチリ決めろよ秋五!!」
「此れで決められなかったら僕は世界一の間抜けだからね……終わりだゴスペル。大丈夫、君のご主人様は助けるし、君の事も殺さないから……だから今は大人しく眠ってくれ!!」
其処に遂に秋五が零落白夜を叩き込み、ゴスペルのシールドエネルギーは強制的にゼロになって機体が解除され、パイロットであるナターシャ・ファイルスの姿が露わになる……完全に意識はなく、そんな状態でゴスペルが解除されたら海に真っ逆さまなのだが、彼女の事は零落白夜を叩き込んだ秋五が確りと掴んでいた。
意識がない状態で無理な動きをした事でナターシャの身体に何か異常が起きている可能性もあるので、一行は即座に花月荘へと戻って行った――同時に、其れは今回の任務が無事に終わった事を意味していたのだった。
――――――
花月荘に戻った一行は先ずはバイタルチェックが行われたのだが、多少の擦り傷や裂傷はあれど、其れ以外は特に大きな怪我もなく、脈拍なども安定していたので真耶から『お疲れ様でした』との労いの言葉を貰った後に、夫々の部屋に戻って行った。
ナターシャに関しては束が診たのだが、『無茶な動きをした事で筋肉がダメージ受けてるから、暫くは全身筋肉痛になるだろうけど、骨や神経は奇跡的にダメージ受けてなかったから、筋肉痛が治れば直ぐに動けるよ』との事だった。
そして全てが終わった後で、箒は旅館から出て夜の砂浜を歩いていた。
奇しくも今夜は満月で、月の光が砂浜を金色に照らし、海面に映った満月がなんとも幻想的だった――特に何か目的があった訳ではないが、無性に歩きたくなったのである。
「満月に照らされた黄金色の砂浜を歩く黒髪の美少女……月からやって来た天女様かな?」
「……馬鹿も休み休み言え秋五。私が天女と言うガラか?月からやって来た天女の護衛剣士の方がまだあっていると言うモノだろう――私は、天女の様な聖なる存在ではないしな。」
「そんな事もないと思うけどね。」
其処に秋五がやって来て、二人はビーチにある岩に腰掛ける。
「箒、Happy Birthday.」
此処で秋五は箒に『Happy Birthday』と言うと、ポケットから綺麗にラッピングされた小箱を箒に渡した――本日は七月七日で箒の誕生日なのだが、そのバースデープレゼントを満月の幻想的な浜辺で渡すとは、秋五も中々の演出家であると言えるだろう。
予想外の事に驚いた箒だったが、再起動してプレゼントを受け取ると『開けても良いか?』と聞いた上で小箱のラッピングを解いて中身を確認する……そうして小箱から現れたのはリボンと簪だった。
「此れは……」
「六年前にプレゼントしたリボンを今でも使ってくれてるのは嬉しいけど、大分傷んでるみたいだから新しいリボンをね――其れと、箒は今じゃ珍しい黒髪だから簪は似合うんじゃないかと思ってさ。
夏月のアドバイスもあったんだけどね。気に入って貰えたかな?」
「あぁ、最高の誕生日プレゼントだよ秋五……自分の誕生日によもやあんな事が起きるとは夢にも思っていなかったが最後の最後でこんな最高のサプライズが待って居たとはな……此の誕生日は一生忘れられないモノになったよ。
ありがとう秋五、とても嬉しいぞ。」
「なら良かった。」
そして秋五と箒は暫し見つめ合い、其のまま唇を重ねた。
二人以外には誰も居ない月夜の浜辺で、恋人達は二人だけの秘密のバースデイパーティを行い、その様子は満月だけが優しく見守っているのだった。
――――――
ナターシャを診終えた束は『二次移行したんで一応チェックしといてください』と夏月から渡された騎龍・羅雪のデータその他をチェックしている中で、羅雪のコア人格となった千冬とのコンタクトを果たし、千冬から白騎士事件の時に何があったのか、その真相を聞かされていた。
「まさか白騎士のコア人格がね……何と言うか、手塩にかけて育てて来た愛娘がグレてレディースの総長になっちゃった親の気持ちが分かったかも知れないよ束さんは――つまり、白騎士事件の際に白騎士のコアに流れてきた謎のデータはちーちゃんだった訳だ。
此れは流石に束さんでも予想外だったけど……ちーちゃんはこれから如何するの?ちーちゃんが望むなら、身体を用意する事位は簡単に出来るけど?」
『いや、其れには及ばん。と言うか、生身の体を作る事も出来るのかお前は……まぁ、今更お前が何をしようとも驚かんがな。』
「ハッハッハ、束さんに出来ない事は殆どないのだよ!」
『だろうな。
話を戻すが、今更生身の肉体を得ようとは思っていないし、ISコアの世界と言うのは中々に快適でな?腹が減る事もなければ疲れる事もないだけでなく、私の意思で簡単に模様替えが出来る上に、望めば食事をする事も出来る――腹が減らずとも食欲はあるのでな、其れを簡単に満たす事が出来るのは素晴らしいぞ?
其れこそ現実世界では超高級食材も、此処ならばある意味で食い放題が出来るからな……私は羅雪のコア人格として生きて行くさ。』
「若しかして、コア人格の世界満喫してる?」
『思い切り満喫しているよ。』
束としては白騎士がまさかの行動をしていた事に驚いていたが、『其れなら其れで、ぐれた娘を更生させるのは親の役目だよね』と言わんばかりの決意を瞳に宿し、そして奇妙な形で再会した親友との雑談を暫しの間楽しんだのだった。
其の後、束の提案で羅雪には『コア人格が己の意思で半実体化出来る』機構が実装され、千冬はコア人格の世界以外でも夏月と遣り取りが出来るようになったのだ――そうするまでに十分も掛かっていないのだから、矢張り束の頭脳と技術力はハンパなモノではないと言うべきだろう。
こうして波乱の臨海学校二日目は幕を閉じ――
「夏月、一緒に入っても良い?」
「乱!?って言うか、もう既に入って来てるだろ!」
る前に、露天風呂を満喫していた夏月の元に乱が現れ、まさかの混浴状態となった。
勿論乱が抜け駆けした訳ではなく、臨海学校に参加している嫁ズが公平なクジを行った結果、乱がその権利をゲットした訳であるが。
だからと言って特に何があった訳ではなく、乱が夏月の背中を流し、夏月が乱の髪を洗った後は仲良く温泉でまったり過ごしたのだった――その際に、乱が夏月の腕に抱き付いていたのはある意味で当然と言えるだろう。
「俺が成人してたら、月見酒の露天風呂って贅沢が出来た事を考えると、未成年の自分が若干恨まれる!」
「そう言うと思ったからノンアルのカクテル持って来てるのよね。ライチとピーチ、どっちが良い?」
「そりゃライチ一択で。寧ろライチしか勝たん。」
更に乱が持って来たノンアルコールの缶カクテルで乾杯をして、月夜の露天風呂を楽しみ、そしてどちらかと言う事もなく自然に唇を重ねていた……だけでなく、一気に気分が盛り上がった事で其のまま身体を重ねるに至ったのだった。
露天風呂でナニしてんだと思うだろうが、其処は乱が入る前に『現在混浴使用中』の札を下げて来たので第三者が入って来る事は無かったので安全(?)だった訳なのだが、何にしても最後の最後で乱が夏月の女となって臨海学校の二日目は真に幕を下ろしたのだった。
余談ではあるが、夏月を始末し損ねた千冬(偽)は大層悔しがっていたが、事件後に女性権利団体との遣り取りの音声データが束によってIS学園に暴露され、その結果を重く見た学園長の轡木十蔵によりIS学園に於ける担任教師の資格を剝奪され、臨海学校後は真耶が一年一組の担任になる事が確定し、千冬(偽)はIS学園での全ての権力を失ったのだった――だが、この結果は因果応報以外の何物でもない。
『ブリュンヒルデ』の名を振りかざして好き勝手やって来たツケが今になって纏めて回って来た、只それだけの事なのだから。
まして今回千冬(偽)が行った事は『嘱託殺人』と言う重大な犯罪であり、その対象者となったのは『世界に二人しか居ない男性IS操縦者の内の一人』だった事を考えれば、此の程度の罰では寧ろ全然足りず、其れこそ本来ならば警察に突き出されて裁判に掛けられてもオカシクないのである――そうならなかったのは、偏に千冬(偽)が逮捕されたとなれば、其れを知った女性権利団体がどんな暴挙に出るか分からないと言う理由もある訳なのだが。
因みに、音声データをIS学園にしか暴露しなかったのは、世界中に暴露して一発で失墜させるよりも、ジワジワと追い詰めた上で完全にトドメを刺すと選択を束がしたからだろう。
其れは其れとして、臨海学校は遂に最終日となるのであった――最終日は恐らく何も起きずに無事に終わる事だろう。
To Be Continued 
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