オペレーション・ゴスペルダウンは女性権利団体が割り込んで来た事で事実上の失敗に終わり、そしてそれだけではなく夏月が女性権利団体のISによって撃墜されて重傷を負い、意識不明になると言う最悪極まりない状況なっていた。
不幸中の幸いとも言うべきか、花月荘に戻る前に最低限の応急処置が施されていた事と、花月荘に到着後すぐに束による適切な治療が行われた事で夏月の命に別状はなかった。……医師免許は無くとも束の医療知識は一般の医者よりも遥かに高い『リアル・ブラックジャック』なのだ。
普通ならばISの攻撃を受けて撃墜され、更に機体が解除された状態で上空から海に叩き落とされたら最悪即死、良くて全身骨折と言ったところだろうが、こうして一命を取り留める事が出来たのは、夏月が『織斑計画』によって誕生した存在で、普通の人間よりも肉体強度が高かったからなのは間違いないだろう。
治療が終わった夏月は其のまま医務室として使われた教師室で寝かされ、護衛として教員部隊所属の教師数人が配置されていた。


「さてと、其れじゃあ事情聴取を始めましょうか?」

「うむ、其れについては私も同意見なのだが、マヤ教諭……其の手に持っているモノは一体何か聞いても良いだろうか?」

「束博士が魔改造したエアガンですよローランディフィルネィさん……束博士曰く、人体を貫通する威力がありながらも特製のBB弾には治療用ナノマシンが搭載されているので即座に治療されて死にはしないとの事でした。
 絶対に死なないのに究極レベルの苦痛を与える……口を割らない相手の口を割らせるには持って来いですね。」

「そんなモノ用意しなくても良かったのに……私も『更識』だから、口を割らせる為の拷問術は一通り学んでるから。
 序に今回の一件、お姉ちゃんに報告したら、『私は生徒会長として学園を離れる事は出来ないから、連中の事は簪ちゃんに任せるわ……いえ、更識楯無として命じるわ、手加減しないでやりなさい。』って言われたから。」


一方で指令室として使用されていた真耶の部屋には撃墜された女性権利団体のISパイロットが簪の青雷の電磁鞭『蛟』で拘束された状態のままで目を覚まし、自分達を取り囲んでいるIS学園の面々に冷や汗を掻く事になっていた。
全員が自分達に怒りを向けているのは直ぐに分かったが、そんな中でも夏月の嫁ズであるロラン、簪、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニール、そして真耶からは『怒気』だけでなく『殺気』も籠っており、今更ながらに夏月を襲撃した事を後悔していたのだ。

自分達が盲信して神格化している千冬に唆されて夏月を襲撃したのだが、『神聖なISを起動した下賤な男を排除する良い機会が訪れた』と短絡し、夏月の嫁ズの事は完全に頭から抜けていた――そして夏月の嫁ズの実力は一番実力では下であるファニールですらも並のIS操縦者を凌駕していると言う事を。
そして、彼のクラスの副担任を務めている真耶は、日本の『国家代表選考委員会』が実力と結果だけで国家代表を選出していたら、間違いなく日本の国家代表になっていたISパイロットであり、生徒の事を誰よりも大切にしている教師だったのだ……自分の婚約者と生徒を傷付けられた彼女達が怒りだけでなく殺意を覚えても致し方ないと言えるだろう。


「それで、貴女達は一体誰からゴスペルの一件を聞いたんですか?」

「……………」

「黙秘ですか……ですがそれは愚の骨頂ですね。エアガンの前に先ずはお願いします、更識さん。」

「ピカチュウ!」


真耶の質問に対して黙秘する女性権利団体のメンバーだったが、その瞬間に簪が蛟に電気を流して強烈な電撃を喰らわせる――其れは正に『10万ボルト』級の威力であり、其れを喰らったメンバーはアニメのように火花放電を散らしながら骨状態とシルエットの点滅となる。
ボルト数は極悪だが、アンペア数は低いので感電死する事は無い電撃は拷問としては効果充分だろう――今回の一件は学園に居る楯無にも伝えられ、『夏月が女性権利団体のメンバーに撃墜されて意識不明になった』と聞いた楯無はその瞬間にブチ切れ、『更識楯無』として簪に『手加減せずにやれ』ととっても良い笑顔で命じていた事で簪も一切の容赦はないのだ……此処で学園から現場まで飛んで来なかったのは、楯無が夏月の婚約者である事よりも、学園の生徒会長であり『楯無』である事を優先したからだ。
本当ならばグリフィンと共に夏月の元に向かいたかっただろうが、その気持ちを抑えて楯無は学園で己のすべき事を成すと言う選択をしたのだ……グリフィンには『極秘情報』として今回の事は伝えていたのでグリフィンも生徒会室に飛んで来て、簪に『手加減なしでやっちゃって!』と言っていたが。


「此れは此れは、中々にキッツイ拷問だねぇ?
 あのクズが女権団を唆したってのは既に分かってる事だけど、この情報を巨乳ティーチャーに渡すのはや~めた。
 此れを渡したら、かっ君を殺そうとしたクソ以下のお前達の事を救う事になっちゃうからね……DQNヒルデに盲信して、ISをこの世に生み出したのが誰だったかってのを忘れた自分の低脳を恨むと良いよ。
 精々自分達が盲信したDQNヒルデの為に口を閉ざし続けてかんちゃんと巨乳ティーチャーによる拷問を心行くまで堪能すれば良いさ。」


そして束は女性権利団体の蛮行にして愚行が千冬に唆されたからだと言う事は既に調べ上げていたが、それを此処で明らかにする心算は無かった――其れは然るべきタイミングで明らかにするが、今は夏月を殺そうとしたロクデナシ共に苦痛を味わわせるべきだと、そう考えたのだ。
冷酷に言い放った束の目には、夏月達に向ける『愉快で素敵な正義のマッドサイエンティスト』のモノではなく『冷酷無情の革新者』の仄暗く冷たい炎が燃えていたのだった――其れは、女性権利団体が敵に回したら最強最悪でしかない存在から『敵』として認識された事を意味していた。










夏の月が進む世界  Episode41
『Die schockierende Wahrheit, die Entwicklung von Kiryuu』










事情聴取――と言う名の拷問が三十分に渡って行われたが女性権利団体のメンバーは口を割らず、最終的には簪のリミッター解除の『ボルテッカー』と真耶の改造エアガン曲撃ちを喰らって全員が意識を飛ばしていまい、其れ以上の事情聴取は不可能となった……冷水をぶっ掛けて目を覚ましても良かったのだが、ゴスペルが健在である事を考えると、女権団のメンバーの尋問に割いている時間はないと判断し、再度ゴスペルを止めるべく指令室では作戦会議が始まっていた。


「基本的な作戦は先程と同じですが、一夜君が出れないとなると、その穴を埋める存在が必要になりますね?……此のメンバーの中でゴスペルに喰らい付けるスピードとなると……」

「山田先生、私に行かせてくれませんか?」

「篠ノ之さん?」


基本的な作戦は先程と同じではあるのだが、夏月の代役が必要になっていた。
だが夏月の代役が出来るメンバーとなると可成り難しいだろう――秋五ならば夏月の代理が務まったかも知れないが、秋五は本作戦の切り札なので最後の最後まで温存しておくべきであり、ゴスペルとの戦闘は任せられない。
だが、此処で夏月の代理に名を挙げたのは箒だった。


「姉さん、紅椿のスピードならばゴスペルに喰らい付く事は出来ますよね?」


何故か箒はこの場にいない筈の束に向けて質問をしたのだが、その直後、部屋の畳が一枚吹っ飛ばさた……束が床下から昇龍拳で畳をぶち抜いて登場すると言うぶっ飛んだ登場をして見せたのだ。
正確には、此処は二階の部屋なので一階の屋根裏から登場したと言うべきなのかも知れないが。


「其れは勿論!紅椿は束さんが直々に開発した第四世代機だから、軍用の第三世代機でも全ての能力で上回ってるからね……だけど箒ちゃん、かっ君の代役ってのは簡単じゃない。
 一歩間違えば死ぬかもしれない……其れでも君はやるのかい?」

「確かに私の今の実力では一夜の代役を完璧に熟すのは難しい……と言うか不可能でしょう。
 ですが、其れはあくまでも私一人ではの話に過ぎません……今の私には姉さんが私の為に作ってくれた紅椿があり、そして頼れる仲間達が居ます――私の実力は足りずとも、此れだけの戦力があれば一夜の真似事くらいは出来る筈です。」

「箒ちゃん……良く言ったーーー!!」


いずれにせよぶっ飛んだ登場をして見せた束だが、その登場の仕方とは裏腹に真面目な顔で箒に覚悟を問うたのだが、箒は今の自分の実力を理解しつつも紅椿と仲間達の力があれば夏月の真似事くらいは出来ると言い切り、其れを聞いた束は感涙ブチかまして箒に抱き付いていた――箒は専用機を手にした事で慢心せずに、専用機を持つに恥じない実力を身に付けようと考えながら、此の状況を打破出来る最適解を選んだのだから当然と言えるだろう。


「巨乳ティーチャー、ゴスペルは今何処に居るのかな?」

「先の空域を離脱後、東京に向かいましたが、東京に到達する前に茨城で百里基地からのスクランブルを受けて再び此方に向かってきています……こちらに来るのは十分後と言ったところですね。」

「十分か……なら、其の間に騎龍以外の武装とスペック強化するよ!」


ゴスペルとの再戦に向け、束は騎龍シリーズ以外の機体の調整も行い、ドゥルガー・シンは拡散弓『クラスター・ボウ』のエネルギー矢の最大射出量を二倍にし、白式の燃費を改善し、ブルーティアーズのBT兵装のインターフェースを改良して本体及びライフルとの同時操作を可能にし、シュバルツェア・レーゲンは『AIC』の効果対象を一体から複数に変更され、ラファール・リヴァイブカスタムⅡはラピッドスイッチの僅かなタイムラグがゼロとなっていた。
各国が目玉を飛び出しそうな魔改造なのだが、其れも『束が手を加えた』と言う事で大抵の事はまかり通ってしまう辺り、『篠ノ之束』が世界に与える影響は、英国女王の発言以上なのは間違いないだろう。

そして其れから数分後、一行は改めて『シルバリオ・ゴスペル』を無力化するために花月荘から出撃したのだった。








――――――








同じ頃、『真冬の海岸』とも言うべき世界にて、夏月は目の前に現れた『織斑千冬』と対峙していた。
千冬は夏月にとっては絶対に許す事の出来ない存在であり、何れ此の手でトドメを刺してやろうと考えて居た存在だったのだが、目の前に現れた『千冬』に対しては不思議とそう言う思いは湧き上がってこなかった――其れでも千冬を見る目には絶対零度の冷たい炎が宿っていたが。


「矢張り私を其の目で見るか……分かってはいた事だが、実際に体験すると中々に辛いモノがあるな。……奴め、倫理観とかを無視してやり過ぎたと言うべきか?」

「何言ってんだアンタ?」

「いや、お前達が『織斑千冬』だと認識している奴が余りにも酷過ぎてな……或は、あれ程の強烈な人格でなくては私と言う人格に蓋は出来ないと言う事だったのかも知れないが。」


困った感じでそう呟く千冬に夏月は意味が分からず頭の上に大量の『?』を浮かべる事になった――今の千冬の言葉を信じるのであれば、何時も見ている『織斑千冬』は本当の『織斑千冬』ではないと取る事が出来るからだ。


「……アンタ、一体何者なんだ?」

「ふむ、その質問に対する答えは実にシンプルだ……私こそが本物の織斑千冬だ。」

「なん、だと?……其れが本当だとしたら、俺達が何時も見てる『アレ』は一体何者だってんだ!?」

「其れは此れから説明するが……お前は『織斑計画』に関して何処まで知っている?」

「ほぼ全て。総一郎さんから聞いた。
 俺と秋五、そしてアンタは『織斑計画』によって誕生した存在だが、計画其の物は束さんの存在が明らかになった事で凍結、完成した俺達は記憶を操作されて『織斑家』となった、此れで合ってるよな?」

「あぁ、其れで大体合っている……私の記憶と人格に関する事以外はな。」


目の前の千冬が『本物の織斑千冬』と言う事に驚かされた夏月だったが、『織斑計画』に関してどこまで知っているかを話した後に千冬が語った己に関する事に、更に驚かされる事となった。
一夏と秋五の記憶操作は成功したのだが、此れは二人が『量産型の兵士』として作られた事が大きく関係していた――戦場で感じた恐怖、トラウマと言ったマイナスの記憶を即抹消出来るように、一夏と秋五は記憶操作が容易になっていたのである。
記憶操作後には新たなプロテクトが設定されて簡単に記憶の書き換えは出来なくなっていたのだが。
しかし、『先ずは成功例を作る』事を最優先にして採算度外視で造られたプロトタイプの千冬は、ありとあらゆるものに対する耐性が強く作られ、記憶操作もレジストしてしまうようになっていたのだ。
何度記憶操作をしようとしても失敗し、別の人格で上書きしようとしても弾き返され、千冬から『織斑計画』に関する記憶を取り除く事は出来なかったのだ。
其処で織斑計画に携わったメンバーは苦肉の策として『兎に角、どんな形でもいいから今の人格が表に出ないように蓋をする』と言う方法を取るに至り、幾度のトライアンドエラーの末に完成したのが夏月達が良く知る『織斑千冬』の人格だったのである。
だが完全に蓋をする事は出来ず、その人格には本物の千冬が知っていた織斑計画の記憶が中途半端に――主に一夏と秋五の成長に関する知識が受け継がれた事で差別待遇が生まれたと言うのだ……『だとしても、一夏への対応は完全に間違っていたと言えるがな』と千冬はこぼしていたが。


「アンタが本物の織斑千冬で、アイツが偽物だってのは分かったけど、だとしたら何だってアンタは此処に居る?此処は黒雷のコア人格の世界なんだろ?」

「其れは、今の私は黒雷のコア人格だからだ。」

「はぁ!?如何言うこった其れは!?」


続けて衝撃の事実として、本物の千冬は現在は黒雷のコア人格となっている事が明らかになった。
何故そうなったのかは六年前の『白騎士事件』まで遡る。
日本に対して発射された数千発のミサイルを迎撃すべく、束は非常に不本意ながら千冬(偽)に白騎士に搭乗してミサイルの迎撃を依頼したのだが、その際に蓋をされていた本来の千冬の人格は何かに引っ張られる感覚を覚えた次の瞬間、見覚えのない場所にいたのだと言う。
其処がISのコア人格の世界であると分かったのは白騎士事件が終わった後だったが、コア人格の世界だと気付くと同時に其処に存在すべき存在が居ない事に、白騎士のコア人格が居ない事に気付いた――そして同時に悟った。
自分を引っ張ったのは白騎士のコア人格であり、自分は白騎士のコア人格と入れ替わったのだと。


「ちょっと待て、其れってつまり今のアイツの中には白騎士のコア人格があるって事か?」

「正確には、今のアイツの人格は私に蓋をしていた人格と白騎士のコア人格が融合したモノだと言うべきか……白騎士のコア人格は、恐らく私の肉体を乗っ取ろうとしたのだろう。
 束によって誕生した己の存在を認めさせるために私の肉体を乗っ取り、そして機体を完璧に操作してその有用性を証明する心算だったのかもしれんが、私をコア内部に閉じ込めはしたモノの、私に蓋をしていた人格は排除出来ず、最終的には二つの人格が融合した――その結果として、蓋の人格は更に倫理観やら何やらがぶっ飛んでしまった訳だがな。」

「……思い返してみると、白騎士事件の後でアイツの俺に対する対応が更に悪くなった気がするな。成程、其れは如何言う理由があった訳だ……だからと言って俺にとってのアイツの何が変わる訳じゃないけどよ。」

「だろうな。」


白騎士のコア人格となった千冬は、束が夏月達の専用機である『騎龍シリーズ』のISコアを制作した際に、制作されたコアの一つに移動し、そして黒雷にコアが搭載される際に、白騎士のコア人格であった事を利用して、己の人格が宿ったコア以外は黒雷に適応しないようにして黒雷のコアとなったのだった。


「そんな事が……束さんが知ったら目ん玉飛び出すかも。」

「アイツが此の程度で驚くとも思えんがな。
 其れは其れとして、お前が虐げられていた現実を目の当たりにしながら何も出来なかった不甲斐ない私を許してくれとは言わん……せめてもの贖罪として、お前の気が済むまで『私』を使い倒してくれても一向に構わん。
 だが、奴だけは必ず殺せ……白騎士のコア人格と融合したアイツは、此のまま生きていれば必ず世界に悪影響を及ぼす存在になる……奴は、『織斑計画』によって生み出された厄災だからな。」

「安心しろ、言われんでもアイツは何時か必ず俺が直々にぶっ殺すって決めてたからな……だが、アンタの話を聞いてよりその決意が強くなったぜ。
 だけど良いのかよ?アイツを殺すって事はアンタの身体が無くなっちまうって事なんだけどさ?」

「構わん。
 私が元の身体に戻る為には私が居るコアを搭載したISに奴が乗り、其の上で奴から身体の支配権を取り返さねばならんのだが、奴の人格は私と言う人格に蓋をする為に生み出されているだけでなく白騎士のコア人格と融合しているのだ……私では身体の支配権を取り戻す事は最早不可能だからな。
 序に言うと、奴が色々やらかしてくれたお陰で『織斑千冬』の評判はゼロを通り越してマイナスになっているからな……身体に戻って針の筵で生活するのも御免被る――一度マイナスになってしまった評判をプラスに戻すのも大変であるしな。」

「言われてみりゃそれもそうか。」


千冬は千冬(偽)を殺せとまで言って来たが、其れに対して夏月は異を唱えはしなかった。
昔の恨みを晴らすと言う訳ではないが、夏月は千冬の事は何れ必ず抹殺すると心に誓っていたのだから――『努力を続けていれば何時か認めて貰える』と思っていた一夏にとって第二回モンド・グロッソでの一件は明確な裏切りであり、同時に千冬に対して憎悪を募らせるには充分だった。
一夏が誘拐された事を千冬は知らなかった等と言うのは言い訳にもならないのだから。


「時に夏月、お前は随分と魅力的な女性を婚約者にしているみたいだな?
 私が私の身体に居たのであれば将来的に是非とも酒を酌み交わしたい相手だ……そして、お前は彼女達に愛されているんだな夏月……本来ならば姉として祝福してやりたいが、其れも出来ないとは歯痒いな……」

「……その思いだけで充分だよ。
 アンタが姉だったら、俺は『織斑一夏』のままでいられたのかも知れないな――だけどそうなった場合は、楯無さん達と出会う事もなかったかも知れないって事を考えると、あのクソッタレの人格はある意味で俺の人生のMVPかもだぜ。
 アイツが第二回モンド・グロッソの時に俺を助けに来なかった事で俺は『一夜夏月』になる事が出来て、ロランと、楯無さんと簪と出会う事が出来たんだからな。」

「そうか……今更遅いかも知れないが、私はお前達の事を愛していた。
 だが、姉としてお前達に接する事が出来なかったのが心残りだったのだが……皮肉にもお前が意識を失った事でこうして会う事が出来た……お前と会う事が出来て良かったよ夏月。
 さぁ、そろそろ目を覚ます時間だ――お前の仲間達はゴスペルを止める為に再度出撃したみたいだからな。」

「マジか?……だったら、俺が何時までも寝てる訳には行かねぇよな!」

「そうだな……だから黒雷の力を解放する。
 此の力があればゴスペルを止める事は造作もないだろうさ……行くぞ、夏月。」


千冬の話を聞いた夏月は『自分だけが寝てる事は出来ない』と言い、其れに応えるように千冬が黒雷の力を解放し、景色が『真冬の海岸』から、『真夏の海岸』へと変貌する。
同時に夏月は本能的に黒雷の力が増した事を感じ取っていた。
そして黒雷の力が増して行くのを感じると周囲の景色の輪郭がぼやけ始める……夏月の意識が浮上し始め、此の世界から現実に戻り始めているのだろう。


「あぁ、そうだ……一つだけ言い忘れていた事があったな?
 夏月、いや一夏よ……奴からあれ程の差別待遇を受け、周囲からも『出来損ない』と罵倒されながら、よく腐らずに努力を続けた。普通なら努力をするのが馬鹿みたいだと思ってしまうだろうが、途中で投げ出さずに今もまだ努力を怠らずに日々研鑽を続けているのは素晴らしい事だ。
 ……よく頑張った。偉いぞ、一夏。」


夏月の意識が浮上する直前、千冬はそう言って今まで見た事もなかった優しい笑顔を浮かべながら頭を撫でて来た。
今はもう夏月の方が背が高いので、千冬の方が夏月の頭の上まで腕を伸ばす格好だが、マッタク持って予想外だった千冬の行動に夏月は驚き、そして自然と涙が溢れていた――其れは『織斑一夏』がずっと望んでいたモノだったから。
一夏が努力を続けて来たのは、『いつかきっと姉が認めてくれる』と思っていた部分も確かにあり、一夏はその努力を認め、褒めて欲しかったのだ――其れが、千冬(偽)の策略の果てに得られたと言うのはなんとも皮肉な事だろう。


「はは、遅いよ……遅いけど、ありがとう。」

「弟の努力を認めない姉など言語道断だ……あぁ、其れから、秋五には私の事はまだ黙っていてくれ――後で、束とも色々話をしなくてはならないし、何故白式ではなく黒雷のコアに居るのか、秋五が納得する理由を考えねばならんのでな。」

「ん、了解だ。」


そして景色の輪郭は溶けてなくなり、次に夏月の目に飛び込んで来たのは花月荘の天井だった。
自分と秋五が使っていた真耶用の教員室とは異なる部屋だが、天井の造りは全く同じだったので、此処が花月荘だと言う事は直ぐに分かった――同時に先の福音戦にて、乱入して来た女性権利団体に不覚を取って撃墜された事も思い出していた。


「知ってる天井だ……ってのは面白くもないか。
 女権団の連中め、何処で今回の事を知ったんだか……つか、俺だけ狙って秋五は狙わないとか、ブリュンヒルデの弟様はISを動かしても問題ねぇってか?
 俺も実は『織斑千冬の弟』だって事を知ったらアイツ等は一体どんな面をするのやら――いや、アイツ等にとっては『織斑一夏』は出来損ないに過ぎないだろうから何も変わらねぇか……ま、少なくとも俺と秋五が落とした連中は連行されて山田先生辺りに尋問されてんだろうけど。
 さてと、身体は動くな?我ながら頑丈な身体です事……そんじゃまぁ、行きますかね!」


布団から飛び起きた夏月は部屋の扉をブチ開けて廊下に出る。
警護に当たっていた教師達は意識がなかった夏月が突然部屋から出て来た事に驚いていたが、夏月は構わずに真耶の部屋に向かって行く――警護に当たっていた教師達は口々に『まだ動いてはダメだ』、『先ずは精密検査を』と言っていたが、夏月はその全てを無視して足を進める。


「たのもー!山田先生!ゴスペルの方はどうなってますかぁ!!」

「一夜君!?」

「うおぉう、意識が戻ったのかいかっ君!?」


そして勢いよく扉を開けると、中に居た真耶にゴスペルが今どうなっているかを訊ねる――そんな夏月に、真耶と同じく部屋に居た束も驚く。
当然だろう……撃墜されて重傷を負い、意識がなかった夏月が突然目を覚まして、とても重傷を負った人間とは思えない元気さで目の前に現れたのだから――『織斑計画』の事を知っている束であっても驚くのは致し方ないだろう。


「い、一夜君、もう動いて大丈夫なんですか!?って言うか目を覚ましたんですか!?」

「目を覚ましたからこうして此処に居るんすよ山田先生……そんでもって、身体はすこぶる調子が良いです!重傷なにそれ美味しいの?って感じっすね……こう言っちゃなんですけど、呆れた頑丈さっすよね俺って。
 頭潰されるか心臓ぶち抜かれない限りは死なないんじゃないですかね俺は?」

「かっ君、ごめん若干否定出来ない。」

「まぁ、束さんなら頭潰されて心臓ぶち抜かれても再生しそうな気がするけどな……つか、束さんの場合既に全身を液体金属性のGANDに作り変えてても俺は全然驚かない!」

「オイ~~、束さんは此れでも生身の人間だぞ~~~!?」

「いや、最早束さんは『人間に良く似た人間じゃない何か』だから。
 正直な話、俺は束さんが『スーパーコーディネーター』とか『イノベイター』だって言われても素直に信じちゃうからな。……良かったな束さん、どっちに転んでも主人公になれるぞ。」

「キラ君やせっちゃんはアニメキャラとしてはカッコいいし好きだけど、自分が同じ存在になろうとは思わないって!」

「よっしゃ、其れじゃあ人間に擬態する事も出来るELSで如何だぁ!!」

「遂に有機生命体ですらなくなってんじゃんそれぇ!流石の束さんでも終いにゃ泣くぞ!!」

「泣け!叫べ!そして、朽ち果てろぉぉ!!」

「まさかの八神庵ぃぃぃ!!」

「……私は一体何を見せられているのでしょうか?でもこの調子なら、一夜君は全快と見て良いでしょうね。」


夏月と束の漫才寸劇が行われるも、其れを見て夏月は全快だと判断した真耶はよく生徒のことを見ていると言えるだろう――軽口を叩き、そして少し偽悪的な笑みを浮かべるのが夏月であり、其れが出来るのであれば大丈夫だと、そう判断したのだ。
更に見たところ夏月の身体に異常は無そうで、念のために束に調べて貰ったところ、『傷は完全に塞がってるし、骨や内臓にも一切の異常なし』との事だったので真耶は現在の状況を夏月に伝える事にした。
本来ならば病み上がりの夏月を出撃させるべきではないのだが、自分が動く事が出来るのに出撃出来ないとなれば其方の方が夏月には逆に良くないだろうと考えたのである。とは言え、まだ出撃許可は出さないが。

現在は夏月を除いたメンバーが福音との交戦状態に入っており、その戦局は箒が仲間のサポート受けながら踏ん張って夏月の代理を務めている事で、完全有利ではなくとも状況は悪くなかった。
此のままなら、状況が整えば秋五が零落白夜を叩き込めばミッションコンプリートと言ったところだろう。


「成程、状況は悪くないか……だけど、戦場では何が起きるか分からないんで、早速だけど俺も出撃して良いんですよね山田先生?――何よりも、進化した俺の相棒が暴れたいみたいなんで、俺もコイツの性能を確かめたいんでね。」

「ちょっと待ってかっ君其れって……まさか!!」

「あぁ、黒雷は二次移行したんだよ束さん――福音の一件が済んだらメンテナンス頼むぜ?黒雷改め羅雪も、束さんと話す事があるって言ってたからな。」

「かっ君の機体が?若しかしてかっ君、コア人格にアクセスしたのかい!?……むぅ、ホントにかっ君は束さんの予想を良い意味で超えてくれるモンだよ!」

「其れが俺だろ束さん?……んで、俺の出撃認めてくれますか山田先生?」

「本来ならば認められませんが、束博士のお墨付きで身体は問題ないと言われたのならば話は別です……一夜君、出撃を許可します。
 今度こそ福音を無力化して、そして先に出撃した皆と福音のパイロットと一緒に必ず無事に戻って来てください。先生との約束です!!」

「了解!一夜夏月、騎龍・羅雪、行きます!!」


真耶から出撃許可を貰った夏月は二次移行した専用機『騎龍・羅雪』を展開して仲間達が福音と交戦している場所へと一直線へと向かって行った――字面は異なるが『悪鬼』を表す『羅刹』と同じ名を冠する事になったのは、『世の中は善だけでは救えない』とコア人格と化した千冬が考えたからなのかも知れない。
ともあれ、夏月は進化した相棒と、再会した本当の姉と共に戦場に向かうのだった。








――――――








夏月が目を覚ます少し前、真耶が指定した空域では専用機持ちとゴスペルの激しい戦闘が行われていた。
箒が夏月が居ない事で生じた穴を埋めようと尽力し、近接戦闘ではヴィシュヌがサポートに回り、簪とセシリアは後方支援を務め、ロランとラウラはゴスペルに隙が生じた際に的確な一撃を叩き込み、シャルロットは驚異の武装高速切り替えでゴスペルに反撃の隙を与えなかった。
鈴と乱はハイパーセンサーでも感知出来ない『龍砲』の連射を行いながら、その時々にプラズマキャノンを織り交ぜる事でゴスペルの機動力を潰す――不可視だが威力の低いの空気弾と、見えるが当たったら大ダメージのプラズマキャノンの両方があるからこそ、ゴスペルはマッハ移動が出来ないのだ。マッハ移動した先にプラズマキャノンが放たれる可能性があるのだから。
更に束によって対象が複数に強化されたAICが予想外の効果を発揮してくれた。
ラウラはAICの停止結界をゴスペルではなく味方が放った銃撃、砲撃に対して使う事でゴスペルの回避タイミングをずらし、更にミサイルや弾丸を空間に固定し、其処に仲間達がゴスペルを誘導して『貴様がドレだけ動けようと関係ない処刑方法を思い付いた!』と言った状況に追い込んだりしていたのだ。
勿論、ゴスペルは其れに的確に対処しており、ノーダメージとは行かないモノの決定打を許さなかったのだが、簪が放った『山嵐』のミサイル弾幕をセシリアがBT兵装で攻撃して誘爆させ、辺りに煙が立ち込めた事で状況は一変する。
ISにはハイパーセンサーが搭載されており、其れを使えば煙の中でも相手の事を補足する事が出来るのだが、暴走した福音はパイロットが意識を失っている事もあって箒達の事を正確に把握する事が出来なくなっていたのだ。
そして其れは箒達にとっては好機であり――


「貰ったぁ!!」

「此れで決めます!!」


爆炎の中から箒が二刀を逆手に持った状態で現れて、篠ノ之流剣術の二刀流奥義である『炎舞・紅蓮』を繰り出し、ヴィシュヌは母から直伝された飛び膝蹴りからの二連続のアッパーカットに繋ぐ『タイガー・ジェノサイド』を叩き込んで福音を海に落とす。
其れは誰の目にも『決定的な一打』であり、箒達も勝ちを確信したのだが、その直後に海から巨大な水柱が発生し、水柱が消えると、其処には落とした筈だった『福音』が存在していた――其れも、僅かながら姿を変えて。
全身を覆っていた装甲はより洗練されてシャープなデザインとなったが、逆に背部ユニットは大きくなり、広域攻撃能力が強化された事が窺えた――ゴスペルはパイロットを守るために自己進化したのだ。


『La……』

「シルバーベル!?……此れは拙い……皆、逃げてぇ!!」


そして進化したゴスペルはパイロットの脅威を排除すべく、広域殲滅攻撃である『シルバーベル』をリミッターを解除して使用し、そしてが放たれた直後、専用機持ち達の視界は真っ白に塗り潰され、閃光が治まった次の瞬間には全員が砂浜に叩き落とされていた。
機体は解除されてないがシールドエネルギーは全員がレッドゾーンとなっており、次にシルバーベルを喰らったら其処でゲームセットだろう……秋五が動ける状態なので零落白夜の一発逆転が狙えなくはないが、其れは難しいと言わざるを得ないだろう。

ゴスペルは、二度目のシルバーベルの発射体勢に入り、其の場に居た全員が『死』を覚悟したのだが――


「ゲームセットにはまだ早いぜゴスペルさんよぉ!
 つーか、ゲームセットを宣言するなら俺を倒してからにしろよ――暫定的とは言え、『IS学園一年最強』である俺を倒さないでゲームセット宣言ってのは流石に如何なモノかと思うぜオイ?
 さっきは女権団の横槍で不覚を取ったが、今度はそうは行かねぇ……改めて、今度は横槍無しでやろうぜゴスペル!今度こそお前を無力化して、パイロットも救い出して見せるぜ!!」

「此の土壇場で現れるとは、中々に美味しい登場の仕方をするな君も……嗚呼、だが其れが素晴らしい。それでこそ、私達の騎士だ……君が目を覚ますのを待っていたよ!!」

「夏月、意識が戻ったんだ……!心配させ過ぎだよ……!」

「そして、遅刻ですよ……」

「この、寝坊助!もう目を覚まさないかと思ったじゃないのよ!!」

「つか、意識失って重傷だったのに、意識を取り戻したら即出撃とか、アンタの頑丈さに少し呆れたわ!」

「ヒーローは遅れて現れる!……って、俺はどっちかってーとダークヒーロー系だから違うか――まぁ、遅刻した分は此れからの働きで返すって事で勘弁してくれ!
 んでもって、改めて俺は嫁ズに愛されてるって実感してますわ!!」


其処に夏月が割って入り、シルバーベルを強制的に中断させる。
そして夏月は獰猛な笑みを浮かべると、嫁ズに後ろ向きのままサムズアップして見せると、其れを其のまま自分の首元まで持って行くとゴスペルに向かって首を掻っ切る動作をした後にサムズダウン!
そして次の瞬間には『朧』改め『心月』を展開して、ゴスペルに向かって行った――そして夏月が参戦した事によりゴスペルとの第二幕は、其のまま終幕に向かって行くのだった。










 To Be Continued