臨海学校二日目、生徒達は砂浜でISの訓練を行っていたのだが、其れは突如として中止になり、専用機持ちは真耶に言われて教師室の一つに集まり、専用機持ちでない一般生徒達は旅館内にて待機となっていた。
何が起きたのかは此れから専用機持ち達には伝えられるのだろうが、現状を見るだけでも異常事態、緊急事態が発生したのだと言う事は想像に難くなかった。
「そんで、何があったんですか山田先生?」
「先程、ハワイ沖で起動実験を行っていたアメリカとイスラエルが共同開発した新型IS、『シルバリオ・ゴスペル』が暴走し、日本に向かっていると連絡がありました。
そしてゴスペルは現在の進路を進んで来ると、丁度この海岸を通過するとの事で急遽IS学園が対処する事になり、アメリカとイスラエルからも正式に『ゴスペルを破壊して欲しい』との依頼があったんです。」
「其れで専用機を持ってる僕達が対処する訳ですか?……こう言うのはアレですけど、此の場合って普通は自衛隊のIS部隊が対処するモノなんじゃないですか?」
「普通はそうなんですが、実にタイミングが悪い事に、今日に限って自衛隊のISは全機点検&オーバーホールを行っていたらしくて出せる機体が一機もないらしいんですよ……戦闘機ではISに追い付く事すら難しいですから、学園が対処しないとならないんです。」
「其れはまた、何とも狙ったようなタイミングで暴走事故が起きたモノだねぇ?……と言うか何故日本に向かっているのやらだ――開発国であるアメリカかイスラエルに向かうのならば分かるのだけれど。
此れまで舞台女優として様々な劇に出演して来たけれど、まさか劇ではない現実でこのような劇的な状況に遭遇すると言うのは中々の貴重な体験と言うべきなのだろうか……そんな状況を愛する人と、そして最高の仲間達と迎えると言うのは、乙女座の私は運命を感じずには居られないね。」
「こんな状況でもそう言ってしまえるお前は大物ではないかと思うぞロラン……」
真耶が告げたのは『シルバリオ・ゴスペルが暴走した』と言う事と、『その対処をIS学園が行う事になった』と言う事であった。
本来ならば自衛隊のIS部隊が対処すべき案件であるのだが、今日に限って自衛隊のISは全機整備及びオーバーホールとなっており出撃可能な機体が一機も存在しない状況であったのだ――アラスカ条約によって自衛隊や軍が所持出来るISの上限が決まっているからこそこのような事が起きてしまう訳だが。
「新型機が暴走、ね。
何で暴走したのか、その辺はアメリカとイスラエルから説明ありましたか山田先生?」
「其れが、暴走の原因は分かってないみたいなんですよ。
ただ、ゴスペルは無人機との事でしたので、若しかしたら搭載したAIに深刻なバグが発生してしまったのではないかと考えているんですが……其れはあくまでも私の予想に過ぎませんし……」
「……ゴスペルが無人機なら、山田先生の今の予想は多分限りなく正解だと思う人全員挙手。」
「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」
暴走の原因は不明だが、自衛隊のIS部隊が出れない以上は専用機持ちである夏月達が対処しなければならないと言うも理解出来ない話ではないだろう――学園の教師部隊が量産機で対処するよりも、専用機持ちが専用機で対処した方がゴスペルと渡り合う事が出来るのだから。
加えてアメリカとイスラエルは『ゴスペルの破壊』を依頼して来たのだから楽と言えば楽だった――単純に破壊するだけならば騎龍シリーズが夫々のワンオフ・アビリティーを使えば其れで事足りるのだから。
「ん~~……眼鏡巨乳ティーチャーの予想は悪くないけど、ところがそう簡単には行かないんだな此れが!」
だが、此処で束が登場した……其れも普通にドアから入って来るのではなく、何故か天井裏から。
「だから、何でアンタは普通に登場出来ねぇんだよ?屋根裏からって忍者かアンタは!」
「え~~?だって束さんが普通に登場したら面白くないっしょ?やっぱり正義のマッドサイエンティストを自称してる身としては、登場するだけでも相手を驚かせるような事をしないといけないと思うんだよね♪」
「言わんとしてる事は分からなくもありませんが、意表を突いた登場は時と場合を選んでください姉さん……して、簡単には行かないとは如何言う事ですか?」
「んっとね~、ゴスペルが無人機だってのは真っ赤な嘘で、ゴスペルは有人機。パイロットはアメリカ軍のIS部隊に所属してるナターシャ・ファイリス。
そんでもってゴスペルが暴走したのは、アメリカとイスラエルがゴスペルにアラスカ条約の穴を突いた兵器を搭載したから……ゴスペルは拒絶してエラー表示を出して、パイロットも搭載を止めるように言ったんだけど、其れを無視して無理矢理搭載した事でゴスペルのコアがオーバーフローを起こして暴走。パイロットも意識不明になっちゃったって訳さ。」
だが、忍者よろしく登場した束が告げたゴスペルの暴走の真実と、ゴスペルが本当は有人機であると言うのは重要で重大な情報だった――もしもこの情報がなかったら、夏月達はゴスペルを無人機として破壊し、パイロットであるナターシャの命を奪っていたかも知れなかったのだから。
夏の月が進む世界 Episode40
『Stoppen Sie die Flucht des silbernen Evangeliums』
ゴスペルが有人機と言う事が判明した事でミッションの難易度は一気に跳ね上がった――『破壊すれば其れでミッションコンプリート』だったのが、『ゴスペルを制圧した上でパイロットも無事に保護する。破壊はNG』とクリア条件が変わってしまったのだから。
だが、任務の難易度が上がった事以上に、夏月達はアメリカとイスラエルがゴスペルを無人機だと伝え、ゴスペルの破壊を依頼して来た事に憤慨していた――自分達の失態を隠す為に、ゴスペルを破壊してパイロット諸共葬ろうとしたのだから、怒りを覚えるのは当然と言えよう。
「臭いモノには蓋じゃないが、テメェ等のミスをなかった事にする為に人の命を一つ消そうとするとは、アメリカって国は人の命を数で数える事が得意みたいだな?
まぁ、だからこそ日本に原爆を落とす事が出来たんだろうけどな。
だが、ゴスペルが有人機と分かった以上はパイロットの救出は絶対条件だ……さて、どうしたモンだろうな?」
「山田先生、ゴスペルの詳細なスペックは?」
「勿論あります。但しこれは機密事項なので、絶対に口外にしないで下さい。」
「ウム、其れは当然の事だな。」
「広域攻撃能力を備えた高機動型か……此れは厄介そうな相手だね。」
アメリカとイスラエルには相応の対応をするとして、今はゴスペルにどう対処するかを考える。
真耶から開示されたゴスペルのスペックに目を通し、そして『広域攻撃能力を備えた高機動型の機体』に対して如何戦うのか作戦を練って行く――カタログスペックではゴスペルの最大速度はマッハ3.5となっており、其れは僅かではあるが騎龍シリーズの最大速度を上回るモノで、結果としてゴスペルにアプローチ出来るのは一度だけと言う状況だったのだ。
つまりはたった一度のアプローチでゴスペルを無効化しなければならない訳で、そうなると一撃必殺の攻撃が絶対的に必要になるのは言うまでもないだろう。
「アプローチ出来るのが一回で、其の一回で決めなきゃならないと来たら……今回の主役はお前以外には存在しないよな秋五?……寧ろ、此の状況で零落白夜を使わないって手はないからな。」
「僕もそう思った……こんな時こそ零落白夜の出番だからね。」
そして其の一撃必殺が学園側には存在していた――言うまでもなく秋五の白式のワン・オフ・アビリティである『零落白夜』だ。
篝火ヒカルノが『一時移行からワン・オフ・アビリティを発現出来るようにした』結果として偶発的に備わった零落白夜ではあるが、其れがまさかこんな形で役に立つ場面が来るとは、其れこそ束でも予想出来なかった事だろう。
攻撃面は零落白夜があるからクリア出来たが、次なる問題は『どうやって超高速で移動するゴスペルに秋五を接近させるか』である。
零落白夜はISのシールドエネルギーを強制的に消し飛ばす――より正確に言えば、シールドエネルギー貫通の攻撃で機体の絶対防御を発動させて一気にシールドエネルギーをゼロにするモノであり極めて強力かつ危険な力なのだが、その代償として発動中は自機のシールドエネルギーが常に減少してしまう欠点もある。
現役時代の千冬は相手を斬る瞬間にだけ零落白夜を発動させる事でその欠点を補っていたが、秋五は基本的には零落白夜は使わず、訓練と実戦を合わせても使用したのはクラス代表決定戦の時のセシリア戦と夏月戦、学年別タッグトーナメントでVTSに取り込まれたラウラを助け出す時の合計三回であり、秋五自身も零落白夜に頼らないで勝てるように訓練していた事もあり、零落白夜の瞬間使用は出来ていない。
つまりはゴスペルに攻撃する前から予め零落白夜を発動しておく必要があり、その為のエネルギーを温存する意味で、秋五を現場まで他の誰かが運ぶ必要がある訳なのだが、束製の騎龍シリーズで最速の機体である夏月の黒雷でもゴスペルの最大スピードには僅かに及ばないとなると中々難しいだろう。
「タバ姉さん、騎龍シリーズの競技用リミッター外したらゴスペルの最大速度超える事って出来るわよね?」
「ん?あぁ~~……そう言えばそんなモン付けてたっけかねぇ?そうだね、競技用リミッター外せば余裕でゴスペルの最大速度超えられてたっけね?超絶重装甲のかんちゃんの機体でもゴスペルとタメ張れるレベルになるからね。」
だが、此処で鈴がサラリとトンデモナイ事を言い、束も其れを肯定した。
騎龍シリーズは束が『最初から兵器として開発したIS』であり、『宇宙進出用のパワードスーツとして開発されながらも現行兵器を凌駕する性能を持つIS』ですら余裕で凌駕する性能となっており、その圧倒的な性能故に普段は『競技用のリミッター』を掛けていたのだ。
そのリミッターを掛けた状態ですら現行の第三世代機を圧倒する性能だと言うのが、流石は束自らが開発した機体と言ったところだろう――そして、まさかのカミングアウトに真耶と騎龍の所持者ではない者達は驚いていたが、秋五は『束さんが開発した機体ならリミッター掛けないとヤバいよね』と納得し、箒は『若しかして私の紅椿も結構ヤバい機体だったりするのだろうか?』と戦慄していた。
「一夜君達の機体にリミッターが掛けられたと言う事は今は置いておいて、そのリミッターを解除すればゴスペルのスピードを上回る事が出来るのであれば織斑君は切り札として温存して、一夜君、更識さん、ロランさん、鈴音さん、乱音さんがゴスペルと交戦。ギャラクシーさんは可能であればゴスペルに対しての格闘戦を行い、広域攻撃を放たせないようにして下さい。但しこちらは、あくまでも可能であればなので無理はしないようにして下さいね?
そしてオルコットさんはBT兵装での援護及びゴスペルの動きを制限、ボーデヴィッヒさんは福音の動きが鈍ったところをAICで動きを停止し、其処を織斑君が零落白夜で仕留める、この作戦で行きましょう。
篠ノ之さんとデュノアさんはいざと言う時の予備戦力として待機していて下さい。」
其れでも真耶はすぐさま頭を切り替えると、騎龍シリーズがリミッターを解除した事を前提とした作戦を立案する。
そして其の作戦は理に適ったモノである上に、箒とシャルロットをもしもの時の予備戦力として待機させておく二段構えで一部の隙も無かった――普段は柔らかい笑顔がチャームポイントの『山ちゃん先生』だが、有事の際にスイッチが入って眼鏡を外した『楯殺し』となった真耶は作戦の立案能力も高かったのだ。
「ちょっと、アタシとオニールは出番無しな訳?」
「秋五もお兄ちゃんも其れは酷いよ……」
「いやぁ、お前達も専用機持ちだから一緒に来たけど、お前達の機体ってそもそも競技用ってよりもエンターテイメント用の機能を重視してるから戦闘には向いてねぇだろ?
訓練機の打鉄やラファールを使うって手もあるんだが、ファニールもオニールも飛び級でIS学園に入学してるけど本来はまだ小学生だからな……どこぞのサイヤ人の王子じゃないが、『ガキを戦いに巻き込むな』って所だな。
更にもっと言うなら、お前達が怪我をして、そして顔に一生モノの傷痕でも残っちまったら其れこそアイドル生命が終わっちまうからな……アイドル業を楽しんでるファニール達にアイドルを止めさせたくはねぇんだよ。」
「そう言う訳だから、今回は待機しててくれないかな?君達がアイドル業を続けられなくなったら、そっちの方が僕も夏月も悲しいからね。」
「……そこまで言われたら何も言えないじゃない……だけど、絶対に死ぬんじゃないわよ?其れだけは絶対に約束だからね!」
「絶対に無事に帰って来てね……!」
コメット姉妹は専用機が余りにも特殊である上に、彼女達はISパイロットであると同時にカナダで絶大な人気を誇る双子アイドルである事と、本来ならばまだ小学生と言う事で作戦のメンバーからは除外されたのだった。
通常のISバトルとは違い、今回の作戦は冗談抜きの『戦場』と言っても過言ではない戦闘になるので、最悪の場合はISの絶対防御があるにしても大怪我をするかも知れないのだ……腕や足を骨折したなら未だしも、顔に消えない傷痕でも残る事態になってしまったら、コメット姉妹のアイドル人生は終わってしまい、其れこそIS学園には彼女達が所属するプロダクションからドレだけの慰謝料と損害賠償を請求されるか分かったモノではないのだ――故に、コメット姉妹は作戦から除外されたのだ。夏月と秋五がコメット姉妹からアイドル業を奪いたくなかったと言うのも大きいだろう。
この決定にコメット姉妹は一応の納得をしたが、だからと言って夏月達が危険な任務に向う事に変わりはないので、ファニールは夏月の、オニールは秋五の無事の帰還を願って頬にキスをした。
ファニールもオニールも、今は此れが精一杯なのだが、其れだけに夏月と秋五の心には打っ刺さっていた。
「秋五君、俺達は今この時を持って純真無垢な天使から最高の祝福を貰った訳だが、この祝福を受け取った俺達は何をすべきだろうか?簡潔に作文用紙一枚以内で纏めてくれ。」
「作文用紙一枚も必要ないよ……この作戦を絶対に成功させてゴスペルを無力化した上でゴスペルのパイロットも無事に救出する、其れだけだよ。寧ろ、其れ以外の答えが必要かな?」
「いや、過不足ない最高の、百点満点の答えだぜ秋五……そんじゃまぁ、気合入れて行きましょうかねぇ?
山田先生、作戦前にめっちゃ気合の入る号令をお願いします!」
「ふふ、そう来ましたか一夜君……なら任せて下さい!
此れよりオペレーション・ゴスペルダウンを発動します!目標はゴスペルの無力化とゴスペルのパイロットの救出ですが、其れ以上に私が皆さんに命令する事は全員生きて帰還せよ、此れだけです!
でも、皆さんならきっと作戦を成功させる事が出来ると確信しています!……其れじゃあ行きますよ?1、2、3!!!」
「「「「「「「「「「「「「だーーー!!!」」」」」」」」」」」」」
コメット姉妹から最高の祝福を貰った夏月と秋五は作戦の成功を改めて誓い、夏月が真耶に号令を頼んで、頼まれた真耶は号令の最後の最後で超絶有名なアントニオさんの『1、2、3!ダー!!』を繰り出して士気をブチ上げていた。
ノリの良さを発揮しながらも作戦に向かう者達の士気を揚げると言うのは実に見事な事であり、此れは千冬では絶対に不可能な事だっただろう――もしも真耶が自由国籍を取得していたら、何処かの国の国家代表になっていただけではなく、軍のIS部隊の隊長になっていたとしてもオカシクは無かっただろう。
こうして作戦は決まり、ゴスペルを迎え撃つ為の準備が進められるのだった。
その準備の際に束が全機の調整を行い、夏月の嫁ズの中で騎龍シリーズではないヴィシュヌの機体には『騎龍化』の因子を埋め込んでいた(学園に残っているグリフィンの機体には遠隔操作で埋め込んでいた。)のだが、此れもこの先に必要になるからなのだろう。
逆に言えば秋五達の機体に『騎龍化』の因子を埋め込まなかったのは、今はまだ必要ではないと判断したからなのかもしれないが。
更に鈴と乱の機体に搭載されている『龍砲』にも手を加え、鈴がクラス対抗戦の簪戦で見せた『プラズマキャノン』のチャージ時間を短縮してソコソコの連射も可能にしていた――この辺は流石はISの生みの親と言ったところだろう。
ともあれ、ゴスペルに対処する為の準備は着々と進んで行ったのだった。
――――――
その頃、束によって沖合までブッ飛ばされた千冬は漸く浜辺迄戻って来ていた。
束はぶっ飛ばす際に、只殴るだけでなく使い捨ての小型のロケットブースターを千冬に取り付けており、其れによって千冬は浜辺から30kmも離れた場所までブッ飛ばされた上でロケットブースターが燃料切れを起こして沈黙して海に落ち、其処から泳いで浜辺まで戻って来たのだ。――腐っても鯛と言うべきか、DQNヒルデと成り果てても千冬の人外レベルの身体能力はマダマダぶっ飛んでいるらしい。
こうして戻って来た千冬だが、旅館がなにやら物々しい雰囲気になっているのに気付き、更には旅館の外で夏月達がISの出撃準備をしているのを見付けてしまったのだった……其れを見た千冬は、『何かが起きた』事を察知すると同時に、夏月が出撃すると言う事に注目していた。
千冬にとって夏月は秋五の前に立ちはだかった目の上のタンコブであり、また自分の事を何かと妨害して来る相手であったので常々排除したいと思っていた存在であったのだ――そして、『何かが起きた』と言うのは千冬にとっては此の上ない好機だった。
出撃準備をしていると言う事は即ち、『此れから戦闘行為を行う』と言う事であり、その状況を利用すれば夏月を、邪魔者を排除出来ると考えたのだ――本来の千冬の人格に蓋をする為に作られた人格は、倫理観やら何やらは本当に備わっていないらしい。
「問題は如何やって夏月を落とすかだが……そう言えば、私以上に奴の存在を疎ましく思っている奴等が居たな?
ならば奴等に、疎ましく思っている相手を始末する機会を与えてやるのもまた一興か……ククク、貴様等が信奉しているブリュンヒルデが直々に仕事をくれてやろうではないか?泣いて喜ぶが良い。」
何かを思い付いた千冬は誰にも気付かれないように旅館内の自室に戻ると、スマートフォンから何処かに連絡を入れ、『一夜夏月が臨海学校の実施場所に近い空域で戦闘を行うらしい。目障りな存在を消すチャンスではないか?』と告げていた。
スマートフォンの向こうでは『千冬様から直々にご連絡があったわ!』、『ブリュンヒルデが我々に異分子を排除する機会を下さった』との声が上がっており、其れを聞いた千冬は口元を歪めていた……女性権利団体に所属しているISパイロットの実力は到底夏月に適うモノではないが、女性権利団体は裏では幾つかのテロ組織と繋がっており、其れ等の組織を通じて違法に多数のISを所持しており、『数の暴力』で夏月を攻撃する事は可能なのだ。
其れでも通常の戦闘であれば夏月が数の暴力を物ともせずに一機残らず斬り捨てるだけでなく、一緒に出撃する者達も応戦するだろうが、今回の出撃は臨海学校の予定には無かった事であり、であれば突発的に発生した『何らかの任務』であるのは火を見るよりも明らかである。
だからこそ千冬は女性権利団体に餌をくれてやったのだ――此れまで夏月はクラス代表決定戦では『白式の一次移行が終わるまでの時間稼ぎ』、クラス対抗戦での国際IS委員会の抜き打ちセキュリティチェックでは襲撃者に的確に対処し、学年別タッグトーナメントでラウラのVTSが暴走した際には秋五がラウラを助け出す為に露払いを行っており、何れの場合も『己の役割をキッチリと果たしていた』のだ。
であれば、今回のケースでは『任務の遂行』を最優先にすると考え、女性権利団体は自分が引き受け、共に出撃した仲間には『任務の完遂』を優先させる筈と、そう考えたである。そうなれば『数の暴力が最大に活かせる』とも考えたのだろう。
通信を終えた千冬は、スマートフォンから会話履歴を削除し、同時に女性権利団体の電話番号も削除して自分と女性権利団体が関係を持っていたと言う事実を消し去る――そして何食わぬ顔で作戦指令室になっている真耶の部屋に向かい、あたかも『今海から戻って来ました』と言った形で部屋に入り、そして束に恨み言をぶつけた上で掴み掛かろうとし、そして逆に束にカウンターの『キン肉バスター』を極められるのだった。
とは言え、流石の頑丈さで千冬は一発ではKOされず、再度束に掴み掛かろうとしたのだが、其れは真耶に阻止され、『今の織斑先生は教師部隊の一員ではなく一般教師なので学園長の許可なく作戦指令室に入って来ないで下さい。』と言われた後に合気投げで部屋の外まで投げ飛ばされ、更に部屋は内部から施錠され完全に締め出される結果と相成った。
「最近、昔の私はなんであの人に憧れを抱いていたのか分からなくなって来ました……何故憧れていたのでしょうか?」
「……認めたくないモノだな、若さ故の過ちと言うモノは。」
千冬を部屋から閉め出した真耶と束は、改めて夏月達が作戦を成功させて無事に帰還する事を願い、通信機等が正常に稼働している事を確認し、そして真耶は夏月達に『作戦開始』を告げ、出撃命令を下すのだった。
――――――
『オペレーション・ゴスペルダウン』が開始され、先ずは機体のリミッターを外した騎龍シリーズが先行する。
そして程なくしてゴスペルの反応をキャッチし即座に臨戦態勢に入り、先ずはゴスペルの動きを止めるべく簪がマルチロックオンでゴスペル本体と、ゴスペル周辺をロックオンすると、六連装ミサイルポッド『滅』、火線ビームライフル『砕』、電磁リニアバズーカ『絶』を一斉に放つフルバーストで先制攻撃を行う。
ゴスペルだけでなく周囲の空間もロックオンしている為、弾幕シューティングゲームに於いて『絶対に倒せないボス』として、登場から二十年近くが経った現在でも完全撃破報告が上がっていない『陰蜂』でもドン引きする程の弾幕がゴスペルに襲い掛かる。
『La……』
しかしその凶悪な『絶対殺す弾幕』をゴスペルは持ち前の機動力で躱す――と同時に攻撃して来た相手を『敵』と見なして応戦を開始して簪に向かって行く……必殺の弾幕を避けられたら怯むところだろう、だがしかし簪に焦りはなく怯む事もない。
ゴスペルが簪に到達するよりも早く夏月とロランが間に割って入り、夏月が『龍牙』での居合いを、ロランが『轟龍』の斧部分で重い一撃を繰り出す――スピードとパワーの見事なコンビネーションでありタイミングは完璧だったが、それすらもゴスペルは躱して見せ、今度は夏月とロランを『敵』と認識して応戦を開始する。
「其れを避けるのは分かってたわ!」
「本命はこっちよ!」
しかしゴスペルが応戦を開始したのと同時にゴスペルを囲む形でチェーンの結界が展開される。
鈴がワン・オフ・アビリティである『龍の結界』を発動し、更に乱がワン・オフ・アビリティの『アビリティ・ドレイン』で其れをコピーして『二重の結界』を作り出し、ゴスペルを其の結界の中に閉じ込めたのである。
結界を作っているチェーンに触れれば即座に龍砲が発射されるだけでなく、プラズマチャージが行われていた場合にはプラズマ砲が発射される極悪仕様の『龍の結界』は、閉じ込められた側からしたら『此れ如何やって攻略すれば良いんですか?てか、攻略法あるのか此れ?』と言いたくなるモノなのは間違いないだろう。
しかも味方は結界のチェーンに触れてもOKと言う、『味方に優しく、敵には容赦なし』の仕様なのだから尚更だ。
「少しでも触れれば発射されるわよ、龍の結界は!」
「躱せるかしらゴスペル……半径20mの龍砲を!!」
「花京院も実は死亡フラグだよなぁ……でも、半径20mエメラルドスプラッシュは、相手がDIOじゃなかったら普通に王手掛かるか。」
だが、ゴスペルは自身に搭載された広域ビーム攻撃兵装『シルバー・ベル』を起動すると、其れで二重の結界を破壊する――のだが、結界を破壊したゴスペルの目の前にはヴィシュヌが現れて強烈無比な飛び膝蹴りを繰り出して来ていた。
夏月とロランの攻撃だけでなく、鈴と乱の結界ですら『見せ技』に過ぎず、本命は結界が破られた後に待っていたのだ。
ゴスペルは広域攻撃と高い機動力が持ち味ではあるが、密着の格闘戦となると其の力を発揮する事は出来ない――特にヴィシュヌが使うムエタイのように、拳脚一体で拳と肘も使って来る格闘技が相手ならば尚更だ。
拳を避けても続けて肘が飛んで来て、蹴りを防いだと思ったら一秒にも満たない速さで軌道が異なる膝が飛んで来るだけでなく、場合によっては首相撲からの密着攻撃も飛んで来るので広域攻撃は使う機会がなく、矢継ぎ早に繰り出される攻撃を機動力で躱す事も不可能だったのだ。
近接戦闘用のブレードも無手の格闘の間合いでは本来の力を発揮出来ないのもゴスペルには不利な部分であり、モーションの大きいハイキックの隙にブレードでの攻撃を行っても、ヴィシュヌはヨガで培った柔軟性抜群の身体で回避してしまうので、この間合いでの詰め手は封殺されたも同然だったのである。
加えてセシリアがBT兵装を展開して『十字砲』の布陣を完成させているのもゴスペルからしたら厄介だっただろう――此の戦いに於いてセシリアは完全に後衛に徹しており、ブルーティアーズ本体の制御を捨てて、リソースの全てをBT兵装の操作に使っていたのでゴスペルがドレだけ移動しようとも、其れに合わせて十字砲の布陣は常にゴスペルをロックオンしているのである。
更にラウラは何時でもAICを発動出来るようになっており、秋五も零落白夜の準備は完了しており、後は状況が整えばその瞬間に任務が完遂されるのだが――
「IS反応?……此れは、女性権利団体か!」
「そんな!?何で彼女達が此処に!?この作戦は関係者以外は誰も知らない筈なのに……!!」
其処で現れたのは女性権利団体のIS部隊だった。
打鉄とラファール・リヴァイブで構成された部隊の数は二十……そして其の二十機のISはその全てが夏月に向かって行ったのだ。
「千冬様の弟君には手を出すな、彼はブリュンヒルデと血を分けたお方であり、下賤な男共とは異なる存在……我々の目的は、あくまでもあの異物だけだ!」
「下賤な男が神聖なるISを動かすなど言語道断……此処で朽ち果てろ、一夜夏月ぅ!!」
「此れは此れは、何ともバイオレンスなデートのお誘いです事……こちとら重要な任務の最中だからまた今度にしてくれって言っても、其れを聞いてくれる相手じゃないのが悲しいわな――つー事で、俺は此の無粋な乱入者に対処すっから、ゴスペルの方は任せるぜ秋五!」
「ちょっと待ってよ夏月、一人で大丈夫なの!?」
「逆に聞くが、俺がISを使えるだけの雑魚にやられると思ってんの?コイツ等程度なら、二十体どころか三ダース来ても余裕のよっちゃんイカで五分以内で滅殺出来るってなモンだぜ。」
「ゴメン、聞くだけ無粋だったね。」
予想外の事態ではあったが、夏月は秋五達にゴスペルの対処を任せると、自分は乱入して来た女性権利団体との戦闘に入り、そして戦闘開始と同時に擦れ違いざまに居合いからの二連斬で打鉄を行動不能にすると、ラファール・リヴァイブの射撃を回避しながら逆手の斬り上げでラファール・リヴァイブのライフルを破壊する。
更に、ビームアサルトライフル『龍哭』を高速連射して、女性権利団体の機体を次々を行動不能にしていく。
「……しまった!!」
『La……Laaaaaa……!』
だが、此処で女性権利団体にとっては『嬉しい誤算』とも言うべき事態が発生した。
ゴスペルとの超近接戦闘を行っていたヴィシュヌが必殺を狙って放ったハイキックを躱され、其処にゴスペルがカウンターの『シルバー・ベル』を放とうとしたのだ。
近接戦闘ブレードでのカウンターは通じないと考えてシルバー・ベルでのカウンターを選択したのだろうが、此れはヴィシュヌにとっては有り難くない事だった。
広域殲滅攻撃では身体を捻って避ける事は不可能な上に、ヴィシュヌの『ドゥルガー・シン』はヴィシュヌの動きを最大限に活かし、かつ其の動きを阻害しないために、一般的なISと比べると装甲が極端に少なく、機動性を高めるために防御力を犠牲にしており、装甲がない部分に至近距離から広域殲滅攻撃を喰らったとなれば一撃でシールドエネルギーは尽きてしまうだろう。
「させるかよぉ!!誰の嫁に手ぇ出しとんじゃおんどりゃぁぁあ!!ぼて繰り回すぞボゲェ!!」
「夏月!!」
だが、其処に夏月が割って入ってシルバー・ベルの攻撃を一身に受けたのだ――リミッターを解除した事でシールドエネルギーもリミッターを掛けていた時よりも増加しているとは言え、其れでも至近距離で広域殲滅攻撃を喰らった事で黒雷のシールドエネルギーは一気に削り取られてレッドゾーンに突入してしまい、更に其処に『これぞ好機』とばかりに女性権利団体の機体が襲い掛かって来たのだ。
その大半は秋五達が落としたが、落とされなかった数機が夏月に接近しブレードで斬りかかる。
無論夏月は其れに対処していたが、至近距離で広域殲滅攻撃を喰らってしまった事で動きが鈍り、遂に攻撃を喰らい体勢を崩してしまったのだ。
其れを女性権利団体のメンバーは見逃さずに次々と攻撃を加えて行き、シールドエネルギーがレッドゾーンになっていた黒雷は其の攻撃に対して絶対防御を発動した事でシールドエネルギーがゼロになって機体が強制解除され、夏月は其のまま海へと落ちて行き、同時にその隙をついてゴスペルは空域から離脱し、作戦は事実上の失敗となったのだった。
「夏月!!……こんな所で、君を死なせられるか!!」
海に落ちた夏月はロランが即座に回収したのだが、其の間に女性権利団体のメンバーは其の場から離脱した――追う事も出来たが、今は夏月の方が優先だとして誰も追跡はしなかったが。
ロランによって回収された夏月は呼吸もあり心臓も動いてはいたが、完全に意識はなくとても危険な状態だったので、一行は夏月に応急処置を施してから帰還を始める――序に夏月と秋五によって落とされた女性権利団体のメンバーも連行して(女性権利団体のメンバーは簪が電磁鞭『蛟』でグルグル巻きにしてだが)花月荘へと戻るのだった。
――――――
秋五達が花月荘に戻った頃、夏月の意識は覚醒していた――但し、その意識が目覚めたのは花月荘の一室ではなく、雪が降り積もっている『真冬の海岸』とも言うべき場所だったのだが。
「雪の海岸……目が覚めたら季節が進んでましたってか?
だとしたら、俺は愛する嫁達と夏の定番イベントを消化出来なかったって言うのか!?……プールや海での水着は言うに及ばず、夏祭りの浴衣姿を拝む事が出来なかったとは、そんなの死んでも死に切れるかぁ!!
時間の巻き戻しを激しく要請したい所だぜ俺は!!」
周囲の光景を見て、夏月は一気に時が進んでしまったのではないかと思ったが、そうではなく此処はISコアが作り出した疑似空間であるので、此の世界は黒雷のコア人格が作り出した世界であるのだ。
「ハハ、残念ながら時間の巻き戻しは流石に無理だぞ一夏――否、今は夏月と呼ぶべきだったかな?」
「時間の巻き戻しは無理か……って、誰だ!?」
そして夏月の言った事に対して、冷静な突っ込みが入ったのだが、その突っ込みを入れたモノの姿を見て夏月は思わず目を見開いて、全身の動きを止めてしまったのだった――
「こうして会うのは初めてだな夏月よ。」
「お前は、織斑……千冬……!」
夏月の前に現れたのは、夏月が最も嫌悪し、そして憎悪している『織斑千冬』だったのだから。
To Be Continued 
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