アメリカ領ハワイ沖。
海に浮かぶアメリカの空母『リンカーン』の艦内では、アメリカとイスラエルが共同開発したIS『シルバリオ・ゴスペル』が此れから行われる起動試験の為に待機しており、其の機体のテストパイロットとして指名された、アメリカ空軍の女性パイロット『ナターシャ・ファイリス』は待機状態のゴスペルを愛おしそうに見つめていた。
「やっとこの日が来た……やっと貴方と共に飛ぶ事が出来るのねゴスペル。」
ナターシャはゴスペルのテストパイロットとして指名されたその日からゴスペルと共に空を駆ける事を楽しみにしており、今日と言う日を心待ちにしていたのだ――ナターシャに触れられたゴスペルは、それに呼応するように僅かにメインカメラを明滅させた。……尤も此れは、整備スタッフが外部からメインカメラを操作したのだが、中々に粋な事をしたと言えるだろう。
此れからゴスペルと共に空を駆けるナターシャへの激励の意味もあったのかも知れない。
「ふふ、貴方も私を待ってくれていたのかしら?だとしたら、私達は相思相愛ね♪」
「相思相愛ねぇ……そりゃ結構な事だが、恋人がISってのは少し寂しくないかナタル?」
「あら、IS乗りにとって相棒である機体と相思相愛である事は此の上ない幸福な事だと思うのだけど、そう思っていたのは私だけだったのかしら?……此の子と共に空を飛ぶ、其れを考えただけでも私はワクワクして来るのよ。」
「ソイツは素晴らしい考えで……ISに乗る事すら出来ないのに、『ISを動かす事が出来る女性は男性よりも上位の存在だ』とか考えてる女性権利団体の連中にヘッドホンで二十四時間耐久で聞かせてやりたいね。」
少し揶揄うように言って来た男性整備スタッフにナターシャは偽らざる本音を言うと、男性整備スタッフも軽口を叩きながらも『降参だ』と言うように両手を挙げ、ゴスペルが待機しているドック内は和気藹々とした雰囲気に満ちていた。
夏月と秋五と言う例外の二人を除いて、ISは女性にしか起動出来ないが、ISの整備・開発の分野ではマダマダ男性スタッフの数も多い。
特に整備業では男性整備士の方が女性整備士よりも圧倒的に多いので、整備業務から男性を排斥すると言うのは愚の骨頂なのだ――『女尊男卑思考』の持ち主であるIS乗りは、男性整備士を自身の機体の整備から排除した結果、逆に女性整備士からも見放されてしまい、機体の整備が出来なくなり、結果としてIS乗りとしての地位を失ってしまったなどと言う例もあるのだ。
其れはさて置き、アメリカとイスラエルが共同開発した『シルバリオ・ゴスペル』は、『アメリカとイスラエルが共同開発した、両国が持てる最新技術を結集して作り上げた最新鋭の第三世代機』と言うのが表向きの発表だったが、実は其れだけではない裏の事情が存在していた。
IS関係の産業は今や世界の一大産業となり、其の分野で成功を収めている企業ほど株価は上がり、大企業として発展しているのだが、現在IS関連の産業は、機体の開発、搭載OSの開発、搭載武装の開発の何れにおいてもシェアの上位を独占しているのは日本の企業であり、特に『世界初の男性IS操縦者』である夏月の専用機を開発し、更に夏月がテストパイロットを務めている『ムーンラビットインダストリー』は、更識姉妹、ロラン、鈴、乱の専用機も――日本、オランダ、中国、台湾の国家代表及び国家代表候補生の専用機も開発しており、急激に業績を伸ばしており、其れがIS登場以前は圧倒的な財力と軍事力で『世界の警察』を自負していたアメリカには少しばかり面白くなかった。
第二次世界大戦後、戦勝国として日本を占領し、日本が独立を果たした後も『日米安保条約』によって軍事的に日本を守る体を保っておきながら、実質は日本を『自国の属国』と考えていたアメリカだが、IS登場以降は、ISの開発国である日本の立場が国際社会でも高くなり、自衛隊にも日本製のISが多数配備され、更には憲法の第九条に自衛隊の存在が明記され、世界に向けて『日本は自国を防衛する為の武力は排除しない』と言う姿勢を明確にした事で、アメリカは日本に対して急速に支配力を縮小させて行った――ISが核爆弾ですら絶対防御を発動すれば無効に出来ると言うのも大きく、『核の傘』の力も弱くなっていたのも大きいだろう。
其処でアメリカはせめてISの分野で日本を抜いてやろうと、恥も外聞もかなぐり捨てて友好国であるイスラエルと最新鋭の第三世代機の開発に着手し、開発スタッフが『スピード・ウォリアーも同情するレベルの過労死』をするのではないかと言う位の超絶ブラックな開発環境の末に完成したのが『シルバリオ・ゴスペル』であり、其のスペックは現行の第三世代機を上回るスペックを実現していた――其れでも、ISの生みの親である束が直々に開発した『騎龍シリーズ』と比べたら『太陽とBB弾』位の差がある訳だが。
ともあれ、アメリカとしては此の最新鋭の第三世代機の開発を持ってしてIS産業で日本を追い抜くと言う思惑があったのだ――そして、其れを実現する為に、シルバリオ・ゴスペルには『アラスカ条約』の穴を突いたアウトゾーンギリギリのグレーゾーンとなる機能も搭載されていたのだった。
勿論、ゴスペルのパイロットであるナターシャも、整備チームもそんな事は露ほども知らずに、本日の起動試験に向けて全力を尽くしていたのだが、シルバリオ・ゴスペルの覚醒がトンデモナイ大事を引き起こすとは夢にも思っていなかっただろう。
夏の月が進む世界 Episode39
『臨海学校二日目は訓練とまさかの非常事態!?』
臨海学校二日目。
今日も今日とて朝早く目覚めた夏月は日課になっている早朝トレーニングを行っていた――花月荘から離れすぎると問題になりかねないので何時ものマラソンは出来なかったが、学園島では行えない『砂浜でのロードワーク』を行う事が出来て、期せずして下半身の強化を行う事が出来ていた。
トレーニングを終えた夏月は温泉で汗を流すと自室に戻ろうとしたのだが、その道中である渡り廊下で箒とエンカウントした。
「よう、早起きだな箒?
早起きは良い事だが、何してんだお前?」
「一夜か……此れは如何見ても怪しいのでな。」
その箒はと言うと、庭に生えているうさ耳を学園の許可を取って持って来ていた木刀で突っついていた――うさ耳は、つまり束のトレードマークでもあり、其れを知っている箒だからこそ、『引っこ抜いてね♪』と張り付けられたプレートを安易に信じる事はせずに木刀で突っつくと言う行為に出たのだろう。
「怪しいどころの騒ぎじゃねぇなオイ……だけど、引っこ抜いたら引っこ抜いたで何か起きそうな気がするんだよなぁ……」
「私もそう思ったから引っこ抜かずに木刀で突っついてみたのだが、何も起きなかったんだ……さて、此れは如何したモノかな?」
「引っこ抜くのは間違いなくNGだが、突っついても何も起きないと来たら……だったら最終手段として踏み付けてみるか――そう、踏み付けるだけで自分と同じ大きさの敵を倒す事が出来る世界一有名な配管工の赤服ヒゲ親父の如くに!」
此処で夏月は『踏み付ける』と言う行動を選択し、渡り廊下から一足飛びでうさ耳の上まで移動するとそのまま踏み付けると華麗なテンポで着地し、着地と同時にスライディングキックでうさ耳を地面から刈り取り、空中に舞って落ちて来たうさ耳に、裏拳の要領で『逆手掌打』をブチかましてうさ耳を文字通りに『粉砕』してみせた。
だが、粉砕されたうさ耳は『ファイナルファンタジー』の『勝利のファンファーレ』を奏でたかと思ったら、粉砕された事で発生した欠片が瞬時に大人気駄菓子の『うまい棒』、『Bigカツ』、『マーブルガム』に姿を変えたのだった。
「うさ耳を粉砕したら駄菓子に変わるって、量子変換技術を使ったにしたってぶっ飛んでんだろ流石に……つーか、束さんは一体何がしたかったんだろうな?――お前は分かるか箒?」
「実の妹である私でも姉さんが何を考えているのかは分からんが……うまい棒は定番の『チーズ』だけでなく大人気の『明太子』と、根強いファンがいる『納豆』をチョイスしたのは評価出来ると思う。」
「……何だろう、今この瞬間に俺は束さんと箒は間違いなく姉妹なんだなって確信したぜ。」
此のうさ耳は、恐らく束のちょっとしたイタズラであり大きな意味は無かったのだろう――駄菓子が撒き散らかされると言うのは、国際的に指名手配される前には、夏祭りの度に篠ノ之神社内にて屋台を展開しながら、無邪気な子供達に対しては『駄菓子のレインメーカー』をかましていた束らしいが。
うさ耳を処理した夏月と箒は夫々自室に戻り、自室に戻った夏月は既に起きていた真耶に挨拶をした後に、未だ寝ていた秋五に近付くと……
「何時まで寝コケているのだ秋五!たるんでいるぞ!」
「わぁ!起きてるよ箒……って、夏月か!」
耳元で箒の真似をして秋五を叩き起こしていた。
此れには秋五も少しばかり抗議したが、此の部屋で一番最後に起きたのは自分であった以上は、『起こして貰った』と言う事で其れ以上の抗議はせず、『朝温泉』を堪能した後に夏月達と共に朝食の場となっている大広間に向かって行った。
「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」
そして始まった朝食タイムのメニューは昨晩の夕食と比べれば劣るとは言っても可成り豪華なモノだった。
メニュー其の物は『ご飯』、『焼き魚』、『納豆』、『味噌汁』と朝食の定番のメニューだったのだが、ご飯は地場産のコシヒカリを使った銀シャリで、焼き魚はこれまた地場産のアジを干物にしたモノで、納豆は『水戸産』のブランド納豆である『舟納豆』に地場産の卵の卵黄とネギとカツオ節をトッピングし、味噌汁はこれまた特産の豆腐と地場産のワカメ、露地栽培のナメコを使用しており、その美味しさはSSS級であった。
「のほほんさん、其れ旨いのか?」
「日本の全部乗せ丼とも言えるかもしれないけど、流石に其れは……」
「え~~?とっても美味しいよ~~♪」
そんな中で本音は、ご飯に味噌汁をぶっ掛けて、其処に納豆をトッピングすると言うDIO様もビックリ仰天するであろうトンデモ丼を開発し、其れを実に美味しそうに、そして楽しそうに完食し、更にはご飯と納豆と味噌汁をおかわりして二発目をぶっ放すと言う偉業(?)をブチかましてくれたのだった。
「のほほんさんは究極のグルメなのかそれとも味覚がぶっ壊れてんのか……判断に迷うな此れは?」
「馬鹿と天才は紙一重、其れに近いのかも知れないね。」
本音が自作のトンデモ丼を披露した以外は朝食タイムは和やかで平和的に過ぎて行ったのだった。
――――――
臨海学校の二日目は、『ISの訓練』がメインとなっており、生徒達はISスーツに着替えて浜辺に整列し、其処で『訓練を始める前に、皆さんにISバトルでの本気のバトルと言うモノを見て貰いたいと思います』と真耶に言われ、直後に始まったISバトルに目を奪われていた。
模擬戦を行っているのは夏月&ヴィシュヌペアと、秋五&セシリアのペアだ。
近接戦闘型のペアと、近接型と遠距離型のペアの戦いとなれば、普通は前衛と後衛に分かれているペアの方が一方が得意距離を外されても、もう一方が其れをフォロー出来るのでフレキシブルな戦い方が出来て有利なのだが、此の試合はそうはならなかった。
試合開始と同時にヴィシュヌはセシリアに向かおうとしたのだが、『試合開始と同時に必ずセシリアに近接戦を仕掛けて来る』と予想していた秋五が割って入ってヴィシュヌがセシリアの元に向かうのを阻止していた。
銃剣術による近接戦闘も行う事が出来るセシリアだが、逆に言えば銃剣術を封じられてしまったら近接戦闘が行えなくなると言う事でもあり、更に銃剣術より近い間合いでの徒手空拳の格闘を得意としているヴィシュヌをセシリアに接近させてはならないと考えたのだ。
そして其れは見事に功を奏し、ヴィシュヌをセシリアの元に向かわせる事は阻止出来た――そう、ヴィシュヌは。
秋五がヴィシュヌを食い止めたと同時に、夏月がその横をすり抜けて一気にセシリアに接近していたのだ――無論セシリアは秋五がヴィシュヌを止めても夏月が来る事は織り込み済みであり、夏月を止める為に十字砲に配置したBT兵装とスターライトMk.Ⅱによる射撃で夏月を迎え撃った。
しかし夏月はスターライトMk.Ⅱの弾丸を避け、更にはBT兵装からのレーザーを龍牙と鞘の二刀流で斬り飛ばし、弾き飛ばしながらセシリアに接近して鋭い逆手の逆袈裟斬りを繰り出したのだ。
セシリアもその逆袈裟切りをスターライトMk.Ⅱを使った銃剣術で何とか防いだモノの、バリバリの近接戦闘型である夏月に対しては分が悪く、空中に配置したBT兵装を使おうにも、近接戦闘状態では自身を誤爆してしまう可能性がある為に使う事が出来ず、結果として『シールドエネルギーを大幅に減少させるであろう高威力攻撃をギリギリで防ぐ』のが精一杯となっていた――自分を見失っていたとは言え、夏月に舐めプかまされた上で一方的に完封されたクラス代表決定戦の時と比べればセシリアも相当にレベルアップしていると言えるのだが。
「近接戦闘なら瞬殺出来ると思ったんだが、意外とやるねぇお嬢様?
銃剣術もクラス代表決定戦の時よりも洗練されてるみたいだし……コイツはアドバイスなんだが、本国に頼んで『銃剣術用のライフル』ってのを開発して貰ったら如何だ?銃身の先っぽにブレードをくっ付けるんじゃなくて、銃身の下部を丸々ブレードにしてさ。
ライフルとして使う際に照準のブレを抑えるならフォアグリップ付ければ良いと思うし……いっその事ガンブレードの開発を依頼しても良いかもな。」
「其れは、貴重な意見として参考にさせて頂きますわ!」
このままではジリ貧だと思ったセシリアは、此処でミサイルビットを発射した。
近接戦闘の間合いであってもミサイルビットを回避される事は既に分かって居る事であったがセシリアの狙いは他にあった――夏月がミサイルビットを避けると同時に、回避行動によって攻撃の手が緩んだところでBT兵装を操作して回避されたミサイルビットを攻撃し、夏月の背後で爆発させたのだ。
其れは完全なる奇襲の初見殺しであり、予想していなかった背後の爆発を夏月は真面に喰らってしまった。
「ふふ、夏場の海では花火をするモノだと秋五さんに教えて貰いましたので♪」
「此れは花火じゃなくて爆炎ってんだぜお嬢様よぉ……つか、俺を『キタねぇ花火』にする気かよ……黒雷じゃなかったら終わってたな。」
「!?」
だが、夏月は機体のシールドエネルギーを減らしながらも健在だった――並の第三世代機だったらシールドエネルギーが大幅に減っていただろうが、束が直々に開発した『騎龍シリーズ』はISの世代で言えば『第七世代』に相当するので防御力も既存のISと比べたら格段に向上しており、近距離のミサイルの爆発ならばそれ程シールドエネルギーを減少させずに済んだのだ――機体に救われたと言えば其れまでだが、夏月及び騎龍シリーズの使用者は其れだけの高性能機を使用するに値するモノだと言う事なのだろう。
爆炎の中から現れた夏月は再びセシリアに斬りかかって行った。
同時にヴィシュヌと秋五の戦いも手に汗握るモノとなっていた。
本来、無手の格闘と剣術ならば剣術の方が圧倒的に有利なのだが、剣の間合いよりもより近い無手の格闘の間合い入ってしまえばその限りではない――そして、ヴィシュヌの場合は其れが更に顕著であった。
ヴィシュヌは腕は兎も角として足が身体の半分を占めていると言う足の長さがあり、其の長い足から繰り出される蹴り技は、剣の間合いでも届く上に、ローキック、ミドルキック、ハイキックの打ち分けだけでなく、ミドルキック→後回し蹴り、ハイキック→踵落としと言ったコンビネーションも繰り出されるので秋五は完全に対応し切る事は出来ず、少しずつ被弾してシールドエネルギーがガリガリと削られていた……其れでも相討ち狙いでヴィシュヌに攻撃してシールドエネルギーを少しずつではあるが減らして居るのは流石は『天才』と言ったところだろう。
「此れで終わらせる……ヴィシュヌ!」
「はい!決めますよ夏月!」
見応え抜群の試合は、十五分が経過した所で動いた。
夏月がセシリアを、ヴィシュヌが秋五を夫々捉えると、プロレスのハンマースローの要領で夫々を投げて空中で激突させてシールドエネルギーを減らすと、追撃としてヴィシュヌは秋五に稲妻レッグラリアットを、夏月はセシリアにシャイニングウィザードを喰らわせ、そして其れがダメージを逃がせないサンドイッチ攻撃となって白式とブルーティアーズのシールドエネルギーを一気に削り取ってレッドゾーンに突入させる。
「勝負あり、其処までです!勝者、一夜夏月&ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーペア!」
此処で真耶が『勝負あり』を宣言して試合は終了。
通常のISバトルではシールドエネルギーが尽きるまで戦うのだが、本日はこの後でISの訓練が控えているのでシールドエネルギーが枯渇した状態では其れも行えないので、此処で真耶がレフェリーストップを掛けたのだ――此れが千冬だったら最後まで戦わせていたのかも知れないが。
実際に千冬は此処で試合を止めた真耶に対して『最後までやらせろ』と言わんばかりの視線を送っていた――とは言え、訓練内容に関してはを真耶に丸投げしたので口を挟む余地はないのだが。
「今回の試合のように、一見すると有利に思えるタッグでも、戦い方を工夫すれば勝つ事が出来ると言う事は分かりましたね?
ですが、此れだけの試合が出来たのは、一夜君も織斑君も、そしてギャラクシーさんもオルコットさんも不断の努力を続けて来たからからの事で、逆に言えば努力は裏切らないと言う事です。
努力を怠らず研鑽を続けていれば、必ずそれが実を結ぶ日が来るので、皆さんも頑張って行きましょう!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
此れだけの圧倒的なISバトルを目の当たりにしたら、そのレベルの違いから心が折れてしまう生徒が出てもオカシクないのだが、其処は真耶が実に見事なフォローをして其れを防いでいた――努力を怠らずに研鑽を続けていたにも関わらず、『織斑千冬の最強伝説』の弊害で日本の国家代表になれなかった真耶だからこそ『努力と日々の研鑽は裏切らない』と言う事を生徒に伝えたかったのだろう……自分が悔しい思いをしたからこそ、生徒には後悔して欲しくないと思ったと言うのも大きいだろうが。
ISバトルが終わったその後は、クラス別の訓練となったのだが、其処は専用機持ちが六人も居る一組の生徒が操縦技術に関しては特出していた――二組には鈴と乱、三組にはヴィシュヌとコメット姉妹、四組には簪が居るのだが、其れでも一組の専用機持ち六人と言うのは圧倒的で、更には夏月と秋五の指導は至極分かり易かったので生徒の吸収も早かったのだ。
特に夏月の嫁の座を狙っている『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』と、秋五の嫁の座を狙っている『相川清香』、『谷川癒子』、『矢竹さやか』は其れが顕著であり、ともすればこの訓練で、『国家代表候補生』に匹敵する実力を身に付けるに至っていた――恋する乙女のパワーは計り知れない。
こうして午前中の訓練が終わり、一同は砂浜で花月荘が用意してくれた弁当でのランチタイムになったのだが、この弁当がまた豪華極まりないモノだった。
少し小さめのおにぎりが三種(夏月と秋五用には通常サイズ)とおかず数種のラインナップなのだが、おにぎり三種の具材は夫々、『タラコ高菜』、『醤油漬けイクラ』、『自家製昆布の佃煮』であり、タラコ高菜のおにぎりにはおぼろ昆布、醤油漬けイクラのおにぎりにはオーソドックスに焼きのり、自家製昆布の佃煮のおにぎりには少し厚めに削ったカツオ節を巻くと言う拘りっぷりである。
おかずの方はと言うと、弁当のおかずの定番であり殿堂入りのデフォルトとも言える『玉子焼き』、これまた皆大好き『鶏のから揚げ』、地場産の野菜を使った『コールスローサラダ』と『三種のナムル(もやし、ゼンマイ、ホウレン草)』、そして食後の甘味に夏にぴったりの爽やかな『梅シロップのゼリー』まで添えられていた。
充実したメニューで栄養バランスも考えられている弁当だが、夏月は燃費が悪い身体な上にISバトルを行った事でこの弁当だけでは全然足りず、真耶に『海の家で何か買って来ても良いか?』と許可を取ろうとした。
しかしそこは真耶が先読みをしていて、『一夜君なら足りないだろうと思って、実は旅館に頼んで一夜君用にお弁当のお代わりを用意して貰っておきました♪』と二つ目の弁当を渡してくれた。しかも二つ目の弁当は最初から二人前の量になっていたのだ。
夏月とグリフィンの健啖家っぷりは有名だが、だからと言って其れを見越した弁当の注文は普通はしないだろう――だがしかし、真耶は『空腹では午後の訓練に支障をきたすかもしれない』と考えて追加注文に踏み切ったと言う訳だ。何処まで生徒ファーストの教師であると言えよう。
そんな真耶の気遣いのおかげで都合三人前の弁当を平らげた夏月は満足し、他の生徒達と共にランチタイム後の食休みを取った後に午後の訓練に。
午後の訓練は一般生徒が簡単な模擬戦を行い、専用機持ちは専用機の整備及び海外組は本国から送られて来た追加パッケージのインストールを行う事になっている――自分の専用機の整備位は出来るようになっておかねば、専属の整備士にトラブルがあった場合に整備が出来なくなってしまうので、己の機体の整備と言うモノもまた専用機持ちには必須科目であったりするのだ。
「箒は何でこっちに居るの?専用機持ってないよね?」
「姉さんから、『箒ちゃんは専用機持ちの皆と一緒に居てね♪学園の方には私が話しを通しておくから♪』とメールが来たのだ。」
その専用機持ち達の中に、専用機を持っていない箒の姿があったのだが、束からのメールで此方に来たらしい――更に束は本当に学園に話しを通したらしく、真耶には学園長から『篠ノ之箒君を専用機持ちの方に加えるように』との指示が入っていたのだ。
となれば束が何かやるのは間違いない訳で、束の人柄を知る夏月、秋五、箒、鈴、乱、簪は『果たして何が起きるのか……』と思いながらも、先ずは専用機の整備に取り掛かった。
その整備では簪がその腕前を発揮して秋五組だけでなく真耶をも驚かせていた。
簪のISバトルの腕前は機体の火力と装甲の分厚さに頼った部分があるため、楯無や夏月と比べると一枚劣る部分があるのは否めないのだが、機体の整備関しては誰よりも的確かつ迅速に行う事が出来ていた――更識の仕事で裏方に徹している簪は、ISの世界においても裏方の仕事の方が実は得意だったりするのかも知れない。
「ふえぇぇ、凄いですね更識さん?私が現役だったら専属の整備士として雇いたい位です……でも、両手の指の間に工具を挟むのは危ないのでやらない方が良いと先生は思います。」
「レンチとスパナとドライバーは整備士の三種の神器。」
「ガンプラモデラーの三種の神器は?」
「ニッパー、ピンセット、デザインナイフ。」
専用機組は雑談を挟みながら専用機の整備並びに追加パッケージのインストールを行い、一般生徒達は模擬戦でISバトルの実力を高めて行き、『夏月の嫁』の座を狙っている『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』と、『秋五の嫁』の座を狙っている『相川清香』、『谷川癒子』、『矢竹さやか』は午前中の訓練の成果も相まって一般生徒の中では高い成績を叩き出していた。
こうして午後の訓練は順調に進んで行ったのだが、突如として沖で高波が発生し、浜辺に居た全員が『何事か!?』と思って沖を見た次の瞬間、高波から何かが飛び出し、そして其れは其のまま一直線に砂浜に向かって来たのだ。
飛んで来たのはニンジン型のロケットで、其れが浜辺に不時着したらクレーター生成は間違いないどころか、最悪の場合は生徒や教師に被害が出るだろう。
浜辺に向かって突っ込んでくるニンジン型ロケットに、一般生徒達はパニックになるが、専用機持ち達――特に夏月組は慌てる事無く専用機を展開すると、ニンジン型ロケットの軌道上に入り――
「ストⅠ昇龍拳!!」
「ストⅡ’タイガーアッパーカット!!」
夏月とヴィシュヌが『格闘ゲーム最強無敵対空』と名高いジャンピングアッパーカットでニンジン型ロケットを迎撃し、其処に鈴と乱が龍砲で、簪がミサイルの鬼弾幕を追撃として加え、最後はロランが轟龍でロケットを切り裂いてターンエンド。
そしてニンジン型ロケットは爆発四散!――普通なら、この時点でロケットのパイロットは異界送り状態になっているのだが……
「あ~っはっは!此れはまた何とも刺激的な出迎えだったねかっ君達~~!」
そのロケットに乗っていたのが束ならばその限りではない。
爆発四散したロケットから脱出した束は、砂浜の足場の悪さなんてモノは一切関係ないとばかりに夏月達に向かって突進し――
「来るなら来るで、普通に登場出来ないのかアンタって人はぁぁぁ……!!ネイキッドタワーブリッジ!!」
「ぺぎゃらっぱぁ!?」
其れを夏月がカウンターのファイヤーマンズキャリーで持ち上げると、其処から大人気の某英国超人が繰り出した、『人体の構造上、絶対に再現不可能な必殺技』を束にブチかます――再現不可能な必殺技を再現出来るのも、『織斑計画』の成功例であるのかも知れないが。
「これまた強烈な一撃だったねかっ君?私じゃなかったら死んでるよ?」
「俺もアンタじゃなかったらあんな技やらないけどな。
取り敢えず、自己紹介しとけよ束さん?『篠ノ之束』の名は世界的には有名だけど、その本人と実際に会った事があるのは俺と簪と鈴と乱、秋五と箒だけなんだからな。」
「そう言えばそうだったね~~?
ではでは改めまして、私こそがISの生みの親にして、世界最強の正義のマッドサイエンティストである篠ノ之束さんだよ!その名前を確りと脳味噌に刻み込んでおきたまえよ!ワッハッハ!!」
其れを喰らっても平気な束もまた大分ぶっ飛んでいるのだが、夏月に促されて自己紹介をすると、多くの生徒は呆気に取られていた――束の名は『ISの生みの親』であると同時に『白騎士事件の黒幕』としても知られており、一般には『ISの存在を認めさせるために自作自演のテロを引き起こした危険人物』と認識されており、其の人柄は『目的を達成するためならば如何なる犠牲も厭わない冷徹で冷酷なモノ』と思われていたのが、実際に目の前に現れた束は思考は少々ぶっ飛んでいるかも知れないが割と愉快な人物だと思えたのだ。
「やぁやぁ、箒ちゃん!こうして実際に会うのは六年振りだけど、此れはまた何とも実に見事な大和撫子とサムライガールを絶妙なバランスで融合した美人さんになったモンだね?
六年前の箒ちゃんは束さんの腕の中に納まってたけど、今の箒ちゃんは私の腕の中には余るかにゃ~~?……大きくなったね、箒ちゃん。」
「六年も経って居るのですから大きくもなりますよ姉さん……息災の様で安心しました。」
そして自己紹介を終えた束は箒に近付き、そしてどちらともなくハグをした――束は箒の事を超極小のカメラで見ていたとは言え、実際に会うのは六年振となるので箒も束も会えなかった時間を埋めるようにハグを交わして姉妹の絆を確かめ合っていた。
「束、貴様一体何をしに来た?」
そんな姉妹の再会に水を注して来たのは千冬だった。
苛立ちを隠そうともしない表情で束に言うと、其のまま近付いて束を箒から引き剥がそうとする――白騎士事件の真相を知っている束が此の場に居るのは自分にとってマイナスでしかないと思い千冬は動いたのだが……
「そんな事お前に言う必要はねーよ。地の果てまで飛んでけよ此の偽物が。」
その千冬を束は右腕一本で掴むと放り投げ、落ちて来た所に『破壊王』橋本真也もビックリの爆殺ミドルキックをブチかまし、其れを喰らった千冬は海面を水切りしながらかっ飛んで行き、遥か沖合まで吹っ飛ばされていた……一般人ならば即死案件だが、腐っても『織斑計画』で誕生した千冬ならば死ぬ事は無く、三十分もあれば泳いで戻って来れるだろう――仮にサメに襲われたとしても返り討ちにする事は可能な筈だ。
束が言った事の後半は余りにも小声だったので誰の耳にも入らなかったが。
そして、沖まで蹴り飛ばされた千冬を誰も助けに行こうとしなかった事から、現在の千冬の学園に於ける評価は推して知るべきだろう――未だに存在し続けている、極一部の『ブリュンヒルデ信奉者』は助けに行こうとしていたのだが、其れは真耶が阻止していた。『沖に出るのは危険なので許可出来ません。』と、尤もらしい理由を付けてだ。
「余計な邪魔が入ったね箒ちゃん。
前に電話で、箒ちゃんの誕生日に誕生日プレゼントを持って会いに行くって言ったのは覚えてるかな?」
「えぇ、其れは覚えていますが……」
「フッフッフ、ならばプレゼントするよ箒ちゃん!此れが束さんから愛する箒ちゃんへの最高の誕生日プレゼントさ!!」
千冬を沖へと蹴り飛ばした束は改めて箒と向き直ると右腕を高く掲げて指を鳴らし、其れと同時に大破したと思われていたニンジン型ロケットから何かが射出されて束と箒のすぐそばに着地する。
其れはコンテナであり、束が再度指を鳴らすとコンテナが展開し、中に入っているモノが顕わになる――コンテナが展開された場所に存在していたのは、『紅』を基調にしたカラーリングが施された一機のISだった。
「さぁさぁ、とくとお目にあれ!
此れこそが束さんが箒ちゃんの誕生日プレゼントとして開発した箒ちゃん専用のISである『紅椿』だよ!現時点での私の持てる技術を結集させた最高傑作って言っても過言じゃない機体さ!受け取ってくれるかい箒ちゃん?」
其れは箒への誕生日プレゼントだったのが、誕生日プレゼントがISの生みの親である束が直々に開発した最新鋭機とは豪華を通り越して贅沢をも超越している代物だと言えるだろう。
世界が第三世代機の開発に難航している中で、第七世代機を余裕で開発してしまう束が己の技術の粋を結集して作り上げた機体ともなればドレだけの性能を有しているのかすら予想不可能と言うモノだろう。
「……折角ですが、其れを受け取る事は出来ません。私に、専用機を貰うだけの力があるとは思えませんから。」
だが、箒は其の機体を受け取る事は出来ないと言って来た。
剣道部では一年生でありながら既にエースの座を獲得し、アリーナの使用許可が取れた時は秋五と共にセシリア達との訓練を行っていた箒は入学時には『C』だったIS適性がA-まで引き上がっているのだが、周囲が凄過ぎるせいで箒は己の成長を実感できずにおり、その結果として束が開発した専用機を受け取れないと言って来たのだ。――プラスαの要因として、決して嫌ってはいないが、凄過ぎる姉へのコンプレックスもあったのかも知れない。
「何を仰いますか箒さん!
確かに貴女は一般生徒かも知れませんが、私に言わせて頂ければ、箒さんほどの人に専用機が与えられていない事の方が驚きですわ!――クラス対抗トーナメントで汎用機の打鉄を使っていたにも拘らず、私と共に決勝戦まで駒を進めた箒さんの実力は、専用機を持つに相応しいと思いましてよ?」
だが、此処で箒の背を押したのはセシリアだった。
クラス代表決定戦後に親友となった箒とセシリアだったが、クラス代表決定戦後に謝罪をしたセシリアに対して真っ先に反応したのが箒であり、箒が先陣を切った事でセシリアは一組に受け入れて貰った部分が大きいので、セシリアは其の時の恩を返すが如く、『箒には専用機を貰う資格がある』と力説し、親友の力説を聞いた箒も、『なれば私が専用機を持つに値する人間になればいいだけの事だったか』と納得し、こうして無事に束から箒への誕生日プレゼントは渡され、副作用として箒とセシリアの友情はより強固なモノとなり、一般生徒達は箒に嫉妬する事なく、改めて自分も専用機を貰えるような存在になるべく精進して行くのだった。
そして其の後は特に問題はなく、束も各専用機の整備などを手伝いながら、平和に過ぎて行った――その際に束と本音が出会って謎の友情を構築していたりしたのだが、其れはマッタク持って無害だったので問題は無かった。
「山田先生!」
「何ですか?」
「実は……」
そんな中で、慌てた様子でやって来た教師が真耶に何かを耳打ちすると、其れを聞いた真耶の表情が一変し、『親しみ易い真耶ちゃん先生』から、銃火器を使わせたら右に出る者は居ないと言われた『楯殺し』のモノへと変貌する。
「皆さん、緊急事態が発生しました!
専用機持ち以外の人達は直ちに旅館に戻って指示があるまで待機!専用機持ちの皆さんは私と一緒に来て下さい!――マッタク持って、なんだってこんなトンデモナイ事が起こるんですか……!」
「ハプニング発生か……偶には無事にイベントが終わらないもんかねぇ?誰だよトラブルフラグ立ててんのは……」
「それは僕も思ったけど、起きてしまった以上は其れを如何にかする以外に手はないだろうからね……全力で対処するだけじゃないかな?僕の考えは間違ってるかい夏月?」
「否、大正解だ。」
真耶の号令によって一般生徒は旅館で待機する事になり、専用機持ちは真耶に先導されて教師室の一つに向かって行った――この予想外の緊急事態に対処するために。
臨海学校の二日目は、最後の最後でトンデモナイ事態が巻き起こった――起こってしまったのだった。
To Be Continued 
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