タッグトーナメントの翌日の朝、何時も通り目を覚ました夏月はグリフィンを起こさないようにベッドから出ると、日課である早朝トレーニングに繰り出して行った……昨晩はグリフィンと恋人同士の甘い夜を過ごしたのだが、グリフィンが肉食系女子であり、更にラテンのノリで夏月は盛大に搾り取られる結果となったのだが、其れでもこうして日課である早朝トレーニングを行えるのだから、夏月も大概絶倫であると言えるだろう。
トレーニングを終えて自室に戻って来た時にはグリフィンも目を覚ましてシャワーを浴びているようだったので、其の間に夏月は朝食の準備と弁当作りを略同時に行うと言う離れ業を見せ、グリフィンがシャワーを浴び終えて部屋に戻ってくる頃には見事な朝食が出来上がっていた。
「いっつもお弁当作って貰ってるけど、そう言えばカゲ君の料理の出来立てを食べるのって初めてかも。」
「俺の部屋にお泊りすると、もれなく一夜夏月特製の朝ご飯が付いて来ますってな。」
「この朝ご飯、ロランは毎日食べられるんだよねぇ?……な~んか、其れってちょっとズルい気がするなぁ。」
「ハハ、ソイツは同室の特権って奴だろ?まぁ良いじゃんか、将来的には毎日食べられるようになる訳なんだからさ。」
「……其れもそっか♪」
さて本日の朝食メニューは、『発芽玄米ご飯』、『鰆の塩こうじ漬けのグリル焼き』、『ネギ、カブ、なめこ、コロコロ厚揚げ、とろろ昆布の味噌汁』、『納豆(卵黄、フライドオニオン、パルメザンチーズ、オリーブオイル、粉末丸鳥ガラスープトッピング)』、『カブの葉っぱの辛し和え』である。
基本的には和食なのだが、その中で納豆のトッピングが洋風だが、此れは夏月が『カルボナーラ風の味付けにしてみるか』と試しにやってみたところ、意外な位に美味しかったので納豆のトッピングバリエーションとして見事に採用されたモノであったりする。
「納豆をこんな風に食べるのは初めてだけど、此れは思った以上に美味しいね?」
「納豆もチーズも発酵食品だからな。発酵食品に発酵食品の組み合わせは基本的に美味。ヨーグルトに味噌を合わせたのは肉漬けても魚漬けても旨いからな。
てかグリ先輩納豆平気なんだな?」
「ん~~、私だけじゃなくてブラジルの人って大抵納豆平気な人が多いんだよね?
ブラジルって南米でも日系の人が多い国でさ、結構日本の食文化が普通に普段の食卓に上がる事も珍しくないんだ――で、納豆って割と安価で栄養満点でしょ?
私が育った孤児院でも結構ご飯の時に出てたんだよ。だから全然平気。納豆以外にもイカの塩辛とか好きだし。」
「イカの塩辛か……刺し身で食べられるイカが一杯丸ごと手に入ったら手作りしてみるか。」
「おぉ、其れはちょっと楽しみ!
其れは其れとして、ドイツの眼帯ちゃんは大丈夫かな?機体の暴走で結構無理したみたいだし、其れに織斑君との事も……」
「身体の方は多分大丈夫じゃないか?
無理した事で全身筋肉痛にはなってるだろうけど、現役軍人なら回復も早いだろうしな……秋五との事も、秋五が昨日、『ラウラの事を僕の婚約者にしようと思う』って言ってたから問題ないと思うぜ。」
「そっか、なら安心だね……一抹の不安は、織斑君が眼帯ちゃんを婚約者に指名したら、織斑先生が何をしでかすか分かったモノじゃない事だけどね……」
「秋五が自分の意思で決定した事に異を唱えて彼是言って来たら、その時点で秋五はアイツを見限るだろうな……そんでもってそうなったその時は、俺が伊集院先生張りの鉄拳でアイツの歯を全部ぶち折るぜ。
『外道に歯があるのは違和感を覚える』ならぬ、『DQNに歯があるのは違和感を覚える』ってな。」
「流石は拷問ソムリエの伊集院先生、言う事が違うね……ヤクザもビビるだけの事はある。」
少しばかり物騒な発言もあったが、夏月とグリフィンは平和な朝食タイムを過ごし、食後は日本茶で一息入れた後に制服に着替えて(勿論夏月はシャワールームで着替えた)本日も学園生活のスタートだ。
因みに食堂で朝食を摂った生徒達は食堂に設置されているテレビで流れていたニュースで『フランスのデュノア社の社長夫妻が逮捕され、デュノア社が倒産した』と言うニュースを聞いて驚いていた――そのデュノア社から『三人目の男性操縦者』と言う触れ込みでやって来たシャルロットが居る一年一組の生徒は余計にだ。
そして、このニュースが此の日の爆弾の一つと密接に関係している事には、シャルロットの真実を知る者であっても予想出来ないモノであった。
夏の月が進む世界 Episode36
『Geburtstagsfeier mit ihm nach dem Turnier』
ホームルーム前の一年一組の教室では登校して来たラウラがクラスメイト達にもみくちゃにされていた――ラウラの裏人格の事は周知されており、クラス対抗タッグトーナメントの対夏月&ロラン組の試合の際には裏人格が表に出ており、更には其の裏人格によってVTSが暴走した事も新聞部が発行した『学園新聞・タッグトーナメント特別号』で知る事となり、VTSの暴走で無理矢理動かされたラウラの事を心配していたのだ。
「ボーデヴィッヒさん、身体の方は大丈夫なの!?全身筋肉痛だって聞いたけど、痛い所は無い?無理しないで痛い所があったら遠慮なく言ってね!」
「無理してない?無理はダメだよ!?無理して動いた結果更にダメになりましたとか、そんなのは洒落にもならないからね!無理は厳禁!絶対ダメ!!」
「む……心配をかけてしまったようだが、大丈夫だ。
昨日は全身筋肉痛のような状態になってしまったが、私達黒兎隊の隊員は全員が体内に治療用のナノマシンを投与されているので筋肉痛程度ならば一晩熟睡してしまえば完治するモノだからな。ドイツの化学力は世界一と言う奴だ。」
「よ、よかったぁ~~~!!」
「ボーデヴィッヒさんがダメになったとか、其れは本気で笑えないからね……無事でよかった、本当に良かったよぉ!!」
「って、のわぁぁぁぁぁ、抱き付くな貴様等~~!此れでは身動きが取れぬではないか~~~!!」
VTSの暴走により強制的に現役時代の千冬の動きを再現させられたラウラはその負荷に耐え切れず全身筋肉痛になっていたのだが、体内に投与されていた『治療用ナノマシン』によって一晩で完全回復し、ラウラが無事だった事を知ったクラスメイト達は全員がホッとして力が抜けていた。
ラウラは本音と共に『一年一組のマスコットキャラクター』となっており、凶暴な裏人格は兎も角、『日本のアニメ、漫画、ゲームの知識がちょっと間違ってる愛すべきアホの子』であるラウラはクラス内ではスッカリ人気者になっていたりするのだ。
「おはよう。酷い筋肉痛だって聞いてたけど……もう、動けるんだラウラ?」
「ウム、もう一人の私が迷惑をかけてしまったな秋五……お前を私の婚約者にするなどと言っておきながら此の体たらく……此れでは『お前を婚約者にする等と、一体どの口が言うと言う』と言うモノだ。
アレは忘れてくれ。いっそ黒歴史にしてくれても構わん。」
「その事なんだけどさ……忘れてくれなんて言わないでよ。……ラウラ、君に僕の婚約者になって欲しい。」
其処に秋五が教室に入って来たのだが、ラウラの姿を認めた秋五は、ラウラの身体を気遣った後に特大の爆弾を落としてくれた――確かに昨晩、大浴場で夏月から『明日のホームルームでボーデヴィッヒを婚約者に指名するか?』との選択肢を提示されてはいたが、まさかホームルーム前にやるとは夏月ですら予想しなかっただろう――実際にこの光景を見た夏月は『俺の提示の斜め上を行きやがったが』と言った、驚きながらも此の状況を楽しんでいる表情を浮かべていたのだが。
「そ、それは私としては嬉しい事だが……だがしかし、私は教官が私をお前の婚約者として認める条件を、『タッグトーナメントで一夜夏月に勝つ』と言う条件を達成する事が出来なかった……そうであるならば私にお前の婚約者になる資格は……」
「其れはあくまでも姉さんが出した条件でしょ?
僕はそんなモノは関係なく、ラウラに僕の婚約者になって欲しいって思ったんだ――僕が決めたのなら姉さんが其処に彼是言う余地はないんだよ……『男性操縦者重婚法』に於いて、婚約相手の最終的な決定権は僕と夏月にあるんだからね。
其の上で僕は君に僕の婚約者になって欲しいって思ったんだけど……ダメかな?」
「だ、ダメな筈がないだろう!寧ろ願ったりだ……その、不束者ではありますが宜しくお願いします!」
秋五からの申し出を聞いたラウラは、其の場に正座すると三つ指を付いて秋五に頭を下げた……此処でも若干間違った日本の知識が爆裂披露されたのだが、一年一組では『ラウラの間違った日本知識は愛すべきアホの子の要素』との認識だったので其処には誰にも突っ込まなかったが、其れ以上に秋五がラウラに『僕の婚約者になって欲しい』と言った事の方が衝撃的であり、ラウラが三つ指を付いてその申し出を受けた瞬間に、一組からは黄色い声が此れでもかと言う位に沸き上がり、その声量によって窓ガラスに罅が入ったくらいだ。
「女子のパワーはマジでスゲェな?
このパワーを物理的に取り出してエネルギーに変換したら、多分原発なんぞ目じゃないレベルのエネルギーを得る事が出来るんじゃないかと思うのは俺だけか?
これぞ正にクリーンなエネルギーだと思うんだけどな。」
「其れは私も思っているよ夏月……私の『九十九人の恋人達』のエネルギーも凄まじいモノがあるからね?」
「九十九人の恋人?……浮気じゃねぇよな?」
「浮気な筈がないだろう?
私は舞台では『男役』、『男装の麗人』を演じる事が多かった事で、男性よりも女性のファンの方が圧倒的に多いんだが、その中でも特に熱狂的なファンの事を『九十九人の恋人』と呼んでいるのさ。
因みに君は『唯一無二の生涯のパートナー』だよ夏月。」
「さよか。唯一無二の生涯のパートナーか……ソイツは最高の称号だぜ。」
ともあれ、ラウラは無事に秋五の婚約者となったのだった。
『僕の事は箒達が支えてくれるから、君の事は僕が支えるよ』と言うのは此の上にない殺し文句であり、其れを聞いたラウラはハートにキューピットの矢が新たに百本突き刺さり、完全に秋五に魅了されてしまったようだった。
其れから程なく朝のホームルームが始まり、真耶と千冬が教室に入って来たのだが、真耶の顔は何処か疲れているように見えた――昨晩の教員会議で疲れているのは間違いないのだが、其れだけではないようである。
「今日は皆さんに転校生……と言って良いのかは自分でも疑問なのですが、新たなお友達を紹介します。」
「フランスから来ましたシャルロット・デュノアです。」
その原因はフランスの腹黒王子こと、シャルロット・デュノアだった。
昨晩秋五から『デュノア社の社長夫婦逮捕』と、『デュノア社の倒産』を知ったシャルロットは、その日の内に真耶に事の次第を打ち明け、改めて『シャルロット・デュノア』として編入すると言う事を伝えていたのだが……余りの急展開に、真耶も対応が後手後手に回る羽目になり、今日の早朝に何とか編入手続きを追わらせると言う相当極まりない激務をこなしたので其れは疲れると言うモノだろう――尤も此れは本来、『まだ』一組の担任である千冬の仕事であるのだが、今回もまた御多聞に漏れず真耶に丸投げしたようである。
尤もシャルロットを三人目の男子として疑っていなかった生徒にとっては此れは凄まじい爆弾であり、同時に『三人目の男子』と言う幻想が崩れ去ったのだが、しかし其れ以上にシャルロットの事を心配する声が多かったのも事実だ。
今朝のニュースで『デュノア社の社長夫婦逮捕』、『デュノア社の倒産』は誰もが知っていたので、シャルロットにも何らかの影響があるのではないかと心配していたのだが――
「デュノア社が倒産したとか、其れは僕にとっては如何でも良い事なんだよね――そもそもにして、母さんを見殺しにした奴がどうなろうと知った事じゃないんだよ。
精々、地獄を味わえば良いと思うよ。」
黒い笑みを浮かべてサムズダウンしたシャルロットに対してクラスメイト達は其れ以上は何も言えなかった――と同時に、シャルロットとデュノア社の間には途轍もない軋轢が存在していたのだと言う事も理解させられたのだった。
其れと同時にシャルロットの内に秘めた黒さもクラスメイト達に知れ渡る事になったのだ……腹黒王子は腹黒プリンセスであったのである。
そして其のままホームルームは終わって授業になったのだが、本日の一組の四時限目は体育で内容は『学園島一周マラソン』だったのだが、誰が言ったのか、『夏月チームと秋五チームによるリレー勝負』に授業内容が変わり、夏月と秋五は夫々の婚約者を入れたチームを作って、そしてリレー勝負となったのだった。
夏月チームに夏月の婚約者がロラン一人(残るメンバーは本音、静寐、ナギ)なのに対し、秋五のチームは秋五の婚約者がオニールを除いて全員が居る上に、箒以外は何れも代表候補生以上なので秋五組が圧倒するかと思いきや、後半でバトンを渡されたロランが秋五組のセミアンカーに追いつき、そしてデッドヒートの末に同時にアンカーにバトンを渡し、アンカーの夏月と秋五のデッドヒートは、正に『手に汗握る』展開となり、最後は夏月がまさかの幅跳びの要領で跳躍して強引に一位を獲得して、秋五に見事な勝利を収めたのだった。
話は前後するが、日本時間の正午に、ドイツが『ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑秋五の婚約』を、フランスが『シャルロット・デュノアと織斑秋五の婚約』を夫々発表し、二人は自国政府公認の元、正式に秋五の婚約者となった――ラウラに関しては、千冬が『アイツは私が出した条件をクリア出来なかったのだが、秋五自身がボーデヴィッヒを選んだのであれば仕方あるまい。』と、可成り不満そうであったが受け入れていた。
――――――
其処からは平穏な日々が続き、やって来た五月二十二日。
その日の放課後、夏月を除いた『夏月の嫁ズ』は楯無からのグループラインを受け取って、放課後の生徒会室に集まっていたのだ――呼び出した楯無は、生徒会長の机で、『某指令』の様なポーズをとっていたが。
「さて、明日はいよいよ夏月の誕生日な訳だけど……皆、プレゼントは買ってあるわよね?」
その楯無が開口一番言って来たのが此れだった。
スコールは『一夜夏月』の戸籍を作る際、その生年月日を五月二十三日に設定しており、明日が正に誕生日当日なのである――如何して五月二十三日なのかを夏月はスコールに訊ねたのだが、スコール曰く『特に理由はないけど、頭にパッと浮かんだ』との事で、言うなれば直感的に其れが良いと思ったと言う事なのだろう。
ともあれ、明日は夏月の誕生日なので楯無は皆に『プレゼントは買ってあるのか?』と尋ねたのだが、其れに対する答えは全員が『Yes』であり、プレゼントは楯無が『京都の刀鍛冶が作った高級包丁セット』、簪が『MGEXユニコーンガンダム』、ロランが『ワニ革の財布』、ヴィシュヌが『革製のチョーカー』、グリフィンが『武藤敬司プロレス名勝負列伝』のBR、鈴が『DAIGOの台所の番組ロゴが入ったエプロン』、乱が『ガールズ&パンツァーのアニメBRコンプリートセット』、ファニールが『オーダーメイドの万年筆』と見事にバラけていたのでプレゼントが被る心配はなかった。
そして誕生日となれば当然の如く誕生パーティな訳であり、夏月の誕生パーティは此れまでも更識の家で行われていたのだが、今年はIS学園に居ると言う事もあって少しばかり勝手が異なってくるだろう――パーティの開催場所にしても、寮の部屋では全員が入るには些か狭いのだから。
「夏月の誕生パーティを開くと言うのは諸手を上げて賛成だが、何処で行うんだいタテナシ?寮の部屋では些か狭いだろう?
……まさかとは思うけれど、生徒会室で行う心算じゃないだろうね?確かに此処ならば広さ的には全員入っても問題ないとは思うのだが。」
「まさか、そんな事は考えていないわ。
誰かに聞かれたくない話をするのなら兎も角として、生徒会室を私的に使ったとなったら流石に問題だからね……因みに今日の事は夏月君には聞かれたくない事だからギリギリセーフよ。反則ギリギリのグレーゾーンだけれどね。
でも、パーティ会場に関してはもう確保してあるから安心して良いわ――『e-スポーツ部』の部室を使えるから。
山田先生に事情を説明して使用の許可を申請したらアッサリと許可してくれたからね……『其れなら思い切り一夜君の誕生日を祝ってあげて下さい』とまで言ってくれたし、山田先生って実は天使なのかしら?」
「山田先生はマジ天使っしょ……あの胸の無駄な脂肪の塊だけはアタシにとっては絶対的に敵だけどね。」
「お姉ちゃん、落ち着いて。女は胸じゃないよ!」
「年下のくせにアタシよりデカいアンタが言っても一切合切説得力皆無なのよ乱!……ヴィシュヌ、アンタのその胸を10%で良いからアタシに寄こせ!マジ寄こせ!」
「えっと……無理です。」
真耶の粋な計らいにより夏月の誕生日パーティは『e-スポーツ部の部室』で行われる事になったのだが、会場の確保以上に必要となるのが、『誕生日パーティを夏月に悟られない』と言う事だ。
更識の家に居た頃は、誕生パーティ当日には先代の楯無である総一郎が夏月に特別訓練を行ったり、楯無と簪がショッピングに連れ出したりして夏月に誕生日パーティを悟られないようにして来たのだが、孤島にあるIS学園では其れも難しい事であり、如何にして夏月に悟られないようにするかも大事な事であり、其れには学園島から夏月を連れ出すのが上策なのだが……
「夏月君にはパーティを内緒にしておきたいから当日は学園島から連れ出すのが上策なのだけれど……その任務は、貴女に任せるわファニールちゃん。」
「えぇ、私!?」
その最重要任務に於いて白羽の矢が立ったのはファニールだった。
普通に考えれば夏月の嫁ズで最年少のファニールにこの任務を任せるのはミスキャストなのだが、ファニールはゴールデンウィーク後に夏月の婚約者となったので嫁ズの中で唯一夏月とのデートをしていないので夏月を学園島から連れ出す事でデートが出来て、更にファニールはカナダだけでなく世界的に大人気の実力派アイドルであり、妹のオニールと共に歌とパフォーマンスだけでなく演技力も高く評価されているので夏月を学園島から連れ出すには此の上なく適任の人材だったと言う訳である――若干十二歳にして此の実力は、末恐ろしいモノがあると言っても罰は当たるまい。
其れ等を楯無がファニールに説明し、その説明を聞いたファニールも、『そう言う事なら任せなさい!』と了承し、最終的には『ファニールが夏月を連れ出している間にパーティの準備を完遂する』と言う事で決着し、夏月の誕生日パーティは準備される事になったのだった。
そして其の日の夕食時に、ファニールが夏月に『明日のデート』を申し込み、夏月も其れを了承した事で、ファニールのミッションは先ずは略成功したと言えるだろう。
――――――
そして翌日五月二十三日、夏月は例によって待ち合わせの十五分前にはモノレールの駅に来ており、これまたスマホの『マスターデュエル』で並み居る強カテゴリーデッキを相手に、『好きなカードで作ったデッキ』で連勝街道を突っ走ていた。
『スターダスト系全部ぶっこみました』なシンクロデッキを使って連勝数を伸ばしていた所にファニールが現れ、其処からデートスタート。
本日の夏月のコーディネートは、ライトグレーのダメージジーンズに背中に銀で『鬼神』と入った黒いTシャツで、ファニールは『袖なしのセーラー服』と言うべきトップスにホットパンツを合わせ、ホットパンツのベルト通しに巻きスカートのベルトを通して右足だけを覆うように巻きスカートを装着し、アイドルだとバレないように変装用の伊達眼鏡を装備である。
「鬼神……アンタにはピッタリかもね?」
「ファニールも、良く似合ってるぜ其れ。」
合流した二人はモノレールで本土に移動すると早速デート開始……なのだが、傍目には其の姿は『仲の良い兄妹の休日のお出掛け』にしか見えないのは致し方ない事だろう。普通にデートしているように見えるようになるには後三年ほど必要であるのかもしれない。
其れは其れとして、デートとは言っても昨日の今日なので夏月もファニールもデート内容は決めておらず、その時々で適宜楽しむと言う感じで先ずは適当に街をぶらつく事にしたのだが――
「おぉ、傷の兄ちゃん!ゴールデンウィーク以来だな!」
「露店商のオッサン!久しぶりだな、儲かってるか?」
「ボチボチってところだな。」
此処でゴールデンウィーク中になんと七日間連続でエンカウントしたシルバーアクセサリーの露店商と久しぶりのエンカウント。
露店商はファニールを見て『妹さんかい?』と聞いて来たが、其れに対し夏月は『ゴールデンウィーク後に追加された八人目の嫁だ』と説明し、露店商は『こんな子供が嫁って、傷の兄ちゃんもしかしてロリ……』と言い掛けたのだが、『其れ以上言ったら顔面変形しちゃうぜオッサン♪』と笑顔の中に凄まじい殺気を込めた夏月に言われ、言い掛けた言葉を強引に飲み込む事となった……滅多な事は言うモノではないと言う教訓である。
とは言え、出会った以上何も買わないと言う選択肢は無いので、夏月はファニールとお揃いのチェーンブレスレットを購入し、留め具の部分に其々名前を刻印して貰った――その際に、ファニールの正体がバレて露店商がサインを求めたのはご愛敬と言ったところか。
其の後はゲームセンターのアミューズメントゲームで夏月が賞品を獲得しまくり、ファニールが『ビートマニア』、『ダンスダンスレヴォリューション』、『太鼓の達人』等のリズムゲームの最高難易度をクリアしまくってランキングを塗り替え、ドラムとピアノのセッションが出来る『ジャムセッション(オリゲー)』では、夏月がドラムを、ファニールがピアノを担当してノーマルでも鬼畜難易度と言われている『Finder
keepers』を最高難易度で、しかもノーミスでクリアすると言う離れ業をやって見せてギャラリーを湧かせていた――序にパンチングマシーンに挑戦した夏月が、右ストレート、右正拳突きでトンデモナイ記録を出し、最後の三発目はワンインチパンチを繰り出して『測定不能』と言うトンデモ記録を叩き出していた。『本気で固めた俺の拳はダイヤモンドよりも硬い』と言うのは伊達ではないようである。
ゲームセンターで遊んだ後は良い時間になったので、ファニールの希望で『お好み焼き屋』に入り、夏月は『海鮮ミックス』を、ファニールはある意味でお好み焼きの基本とも言える『ぶた玉』を注文し、そして夏月が見事な焼きっぷりを見せてくれた。
片面に丁度良い焦げ目が付いた所でひっくり返し、暫く経ったところでもう一度ひっくり返して良い感じに焦げ目が付いたのを確認すると、敢えて鉄板に零れるようにソースを掛けて鉄板でソースを焦がして香ばしさを引き出し、其処にすかさずカツオ節を振り掛けヘラで細かく切り分け、切り分けた後でマヨネーズをトッピングしてターンエンド……ではなく、ファニールにヘラでの食べ方も教える事も忘れない。お好み焼きはヘラで食べてナンボなのである。
そしてお好み焼きを堪能した後は締めの『焼きラーメン』だ。
焼きラーメンと言えば豚骨が王道なのだが、ソースとマヨネーズの濃い味付けのお好み焼きの後では豚骨では味が薄く感じてしまうと言う事で、ノーマルな豚骨ではなく味噌豚骨にしたのは正解だろう……その味噌豚骨に『ナルトの一楽監修』と書いてあったのがなんともアレだが。
「はぁ~~……話には聞いてたけど想像以上に美味しかったわお好み焼きと焼きラーメン。今度はタコ焼きを食べてみたいわね。」
「タコ焼きなら、タコ焼き用の鉄板あるから今度作ってやろうか?俺特製の揚げタコ焼きを。ソースなしでマヨネーズオンリーで食べるのが揚げタコの基本だぜ。」
「其れも美味しそうね……機会があればお願いしようかしら。」
ランチ後の午後の部は、カラオケボックスに突撃して、ファニールによる夏月の為の独占ライブが行われた。
『メテオ・シスターズ』の曲だけでなく、日本のアニメソングや有名歌手のヒットナンバー、果ては野球やサッカーの応援歌に至るまで、ファニールは其の歌声を惜しむ事無く披露し、夏月を楽しませてくれた。
その独占ライブのラストは、夏月とファニールがデュエットで『楽園』を歌い上げて全国ランキングトップの記録を出して終幕となった。
カラオケボックスを出た頃には日が傾き始めていたのでモノレールの駅から学園島に戻って来たのだが、此処でファニールは寮には戻らずに夏月を連れてe-スポーツ部の部室に向かって行った。
夏月も『何で部室に?』と不思議そうだったのだが、部室の扉を開けると――
「「「「「「「HappyBirthday、夏月!」」」」」」」
クラッカーが鳴り響き、部室の中にはテーブルに所狭しと並べられた料理と、めっちゃ気合の入ったバースデーケーキが用意されていた――ファニールが夏月をデートで学園から連れ出している間に、楯無達は夏月の誕生パーティの準備を進め、家庭科室で『フライドポテト』、『スモークサーモンとクリームチーズの春巻き』、『海鮮とトマトとアボカドのサラダ』、『ローストビーフ』、『バースデーケーキ』を作って、部室の飾りつけもしていたのだ。
用意された料理は全て美味しそうだったのだが、その中でも特に目を引いたのがバースデーケーキだろう。
三段重ねの豪華さだけでなく、クリームやフルーツのトッピングが抜群のセンスであり、メレンゲで作られたデフォルメされた夏月と嫁ズのメレンゲ菓子がケーキ全体にインパクトを追加しているのだ。
「そう言えば、今日って俺の誕生日だったっけか……ぶっちゃけ忘れてました!」
「自分の誕生日位覚えておきなさいな……でも、そんな訳で夏月君の誕生日パーティーを始めるわよ!」
楯無の号令で夏月の誕生日パーティが始まり、先ずはノンアルコールのシャンパンで乾杯した後に夏月がケーキのロウソクを吹き消し、プレゼントを渡してから立食パーティとなり、用意された料理は夏月が『レベル高いな』と言う程のモノであった。特にローストビーフは焼き色が見事なロゼに仕上がっており、ソース無しでホースラッディッシュオンリーで行けるほどの出来だった。
スモークサーモンとクリームチーズの春巻きも、揚げる事でクリームチーズが良い感じに溶けて、其れがスモークサーモンとの絶妙なマッチングとなっていた……スモークサーモンに火が通り過ぎないように内側になるように巻き、更に湯葉で包んだのが大正解だった様だった。
フライドポテトも出来合いの冷凍品を揚げただけでなく、オーソドックスな塩、スパイシーなカレー、粉チーズとコショーと複数のバリエーションが存在し、サラダもトマトの赤とアボカドの緑が実に良い色合いを演出し味も抜群だった。
そしてバースデーケーキだが、此れも只のケーキではなく一段目は普通のスポンジケーキで、二段目はココアスポンジケーキ、三段目はコーヒースポンジケーキとなっており、クリームも一段目は生クリーム、二段目はカスタードクリーム、三段目はマスカルポーネチーズのクリームと相当に凝ったモノになっており、夏月が満足出来る仕上がりとなっていた――嫁ズが本気を出すと色々と凄いと言うのは間違いないだろう。
だが、ケーキを食べてもパーティは終わらず、其の後はe-スポーツ部らしく、色々なゲーム大会で盛り上がった。
格ゲーと遊戯王では夏月が無双し、パズルゲームでは簪が最強列伝、リズムゲームではファニールが絶対無敵だったのだが、其れでも各種ゲームを夫々が心行くまで楽しみ、パーティの最後には夏月のスマホを使ってタイマーセットをして集合写真を撮影してターンエンド。
中央で腕組しながらサムズアップする夏月の右側に楯無、左側にロランが陣取り、夏月の後にヴィシュヌとグリフィン、夏月の前に鈴と乱が座ってピースサインをして簪とファニールはヴィシュヌの横でフュージョンのポーズを決めていた……簪とファニールに若干の突っ込みがありそうだが、此れは此れで良い記念写真になったのは間違いないだろう。
「皆、ありがとな……最高の誕生日になったよ。」
記念撮影の後で、夏月が嫁ズに感謝の意を伝えて夏月の誕生日パーティはお開きとなったのだった。
――――――
誕生日パーティが終わった後、夏月は大浴場で一風呂浴びて、風呂後に入浴前に売店で購入しておいた『モンスターエナジー・アブソリュートゼロシュガー』、略して『モンエナ・アブゼロ』を一気に飲み干して寮の自室に戻って来たのだが、扉を開けるとロランの姿はなく、代わりに途轍もなく巨大な段ボール箱があった。
其れは巨大ながら綺麗にラッピングされ、ご丁寧に『夏月へのバースデープレゼント』とのメッセージカードが貼り付けられていたので、夏月としても無視する事は出来ずにラッピングを解いて箱を開けたのだが……
「その、HappyBirthdayです夏月。」
箱の中に入っていたのはリボンで局所を隠すようにラッピングされたヴィシュヌだった。
このまさかの展開に夏月の思考は暫し宇宙の彼方のブラックホールまで旅してしまったのだが、秒で思考を取り戻すとヴィシュヌに『なにやってんだ?てか、如何してこうなった?』と聞き、其れに対して返って来た答えは『くじ引きで誰が夏月のプレゼントになるのかを決めた結果、私になりました』と言うモノだった……『プレゼントは私』はある意味で王道展開であり、其れを言い出したのは間違いなく楯無だろうが、その結果として嫁ズ一番のプロポーションを誇るヴィシュヌが夏月へのプレゼントになったのは、ある意味では最高の結果であったのかもしれない。羞恥心で顔を赤らめたヴィシュヌも可成りポイントが高いと言えるだろう。
「ヴィシュヌ……此れは流石に破壊力が最上級能力を発動したオベリスクだぜ……最高の誕生日プレゼント、有り難く頂くぜ。」
「夏月……貴方の愛を、私に下さい……そして私の全てを貰って下さい……」
「勿論、その心算だぜヴィシュヌ……最高のバースデープレゼントに感謝、だな。」
そのヴィシュヌをお姫様抱っこして箱から出すと、優しくベッドに下ろしそしてシャツとジャージを脱ぐとヴィシュヌに覆い被さってキスを交わし、そして其のまま恋人達の甘い夜に突入し、夏月とヴィシュヌの愛と絆もより強く深いモノになったのだった。
――――――
同じ頃、束は『箒の誕生日プレゼント』の制作に精を出していたのだが、其処で思いもよらぬデータを発見していた――其れは白騎士事件の際の白騎士のコアデータのログであり、箒の誕生日プレゼント用のISコアを新たに作ろうとして気付いたモノだったのだが、そのログには白騎士事件からの三年間で束でも知る事がなかった白騎士事件の真の真相に至るモノが記録されていた。
「ふむふむ此れは……んん?って此れは……この白騎士のコアのログが正しいとしたら、織斑千冬は……ちーちゃんは――もしかしてそう言う事なのか?
だとしたらアイツは、学園に居る織斑千冬は……いや、アレの中に居る人格が私の予想通りだとして、、ちーちゃんは一体何処に行っちゃったんだろう?……此れは、少しばかり本気で調べてみる必要があるかも知れないね。白騎士事件、白騎士のコア人格、そして織斑計画全てを」
其れを見た束は、早速調査を開始したのだが、しかし世紀の大天才にして大天災でもその詳細を知る事は出来なかった――其れほどまでに白騎士事件と織斑千冬の関係と言うモノは強固なプロテクトが掛かっているのだろう。
そのプロテクトは『十二桁の異なるパスワードを十回連続で正しく入力せよ』と言う難解極まりないモノであり、流石の束も圧倒的な面倒くささゆえに匙を投げ、『織斑計画の真相』の方を調べる事にしたのだから……尤も織斑計画にしても既に凍結、破棄された計画であるために残っている資料は殆ど無く、更識家が調査した以上の情報は出て来ない可能性の方が高い訳なのだが、調べてみるのは無駄ではないだろう。
そしてあっと言う間に時は進み、臨海学校の十日前までやって来たのだった……
To Be Continued 
|