学年別タッグトーナメント二回戦の最終戦は、世界に二人しか存在しない『男性IS操縦者』のぶつかり合いである事で、『これは決勝戦か?』と思ってしまうくらいにアリーナの熱気は高まっていた。其れこそ、その熱気で気球が上がるのではないかと思うレベルでだ。
此の試合で観客が望むのは夏月と秋五のぶつかり合いなのだが、試合開始直後ぶつかり合ったのは夏月とラウラ、秋五とロランだった。

観客の望む展開ではなかったかもしれないが、夏月とラウラは兎も角として、ロランと秋五のぶつかり合いは秋五にとってはクラス代表決定戦の雪辱を果たす機会と言えるので、秋五のリベンジなるかと言う展開に観客は盛り上がりを見せていた。


「ローランディフィルネィさん、今度は勝たせて貰うよ!」

「クラス代表決定戦の時とは最早別人だな織斑君?
 無論受けて立つが、私の事はロランと呼んでおくれよ?……作者がいい加減私の名前をフルネームで書く事に嫌気が差しているのでね。」

「……はい?」

「スマナイ、妙な電波を受信してしまったらしい……タダの妄言と斬り捨ててくれたまえ。」


秋五の鋭い斬り込みに対し、ロランはビームハルバート『轟龍』の柄で其れを受けると、其処からカウンター気味の斬り上げを放つ!――が、秋五は其の斬り上げをギリギリで回避すると逆に横薙ぎでカウンターのカウンターを叩き込む。


「ふむ、見事なダブルカウンターだ……」

「そのダブルカウンターを受け止められると少しショックかな。」


そのダブルカウンターをもロランはガードし、序盤は互いにダメージはゼロだ。

一方の夏月とラウラはと言うと、のっけから手加減も何もないガチガチのクロスレンジでの戦いを行っていた――その攻防は凄まじく、正に手に汗握る展開であり、アリーナのボルテージを上げて行くのだが、そんな中で夏月は今戦っているラウラに既視感を感じていた。
ラウラが千冬から『一夜に勝てば織斑の婚約者として認めてやる』と言われたのはラウラ本人から聞いていたので、ラウラが夏月を狙ったのは道理であり、攻撃が激しいのも夏月に勝つ為だと考えれば納得も出来るが、夏月が感じた既視感は今のラウラの攻撃其の物であった。
攻撃が激しい、鋭い、其れはトーナメントまでの期間秋五と共に訓練を行い、其の訓練も専用機を没収されていた事で訓練機を使ったモノであり、専用機に慣れたラウラにとって訓練機で訓練を行うと言うのは重りを付けてトレーニングをするのと同じようなモノであり、そんな状態の訓練を続けた後に専用機を動かせば動きが良くなるのも理屈としては分かるが、攻撃の激しさと鋭さの奥に、夏月は凶暴さを感じ、その凶暴さに既視感を覚えたのだ。


「……成程、そう言う事か。……オイ、クソッタレの銀髪チビ。何でテメェが表に出て居やがる?ボーデヴィッヒは如何した?」

「ククク……気付いていたか。
 主人格には奥に引っ込んで貰ったぞ?教官がお前を潰せと言った事に対し、主人格は迷い、そしてやりたくないと思ってしまったのでな……教官の仰った事を黙って遂行出来ないのではラウラ・ボーデヴィッヒである価値はない。
 私こそが教官の仰った事を迷いなく遂行出来る存在……真のラウラ・ボーデヴィッヒになるのだ!貴様を倒してな!」


其の凶暴さの正体、其れはラウラの人格が所謂『裏ラウラ』に変わっていた事が原因であり、夏月が既視感を感じたのは相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四人を半殺しにした時と同じ凶暴さを感じたからだ。


「やれやれ、俺の予想通りの事をやってくれるとかマジで余計な事しかしやがらねぇな、あのDQNヒルデはよぉ?
 ……本来のボーデヴィッヒだったら楽しい試合になったかも知れないが、テメェなんぞはハッキリ言って俺の敵じゃねぇんだよ銀髪チビ。大体にして、テメェじゃ秋五の嫁は務まらねぇっての。」

「務まるかどうかは問題ではない……貴様に勝てば私は張れて教官のお墨付きを貰って織斑秋五と婚約関係になれるのだからな!」


ラウラの精神的負荷を代わりに受ける存在として生まれた裏ラウラだが、今回はラウラの精神的負荷の肩代わりではなく己の意思で表に出て来たのだが、其のまま身体の支配権を得る心算らしく、秋五の婚約者の立場だけでなく、自らが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』となる為にも夏月を倒さんと思っているようだ。
そんな裏ラウラに(フェイスパーツで表情は見えないが)、夏月は心底つまらなそうな視線を向けると、納刀状態で裏ラウラの攻撃を捌いていた状況から不意を突く鞘打ちの一閃を叩き込んで強制的に間合いを離すと、此の試合で始めて朧を抜刀したのだった。










夏の月が進む世界  Episode34
『Vernichte die falsche Battle Maiden!!』










朧を抜刀した夏月は、プライベートチャンネルを使ってロランと秋五に『ラウラが裏人格になっている』と言う事を伝えると、ロランも秋五も『何故?』と疑問を持ったのだが、夏月がその理由を説明するとロランは『成程、納得だ』と納得し、秋五は『姉さんは何余計な事してくれてるの……』と千冬の余計な横槍に呆れると同時に、千冬をピットルームから追い出さなかった事を後悔しても居たが、其処は『起きてしまった事は仕方ない、此処からどうするかだ』と即座に切り替えたみたいだ。


『其れで、彼女の事は如何するんだい夏月?』

「打っ倒すさ。如何やらこの銀髪チビの狙いは俺みたいだからな……だから、こっちは俺に任せてそっちはそっちで思い切りやってくれ。
 特に秋五、お前にとってはロランにリベンジ出来る機会なんだからダセェ試合だけはすんじゃねぇぞ?そんで、もしもロランに勝つ事が出来たら俺へのリベンジも挑んで来いや。……そっちが決着する前に、俺はこの銀髪チビを打っ倒しちまうかもだけどな!」

『此の状況でそう言い切れてしまう君に益々惚れてしまいそうだ……だが、そう言う事ならば了解だ。』

『姉さんの横槍は僕が始末するのが道理なんだろうけど、そのボーデヴィッヒさんは多分君以外は目に入って無いと思うから、悪いけど任せるよ夏月!』


「おうよ、任された!」


通信を終えると、夏月はイグニッションブーストで裏ラウラに肉薄し鋭い一文字切りを繰り出し、それに対して裏ラウラはスウェーバックで其れをギリギリで回避する。
しかし夏月はそこで朧を逆手に持ち替えると其処から超高速の逆手連続居合いを繰り出して裏ラウラを一気呵成に攻め立てる!
通常の居合いと比べると速さも威力も劣る逆手居合いだが、通常の居合いと異なり振り抜いても手首を返すだけで即座に次の攻撃を放てると言う利点があり、結果として逆手の連続居合いは『単発での威力は劣るが、連続攻撃によって総合的な威力は高くなる』のである。
更に夏月は只連続で逆手居合いを繰り出すだけではなく、通常の居合いの横一文字、袈裟斬り、逆袈裟切りの三種を使い分けており、裏ラウラは左右から引っ切り無しに繰り出される三択攻撃に対処しなくてはならなくなっていたのだ。


「何と言う激しい攻撃だ……だが、此れ位ならば対処出来ないレベルではないな。」

「だろうな。なら、ギアを上げるぜ?」


次の瞬間、夏月の逆手連続居合いはその激しさが増し、更に夏月は其処に鞘打ちや蹴りを使った体術を織り交ぜる複合的な攻撃を行って来たのだ。
逆手の連続居合いだけならばギリギリ対処出来たかも知れないが、其処に鞘を使った二刀流と蹴りが加わったとなると逆手連続居合いのどのタイミングで鞘や蹴りが飛んでくるのかも予想しなくてはならず、戦闘の難易度は一気に跳ね上がるのだ。
加えて夏月は更識の人間として、『人を殺す技術』も修得しているので、如何すれば相手の命を確実に奪う事が出来るのかも分かっているのだ……無論、現役軍人であるラウラも人を殺す手段は修得しているだろうが、其処は実戦経験の差がモノを言う。
実際に人を殺した経験はないが一夜夏月となり更識の家で暮らすようになってから数多くの修羅場を潜り抜けて来た夏月と、現役軍人ではあるが本当の戦場を経験した事のないラウラでは決定的な差があり、其れは裏ラウラが表に出て来ても同じである――寧ろ、普段は深層心理の奥底に引っ込んでいる裏ラウラならば余計に経験が少ないので夏月に勝つのは難しいだろう。


「く……ならば此れは如何だ!!」

「お?……何だこりゃ、動けなくなっちまった。……時を止めたってのか?」

「時よ止まれ、ザ・ワールド!ではないが、此れはAIC。対象の動きを完全に止めてしまうレーゲンの特殊機能だ!如何だ、指一つ動かせまい!」


だが、此処で裏ラウラはシュヴァルツェ・レーゲンに搭載された特殊機能である『AIC』を発動して夏月の動きを封じる。
AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラーは元々ISに標準装備されているPICをドイツが独自に発展させた物で、対象の動きを任意で封じる事が出来ると言う、一対一のタイマンでは正に反則級の能力を持っている。
発動には極めて高い集中力が必要になるので、複数の相手には向かないが、其れでも対象の動きを止める事が出来ると言うのは脅威だろう。


「要は楯無さんの『沈む床』の劣化版か。
 俺自身は動けないけど機体に搭載された武装は使う事が出来るみたいだから、ぶっちゃけ大した脅威じゃねぇな。」

「何だとぉ!?」


だが其れも夏月にとってはマッタクもって脅威ではなかった。
と言うのも楯無の機体にはナノマシンで完全に相手の動きを封じてしまう『沈む床』と言うワン・オフ・アビリティが搭載されており、其れが発動したら最後、機体に搭載されている武装すら動かす事が出来なくなるので、機体に搭載された武装を動かす事は出来るAICは夏月にとっては生温いモノだったのである。

右肩のアーマーに搭載された電磁レールガン『龍鳴』を裏ラウラに放って強制的にAICを解除すると、間髪入れずに超神速の居合いを叩き込んで裏ラウラを吹き飛ばしてアリーナのフェンスに叩き付け、イグニッションブーストで間合いを詰めて串刺しのシャイニング・ウィザードを一閃!
これにより裏ラウラは絶対防御が発動してシールドエネルギーが大幅に減ったのだが、夏月は其れでは終わらずに裏ラウラをブレーンバスターの要領で持ち上げると両足をホールドして飛び上がり、其処から一気にフィールドに急降下してキン肉バスターを鮮やかに、そして豪快にブチかまし、追撃として裏ラウラを蹴り飛ばす。
この時点でシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは残り30%程になっており、裏ラウラも息が絶え絶えになっていた。


「クソ、此れでも喰らえ!!」

「はい残念でした~~!次頑張りな!」


苦し紛れに放ったレールガンの連射も夏月は全て朧で斬り落として見せた……其れだけでも、夏月が一体どれだけの実力を備えているのかがうかがえるだろう。
ビームに比べれば遅いとは言え、レールガンは初速から時速7000kmと言う実弾兵器としては他の追随を許さない発射速度を誇り、其れは大凡人が対処出来るレベルではないのだが、ビームを斬る事が出来るようになっている夏月にとっては充分対処出来るモノであり、寧ろ遅いと感じた位だろう。


「馬鹿なレールガンの弾を斬っただと……有り得ん、有り得んぞそんな事は!!」

「ところがギッチョン、此れは現実なんだよなぁ……だが此れで、テメェの詰め手は全て封殺されちまったな銀髪チビ?
 AICは俺の龍鳴で解除出来るし、近接戦闘では俺の方が上で、レールガンは俺が斬る事が出来るんだからな……無様を晒す前に降参する事をお勧めするぜ?」

「誰が、降参などするかぁぁ!!」


此れ以上やっても意味は無いと判断した夏月は裏ラウラに降参勧告をしたのだが、裏ラウラは其れを聞き入れず、逆に夏月の降参勧告を『侮辱された』と感じ、逆上して突っ込んで来たのだが、そんな単調な攻撃は夏月には通じない。


「言うだけ無駄だったか……なら相応の対応をさせて貰うぜ銀髪チビ!獄門招来……貴様は達磨じゃあ!」


逆に逆手の連続居合いで裏ラウラの両手両足を一閃して絶対防御を発動させてシールドエネルギーを大きく減らし、此の攻撃によってシュバルツェ・レーゲンのシールドエネルギーは残り10%を切り、其れこそあと一撃受けたら終わりと言う所まで追い込まれていた。

正に圧倒的なワンサイドゲームであり、此れだけならば観客もシラケてしまっただろうが、夏月と裏ラウラの一方的な展開とは裏腹にアリーナは盛り上がっていた。
理由はロランと秋五の戦いだ――試合が始まってから今の今まで、互いにクリーンヒットを許さずにシールドエネルギーの消耗も微々たるモノと言う正に接戦となっており、クラス代表決定戦では秋五が自ら降参する程の実力差があった事を考えると、僅か一カ月半弱でロランと互角の戦いが出来るようになった秋五の急成長ぶりに観客達は驚き、そして盛り上がっているのだ。
そして其れだけではなく、盛り上がっているもう一つの要素として秋五の相手がロランである事も大きいだろう。
僅かな期間で急成長した秋五はロランとも互角に戦う事が出来るようになっていたが、あくまでも『互角に戦えるようになった』レベルであり、実力的にも経験的にもロランの方がまだ上であり、試合の主導権を握っているのはロランであり、ロランは女優業で培った『魅せる技術』を駆使して、観客には『ラウラの援護に向かいたい秋五と其れを阻止するロラン』と映るように立ち回っていたのだ。
これにより観客達の反応は『織斑君、早くボーデヴィッヒさんを助けに行って!』と言うモノと、『ロランさん、其のまま織斑君を抑え込んで!』と言う二つに分かれて熱狂の渦を作り出しているのである。


「まさか一カ月と少しで此処まで強くなるとは……流石は天才。否、天才が研鑽を怠らなかった結果かな?
 嫉妬と言うのは実に醜いモノであると言うのは理解しているのだが、私が数年掛かって辿り着いた場所に僅か一カ月少しで追い付いてしまうとは、その天才ぶりに私は嫉妬せずには居られない……嗚呼、神とは何故にこうも不公平なのだろうか?
 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群な上に学習能力もずば抜けているとは、幾ら何でも君は神に愛され過ぎではないかな織斑君?」

「僕の方は結構必死なんだけど、ロランさんは何時もの其れを出来るだけの余裕があるって、何とか喰らい付けるようになったとは言え僕もマダマダだな……僕はもっと強くならなきゃ!箒達の為にも!」

「そのストイックな姿勢は好感が持てるよ……だが、矢張り君は天才だ。こうして戦っている間にもレベルアップしているのだからね……此れがRPGだったらプレイヤーから批判の嵐が起きそうだ。」

「一部のプレイヤーからは喜ばれそうだけどね!」


其の攻防もドンドン過熱して行き、其れに比例するように観客の声援も大きくなって行ったのだが、此処で遂に激闘の幕引きと言っても良い展開となった。
残りシールドエネルギーが10%を切った裏ラウラはプラズマ手刀に全てのエネルギーを集中し、次の夏月の攻撃に捨て身のカウンターを喰らわせようと考え、其のカウンターは完璧とも言えるタイミングで放たれたのだが、なんと夏月は其の完璧とも言えるカウンターを身体を捻って躱すと、其処から流れるような動作で遠心力タップリの超速居合いをラウラの延髄に叩き込んだのだ。

普通ならば此れでシールドエネルギーは尽きていただろうが、シュヴァルツェア・レーゲンは軍が開発した機体であり、戦場でギリギリまで戦えるように『シールドエネルギーがゼロになる攻撃を受けても、一度だけシールドエネルギー1%で耐える』と言う機能が搭載されており、其れでギリギリ裏ラウラは戦闘不能を免れた訳だ。
だがしかし、其れはあくまでも『一撃で戦闘不能になる事はない』と言うだけで、絶体絶命の状況である事に変わりはない……零落白夜の様な一撃必殺が搭載されているのならば此の機能は厄介なモノだが、そうでないのならば戦闘不能を先延ばしにするモノなのだから。


「(く……私が何も出来ずに……負けるのか私は……?嫌だ、此処で負けてしまったら私は存在意義をなくしてしまう……何よりも、教官の仰った事を遂行する為にも、私は負ける事は出来んのだ!!もっとだ、もっと力があれば私は!)」


如何足掻いても逆転の道が見えない裏ラウラは此処で敗北する事に恐怖し、そして願ってしまった『力』と言うモノを。


【willst du macht?(汝、力を望むか?)】


そんな時、裏ラウラにはシュヴァルツェア・レーゲンからそんなシステム音声が聞こえて来た――此の土壇場で『力を望むか?』とは、如何考えても碌な事にならないのは明白な事であり、そもそもにしてこの様なあからさまな『力を与える』ような文言には早々飛びつく者は居ないのだが……


「(力が欲しいかだと……あぁ、欲しい。奴を、一夜夏月を倒せるだけの力を私に寄こせ!其の力があれば、私はぁぁぁぁぁ!!!)」


裏ラウラは『力』を望んでしまった――千冬によって生み出され、千冬の訓練を本来のラウラに代わって受けていた裏ラウラは心底千冬に心酔しており、だからこそ千冬に言われた事を遂行せんとしていたので、夏月に勝つのは絶対条件であったため、此の土壇場で『力』を求めたのだ。
其の『力』がどんなモノであるかを考えずに。


【Verstanden.Valkyrie Trace System Anfang.(了解。ヴァルキリートレースシステム起動。)】

「ぐ……ぐわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!」


そして次の瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンはゲル状に融解し、そして黒いゲルに変化すると裏ラウラに纏わり付いて其の姿を変えて行く……予想外の展開に夏月もロランも秋五もその光景を見ている事しか出来なかったのだが、裏ラウラに纏わり付いた黒いゲルの形が定まった時には、夏月も秋五も驚くしかなかった。


「オイオイ、あの銀髪チビは何処までDQNヒルデに心酔してやがんだ?色こそ黒いが、此れはまるで……」

「姉さんの現役時代の愛機、『暮桜』……!」


其の姿は、現役時代の千冬の専用機だった『暮桜』其の物だったのだから。


「夏月、此れは一体何だい?彼女の機体のワン・オフ・アビリティかな?」

「いや、そうじゃないぜロラン……前に束さんから聞いた事があるんだけど、コイツは多分ドイツが独自に開発した悪魔の機能『ヴァルキリー・トレース・システム』って奴だと思う。
 確か『過去のモンド・グロッソの優勝者の動きを再現する』ってシステムだったと思うが、其れってつまりは現役時代の織斑千冬の動きをパイロットに強制する事になる訳だから普通に考えるとパイロットへの肉体的負担がトンデモねぇって事でお蔵入りになった筈だったんだが、如何やらテメェの研究を諦めきれなかった魔導サイエンティストが居たみたいだな?」

「そんなモノが……!」


黒い暮桜の正体は、秘密裏にシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた禁断のシステムである『ヴァルキリー・トレース・システム(以下VTSと表記)』が発動したからだった。
『過去のモンド・グロッソ優勝者の動きを再現する』と言うシステムは裏ラウラにとっては願ってもない事だったかも知れないが、VTSには『パイロットの身の安全は度外視する』と言う致命的な欠陥が存在しており、其れは裏を返せば『パイロットがどうなっても過去のモンド・グロッソ優勝者の動きが再現出来れば其れで言い』と言う人道的に問題しかないシステムだったのでドイツ政府はVTSの開発を凍結したのだが、その研究に携わった者達は己の研究成果を世に出す為に、秘密裏に誰にもバレないように電脳世界の裏ルートを使ってシュヴァルツェア・レーゲンにVTSを潜ませていたのだろう――そして、其れはこうして発動してしまったのだ。

まさかのハプニングであり、本来ならば此処で試合を中断してトーナメント其の物を中止にすべきなのだが、先のクラス対抗戦が国際IS委員会のシークレット・エージェントによる抜き打ちのセキュリティチェックによって中止になった事を考えると、二連続で学園の一大イベントを中止にすると言うのはあまり良くない事なので、楯無は専用のLINEグループで学園長と話し合った結果、今回の事は『タッグトーナメントを中止せずに鎮圧する』と言う方向で決まったようだ。
そして、楯無は専用機を部分展開してプライベートチャンネルで其れを夏月とロランにも伝える――要するに、黒い暮桜を犠牲者を出さずに沈黙させろと言う、難易度ハードなミッションなのだが、其れを聞いても夏月とロランが怯む様子はなかった。


「一人の犠牲も出さずにアレを沈黙させろとは中々ハードだな?つまりはボーデヴィッヒも生きて引っ張り出せって事だからな……だけどまぁ、やって出来ない事じゃないか?お前となら、尚の事だよなロラン。」

「愚問だな夏月……アレは現役時代の織斑先生を模しているとは言え、所詮は模倣に過ぎないのだろう?……模倣に過ぎないのであれば、私達の敵ではない。」


マッタクもって余裕綽々其の物で、ともすれば『VTS?何それ美味しいの?』と言った感じだ――最早実力の底が知れている千冬の現役時代を再現したVTSに呑み込まれてしまった裏ラウラは夏月とロランの敵ではないだろう。
夏月もロランも、黒い暮桜を畳む気満々だったのだが……


「夏月、ロランさん……此処は僕にやらせてくれないか?と言うか、僕がやる!」


此処で秋五が割って入って来た。――良い格好をしたかった、と言う訳では無いだろう。秋五の瞳には強い『闘う者』の光が宿っていたのだから。


「秋五……なんだって、お前がやるんだ?」

「ボーデヴィッヒさんは僕のタッグパートナーだ。だったら、タッグパートナーである彼女を救い出すのは僕の役目だろう?
  ……と言うか、ボーデヴィッヒさんのピンチに何も出来ずに何がタッグパートナーだ!僕は、僕の持てる力を全部注ぎ込んでボーデヴィッヒさんを助け出すだけ!」

「そう来たか……さて、如何する夏月?」

「なら、露払いは俺とロランがやってやるから、テメェは必ずボーデヴィッヒを連れ戻して来いよ?」

「言われるまでもないさ……!」


己のタッグパートナーなのだから自分が救い出すのは道理とは、少しばかり考え方が古臭いと言われそうだが、其れは正解であり、其れを聞いた夏月とロランは露払いに徹する事を決め、あくまでも秋五がフィニッシャーになるように動き始めた。

現役時代の千冬の専用機である暮桜を模し、其の動きも現役時代の千冬と同等となれば其れは普通ならば難敵となるだろうが、VTSによって再現された『偽暮桜』には決定的な欠陥が存在していた。
其れはあくまでも『暮桜の姿になったのは、裏ラウラの憧れの具現化』に過ぎず、暮桜本来の性能を有している訳では無いと言う事であり、つまりは現役時代の千冬を『最強』の座に押し上げた『零落白夜』は搭載されていないのである。
更にもう一つの欠陥と言うか弱点として、再現されるのが現役時代の千冬の戦い方であると言う点だ。
現役時代の千冬は確かに最強の座に居たかも知れないが、其れは一撃必殺の零落白夜があったからであり、千冬の戦い方は相手が反応出来ないほどの速さをもってして相手の懐に飛び込んで零落白夜を当てる、其れに尽きるのだ。――故に、一対一では間違いなく強いが、零落白夜がなく相手が複数ともなると此の戦い方はお世辞にも強いとは言えないのである。
仮に零落白夜があったとしても、近接ブレードで攻撃出来るのは基本的に一人だけなので複数の相手では分が悪く、使用中は己のシールドエネルギーが減少し続ける事で、其処に相手からの攻撃を喰らったらあっと言う間にシールドエネルギーは尽きてしまうのだから。


「ふむ、中々に鋭い斬撃だが、君の神速の居合いと比べると全然遅いな?模倣では、所詮この程度と言う事か……ならば脅威ではないね!」

「アイツの戦い方は所詮はタイマン限定で零落白夜あってのモノだからな……複数相手に零落白夜なしじゃ此の程度が関の山ってな!
 そもそもにして、アイツが最強だったのは三年も前の話だぜ?そんだけの時間があれば機体の性能はずっと向上するし、パイロットの技量だって当時よりもレベルアップするってモンだ……錆び付いた過去の最強の模倣が、現役バリバリの俺達に勝てる道理は何処にもねぇ!」

「その意見には諸手を上げて賛成だ!」


更に夏月は一夏だった頃に千冬の戦いを何度も見ているので攻撃のクセ等も分かり切っているので対処するのは容易であり、ロランと共に『完璧』と言えるコンビネーションで偽暮桜を圧倒している。
夏月が朧で斬り掛かり、其れを偽暮桜が防げば間髪入れずにロランが轟龍での重い一撃を叩き込み、偽暮桜がロランに攻撃すればロランが其れを防いだ瞬間に夏月の斬撃がカウンター気味に炸裂し、その逆のパターンもまた然り。
『確実に決める事が出来るタイミングで攻撃を叩き込む』には、同時攻撃ではなく少しだけテンポをずらして攻撃した方が完全近接戦闘型には有効であり、武器が近接戦闘ブレード一本ならば尚更だ。


「…………!」

「其の攻撃は見切った……成程、零落白夜を当てればその時点で勝ちだったので攻撃手段は多くはない訳か――では、そろそろ終わりにしようか?夏月、頼む!」

「お前を倒す野田!ってなぁ!!楯無さぁん、回数測定宜しくぅ!!」

『はいは~い♪』


偽暮桜の袈裟切りをロランが轟龍で跳ね上げて隙を作ると、夏月が両手にビームダガー『龍爪』を展開して偽暮桜に肉薄すると先ずは前蹴りを喰らわせて体勢を崩し、そして……


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、野田ぁ!!」

『二十四回、新記録ね?国際試合に強いのかしら♪』


偽暮桜を龍爪で滅多刺しにしてダメージを与える。
クラス代表決定戦の際にセシリアに喰らわせたのと同じ攻撃だが、其の時よりも精度が上がっており、今回は十秒間で二十四回の攻撃を行った訳だが、其れでも偽暮桜は沈黙せずにまだ戦う意思を示すかのように立ち上がる。
だが、其れは立ち上がっただけで最早戦う事は不可能だろう――現役時代の千冬の動きを再現させられた事でラウラの身体は限界を迎えているからだ。
此れ以上戦えば最悪ラウラの身体は壊れてしまうが、このギリギリの一線こそがラウラを助ける事が出来る唯一のタイミングであるとも言える――最早VTSでも強制的に機体を動かす事が出来なくなった状態であれば、確実に必殺の一撃を当てる事が出来るからだ。


「お膳立ては全部済んだぜ?最後はキッチリ決めろよ正義のヒーロー!」

「仕損じる事だけはしないでくれたまえよ?」

「此処までやって貰って失敗したとか、其れは恥ずかしいどころの話じゃないからね……此れで決める!
 行くよ白式!ボーデヴィッヒさんを、ラウラを助ける為に僕に力を貸してくれ!!」


此処で秋五がタッグトーナメント前にギリギリで修得したイグニッションブーストを発動して偽暮桜に肉薄すると、零落白夜を発動して雪片二型を一閃!
相手の機体のシールドエネルギーを強制的に吹き飛ばしてしまう零落白夜が炸裂したとなれば、偽暮桜とて只では済まず強制的にVTSも解除される筈なのだが、しかし零落白夜が炸裂した瞬間、秋五と偽暮桜を中心に眩い閃光が発生し、そしてその閃光はアリーナ全体を包み込んで行った。








――――――








閃光が治まると、秋五はアリーナではない場所に居た。
其処は荒れ果てた荒野であり、枯れた草木には焼け焦げたような跡があり、其処彼処に銃弾の薬莢やら折れたナイフやらが散乱している……『古戦場』と言うのがピッタリと言った場所だった。


「此処は?僕はアリーナに居た筈なのに……っと、此れは……認識票?《Laura Bodewig》……ラウラの?
 ……ISにはコア人格って言うモノがあって、コア人格の世界って言うモノがあるって束さんから聞いた事があるけど、若しかして此処がそうなのかな?」


昔束から聞いた話から此処が何処なのかを推測し、少しばかり歩き回ってみた秋五だったが、部隊のベースキャンプを模したような場所に来たところで信じられないような光景を目にした。
其処では後ろ手に手錠を掛けられたラウラを、裏ラウラが刀で斬り捨てようとしていたのだ。


「まさかこんな事になるとはな……貴様の様な腰抜けが存在していたから私は勝てなかったのだろうな……ならば、今此処で貴様を殺し、私が本当の意味でのラウラ・ボーデヴィッヒとなる!
 教官の事を信じられなくなった貴様に価値はない……冥獄へと沈め……!」


後ろ手に手錠を掛けられたラウラには抵抗手段はなく、其のまま斬り捨てられるしか選択肢は残っていなかったのだが……


「そうはさせない!」

「んな、貴様は……!」

「秋五……?」


そのギリギリのところで秋五が割って入り、裏ラウラの刀を雪片二型を展開して受け止めた。


「貴様、如何して此処に……!此処は私達の精神世界だぞ!?」

「多分だけど、白式とレーゲンのコアが共鳴して僕を此の世界に導いたんじゃないかな?ISのコアにはコア人格ってモノがあるらしいから、その可能性は否定出来ないと思うよ――特にレーゲンが、ラウラの事を助けたいと思ったなら尚更ね。」


そして裏ラウラの斬撃を防いだ秋五は、渾身の掌底を叩き込んで裏ラウラを吹き飛ばす。
秋五もまた剣道だけでなく骨法や柔術と言った体術を修めているので無手での攻撃もそこそこに強いのだ……其れこそ、現役軍人であるラウラの裏人格を吹き飛ばしてしまう位には。


「レーゲンが其の腰抜けを助けたいと思った、だと?馬鹿を言うな、教官の事を信じ切れず、言われた事を遂行出来なくなった其の腰抜けに一体何の価値がある!
 教官が育て上げた最強の弟子、其れこそがラウラ・ボーデヴィッヒであるべきであり、教官の訓練は殆ど私が受けて来た!故に私こそが、ラウラ・ボーデヴィッヒとして相応しい存在だ!其の腰抜けよりもな!」

「其れは違うね。
 ラウラは姉さんの言う事を鵜呑みにしていた過去の自分とは決別して、姉さんの言う事に疑問を持ち自分で考える事を始めた――姉さんの教え子である事から脱却してラウラ・ボーデヴィッヒとしての一歩を踏み出し始めたんだ!
 だから消えるべきはお前の方だ!お前は、ラウラには必要のない存在だ!」

「何だとぉ!?」


此処で秋五は零落白夜を発動し、雪片二型に強烈な光が宿る。
零落白夜の連続使用は自滅の危険性があるのだが、此処は現実世界ではない精神世界なのでそんなモノは関係ない――そもそもにして白式を展開していないのに雪片二型を展開して零落白夜を発動しているのだから今更ではあるが。


「消えろ、姉さんによって生み出されたラウラの闇よ!永遠にラウラの中からなくなってしまえ!!」

「馬鹿な……こんな所で私は死ぬのか……だが、今私を消した所で、必ずまた次の私が現れる!ソイツが腰抜けである以上はな!」

「其れはないよ……ラウラの事は僕が支える。だから、もうお前が現れる事は二度とない……完全に消えてしまえ!!」


零落白夜の居合いを喰らわせた秋五は、ダメ押しとばかりにゼロ距離からの強烈な突きを放って裏ラウラの人格を粉々に砕き散って見せた……千冬によって生み出された裏ラウラが千冬の弟である秋五によって消滅させられたと言うのは何とも皮肉であったと言えるだろう。
間接的にではあるが、其れは秋五が千冬の事を否定したとも言えるのだから。


「こんな情けない私を助けてくれたのか?……何故だ?」

「僕がラウラには生きて欲しいと思ったから、かな?
 其れにラウラは、ちょっと間違った日本のサブカルチャー知識がある事で、一組では『愛すべきアホの子』として人気だから、ラウラが居なくなったら悲しむ人が多いんだよ、僕を含めてね。
 だから帰ろうラウラ。皆が、君の事を待ってるから。」

「そうか……ふふ、強いなお前は。益々惚れてしまった……この責任、取って貰うぞ?」

「勿論、その心算だよ。」


秋五はラウラの手錠を外すと、ラウラをお姫様抱っこをして――その瞬間に再び閃光が弾け、その閃光が治まると其処にはアリーナの景色が展開されており、秋五は偽暮桜からラウラを引っ張り出してお姫様抱っこした状態となっており、ラウラと言うコアを失ってゲル体が蠢いたシュヴァルツェア・レーゲンは、夏月とロランがISコアに直接ダメージを与えて強制的に沈黙させていた。


「土壇場で漢を見せたな秋五?零落白夜を喰らってもなお沈黙しなかった偽暮桜の僅かに出来た綻びからボーデヴィッヒを引き摺り出すとは大したモンだぜ!」

「闇に捕らわれたヒロインを救い出すとは、正に主人公の面目躍如と言ったところだね?いやぁ、実に見事だったよ織斑君!」

「あはは……まぁ、僕も必死だったからね。」


秋五が精神世界で裏ラウラを消し去っていた時、現実世界では秋五がラウラを偽暮桜に出来た僅かな傷に手を突っ込んで、無理矢理ラウラを引き摺り出したと言うトンデモナイ力技の救出劇が行われていたらしい――其れは秋五にとっては覚えの無い事だが、其処は当たり障りのない答えをして誤魔化したのだった。
秋五が体験した事は余りにも現実離れした事なので話しても信じて貰えないと思ったと言うのも大きいだろう。

これにてラウラは無事に救出された訳だが、トーナメントは中止になっていないので試合は続行となるのだが、ラウラが担架で保健室に運ばれて行った直後、秋五が降参して試合は終了。
零落白夜があるとは言え、夏月とロランの二人を一人で相手にする事は出来ないと考えての降参であり、同時に其れは己の今の実力を正しく理解しているからこその事だと言えるだろう。
注目の試合は呆気ない幕切れとなったが、だが其れでもアリーナは割れんばかりの拍手が沸き起こっていた――突然のハプニングにも完璧に対処し、そしてラウラを救い出した事に対する盛大な拍手が両タッグに送られていたのだ。

そしてこの試合を制した夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』はその後の試合も破竹の勢いで勝ち進み、決勝戦では並みいる強豪を打ち破って決勝戦まで駒を進めて来た箒とセシリアの『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』と熱い試合を展開した後に、夏月とロランが箒とセシリアをサンドイッチ状態してから回避不能の連続攻撃を浴びせる『ダークネス・イリュージョン』をブチかましてKOし、優勝を捥ぎ取ったのだった。
夏月とロランのタッグは申し分なく強かったが、決勝戦まで駒を進めて来た箒とセシリアのタッグも実は相当なダークホースであったと言えるだろう――準決勝までに『騎龍』シリーズが居るタッグは潰し合いになったとは言え、準決勝ではシャルロットと鏡ナギの実力派タッグを下しているので其の実力は確かなモノなのだから。

こうして、学年別タッグトーナメント一年生の部は幕を下ろしたのだが、盛り上がっているアリーナとは裏腹に、管制室では千冬がラウラが夏月を仕留めきれなかった事に怒りを覚え、手にしたマグカップを粉々に砕いていたのだった……!










 To Be Continued