放課後の校内放送で職員室に呼び出されたラウラは……
「たのもー!!織斑教官に呼ばれて馳せ参じた、一年一組のラウラ・ボーデヴィッヒである!!」
あろう事か道場破り宜しく職員室の引き戸を蹴破って職員室に参上した……職員室のドアを蹴破ると言うのは中々に大問題であるのだが、ラウラには副官から間違いまくっている日本のサブカルチャー知識を習っているので、これもまた仕方ないのかもしれない。
思い切り蹴破られたドアは激しく吹っ飛び、其れが誰かにぶち当たったら大怪我は間違いないのだが……
「派手な登場だなボーデヴィッヒ。と言うか、一夜にしろお前にしろ私の呼び出しを受けた奴は普通に現れる事が出来んのか……」
其れが飛んで行った先に居たのは千冬だったのでマッタク問題は無かった。
現役を引退した事で大幅に弱体化したとは言え、織斑計画によって生み出されたその身体能力は未だ健在であり、飛んで来たドアを片手で掴み取ってしまう位の事は造作も無いと言う感じだった。
「そして、教官、いえ織斑先生、どの様な御用でしょうか?」
「いや、大した事ではない……昼休みに、織斑に今度の学年別タッグトーナメントではお前と組むように言ってやった。そして織斑は其れを了承した……お前は晴れて織斑のパートナーになれた。良かったな。」
「そ、それは本当ですか!私が秋五の……!」
千冬は其のままラウラに『学年別タッグトーナメントではお前と組むように言い、織斑も其れを了承した』と言う事を伝え、秋五とタッグを組む事が出来たと言う事をラウラは驚きつつも喜んだのだが、ただ喜んでいると言うだけでもなかった。
夏月に『一夜に勝つのならば、タダ勝つのではなく徹底的に叩き潰せってな事を言って来るかもな』と言われていただけに、千冬からの呼び出しを受けた時点でラウラはそう言われるのではないかと若干の警戒をしていたのだ――もしもそんな事を言われたら、またしても精神的な負荷が掛かり、もう一人の自分が出てきてしまうのではないかと言う恐怖もあったのだろう。
「要件は其れだけだ。時間を取らせて悪かったな。」
「そ、其れだけですか?ならば態々職員室に呼び出さずともホームルーム後に伝えて頂ければ充分だったのですが……」
「なに、ちょっとしたサプライズと言う奴だ。お前には『自分を織斑の婚約者として認めてくれ』と言われて大層驚かされたのでな……ホンの少しのお返しだと思え。」
「は、はぁ……そう言う事であるのならば。あの、それでは失礼します。」
だが、千冬は『秋五がラウラとのタッグを了承した』と言う事を伝えただけで、この場では其れ以上の事を言う事は無かった――ラウラとしては少々拍子抜け、或は警戒して損したと言った結果だっただろうが、精神的な負荷が掛からなかったと言うのは良い事だっただろう。
「(此れで秋五とボーデヴィッヒを組ます事は出来た……先ずは第一段階は成功だな。
トーナメントまで、二人はコンビネーション等の練習する為に否が応でも共に過ごす時間は長くなり、そうなればボーデヴィッヒはより秋五に惹かれて行く筈……となれば、同時に試合時には己の目的を達成する為、そして秋五と一緒ならばより負けられないと強烈なプレッシャーが掛かり、一夜との試合時には其れがより大きくなり精神的な限界が来てもう一人のボーデヴィッヒが現れる可能性が大きい。
一夜のタッグパートナーが誰になるかは未だ分からんが、秋五ともう一人のボーデヴィッヒの同時攻撃を受ければ流石に無事では済まない筈……そして、もう一人のボーデヴィッヒが如何に凶暴で好戦的とは言っても秋五の言う事であれば聞くだろうからな……もしも現れなかった其の時は、私が一押ししてやれば良い。)」
だが、その裏で千冬は矢張りロクデモナイ事を考えており、顔には『子悪党が悪巧みを思い付いたような笑み』が浮かんでおり、他の教師達から引かれていた。
序に、ラウラが蹴破った引き戸は直せば使用可能だったのだが、その修理代は千冬の給料から天引かれる事になった――『織斑千冬はラウラ・ボーデヴィッヒの嘗ての師であり、アレも織斑千冬が仕込んだ事だろう』と判断されたからなのだが、それに対して千冬は『場合によっては力技で行け』と指導した事もあったため、完全否定する事が出来ずに、只でさえ少なくなっている給料の今月分が更に減る羽目になったのだった。
夏の月が進む世界 Episode33
『Öffnung!Turnier nach Klasse!!』
その日の夜、夕食の食堂では秋五が箒、セリシア、シャルロット、オニールに『今度のタッグトーナメントはボーデヴィッヒさんと組む事になった』と言う事を伝え、秋五と組んで出場する心算だった箒とセシリアは目に見えて落胆していた。
おまけに其れが千冬が直々に決めたとなれば尚更だ――箒もセシリアも秋五がラウラとタッグを組む事に関して万人が納得する反対の理由がある訳ではなく、千冬が一度自分が決めた事を覆す事は無いと分かっていたからだ。
シャルロットは『組めれば御の字』、オニールは『ファニールと一緒じゃないと専用機が使えないからトーナメントはパスかな』と考えていたので落胆してはいなかったのだが。
「はぁ……まさか、織斑先生の命令で秋五さんとボーデヴィッヒさんがタッグを組んでしまうとは思いませんでしたが……ですが、だからと言ってタッグトーナメントに出場しないと言う選択肢は有り得ませんわ!
つきましては箒さん、私とタッグを組んで頂けませんか?」
「わ、私で良いのかセシリア!?
私は専用機もないし、ISの操縦に関しては素人の域を出ん……代表候補生であるお前の足手纏いにしかならないと思うのだが……」
「何を仰いますか!
箒さんはISを動かしたのは学園に来てからだと言うのに、日々の訓練で基本的な動きは完璧に出来るようになっている上に、戦闘技術も粗さはありますが一般生徒の中ではトップクラスですわ。
何よりも箒さんは近距離での戦いならば一組の中でもトップ5にランクインすると言っても過言ではありません――聞いた話では、剣道の夏の大会では一年生で唯一団体戦のレギュラーに選ばれた上に、大将を任されたとの事……バリバリ近接型の箒さんならば私のパートナーとして申し分ありませんわ♪
其れに、箒さんは汎用機を使う事になるので、恐らくは専用機持ちに課せられるハンデも専用機同士のタッグよりは軽いモノになると思いますので。」
「そう言う事であるのならば構わないが……まぁ、お前の足手纏いにならないようにだけは善処しよう。」
此処でセシリアが箒にタッグパートナーになってくれと申し入れた。
セシリアが言ったように、箒はIS学園に来てから初めてISを動かしたのであり、入学から一カ月弱では普通はマダマダ素人の域を出ないのだが、箒は剣道だけでなくISの訓練も真摯に行っており、其の訓練は天才の秋五と代表候補生のセシリアと共に行われていた事で、箒は自分が思っている以上にISの操作技術は向上しているし、ISバトルの実力は、専用機を持っていない一般生徒の中では間違いなくトップクラスになっているのだ。
加えて箒はバリバリの近距離型なので、遠距離型のセシリアとは相性が良く、特にブルー・ティアーズのBT兵装による多角的攻撃とライフルによる正確な射撃は箒の近距離戦を的確にサポート出来るのだ――オーソドックスな前衛後衛コンビの発展形が、箒とセシリアのタッグなのである。
箒も一度は『自分では足手纏いになる』と言って、セシリアの申し出を断ろうとしたのだが、セシリアにそこまで言われてしまっては断りきる事が出来ずにタッグを組む事を了承したのだが、箒は姉の束が凄過ぎる事で自己評価が低くなる傾向にあり、本来の実力よりも自分を過小評価してしまうキライがあるのだ……此ればかりは仕方のない事であり、箒が実績を積み重ねて自己評価を高められるようになるしかないだろう。
ともあれ、此れにて箒とセシリアによる『恋する乙女タッグ』が結成され、シャルロットは後日『三人目の男性操縦者』と言う偽りの肩書を利用してクラスメイトの鏡ナギをパートナーにすると言う腹黒さを披露してくれた。
一方の夏月チームはと言うと、既にトーナメントに参加するタッグが決まっていると言う事もあり、和気あいあいとした夕食時だった。
毎度お馴染み、食事量がバグってる夏月とグリフィンの本日の夕食メニューは、夏月が『ビビンバカルビ丼の特盛』、『アジの南蛮漬け』、『油淋鶏』、『青椒肉絲の春巻き』、『豚バラ肉とモヤシのキムチ炒め』、『中華風味噌ワンタンスープ』で、グリフィンは『和風ステーキ丼の特盛』、『豚の生姜焼き』、『鶏モモ肉のステーキ(ガーリック)』、『チーズ入りメンチカツ』、『カルビの鉄板焼き』、『和風鶏団子汁』と言うラインナップ……夏月は一応栄養のバランスは考えてあるのだが、グリフィンがオンリー『肉』なのは最早突っ込み不要だろう――尤も、此の夕食時の栄養バランスの悪さは夏月の特製弁当によって解消されていると言うのだから、夏月の弁当のクオリティの高さが分かると言うモノだが。
「そう言えば、俺とロランだけじゃなくて皆もタッグの申請はしたのか?」
「其れは勿論よ……フフフ、トーナメントで当たったその時は覚悟してなさいよ夏月?クラス対抗戦の時の雪辱をさせて貰うわ……そう、十倍返しでね!
絶対にアンタを打っ倒してやるから覚悟してなさい!アタシと簪のタッグの前にひれ伏すと良いわ!!」
「クラス対抗戦では負けたけど、今度は負けないから……覚悟してね夏月。」
「放課後に申請は済ませました……クラス対抗戦では決着が付きませんでしたが、今度こそは……」
「学園の公式戦でアンタと戦うのは初めてだけど、トーナメントで当たったその時はアタシの全力をもってしてアンタに挑ませて貰うわ……勿論、ロランにもね。」
「無論全力で来ておくれ。力をセーブした相手に勝利した所で、その勝利には何の意味も無いと言えるからね。」
大会が始まる前から此方では既に火花が散っていた。
じゃんけん大会の末に夏月のタッグパートナーの座を勝ち取ったロランだったが、夏月のタッグパートナーになれなかった嫁ズも、簪と鈴、ヴィシュヌと乱がタッグを組んで『一年最強タッグ』が生まれる結果に――其処に、秋五とラウラのタッグと、箒とセシリアのタッグもエントリーするので、専用機持ちとタッグを組めなかった一般生徒にとっては絶望のトーナメントとなるだろう。
因みにタッグ申請書には任意ではあるが『タッグ名』を記載する欄があり、夏月とロランのタッグは『エイベックスISバトラーズ』、簪と鈴のタッグは『髪飾り決死隊』、乱とヴィシュヌは『究極アジアタッグ』で申請し、秋五とラウラは『無敵インビジブルーズ』、箒とセシリアが『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』でタッグ申請を行って無事に受理されたのだった。
因みに楯無とダリルのタッグ名は『ダークヒロインズ』で、グリフィンとサラのタッグ名は『超ヒロインタッグ』だった――其れはまぁ兎も角として、夏月とロランがタッグを組むと言う事を知った千冬の心中は穏やかではなかっただろう。
夏月もロランもクラス代表決定戦で秋五に圧勝している存在だからだ……其の二人がタッグを組んだとなれば、秋五とラウラのタッグとぶつかったとしても其れほど苦戦する事は無く突破してしまうのではないかと思ったからである――其れこそ、ラウラのもう一つの人格が表に出て来ても、夏月とロランのタッグの相手が務まるかと言われたら其れは否なのだから。
夏月一人に対して秋五とラウラの裏人格で挑めばまだ活路はあったかも知れないが、夏月のパートナーがロランとなればそうはいかないだろう――『乙女協定』と言うモノがあるとは言え、ロランには夏月と同室と言う他のパートナー達には無い絶対的なアドバンテージがあり、そのアドバンテージによって培われた絆の強さと言うのはDQNヒルデには計り知れないものがあるのである。
「ま、取り敢えず大会には全力で、だな。俺とロランのタッグに当たったその時は、様子見なんて事はしないで、全力で挑んで来いよな?
そうじゃなきゃ、俺もロランも楽しめないからな。」
「無論、その心算ですよ夏月……」
其れはさて置き、夏月チームはトーナメントで戦う事になったその時は全力で戦う事を約束してターンエンド!――夏月とグリフィンは追加注文で、『トリプルカツ丼(チキンカツ、牛カツ、トンカツ)特盛』、『直火焼き牛タン入りハンバーグ』、『回鍋肉』を注文して、其れを瞬く間に平らげてしまったのだが。
――――――
夕食後、ラウラは自室でシャワーを浴びると秋五の部屋にやって来ていた――タッグトーナメントでのフォーメーションの相談にやって来たのだが、チャイムを押して中に招き入れられると、其処には簡易的な仏壇に手を合わせている夏月の姿があった。
『織斑一夏』との完全決別の為に『織斑一夏』の仏壇に手を合わせた夏月だったが、『一度だけってのは、流石に拙いよな』と考えて、定期的に月一で『織斑一夏』の仏壇に線香を上げ、お供物を備えていたのだ。お供物がモンエナ率100%なところも夏月らしいと言えるだろう。
「一夜夏月、何をしに来たのだ?」
「テメェの努力を認めて貰えず、其れでも努力を止めなかった偉大なる努力人間に線香とお供え物をな……故人を偲んでも、バチは当たらねぇだろ?」
「む、そうだったか。」
思わぬ先客があったが、夏月が一夏の仏壇に手を合わせに来たと言うのを聞いたラウラは、『仏壇に手を合わせるのも日本人の死者に対する敬意の現れだったな』と考えて、特に何か言う事は無かった――副官の入れ知恵も、時には役に立つ場合があったらしい。
「織斑一夏……第二回モンド・グロッソの際に誘拐されて殺害されてしまった教官のもう一人の弟だったか?
あの誘拐事件があったからこそ教官はドイツ軍に呼ばれる事になり、私も教官と出会えた訳だが……しかし、織斑一夏とは一体どのような人物だったのだ?良ければ教えてくれないか秋五よ?」
「そうだね……一夏は一言で言えば『努力の天才』だったよ。
自分で言うのもなんだけど、僕は一を聞いて十を知るタイプで、大概の事は一度見れば同じ事が出来るようになっていた――だけど一夏は、直ぐに出来るようにはならない代わりに努力する事を決して止めずに一つ一つ確実に熟してレベルアップして行くタイプだった。
僕が早熟の天才型だとしたら、一夏は長年の努力が実を結ぶ大器晩成型だったんだと思う――だけど、姉さんは其れを見分ける事が出来ず、天才型の僕は些細な事であっても褒めた反面、一夏の事を褒める事は只の一度もなかったよ。
小学校の時のテストも、僕も一夏も九十八点だった時も、僕の事は出来た九十八点分を褒めてくれたのに対して、一夏は足りなかった二点分を責めていたから。
其れでも、一夏は何時かは姉さんが褒めてくれると信じて努力をしていたんじゃないかと思う……だからこそ、あの時に姉さんが決勝戦に出場したと言う事を知らされたであろう一夏の絶望感は想像すら出来ないよ。
いつかは認めてくれるんじゃないかと思っていた姉さんに捨てられた……きっと一夏は想像出来ない絶望と憤怒の感情をもって死んだんだと思う――きっと今頃は地獄で鬼を相手に派手に喧嘩をしてるのかも知れないよ。」
此処でラウラが一夏について秋五に聞き、秋五は一夏は『努力の天才だった』と言った。
ドレだけ努力しても、其れが認められないとなれば大抵の人間は其処で腐って努力する事を止めてしまうのだが、一夏は腐る事なく愚直なまでに努力を続けて自分を高め、その結果として篠ノ之流剣術を師範の劉韻から直々に伝授される事になったのだから、秋五が一夏を『努力の天才』と称したのは実に適格だったと言えるだろう。
「ふむ、凄い奴だったのだな織斑一夏は。
だが、何故教官は織斑一夏の努力を認めなかったのだ?」
「姉さんも僕と同じ天才タイプだったから、努力が実を結ぶ大器晩成型の一夏の事を認めたくなかったのかも知れないね――努力が才能を超えるなんて事はあってはならないと思ってたのかも。」
「だとしたらドンだけケツの穴小せぇんだよアイツは……大凡、ブリュンヒルデの称号を得た人間の思考形態とは思えねぇな?だから、DQNヒルデなのか!」
「DQNヒルデ……妙な語呂の良さが耳に残るな?」
秋五の話を聞いて、ラウラは千冬に対する疑念が更に大きくなっていた――『出来損ない』の烙印を押されて絶望の底にあったラウラに厳しい訓練を課し、其れを裏人格が代替した部分があったとは言え熟した事で、ラウラは絶望のどん底から黒兎隊の隊長に上り詰めたので千冬には此の上ない恩義を感じていたのだが、IS学園に編入してからは其れが悉く崩れて行った。
実技授業では夏月との模擬戦でギリギリのところで競り負けただけでなく、実技授業では実際に教鞭をとっているのは真耶であり、朝と夕方のホームルームも真耶が取り仕切っており、千冬は殆ど何もしていなかったのだ――加えて、ラウラは千冬が複数の教師から監視されている事も察していた。
「だが、何故教官は複数の教師に監視されているのだろうか?」
「其れは、姉さんがやらかしたからだね。」
「クラス対抗戦の時に盛大にやらかしたからなアイツは。」
そして、千冬が複数の教師から監視されている理由を聞いたラウラは驚きを隠せなかった――国際IS委員会のシークレットエージェントによる抜き打ちの学園のセキュリティチェックだったとは言え、有事の際の指揮権を任されてた千冬は教師部隊に明確な指示を出さなかっただけでなく、普段の訓練でも指示が一定ではなく、理不尽とも言える事を言っていたと言う事を聞けば驚きもするだろう。
「まさか、そんな事があったとは……織斑教官は選手としては最高だったが、指揮官には向かなかったと言う事か……うぅむ、私の憧れは幻想だったのか……」
「ま、まぁそんなに落ち込まないでボーデヴィッヒさん……だったら君は君が理想とした姉さんを目標にして、其れを超えれば良いんじゃないかな?」
そして其れを聞いたラウラは己が憧れた存在は幻想だったのかと絶望しかけたが、其処は秋五は見事なフォローを入れて事無きを得た……ラウラが理想とした千冬こそがラウラにとっては本物であり、其れを目標にして超えれば良いとは、中々に良いフォローだったと言えるだろう。
その後、夏月は秋五の部屋を後にして自室に戻って行った。
自室に戻った後は、就寝前の楽しみとなっている『ノンアルコール』での晩酌の時間で、今日は夏月がノンアルのライチサワー、ロランはノンアルの杏サワーで、肴は鮭のハラスの燻製である。
「しかし、まさか織斑教諭が織斑君とボーデヴィッヒ嬢を組ませるとは思わなかったよ……果たして一体何を考えてあの二人を組ませる事にしたのだろうね?」
「十中八九、秋五とボーデヴィッヒを使って俺を潰そうとか考えてやがるんだろうなあのDQNヒルデは。
ボーデヴィッヒのもう一つの人格についてはアイツも知る事になっただろうし、その凶暴な裏人格を秋五に制御させた上で俺を潰す為の駒として使う……アイツなら其れ位の事は躊躇なく考えるだろうからな。」
「つまりは私怨を晴らす為かい?……其れは果たして教師として如何なモノかと思うのだけれどね?」
「この世に最も教師に向かない人間が居るとしたら、其れは間違いなく織斑千冬だろうな……人の努力を認めて評価する事が出来ない人間に教師なんて仕事が務まる筈ないからな。
もっと言うと、束さんが調べた結果、アイツは正式な教員試験を受けずに、『ブリュンヒルデ』の称号だけでIS学園の教師に抜擢されたって事だったからな……教師の適性なんぞ考えられてなかった訳だ。IS学園が存在しなかったら、アイツ普通にニートまっしぐらだろ。」
「まぁ、彼女が一般職を熟せるとは到底思えないし、アルバイトでも問題を起こして即解雇な気がするよ。」
その晩酌の席にて、ロランは千冬が秋五とラウラを組ませた事に疑問を呈して来たが、夏月がその理由を予想してやると其れに納得し、其処からは千冬が如何に教職に向かないかと言う話になって、更には一般職でも絶対に巧く行かないだろうと言う話題に発展して、最終的には夏月とロランによる『織斑千冬でも出来る職業ランキング』が、夏月チーム&一年一組のグループLINEの投票によって決定され、堂々の一位に輝いたのは『女子プロレスのヒール』だった――ヒールレスラーはベビーフェイスよりも難しいのだが、其れを差し引いても千冬の悪辣さはヒールレスラーにピッタリだと思う生徒が多かったのだろう。
「ま、アイツの思惑なんぞは真正面からブチ砕いてやるだけだ……頼りにしてるぜロラン?」
「ふ、勿論だよ、君のパートナーとしてその期待に全力で応えようじゃないか。……精々頼りにしてくれたまえよ夏月?君に頼りにされればされるだけ、私は強くなる事が出来ると思っているのだから。」
「なんともお前らしい言い方だが、だからこそ安心するぜ。ロランは何時も通りなんだってな。」
ロランは夏月を後ろから抱きしめるようにしなだり掛かり、夏月もそんなロランの顔を手にすると触れるだけのキスをして、其処から流れるような動作でロランを所謂『お姫様抱っこ』に抱き抱えると其のままベッドに下ろし、此の日は其のまま同じベッドで眠りに就いたのだった。
夏月に腕枕されたロランは実に幸せな表情であった。
――――――
其れから学年別トーナメントの日までは夫々のタッグが大会に向けてハードなトレーニングを行っていた――其の訓練内容は、大凡一般生徒が付いて行けるモノではなく、尤も軽いと言われていたセシリアと箒のトレーニングですら、箒がブルー・ティアーズのBT兵器の十字砲火を回避しつつセシリアからの射撃も回避してセシリアにダメージを与えると言う厳しいモノだったのだ。
尤も、この訓練で箒の回避能力と危機察知能力は相当に高くなったのは間違いないだろう。
そして遂にやって来た学年別タッグトーナメント当日。
開会式後に一年生の部が始まり、アリーナの大型モニターにはコンピューターがランダムに選んだ組み合わせが映し出されたのだが、専用機持ち同士、或は専用機持ちが居るタッグは見事にばらけて直接対決は二回戦以降となる理想的な組み合わせとなっていた。
ただ、一番の盛り上がりとなるであろう夏月と秋五の試合は夫々のタッグが一回戦を突破すれば二回戦でぶつかると言う組み合わせでもあった――此の対決は決勝戦で実現するのが観客的には最高だったのかもしれないが、早い段階で当たる組み合わせと言うのは、『略確実に対決が実現する組み合わせ』と言えるのだ。
そう言う意味では順当に勝ち上がれば二回戦でぶつかると言うのはベターであったと言えるだろう。
互いに一度は相手の試合を見る事が出来るので、マッタクの初見でぶつかるよりもより深い試合になるのは間違いないだろう――逆に決勝戦での激突となると、何度も試合を見た事で互いに充分な対策を講じる事が出来るようになり、読み合い重視の泥仕合になる可能性も無きにしも非ずなのだ。
二回戦での激突は一回戦以上に深く、決勝戦よりも派手な試合になる可能性が大きいのである――だとすれば、対戦表を抽選したコンピューターは空気を呼んだと言えるかもしれない。
現在はまだ『シャルル・デュノア』であるシャルロットの試合も見物なのかも知れないが、シャルロットの実力はまだ未知数なので夏月と秋五ほどの話題性は無いようだった。
そんな一年生の部の一回戦第一試合に登場したのは簪と鈴の『髪飾り決死隊』だった。相手はラファール・リヴァイブと打鉄を纏った一般生徒のタッグだ。
普通に戦えば簪と鈴が勝つだろうが、試合開始前に今回のタッグトーナメントに於ける『専用機持ちに課せられたハンディキャップ』を説明して行くとしよう。
専用機は使用者に合わせてフルカスタムされているので学園の訓練機とは性能差が月とスッポンであり、その性能差を分かり易く言うなら専用機が『青眼の白龍』で訓練機が『暗黒の竜王』と言ったところだろうか?
兎に角圧倒的な性能差があるので、専用機持ちが圧倒的に有利になるのでハンディキャップが設定されるのは道理なのだ。
そのハンディキャップは、『両タッグとも全員が専用機持ちの場合:ハンデなし』、『片方のタッグが二人とも専用機持ちで、もう片方が二人とも訓練機の場合:専用機タッグのシールドエネルギー50%減でスタート』、『両タッグとも専用機と訓練機のタッグの場合:専用機持ちはシールドエネルギー35%減でスタート』、『片方が専用機と訓練機のタッグでもう一方が訓練機のタッグの場合:専用機のシールドエネルギー30%減でスタート』となり、更に専用機がワン・オフ・アビリティを発現していた場合、『専用機持ち同士のタッグの試合』以外ではワン・オフ・アビリティの使用禁止と言う縛りも入っていた。
此れは流石に専用機持ちが縛りが多いと思うかも知れないが、此処までやって漸く訓練機は専用機に対して攻撃が届くと言うレベルなので、此れは妥当なハンディキャップなのである。
なので、簪と鈴はシールドエネルギーが50%減の状態で試合が始まったのだが、簪も鈴もそんなハンデなど有って無いようなモノだった。
試合開始と同時に簪が機体の火器を全開放して『相手を絶対殺す弾幕』を展開して相手タッグの出鼻を挫いた――六連装ミサイルポッド『滅』の連続発射に加え、ビームライフル『砕』と電磁リニアバズーカ『絶』の連射による弾幕は『弾幕シューティングゲームの極悪ボス』を彷彿させるモノがあり、此れだけでも充分過ぎるのだが其処に更に鈴がレーザーブレード対艦刀『滅龍』の二刀流で斬り込んで来た事でマッタク対処する事が出来ずにいた。
簪の極悪弾幕を何とか回避しても、回避した先には鈴が斬り込み、鈴の斬撃に対処しようとすれば其処に簪の砲撃が叩き込まれると言う悪夢のような布陣が組まれているのだ……その結果、試合開始から僅か五分で相手タッグは二人ともシールドエネルギーがゼロになり、逆に簪と鈴はノーダメージのパーフェクト勝利を決めたのだった。
この結果には生徒達だけでなく、来賓として観戦に来ていた各国の要人や大手IS企業の幹部達も驚いているようだった。
其処からは専用機持ちが居るタッグを中心に手に汗握る試合が展開された。
ヴィシュヌと乱の『究極アジアタッグ』は、乱が近接戦闘用カタール『裂龍』を使っての近接戦を、ヴィシュヌがムエタイをメインとした近接戦を仕掛けて猛ラッシュで畳み掛けて圧倒的勝利を収め、箒とセシリアの『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』は、試合開始と同時にセシリアがBT兵装で十字砲火の布陣を完成させると、スターライトMk.Ⅱによる精密射撃と十字砲火で相手タッグの動きを制限し、其処に箒が斬り込んで各個撃破すると言う戦い方で勝利を収めた――圧倒的勝利とは行かなかったが、箒の粗削りな部分をセシリアが見事にカバーしており、圧倒的な強さはない代わりに一度型に嵌れば恐ろしいタッグと言えるだろう。
シャルロットと鏡ナギのタッグは、シャルロットが今はまだ『シャルル・デュノア』である事を最大限に利用して、相手タッグに甘い言葉を連発して正常な判断を奪い、其の上で得意のラピッド・スイッチで次々と武装を換装して圧倒すると言う腹黒プレイで勝利していた。
秋五とラウラの『無敵インビジブルーズ』は、試合開始と同時に相手タッグを分断して圧倒し、各個撃破かと思わせておいてその実は秋五もラウラも相手を誘導して一箇所に集めたところにラウラがレールカノンを叩き込み、秋五が追撃の逆袈裟二連斬を叩き込んで試合終了。
トーナメントに向けて何度も連携を練習しただけあり、完璧とも言える試合運びだった。
そして一回戦の最終戦に登場したのは夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』だ。
今回のトーナメントにエントリーした一年生のタッグの中では間違いなく最強のタッグであり、試合開始と同時に夏月がビームダガー『滅龍』を、ロランがビームトマホーク『断龍』を投擲して牽制すると、其れを避けた先に回り込んで近接戦闘に持ち込む。
秋五とラウラとは違って分断はせずに戦っていたのだが……
「スイッチ!」
「了解だ!」
瞬時にパートナーと入れ替わる事で相手を変えて相手タッグを翻弄していた。
突然相手が変わると言うだけでも可成り厄介な事であるのだが、夏月とロランでは近接戦でも全く戦闘スタイルが異なるので、夫々の戦闘スタイルに慣れて来た場面でタッグパートナーとのスイッチを行われると、入れ替わった相手にマッタク持って対処出来なくなってしまうのだ――頭では『此れまでとは違う相手』と認識していても、短時間ながら身体が覚えてしまった反応と言うのは消す事は出来ず、刀に対してハルバートの、ハルバートに対して刀の対応をしてしまう事で隙が生まれ、結果として大ダメージを受ける事になったのだ。
「此れで決めるぞロラン!」
「派手に行こうか?」
トドメは夏月もロランを相手を打ち上げ、其処に追従してサンドイッチ状態で連撃を加えて、トドメは全体重を乗せた斬り落とし――全体重に加えて落下速度も加わった斬り落としの威力は凄まじく、此の攻撃で相手のシールドエネルギーはゼロになって夏月とロランは勝利を収めた。
トドメの一撃が決まった際、夏月は刀を振り下ろした状態で、ロランはハルバートを地面に突き刺すような格好になっていたのが印象的だった。
「まさかのパーフェクト勝利とは……此れもまた愛する君とのタッグだからこそ成し得た結果なのだろうか?
嗚呼、一回戦を突破しただけだと言うのに、私は此の上ない高揚感を感じているよ夏月……この調子ならば二回戦も最高のパフォーマンスが出来る筈――此れは、君と共に優勝を手に出来るんじゃないかな?」
「俺の狙いはハナッから優勝だけだ――その過程でぶつかる奴等は片っ端からぶっ倒して行く、其れだけだ。」
「其れはつまり、ヴィシュヌ達とぶつかっても一切の手加減はしないと言う事なのだが、彼女達とぶつかった時は本気で相手をしてくれ給えよ?彼女達も本気の君との戦いを望んでいるだろうからね。」
「其れは言われるまでもねぇよ。全力を出さないのは逆に失礼だからな。」
夏月とロランは腕を合わせて勝利のポーズを決めると、観客からは盛大な歓声が沸き起こった――其れだけ夏月とロランの戦いは見事だったのだ。
其の後、十分間のインターバルを挟んで二回戦が始まり、各タッグとも危なげなく二回戦を突破していた――箒とセシリアのタッグが、一回戦よりも洗練された動きを見せた事に会場はざわついていたが、其れは裏を返せば箒の急成長があったとも言えるだろう。
訓練ではない試合は初めての箒だったが、その初戦を勝利で飾っただけでなく、そのたった一回の試合で『ISバトル』の戦い方を身体に覚えさせたのだ――束がチート無限のバグキャラだとしたら、箒は身体の学習能力がチート級であるのだろう。頭ではなく身体で覚える力がチート級と言うのも中々にぶっ飛んでいると言えるだろう――篠ノ之姉妹は姉は万能型チート無限バグキャラで、妹は一能力限定のチートキャラだった様だ。
其れは兎も角として、二回戦の最終試合は秋五とラウラの『無敵インビジブルーズ』と夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』の試合だ。
その試合が始まる直前、無敵インビジブルーズのピットには千冬の姿があった。
「姉さん?」
「教官、何故此処に?」
「公私混同は良くないが、弟と嘗ての教え子を激励しに来ても罰は当たるまい?
一夜とローランディフィルネィのタッグが相手では可成り厳しい戦いになるだろうが、だからと言ってお前達が勝てないと言う訳では無い――互いに専用機持ち同士のタッグであるのでハンデは無く、ワン・オフ・アビリティも使う事が出来るのだからな。
下馬評では一夜とローランディフィルネィが絶対有利と言われているが、その下馬評を引っ繰り返して見せろ。」
その千冬は中々の無茶振りをかましてくれたのだが、此れは普通ならばハッパを掛けてモチベーションとテンションを上げると言う目的があったと言えるのだが、千冬には更なる思惑があった。
千冬の言った事にサムズアップで応えた秋五とラウラだったが、千冬はピットルームから出る前に、ラウラの耳元でラウラにしか聞こえない声量で『此の試合、勝つだけでなく一夜を潰す心算で行け。其れこそ二度とISに乗れなくなる位にな。』とトンデモナイ事を言ってくれた。
『一夜を潰す位の気概で行け』と言ったとも言えなくもないが、千冬の此れまでの事を考えると、この言葉は文字通りと考えた方が良いだろう。
「(一夜夏月を潰す?……そんな事、出来るか……!奴とは戦いたいが、其れは正々堂々真正面からだ――潰す手段は幾つかあるが、私はそんなモノを使って奴と戦いたくはない!!)」
故にラウラは悩み、如何するのが最適解であるのかを導きだそうとしたが、試合開始直前の僅かな時間では考えが纏まる筈もなく、気が付けばカタパルトに乗って出撃を待つ状態となっていた。
「(私は、如何すべきなのだろうか?)」
《如何すべきかだと
そんなモノ、一夜の奴を血祭りに上げる、其れ意外に何の選択肢があると言うのだ主人格様?秋五を己のモノにするには此れが一番手っ取り早いんだ……一体何処に迷う要素がある?》
「(お前は!!)」
此処でラウラのもう一つの人格がラウラに語り掛け、千冬の言った事を完遂しろと言って来た――ラウラのもう一つの人格は千冬の厳し過ぎる訓練の際に生まれたので、ある意味ではラウラの主人格以上に千冬に心酔していたのだ。
「(だが、其れは出来ん……私はあくまでもルールの上で勝ちたいんだ!潰すような事はしたくない!其れに、織斑教官がこんな事を言って来るとは!!)」
《そうか……ならば貴様は深層心理の奥に引っ込んで居ろ!
僅かばかりでも織斑教官に疑念を持ってしまったお前は最早この身体の主人格である資格すらない……貴様の代わりに一夜夏月を倒し、私が織斑秋五の嫁となるのだ、完璧だろう?》
「(待て、其れは……!)」
《引っ込んで居ろ腰抜けが!》
「(うわぁぁぁぁぁ!!)」
それだけに表のラウラが千冬に対して疑念を持った事は許し難く、そして試合前に千冬から言われた事が原因でもう一人のラウラが現れ、しかもあろう事が主人格のラウラを深層心理の奥底に閉じ込めて完全に肉体の所有権を得たのだった。
其れと同時にラウラの目付きは鋭くなり、口元には歪んだ笑みが浮かんでいた――ラウラのもう一つの人格である交戦的で凶暴な人格が表に出て来た証であり、ラウラはこの裏人格で夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』との試合に臨む事になったのだった。
尤も、秋五に人格が入れ替わった事がバレないようにその歪んだ笑みは直ぐに消え、真似事ではあるが本来のラウラの人懐っこい笑みを顔に張り付けたのだが。
ラウラの裏人格が表に出た事で二回戦の最終試合は、可成り荒れる事になる事は間違い無いと言っても良いだろう――此の試合、無事に終わるかどうかだ。
取り敢えず瞬き厳禁、席を立ったらイエローカードレベルの組み合わせだけに会場のボルテージは最高潮に達して、試合の開始は今か今かと待ち侘びている状態なので、普通の試合で終わると言う事は無いだろう。
ラウラの人格が裏人格となっている事に一抹の不安はあれど最高の試合展開が期待出来ると言うモノだが、この時、ラウラの機体にはトンデモナイ爆弾が搭載されていると言う事には誰一人として気付いていなかった。
「秋五、ボーデヴィッヒ……持てる力の全てをもって掛かって来いよ。俺達に勝ちたいんならな!」
「私達は出し惜しみをして勝てる相手ではないからね?」
「無論、出し惜しみはなしだ――初手から全力で行くよボーデヴィッヒさん!」
「ふん、言われるまでもない。全力をもってして倒してやる!」
ともあれ、二回戦の最終試合も試合が始まり、四者とも飛び出して其処から一気に試合が始まった――決勝戦レベルの二回戦である『無敵インビジブルーズ』と『エイベックスISバトラーズ』の試合はのっけから手に汗握る試合展開となるのだった。
To Be Continued 
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