ラウラが暴走した第三アリーナでは、相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、伊集院神楽がラウラによって血祭りに上げられると言う地獄絵図が展開され、其処に割って入った夏月がラウラと戦うと言う構図になっていた。
夏月に言われた事を自分なりに考えていたラウラの脳のキャパシティが容量の限界を超えて、その結果暴走した可能性は大いにあるのだが、だからと言って全く無関係の一般生徒のトレーニングに乱入した挙げ句に血祭りに上げたと言うのは大凡見過ごす事は出来ない案件なのである。


「此れは……一体何が起きてるの?」


更に此処で秋五達が第三アリーナに現れ、その惨状を目にして声を上げた――夏月達だけでなく、秋五達の方にも此の惨状は伝えられており、秋五達も急いで第三アリーナにやって来たのだが、其処では夏月とラウラが向き合っていて、重症の四人の生徒が其の場に横たわっていたのだ。


「秋五……詳しい事はまた後でだ――楯無さん達と一緒に相川さん達を保健室に連れて行ってくれ。ISの絶対防御が発動していたであろうにも拘らずそのダメージってのは流石にヤバいと思うからな。」

「夏月……何でこんな事になったのかは分からないけど、確かに今優先すべきはそっちの方だね。」


夏月は秋五に指示を出しながらもラウラからは視線を外さずに真正面から睨みつけて一切の隙を見せない……更識の一員として裏の仕事に関わる事が多かっただけに、ガチの戦場の戦い方と言うモノを熟知しているのだろう。
秋五に怪我人の事を任せたのも、『ラウラは秋五に惚れているから、秋五の事を襲う事は無い』と判断したからであり、楯無と共に秋五、グリフィン、静寐が怪我人の搬送を始めてもラウラが其方に襲い掛かる事は無かった……仮に襲い掛かったとしてもすぐさま夏月に止められていただろうが。


「さてと、此れで思い切りやれるな銀髪チビ……悪鬼掃滅、貴様はダルマじゃあ!!」

「……今日は日本刀の和中なんだ。」


楯無の先導で秋五達が重症者四人を第三アリーナから連れ出したのを確認すると、夏月は何やら物騒な事を言い、其れに付いての軽い突っ込みが簪から入ると同時に雷光の居合いでラウラに斬り込み、ラウラは其れをプラズマ手刀で受け止め、逆にワイヤーブレードで反撃するが、夏月は其れを鞘でガードしてイキナリ火花が散るクロスレンジの戦闘に。
昨日の模擬戦とは違い、今日は夏月も攻めているのだが、其の攻撃にラウラは完璧ではなくともある程度対応出来ており、攻撃も防がれているとは言え夏月に届いており、その事には夏月だけでなく其の場に居る夏月のパートナー達も驚きを隠せない様子だった。


「(何だ?昨日とはまるで動きが違う……防御は未だ俺の攻撃を何とか防げるレベルだが、攻撃に関しては昨日よりも早くて鋭い――だけなら未だしも、此処まで昨日と違うと最早別人じゃないのか此れは?)」


だが、実際にラウラと戦っている夏月は驚くと同時に疑問、違和感も感じていた。
今のラウラは昨日と比べて別人のような動きになっており、表情に関しても暴走前の『少し天然が入ってる純粋な少女』の面影は何処にもなく、飢えた野獣の様にギラ付いた殺意を浮かべた目に、皮肉気な笑みを浮かべた口元と、とても同一人物とは思えない表情を浮かべているのだ。
そんな疑問と違和感を感じながらも、勝負は徐々に夏月とラウラの地力の差が表れ始め、ラウラの攻撃は夏月に当たらなくなり、逆にラウラは夏月の攻撃を防ぐ事が出来なくなって来ていた。


「暴走すんのは勝手だがな、だからってマッタク関係ない一般生徒を巻き込んでんじゃねぇ!一発顔面陥没しとけぇ!!」

「ふむ、和中で始まりトドメは紅林で来たか。」


其の後の攻防で、夏月がラウラの顔面に拳を叩き込んで絶対防御を発動させてシールドエネルギーを大きく減少させ、ラウラ自身もアリーナの端までぶっ飛ばされただけでなくフェンスに衝突して更にシールドエネルギーを減らす形となった。その直前の夏月のセリフにはロランが何か感心しているようだった。
其れでもラウラはフラフラと立ち上がったのだが……


「……此処は第三アリーナ?何故私はこんな所に……しかもこの状態は、戦っていたのか?……若しかして、私はお前と戦っていたのか一夜夏月?」

「は?いや、何言ってんだお前?今までガンガン遣り合ってただろうが!」

「何だとぉ!?何故私とお前が戦っているのだ!?そもそも如何してそんな事になってしまったんだ!?」


なんと、立ち上がったラウラは突如として意味不明な事を言ってくれた――夏月にぶっ飛ばされて逆に冷静になって此れまでの事を誤魔化そうとしている訳では無く本当に此の状況を理解していないと言った感じだ。
其れだけでなく、先程の血に飢えた獣のような表情も、全てを切り裂く鋭利な刃物のような殺気も霧散し、『ちょっと天然で純粋なラウラ』に戻っていたのである。
如何やら、此度の此の惨状は夏月に言われた事でラウラの思考がヒートアップした末にキャパシティオーバを起こして暴走したと言う事ではなく、もっと面倒な真相が潜んでいるのかもしれない。










夏の月が進む世界  Episode32
『ドイツの黒兎隊長は二重人格だと?』










取り敢えず今のラウラは危険そうでは無さそうだと判断した夏月達は、ラウラを座らせると何故夏月とラウラが戦っていたのか、そもそも何故戦う事になったのか、其れ等を説明した。勿論、ラウラが相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四名が訓練している所に乱入して、四人に重傷を負わせてしまった事もだ。


「なにぃ!?私が其の四人に重傷を負わせたと言うのか!?」

「あぁ、その通りだ……てか、お前マジで覚えてないのか?」

「うむ、マッタク持って記憶がない。気が付いたら私は此処に居てお前と対峙していた……如何やって此処までやって来たのか、マッタク覚えていない。」


しかし其れを聞いたラウラは『マッタク記憶がない』と言って来た……惚けていると言う感じではなく本当に覚えていないと言った感じであり、更識の仕事で嘘を見抜く事が出来るようになっていた夏月と、女優として多彩な演技をして来た事で相手が演技をしているかどうかを見抜けるようになっていたロランには、ラウラが嘘を吐いているか或は演技をしているようには見えなかった。
そして、其れはこの場に居る全員も『ラウラが嘘を言っている』とは感じなかった――逆に言えば普段のラウラは大凡嘘を吐く事が出来るような人物ではない、そう思われていたと言う事なのだろう。転校初日に秋五に対して『婚約者』宣言をした事からも、ラウラは『搦め手使わずに直球勝負』と言うイメージが出来ているのだろう。


「えぇっと、此れは一体如何言う状況なのでしょうか?」


其処にやって来たのは真耶だ。
真耶もまた他の生徒から『第三アリーナでラウラが一般生徒を半殺しにしている』と聞き、一目散に第三アリーナまでやって来たのだ――本校舎の職員室からやって来たので到着が遅れたのだろう。
だが、到着した第三アリーナではラウラと夏月達がアリーナの床に座って話をしていると言う状況だったのだから、一体如何言う状況なのかを聞いたのはある意味で当然であると言えるだろう。――此処で千冬ではなく真耶を呼んできた辺り、生徒から何方が信頼されてるのかが窺えると言うモノだ。


「山田先生……実は――」


そんな真耶に、夏月達は此処で一体何があったのかを包み隠さず説明した。
ラウラが暴走して四人の一般生徒が行っていた訓練に乱入して其の四人に重傷を負わせ、其処から夏月と戦う事になり、夏月の本気の拳を喰らったら暴走状態が解除されたモノの其れまでの事は一切覚えていないと言う事を。


「記憶がない、ですか……ボーデヴィッヒさん、貴女の記憶があるのは何処までですか?」

「え~と……そうだ、一夜夏月に『織斑先生はお前を手駒として使おうとしている』と聞かされ、其れが果たして如何言う事なのかを自分なりに考えていたのだが、納得出来る答えが見つからず、考えが煮詰まって来た所までは記憶にある。
 だが、記憶があるのは其処までで、気が付いたら私は此処に居て一夜夏月と対峙していた……しかも如何言う訳かフルボッコにされた状態で。」

「成程……となると、若しかしたらボーデヴィッヒさんは二重人格であるのかもしれません。」

「「「「「「「「「「「「二重人格!?」」」」」」」」」」」」


其れを聞いた真耶は少し考えると、これまた中々トンデモナイ事を言ってくれた。
無論真耶とて伊達や酔狂でこんな事を言った訳では無く、夏月達の話を聞き、そしてラウラの状態を確認した上で、過去に日本で起きた似たような事例と照らし合わせた上で『ラウラが二重人格』であると判断したのだ。


「私が二重人格……?」

「その可能性は充分にあると思いますよ?
 ボーデヴィッヒさんは、自分の記憶が抜け落ちている事があったのは今回が初めてなんですか?」

「いや、過去にも記憶が飛んでいる事は何度かあったな?
 軍のサバイバル訓練で精神が限界に近付いて来た時とか、隊長として激務に追われてギリギリの状態になった時とかは記憶が飛んで、気が付いたらサバイバル訓練や激務が終わっていたと言う事は何度もあった。」

「ならばもう確定ですね。
 恐らくですがボーデヴィッヒさんは精神的に追い込まれた際に、その重圧から逃れる為にもう一人の人格を自分の中に作り出してしまったのだと思います――其れこそ、どんな逆境をも乗り越えてしまう凶暴で好戦的な人格を。
 ですがボーデヴィッヒさん自身はそのもう一つの人格を認識しておらず、もう一つの人格はボーデヴィッヒさん自身の人格が目を覚ますと強制的に深層心理の奥底に引っ込んでしまうのでしょう。」

「マジかよ……」


其れだけではなく、真耶はラウラに『過去に記憶が飛んだ事は無いか?』と聞き、ラウラの答えを聞くとラウラが二重人格になってしまった理由も予測したのだった。
一般的に多重人格になるのは、『逃げ出したい現実から逃避する為に、その現実を代わりに体験する存在を作り上げる』事が圧倒的に多いのだが、如何やらラウラの場合も御多聞に漏れずだったらしい。
此の事にラウラは少なからずショックを受けていたのだが、其れでも『だとしても私がやってしまった事であるのは間違いないので、どんな罰でも受ける覚悟だ……ハラキリをしろと言うのであればそうする』と、これまた若干間違った事を口にしてくれたのだが、真耶が下した沙汰は、『厳重注意と学年別トーナメント前日まで専用機を没収する』と言う、今回の惨状を考えると可成り軽めのモノだった。


「其れは、幾ら何でも軽過ぎるのではないか!?」

「かも知れませんが今回の場合、日本に於ける過去の判例を考えると重い罰は下せないんですよ。
 多重人格の人が他の人格の存在を認識していない状態で他の人格が犯罪行為を行った場合、主人格である人物は其の行為をマッタク認識しておらず、一種の心神喪失状態にあったとして無罪になった判例もありますからね。
 とは言っても、今回の事は完全に揉み消す事は出来ないので、『ボーデヴィッヒさんが模擬戦に熱が入って一般生徒相手に本気を出してしまった』と言う事にしておきましょう……模擬戦でやり過ぎたと言う事なら、中破した訓練機の修理代も学園の予算で落とせますので。」


勿論そんな軽い罰では納得出来ないラウラだったが、真耶は日本に於ける過去の判例を上げて説明し、その上で重い罰を科す事は出来ないとも言い、更には今回の一件での落し所も説明してくれた……『模擬戦で熱が入ってやり過ぎてしまった』と言う事であれば特別珍しい事ではないのでラウラが批難される事はないのである――そこまで考えてこの沙汰を下したのだから真耶は矢張り隠れた一流と言えるだろう。

そしてこの場は解散となり、夏月は保健室に運ばれた四人に様子を見る為に保健室に向かったのだが、其処にはラウラが『私の知らないもう一人の私がやったとは言え、私がやってしまった事に変わりはないので、キチンと謝罪しなくてはな』と言って同行していた。――簪、ロラン、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニール、箒、セリシア、シャルロット、オニールも一緒に行こうとしたのだが、其処は『大人数だと逆に彼女達に負担になるだろ?』と言われて此処は引き下がる事になったのだ。


「時にボーデヴィッヒ、お前が初めて記憶が飛んだのは何時だ?」

「初めて記憶が飛んだのは……そうだ、織斑教官がドイツ軍に指導教官としてやって来た時からだったな。教官の厳しい訓練に心が折れそうになったところで記憶が無くなり、気が付いたら其の訓練を達成して教官に褒められてた。」

「成程な……(って事はつまり、アイツがボーデヴィッヒを追い込んだ事で、ボーデヴィッヒはもう一人の自分を生み出す事になった訳か……ったく、本気で碌な事してくれねぇなあのDQNヒルデは!)」


その道中、ラウラから『初めて記憶が飛んだのは何時か』を聞いた夏月は、ラウラが二重人格になってしまったのは間違いなく千冬が原因だと考えていた――ラウラはドイツ軍が『織斑計画』を元にして生み出したデザイナーズベビーであり、ロールアウト時には最高クラスの性能を備えていたのだが、その後に行われた『ヴォーダン・オージュ』の移植に失敗し、最高だった性能が最低まで落ち込んでしまい、『落ちこぼれ』、『失敗作』の烙印を押されて絶望のどん底にあったと言う話を聞き、そんなラウラの前に千冬が教官として現れ、仕事として『落ちこぼれ』であるラウラを鍛える為に厳しい訓練を課した結果、その厳しさにラウラの精神が限界を迎えてもう一つの人格を作り出してしまったのだと、そう判断したのだ。


「よう、四人の容体は如何だ?」

「其れは大丈夫よ夏月君。
 重症であるのは間違いなかったけど、私の専用機のナノマシン生成機構を使って治療用ナノマシンを作って彼女達の体内に送り込んだから――でも、其れは兎も角として、如何してボーデヴィッヒちゃんが此処に居るのかしらねぇ?……あんな事をしてくれた事に関して、お姉さん絶賛ガチギレ中なんだけど?」

「その気持ちは分かるけど、取り敢えず先ずは俺達の話を聞いてくれ楯無さん。」


保健室に入ると、搬送された四人は楯無が専用機の裏技とも言える治療用ナノマシンを生成して四人の体内に送り込むと言う事をしてくれたので、四人とも表面上の傷はほぼ完治していた。
其れは其れとして、楯無は護るべき生徒をフルボッコにしたラウラに対して、『更識楯無』としての殺気を叩き付け、其れを喰らったラウラは盛大に硬直し、少しばかりチビっていた……その殺気も、夏月の言葉を聞いて消え去ったのだが、其れでも現役軍人をガチでビビらせる『楯無』の殺気は相当なモノだと言えるだろう。


「日本には『蛇に睨まれた蛙』と言う言葉があるそうだが、私は今それを身をもって体験したぞ……軍人である筈の私が『死』の恐怖を感じてしまうとは……」

「会長さん、本当に何者なの?」

「秋五、実は楯無さんは裏社会では其の名を知られている関東最大の極道、『更識組』の現組長で、『楯無』って言うのは歴代の組長が襲名する名前なんだよ。
 そして今の楯無さんは歴代の『楯無』の中でも最強と言われていて、僅か十五歳で組長になると敵対組織を軒並み粛清するだけじゃなく、更識組のシマを荒らした半グレなんかにも一切容赦しないで徹底的に叩き潰して来たんだ。
 そんでもって俺も、楯無さんの右腕として裏社会でやって来てな……その挙げ句に外道とカツオ節の見分けが付かなくなって、気付けば外道をカンナでカツオ節みたいに削ってた事が何度かあったんだわ。」

「其れって何処の小峠華太!?」

「ま、全部嘘だけどな。」

「嘘なの!?」

「冗談だ。」

「結局どっちなのさ!?」

「う~ん、百点満点のリアクションね織斑君♪」


若干のコントを挟みつつ、夏月は楯無と秋五にラウラが二重人格である事と、先程の惨状はラウラのもう一つの人格がやった事、ラウラ自身はもう一つの人格を認知していなかった事、そしてラウラが二重人格になってしまった原因は千冬にあるかも知れないと言う事を話した。
俄かには信じられない事ではあったが、夏月がこんな事で噓を言う必要性はマッタク無い事と、目の前のラウラがアリーナで見た時とはまるで別人であった事から楯無と秋五は、ラウラが二重人格である事が事実であるのだと認めていた。


「ボーデヴィッヒさんが二重人格で、そうなった原因は姉さんにあるか……」

「ちょっと待て、私が二重人格である事は分かったが、何故私が二重人格になった原因が教官にあるのだ?」

「何でって、お前が初めて記憶が飛んだのが織斑先生に鍛えられてた時なんだろ?
 なら、その過酷な訓練にお前の精神が限界を迎えて、その辛さを肩代わりしてくれる人格を作り出したって考えるのが普通だぜボーデヴィッヒ……多分、織斑先生はお前が二重人格になっちまったなんて事には気付いてないだろうけどな。」

「むぅ……言われてみれば、確かにそうかも知れん……」

「でも不思議よね……何だって織斑先生は『落ちこぼれ』の烙印を押されていたボーデヴィッヒちゃんを鍛えたのかしらね?同じく、『落ちこぼれ』と蔑まれていた実弟の織斑一夏君の事は見捨てたって言うのに。
 若しかして、一夏君の事を後悔してボーデヴィッヒちゃんを鍛える事で一夏君への贖罪にしようとした、とかかしら?」

「その可能性は無くはないかも知れないが、実弟のお前は如何考えるよ秋五?」

「……こう言ったらアレだけど、姉さんがそんな殊勝な事を考えるとは思えないかな?
 ボーデヴィッヒさんを鍛えたのも、多分『仕事だから給料分は働いてやるか』程度の気持ちで、本気でボーデヴィッヒさんを鍛える気はなかったんじゃないかと思うんだよね――ボーデヴィッヒさんがもう一つの人格を作り出さざるを得ない位に厳しい訓練だって、『此処で潰れるならその程度』位の気持ちだったと思うよ?
 まぁ、結果的にはボーデヴィッヒさんにもう一つの人格が現れた事で、姉さんの厳し過ぎるであろう訓練を全て熟してボーデヴィッヒさんは黒兎隊の隊長になった訳だから姉さんとしては嬉しい結果だっただろうけどね。」


此処でラウラが二重人格になった原因が千冬にあると言う事に、ラウラ自身が疑問を投げ掛けて来たが、楯無が千冬が『落ちこぼれ』の烙印を押されていたラウラを何故鍛えたのかに疑問を投げ掛けから夏月にパスし、夏月は楯無の予想も可能性として無くは無いと言った上で秋五にパスを出し、秋五はその可能性を完璧に全否定してターンエンド。
一夏の死後、秋五は自分の意見を迷わずに言うようになったのだが、そうして自分の意思を示すようになった事で千冬の闇と言うか、其れまでは見えていなかった部分が見えるようになり、IS学園で生活するようになってからは其れが特に目に付くようになり、とっくに千冬に対しての信頼は無くなっており、最近では『姉弟愛』すらも消えかかっているのだ……誰よりも尊敬してた双子の兄の死は、秋五には良い転機になったのだ。


「其れはつまり、教官は私の事を鍛えて下さったのではなく、仕事だから仕方なくやったと、そう言う事か?」

「ショックかもしれないけど、多分そうだと思うよ……あの人は、ドレだけ努力しても自分や僕に僅かに結果が劣っていたと言う事だけで一夏の事を『落ちこぼれ』と言って、決して一夏の努力を認めなかったんだ。
 そんな人が、ボーデヴィッヒさんに本気で向き合おうとしていたとは思えない。」

「そんな……」


無論、ラウラはそんな事は認めたくないので、なんとか秋五の言った事を否定したかったのだが、秋五の更なる一撃で黙らざるを得なくなり、同時にラウラの中にあった『織斑千冬』の理想像には大きな罅が入り始めていた。
千冬に心酔してからこそ、一度疑念が生じてしまえばと言う事なのだろう……ラウラの純粋さが、よりそれを加速させたとも言えるが、最早ラウラにとって千冬は手放しで尊敬出来る『教官』でなくなったのは間違いないだろう。

其の後、相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四名は目を覚まし、目を覚ました四人にラウラが見事なDO・GE・ZAをかまして謝罪し、夏月がラウラは二重人格であり、先の事はもう一つの人格がやったと言う事を説明すると、四人とも何か合点が行ったようだった。
と言うのも、四人はアリーナに乱入して来たラウラは何時もとはまるで様子が異なっており、乱入して来たのがラウラだと分かったのは乱入して来て暫くしてからだったと言うのである――其れほどまでにラウラのもう一つの人格は別人だったのだろう。

ベッドから身体を起こした四人は異口同音に『其れならボーデヴィッヒさんが悪い訳じゃない』と言ってラウラの事を許し、四人の寛大な対応にラウラは涙だけでなく鼻水もちょちょ切れの状態となっていたのだが、其処は夏月が制服ポケットからポケットティッシュを取り出し、其処からティッシュを取り出してラウラの鼻に当てると言う工程を僅か五秒で行ったので、ラウラが鼻水を垂らすと言う醜態を晒す事は無かった……楯無の右腕として働いて来た夏月は、フォロースキルも中々に高いと言えるのかもしれない。

其れは兎も角として、謝罪と和解も出来たので、夏月達は保健室から出ようとしたのだが、その前に保健室の外から地鳴りのような足音が聞こえて来て――


「「「「「「「「「「織斑君、夏月君、私とタッグを組んで~~!!!!」」」」」」」」」」」(鉤カッコ省略)


一年の略全員となる女子生徒が保健室になだれ込んで来た……辛うじて保険室のドアは無事だったが、保険室のドアがアナログな引き戸だったら間違いなく押し倒されてお釈迦になっているだろう。女子のパワー恐るべしだ。
とは言え、なぜ此れほどまでの女子生徒が此処にやって来たのは分からないので、夏月と秋五は其れを問うたのだが、その理由は、『学年別トーナメントがタッグマッチになった』と言う事だった。
此れは楯無も寝耳に水だったのだが、楯無が重症者の搬送を行っている時に決まった事なので致し方ないだろう――楯無は学園長である轡木十蔵とプライベートなLINEグループを作っており、緊急の案件に関しては其処にメッセージが来るのだが、其処にメッセージが来ていなかった事を考えると、学年別トーナメントがタッグマッチになったと言うのは其処まで大きな案件ではないのだろう。
或は、楯無ならばタッグ戦になった事の意図に気付くだろうと言う信頼があったのかもしれないが――だからと言って、夏月と秋五からしたら行き成り不特定数の生徒から『タッグを組んでくれ』と言われたのだから堪ったモノではないだろう。
押し寄せて来た生徒の中からパートナーを選べば、選ばれた生徒は選ばれなかった生徒からの嫉妬を買って、最悪の場合には其れが原因でイジメに発展し兼ねないのだから。


「悪い、俺はタッグを組むなら俺の婚約者とタッグを組むって決めてんだ。」

「僕も夏月と同じかな……僕は僕の婚約者以外とタッグを組む気はないんだ。」


だがしかし、夏月と秋五には『男性操縦者重婚法』が制定されてより誕生した『婚約者』と言う最強の存在があり、その婚約者以外と組む心算は無いと言うのは夏月や秋五とのタッグを夢見ていた女子達を絶望させるには充分な破壊力があった。
『婚約者』とはつまり、将来を約束し合った仲であり、その婚約者以外とタッグを組む心算は無いと言うのは、其れだけ夏月と秋五は婚約者達の事を大事にしていると言う現れであり、一般生徒では大凡入り込めない領域であると認めざるを得なかったのだろう。


「学年別トーナメントがタッグマッチか……となると、ボーデヴィッヒだけじゃなく、お前にも織斑先生はコンタクトを取って来るかもだぜ秋五。」

「姉さんが僕に?其れは如何して?」

「今日の事は織斑先生の耳にも入るだろうし、ボーデヴィッヒが二重人格だって事も織斑先生は知る筈だ――となれば、お前にボーデヴィッヒのお目付け役を頼んで来るのは火を見るより明らかだ……お前をボーデヴィッヒの制御プラグにする心算なのかもだぜ。」

「其れは、否定出来ないのが悲しいね。」


夏月の予測に秋五は驚きながらも否定しなかったので、夏月の予想は高確率で当たると思ったのだろう――同時に其れは、秋五が最早千冬の事を一切信頼も信用もしていないと言う事にもなる訳だが。

其の後、四人に『お大事に』と言って夏月達は保健室を後にして夫々の寮の部屋に戻って行ったのだが、夏月の部屋ではロラン、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニールによる『夏月のタッグパートナー』の座を巡って激しい戦いが繰り広げられていた。
無論ISを使ったバトルではなく、遊戯王や各種ゲームでの対戦によって夏月のタッグパートナーを決めようとしていたのだが、何れの勝負でも圧倒的に勝利するモノが居なかったために中々決着が付かなかったのだが、夏月が『面倒だからじゃんけんで決めちまえ』と言った事で、史上最強と言っても過言ではないじゃんけんバトルが行われ、決勝戦はロラン、ヴィシュヌ、簪の対決となり、幾多の相子の末に――


「「「じゃん、けん、ぽん!!!」」」


簪とヴィシュヌはチョキ、ロランはグーと言う結果になったのだった。


「勝った……勝ったぞ夏月!!
 学年別のタッグトーナメントと言う大舞台を君のパートナーとして迎える事が出来るとは……嗚呼、何と幸せな事だろうか!夏月、君のタッグパートナーとして恥じない働きをする事を約束しようじゃないか!」

「このロラン節を見ると、負けた悔しさが湧いてこないから不思議。」

「此処まで露骨に勝利した事に喜ばれると普通は少しカチンとくるところなのでしょうが、微塵もそんな感情が湧かないのは彼女の場合はあからさまに芝居がかって居るからなのでしょうね……女優、恐るべしです。」


勝負を制したのはロランであり、決まり手となったグーは其のまま勝利のガッツポーズに早変わりだ。毎度お馴染みのロラン節も忘れずにである。
連続の相子が続いた事で、全員が次の一手を予測していたのだが、此処はロランが予測が当たって学年別タッグトーナメントに於ける夏月のタッグパートナーの座を掴み取ったのだった。
同時に其れは学年別タッグトーナメントに最強のタッグが出場する事も意味していた。
夏月チーム最強のタッグとなれば其れは間違いなく夏月と楯無のタッグなのだが、『一年生での最強タッグ』となった場合には此れは夏月とロランのタッグが最強だった――基本的に夏月は誰と組んでも強く、一年生のみのタッグでも、簪、ヴィシュヌ、鈴、乱とのタッグはほぼ横ばいの強さで、ファニールとのタッグはファニールが専用機を使えないのでやや劣るモノのタッグとしての完成度は可成り高いのだが、そんな中でもロランとのタッグは頭一つ抜きん出ているのだ。
同室で生活していると言う事がプラスになっているのか、特に言葉にしなくとも互いの意図を察する事が出来ており、連携や分断、スイッチ等がタイムラグなしで行われる事と、近接戦闘がぶっちぎりで強い夏月と、ハルバートによる突く、斬る、打つ、叩き潰すの四択攻撃が出来るロランの連携の近接コンビネーションは対処が難しく、楯無ですら夏月とロランのタッグと戦った時には『道連れのクリアパッション』を使ってドローにして『生徒会長不敗』を死守する展開となっているのだ。
タッグとなれば、専用機持ち同士が組んだ場合には何らかのハンデを背負わされるのは間違いないだろうが、夏月とロランのタッグはそんなハンデも跳ね返してしまうだろう。

こうして夏月のタッグパートナーは決まったのだが、其の場で簪達もそれぞれタッグを決め、その結果簪と鈴、乱とヴィシュヌがタッグとなった。ファニールは、『夏月と組めないんじゃ、オニールと組まない以外は勝てない』と言って自らタッグ候補から外れたのだ。
また別の場所では楯無がダリル・ケイシーとコンタクトを取ってタッグを結成し、グリフィンもサラ・ウェルキンとのタッグを結成して夏月チームはファニール以外が学年別タッグトーナメントに出場する為のタッグを結成したのだった。
同時に楯無がグリフィンではなくダリルをタッグパートナー指名したのは、学年別トーナメントがタッグになった意図を理解していたからとも言える――クラス対抗戦の時の襲撃は国際IS委員会による抜き打ちのセキュリティチェックだったが、今後本当の襲撃が起きないとも限らないので、この様なイベントはタッグで行う事にしたのだと。
だとしたら楯無としてはグリフィンよりもダリルの方がパートナーとして適任だったのだ――夏月の義母の姪であるダリル・ケイシー、本名レイン・ミューゼルは亡国機業の一員である事は既に調べが付いており、実戦経験が豊富である事は分かっていたのである。
暗部の長であり、学園の生徒を守る立場にある生徒会長である楯無としては、有事の際には実戦経験が人間がパートナーである方が動き易いと考えたと言う訳である――グリフィンも実力的には申し分ないのだが、実際の戦場を経験していないと言う事でタッグパートナーから除外したのだろう。

其れは其れとして、タッグが決まった後は夏月とロランの部屋では最終就寝時間直前までゲーム大会が行われて全員大いに楽しんだ――KOF97で鈴が暴走庵を、ストⅢ3rdストライクで簪が春麗を使った際には大ブーイングが起きたのだが、鈴の暴走庵は夏月の大門が、簪の春麗は夏月のリュウが見事に撃破してみせた。
ウメハラブロッキングは兎も角、暴走庵のジャンプを見てから対空した夏月の動体視力と反応速度は最早人間の領域を超えていると言っても過言ではないだろう。

そして、最終就寝時間が迫って来た所で夫々が自分の部屋に帰って行ったのだが、何故かロランが部屋を出て行き、室内には夏月と簪が残ると言う結果に。


「えっと、何でロランが出て行って簪が残ったんだ?」

「それは、その……今日は私が夏月に証を刻んでもらうから、かな?」

「おうふ、そう来たか。」


簪が残ったのは、夏月と結ばれる為であり、このシチュエーションを作り上げたのはロランだった――実はロランは、先のタッグパートナー決めのじゃんけん大会の決勝戦の際に、簪とヴィシュヌに、『もしも私が勝った場合は二人でじゃんけんをしておくれ。その勝負に勝った方には、夏月との一夜をプレゼントするよ』と耳打ちしており、その裏じゃんけん大会で簪が見事に勝利を手にして夏月との一夜をゲットしたのだ。


「その……初めてだから、優しくしてね?」

「其れはちょっと約束出来ないかも知れないな……簪が可愛過ぎて、自分を抑えきれる自信がないんだわ。でも、たっぷりと愛してやるよ簪。」

「うん……」


其の後、夏月と簪はベッドの上で一つになり、激しくそして深く愛し合い、その愛の絆を深め強くしていったのだった……








――――――








学年別トーナメントがタッグトーナメントに変更された翌日、トーナメントに参加を予定してた生徒はタッグパートナーを探して奔走する事になったのだが、其れ以外は特に大きな問題もなく、午前中の授業は恙無く終わって昼休みになったのだが、その昼休みに秋五に対して呼び出しが掛かった――しかも、秋五を呼び出したのは千冬だったのである。
折角のランチタイムを邪魔される形になった訳だが、教師からの呼び出しとなれば無視する事も出来ないので、秋五は職員室に。


「其れで、何の用ですか織斑先生?」

「うむ、今度の学年別タッグトーナメントなんだが、出場するのであればボーデヴィッヒとタッグを組んでやってくれないか?」


其処で千冬から告げられたのは『学年別トーナメントに出場するのならラウラとタッグを組んでやって欲しい』と言うモノだった――夏月からこう来るであろう事を告げられていたので秋五は驚く事は無く、『夏月の言った通りになったね』と言った感じだった。


「其れは別に良いですけど、何で僕なんですか?」

「昨日の事は聞いている……ボーデヴィッヒは二重人格で、もう一つの人格は非常に好戦的で危険な人格であるとな。
 もしもその人格がトーナメントで現れたら大変な事になるのは間違いないだろうが、ボーデヴィッヒはお前に惚れているようなのでな、お前がタッグパートナーであればもう一つの人格が表に出て来ても最悪の状況にはならん筈だからな。(その凶暴化したボーデヴィッヒが一夜を潰してくれれば尚良いがな。)」

「(絶対に良くない事を考えてるだろうけど、其れを指摘したら絶対にもっと面倒な事になるから、此処は一先ず了承しておくか。)
 そう言う事なら分かりました織斑先生――だけど此の事はボーデヴィッヒさんにはちゃんと伝えておいて下さいよ?彼女に話が通ってなくて、トーナメント直前になってパートナーが僕と判明したとか、其れは絶対に嫌ですから。」

「其れに関しては心配するな。ボーデヴィッヒには放課後伝える心算だったからな。」

「なら良いですけど、織斑先生、くれぐれもボーデヴィッヒさんに変な事を言わないで下さいよ?要らない事を言った事で、ボーデヴィッヒさんのもう一つの人格が表に出て来る可能性はゼロじゃないんですから。」

「あぁ、其れは分かっているから心配するな。時間を取らせたな織斑……私からは以上だ。」

「……失礼しました。」


千冬の言った事に少しばかり釈然としないモノがった秋五だったが、此処で其れを問い詰めても徒労だと判断して職員室を後にして箒達が待っている食堂に直行してランチタイムを楽しんだ。因みに本日の秋五の弁当はセシリア製で、『生ハムとクリームチーズのサンドウィッチ』、『四種のパプリカの即席ピクルス』と言うシンプルなモノだったのだが、そのクオリティは高く、秋五は満足していた。

だが、そんな穏やかなランチタイムの裏では――


「秋五はボーデヴィッヒと組む事を決めてくれたが……よもやボーデヴィッヒが二重人格で、もう一人の人格が極めて好戦的かつ凶暴であったと言うのは嬉しい誤算だったな?
 ソイツを一夜にぶつけてやれば流石に奴とて苦戦は免れない筈だ。
 ククク、働いて貰うぞボーデヴィッヒ!私の手駒としてな!」


千冬がよからん事を画策していた――ラウラを使って夏月を倒しに来るであろう事は夏月達も予想していた事だが、ラウラのもう一つの人格を利用しようとしていると言うのは予想外だっただろう。
そしてその日の放課後、校内放送にてラウラへの呼び出しが掛かったのだった。










 To Be Continued