放課後のアリーナでの訓練中に現れたラウラは夏月に『私と戦え』と挑戦状を叩き付け、夏月も『五分で良ければ付き合ってやる』と言って始まった夏月とラウラの模擬戦は、試合開始と同時に夏月が居合いで斬り込んでラウラが其れを防御して以降は、攻めるラウラと回避する夏月の展開になっていた。


「ドイツ軍の現役軍人、其れも一部隊を率いる隊長がドレだけのモノかと思って期待したんだが、此の程度なのか?
 遠慮しないで本気を出してくれよ――いや、本気を出して此の程度なのか?だとしたら失礼な事を言ったな……謝るよ。」

「ぐ……舐めるな!!」


ラウラの攻めは鋭く、そして激しいのだが、其れは夏月にとっては回避するのは容易な攻撃だった――確かにラウラは現役の軍人であり、黒兎隊を率いる部隊長であるのだが、しかし実戦経験は両手の指で足りる程しかなく、両手足の指でも足りない位の修羅場を潜って来た夏月に戦いを申し込むのは些か無謀だったようだ。


「貴様、何故攻めて来ない!!」

「たった五分の試合で俺の力を全部見せるってのは土台無理な話なんでな、今回の試合は、俺の『防御の強さ』ってモノを体感して貰おうと思っただけだ……ソイツは充分に実感出来たんじゃないか?
 まぁ、俺よりも弱い奴に合わせるってのは少ししんどかったけどよ。」

「誰がお前よりも弱いだと?」

「おまえー!m9(^Д^)!!そう言われて悔しけりゃ、せめて一発当ててみな!
 鬼さん此方、手のなる方へ~~!ホレホレ、手を止めてる暇はないぜぇ?五分間なんぞあっと言う間なんだからな?残り時間は、多分カップラーメン一個分の調理時間程度じゃないのか?……そう言えば、カップヌードルの『肉汁餃子味』ってのが売ってたなぁ?後で買ってみるか。」

「例えが分かり辛いわぁ!と言うか、戦いに集中しろぉ!!」

「戦いには集中しながらも別な事も同時に考える事が出来る……此れがマルチタスクって奴だ!……そしてマルチタスクと言えばリリなのだよなぁ?そういやお前リリなののチンクにそっくりじゃね?……まさかドイツ軍には紫髪のマッドサイエンティストが!!」

「居る訳なかろうがぁ!と言うか、其れを言うなぁ!!」


更に此処で夏月はラウラを煽る。煽りまくる。
正攻法の戦いでも夏月は最強クラスの実力の持ち主であるのだが、楯無直伝の『おちょくりスキル』もスキルレベルがカンスト状態となっており、相手を煽り倒すと言う事に関しても最強クラスとなっていた……尤も、本気で相手をおちょくって煽り倒す事に関してはマダマダ楯無の方が上ではあるが。


「はぁ、此れはもう完全に夏月のペースだね?
 あの回避は見事だけれど、必ず何処か一カ所に明らかな隙を作って居ると言う所がキモなのだろう……マッタク、相変わらず普通ならばやらないような事を平然とやって見せるモノだよ。」

「本当にね……その隙は当然現役軍人である彼女には分かるモノだから其処を狙う事になる訳だけど、其れは夏月君にとっては完全なテレフォンパンチな訳だから当たる筈がない。
 ワザと隙を作って其処に攻撃させる事で結果として簡単に攻撃を避ける事が出来る……そして、相手を煽る事で其の事実に気付かせないんだから完璧よ。」


ラウラにテレフォンパンチを『打たせている』と言うのも中々にトンデモナイ事だが、此れも決して努力する事を止めず、更識家で暮らすようになってからは更に実戦的な訓練をして来たからこそ可能な事だろう……テレフォンパンチを打たせている事を悟らせない為に煽ってラウラの冷静な思考能力を奪っていると言うのも実に見事であると言えるだろう。
其の後も攻めるラウラと回避する夏月の構図は変わらず、夏月が煽りに煽って煽り倒して、遂にはラウラが半分涙目になりながら顔を真っ赤にして攻撃していたのを見て夏月の嫁ズは若干ラウラに同情していたが、其れもラウラが半ば喧嘩を売るような形で勝負を申し込んで来た結果なので、『若干同情するけど自業自得』と言う感じであった。
そしてその状態であっと言う間に五分が経過して試合終了――結局ラウラは只の一発も、其れこそ夏月に攻撃を掠らせる事すら出来ずに終わると言う結果になったのだった……如何に夏月に煽られて冷静な思考を失っていたとは言え、この結果はラウラにとっては相当に悔しいモノなのは間違いないだろう。










夏の月が進む世界  Episode31
『ドイツの黒兎は一筋縄では行かない?』










試合後、機体を解除した夏月はヴィシュヌからよく冷えた『モンスターエナジーウルトラ』を受け取ってクールダウンし、ラウラもファニールから良く冷えたアクエリアスを渡されてクールダウンしていたのだが、完全に息が上がっているラウラに対して息一つ乱れていない夏月の姿が、先の模擬戦の勝者が何方であるかは誰の目にも明白であるだろう。


「そんで、なんだってお前は喧嘩売るような形で俺に挑んで来たんだボーデヴィッヒ?」

「……昨日の実技の授業での貴様と教官の模擬戦、機体がオーバーヒートした事で試合としては引き分けだったが、最後の最後で貴様は教官に関節技を極めていたので、試合ではなく戦闘として見た場合にはお前の勝ちだ。
 だからこそ知りたくなったのだお前の実力が如何程であるのかを……あの教官が最後の最後で押し負けたと言うのが私には如何しても信じられなかったのだ。」


そんな中で夏月はラウラに勝負を仕掛けて来た意図を訊ねると、如何やらラウラは昨日の実技の授業での夏月と千冬の模擬戦の結果が信じられず、夏月の実力が本当に千冬を超えるほどであったのかを知るために勝負を仕掛けて来たのだった――千冬が一年間ドイツ軍で教官を務めた時の教え子がラウラであり、ラウラは千冬の事を慕っているので、模擬戦の結果が納得出来なかったのだろう。


「あの結果が信じられない、ね……まぁ、お前の中じゃ織斑先生は最強の存在なんだろうから其れは致し方ないかもだが、少し冷静に考えろよボーデヴィッヒ。
 織斑先生が最強だったのは三年前の第二回モンド・グロッソで優勝した時までだ――その大会を最後に現役を引退して、今はIS学園の教師で現役時代と同じトレーニングは出来なくなって実力も勝負勘も鈍ってるんだぜ?そんな織斑先生が現役バリバリの俺に勝てる筈ないだろ?
 引退して実力が衰えちまったボクシングの元世界王者が現役バリバリの現世界王者に勝てないのと同じだ……現役時代で専用機を使ってるならまだしも、引退して訓練機使ってる状態なら負ける気はしねぇ。
 序に言っておくと、俺は毎日のように超絶ハードトレーニングをして、その結果全身の筋肉が速筋と遅筋の利点のみを持つ筋肉で構成されちまったから尚更だ。」


だが、その試合結果もある意味では当然と言えるモノだったと夏月はアッサリと言ってのけた――無論ラウラは反論したかったのだが、夏月の言った事は紛れもなく正論だったので其れを否定する事は出来なかった。
千冬は確かにモンド・グロッソを二連覇して『世界最強』の称号である『ブリュンヒルデ』を得て、最強のまま引退したのだが、其れはもう三年も前の話であり千冬の最強は最早過去のモノでしかなく、去年は楯無に舐めプの末にドローとなり、今年は夏月と本気で遣り合った末に、『戦闘だったら負けだった』と言う結果が其の事実を如実に物語っていると言えるだろう。


「ま、納得出来るとは思ってないが、付き合ってやるのは今回だけだ。
 俺と如何しても戦いたいってんなら今度の学年別トーナメントにエントリーして俺と当たるまで勝ち進む事だな――まぁ、トーナメントには俺の嫁ズも出場するだろうからお前が俺と戦うまで生き残れるかどうかは知らないけどよ。」

「ふふ、態々君が手を煩わせるまでもない……タテナシとグリフィンは学年が違うから当たる事は無いが、私達一年生の内誰かが彼女と当たったその時は必ず勝つと約束しようじゃないか。
 愛する人に敵意を向ける相手を此の手で叩き潰す……嗚呼、其れはなんと素晴らしい事だろうか?此れもまた一つの愛の形であると、そうは思わないかいヴィシュヌ?」

「そこで私に振りますか……まぁ、何となく分かる気はしますね。」

「いや、分かるんかーい!」


其れでもラウラが納得出来たとは思わなかった夏月は、『付き合ってやるのは今回だけで、俺と戦いたいなら学年別トーナメントにエントリーして俺と戦うまで勝ち進む事だ』と言い、ロランは持ち前のロラン節を発揮して、『自分達がラウラと当たったその時は絶対に倒す』とまで言ってくれたのだ。
ラウラはドイツ軍の現役軍人なので普通ならこんな事は言えないだろうが、夏月に煽られまくって本来の実力が発揮出来なかった事を差し引いても、そもそもにして簡単に煽られてしまう時点でラウラの実力は底が知れたと判断したからこそ言えた事だろう――ファニールは専用機が専用機だけにタイマンでの実力は不明だが、其れ以外のメンバーは全員がモンド・グロッソでも通用するだけの実力の持ち主であり、代表候補生である簪、鈴、乱も国家代表の枠が埋まってるから代表候補生に甘んじているだけであり、国家代表の椅子が空けば即代表になるのは確実なのだから。


「織斑先生は過去の最強に過ぎないんだぜ?
 其れを受け入れて前を見ない限り、お前は俺や俺の嫁ズに勝つ事は出来ないぜボーデヴィッヒ……ま、其れから先は自分で考えるんだな――まぁ、タップリ悩んで答えを出すが良いさ。」

「教官は過去の最強に過ぎない……」


最後に其れだけ言うと夏月達はアリーナを後にし、シャワールームで汗を流した後に食堂で夕食タイムに突入。
本日の夕食メニューは、楯無が『親子カツ丼定食』の大盛り、簪が『アジフライ定食』の大盛り、ロランが『ネギ味噌トンカツ定食』の大盛り、鈴が『ラーチャーギョー(ラーメン、炒飯、餃子のセット)』の麺大盛り、乱が『鉄板カルビ焼き定食』の大盛り、ヴィシュヌが『サーモンアボカドユッケ丼定食』の大盛り、ファニールが『タルタルチキン南蛮定食』だったのだが……


「俺は……味噌カルビ丼を特盛。其れが飯で、おかずは肉じゃがコロッケと唐揚げとサバの味噌煮と回鍋肉。そんで、味噌汁の代わりに味噌ラーメンで、牛乳は一リットルのパックで宜しく。」

「私はスタミナステーキ丼の特盛。其れがご飯で、おかずはおろしトンカツと油淋鶏とスタミナホルモン炒めとハラミカットステーキ。でもって、味噌汁の代わりにチャーシュー麺で、牛乳は私も一リットルのパックで。」


夏月とグリフィンのオーダーは今日も今日とて大分バグっていたのだが、夏月とグリフィンはこの超ボリューミーなメニューを余裕で平らげてしまうのだから驚く事この上ないと言うモノだ――そして、夏月とグリフィンの見事な食べっぷりは最早IS学園の名物となっているのだから、最後まで美味しく完食する真の大食いと言うのはドレだけ凄いのかと言わざるを得ないだろう。

夕食後、女子組は大浴場でお風呂を楽しみ、夏月は自室のシャワールームで全身の疲れを癒し、シャワーを浴び終えた夏月はシャワールームから戻って来たのだが、其処には予想外の光景が待っていた。


「うふふ、待っていたよ夏月……私にするかい?私にするかい?其れとも、私かな?」

「選択肢が一択なんだわ其れ。」


なんとベッドの上では下着姿のロランが待っていた……楯無から教えて貰ったであろうセリフを言ってくれたのだが、其れは実質一択であるだけでなく、ロランの抜けるような白い肌と黒い下着のコントラストは芸術品の如くであり、其れだけの魅力を全開にして来たロランに対し、夏月の答えは一つしかなかった。
部屋の扉の鍵を掛けると、夏月は無言でベッドに近付くと、其処から一気にロランをベッドに押し倒す……つまりはそう言う事なのだろう。


「誘って来たのはお前の方なんだから文句は言うなよ?止めろって言われても、俺はもう止まらないからな。」

「止まらず来ておくれ……君の愛を、存分に私に注いでおくれ……愛しているよ夏月。」

「其れは俺もだよロラン。」


そして、夏月とロランは夜を通して愛し合ったのだった。
ロランは与えられる愛を感じて夏月の背に爪を立ててしまったが、その痛みですら夏月にとっては己が愛されていると実感する要素に過ぎなかった――そんな感じで愛し合った翌朝、夏月はカーテンから差し込んだ朝日で目を覚ましたのだが、ロランは自身の右腕を枕にして眠っていた。
そんなロランの姿を愛おしいと思った夏月は背後からロランを抱きしめる。


「おはよう。朝だぜロラン。」

「……!?」

「如何した?」

「す、スマナイ……恥ずかしくて、顔を合わせられない。」


此処でロランが何とも乙女な反応を見せてくれたのだが、一糸纏わぬ姿で愛する人から後ろから抱きしめられたらこんな反応にもなるだろう――昨夜の情事を思い出したと言うのもあるだろうが。
そんなロランに、『トレーニングに行って来る』と言うと、夏月は日課である早朝トレーニングに繰り出し、ロランは暫しベッドの上で改めて『夏月の女』となった事を嬉しく思い、同時に『この悦びを他のメンバーにも知って貰うには如何したモノかな?』とも考えていたりした――流石に、ファニールだけは除外して考えていたのだが。
暫くベッドの上で考えていたロランだったが、やがて体を起こすとシャワーを浴びて汗を流してから制服に着替え、朝食の準備を開始した。
普段は夏月がトレーニングから帰って来て朝食の準備をしている時にロランが目を覚ますのだが、今日は同じ時間に目が覚めた……と言うか起こされたので、朝食の準備をしようと思ったのだろう。


「味噌汁は豆腐とワカメとネギとシメジで良いかな?其れから銀鱈の味醂漬けをグリルで焼いて、後は納豆かな?
 だけど、只の納豆と言うのも面白くない……ふむ、納豆と卵は相性が抜群だから、納豆入りの卵焼きと言うのは中々イケるかもしれないね?出汁巻きのようにするのではなく、ネギとツナ缶を加えて半熟のカニ玉のように仕上げればきっと美味しい筈だ。よし、やってみよう。」


その中で何か思いついたらしく、ロランは新たなメニューを作る事を決めて準備を進めて行き、その最中にトレーニングを終えた夏月が戻って来て、シャワーを浴びた後で朝食の準備に参加した。
ロランが考えた朝食メニューを聞いて『中々良いメニューだが、少し野菜が足りない』との事でもう一品、千切りキャベツを塩昆布とゴマ油で和えた通称『無限キャベツ』を加えて本日の朝食が完成。尚、朝食の準備と並行して夏月は本日の弁当も作り上げていた――此れも何時もの光景ではあるのだが、その主夫力の高さには改めて脱帽してしまうレベルであるのは間違いないだろう。
其れはさて置き、本日の朝食でお目見えしたロランが考えた納豆玉子焼きは半熟でフワフワに仕上がった卵と納豆の独特の粘りが見事にマッチしており、其処にオイルごと投入されたツナと微塵切りのネギの青い部分が良いアクセントを加え、醤油とアクセントで加えられた七味唐辛子が全体の味を引き締め、夏月が『此れは飯が進む』と太鼓判を捺すレベルの逸品に仕上がっていた――『料理はインスピレーション』とも言うが、本日はロランのインスピレーションが納豆料理に新たな逸品を追加する事になったのだった。

朝食を終えた後は普通に登校なのだが、夏月も秋五も寮から校舎までは己の婚約者と一緒に登校するようになり、その光景は僅か三日でIS学園では『当たり前』となっていた――シャルロットだけは、デュノア社の一件が片付くまでは『シャルル・デュノア』として生活する事になるのだが、其れでも『織斑秋五の友人』と言う体をもってして秋五と一緒に登校している辺り、中々のしたたかさであると言えるだろう。どさくさに紛れて一緒に登校しているラウラも相当なモノだろうが。

本日はホームルームで『学年別トーナメント』について説明が行われ、『出場希望者は期限までにエントリーを済ませるように』と千冬が言ってホームルームはお終いとなり、その後の授業も特に何の問題もなく進んで行ったのだが、一組の四時限目の数学の授業は担当教師が出張になった事で自習となり、自習の監視官となった教師が、寮監の『鬼柳京香』だった事で『バカ騒ぎしなければ自由にしていい。満足しましょう。』と言った事で自習とは名ばかりの自由時間となり、各々が好きなように過ごしていたのだが、夏月とロランがSwitchでスマブラの対戦を始めた事を切っ掛けに『スマブラ大会』が開催され、其処では夏月とロランが『e-スポーツ部』として圧倒的な強さを発揮してくれた――夏月は近距離最強のゴリゴリのゴリラであるリュウを使ってコパンからのコマ昇龍拳で撃墜の山を築き上げ、ロランはピカチュウを使い、小技でちまちまとダメージを蓄積させたところでカミナリで一気に纏めて吹っ飛ばすと言う戦術で無双していた。

そんな感じで昼休みとなり、夏月組は屋上で、秋五組は食堂でランチタイムとなったのだが、食堂でのランチをラウラは機械的に済ませると、そそくさと食堂を後にしたのだった――秋五は『如何したのかな?』と思ったが、よくよく考えてみたら、秋五はラウラの『婚約者とする』発言に対して、その是非を答えていなかったので『まぁ良いか』とあまり深くは考えなかった。


だが、足早にランチを済ませたラウラは、学園島の一角で千冬と対峙していた。


「こんな所に呼び出して何用だボーデヴィッヒ?」

「織斑教官……織斑秋五を私に下さい!ぶっちゃけ、一目惚れしましたぁ!!
 ハートにキューピッドの矢が五百本ブチ刺さってしまったのです!――色恋事に現を抜かす等と言うのは軍人としては失格だとは自覚していますが、ですがこの想いに蓋をする事は出来そうにありません!私を織斑秋五の婚約者として認めて下さい!!」

「そう来たか……」


其処でラウラが言ったのは、まさかの『自分を秋五の婚約者として認めろ』との事だった――如何やらラウラは秋五に一目惚れしてしまい、その結果、転校初日に『お前を婚約者とする』と言ったぶっ飛んだ行動に出たのだろう。
尤もラウラがそう言った行動に走った裏には、日本のアニメや漫画と言ったサブカルチャーに染まりまくったオタクな副官からの若干間違った入れ知恵のせいなのだが、其れは此処で言っても仕方ない事なので詳細は省く事にしよう。


「そうだな……今度の学年別トーナメントで貴様が一夜に勝つ事が出来たら秋五との婚約を認めてやろうではないか……秋五と婚約関係になりたいのならば、勿論断りはしないなボーデヴィッヒ?」

「は、はい!勿論です!!」


だがここで千冬は悪魔の如き契約をラウラに持ち掛けて来た――其れは、学年別トーナメントで夏月に勝てたら秋五との婚約を認めると言うモノだったのだが、此の契約の裏には言外に『一夜夏月を潰せ』との意味合いもあり、千冬はラウラを使って夏月を潰す気だったのである。……千冬にとって、夏月と夏月のパートナー達は目の上のタンコブであり、夏月達が居る事で、もっと正確に言えば去年楯無が入学して来てから自分の思い通りに事が進まなくなってきており、今年は教師部隊の指揮官を解任されて指揮権を剥奪され、寮監も更迭になった……千冬はそれら全てが夏月達が原因だと考えており、どうにかして排除したい相手だったのだ。
一昨日の模擬戦では己の手で始末する心算だったのだが、其れは失敗に終わったので、今度はラウラを使って夏月を潰そうと考えたのだ――下衆らしい下劣な考えなのだが、千冬に心酔しているラウラには其れが分からず、『夏月に勝てば秋五の婚約者として認めて貰える』と言う事にまんまと釣られる形になってしまったのだった――此れも千冬がドイツで軍の教官をしていたからだろう。


其の後の授業はこれまた滞りなく行われ、あっと言う間に放課後となり、先ずは部活動で、テーブルでは夏月と真耶が遊戯王で対戦していたのだが――


「俺は手札から儀式魔法『カオス・フォーム』を発動!
 手札の『青眼の白龍』をリリース!一つの魂は光を導き、一つの魂は闇を誘う。やがて二つの魂はカオスの力を呼び覚ます!儀式召喚!降臨せよ『伝説の剣闘士カオス・ソルジャー』!」


伝説の剣闘士カオス・ソルジャー:ATK3000


其処は夏月が伝説の剣闘士カオス・ソルジャーを組み込んだ青眼デッキで真耶を圧倒していた――真耶のデッキは真紅眼軸のエクシーズ&融合デッキで爆発力は高いのだが夏月の青眼デッキには打点で劣る上に、伝説の剣闘士カオス・ソルジャーのフィールド全バウンスが強烈であり、真耶は夏月に圧倒されてしまったのである――その夏月も、簪の『究極のHEROデッキ』には成す術がなく圧倒されていたのだが。

そして部活後はISの訓練となり、本日はファニールが一番乗りで、ファニールも皆が来るまでに準備運動をして待っていたのだが、此処で招かれざる客が現れた。


「ふん、貴様だけか?」

「生憎と、アタシが一番手だったみたいね。……何しに来たのよマッタク……」


其れはラウラだ。
昨日夏月から『如何しても俺と戦いたいなら学年別トーナメントにエントリーして勝ち残れ』と言われたばかりなので、流石に今日は勝負を申し込みに来たと言う訳ではなさそうだが、アリーナ内に居たのがファニールだけだったのが少し不満げな様子でもあるようだ。
ファニールもファニールで昨日の一件の事で警戒をしている……ラウラは現役軍人であり、昨日は夏月に手玉に取られたが其の実力は自分より上だと言う事はファニールは理解していた。如何にカナダの国家代表候補生とは言ってもファニールは本来ならばまだ小学生であり、トレーニングをしているとは言え現役軍人との実力差は可成り大きいのだから。


「悪い、待たせちまったなファニール……って、またお前かボーデヴィッヒ?昨日、付き合ってやるのは今回だけだって言った筈だが、聞いてなかったのかお前?」

「昨日の今日で来るだなんて、流石に其れはお姉さんも如何かと思うわよボーデヴィッヒちゃん?」


其処にタイミング良く夏月達がアリーナにやって来て、ラウラの姿を見るなり苦い顔をしたのだが、昨日言ったにも係わらず今日またこうして自分達の前に現れたとなれば苦い顔をしたくもなるだろう。


「そんな顔をするな、今日は戦いに来た訳ではない……いや、ある意味では戦いであると言えるのかもしれんが、此れは学年別トーナメント前の必要な戦い、そう情報収集と言う奴だ。
 昨日はお前の実力を全て見る事は出来なかったのでな、今日はじっくりとお前達の訓練を見学させて貰うとしようではないか!訓練とは言え、見る事で得られるモノは大きいからな!」


だが、如何やらラウラは本日は戦いを申し込みに来たのではなく、夏月達の訓練を見学に来たようだ……夏月達の実力を確かめるには実際にその訓練を見学するのが一番だと考えたのか、目的を言い切ったラウラは実に誇らし気であった。


「成程、其れは確かに悪くない考えかも知れないが、お前に見られてるって分かっていて俺達が本気を出すと思うのか?俺達の実力を見たいってんなら、学園の資料室でクラス対抗戦やクラス代表決定戦のアーカイブでも見た方が良いと思うぜ?
 少なくとも、その映像には俺、ロラン、ヴィシュヌ、簪、鈴、秋五、セシリアの本気の戦いが記録されてる訳だからな。」

「そうかも知れんが、其れは所詮過去の実力に過ぎんだろう?貴様が教官の事を過去の最強と称したように。
 そして私は大事な事を思い出したのだ……かのサイヤ人の王子であるベジータも『順位なんてモンは決まった瞬間に過去のモノとなる。現に今の俺はさっきよりも強くなっている』と言っていた事を!つまり今のお前達はクラス対抗戦の時よりも数倍は強くなってると言う事だ!」

「一応、間違ってはいないのかしらね?ロラン、アンタ如何思う?」

「まぁ、間違ってはいないだろうね?特に夏月に関しては成長値がハンパじゃない上に、ステータスがカンストすると言う事が無いからねぇ……RPGの解析魔法で夏月のステータスを調べたら、カンスト突破して数値表記がバグっているかも知れないからね。」


ラウラの言っている事も間違いではないが、その例えが漫画知識だと言うのはオタクな副官の影響が大きいのだろう――若しかしたら、夏月達の訓練を見学に来たのも其の副官から勧められた漫画やアニメ、ゲームの知識を発揮してしまったからなのかもしれない。


「まぁ、見たいってんなら好きにして良いけどよ、情報収集って事は本気で学年別トーナメントで俺達に勝って、織斑先生の敗北の穴を埋める心算か?」

「いや、此れは私の為だ。
 秋五に『婚約者とする』とは言ったモノの、秋五からは明確な返事を貰って居なくてな……其処で秋五の実の姉である教官に『秋五を下さい』と頼んでみたのだ。教官からのお墨付きを貰えば、秋五とて断る事は出来んだろうからな。
 其れを聞いた教官は、『学年別トーナメントで一夜に勝てたら認めてやろう』と仰ったのだ――つまり、学年別トーナメントでお前に勝てば私は秋五の婚約者になる事が出来るのだ!ならば、やれる事は全てやるべきだろう?」


更に情報収集の目的も中々に驚くべきモノだった――だがしかし、其れを聞いた夏月達が感じたのは、ある意味では純粋なラウラの思いの裏に潜んでいる千冬のドス黒い悪意だった……其れほど、千冬が何をしようとしているのかは丸分かりだったのだ。


「成程な……その意見には賛同しなくもないが、アイツ遂に生徒まで使って俺を、俺達を潰そうとして来た訳か。
 ボーデヴィッヒ、お前アイツに利用されてんぞ?恐らくだが、アイツは近い内にお前に『一夜に勝つのならば、タダ勝つのではなく徹底的に叩き潰せ』ってな事を言って来ると思うぞ?」

「なに?其れは何故だ?」

「アイツにとって俺達は目障りな存在だからだ。
 一昨日の授業で俺と模擬戦やったのも、直々に俺の事を潰す心算だったからだしな……序に言っておくと、同じ理由で去年は楯無さんと模擬戦やって、舐めプされた上でドローだった訳だけどよ。」


『千冬がラウラを利用して夏月達を潰しに来ている』、そう考えた夏月は其れをストレートにラウラに教えてやった。
ラウラからすれば其れは到底信じられない事だっただろうが、夏月達からしてみれば此れまでの千冬の振る舞いを見ていれば其れ位の事は平気でやって来るだろう事は容易に想像が出来たのだ。
千冬は兎に角自分が一番で、自分の考えこそが正しいと信じて疑わない人間であり、其れが一夏が虐げられる事になった原因でもあるのだが、其れだけに己の目的を達成する為には如何なる手段を取る事も厭わない部分もある、ある意味での超危険人物でもあるのだ――白騎士事件の真相を考えても、其れは火を見るよりも明らかな事だろう。


「織斑先生からしたら、貴女が夏月君やロランちゃんの事を倒してくれれば御の字と言ったところでしょうね……勝てば織斑君の婚約者が増えて、結果として彼の警護は厚みを増すし、自分の溜飲も下がって、夏月君達の鼻をへし折る事も出来る訳だし。
 そして負けたら負けたで特にデメリットもないのだから、此れほど使い易い駒は無いと思うわ。」

「わ、私が教官の駒だと?……私は教官にとって駒に過ぎなかったと言うのか……?」

「真相は分かりませんが、その可能性は非常に高いのではないでしょうか?」


其れを聞いたラウラは一様にショックを受けていた。
夏月達の言った事を『嘘だ』と否定するのは簡単だが、夏月達の言っている事が『嘘』であると断定する明確な証拠も理由もないのでラウラは咄嗟に否定をする事が出来ず、それどころか千冬に対して少しばかりの疑念を抱く結果となってしまった。
ラウラにとって千冬はどん底に居た自分を救い上げてくれた恩人であったのだが、夏月達の話を聞いた今は、『若しかして自分にとって都合の良い駒を作る為にどん底に居た自分を鍛え上げてくれたのではないか?』との考えが浮かんで来てしまったのである。
其れはラウラにとっては否定したい考えだったが、一度浮かんだ疑念と言うのは簡単に払拭出来るモノではなく、ラウラは暫し無言で考え込んだ後に、『今日の見学は止めにしておく』とだけ言ってアリーナから出て行った……千冬に対して僅かばかりの疑念を抱いてしまった結果、ラウラは少し混乱してしまったのかも知れない。


「ボーデヴィッヒの奴、此れで目を覚ましてくれると良いんだが……さて、どうなる事やらだぜ。」

「其れは神のみぞ知るだよ夏月……ダイスがどんな目を出すかは、其れこそ誰にも予想出来ないから、出た目にその都度対応して行くのが一番だと思うから。」

「ま、結局はそうなるんだろうなぁ……どの道、学年別トーナメントでアイツと当たったその時は、全員一切の手加減をせずに本気でやるとしようぜ?ボーデヴィッヒが相変わらずアイツに心酔してるようだったら、少しばかり荒療治が必要だろうからな――アイツの信奉者なんぞ、居ない方が世の為人の為だぜマッタクよ。」

「カゲ君の意見にはめっちゃ同意だね♪」


ラウラが去った後、改めてアリーナでの訓練が始まり、先ずは夏月とヴィシュヌのタッグと楯無と乱のタッグの模擬戦から始まったのだが、夏月が楯無に、ヴィシュヌが乱に対応すると言う見事な分断作戦を成功させ、ヴィシュヌは得意のムエタイとプロレス技で乱を圧倒し、夏月と楯無は真っ向からの斬り合いを行っていた。
夏月の得物は刀で、楯無の得物は槍であり『刀で槍に挑むには三倍の力量が必要』と言われているのだが、夏月は鞘を使った疑似二刀流でその力量差を埋め、その結果、互角以上の戦いが出来ているのだ。


「少し失礼しますよ。」

「ヴィシュヌちゃん!……乱ちゃんはやられちゃったか……!」


だが此処で、乱と遣り合っていたヴィシュヌが参戦して、拮抗していた戦いの天秤は一気に夏月の方に傾いた――乱はヴィシュヌと近接戦で遣り合っていたが、ヴィシュヌのハイキックで近接戦闘ブレードを破壊されてからは、拳脚一体のムエタイの攻防を防ぎ切る事は出来ず、最後は飛び膝蹴りからの抉り込むようなジャンピングアッパーカット二連発の連続技でシールドエネルギーがエンプティとなってしまったのだ。
そしてそうなった以上は夏月の加勢に入るのは当然であり、楯無は夏月とヴィシュヌの二人を同時に相手にしなくてはならなくなり、結果として可成り不利な戦いを強いられる事になってしまったのである。


「行きますよタテナシ……タイガァァ、レェイド!!」


ヴィシュヌが連続のハイキックからの飛び蹴りで楯無のガードを抉じ開けると、其処にすかさず夏月が袈裟斬りで斬り込み、更に逆袈裟に斬り上げた後に刀身にビームを纏わせて巨大化させると、其れを一気に振り下ろして楯無の機体のシールドエネルギーを削り切った……のだが、転んでも只で起きないのが楯無だ。


「はい、ドカン。ってね♪」



――バッガァァァァァァァァァァァァン!!



此の土壇場で切り札である『クリアパッション』を発動して夏月とヴィシュヌを道連れし、結果として夏月とヴィシュヌもシールドエネルギーがエンプティーとなって、此の模擬戦は引き分けと言う結果に――因みに、模擬戦に於いては楯無は未だに無敗であったりする。
勝てなくとも、負けない戦いをしており、負けそうになったその時は今回のようにクリアパッションによるダブルKOを行って、『学園最強』の座を護り続けていた……最強に求められるのは『負けない事』であるとはよく言ったモノだろう。
其れを考えると、クリアパッションは可成り反則級の技であるのだが、此れは所謂『初見殺し』の技であり、二回目以降は対処が可能なので禁止レベルではないのである――二回目以降も対処不可能な状態で其れを使う楯無の戦闘センスには脱帽するしかない訳なのだが。

其の後はこれまた何時も通りパートナーを変えてのタッグ模擬戦――ではなく、シングルの模擬戦が行われ、其処では夏月が圧倒的な実力を発揮し、楯無以外には勝っていた……楯無もギリギリのドローだったので最早夏月の実力は学園でも最強レベルであると言っても過言ではないだろう。

今日も今日で良い訓練が出来たので此処で終わりにしようと思い、片付けを始めたのだが――


「夏月君、会長さん……大変だよ!第三アリーナでボーデヴィッヒさんが!!」

「鷹月さん?」

「あらあら、如何したのかしら静寐ちゃん?」


其処に現れたのは夏月とロランのクラスメイトである『鷹月静寐』だった――夏月がクラス代表でなかったら、彼女がクラス代表になっていたのではないかと言う位に生真面目な性格で、ある意味では一組の纏め役とも言える静寐が此れほど取り乱して来たと言うのは只事ではないだろう……しかも、ラウラが何かをしでかしたと言うのではあれば尚更である。


「詳しく説明してる暇はないから一緒に来て!」

「お、おう、分かった!」


そして静寐に連れられてやって来た第三アリーナには地獄の光景が広がっていた。
専用機を展開したラウラの足元には学園の訓練機を纏った相川清香、谷本癒子、矢竹さやかが血塗れで転がっており、同じくボロボロになった四十院神楽をラウラが片手絞首吊りにしていたのだから。


「ボーデヴィッヒ……テメェ、此れは一体如何言う心算だ!」

「一夜夏月……貴様の言った事を考えたが答えは出なかったのでな、実力行使をする事にした!
 私が教官の駒であるかどうか、その真相は兎も角として、私にとって教官は絶対の存在であり、その教官から教えて頂いた事は『強者だけが生き延びる事が出来る』と言う事だった――つまり弱い奴に生きる価値はない……強者こそが正義であり生きるに値する存在だ!だから私が判定してやったのだ……コイツ等が生きるに値する存在であるかと言う事をな。
 私は邪魔なモノを全て薙ぎ倒し、お前も倒して教官に認められて織斑秋五の隣に立つ……トーナメントに参加する力量の無い者は、トーナメントが始まる前に全て排除すると決めた。」

「俺に言われた事でぶっ壊れたってか……其れは別に構わねぇんだが、マッタク持って無関係な奴等を巻き込んだってのは流石に看過できないぜボーデヴィッヒ?
 流石に今回の事は見過ごす事は出来ないんでな……ぶっ潰させて貰うぜボーデヴィッヒ!」


夏月に言われた事を考え抜いた結果、ラウラは精神的な暴走を起こしてしまい、その結果としてこの様な暴挙に出てしまったのだろうが、だからと言って純粋に訓練を行っていた生徒を半殺しにしたと言うのは到底許せるモノではなく、夏月は此処でラウラと戦う事を選択したのだった。


「覚悟は良いな銀髪チビ!」

「来い、一夜夏月!!」


そして、本気の夏月と、暴走状態にあるラウラとの一戦が幕を開けたのだった――!









 To Be Continued