ゴールデンウィーク最終日のデートを終え、クルーザーで楯無との一夜を過ごした夏月は何時も通り目を覚ました。
夏月の隣には一糸纏わぬ姿で眠っている楯無の姿があり、其れを見た夏月は口元に僅かに笑みを浮かべていた……それは、そんな楯無の姿をこの上ない程に愛おしいと思ったからだ。
昨晩は此の上ないほど愛しあったにも拘らず、其れでもまだ欲しいと夏月は思ってしまい、同時に『愛に限界量は存在しない』と言う事を実感していた。

とは言え、此の時間に目が覚めてしまったとなれば日課となっている早朝トレーニングを欠かす事は出来ないので、夏月は楯無を起こさないように静かにベッドから出ると、ベッドルームのクローゼットに収納されていたトレーニングウェアに着替えてからクルーザーの甲板に出る。
クルーザーは既に学園島に到着しており、それを確認した夏月は甲板から学園島の埠頭に飛び移ると日課の早朝トレーニングを開始した――昨晩、楯無と散々『夜のISバトル』を行ったにも拘らず、普通に早朝トレーニングを行える夏月は、スタミナの回復力も相当なモノなのだろう。

そして、早朝トレーニングを終えた夏月は、一度クルーザーに戻って楯無を起こしに行ったのだが、体を揺すっても呼び掛けても全然目を覚まさなかった上、寝言で『夏月君~~えへへ~~』等と言っており、マダマダ夢の世界からは戻って来そうになかったので、取り敢えず楯無のスマホにAM7:00のアラームをセットし、スマホの隣に『起こしても起きなかったし、幸せそうな夢を見てるみたいだったから先に戻ってる。また学校でな。』とのメモを残してから、寮の自室に戻ってシャワーで汗を流し、その後に速攻で朝食の準備に取り掛かる。


「やぁ、おはよう夏月……朝帰りとは、昨晩はタテナシとお楽しみだったのかい?」

「おはようロラン……まぁ、其れは否定しねぇよ……んでもって、俺は自分で思ってた以上に肉食系だった事に驚いてんだ――まさかのウルトラセブンを決めちまうとは思わなかったからな。
 って、そんな事よりも顔洗って来いよ。」

「ふふ、確かにそうだね。」


その最中にロランが目を覚まし、夏月が朝帰りした事についてのちょっとした遣り取りをした後に、顔を洗ったロランはキッチンに立ち、ゴールデンウィーク前に鈴が言っていた『今度アタシ達が一品ずつ作って持ち寄ってのランチとか如何よ?』をやる日が本日なので、そのメニューの作成に取り掛かった。


「それは、土鍋かい夏月?」

「おうよ。
 今日のランチはロラン達が一品ずつ持ち寄る事になってて、俺が用意するのは飯だけだろ?だから、せめて飯に拘ろうと思って今日は土鍋ご飯で!本音を言うなら羽釜を使ったかまど炊きで行きたいんだが、羽釜は兎も角かまどはないから其れは断念だ。
 だが、土鍋で炊いた飯ってのは炊飯ジャーで炊いたモノとは一線を画すからな……最近の炊飯ジャーは土鍋炊きを再現してるモノもあるが、其れはあくまでも再現であって本物には及ばない。
 此の最高の飯に合う料理を期待しているぜロラン。」

「そう来たか……ならば其れには応えて見せるよ夏月。
 既に下ごしらえは昨日の内に済ませてあるから、後は仕上げだけからね――君に、本場のオランダ料理を提供させて貰うよ。」

「ソイツは楽しみだな。」


今日は夏月が弁当で用意するのは飯だけなので、せめてそこに拘ろうと土鍋を使って炊くと言うのは中々思い付く事ではないだろうが、其れでも土鍋で炊いた飯の美味しさは格別なので譲れない部分であったのかもしれない――同時に、本日の朝食の飯も同じ物になるので、ロランは炊き立ての土鍋ご飯を食べる事が出来る訳だが、此れもまた同室の特権だろう。
暫くして米が炊け、おかずも完成。本日の朝食は土鍋炊きの白米、カマスの干物のグリル焼き、小松菜と水菜の辛し和え、さつま揚げとネギとエノキとわかめの味噌汁と言うラインナップで、相変わらずの夏月の腕前を賞賛しつつ、初めて食べた土鍋で炊いた飯の旨さにロランは感激していた。
朝食後は夏月は飯を、ロランは自作した料理を夫々弁当箱に詰めてから制服に着替えて七日ぶりとなる学園校舎へと向かって行く――ゴールデンウィーク明け初日の始まりだ。

尚、夏月がセットしたアラームで目を覚ました楯無は隣に夏月が居なかった事に少し寂しさを覚えていたが、スマホの脇にあったメモを見ると『無理に起こすのが悪いと思わせる顔をしていたのかしらね』と、少し恥ずかしくなったモノの、夏月の事を愛しているのだと言う事を再確認し、着替えてから寮に戻り超速で本日のランチメニューを作り上げた後に登校したのであった。










夏の月が進む世界  Episode29
『ゴールデン・ウィーク明け初日は波乱万丈!?』










七日ぶりに生徒達で賑わっている校舎だが、生徒達の話題の中心になっているのは矢張り昨日、国際IS委員会が発表した『男性操縦者重婚法』と、それから暫くして日本、オランダ、中国、台湾、タイ、ブラジル、イギリス、カナダが『男性操縦者と自国の国家代表、または国家代表候補生は婚約状態にある』、と発表した事に関してだ――前者に関してはある程度予想していた生徒も極少数ではあるが存在していたらしく、予想していなかった生徒達に『なぜそうなる可能性があるのか』と言う事を解説していたりもしたのだが、後者に関してはマッタク持って誰一人予想していなかった事だけに憶測やら何やらが色々飛び交っているらしい。
特に夏月の場合は一気に婚約者が八人と言う異常極まりない事態なのだから尚更だ――秋五の三人でも充分に多いのだが、その倍以上の人数の夏月の方が衝撃度が大きかったのだろう。
だが、夏月と秋五の双方で大きな存在として上がっていたのが『コメット姉妹』だ。
飛び級でIS学園にやって来たとは言え、彼女達は本来はまだ小学生であり、そんな彼女達を男性操縦者の婚約者として発表したカナダ政府は大分ぶっ飛んでいると言った意見が多かったが、『彼女達の自己推薦』と言った意見も出てはいた……実はある意味其れは正解ではあるのだが。


「そんで、俺は別に構わないがお前は本当に良いのかファニール?」

「良くなかったらこうはなってないわよ……アタシ、アンタの事結構好きだし一緒に居ると楽しいから。それに、ロランに『乙女協定』に加入させて貰ったからね。」

「君への思いが本物であるのならば、乙女協定は来る者を拒まないよ――尤も変態的な趣向を持ってる人間は別だけどね。」

「変態は絶対に加入させないでくれ……でも、そう言う事なら宜しくなファニール。」


「カナダ政府に強制されたんじゃない、よね?」

「うん!私はお兄ちゃんの事が好きだから。」

「そっか……なら良いけど、其れならまずは僕を『お兄ちゃん』って呼ぶのを止めてみようか?婚約者相手にその呼び方はおかしいからね……夏月の事は、将来的には『お義兄ちゃん』になるから変える必要はないかもだけどね。」

「オイコラ秋五、テメェ何サラッと自分だけオニールからの『お兄ちゃん呼び』を脱しようとしてやがんだコラ。」

「まぁ、その気持ちは分からんでもないがな……」


登校中に出会った当人達はこんな感じで、特に気にした様子もなく、また婚約関係になったからと言って何が変わると言う訳でもなく、此れまでの関係性も特に変わる訳ではないみたいである――逆に言えば、変わる事がない位の絆が存在していると言う事でもあるだろう。
コメット姉妹と別れ夏月、ロラン、秋五、箒は一組の教室に入り――


「おはよー、ロラロラ!ほーほー!そして、ロリコンさん達~~~!!」

「「行き成り良い笑顔でトドメ刺しにキタコレ!!」」


イキナリ本音がとっても良い笑顔で超小型核爆弾搭載型のガトリングガンをぶっ放して来た。
勿論本音とて夏月と秋五がロリコンであるとは思っておらず、此れは言うなれば『コメット姉妹が婚約者になった事』をネタにしたジョークなのだが、本音は『世界で最も人畜無害な存在』と言っても過言ではないのほほんとした性格のせいで、本気なのかジョークなのか判断に迷う部分があるのだ――それこそ、楯無や姉の虚でもその見極めは難しいレベルなのである。


「な~んてね、とってもジョーダンだよカゲカゲ、オリムー。」

「ジョークならジョークと分かるテンションで言ってくれよのほほんさん!ぶっちゃけマジなのかジョークなのか判断出来ねぇから!」

「心臓に悪いよ……お願いだから、冗談と本音が分かるように言ってくれると助かるよのほほんさん。」

「ん~~~?良く分からないけど分かったよ~~♪」

「「いや、絶対に分かってない!!」」


布仏本音、一年一組のマスコット的存在である『のほほん少女』は若しかしたらある意味で最強の人類であるのかもしれない。
其れは其れとして、一年一組の教室では夏月と秋五だけでなく、夏月の婚約者となったロラン、秋五の婚約者となった箒とセシリアにもクラスメイトからの質問やらなにやら殺到していた――特に箒は国家代表でも代表候補生でもないのに秋五の婚約者として発表されたのだから余計にだ。
だが、其れに対して箒は『私が篠ノ之束の妹だからだろうな』と言う、ありとあらゆる事情をブッ飛ばしてしまう必殺のセリフを以てして強制的に質問して来た相手を納得させていた――『篠ノ之束の妹』と言う肩書は箒は決して好きなモノではないのだが、だが面倒事を一発で終わらせる切り札として使う事は厭わなかった。心の中で決して嫌っていない姉に謝りながらではあるが。


「席に着け。此れよりホームルームを始める。」


そんな中で千冬と真耶が教室に入って来た事で生徒達の雑談は終わり、全員が席に着く。
クラス対抗戦以降、教師部隊の指揮官と緊急時の指揮権を剥奪された千冬は未だに一年一組の担任を続けているのだが、実はゴールデンウィーク中に『生徒寮の寮監』も更迭される事になっていた――寮監室の掃除を行った秋五が、あまりの酷さに掃除前に撮った寮監室の様子を楯無に見せて相談し、其処から学園長に話が通って『自己管理が出来ない者に生徒寮の寮監は任せられない』と判断され、千冬は生徒寮の寮監室から教員寮の一般室へと移動する事になり、生徒寮の新しい寮監には一年三組の担任である『鬼柳京香』が就任したのだった。


「それじゃあ、本日は転校生が居ます。其れも二人もです!入って来て下さい。」


真耶がそう言うと、新たに二人の生徒が入って来たのだが、その一人には誰もが注目してしまった。
一人は長い銀髪に眼帯と言う中々にぶっ飛んだ外見ではあったがそれでも『少女』である事は見て取れたのだが、もう一人はブロンズの髪を首の辺りで束ねているとは言っても制服はズボンを着用し、更に胸元も精々『胸筋が鍛えられている』程度のふくらみであった事、そして中性的な顔立ちだった事から『男子』にしか見えなかったのだ。


「では、お二人とも自己紹介をして下さい。」

「はい。
 フランスから来た、シャルル・デュノアです。男性でありながらISを動かしてしまったので此処に来ました――此処には僕と同じ境遇の人が二人も居ると聞いているので少し安心しています。」


先ずはブロンドの方が自己紹介をした――まさかの『三人目の男性操縦者』との事だったが、夏月も秋五も、そしてロランも見た瞬間に『怪しい』と感じていた……夏月と秋五は『織斑計画』によって生み出された存在であり、『最強の人間』に必要な能力の一つとして、所謂『第六感』と言うモノが極めて鋭く成長するように設定されていた事でシャルルの事を直感的に『怪しい』と思い、ロランは舞台で『男性役』や『男装女子』の役を演じる事が多かっただけに本当に男性なのか、それとも男装女子なのかを見極める事が出来るので、矢張り『怪しい』と感じたのである。
此の三人が『怪しい』と感じたとなれば、シャルルの本当の性別は男性ではないのかもしれない。

其れは其れとして、『三人目の男子』が来た事に一年一組の生徒は盛り上がって歓喜の声が上がり、こうなる事を予想していた夏月とロラン、秋五と箒とセシリアは瞬時に耳を塞いでダメージを回避したのだが、此の歓声で教室の窓には罅が入ったのだから現役JKのパワーはハンパなモノではないと言えるだろう。


「では、続いて自己紹介をお願いしますねボーデヴィッヒさん。」

「うむ……」


そして真耶に自己紹介を促された銀髪眼帯少女はペンを手に取ると、ホワイトボードにデカデカと『羅裏・坊出美津陽』と書き殴った後に、『私がドイツ軍黒兎隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒである!』と『私が漢塾塾長、江田島平八である!』を彷彿させる自己紹介をして一年一組の生徒の大多数を喰っていた――それだけインパクトのある自己紹介だったと言えるのだが、夏月とロラン、秋五と箒とセシリア、そして本音はインパクトに飲まれる事なく平常運転だった。


「織斑秋五は何方だ?」

「えっと、織斑秋五は僕だけど?」


真耶に席を指定されたたシャルルとラウラはその席に向かったのだが、その途中でラウラは二人の男性操縦者の存在を確認し、『何方が織斑秋五か?』と聞いて来たので秋五は『織斑秋五は自分だ』と告げた――それと同時にラウラは『お前が……』と言ったかと思ったら、秋五の肩や腕を掴むように触ると、その顔をマジマジと近距離で見つめて来る。
ラウラの予想外の行動に、クラスメイト達も『何があったの?』、『あの二人って実は知り合い?』と言った感じであり、秋五自身も『ドイツ軍って言ってたし、若しかして姉さんの教え子?』と思っては居たモノの、何が何やらと言った状態だ。


「あの、ボーデヴィッヒさん?」

「ふむ、容姿は悪くないだけでなく、身体には必要な筋肉も付いている……ならば申し分ないか。
 織斑秋五、今この時を以て、貴様を私の婚約者とする!そして一切の異論は認めん!」

「……はい?」

「「「「「「「「「「なんだってーーー!?」」」」」」」」」」

「おぉっと、そう来たかドイツ人……」

「初対面の人間をイキナリ婚約者として指名するとは凄まじいまでの強心臓の持ち主と言うべきかな?
 しかも、その相手の実姉の目の前でとは中々出来る……と言うか普通ならば絶対に出来ない事だと思うけれどね?流石は軍に所属していると言うだけあって、度胸は並大抵のモノではないのかな?」


そしてまさかの『婚約者にする』宣言にクラスは一気に騒然となったが、其れを聞いて黙って居られないのが箒とセシリアだ。
自分の意思は示したとは言え、ある意味では国によって半強制的に秋五との婚約関係になった訳だが、其れを機に二人揃って秋五に告白され、晴れて恋人関係になる事が出来たのだから、突然現れた新参者が秋五を婚約者にすると言うのは断じて認められないのである。
一応ラウラは上官から『織斑千冬教官の弟と親密な関係になる事を望む』と言われていたので、其れを実行するためのモノだったのだが、それを知らない人間からしたら『イキナリ現れて何言ってんだお前?』となるのは至極当然の事と言えるだろう。
因みに恋に関してはライバルであった箒とセシリアだが、其れ以外では親友なので箒は料理下手……と言うか料理の腕前が壊滅しているセシリアに料理を教え、セシリアはお洒落に疎い箒にファッションコーディネートを教えたりしていたりするのだ。


「ボーデヴィッヒ、私の前で堂々と織斑を婚約者にすると抜かすとは中々良い度胸をしているじゃないか……と言うか、山田先生も止めて欲しかったのだけれどな?」

「教師としては止めるべきだったのかもしれませんが、山田真耶個人としては事の顛末が気になったので最後まで見てみようかなぁと。」


だが、箒とセシリアが動く前に千冬が口を開いた事で、箒とセシリアは勢いを削がれてラウラに詰め寄る事は無かった。
真耶が止めなかった理由は少しばかり問題があるかも知れないが、真耶とてもしもラウラが秋五に害をなす行動に出ようとしたその時は直ぐに止められるようにスカートで隠している大腿部のガンベルトに収納してある『麻酔針発射式の改造エアガン』に手を掛けていたからこその事だったのだ――『麻酔銃で眠らせる』、と言うのは些か強硬手段に思えるかも知れないが、少なくとも問答無用で生徒の頭に出席簿を叩き込むよりは遥かに良いだろう。麻酔銃ならば喰らった生徒も略痛みを感じる事無く即座に眠ってしまうのだから。

それはさておき、此処でホームルーム終了のチャイムが鳴ったので、ラウラの『お前を婚約者にする』発言に関しては有耶無耶となり、生徒達は一時限目の『IS実技』の為に更衣室への移動を開始。
その際に千冬が夏月と秋五に『一夜と織斑はデュノアの面倒を見てやれ』と言った事で、夏月と秋五はシャルルと共に男子更衣室に向かう事になったのだが――


「君達が一夜夏月君と織斑秋五君だよね?同じ男性操縦者として此れから宜しく……」

「んな挨拶なんぞ後だ。秋五、デュノアの情報は校内でドレほどで回ってる?」

「もう略全校生徒が知ってる状況だね……此れから授業があるから大丈夫、と言いたい所なんだけど三組は一時限目が自習になってるから若しかしたら少しヤバいかも知れないよ。」

「ヴィシュヌとコメット姉妹だけじゃ抑えられねぇよなぁ……よっしゃ、連中が来る前に更衣室に逃げ込むぞ!」

「え?ちょっと一夜君!?何で僕を担ぎ上げるのさ!?」

「んなモン、こっちの方が速いからに決まってんだろうが!つーか軽いなお前?ちゃんと飯食ってんのか?」

「食べてるよ!」


改めて自己紹介して来たシャルルを制止すると、シャルルの情報が校内でドレだけ認知されているかを確認した後に、夏月がシャルルを担ぎ上げると其のまま一気に男子更衣室へとダッシュ……したのだが、既に廊下には情報を聞き付けた一年三組の生徒達が現れていた。
一時限目が自習となった一年三組の生徒達は、これ幸いとばかりに『三人目の男性操縦者』を拝みに来たと言う訳だ――男日照りのIS学園に於いて『三人目の男子』と言うのは非情に貴重な存在であり、しかも其れが『ワイルドなダークヒーロー系の夏月』、『爽やかな正統派イケメンの秋五』とも違う、『中性的な魅力の王子様』となれば余計にだろう。


「居たぞー!!」

「者共、出あえ出あえ~~~!!」

「オイコラ、何時からIS学園は武家屋敷になったんだ?つーか、先ずはコイツ等を止めろよ自習監視教師!……担当割り出して学園長にチクってやるからな!!」

「えっと、何でこんな騒ぎになってるの?」

「僕達が学園でたった三人しか居ない男子だから。特に君は三人目として注目されてるからだよデュノア君。」

「あ~~、成程そう言う事か……IS学園の女子達って肉食系だったんだ。」


現役JKの行動力は凄まじく、廊下に出たその時には挟み撃ち状態となって逃げ場はない状況になっていた――そんな中でヴィシュヌとコメット姉妹は夏月と秋五に手を合わせて謝罪する仕草を見せていたが、夏月も秋五も片手を上げて『気にするな』とのジェスチャーを送ると……


「デュノア、舌噛まないように歯を食い縛ってろよ!それじゃあ、いっくぜぇぇ!!」

「え?ちょっと待って、うっそだぁぁぁぁぁ!?」

「それじゃあ授業があるからこれで!」


廊下の窓を開けてそこから一気に飛び降りた!
IS学園の校舎は一階が生徒用の昇降口と来客用の玄関、職員室と学園長室で構成されており、二階には『情報処理室』、『音楽室』、『理科室』と言った特殊教室で構成されており、生徒達が通う教室は三階より上の階に存在しており、つまりは一年生の教室であっても三階に存在していると言う訳であり、夏月と秋五は三階の廊下から飛び降りたと言う事になるのだ。
三階の高さともなれば10mを超えるので普通の人間が飛び降りたら骨折は免れないのだが、其処は『織斑計画』によって生み出された超人である夏月と秋五、ノーダメージで着地すると、其のまま男子更衣室に向かって『バイバイキーン』と言った感じであった――まさかの紐無しバンジーに付き合わさせられたシャルルは夏月に抱えられた状態で口から魂が抜け掛けていたのだが。
取り敢えず女子の一団を撒いた夏月達は更衣室でISスーツに着替えて一時限目の授業に向かうのだった。――因みに暴走した三組の生徒には、ヴィシュヌが『私のフィアンセを危険な目に遭わせた覚悟は出来ていますね?』と言って、手痛いお仕置きを加えていた。
そして、このお仕置きによって『ヴィシュヌは絶対に起こらせちゃダメだ』と言うのが一年三組の暗黙の了解となったのであった……滅多に怒らない大人しい人ほどマジでブチキレた其の時には誰よりも恐ろしいと言うのは、如何やら真実であったみたいだ。








――――――








本日の一時限目は一組と二組の合同実技授業であり、其れは此れまでも何度もあったので特に問題なく授業が始まる筈だったのだが、本日は少しばかり何時もとは様子が異なっていた――その原因は千冬が何時ものレディースのスーツではなくISスーツを纏った状態でいたからだ。


「本日は諸君に実際にISを使った訓練を行って貰うが、授業の前に諸君等に模擬戦を見せておこうと思う。
 クラス代表決定戦、そしてクラス対抗戦とISバトルを何度も生では見て来たと思うが、私に言わせれば其れは所詮高校生レベルであり、プロの世界には遠く及ばないと言わざるを得ん――故に、今日はまず本物のISバトルがドレだけのモノかと言うモノを私が直々に諸君等に知って貰うとしよう。
 そして、私の相手を務めるのは、お前だ一夜。」


如何やら千冬は先ずは『模擬戦』で本物のISバトルを生徒達に見せる心算であり、その模擬戦を自ら行うべくISスーツに着替えていたのだが、模擬戦の相手に夏月を指名して来たのには、『生意気な一年生を自らの手で叩き潰す』との思惑があっての事だろう――去年も楯無に其れを行った挙句に己が大恥を搔く結果になったと言う事を千冬はスッカリ忘れてしまっているのかもしれない。或は、己にとって不都合な出来事は瞬間的に脳から削除されると言う何とも都合の良い脳ミソを搭載しているのかもかも知れない。


「俺をご指名とは、中々良いチョイスだが……俺は楯無さんほど優しくねぇから、『引き分け』になると思うなよ?
 そしてテメェの器の小ささを知るんだな――『ブリュンヒルデ』と持て囃されても、所詮アンタは楯無さんが舐めプかまして漸く引き分けになる程度の実力でしかなかった、モンド・グロッソを二連覇出来たのは一撃必殺の零落白夜があったからだってよ。」


そんな千冬に向かって、夏月は此の上ない偽悪的な笑みを浮かべると、挑発的なセリフを放った後に首を掻っ切る動作をしてから思い切りサムズダウンし、これでもかと言う位に千冬の精神を逆撫でする。
何時もの千冬ならば此れだけ激高している事だろうが、先程のホームルームでラウラが言った事の方が衝撃的であり、『後で問い詰めねばなるまい』との思いが結果的に瞬間的に頭が沸騰するのを抑えているようだ……遠回しに、ラウラは千冬の精神的なサポートをしたと言えるだろう。


「ふ、吼えるか。
 それでこそ鍛え甲斐があると言うモノだが、今回の模擬戦、お前が望むのであれば自身の専用機を使っても一向に構わんぞ?専用機でなければ何時もの実力を発揮出来ないだろうからな。」

「冗談、訓練機相手に専用機使えるかよ……其れに、俺が専用機使ったのをアンタが負けた時の言い訳にされたくないし、何より俺は対等な条件で戦った上で勝たないと満足出来ないんでね。」


専用機を使っても構わないと言う千冬に対し、夏月は自分も訓練機である『打鉄』を使う宣言を行い、夏月と千冬は共に『打鉄』を使って模擬戦を行う事に。
IS学園で使われている訓練機は日本製の『打鉄』とフランス製の『ラファール・リヴァイブ』であり、何方も初心者にも扱い易いバランス型の汎用機なのだが、ラファール・リヴァイブよりも打鉄の方がよりクセが少なく、その分操縦者の腕前がダイレクトに反映される機体となっていると言える――故にこの模擬戦は、真っ向からの力のぶつかり合いになる訳である。


「では、始めるとしようか一夜?」

「地に落ちた DQNヒルデを ブチ殺し~~。」



「……何だい今の不穏な五・七・五は?」

「『バグ大』に登場する『一条康明』の、通称『死の五・七・五』ね。此れを聞いた相手は死ぬ。」


夏月が何やら不穏な五・七・五を言った直後に模擬戦が始まり、先ずは互いに鋭い踏み込むから近接ブレード『葵』で相手を斬り付ける。
袈裟斬りに斬り下ろして来た千冬に対し、夏月は逆袈裟に切り上げ、葵同士がぶつかって激しく火花を散らす……が、其のまま押し合いとはならず、夏月が点をずらす形で脱力した事で千冬は体勢を崩し、其処に夏月の膝が炸裂!
完全に虚を突いた攻撃であり、普通ならば真面に喰らっていた所だろうが、千冬は膝の一撃を喰らいながらも足の装甲に葵を突き立て、夏月の打鉄のシールドエネルギーを減らす。現役時代より衰えたとは言え、勝負勘はまだ健在らしい。
だが、夏月は更に其の上を行き、膝を入れた状態から其のまま蹴り上げで千冬の顎をカチ上げると、其処から踵落としに繋ぎ、至近距離からの突きを繰り出し、千冬の打鉄のシールドエネルギーを減らす……専用機である黒雷を使っていたら、この時点で終わっていただろうが、打鉄では夏月の動きに機体の反応が追い付いていない為、踏み込みが甘くなり突きの威力が削られてしまったのである。


「ふ、やるではないか一夜。デカい口を叩くだけの事はあると褒めてやる。」

「そりゃどうも……だがなぁ、生徒相手だからって手加減する必要はないぜ織斑先生?
 此の程度じゃ張り合いがないんでな、もっと本気でやって欲しいぜ……其れとも此れが本気だったのか?だとしたら失礼な事言ったな、謝るよ。」

「ふん、此処までは小手調べだ。」


どこぞの宇宙最強の合体戦士みたいな事を言う夏月に対し、千冬もありきたりなセリフを返すと、其処からは凄まじき人外のバトルが展開される事に……両者とも機体の反応速度が遅いにも拘らず、太刀筋が見えないレベルの剣劇を行っており、其れは果たして生徒のお手本となるのかは疑問ではあるが、この模擬戦を観戦していた生徒達は異次元のISバトルに驚いた――と同時に、専用機を使わずとも千冬と互角以上に遣り合っている夏月の実力が如何程のモノであるのかを改めて知る事になったのだった。
唯一、ドイツで千冬の教えを受けたラウラだけは、此の試合展開に『教官と互角以上に戦うとは、アイツは何者だ?』と言った表情を浮かべていたのだが。

だが、その模擬戦も唐突に終わりを告げる事になった。



――ブスン……



激しい剣劇を行っていた二人の打鉄のマニピュレーターが突如煙を上げて機能が停止し、続いてスラスターからも火花が散った後に黒煙が上がり機能を停止したのだ……機体の反応速度を超えたバトルを行った結果、双方の打鉄が限界を迎えたのだ。


「……オイ、少しは加減と言うモノをしろ一夜。」

「其れ、アンタが言ってもマッタク持って説得力ねぇから……成程、楯無さんが舐めプかましたのは、本気出すとこうなる事を予見してたからだったって訳か。」

「如何やら、其のようだな。」


スラスターが機能を停止した二機は空中での姿勢制御を失い、そのまま地面に紐無しバンジー。
マニピュレーターとスラスターが故障したとは言え機体は解除されていなかったので、夏月も千冬も無事だったのだが、落下時に巻き起こった土煙が晴れると、其処では夏月が千冬に見事なテキサス・クローバー・ホールドを極めていた……落下中にも攻防が行われ、その結果夏月が制したと言う事なのだろう。
取り敢えず、この模擬戦で夏月の実力は再確認されたのは間違いないが、模擬戦後に真耶が『修理代は織斑先生の給与から天引きしておきますから』と言うと、此の模擬戦が、実は授業直前になって千冬が無理矢理捻じ込んで来た事を暴露した事で、千冬の評価はまたしても下落するのだった――授業直前に無理矢理模擬戦を捻じ込んだ挙句に訓練機を壊したとなれば、此れもまた当然の結果であったと言えるだろう。

夏月に痛い目を見せる心算だった千冬は、逆に自分の首を絞める事になったのだった。


その後の授業は、専用機持ち達が一般生徒にISの操縦を教えると言うモノになり、各班ともそれなりに良い成果を上げていたのだが、セシリアは説明が細か過ぎて一般生徒には理解が難しく、鈴の方は説明がザックリしていて此れまた理解し辛い状態となっていたのだが、其れでも最終的には全員がそれなりの成果を出したのは流石は代表候補生と言ったところだろう。
そんな中、ラウラは指導をしながらも夏月の事を、半ば睨みつけるような形で見つめていたのだった。








――――――








午前中の授業は何も問題はなく終わって、やって来た昼休み。
夏月チームは本日も屋上でランチタイムで、秋五チームは学食でランチタイムなのだが、本日は夏月チームにファニール、秋五チームはオニールが参戦――互いに己の婚約者と一緒に居たいと言う事なのだろう。
序に言うとファニールはロランから今日の事を聞いており、自分も一品作って来たみたいである。


「それじゃあ、早速料理をオープンしましょうか?」


楯無のこの一言で夏月の嫁ズはタッパーに詰めたおかずをオープン!
其処から現れたのは実に様々な料理だった――楯無は大葉で挟まれたハンバーグの様な料理で、簪は弁当のおかずの定番であり王道の玉子焼き、ロランはオランダ料理の一つであるオランダ風のミートローフであるバルケンブリー、ヴィシュヌはタイ料理のプー・パッ・ポン・カリー(カニのカレー炒め卵とじ)、グリフィンは何かのカツ、乱は春巻き、鈴はエビの炒め物、ファニールはサーモンのグリルのメープルソース掛けと言うラインナップだった。
鈴が、『アタシの料理は一番最後にして……見た目はシンプルだけど、中華料理は味が濃いから』との事で、先ずは鈴以外の料理から食べ始めたのだが、そのドレもがとても高いレベルだった。
楯無が作って来たのは大葉で挟んだハンバーグではなく、肉ではなくマグロを使ったマグロバーグであり、叩いたマグロの身にネギとニンニク、ゴマ油と卵と片栗粉を良く混ぜてから成形し大葉で挟んで焼いたモノで、ミンチにしてツナギを混ぜる事で火を通した際にパサついて硬くなるマグロの弱点を克服しており、簪の玉子焼きは出汁と甘味のバランスが絶妙。
ロランのバルゲンブリーは中に仕込まれたチェダーチーズが味に深みを与え、ヴィシュヌのプー・パッ・ポン・カリーはカニのプリップリの食感にカレーのスパイシーさと玉子のフワフワ感が堪らない食感だった。
乱の春巻きは只の春巻きではなく、台湾料理の代表格である『ルーロー飯』の具材を巻いたモノで普通の春巻きよりも味わい深いモノとなっており、ファニールのサーモンのグリルのメイプルソース掛けは、香ばしく焼き上げられたサーモンとメイプルシロップを使ったソースが絶妙なマッチングとなっていた。

グリフィンのカツは、食べた瞬間に口の中一杯に濃厚なコクが広がり、しかしそれは肉でも魚でも無かったのだが、更識姉妹は覚えのある味であり、『昔京都の料亭で食べたフグの白子に似てる』と言って、周囲を驚かせていた――料亭ともなれば可成り敷居が高いモノであり、一般ピープルには到底縁のないモノであると言えるのだが、そんな料亭に行った事がある更識姉妹は、実は『お嬢様』だったと言う事を再認識させられたのだった。

まぁ、其れは其れとして、夏月は『これはフグの白子じゃなくて子羊の脳ミソだな』と、このカツの材料を見抜き、グリフィンも『正解』と其れを肯定していた――脳ミソと聞くとゲテモノと思うかも知れないが、インドや南米では割とポピュラーかつ比較的安価な食材であり、近年では日本で取り扱う肉屋が増えている知る人ぞ知る美味なる食材なのである。

そして最後は鈴のエビの炒め物だ。
一見すると、何の変哲もないエビの油炒めなのだが……


「「「「「「「……!!」」」」」」」


其れを口にした瞬間、全員の顔色が変わった――只のエビの油炒めだと思っていたら、其れは凄まじいまでの辛さだったのだ。
日本語では言い表せないレベルの唐辛子の暴力、否応なしに実感させられる血管が拡張していく感覚、止めどなく溢れ出す汗――だがその凄まじい辛さの後にやって来る、深い旨味とエビの食感が何とも言えない味のコラボレーションとなって口の中に広がっていく。


「鈴、コイツは……この強烈な辛さとその奥にある旨味は……!」

「凰鈴音特製の、エビの激辛唐辛子油炒めよ。
 赤くなかったから分からなかったかもだけど、この料理に使った油って、生の青唐辛子、干して粉末にした青唐辛子、そして塩漬けにした青唐辛子を夫々同じゴマ油で煮出して、三者三様の辛味と旨味を移したモンなのよ。激辛の奥にある旨味、堪能して貰えたかしら?」

「超獄辛の透明なラー油って訳ね……やるわね鈴ちゃん。
 しかもこの料理、辛いと分かってる筈なのにまた箸を伸ばしちゃうのよ……強烈な辛さに襲われるのに食べたくなる――危険と分かっているのに如何しても止める事が出来ない、まるで麻薬の様な料理だわ!」

「お姉ちゃん、その表現は流石に如何かと思う……言わんとしてる事は分かるけど。」


鈴特製の透明な超獄辛ラー油を使ったエビの炒め物はインパクトがハンパなく、此のランチタイムで一番のインパクトをブチかましたのは間違いないだろう。
取り敢えず本日のランチタイムもまた賑やかで楽しいモノになったのは間違い無さそうである――因みにこの超獄辛ラー油の影響か、午後の授業は全員が頭がスッキリした状態で受ける事が出来ていた。序にファニールは本日のランチを経てスッカリ辛いモノが平気になった様である。








――――――








ランチ後の午後の授業も実にスムーズに進み、放課後は夏月達はe-スポーツ部の活動を行い、その中でスマブラでの対戦を行っていた夏月と楯無とグリフィンとロランだったが、此処では夏月のリュウが無双していた。
スマブラのリュウはスマブラの簡単コマンドだけでなく、本家ストリートファイターでのコマンドでも必殺技が出せる仕様になっており、本家コマンドで出した方が性能が上になるのだが、特に本家コマンドの昇竜拳は性能が打っ飛んでおり、至近距離で当てれば標準的なキャラでダメージ80%で確定ぶっ飛びになると言うトンデモなぶっ飛ばし能力を備えている上に、リュウの蓄積ダメージが150%以上になってる場合にはぶっ飛ばし性能が格段にぶち上がり、標準的なキャラクターでダメージ40%で確定ぶっ飛びになると言う近距離技では間違いなく最強のチートレベルの性能になっているので、夏月は近距離のコマ昇龍で次々とぶっ飛ばして見事に勝利していた……スマブラのリュウは、波動拳がクッソ弱い代わりに近距離戦はゴリゴリ強く、Aボタン短め押しのコパン(小パンチの意)の肘からレバー入れAの鎖骨割りでガードクラッシュ出来ると言う、ごり押しのゴリラなのである。


「昇龍拳を破らぬ限り、俺に勝つ事は出来ない。」

「其れを身を以て実感したよ……」


そんな感じの部活動の後は、アリーナで軽くISの訓練をした後に食堂で夕食を摂って、後は夫々の部屋で就寝時間まで好きな様に過ごすのが何時もの流れだ。
因みに本日の夏月の夕食のメニューは、『特盛豚キムチ炒飯』、『鯖の辛味噌煮』、『タルタルチキン南蛮』、『肉じゃがコロッケ』、『味噌豚骨ラーメン』と言うラインナップであった。

そして部屋に戻った夏月とロランはノンアルのビールを開けて、スモークサーモンを肴に疑似的な酒盛りを楽しんでいたのが――



――コンコン



此処で扉をノックする音が聞こえ、夏月とロランは一緒に其れに対応する事に――そして、扉を開けると、其処には秋五と、授業後のホームルームで秋五の同室である事が告げられたシャルルの姿があった。


「秋五にデュノア?如何したんだ、こんな時間に?」

「ごめんね夏月……だけど、僕はこうするしかなかったんだ……まさかとは思っていたけど、本当にそうだとはね……此れは、結構な大問題だと思うよ。」


そして、秋五が言うには如何やら何かトンデモナイ問題が起きたのは間違いないだろう――そして其れは、秋五の後で暗い笑みを浮かべているシャルルに関すると考えて間違いないだろう。
ゴールデンウィーク明けの初日は、如何やら波乱だらけの一日となりそうである。









 To Be Continued