ゴールデンウィーク六日目。
本日は夏月とロランのデートの日だが、今日も今日とて夏月は早朝のトレーニングをバッチリ行った上で只今朝食の準備中――昨夜は『生命維持に必要となる最低限の呼吸数』で睡眠をとった事でバッチリと英気が養われ、何時も通りの朝を迎える事が出来ているみたいだ。
夏月が朝食の準備をしている間にロランが朝シャワーを浴びるのも何時もの光景であり、シャワーを浴び終えたロランはスパッツにタンクトップと言う何ともセクシーな格好でシャワールームから出て来たのだが、そのロランの胸元に天井から何かが落ちて来た。
『コンニチワ、Gデス。』
其れは、人類の永遠の敵と言っても過言ではない、主に台所に出没する『黒光りするG』だった。
「(何故シャワー上がりに?何故胸元に?そもそも如何してお前が此処に居る?)」
普通ならば悲鳴を上げるところなのだが、突然の事態にロランの思考は逆に冷静になり、同時に沸々と怒りが湧いて来たらしく、あろう事か胸元に落ちて来たGを素手で掴むと思い切り床に叩き付けて見せたのだ。
Gを素手で掴むと言う事自体が驚くべき事なのだが、女性であるロランが其れを行ったと言うのは驚くと言うレベルを超えていると言えるだろう……其れだけ凄まじい怒りが湧いて来たと言う事なのだろうが。
「夏月、何か武器を!」
「はいよ、ダスキンのモップ。」
「此の戯けがぁぁ!!」
「はい、トドメのゴキジェット。」
「死に晒せぇぇぇぇぇ!!」
『ジョオーサマー!!』
床に叩き付けたGに対してロランはモップでの一撃を振り下ろすと、トドメにゴキジェットを噴射してターンエンド!
……既にモップの一撃で決まっていたであろう事を考えるとゴキジェットはダメ押しを通り越したオーバーキルであるのだが、念には念をと言う事だろう。『核戦争で世界中のありとあらゆる生き物が死滅したとしても篠ノ之束とGだけは生き残る』と言われている彼等の生命力は実に侮れないのである。
「はぁ、はぁ……何で此の部屋に奴が出るんだい夏月?
此の部屋にGの発生源は無かったと記憶しているんだけどね?生ゴミは密閉式の蓋付きの発酵機に入れて処理している筈だろう?」
「なら別の部屋で発生したのが外から入って来たんだろうな……でもって、発生源は寮監室だろうな。」
「ふむ、その心は?」
「寮監室に居るのが織斑千冬だから。
ぶっちゃけアイツの家事能力は壊滅的で、料理をすればダークマターを生成し、掃除をすれば掃除する前よりも汚れるなんて事はざらで最悪の場合はグラウンドゼロが発生だ。
俺が織斑一夏だった頃、小学校の時に秋五と一緒に二泊三日の宿泊合宿で家を空けた時なんざ帰宅したら家の中が異空間になってたからな……アレをたった一日で掃除した俺と秋五は偉いと思うぜ?しかもゴミが散乱してただけじゃなくで、カップ麺の空き容器の中でGが謎の進化をしかけてたから速攻で殺虫剤だったぜ。」
「うわぁ……」
如何やら今回現れたGの発生源は千冬が使っている寮監室の可能性が高そうだが、もしも夏月の予想通りだとしたら寮監室の現状を確かめた上で学園長に報告して寮監を別の教員に変えて貰う必要があるだろう……自分の家でもないのに綺麗に使う事が出来ない人間が生徒の模範になる筈がないし、そんな汚部屋が存在している事自体が生徒にとってはマイナスでしかないのだから。
取り敢えずGが落下して来て、しかも其れを掴んでしまったロランはシャワーを浴び直し、其の間に夏月は朝食を完成させた。
まさかのハプニングで一緒に朝食の準備が出来なかったのはロランとしては不満であるのだが、『まぁ、偶にはこう言う事もあるか。』と思い直して本日のデートの方に気持ちを切り替えて行ったようだ。
そして本日の朝食は『もち麦入りご飯』、『鮭のカマの塩焼き』、『豆腐と玉ネギの中華風サラダ』、『納豆(茹でて刻んだモロヘイヤ、ちりめんじゃこ、塩昆布トッピング)』、『長ネギとナスと厚揚げとなめこの味噌汁』と毎度の事ながら美味しいだけでなく栄養バランスもバッチリのモノだった。
朝食を終えた後は外出用の服に着替えるのだが、此処は流石に夏月はシャワールームで着替えを済ませた……同室故のハプニングがゼロではないが、流石に着替えは別々の部屋でだ。
その際にもシャワー室の扉を少しだけ開けてロランの生着替えを覗こうとしなかった夏月は真に紳士であると言えるだろう。
そして着替えを終えた夏月とロランは本日のデートに繰り出して行ったのだった。
夏の月が進む世界 Episode27
『ゴールデンウィーク六日目~まさかのドームライブ~』
同室と言う事でモノレールでの駅での待ち合わせは無く、寮の部屋からデートが開始された訳だが、先ずは本日の夏月とロランのファッションコーディネートを見て行くとしよう。
夏月はワインレッドのスラックスにダークグレーのボタン付きシャツを合わせたシックでシンプルなコーディネートで、ロランは七分丈の黒いストレッチタイプのレディースのスラックスに白のボタン付きロングシャツ(裾が膝上まであるシャツ)を合わせ、その上から袖なしの赤いベストと言うコーディネートだ。
ロランはシャツの袖のボタンを留めていないが、本日ロランが着ているシャツはそもそもボタンを留めて袖口を締めるようにはなっておらず、ボタンはあくまでもデザインの一つなのである。
二人はモノレールの駅に向かうべく寮の玄関にやって来たのだが、其処でなにやら疲れた顔の秋五とエンカウントした。
「よう、朝から疲れてるみたいだけど如何した?」
「夏月とローランディフィルネィさんか……昨日の夜、ちょっと姉さんに用があったから寮監室に行ったんだけど、入ってみたらトンデモナイ汚部屋――を通り越した亜空間になってたから、今日は朝から寮監室の掃除をしてるんだ。
で、今は超大型のゴミ袋を二つゴミ捨て場に持って行ったところ……でも、あの量だと最低でもゴミ袋はあと十枚は必要だろうね……ワンカップの瓶の中でGがメガ進化しかけてたし。」
「「うわ~お……」」
秋五がなにやら疲れていたのは朝っぱらから寮監室の掃除に駆り出されたからであり、同時に其れは夏月の予想が大当たりであった事も裏付けていた……果たしてドレだけの汚部屋であったのかは想像もしたくないが、ワンカップの瓶の中でGが独自の進化を遂げようとしていたと言うだけでも大分ヤバい状態であったのは間違いないだろう。
其れを聞いた夏月は寮のロビーにある自販機で飲み物を購入すると其れを秋五に投げ渡した。
「夏月、此れは?」
「姉貴の汚部屋の掃除に休日を費やす事になったお前への差し入れだ。
モンスターエナジー・コーラ。モンエナの中でも最強クラスのクレイジーなテイストだけど、その分パワーチャージ能力はピカ一だ。其れ飲んで頑張んな。」
「ハハ、その気遣いに感謝するよ……君達はデートかな?楽しんでね。」
「勿論その心算さ。」
秋五に差し入れのモンスターエナジー・コーラを渡すと、改めてモノレールの駅に行ってモノレールで本土まで移動すると、バスに乗ってやって来たのは原宿のとあるシネマコンプレックス、通称『シネコン』だった。
ロランのデートプランの一発目は映画鑑賞と言う事らしい。
「映画か……ま、デートの定番と言えば定番だな。」
「ふふ、確かにそうかも知れないけれど、此のシネコンは少し特殊なモノでね、最新の映画ではなく昔の映画ノリバイバル上映を専門に行っているんだ。
其れも只のリバイバル上映ではなく、ハイヴィジョンデジタルリマスターしたモノを更に4DXで上映すると言うモノなのさ……此れはとても面白そうだとは思わないかい?」
「あぁ、ソイツは面白そうだな。」
だが、其れは只の映画鑑賞ではなく『ハイヴィジョンデジタルリマスターした映画の4DXリバイバル』と言う可成り挑戦的な試みを行っているリバイバル専門のシネコンでの映画鑑賞だった。
昔の映画をハイヴィジョンデジタルリマスターすると言うのは珍しい事ではないが、其れを劇場でリバイバル公開、しかも4DXでと言うのは可成り革新的かつ尖った試みであると言えるだろう。
「さて夏月、今の君の気分は『アクション』、『コメディ』、『ロマンス』、『SF』、『ファンタジー』、『ホラー』、『サスペンス』、『ミステリー』、『アニメ』のドレかな?」
「んなもんアクション一択だ。俺は根っからのアクション映画好きなんでな。」
「ならば良かった。ここでは丁度アクションの名作と言われている『ターミネーター2』がHD4DXでリバイバル上映されている最中だったんだ。」
「マジで?其れはマジでグッドタイミングだったぜ!
ターミネーターは全作DVDで見たんだけど、やっぱ最高傑作と言えるのは2なんだよなぁ。第一作では敵として登場したシュワちゃん扮するT-800が味方として現れて、殆ど不死身のT-1000を右腕を失って頭の半分はエンドスケルトンが露出する状態になっても最後の最後でトドメを刺すってのは熱い展開だよな?
最後の『俺には涙は流せない』って、此れはマジで名ゼリフだと思うぜ。」
「ふむ、其れに関しては私も同感だね。」
夏月がアクションを選択したので、第三シネマで上映されている『ターミネーター2:HDリマスター4DX』のチケットを購入し、その後売店で映画のお供の定番であるポップコーンとコーラを購入して第三シネマに。因みに購入したポップコーンは、夏月もロランも仲良く『キャラメル』だった。
上映時間になると新作の映画の広告に続いて、『No!映画泥棒!』の広告が入った後に本編が始まり、4DX特有の座席の揺れだけでなく、火花や火薬の匂いにスモークなどがシネマ内に発生して臨場感を高めてくれる。
更に、最終盤の製鉄所のシーンではシネマ内の空調が『暖房モード』になって、観客に製鉄所の熱気を体感させると言う細かい芸を見せてくれた……シュワルツェネッガーやリンダの熱演がその熱を更に高めて行ったとも言えるだろう。
「ん~~~……楽しかった!やっぱ、ターミネーター2はアクション映画の中でも五本の指に入る往年の名作だって言えるな。」
「確かにね。
だけどこの映画が日本で大ヒットを記録した一つの要因として、私は翻訳家の存在は欠かす事が出来ないと思ってるんだよ夏月。」
「翻訳家の?そりゃまたなんでだよロラン?」
「製鉄所のシーンで、液体窒素で氷漬けになったT- 1000に向かってT-800が『地獄で会おうぜベイビー』と言うシーンなんだが、原典では『Hasta la
vista, baby』と言っているんだ。
で、『Hasta la vista』はスペイン語で『さようなら』の意味だから、そのまま翻訳して作中のキャラクターのセリフにするのならば『あばよ、坊主』とか『じゃあな、坊や』とするところだと思うのだが、其れを『地獄で会おうぜベイビー』と訳した翻訳家に、私は此の上ないセンスを感じずには居られないんだ。」
「あ~~……うん、其れは分かる気がする。」
洋画を日本語訳にする際には翻訳家に其れを頼むのだが、依頼した翻訳家によってどう訳されるかが異なるのも日本における洋画の吹き替え版の醍醐味であると言えるだろう。特に『意訳上等』、『独自訳上等』を地で行く『戸田奈津子氏』の翻訳は人気が高いとされているのだ。
その後も映画の感想や作中の小ネタ、作中のちょっとしたミスなどを話しながらウィンドウショッピングを楽しみ、ロランが『冒頭のバーのシーン、シュワルツェネッガー氏は実はパンツは穿いていたのだけれど、大掛かりなバーのセットを本物のバーと勘違いして入って来る人も居て、そんな人達に『何でパンツ一枚なの?』と訊ねられ、『今日はストリッパーの日だ』と答えたらしいよ。』と作品の裏話を話してくれた時には夏月も『其れは小粋なジョークなのか神対応なのか若干判断に迷うな?』と言った感じではあったが、二人ともこんな他愛のない時間も楽しんでいるのは間違いないようだった。
そんな感じでウィンドウショッピングを楽しんでいる内に、昼食時となり、夏月は『ロランは何処に連れてってくれるんだろうか?』と本日のランチを楽しみにしていたのだが――
「夏月、今日のランチは君に決めて貰っても良いかな?」
「え、俺が決めんの?」
ロランから『君に決めて貰っても良いか。』と言われてしまった。
此れまでの五回のデートは全て彼女達の方がランチを何処で摂るかを考えて来てくれたので、夏月は今日もロランが考えて来てくれたのだろうと思っていたのは致し方ないのかもしれないが、だからと言って行き成り言われて『はい、此処にします』とは中々行かないのもまた事実であろう。
夏月も『さて、如何したモノか?』と考えたのだが、此処である事を思い付いた。
「そうだな……ロラン、お前今の気分はラーメンと牛丼ならどっちよ?」
「ふふ、今はラーメンの気分かな♪」
其れは『ラーメンと牛丼の二択をロランに迫る』と言うモノであり、夏月から聞かれたロランは笑顔で其れに答えていた。
ラーメンと牛丼と言う二つのメニュー、其れは夏月とロランにとっては三年前のオランダでの別れ際に交わした『日本に行った時には美味しいラーメン屋と牛丼屋を教えて欲しい』と言う約束に基づくモノだったのだ。
突然ランチの事を振られた夏月は三年前のこの約束の事を思い出して、ラーメンと牛丼と言う提案をした訳である。
「約束、覚えていてくれたんだね?」
「まぁな。もっと言うならこの機会を逃したら次は何時に出掛ける事が出来るか分からねぇし。んで、序に今の気分はアッサリ系?其れともコッテリ系?」
「そうだねぇ……今の気分はコッテリ系かな?
初ラーメンなのだから、此処は基本であるところのアッサリ系の醤油ラーメンが正しいのかもしれないが、この前テレビで見た濃厚なコッテリ系ラーメンの凄まじく強烈なインパクトが忘れられないんだ。
女性としてコッテリ系は如何なモノと思うところが無いと言えば嘘になるが、今の私は濃厚なコッテリ系のラーメンを求めているんだよ夏月!嗚呼、私を魅了したコッテリ系ラーメンのなんと罪深い事か!」
「街中で其れをやるお前にちょっと感激したけど、OKコッテリ系な。」
此処でまさかのロラン節が炸裂したが、ロランのリクエストに応えるべく夏月はスマホで『コッテリ系ラーメン』が食べられる店を検索し、幾つか出て来た候補の中からロランのリクエストも叶えられて尚且つ自分が食べたいメニューがあり、そしてサイドメニューも充実している店を見つけるとランチは其処で食べる事に決めた。
そのラーメン屋は今居る場所から電車で二駅先にあるのだが、東京都内で二駅なんぞ十分程度なので大した距離ではないから無問題である――で、あっと言う間に二つ先の駅に着いたのだが、改札を降りたロビーであるモノが夏月とロランの目に留まった。
「夏月アレは……」
「ピアノだな。『駅ピアノ』ってのがあるのは話には聞いてたが実物を見るのは初めてだ。」
其れは一台のピアノだった。
其れも只のピアノではなく、内部構造が丸見えになっている『透明なピアノ(ガラスではなく透明なアクリル製)』だったのだ。
此れは所謂『駅ピアノ』と呼ばれる誰でも自由に演奏出来るピアノであり、最近では日本でもその姿を見れる場所が増えて来ているのだが、透明なピアノと言うのは全国的に見ても極めて珍しいと言えるだろう。
「ピアノか……夏月、ランチ前に一曲演奏したいのだけれど良いかな?」
「構わないが、ピアノ弾けるのかロラン?」
「ふふ、本業は舞台女優だったけれど、趣味で絵画や音楽も嗜んでいて、特にピアノは最も得意な楽器なんだよ――元々はピアニストの役を演じる為に始めたのだけれど、趣味だった事もあって今では可成りの腕前だと自負しているよ。
今日のデートの記念に是非とも君に一曲捧げさせて貰うよ。」
「其れは嬉しいな。」
『今日のデートの記念に』とロランはピアノの椅子に腰掛けると鍵盤に指を置き演奏を始める。
ロランが演奏を始めたのは、ゲーム『FINAL FANTASYⅩ-2』のオープニングテーマである『久遠~光と波の記憶~』であり、割と有名な曲だけに自然と人が集まって来たのだが、ロランは只演奏するだけでなく其処に独自のアレンジを加え、更にはオリジナルにはないフレーズやメロディを加えて演奏して見せたのだ。
動画配信サイトなどで同曲を『弾いてみた』、『演奏してみた』と言う動画は多数あるが、其れ等は基本的にオリジナルの楽曲をなぞっているモノであり、ロランのように大胆なアレンジを加えたモノは極めてレアである――故に、ロランの演奏には集まって来た誰もが聞き入ってしまったのだが、其れでもロランの演奏を100%堪能出来たのは夏月だけだろう。
ロランによる大胆なアレンジは、夏月への『愛』が込められたモノだったので、其の真の魅力は夏月にしか分からないのである――其れでも、演奏を終えたロランには惜しみない拍手が送られたのだから、彼女の演奏がドレだけ素晴らしかったかが分かると言うモノだろう。
そんなロランの手を取って共に一礼した夏月には一部の野郎から『このリア充が!』、『爆発しろ!』、『寧ろ捥げろ!』との視線が向けられたが、夏月は其れを『聖なるバリア-ミラーフォース』してターンエンド。素人の殺気は無効だけでなく反射すると言うのは中々に反則だろう。
駅ピアノで見事な演奏を披露して、改めて目的のラーメン屋に向かって行ったのだが――
「おぉう、まぁた会ったな傷の兄ちゃん!今日の相手は銀髪の美少女かい?此れで六連続だが、兄ちゃんの彼女は美少女揃いで羨ましい事この上ないぜ。」
「またアンタか……もうこうなったら、明日のデートでもアンタとエンカウントしたいと思ってる俺が居るんだわ。」
今日もまた、例の露店商とエンカウント!
ここまで来ると最早偶然とは言い難く、ともすればこの露店商は束の指金であるのではないかと疑ってしまうところではあるのだが、束だったら露店商に頼むより、自ら露店商に扮るだろうからその線は薄いだろう――同時に、束が扮した露店商ならば箒の方に吹っ飛んで行く可能性が高いので尚更だ。
此処で夏月はロランとお揃いのチェーンネックレスのドックタグを購入し、タグに名前を入れて貰った。
露店商からドッグタグを購入して、改めてやって来たのは『熱血!太陽ラーメン』なるラーメン屋だった。
ネットのレビューでは『熱血で熱いハートの店主と天真爛漫な女性店員とクールで知的なイメージの男性店員が良い感じ!』との事で、メニューも充実していてレビュー評価も4.5と可成り高めで期待が出来る店なのだ。
「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そして店に入るなり聞こえて来たのは店主である男性の気合が入りまくった『いらっしゃいませ』だった!
逆立てた髪に豆絞りの鉢巻きをしたその様は、絵に描いたような『熱血店長』であり、女性定員と男性定員もレビューのコメントに違わないモノで、女性店員はショートカットの髪にヘアバンドをしてピンクのエプロンが可愛らしく、男性店員の方はオレンジに近い茶髪と眼鏡が特徴的で、Vネックのシャツと黒いエプロンが特徴的である……どことなく、どこぞの『熱血学園格闘ゲームの主人公チーム』を思わせる三人だが、多分それは偶然であろう。
女性店員に席に案内された夏月はメニューをめくって何をオーダーするかを考える。
「ロラン、コッテリ系が御所望だったけど、醤油と味噌と塩ならドレが良い?」
「塩は誤魔化しが利かないと聞いた事があるから此処は塩かな。」
「了解。すいませーん、注文お願いします。」
「はいは~い!其れでは、ご注文をどうぞ!」
「『コッテリ塩チャーシュー麺』の並盛と、『辛味噌チャーシュー麺』の『激辛』を麺ダブルでお願いします。
其れから単品で『唐揚げ四個』と『餃子六個』をお願いします。あと、餃子のタレの皿は二つで。取り皿も二枚お願いします。」
「畏まりました。」
そして注文を出した。
「夏月、何故皿も多めに注文したんだい?」
「ネットのレビューでは此の店はラーメンが美味しいのは当然としてサイドメニューも好評で、その中でも餃子と唐揚げは特に人気だったみたいだから両方を味わおうと思ったんだが、夫々を一人前ずつ注文したらロランには量が多いだろ?
ラーメンの麺を半分にするって選択肢もあったんだが、初めてのラーメンなんだからフルサイズで味わって貰わないと勿体ないと思ってな……なら、サイドメニューをシェアすりゃ良いんじゃないかと思ったんだよ。
幸いにも唐揚げも餃子も偶数だったから、唐揚げは二個ずつ、餃子は三個ずつ分ける事が出来るからな。」
「ふむ……だが、それでは君は足りないのではないかな?」
「だから麺が二倍になるダブルで注文したんだよ。」
「成程、納得だ。」
サイドメニューの注文もロランが美味しく食べられる範囲でと考えてのモノだったと言うのは見事であると言う他はないだろう……誰に教わった訳でもないにも拘らずこんな事がナチュラルに出来てしまう夏月は女性からしたら理想の男性像のサンプルであると言えるのかもしれない。
それはさておき、注文から十分ほどでオーダーしたメニューが運ばれて来たのだが、ロランの『コッテリ塩チャーシュー麺』は中々のインパクトがあった。
透き通った塩スープのラーメンに香ばしく炙られたチャーシューが五枚トッピングされ、その他に『半熟味玉』、『メンマ』、『海苔』がトッピングされているのは王道のチャーシュー麺なのだが、此の『コッテリ塩チャーシュー麺』は其処に豚の背油を此れでもかと言う位にトッピングして、更に『焦がしニンニク油』を一垂らしした『濃厚コッテリラーメン』であったのだ。
此れでも充分インパクトがあるのだが、此処に更に『太陽ラーメン特製ラー油』を一垂らしして全体の味を〆ているのだから、其処に店主の拘りが見て取れると言うモノだ。熱血店長の拘りはハンパないのだ。
そして夏月が注文した『辛味噌チャーシュー麺(激辛)』もインパクトが凄かった。
此方は濃厚な豚骨ベースの味噌スープのラーメンに炙りチャーシューが五枚と半熟味玉がトッピングされているのだが、其処に更にサイドメニューにある『熱血麻婆豆腐(激辛)』がトッピングされ、その麻婆豆腐にはタップリのチリパウダーと花椒パウダーが振り掛けられている『激辛』の名に恥じないモノだった。
此方も熱血店長の拘りが見て取れるラーメンである。
「コクのある塩味のスープと豚の背油が麺に絡んで何とも言えない美味しさだ……焦がしニンニク油とラー油もその美味しさを引き立てている。
そしてこの唐揚げと餃子も素晴らしい。唐揚げは衣はサクッサクだけれど中は柔らかくジューシーで、餃子はニンニクが利いていて美味しいだけでなく、君が教えてくれたタレが最高だね?醤油とラー油を混ぜただけで此処まで美味しいタレになるとは思っていなかったよ。」
「普通は醤油と酢とラー油を混ぜるんだが、俺は酢を入れない醤油とラー油のタレが好きでな……ぶっちゃけた事言うと、醤油とラー油のタレの方が餃子の美味しさをダイレクトに味わえると思うんだわ?
個人的に酢は餃子のタレには蛇足だと思ってるぜ。」
「確かに酢の酸味は料理を選ぶ気はするね?以前に学園の食堂で食べた酢豚は美味だったけれど、カニ玉の甘酢餡はあまり好きではなかったよ。」
「カニ玉の甘酢餡は俺も要らないな。」
「時に、辛くないのかいそれは?」
「辛いんだけど、此れは何て言うか『美味しい辛さ』ってやつだな。
麻婆の部分だけを食べたら恐ろしく辛いんだろうけど、其れをスープと混ぜる事で全体的に良い感じの激辛になるんだよ。此れは激辛好きでも満足出来る辛さがありながら最後まで美味しく食べられるやつだ。」
とても美味しいラーメンと餃子と唐揚げに舌鼓を打ちながら、二人ともラーメンを平らげ、追加注文でライスと生卵を注文して、其れを残ったスープに投入して『ラーメン雑炊』にしてスープまで残さず見事に完食。特にラーメン雑炊はロランにとっては衝撃的なモノだった様だが、『此れがラーメンの楽しみ方と言うモノか』と初ラーメンを最後まで堪能出来たようだ。
支払いは夏月が全額払う心算だったのだがロランに、『ラーメンと追加注文のライスと生卵は自分で払うよ。初ラーメンは自分のお金で食べたかったしね。』と言われたのでラーメンとサイドメニューと追加注文のライスと生卵の代金だけを支払う事にした――夏月としてはデートで女性に払わせると言うのは些か気が退けたが、其処はロランの気持ちを尊重したと言う所だろう。
「そんで、午後は何処に行くんだロラン?」
「東京ドームさ。」
「東京ドーム?」
午後のデートは何処に行くのかと聞いたら、何とも意外な答えが返って来た。
確かにプロ野球は公式戦が始まり、デーゲームであれば何もオカシクないのだが、東京ドームを本拠地とするジャイアンツは本日は横浜スタジアムでDeNAとの試合が組まれているので東京ドームでの試合は無い筈なのだ。
「今日は東京ドームでは試合はないだろ?あ、ドームシティで遊ぶのか?」
「違うよ夏月。今日は東京ドームでアイドルのライブがあるのさ。そのチケットを取ってあるので其れを見に行くんだよ。」
「アイドルのライブって……俺、アイドルとか正直興味ねぇんだけどな?
○○48とか、ドレがどのユニットで誰が誰なんだかさっぱり分からん。ぶっちゃけ五十体のルージュラ見せられてんのと大差ねぇんだよ。」
「ファンが聞いたら即怒髪天なセリフだねぇ……だけど、そのライブを行うアイドルがカナダで大人気の双子のアイドル『メテオシスターズ』――コメット姉妹ならば如何かな?其れでも君は行く気にならないかい?」
「ファニールとオニールの?」
如何やら目的は東京ドームで行われるアイドルのライブであり、そしてライブを行うのはファニールとオニールのコメット姉妹の『メテオシスターズ』だったのだ。
アイドルには興味がない夏月だが、ライブを行うのが同級生であると言うのであれば話は別だ――特に姉のファニールの方は実は夏月に何かと絡んで来ており、夏月もファニールの事を妹の様に思っていたりするのだ。因みに、妹のオニールの方は秋五に懐いていたりする。
ライブがコメット姉妹によるモノだと聞いた夏月は『そう言う事なら、行かない手はないな』と言ってスッカリやる気になっていた――『もしもコメット姉妹のライブじゃなかったら如何したのか?』と思うだろうが、其処はロランも考えて『コメット姉妹のライブ』ならば絶対に乗って来ると踏んでチケットを予約したので問題無しだ。チケットが取れなかったら取れなかったで別のプランを考えただけなのだから。
そんな訳で山手線で秋葉原まで移動すると、其処から総武線に乗り換えて水道橋まで移動しライブ会場である東京ドームに到着。
ライブ開始前だと言うのにドームの入り口前には長蛇の列が出来ているのだが、ロランが取ったチケットは通常であれば一般人は立ち入る事の出来ないグラウンドに作られた『特設アリーナ』のS席だったので、ドーム一階の『選手・スタッフ専用口』から入場して特設アリーナに。
ドーム内はライブ開始前だと言うのに凄い熱気に包まれており、此れには夏月も少しばかり驚かされた。
「すげぇ熱気だな?其れだけコメット姉妹のファンの期待が高まってるって事なんだろうけど……アイドルファンの発する此のエネルギーを物理的に取り出して使用する事が出来るようになれば地球のエネルギー事情は一気に解決する気がする。」
「其れは確かに……ドクター束に頼んだら出来ないだろうか?」
「束さんなら出来そうな気がする。つーか、束さんがその気になれば核融合炉だろうと太陽の熱エネルギーで発電するソーラーパネルだろうと何でも出来ると思う。
其れをやらないのは、其れをやっちまったら人間の進化が其処で止まっちまうからって考えてるのかもな。」
「ふむ、確かに其れは否定出来ないかな?
周囲に便利なモノが増えてしまったら、人は其れに頼り切ってしまうからね……人類が種として更なる高みに上るためには不便なモノは残しておくべきなのかも知れないね。
其れよりも、ライブが始まるよ夏月。」
「みたいだな。」
ライブの開始時間になると、ドーム内の照明が全て消え、そして次の瞬間にはステージを照らし出し、ステージ上にはアイドルの衣装を着たコメット姉妹が背中合わせに立っており、其処から一曲目が始まり、コメット姉妹は行き成り会場のボルテージをマックスに持って行った。
歌の上手さは勿論の事、振り付けも左右対称のシンメトリな振り付けがバッチリと決まっており、双子ならではの見事なパフォーマンスを見せてくれた。
一曲目を終えたところで、コメット姉妹がライブの挨拶を行い、『今日は楽しんで行ってねーーー!』と言ったところで二曲目に入り、会場のボルテージはウナギ登りに上昇して行く。
そんなライブの中、ファニールは最前列に居た夏月とロランに気付きピースサインを送ると、夏月もロランもサムズアップして其れに応え、ファニールは其れにウィンクを返したのだが、その結果として夏月とロランの半径2メートル以内に居たファンはそのウィンクにハートを打ち抜かれる事になったのだった。
ライブはコメット姉妹のオリジナル曲だけでなく、日本のアニメの楽曲のカバーなどもあり実に充実していた――ライブの途中で、コメット姉妹が『ゲスト』として呼んだ『影山ヒロノブ氏』が現れて数曲披露した後に、コメット姉妹と共に超絶有名な『CHA-LA
HEAD-CHA-LA』を歌ったのには会場は最高に盛り上がった。
ライブの最後はアップテンポの少しロックな曲で〆たのだが、其れだけでは終わらず会場から沸き上がった『アンコール』に応える形でコメット姉妹が再びステージに現れ、アンコールで披露したのはバラード系のゆったりとした曲だった。
そのアンコールには満場の拍手が送られ、ライブは大盛況で終わったのだった――ライブ後夏月はLINEで『良いライブだったぜ』とメッセージを送り、ファニールからは『当然でしょ?』、オニールからは『来てくれてありがとうお兄ちゃん』との返信が来ていた。
ライブが終わった後はドームシティのバッティングセンターやミニ遊園地のアトラクションを楽しんだ後に、晩御飯にやって来たのは『ノンアル居酒屋』と言う、此れでもかと言う位に矛盾しまくった店名の店だったのだが、ロランによるとこの店は『未成年にも居酒屋の雰囲気を味わって欲しい』と言う店主の思いから生まれた店で、ドリンクは全てノンアルコールだが、食事メニューは居酒屋の其れを踏襲したモノとなっているのである。
「俺はレモンサワーとイカゲソの唐揚げ、其れから焼き鳥のレバーを塩で。」
「私はライチサワーとエビの磯部上げと焼き鳥のカシラを塩で。」
ノンアルコールなので酔う事はないが、其れでも夏月とロランは居酒屋の雰囲気を思い切り楽しんだ――肉体的に酔う事は無くとも、店の雰囲気で気分的に酔う事が出来る此の店は中々に良いモノだと言えるだろう。
同時にこの様な店が増えれば未成年の飲酒と言った事態は大幅に減るのかもしれない。
「レバーを塩で提供するとは、あの店は料理にも拘ってるみたいだな。レバーを塩でってのは、余程レバーの鮮度が高くないと出来ない事だからな。満足出来た。」
「ならば良かったよ。」
ノンアルコール居酒屋を後にした夏月とロランはモノレールの駅まで移動し、本日のデートも最終盤と言ったところだ。
「夏月……私は君の事を愛している。此れは私の偽らざる気持ちだよ。」
「其れは俺もだよロラン。」
そして、月夜が照らすモノレールのホームで、夏月とロランは静かに唇を重ねた――前日のデートでヴィシュヌが乙女協定の第一リミッターを解除し、其れは乙女協定で即共有されたので、夏月とロランがマウス・トゥ・マウスのキスをしてもマッタク持って問題ないのである。
その後学園島に戻った二人は、夏月は自室のシャワーで、ロランは大浴場で汗を流した後に一緒のベッドで眠りに就いたのだった――ロランに腕枕をしている夏月も、夏月に腕枕されているロランも幸せそうな寝顔を浮かべており、其れを見る限り本日のデートは大成功だったと言えるだろう。
同室と言う事で、他の乙女協定のメンバーよりも距離が近かった夏月とロランだが、本日のデートによってその距離は更に縮まったのは確実であるな。
――――――
同じ頃、国際IS委員会では男性操縦者が現れたその時から協議されて来た法案が議論を重ねて細かい調整を行った上で遂に本日の会議で全会一致で可決し、日本時間のゴールデンウィーク最終日の未明に其の法案が世界に向けて発信された。
其の法案とは『男性IS操縦者重婚法』と言うモノであり、現行では世界に二人しか存在しない男性のIS操縦者である夏月と秋五に合法的に『一夫多妻』を認めると言うモノだった。厳密に言えば『一夜夏月と織斑秋五の一夫多妻を認める』ではなく、『一夜夏月と織斑秋五は一夫多妻を行うように』の方が正しいのかもしれない。各国とも男性IS操縦者との繋がりは喉から手が出るほど欲しいと言うのは偽らざる本音であるのだから。
そして、其れが発表されるや否や、IS学園に国家代表や代表候補生を送り込んだ国々は、彼女達に夏月や秋五との関係が如何程かを確かめる事になったのだった――無論、各国の日本大使館を通じてであり、当人達への確認は日本時間の午前八時以降にはなるのだが。
何にしても取り敢えず束のシミュレート結果は大当たりだった訳である。稀代の天才のシミュレートは大抵の場合『正解』、『大当たり』になるのかも知れない。
そんな世界に激震が走った中で、ゴールデンウィークは遂に最終日の朝がやって来たのだった。
To Be Continued 
|