ゴールデンウィーク二日目。
本日夏月とのデートとなっている簪は、大浴場で朝風呂を満喫していた――眼鏡型デバイスと専用機を外した姿と言うのは普段の簪とはまた違った魅力があると同時に、眼鏡型デバイスがなく、普段は頭部にアクセサリの様に装着されている待機状態の専用機の一部がない状態だと(ある意味常時部分展開しているようなモノだが、此方の方が眼鏡型デバイスの感度が良くなるとかなんとか……)楯無とよく似ており、髪型が同じだったら目尻の角度で判断する以外に判断方法は無いと言っても過言ではないだろう。
今でこそ髪型やらその他諸々の違いから楯無と簪はパッと見其れほど似ている様には見えないが、幼い頃は『双子か?』と思ってしまう位にそっくりで、『活発な方が刀奈、大人しい方が簪』と認識されていた時期すらあったりするのである。
それはさておき、現在大浴場に居るのは簪一人だけなのだが、この大浴場を一人占めと言うのは中々の贅沢であると言えるだろう。普段ならば部活の朝練後の生徒も居たりするのだが、ゴールデンウィーク中は朝練を行っていない部活の方が多く、帰省している生徒も多いので大浴場を独占出来ていると言う訳だ。
「簪ちゃん、一緒に良いかしら?」
「お姉ちゃん……うん、良いよ。」
其処にやって来たのは簪の姉にしてIS学園の生徒会長であり、現更識家の当主である『第十七代更識楯無』こと、更識刀奈だった。
簪の隣に腰を下ろして湯に浸かった彼女は一つ欠伸をしてから両手の指を組んだ状態で腕を真っ直ぐに伸ばす――如何やら大浴場に来る前に、軽く一仕事片付けていたらしい。とは言ってもそれは恐らくデスクワークだろうが。
「……夏月と織斑君が入学したから今年は忙しい?」
「ん~~……そっちは其れほどでもないのだけれど、問題は織斑千冬ね。
クラス対抗戦での一件で少しは改善してくれれば良いと思ったのだけれど、本音から聞く限りでは全く変化がないし、夏月君の話を聞くと寧ろ悪化してるような気がするのよね……此のまま行けば恐らくそう遠くなく一年一組の担任を外される時が来るでしょうけど、其の時に彼女の信奉者達が黙っていないであろう事を考えると色々対策も練らないといけない訳よ……で、ゴールデンウィーク最終日前には草案を纏めちゃおうと思って、昨日は略一日部屋に缶詰めで寝たのは今日の一時半で、其れでもって五時に起きて一仕事して来たって訳。
楯無を継ぐために色々やって来た私じゃなかったら今日は丸一日寝て過ごす事になったと思うわ。」
「私の想像以上に忙しかったみたいだね……」
「そうねぇ……でも、リフレッシュの為の朝風呂を簪ちゃんと御一緒出来たんだから疲れなんて一気に吹き飛んでエネルギー満タンよ!……って、時に簪ちゃん今日は夏月君とデートなのよね?
参考までに何処に行くのか教えて貰っても良いかしら?」
如何やら千冬とその信奉者のせいで楯無は可成り忙しい身であるらしい……学園内だけでなく、現日本首相の『亀志打総理大臣(誤字に非ず)』からも、『政府内の織斑千冬の信奉者を何とかして欲しい』と更識に依頼が来ているので尚更だ。――因みに第二回モンド・グロッソの際に『一夏が誘拐された事』を千冬に知らせなかったのは政府内の千冬信奉者であり、其れが週刊誌にすっぱ抜かれた時には内閣支持率は超絶下落してしまったので、政府としても千冬信奉者を完全排除するための材料を探しているのだろう。
其れ等をゴールデンウィーク六日目までに終わらせようとしている辺り、楯無は夏月とのデートを後顧の憂いなく行いたいのだろう。
で、簪に今日の夏月とのデートは何処に行くのかと聞いてみたのだが……
「秋葉原のイベントにだけど……何でそんな事聞くの?」
「私と夏月君のデートって一番最後でしょう?だから、出来るだけ行き先が被らないようにしたいのよね。」
「成程納得。」
楯無のデートはゴールデンウィーク最終日であるため、単純計算で六つのデートスポットが使えないと言う中々のハードモードだったりするのだ。夏月はデートコースが被っても文句は言わないだろうが、だからと言って其れを是と出来ないのが恋する乙女の複雑な心境と言うモノなのだ。
「それじゃあ、今日のデート楽しんでらっしゃいな♪」
「うん。」
暫し姉妹の時間を過ごした後でバスタイムは終了となったのだが、着替えたその後で簪が脱衣所にあるソファーで楯無にマッサージを施して更に疲れを癒してたりもした……楯無として忙しい事もある姉の為に、簪はネットやら本を読んでマッサージを会得していたのだ。
そのマッサージの効果は覿面で楯無の疲労は完全に吹き飛んだのだが、簪のマッサージのあまりの心地よさに楯無は何とも艶のある声を漏らしてしまい、その結果『早朝の大浴場から更識会長の嬌声が聞こえて来た』との噂が立つ事になったのは、まぁ仕方ないだろう――この噂を消し去るために、楯無が更に忙しくなったのも仕方あるまいな。暗部の当主にして生徒会長も中々に大変であるらしかった。
夏の月が進む世界 Episode23
『ゴールデンウィーク二日目~コスプレを楽しめ~』
デートの待ち合わせ時間は、ロランを除いて『モノレールの駅にAM9:00』と決めてあり、夏月は昨日と同様に十分前にはモノレールの駅にやって来ていた。
ロランだけが待ち合わせから除外されているのは、彼女は夏月と同室である事から『駅での待ち合わせは不要』と判断されたからだった――同室のアドバンテージがあるロランだが、其れは逆にデート当日のお洒落も最初から見られる事にもなり、待ち合わせ場所で見た時のドキドキ感は得られないと判断されて、同室と言うアドバンテージと相殺されたと言う訳だ。
因みにロランが夏月と同室である事で得られる最大のアドバンテージは、『日祭日は三食夏月の料理が食べられる』と言うモノであっても過言ではないだろう。
序に本日の朝食は『混ぜ込み鮭ワカメご飯』、『焼きウィンナー』、『焼きナス』、『豆腐とえのきと卵の味噌汁』、『冷凍小松菜の辛し和え』だった――焼きウィンナーと焼きナスはオーブンペーパーを敷いたテンパンで一緒に焼いたので見事に手間を省いている見事なモノだった。
「ゴメン、待たせたかな?」
「いや、そんなに待ってねぇから気にすんな。待ったつっても精々カップヌードル半個分の時間だからな。」
ゴールデンウィーク二日目の夏月と簪のデートはこんな感じで始まった……夏月の待ち時間の伝え方が少々特徴的ではあるが、此れも夏月なりのユーモアと言うモノなのだろう。尚、カップヌードルの量を半分にしても一分半で調理は出来ないので悪しからず。
で、本日の夏月と簪のファッションコーディネートはと言うと、簪はスカイブルーのハイネックの長袖シャツにピンクのプリーツスカートを合わせ、ダークグリーンの短ベストと言うモノであり、上半身を大人締めに纏めながらスカートで華やかさを出すモノだったのに対し、夏月は黒のスラックスに黒の半袖Tシャツと言う極めてシンプルなコーディネートだった。
黒は没個性とも言われるのだが、夏月の場合は黒を完璧に着こなしているので没個性にはならず、逆に夏月の魅力を引き出しているとも言えるのだが……
「夏月、そのTシャツは何?」
「ネットで買ったんだけど、此れ結構よくない?」
本日夏月が着用している黒のTシャツには前面に白で『法律が許しても俺が許さない!』とプリントされていたのだ(因みに実在品です。)……普通に考えたらナンともアレなデザインではあるのだが、確かにインパクトだけなら間違いなく最強クラスだろう。
特に法で裁く事が出来ない千冬と言う存在の事を考えると、此のTシャツは夏月の決意が現れたモノであるのかもしれない。
まぁ、夏月は此れの他にも黒地に白字で『I♡社長』、『気軽にご相談下さい』、『そう、俺だ!』と入ったTシャツも持っているので若干特殊な趣味があるのかもしれないが。
「うん、とっても良いと思う。」
「だろ?んで、先ずは何処に行く?」
「先ずは秋葉原。」
夏月が直接口にした訳ではないが、簪も何かを感じ取ったのか其れ以上は突っ込まずに、本日のデートの行き先を告げる――その行き先は、嘗ては日本一の電気街として栄え、現在はアニメ、漫画、ゲームと言ったサブカルチャーの聖地となっている秋葉原だった。
モノレールで本土に移動した二人は、上野駅までバスで移動してから山手線で秋葉原に向かったのだが、その車内では、夏月が簪が痴漢の被害に遭わないように簪の後ろに陣取り、簪以外に殺気を飛ばしていたので簪が痴漢に遭う事はなく無事に秋葉原に到着したのだった。
「秋葉原に無事到着した訳なんだが……なんか、レイヤーさん多くないか?」
「実際に多いよ。今日は年に一度秋葉原で行われるコスプレの一大イベントだから……だから、今日はトコトンまで付き合って貰うよ夏月。」
「まぁ、そうなるよな。」
本日、秋葉原では『国内最大』とも言われているコスプレイベントの真最中であり、簪は此のコスプレイベントに夏月と参加する為に秋葉原にやって来たのだ――ゴールデンウィークの二日目がイベントの初日だったと言うのは簪にとっては嬉しい誤算だったと言えるだろう。
コスプレイベントの楽しみは、道中で出会うレイヤーさんとの交流なのだが……
「簪、アレはアリなのか?」
「ギリギリのグレーゾーン……そうとしか言えない。」
その道中で擦れ違ったレイヤーに夏月は思わず突っ込みを入れずには居られなかった――と言うのも、其れは三人組で、『ストリートファイターシリーズ』の、ザンギエフ、エドモンド・本田、サガットのコスプレをしていたのだが、気合に気合が入り過ぎて『肌色キャラのコスプレをする場合は肌色のストッキングやタイツを着用する』と言う暗黙の了解をぶっちぎり、ガチで上半身裸だったのだ……コスプレと言う事でポリスメンに引っ張られはしないだろうが、高クオリティを目指した結果限界突破するとトンデモナイ事になってしまうらしい。何事もやり過ぎには注意である。
「んじゃ、後でな。」
「うん、後で。」
会場入り口で手荷物検査を終えた夏月は簪から衣装の入った紙袋を受け取ると夫々更衣室に向かい、そして室内でコスプレ衣装に着替える訳だがコスプレ衣装は普通の服とは違って特殊な構造をしていたり装飾品や装備品もあったりするので着替えるのに時間が掛かってしまうのは仕方ないだろう。
更衣室に入ってからおよそ十分後、夏月も簪もコスプレ衣装に着替えて再び会場内に登場だ。
「うん、ヤッパリ夏月には良く似合ってる。その衣装を作って良かった。」
「そうか?まぁ、衣装を作った簪が似合ってるって言うなら間違いないけどよ。簪も良く似合ってると思うぜ?」
コスプレ衣装は簪が自作したらしいのだが、『既製品を使わずに衣装を自作してこそ真のコスプレイヤー』とも言われるので、簪もオタク趣味が高じた結果コスプレ衣装を手作り出来る『真のコスプレイヤー』となったのだろう。
そんな簪が本日用意したコスプレ衣装は、夏月が『閃の軌跡』シリーズの主人公『リィン・シュヴァルツ』で簪は『リリカルなのはシリーズ』の『リィンフォース・ツヴァイ』だった。作品は違うが『ダブル・リィン』となっている辺り完全に狙ったのだろう。
「リィンも良いけど、俺の顔の傷の事考えたらFFⅧのスコールの方が良かったんじゃないか?」
「其れも考えたんだけど、夏月とリィンって声が良く似てるから今回はこっちにした。スコールの衣装は夏コミで……夏コミに向けてお姉ちゃん達の衣装も作って行かないとだね。」
「夏コミにコスプレ参加は決定事項なのな……『お姉ちゃん達』って事は俺と楯無さんだけじゃなくてロラン達も参加させられる訳か――どんなコスプレ衣装が出来上がるのか楽しみではあるな。」
会場内には様々なコスプレをしたコスプレイヤーと、コスプレイヤーの撮影を目的としたカメラマンが多数来場しておりそこかしこで撮影会が行われている――特にネットでコスプレ活動を積極的に配信しているコスプレイヤーの元には長蛇の列が出来る程である。
また、其処までの長蛇の列は出来なくとも完成度の高いコスプレイヤーには自然とカメラマンが集まって来るモノであり、夏月と簪も適当に会場を回っていると四、五人ほどのカメラマンから『撮影お願い出来ますか?』と声を掛けられ、断る理由もないので快諾してミニ撮影会が始まった。
異なる作品のコスプレをしている場合、単体ずつの撮影となる事が多いのだが、夏月と簪に声を掛けて来たカメラマン達は二人が『作品の枠を超えたダブル・リィン』である事に気付き単体の写真だけでなく二人揃っての写真も撮影していた。
勿論撮影ではポーズの注文もあったのだが簪に対しての『魔法を放つポーズ』も簪は可成り高いレベルで要求に応えていた。
アインス、ツヴァイ問わずリインフォースのコスプレをするコスプレイヤーの多くは『闇の書』、『蒼天の魔導書』も自作してるのだが、其れは何れの場合も手で持つモノであり、『魔法を放つポーズ』の際もページを開いた状態で手に持っているのだが、簪は其処から一歩踏み込んだ作り込みをしており、透明のアクリル版で作った『手首に装着出来るブックスタンド』を装着して作中の『魔導書が浮いている状態』を略完璧に再現していたのだ。
夏月には圧倒的に『居合いの構え』の要望が多かったのだが、此れも夏月にとっては特に問題は無い事だった。居合いは夏月が剣術の中で最も得意としているモノであり、その構えは自然体でありながら隙は無く、『本物の剣士』から放たれる『剣気』にはカメラマン達も戦慄した位だ……居合いの構えをした夏月の周囲に揺らめくオーラのようなモノが見えたのは見間違いではないだろう。後日、写真をプリントアウトしたカメラマンは夏月の周囲に揺らめいていたオーラも写真に収めていた事に驚く事になるのだが。
夏月と簪二人揃っての撮影では、これまた色々な注文が出された。
『魔法を放とうとしているツヴァイと、居合いを放とうとしているリィン』、『戦うリィンとツヴァイ』、『蒼天の魔導書に興味を示すリィンと、魔導書を開いて見せるツヴァイ』等々の注文に対し、夏月と簪は完璧とも言えるポーズを決めてカメラマン達を満足させていた。
ミニ撮影会が終わった後は、また会場内を適当に回っていたのだが……
「其処のリィン君、ちょっと良いかな?」
「其処のリィン、ちょっとえぇかな?」
「俺?」
「私ですか?」
夏月は『空の軌跡』の『エステル・ブライト』のコスプレをした女性に、簪は『リリカルなのはシリーズ』の『八神はやて』のコスプレをした女性に声を掛けられた――話を聞いてみると、どうやら彼女達は夫々『軌跡シリーズオールスター』、『リリカルなのはシリーズオールスター』での撮影をお願いされたらしく、そのシリーズのキャラクターのコスプレをしているレイヤーを集めたのだが、リィンとツヴァイだけが中々見つからず、漸く見つけた夏月と簪に声を掛けて来たとの事だった。
其れを聞いた夏月と簪は断る理由もないので其れを快諾し、無事に大人数の集合写真の撮影は行われ、夏月と簪は大いに感謝されたのだった――撮影後にメールのアドレス交換をしていた簪はオタ友を増やしていたみたいだったが。
その後も適当なミニ撮影会を何度か行っている内にランチタイムとなり、夏月と簪は会場の出入り口で整理券を受け取ってから会場の外に。出入り口で整理券を受け取れば、コスプレをしたままで会場の外に出る事も可能になっており、現にランチタイムには多くのコスプレイヤーが秋葉原の街に繰り出していたのだ。
「んで、何処で飯食うんだ?秋葉原だからやっぱメイド喫茶か?」
「其れも良いけど、喫茶店のメニューじゃ夏月は満足出来ないでしょ?だから本日のランチは、このメイドレストラン『メイドの土産』で摂る事にする。」
「店の名前が突っ込みどころしかねぇな。」
夏月と簪がやって来たのはメイド喫茶ならぬメイドレストラン。
メイド喫茶とは異なり、カフェメニューではなく本格的な定食屋やファミリーレストラン並のメニューを揃えている店なのだ――メイドレストランと言う事でホールスタッフは全て女性で全員がメイド衣装を来ている訳だが。
「「「「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様。」」」」」」」」」」
最早お決まりとなっている入店時の挨拶を受けた夏月と簪はウェイトレスに案内されたテーブルに着くと、ウェイトレスから『本日のランチメニュー』を聞いた上でメニュー表をめくって行く。因みに本日のランチメニューは『恋する豚のヒレカツ定食』、『燃え盛る愛のビーフカレー』、『メイド特製萌え萌えオムハヤシ』である。
暫しメニューを眺めた夏月と簪だったが、程なく注文が決まったらしく、インターホンでメイドウェイトレスを呼ぶと早速注文して行く。
「私は燃えさかる愛のビーフカレーと単品で『萌え萌えチキンバスケット』をお願いします。」
「俺は、恋する豚のヒレカツ定食をダブルでライス特盛。そんで単品で『メイドのまかないチキン南蛮』、『萌えたろ?寧ろ萌えとけフライドポテト』、『愛の直火焼きステーキ』で」
夏月のオーダーがぶっ飛んでいるのは何時もの事なので簪は驚かなかったが、周囲の客とウェイトレスは驚いていた……よもや此れだけの注文をする者が居るとは思わなかったのだろう。
「畏まりました。ステーキの焼き加減とソースは如何なさいますか?」
「焼き加減はレアで。ソースは和風おろしソースでお願いします。」
其れでもウェイトレスは驚きを顔には出さずに業務を続けたのだから中々のプロ意識の高さであると言えるだろう――『此の程度で驚いていては到底メイドは務まらない』と考えているのかもしれないが、其れは其れで見事にメイドになり切っていると評価出来る事である。
程なくして注文したメニューが運ばれてきてランチタイムスタート。
「「いただきます。」」
料理を口に運んだ夏月は、少しばかり意外な顔をした。
と言うのも、この手の店は内装やスタッフの衣装には凝っているモノの、料理に関しては冷凍品などを使っている場合が多く『そこそこの味』である事がお決まりみたいなモノなのだが、此の店の料理はちゃんと作られていたからだ。
カツやフライドポテトなんかは店の回転率を上げる為に『揚げるだけ』の状態にはなっているのだろうが、其れでも其処までの工程は丁寧に作られている事が分かるモノであり、意外であると同時に満足出来る味でもあったのである。
「想像してたよりも美味いな?此れなら満足出来るぜ。……時に簪、カツ一切れやるからチキンバスケットの唐揚げ一個くれないか?」
「二つあげるから、ステーキも一切れ欲しい。」
「OK、交渉成立だ。」
こんな感じでランチタイムは過ぎて行ったのだが、仲睦まじく美少女とランチタイムを楽しんでいる夏月には、此の店のウェイトレスに会う事が日課となっている非モテの陰キャオタクからは羨望、嫉妬、呪怨と言った感情が込められた視線が向けられていた……序に夏月は容姿も良いので其れが更に彼等の負の感情を大きくさせてしまっているのだろう。
尤もそんな視線を向けられている夏月は全然平気と言った感じだ。中学時代は更識姉妹と一緒に登下校をしていた事で同等の視線は何度も向けられて来たのでスッカリ慣れてしまっているのと、七人も恋人が出来た事で此れから先街に出ればこんな事は更に多くなると思っていたので、そもそも気にする事すら止めているのだろう――付け加えておくと更識の仕事で何度も修羅場を潜り抜けて来た夏月からしたら、素人の敵意の籠った視線なんぞ蚊に刺された程度も感じないのである。
外野の視線をガン無視しながらランチタイムを楽しみ、ランチメニューに付いて来る日替わりデザートも美味しく頂いた。
本日の日替わりデザートは『萌えるメイドのクリームブリュレ』だったのだが、此れも少し趣向が凝らされており、ウェイトレスが客の目の前で耐熱容器に入ったカスタードプリンの上に生クリームをトッピングしてからグラニュー糖と洋酒を塗し、最後に小型のガスバーナーで表面を一気にブラストバーンしてこんがりと焼き固め、シロップ漬けのフルーツとチョコレートブラウニーを添えて完成だ。客の前で最後のワン工程を行い、出来立てを提供すると言うのも中々面白い趣向だろう。……夏月はまさかのガスバーナーの登場に、『此れは萌えるメイドじゃなくて、燃やすメイドだろ。』と突っ込んでいたが。
会計後は、この手の店のお約束とも言える『メイドさんとの記念撮影』もバッチリ行い、ウェイトレスとのツーショットだけでなく、夏月と簪とウェイトレスの三人でのスリーショットも撮って貰っていた。序に『メイドの土産』の店名に偽りなく、記念撮影後には『お土産』としてウェイトレスの手作りクッキーを渡されたのだった。
ランチタイムを終えた夏月と簪は午後の部に向けて会場へと足を進めていたのだが……
「あれ、昨日のお兄さんじゃん?なになに、今日は別の子とデート?」
その途中でアクセサリを売っている露天商から声を掛けられた――偶然にも、昨日の鈴とのデートでアクセサリを買った露店が、今日は秋葉原に出店して商売を行っていたのである。
「昨日の……あぁ、あの店か。よく俺の事分かったな?」
「其れだけ顔に大きな傷跡のある人なんて早々居ないからねぇ、一発で分かっちまったぜ?
にしても昨日はツインテールの美少女で、今日は青髪の美少女とデートとはお兄さん割とプレイボーイだなぁ?モテる男の特権かもしれないけど、後ろから刺されても知らないよ~~?」
「其れを俺が別の女の子と一緒に居る場面で言う辺り、アンタも割と良い性格してるよ……だが、ソイツは心配御無用だ。俺が複数人と交際してる事は、交際相手全員が同意済みだ。てか、交際相手全員から同時に申し込まれて『全員と付き合っても全然問題ない』って言われたし。」
「因みに私を含めて交際相手は全部で七人。そしてその内一人は私のお姉ちゃん。」
「ぬわぁんだとぉ!?」
昨日とは違う相手とデートをしている夏月に対して爆弾を落とした心算だった露天商は逆に『交際相手の合法ハーレム(要約)』と言う核爆弾の雨……であろうとも全て撃ち落とすフリーダムガンダムのハイマットフルバーストのカウンターを喰らってしまう結果となった。
まさかのカウンターに度肝を抜かれた露天商だったが、其処ですぐさま『だったら昨日の子だけじゃ他の子に悪いから、何か買ってあげたら?』と言って来たのは、流石の商売人魂と言ったところか。
夏月も『其れもそうだな』と、クロスの飾りが付いたチェーンチョーカーを二つ購入し夫々に名前を彫り込んで貰った。
「交際相手が七人も居るってなると、ゴールデンウィークの七連休は毎日デートかい?」
「そうなってるな。……案外、その七日間毎回何処かでアンタと会う事になったりしてな。」
「そうなってくれると俺としては嬉しい限りだけどねぇ?なんたってそうなれば毎日確実に二つは売れる事になる訳だからな……こりゃ、最低でもあと五種類はアクセサリのバリエーション増やさないとだぜ。
さてと、ホイ名前入れ終わったぜ。」
露天商とのまさかの再会だったが、お揃いのアクセサリを購入した夏月と簪は改めて会場に向かい、会場入りすると簪はコインロッカーから新たな紙袋を取り出して夏月に渡して来た。
中身はコスプレ衣装なのだが、午後の部は午前中とは別の衣装でと言う事なのだろう。
其れを受け取った夏月は更衣室で新たなコスプレ衣装に着替えて午後の部の会場に出撃!!夏月が会場に出ると、簪も着替え終わって更衣室から出て来た所だった。バッチリのタイミングで着替え終わるとか、中々に以心伝心なのかも知れない。
午後の部の夏月の衣装は『東亰ザナドゥ』の『高幡志緒(Sウェア)』で、簪の衣装も『東亰ザナドゥ』の『北斗美月(Sウェア)』であり、午後の部は同作品で衣装を揃えて来た感じだ。
夏月は金髪で長髪のウィッグを装着しているのだが、顔の傷もあってオリジナルの志緒よりも見た目の威圧感が増しているモノの、其れが逆に良かったのかカメラマン達が殺到する事態となっていた。
志緒と美月の組み合わせは非公式ながらファンの間では『カップル』として認識されている事も注目された一つの要因と言えるだろう……そして、衣装だけでなくソウルデヴァイスまで簪が手作りしたと言うのだから驚きである。
午後の部もカメラマン達からの要望に応えていた夏月と簪だが、時刻が十五時になろうかと言う所で簪が撮影会を途中で終わらせて夏月を会場中央にあるステージまで連れて来た。
「簪、如何したんだよイキナリ?」
「此処からが此のイベントのメインイベント……ステージ上にエントリーしたコスプレイヤーが現れて己の衣装をアピールして、そしてグランプリを決めるの。私は夏月と一緒にエントリーしてるから、ね?」
「ステージイベントってか……OK、どうせならグランプリとっちまおうぜ。」
其れは此のコスプレイベントのメインイベントであるステージイベントに参加する為だった。
エントリーした参加者がステージ上で夫々自慢のコスプレ衣装を披露し、コスプレをアピールするためのちょっとしたアピールタイムも設けられているので、其処でドレだけアピール出来るのかも大事なポイントとなって来るだろう。
エントリーしたコスプレイヤーが次々とコスプレ衣装を披露し、見事なアピールをして行く中で遂に夏月と簪の番がやって来たのだが……
「簪、ちょっと失礼するぜ。」
「夏月……きゃあ!」
なんと夏月は簪をお姫様抱っこしてからステージイン!
非公式ながらファンからカップル認定されている志緒と美月のコスプレをした二人組が、志緒コスの男性が美月コスの女性をお姫様抱っこしてステージインしただけでもインパクトがハンパないのだが、コスプレ衣装を披露した後は、クロスドライブ発動時のセリフを発した後に、志緒メインのXストライク&ストライクチェインを見事に再現して見せたのだ……志緒のXストライクの演出を完全再現する為に夏月は、『専用機にサポートして貰って人外のハイジャンプを行う』と言う割とトンデモナイ反則技を使っていたのだが、此れは『男性IS操縦者』にのみ許された反則技であると言えるだろう。
そして、このインパクト絶大のパフォーマンスが審査員の印象に残ったのか、夏月と簪は見事にグランプリを獲得し、『キング・オブ・コスプレイヤー』の称号とグランプリ認定の『金の盾』を贈呈されたのだった……因みに、ステージ上の夏月と簪はカメラマン達がバッチリと撮っており、撮影会が途中で打ち切られた埋め合わせをバッチリとしてみたいである――カメラマンの執念と根性も凄いモノがあると言える。
グランプリを取った夏月と簪にはステージイベント終了から更にカメラマンが殺到して、イベント終了の十八時まで撮影会が行われる事になったのだが、その撮影会は夏月も簪も楽しんでいたので特に問題は無いだろう。やや無茶振りとも思えるポーズにも可能な限り答えていたと言うのは、ISバトルを行う上でのエンターティナーとしての意識が働いたのかもしれないが。
イベント終了後、そろそろ夕食に良い時間だったので、夏月と簪は上野駅まで移動した後、上野駅のラーメン店『ラーメン粋家屋』で夕食を摂る事にした。
白菜が入った塩ベースのスープのラーメンはアッサリでありながら、その奥には鶏ガラと煮干しで取った上品なコクがあるモノで実に満足出来た。サイドメニューの餃子も皮はパリパリ、中身はジューシーで此方も非常に満足のいくモノであったようだ。
夕食後は、駅前のホビー店を訪れ、夏月がデート記念として簪に『MGEXストライクフリーダムガンダム』をプレゼントした……デート記念にガンプラってのは如何かと思うだろうがガチオタの簪には此の上ないプレゼントであるのでマッタク問題ないのだ。夏月の財布から諭吉さんが二枚ほど飛んで行ったが、簪の喜ぶ顔が見れたので夏月からしたら安いモノだった。
「夏月、今日は楽しかったよ。」
「なら良かったぜ。コスプレってのも偶には良いかもな?」
「コスプレの楽しさと奥深さを知って貰えたら、私も嬉しい。……今度は皆も一緒に、ね?」
「あぁ、今度は皆も一緒にだな。」
上野駅からバスで学園島に向かうモノレールの駅までやって来た所で、簪が今日のデートは楽しめたとの事を伝えると同時に夏月の頬にキスをする……夏月のファーストキスはヴィシュヌが貰う事が決まっている以上、此れが簪に出来る精一杯なのだが、其れでも夏月にはその気持ちは充分に伝わったと言えるだろう。
今日のデートで、夏月と簪の距離はグッと縮まり、その絆が強くなったのは間違いないだろう……と言うか、其れは確定事項であるな。
――――――
「うんうん、良いねぇ青春してるねかっ君達は!
七連続デートってのもかっ君だから出来る事だよね……でもって、嫁ちゃん達が本気でかっ君の事を愛しているからこそ其れが可能になってる訳だ――なら、束さんは君達の事をサポートさせて貰うよ……勿論しゅー君と箒ちゃん、セッちゃんの事もね。」
束のラボでは、束が如何やら夏月と簪のデートを超小型のドローンカメラでリアルタイムで見ていたみたいだが(勿論昨日の夏月と鈴のデートもバッチリ見てました。)、見事に青春を謳歌している夏月の姿を見て感動すると同時に何かを考えているみたいだった。
そして、束のパソコンのモニター上には夏月達が使っている『騎龍シリーズ』の強化案だけでなく、ヴィシュヌとグリフィンの専用機の強化案(騎龍化)と、白式とブルー・ティアーズの強化案、そして新機体の設計図が映し出されていた。
「臨海学校が最初のターニングポイントになるのかもしれないけど、でも其れ以上に警戒すべきはコイツ等かもな。
特にドイツの眼帯チビは、アイツの影響受けまくってる可能性がありまくりな訳だしね。如何考えてもかっ君としゅー君に悪影響しかなさそうじゃんよ。」
そして其れとは別に束柄のPCのモニターには『ゴールデンウィーク明けにIS学園にやって来る』二人の生徒の情報が映ってた――一人はドイツ出身の銀髪眼帯少女で、もう一人は金髪を一つに纏めた中性的な容姿の人物だった。
「ま、コイツ等なんてかっ君達の足元にも及ばない連中に決まってるだろうけど、かっ君達にマイナスになる『何か』をやる事になったその時は、束さんが直々に天罰食らわしてやるからその心算で居ろよ?束さんは、大事なモノを守るためならどこまでも冷徹で残酷になれるからね。
其れよりも、もうちょっとドローンのカメラの解像度上げたいなぁ?其れから望遠機能も強化しとこうか?どうせならかっ君達やしゅー君達のデート映像は超高画質で録画して保存しておきたいからね!」
大分物騒な事を言っていたが、其れは逆に言えば束が其れだけ夏月と嫁ズの事を大切に思ってる事の現れと言えるだろう――束の加護とか、冗談抜きで凄い事と言えるのだが、その束が本気を出せばフランスからの留学生の正体もあっと言う間に明らかになるだろう。
……ドローンのカメラに関しての彼是は普通に考えて『盗撮』以外のナニモノでもないのだが、束自身は盗撮している心算はマッタクなく、『大切な弟分と妹分達影から見守っているだけだよ~♪』との認識なので指摘したところで徒労と言うモノだろう……夏月達も夏月達で『束さんだから』と納得してしまうのが問題であるのかもしれないが。
因みに、メイドレストラン『メイドの土産』で『お土産』として貰ったクッキーは、夏月はロランと一緒に『夜のお茶会』のお茶請けとして食し、簪は仕事中の楯無に差し入れてめっちゃ感謝され、差し入れを貰った後の楯無の仕事スピードは数十倍にまで跳ね上がったとかなんとか。
まぁ、其れは其れとして、ゴールデンウィーク二日目の簪とのデートも大成功で幕を閉じたのだった。
To Be Continued 
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