本日より大型連休のゴールデンウィークとなる訳だが、だからと言って夏月の日課に何か変わりがあるかと言われたらそれは否だ――ゴールデンウィーク中だろうとも夏月は早朝トレーニングを怠る事は無く、己を鍛え上げているのだ。日々これ鍛錬である。
さらに最近はヴィシュヌからヨガも習っており、鋼の剛性とゴムの柔軟性を併せ持つ筋肉が更なる柔軟性を得るに至っているのだから、最早夏月の肉体は『地球人として最高にして最強の肉体』と言っても過言ではないだろう……同時に、夏月との早朝太極拳が日課になっている真耶も、『瞬発力には欠けるが持久力に長ける筋肉』を会得し、遠距離でのヒット&アウェイを得意とするガンナーとしては理想の身体を得るに至っていた――学園最強クラスのバストは其のままに、アスリートとして必要な筋肉を供え、腹筋がシックスパックになっている真耶の身体もまた最強であると言えるだろう。
そして早朝トレーニングを終えた夏月は自室に戻ってシャワーで汗を流すと、朝食の準備に取り掛かった――ゴールデンウィーク中、と言うよりも日祭日は学園の売店は通常通りの営業をしているのだが、食堂は終日営業を停止しているので、生徒は自炊するか、売店の弁当を購入するかの二者一択になるのだ……其処で一切迷う事無く自炊を選択した夏月は『趣味:料理』と言うだけの事はある。
「ん……おはよう夏月。良い匂いがするね?」
「おはようロラン。もう少しで朝飯出来るから、顔洗って来いよ?……なんならシャワー浴びて来ても良いぜ。」
「昨日は少しばかり寝汗を掻いてしまったみたいだから、お言葉に甘えてシャワーで汗を流させて貰うよ。」
夏月の料理中に目を覚ましたロランは寝汗を流す為にシャワールームへと向かい、夏月は其のまま料理を続ける……普通ならば同室の女子のシャワータイムとなったら少しは動揺したり、人によっては邪な思考が頭を過ぎったりするのだろうが、夏月は全く気にする様子は見せない。
と言うのも、楯無が割とスキンシップ多めの人であり、更識の家で暮らしていた時もナチュラルに夏月に抱き付いて来ており、その場に簪が居た場合は簪も抱き付いて来たりしていたので夏月の『女性に対するドキドキハードル』はメッチャ高くなっており、最早同室の少女がシャワーを浴びている程度では動じなくなっており、序に言っておくと所謂『当ててるのよ♪』をやられても平常心を保って居られたりするのである。
「ふぅ、朝シャワーで汗を流すと気持ちが良いね。今日も良い一日になると、そんな風に思ってしまう位にね。」
十分ほど経ったところでロランがシャワーを終えてシャワールームから出て来た頃には夏月も朝食を作り終え、少し大きめの座卓の上には美味しそうな料理が並べられている。
本日の朝食のメニューはと言うと、雑穀米、アジの干物のグリル焼き、中華風冷奴(ネギとカツオ節の代わりに刻んだザーサイと食べるラー油をトッピング)、摘果メロンの辛子漬け、具沢山味噌汁(ダイコン、ニンジン、ゴボウ、ネギ、エノキ、なめこ、油揚げ)、そして納豆(明太辛子高菜トッピング)と言ったラインナップだ。
「今日も美味しそうな朝ご飯だね?
学校が休みの日は三食君の料理が食べる事が出来ると言うのも、同室である私の特権と言ったところかな?出来立ての料理と言うのは、弁当では味わえない美味しさがあるからね。」
「まぁ、弁当のメニューは冷めても旨いように作ってるけど、出来立ての温かさはないからな。
にしても、ロランもすっかり納豆に慣れたな?」
「最初は強烈な臭いに驚いたけれど、意を決して食べてみたら味は悪くなかったからね。
まぁ、其れでもこうして普通に食べる事が出来るようになったのは、君が色々と納豆のトッピングを食堂で注文してくれたからだけどね……ネギよりもショウガやミョウガの方が臭いを消してくれると言うのは驚きだったよ。」
「ショウガやミョウガにはネギには無い清涼感があるから、納豆の臭い消しとしては優秀なんだぜ。
んで、今日のトッピングは明太辛子高菜なんだが……此れだけだと少し塩味に欠けるから、此の顆粒の『丸鳥ガラスープ』を小さじ半分ほど加えると塩味が丁度良くなってコクも出るぜ。」
「ほう、此れはまた新しい食べ方だね?因みに君が一番好きな納豆のトッピングは何なんだい?」
「其れはぶっちぎりで卵黄とカツオ節とネギと刻んだ塩昆布の組み合わせと、今日の明太辛子高菜と顆粒丸鳥ガラスープだな。キムチや刻みオクラ、とろろ芋ってのも捨て難いんだけど、この二つには絶対に勝てん。」
「成程ね。確かに其の組み合わせは私も好きだからね……因みに私の一番は、ワサビと海苔とちりめんジャコなんだよ。」
「意外と渋い組み合わせだな。」
メニューに納豆があったが、ロランは既に納豆が全然平気になっているのでマッタク問題ではなかった……とは言っても、偶に食堂で本音がやっている、『納豆と味噌汁のぶっかけ丼』は未だに慣れないようであるが。
「「いただきます!」」
そして二人とも手を合わせて『いただきます』をすると朝食タイムに。
夏月は本日より怒涛の七連続デートになるのでランチはロランとのデートの日以外はロランと一緒ではないのだが、其れでもランチ用の作り置きも用意しているのだから凄いとしか言いようがない――朝食の準備と並行して其れも作っていたのだから。
朝食後、夏月は着替えてゴールデンウィーク初日の鈴とのデートに向かうのだった。
夏の月が進む世界 Episode22
『ゴールデンウィーク初日~鈴の音との一日~』
デートの待ち合わせは、ロランを除いた全員が『AM9:00にモノレールの駅』でと決めていた――ロランだけは夏月と同室なので待ち合わせの必要はないのである。
現在の時刻はAM8:55――約束の時間の五分前だがモノレールの駅には既に夏月の姿があった。五分前行動は当然の事と言えるのだが、夏月は最低でも約束の時間の十分前には待ち合わせ場所に行くようにしているので遅刻する事だけは絶対にないのだ。
「ごめんね、待ったかしら?」
「おう、めっちゃ待った。」
「アンタねぇ、其処は嘘でも『俺も今来たところだ』って言うモンじゃないの!?」
「逆に聞くが、俺ってそんなキャラか?」
「……いいえ、違うわね。」
待ち合わせ時間の二分前に鈴がモノレールの駅に現れ、そして此の遣り取りなのだが、こんな軽口を叩き合う事が出来るのも夏月も鈴も互いに心を許しているからこそだろう――夏月が織斑一夏だった頃から、鈴は乱と共に一番の味方であったと同時に一緒に馬鹿が出来る悪友でもあったのだから。
さて、そんな二人の本日のファッションはと言うと、夏月は白のスラックスにボタン付きの赤いシャツを合わせてシャツの袖をまくり、左腕に束お手製の超高性能腕時計(完全防水、ソーラーバッテリー、電波式、だけど文字盤はレトロなアナログ式)と言うコーディネートで、鈴は赤い袖なしのパーカーに黒いハーフパンツ、首に本革製のチョーカーのコーディネートだ。
「相変わらずシンプルなコーディネートだけど、アンタの場合は其れが似合ってるから凄いわ……シンプルなコーディネートってのは、シンプルなだけに着る人間の魅力ってモノがダイレクトに反映されるからね?
ってか、今日のアンタのコーディネートって、バグ大の『紅林二郎』じゃない?」
「意識した訳じゃないんだが、言われてみれは確かに腕時計以外は紅林だな。」
夏月のファッションは、奇しくもYouTubeのとある漫画動画チャンネルの『悪党は絶対に許さない正義のフリーター』と同じモノだったみたいだが、夏月も悪党はどんな理由があろうとも絶対に許さないので、ある意味ではピッタリのファッションであると言えるだろう――序に言っておくと、夏月の本気の拳は、その正義のフリーター同様にダイヤモンドよりも硬いのでマジでピッタリなのである。
まぁ、それはさておき、夏月と鈴はモノレールで本土に移動。夏月にはおよそ一カ月ぶり、鈴からしたら実に三年振りとなる日本本土だ。(鈴は、中国から日本に来た際には成田空港からヘリコプターで直接IS学園に向かったので本当の意味で日本の地を踏むのは三年振りなのである。)
「そんで、先ずは何処に行くんだ鈴?」
「そうね……先ずはゲーセン行くわよゲーセン!」
「だろうな。」
そして始まったデートだが、先ず鈴が選んだデート先はまさかのゲームセンターだったのだが、此れはある意味では当然と言えるモノだったりする。
と言うのも、夏月と友人になって以降、中国に帰国するまでの間、放課後のゲームセンタータイムは当たり前になっており、月の小遣いを遣り繰りしてゲームセンターで遊び倒していたので、夏月とのデートをゲームセンターでと言うのは鈴的には全然アリなのである。
「と、言う訳でやって来ましたプラザカプエス!」
「此れこそがゲーセンよね!」
そんな二人がやって来たのは、格ゲーの二大巨頭と言われているCAPUCOMとSNKが共同運営している大型ゲームセンター『プラザカプエス』だった。
昨今、ゲームはオンラインが主流になって、対戦ゲームもオンライン対戦が出来るようになった事で、対戦型の筐体を設置しているゲームセンターは廃れ、今やゲームセンターはUFOキャッチャーなどのアミューズメントゲームを主体としたモノに変わって来ているのだが、このプラザカプエスは敢えて対戦型の筐体を多数設置しているだけでなく、今だ大人気のリズムゲームやガンシューティングを取りそろえ、対戦型の格闘ゲームに関しても『通常のアーケード版では使えなかったキャラをデフォルトで使用可能』にした特殊基盤を搭載している事で、レトロゲームファンを取り込む事に成功していたのだ。勿論、今流行りのアミューズメントゲームも多数設置している。
そのゲーセンで、夏月と鈴は先ずは対戦型格闘ゲームでガチバトルを行ったのだが、ストリートファイターZERO3⤴⤴、KOF2002UM、CAPCOMvsSNK2の何れの対決でも夏月が勝利した。
ZERO3では夏月のザンギエフが鈴のガイルを投げの二択と、高等テクニックである『足払いスクリューすかしファイナルアトミックバスター』で圧倒し、見事な一ラウンドはパーフェクト勝利を収めた上でのストレート勝ちとなり、KOF2002UMでは夏月の大門が三タテをブチかまし、カプエス2ではレシオマッチでザンギエフ一人をレシオ4にした夏月が、春麗(レシオ1)、八神庵(レシオ1)、草薙京(レシオ2)のチームを撃破して試合終了――レシオ1のキャラがレシオ4のキャラの必殺技を喰らったら其れだけでも致命傷であるのだが、レシオ4のザンギエフの強スクリューパイルドライバーは、レシオ1のキャラのライフを余裕で三分の一持って行くので、これはある意味で当然の結果と言えるだろう。同時に格ゲーに於ける投げキャラと言うのは極めてしまうと最強クラスであると言う事を証明した対戦でもあった訳である。
「アンタのザンギ、マッジでエグイわ……何よ、ジャンプ攻撃ガードしたらスクリュー確定って!」
「スクリュー後の間合いの離れ方が初代ストⅡ並だったら、無敵対空持ってないキャラは其処で終わるだろうなぁ……まぁ、無敵対空出されたら出されたで空中ガードから着地後スクリュー確定なんですけどもぉ。」
「何故二度の調整を行った筈のダブルアッパーでザンギは弱体化されなかったのか謎だわ……」
其の後、夏月と鈴はガンシューティングの二人プレイでノーミスノーコンティニューを達成し、今はアミューズメントゲームを楽しんでいる所だ。
「夏月、其れ本当に取れるの?」
「先の五百円分でアームの強さは分かったから此れで行けるぜ……アームが弱く設定されてたらアウトだったが、アームの強さは通常設定だったみたいだから此れで貰うぜ!」
挑戦しているのはユーフォーキャッチャーなのだが、只のユーフォーキャッチャーではなく景品がバカデカイ『ビッグ・ユーフォーキャッチャー』に挑戦していた――此の手のユーフォーキャッチャーはアームの強さはあまり弄られていない場合が多いのだが、景品がそもそも巨大過ぎて取るのは至難の業と言われており、夏月も既に五百円を消費していた。
だが、其の五百円分でアームの強さと狙っている景品の重さのバランスを見極め、何処を狙うべきか分かったらしく獲物を目指してアームを操作する……因みに狙っているのは鈴に『アレって取れる?』と聞かれた『ハイパーDXヌイグルミ・メンダコ君(直径50cm、高さ35cm』と言う大物中の大物だ。
夏月に操作されたアームはツメを広げるとターゲットに向かって降りて行き、そしてメンダコ君の足と足の間をガッチリホールドして持ち上げる!足と足の間に確りとツメを挟んでしまえばそう簡単に外れる事は無くなる……五百円分の失敗は、ツメを足と足の間に確実に差し込むための布石でもあったのだ。
其のままアームはメンダコ君をゴールまで連れて行き、景品投入口の真上でツメを開いたのだが……
「「……うっそだぁ。」」
此処で予想外の事態発生!
メンダコ君は確かに景品投入口の真上に落とされたのだが、広げられた足が景品投入口に引っ掛かってしまい落ちて来なかったのだ……『お店では入れる景品の大きさを確かめておけ』としか言いようのない事態なのだが、此れは流石にどうしようもないので近くにいた店員を呼んでメンダコ君を取り出して貰って無事に景品を入手完了!
店員も、景品投入口の真上に鎮座しているメンダコ君を見て『穴に落ちる大きさだったら取ってた奴だ』と判断して特に問題もなくメンダコ君をゲット出来たのだった。
無事にメンダコ君をゲットした夏月は、『簪への土産になるな』と大人気アニメのフィギュアをゲットしたのを皮切りに、『ジャンボきのこの山』、『バケツ箱入りチキンラーメン』と言った景品を次々とゲットして行った……普通ならば大荷物になるのだが、専用機を持っている夏月と鈴には『拡張領域に収納』と言う反則ギリギリの究極の裏技があるのでマッタク持って問題無しである。……専用機の本来の使い方としては若干問題があるかも知れないが。
思い切り楽しんだ二人はゲームセンターを出ようとしたのだが、其処で入り口付近にあるダンスゲームに人だかりが出来ているのに気付いた。『何事か?』と思って覘いてみると、ドレッドヘアーで色黒の男性が軽快なステップでエキスパートランクの楽曲を次々とパーフェクトクリアしているらしかった。
「へ~~、エキスパートランクをパーフェクトって結構凄いわね?こりゃ人だかりが出来るのも納得だわ。」
「あぁ、確かに凄いが……此の領域に辿り着くまでに家で相当練習したんじゃないか?多分だけどあの人、此の領域に辿り着く前よりも体重が10㎏は減ってると思うんだが如何よ?」
「まぁ、趣味を極めてダイエットも出来たってんなら良いんじゃない?」
其れを見た夏月と鈴は夫々思った事を言って、其のまま退店しようとしたのだが……
「Hey!其処のスカーフェースボーイ!俺っちと一発ダンスでセッションしないか~い!Youからは只モノじゃないオーラを感じたから、きっと最高のビートを刻める筈って俺っちのソウルフルなダンサースピリッツが告げてるぜ!!」
「ん、俺以外にも顔に傷のある奴がいるのか?」
「いや、アンタ以外に顔にそんなデカい傷がある奴なんて居ないから。」
此処で人だかりを作っていたダンサーが夏月に対して『セッションしないか?』と言って来た――しかも其れは、夏月を引き立て役にして自分をより目立たせようと言った下心は無く、純粋に夏月とのセッションを望んでいる様だった。
『一流は一流を知る』と言う言葉があるが、その言葉の通りダンスの道を極めんとしている男性には夏月が一流のアスリートであり武道家であると言う事を見抜いて、その上で声を掛けて来たのだろう。
「俺で良いのかい、Mr.ダンスマスター?」
「そうそう、Youだぜ!俺っちと一緒に最高のビートを刻もうぜ!」
「……ゲーセンのラストとしては良いかもな?その提案、乗らせて貰うぜ。」
なので夏月も其の提案を受けると百円玉を投入してダンスバトルモードに突入する。
とは言っても此れは勝ち負けを競うダンスバトルではなく、ダンスのセッションなのである意味では気楽に出来ると言うモノだ――勝負であれば鈴の手前、絶対に負けられない夏月だったが、ダンスのセッションであれば相当にヤバいミスをしない限りは焦らずにステップを踏む事が出来るのである。
そうして始まったダンスセッション。
選択された楽曲はノーマルでもノーミスクリアは先ず絶対に不可能と言われている『Finder keepers』だった――目まぐるしく流れて来る矢印バーを夏月も男性もパーフェクトを外す事なく的確なステップを踏んで得点を伸ばして行き、ギャラリーの熱を高めて行く。
更に夏月は足でステップを踏むだけなく、手でパネルを押す『ブレイクダンス』の要素も加えてギャラリーを魅了する……ダンスの経験はマッタク無い夏月だが、徹底的に自分を虐めぬいて到達した最強クラスの肉体には此れ位は朝飯前だったらしい。
その夏月に触発されたダンサーも更に軽快なステップでギャラリーを沸かせ、結果は互いにパーフェクトクリアであり、このセッションは大成功に終わったと言えるだろう――此のダンサーがナンパ野郎で鈴を相手に指名して来たら、事と次第によっては惨劇になっていたかも知れない事を考えると、此のダンサーが割と真面であった事には感謝すべきだろう。
退店前に予想外のイベントが発生したが、ゲームセンターを満喫しまくった夏月と鈴は店を後にするのであった。
――――――
ゲームセンターを後にした夏月と鈴はショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しんだり、駅前に出店してるアクセサリーの露店で、デート記念のアクセサリを購入して名前を彫り込んで貰ったりしていた……同様のアクセサリはまだ増える可能性はあるのだが、乙女協定のメンバーを平等に愛するのであれば其れもまたある意味で当然と言えるだろう。
そして昼時の良い時間になったのでそろそろランチタイムなのだが、夏月は鈴から『ランチタイムはアンタを連れて行きたい所があるからアタシに任せて。』と言われたので鈴に任せ、今も鈴の案内でランチタイムの場所に向かっていた。
「(アレ、この辺りって……確か……)」
だが、その道中の景色は夏月には見覚えのあるモノだった――何故ならそれは、夏月が『織斑一夏』だった時代に数少ない味方だった親友の祖父が経営している食堂に通じる道だったからだ。
そして其れから歩くこと五分程、鈴が歩みを止めた。如何やら目的地に到着したようである。
「やっぱり此処に向かってたのか。」
「そうよ♪アンタにとっては三年振りになるんだから結構懐かしいんじゃないの?……てかそう言えば、アンタって三年前に厳さんに、『お前にならウチの味を特別に教えてやっても良い』とか言われてなかったっけか?結局其れって如何なったのよ?」
「教わりたいって気持ちと、自分の舌で盗みたいって気持ちの両方があって迷っててな……んでもって、答えを返す前にあんな事になっちまったから、結局『織斑一夏』として返事をする事は出来ず仕舞いだったな。」
「そうだったんだ……」
到着したのは『五反田食堂』。
夏月が『織斑一夏』だった頃の数少ない味方にして親友だった『五反田弾』の祖父である『五反田厳』が経営している街の食堂で、地元民から愛されている昔ながらの店だ。
その人気は中心街に大型ショッピングモール『レゾナンス』が出来て、多くのファミリーレストランやファーストフード店が出店しても衰えるところを知らず、常連客のみならず今だに新規のファンが出来る程である――因みに店主の五反田厳は一昔前の『職人気質の頑固親父』と言った感じなのだが、其れが逆に客に『仕事では一切の妥協を許さない一本気』と受けが良く、最近では若い客がSNSに店の事をアップする事もあり、厳を目的に来店する客も一定数居たりする。
弾も中学の時から休日や夜には店を手伝う事も多く、最近では将来店を継ぐために厳から店秘伝の味を日々叩き込まれており、店の看板メニューである『業火野菜炒め』を任される事も多くなって来ている――そんな弾もSNSにアップされてそれなりに話題になっているのだが、平日の日中は店に居ないので厳ほどではなかったのが若干哀しいが。
因みに厳も当然一夏の味方であり、一夏の敵であった人物は軒並み出禁にすると言う大胆な事をしてくれたので、一夏は此の店では安心して食事が出来た場所でもあった――只一人、秋五だけは鈴が弾に『アイツは一夏の敵じゃないから。』と伝えていた事で出禁を免れていたりもする。弾的には、一夏の現状を目の当たりにしても何もしようとしない秋五はあまり好きになれなかったのだが、親友である鈴の頼みとあって其れを受けたのであったが。
夏月も鈴も来店するのは三年振りとなるので懐かしい部分もあるが、懐かしさに浸っていても空腹は満たされないので入店……
「たのもー!!」
「俺等昼飯食いに来たんだよな?道場破りに来たんじゃないよな?」
したのだが、鈴の入店の仕方がおかしかった!
扉を蹴破りはしないが、勢い良くブチ開けて『たのもー!』と言うのは如何考えても昼食を摂りに来た客ではなく、武術の道場に殴り込んで来た道場破りとしか言えないだろう。
「道場破りならぬ食堂破りか?……って、鈴じゃねぇか!ひっさしぶりだなぁオイ!いつ日本に戻って来たんだよ?」
「やっほー!久しぶりね弾!ついこの間中国から日本に来たのよ――中国のIS乗り国家代表候補生としてね!」
「マジか!?国家代表候補生って、お前スゲェんだな……」
インパクト絶大な鈴の入店に、店内は一時騒然とするも、弾がやって来たのが鈴だと気付き、常連客も三年前まで良く来店していた少女だと気付いたので店内が大きな混乱に陥る事は無かった。其れだけ鈴は五反田食堂で顔が売れていたと言う事だろう。
「んでそっちの奴は……若しかして、お前の彼氏か?」
「ん~~……まぁ、そうなるわね?より正確に言えば、アタシはコイツの彼女の一人って事になるわ。……聞いて驚け弾、彼は世界初の男性IS操縦者にしてアタシ以外にも六人の彼女が居るリアルハーレム野郎よ!!
そして補足しておくと、アタシを含めた七人全員が其れを是としてるからマッタク問題ないわ!!」
「んだとぉ!?
こ、コイツが世界初の男性IS操縦者……女性にしか使えない筈のISを動かした世界初の男性は、並の野郎じゃ出来ない事をアッサリやるってのかよ!七人も彼女が居るとか、羨ましいを通り越して若干殺意を覚えんぞ!
だが、世の男性が出来ない事をアッサリやってのけるとは、其処に痺れる憧れる!!」
「殺意を覚えるのか、それとも痺れて憧れるのかどっちかにしろよ、忙しい奴だな……」
其処で鈴がトンデモナイ爆弾を投下した事で弾が暴走しかけたのだが、其処に『ちゃんと接客しやがれ馬鹿野郎が!』と、厳の『お玉アタック』が炸裂し、その一撃で正気を取り戻した弾は夏月と鈴を空いてるカウンター席に案内するとオーダーを取る事に。
「んっとね~~、アタシはあんかけ五目焼きそばと業火野菜炒め。焼きそばは麺大盛りで。」
「小さいくせに相変わらずよく食べるなお前?そんだけ食っても身体が大きくならないって、摂取カロリーよりも消費カロリーの方が大きいのが原因じゃねぇ?胸がデカくならねぇのも胸筋が発達し過ぎて脂肪が付く余地が無くなってたりして……」
「だとしたら、鍛えまくった自分を恨むわ~~。」
「ま、あくまでも可能性だけどな。んで、そっちの彼は?」
「俺は……トンカラゴウメンを大盛りで。」
「!?」
そこで夏月のオーダーを聞いた弾は目に見えて驚いていた。
夏月がオーダーした『トンカラゴウメン大盛り』は、嘗て一夏が良く注文していた『トンカツ』と『唐揚げ』と『業火野菜炒め定食』と『ラーメン』のご飯と麺大盛りの略称であり、此のオーダも一夏しか知らないモノだったのだから驚くのもまた然りであると言えるだろう。
「アンタ……なんで其れを知ってるんだ?」
「何でって……俺は織斑一夏だった人間だからだぜ弾――三年振りだけど、元気そうで安心したぜダチ公。」
「え……お前、一夏なのか?似てるとは思ったけど……本当に一夏なのか?」
「信じられないか?
弾、お前は確か中学一年の時に憧れの先輩に告白しては振られ、ラブレターは読まずに捨てられて恋愛事に関してはスラダンの桜木花道に並ぶ、現実では恐らく前人未到の五十連敗だったよな?でもって、其の五十連敗は織斑一夏が第二回モンド・グロッソで誘拐される前に達成した大記録だってんだからある意味で大したモンだ……ぶっちゃけ、このまま百連敗を達成してギネスに認定されて欲しいと思ってる俺が居るのを否定出来ない。」
「其のモノ言い、そして俺の恋愛事情を其処まで詳細に知ってるとは、お前は間違いなく一夏だ!!生きてやがったかこの野郎!!」
「今はもう、織斑一夏じゃなくて一夜夏月だけどな。」
「名前なんぞ如何でも良いんだよ!お前が生きてたって事の方が大事なんだからよ……ったく生きてたなら生きてたってもっと早く言えよダチ公!」
「悪いな。俺にもいろいろと事情があったんでな……戻って来たぜ、ダチ公!」
夏月はアッサリと己が『織斑一夏』である事を明らかにしたのだが、其れをしたのは弾が心からの親友であったからこそだろう――そして、其れを聞いた弾も、夏月と一夏が同一人物だとあっさり認めた辺り、一夏と弾の友情は本物であったと言えるだろう。
オーダーを取った後、弾は自ら鍋を振って夏月と鈴への『業火野菜炒め』を完成させると、其れを二人に持って行った後に、夏月と鈴からIS学園での事を聞き、二人から『秋五は、一夏の葬式以降変わり始めている』と言う事を聞くと同時に、秋五の葛藤と苦悩も知る事となり、更に夏月が『秋五と家族に戻る事は出来ないけど、ダチ公兼ライバルにはなれる』と言った事で、秋五に対する僅かばかりの敵対心も消えてしまったようだった――過去の行いを悔いて、自らを改めようとした者には然るべき結果が用意されていると言う事だろう。……逆に言えば、過去の行いを悔いる事無く、自らを改めようとしなかった者にも相応の然るべき結果が用意されていると言えるのだが。
実際に『織斑千冬は只の一度も織斑一夏の仏壇に手を合わせる事は無かった』と聞いた弾は、余計に千冬の事を許せなくなっていたのだから――因みに、食事後に弾が妹の蘭を呼んで、一夏が生きている事を伝え、夏月が一夏である事を伝えると、感極まった蘭が夏月に渾身の『捨て身タックル』をブチかます事になり、ノーマークだったボディに其れを喰らったら夏月でもKOされていたかも知れないが、夏月は瞬間的に腹筋を固めて蘭の捨て身タックルを受け切り、逆に蘭が目を回して失神する事態となった……本気で固めた夏月の腹筋は拳銃の弾すら貫通させないので、其処に頭から突っ込めば脳震盪を起こすのも当然と言えるだろう。逆に言えば脳震盪で済んだ蘭の頑丈さも中々であると言えるのかもしれないが。
其の後、蘭は無事に目を覚まして改めて一夏が生きてたと言う事に歓喜し、其処からは食堂全体が宴会の雰囲気となり、昼時であるにも拘らずアルコールが提供され、蘭がカラオケマシーンを持ち出してガチの大宴会となったのだった。
で持って開催されたカラオケ大会では夏月と鈴のデュエットによる『夕陽と月~優しい人へ~』がぶっちぎりの満点で満場一致の優勝となった――夏月が八神庵の独特な低音ボイスを、鈴が谷間このえの女性ながら力のある歌唱力を見事に再現したデュエットはその厚みがハンパなモノではなかったのだ。
――――――
五反田食堂でのランチタイムを終えた夏月と鈴は、午後の部で再びゲーセンを訪れて、夏月も鈴も対戦型の格ゲーの筐体で乱入者を五十人連続抜きする偉業を達成し、アミューズメントゲームでは夏月がユーフォ―キャッチャーの景品を次々とゲットして最終的には店長が泣きを入れる事態になったのだから夏月のゲームの才能は『元祖遊戯王』である闇遊戯にも勝るとも劣らないと言えるだろう。
そして、そんなデートも終わりの時間を迎え、夏月と鈴はIS学園島に向かうモノレールの駅にやって来ていた。
「今日はとっても楽しかったわ夏月。最高のデートだったわよ。」
「なら良かったぜ。」
其処で鈴は夏月に対して今日のデートは最高だったと言う事を伝え、夏月も素っ気ないながらも其れを素直に受け入れる――織斑一夏だった時に己の努力を認めて貰えかった事で、夏月は己への評価を過小評価する傾向にあったのだが。其れは更識家で暮らしていた期間に解消されていたみたいだ。
「だから、此れは今日のお礼よ。」
と、此処で鈴が夏月に不意打ちのほっぺチューを炸裂!
熾烈なデュエルの結果、夏月のファーストキスはヴィシュヌが貰う事になったのだが、其れは逆に言えば『夏月のファーストキスを貰わなければ大丈夫』と言う事でもあるので、鈴はほっぺチューに踏み切ったのである。
「鈴……ほっぺにキスって、欧米か!」
「乙女の決死の覚悟に対して言う事は其れかーい!」
「いや、とっても冗談です……お前の思い、受け取ったぜ鈴。」
それに対して少しばかり冗談めいた対応をした夏月だったが、鈴の本心は理解しており、改めてその思いを受けったのだった――駅の構内で抱き合う二人に周囲のギャラリーが精神に大ダメージを受けて、砂を大量に吐いて、駅構内の自動販売機と売店、そして駅前のスタバではブラックコーヒーが売り切れになる事態になったと言うのだから恐ろしい事この得ない――此れが更識姉妹かロランとのデートだったらもっと凄い事になっていただろう。
何にしてもGW初日の鈴とのデートは大成功であったと言って間違いではあるまいな。
――――――
無事に学園に戻って来た夏月と鈴は夫々の部屋に戻ったのだが――
「夏月、此れは何だい?」
「ユーフォ―キャッチャーでゲットした景品の数々だ……『きのこの山』とかお菓子類は兎も角、チキンラーメンは日持ちするから非常食として使えるだろ?即席ラーメンは大災害時の強い味方だからな。」
「成程ね……だが、カップ麺や即席麵には熱湯が必要ではないのかな?」
「其れはあくまでもメーカーが推奨してるモノであって、時間を掛ければ熱湯じゃなくても調理は出来るんだ――ぶっちゃけ、時間さえ掛ければ水でも普通に調理出来るからな。
野菜ジュースやトマトジュースで作ると水で作った場合よりも美味しいって前にテレビでやってた気がする。」
「即席麵も中々に奥が深いみたいだね……」
夏月がアミューズメントゲームでゲットしたバケツサイズの容器にこれでもかと敷き詰めらたインスタトラーメンはトンデモない数だったのだが、其れは非常食として使える上に、賞味期限が迫って来たら迫って来たで、夏月の料理スキルによって様々なアレンジが加えられ苦労せずに消費する事が出来そうである。
其の後、夏月はシャワールーム、ロランは大浴場でのバスタイムを満喫し、後は寝るだけなのだが……
「ロラン……何で俺のベッドに居るんだ?」
「君と一緒の夜を過ごしたかった、其れではダメかい?」
「いや、ダメじゃないけどさ……服も着てるし、まぁ良いか。」
夏月のベッドには『ハーフパンツ&タンクトップ』姿のロランがスタンバイしていた――中々に破壊力のある格好なのだが、其れでもその誘惑に負ける事無く落ち着いた対応をした夏月の精神力は途轍もないと言っても罰は当たるまい……取り敢えず、夏月のデート七連戦の初日は中々に良い結果だったと評価出来るモノだった。
そしてその夜、ロランは夏月の腕枕を心行くまで堪能したのだった――乙女協定を結んでいると言え、此れもまた同室に許された特権であると言えるだろう。
何れにしても、ゴールデンウィーク初日のデートで夏月と鈴の心の距離はグッと近付いた、其れは間違いない事だ。
とは言えゴールデンウィークはまだ始まったばかり、残るデート六連戦もきっと思い出に残るモノになり、夏月と乙女協定のメンバーとの絆もより強固なモノになるのは確定事項であると言っても過言ではないだろう。
To Be Continued 
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