クラス対抗戦一年生の部の最終試合に於いて発生したIS学園への襲撃事件――其れは襲撃者を夏月とヴィシュヌが抑え込み、秋五と箒達が生徒の避難誘導を行い、真耶が避難シェルターを解放した事で事無きを得て、現在は会議室で此度の襲撃事件に関する報告を行っていたのだが、その報告会の最中に会議室のモニターが突如として起動し、砂嵐の末に画面に映し出されたのは、先程の襲撃事件でサイレント・ゼフィルスを駆っていた少女、Mだった。


「試合に無粋な乱入かましてくれただけじゃなく、今度はIS学園のモニターをハッキングか?何が目的だクソガキが。」

「一体何者なのですか貴女は?」


其れに真っ先に反応したのは、先程までM達と実際に交戦していた夏月とヴィシュヌだ。
此れからと言う時に乱入された事で試合をぶち壊されただけでなく、防御と回避は兎も角攻撃では本気を出さず、挙げ句の果てにまんまと逃げ果せた相手が画面越しとは言え現れたのだから当然と言えば当然だろう――そして、二人の顔つきが険しいのも当然と言えば当然の事である。


『だからクソガキと言うな!私の心のライフポイントはゼロを通り越して若干マイナスだぞ!!
 まぁ、其れはある意味自業自得であるから仕方ないとして……私が何者か……そうだな、先ずは私の身分を明らかにせねば話も出来ないか――訳あって本名と素顔を明かす事は出来ないが、私は国際IS委員会のシークレットエージェント。コードネームを『M』と言う。』


「国際IS委員会の……」

「シークレットエージェントですってぇ!?」


先程の戦闘に続いて夏月にクソガキ呼ばわりされた事にMは可成りショックを受けたようだが、なんとか気を持ち直すと『本名と素顔を明かす事は出来ない』と前置きしてから自身が『国際IS委員会のシークレットエージェント、コードネームM』と言う事を明らかにした。会話が出来ると言う事はモニターは『オンライン会議モード』になっているのだろう。
其れを聞いた会議室に居た面々は全員が驚きを隠せないようだった――国際IS委員会のシークレットエージェントと言うのは、委員会お抱えのエージェント組織であり、その活動内容は諜報活動からISを使った犯罪の未然防止、要人の警護まで幅広く行っており、構成員は知能や戦闘力がずば抜けていると言われている。
だが、その活動は完全に人目に付かないモノであり、実際にシークレットエージェントの活動を目にした者は存在していない――要人警護に当たる際も、映画顔負けの特殊メイクで素顔を隠している為、エージェント達の素顔を知っているのは国際IS委員会の、其れもシークレットエージェントの司令官のみであるが故に、国際IS委員会のシークレットエージェントは半ば都市伝説の様な存在ともされているのだ。
そんな存在が画面越しとは言え現れたとあっては驚いて然りだろう。


「国際IS委員会のシークレットエージェント……更識でも其の存在は掴み切れていないのだけれど、まさか本当に存在していたとはね?
 だけど貴女の言う事が本当だとして、そのシークレットエージェントがIS学園を襲撃した理由は何?国際IS委員会が直轄の組織とも言えるIS学園を襲撃する理由は存在しないと思うのだけれど?」

『あぁ、其れは実に簡単な話だよ第十七代更識楯無殿。
 此度の一件は、世界に二人しか存在しない男性IS操縦者の身の安全を考えての事……国際IS委員会が行った、抜き打ちのIS学園のセキュリティチェックと言う奴だよ。事前の通達無しの抜き打ちテスト、本物の襲撃さながらの緊張感を味わって貰えたかな?』


「「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」」


楯無の言った事はこの場の誰しもが思った事だったが、Mから返って来たのはまさかの『抜き打ちのIS学園のセキュリティチェック』と言う斜め上の答えだった……抜き打ちであるのならばIS学園の人間が誰も此の事を知らなかったのも頷けるし、現場は本番同然の状況になるのだから予定されていた訓練とは違い本当の緊急時と略同様の対応になるので、真のセキュリティ能力を評価する事にも繋がるだろう。


『IS学園の皆さん、此度は国際IS委員会の急な取り決めにより混乱を招いてしまった事を、お詫びいたしますわ。』


更に此処で新たな人物がモニターに現れたのだが、其れを見た夏月と更識姉妹はMが何者であるかを明かした時以上に驚愕の表情を浮かべる事となった――モニターに新たに現れた人物は嘗て更識のエージェントとして『時雨』の名で働き、現在は亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』の隊長にして夏月の義母であるスコール・ミューゼル、その人だったのだから。










夏の月が進む世界  Episode20
『Nach dem Angriff war er vielfältig, wirklich vielfältig』










Mが何者であるのか、そして今回のIS学園の襲撃がなんだったのかが明かされた上で、モニターに現れたスコールは蠱惑的な笑みを浮かべており、多くの男性を虜にしてしまいそうな怪しい魅力がある……只一つ、着ている服がジャージ(NIKE製)である事を除けば。


「義母さん、何だって其処に居るんだよ!?」

『フフフ、久しぶりね夏月、元気そうで安心したわ。
 何で其処に居るかって言われても、私は国際IS委員会のシークレットエージェントを取りまとめている存在だからとしか言いようがないわ……若しかして言ってなかったかしら?』


「今初めて聞いたよ!てか、何でジャージなんだよ!?あのセクシーなドレスとは言わないけど、せめてレディースのスーツで出て来るところだろ此処は!!」

『かたっ苦しい格好とか好きじゃないのよ実は……パーティとかでもドレスコードがなかったら、其れこそジーパンとTシャツで言っても良いと思ってる位だから。』

「否、ドレスコードが無くても其れは普通にアウトだから!」


スコールの服装は兎も角として、スコールが国際IS委員会の一員であった事は夏月も今聞いた話なのだが、其れは国際IS委員会には亡国機業のエージェントが入り込んでいると言う証でもある……或は既に国際IS委員会は亡国機業が掌握しているのかもしれない。
尤も亡国機業は一般的には『目的の為ならば手段を選ばない冷酷なテロリスト集団』として認知されているが、その実態は歴史の裏で戦争の勃発と終結を管理して来た(世界人口が増え過ぎて経済が困窮した時には増えすぎた人類を減らす為に戦争を起こさせ、兵器の製造と使用によって経済を回転させ、世界人口が一定数以下になったところで戦争を終結させ経済の安定化を行って来た……第二次世界大戦だけは日本を恐れたアメリカをはじめとする欧米とロシアが日本に戦争を仕掛けさせるように仕向け、其れに乗った日本政府が暴走した結果なのでノーカンだが。)、世界の秩序を保つ為の組織なので、今や世界的な『力』の象徴となっているISの管理を行っていたとて何ら不思議はないのだが。


「彼女が君の母君なのか夏月?其れにしては随分と若く見えるが……」

「俺と義母さんは血は繋がってない……俺は養子なんだよ。
 俺はガキの頃に両親が事故で他界して、親戚筋をたらい回しにされた末に十歳まで孤児院で過ごしてな……俺が十歳の時に、当時二十歳だった義母さんが孤児院にやって来て俺を引き取ってくれたんだ。
 義母さんは白騎士事件の時に大怪我を負って、そのせいで子供が作れない身体になっちまったらしいんだけど、どうしても子供を諦める事が出来なくて、俺を養子として迎え入れてくれたって訳さ……本来なら、夏月・ミューゼルになるところなんだけど、義母さんは俺の本当の両親との唯一の繋がりである『一夜』の姓は残してくれたって訳だ。」

「……君の予想外に重い過去に私は驚いているよ。」

「私も同じく。」

「同時に三号♪」


夏月の説明にロラン、ヴィシュヌ、グリフィンは少しばかりの驚きがあった様だが、夏月が織斑一夏である事を知っている更識姉妹と布仏姉妹、鈴と乱は『この設定なら納得出来るわね』と言った感じだった。
尤も、スコールが現れたからと言って、彼女達が国際IS委員会のシークレットエージェントであると言う事が証明されたわけではないが、此処で箒のスマホに束からのメールの着信があり、そのメールには添付ファイルとして『国際IS委員会のメンバーの詳細』が記載されており、其処には確かに『シークレットエージェント司令官』として『スコール・ミューゼル』の名が記されていたので、そのメールを見せられた学園の人間はスコールとMが国際IS委員会のシークレートエージェントである事を認めるしかなかったのだ……ISの生みの親にして世紀の大天才の大天災が調べ上げたのならば其処には1mmも疑う余地は無いのである――アメリカのFBIやCIA、ロシアのKGB、イギリスのMI6に、国際警察のインターポールですら行方を掴めていないにも拘らず、各国の企業にISコアを提供し続けている束の能力は疑いようもないのだから。
それは同時に、其れ等の組織から束の存在を秘匿し続けている更識の隠蔽能力も相当に凄いと言う事になるのだが。


「ふむ……貴女達が国際IS委員会のシークレトエージェントであると言う事は裏が取れたので信じましょう――して、抜き打ちテストの結果、IS学園のセキュリティ体制は如何なモノでしたかな?」


ともあれ、箒が着信したメールの添付ファイルによってスコールが国際IS委員会のシークレットエージェント部隊の長である事は真実と分かったので、学園長の轡木十蔵は、IS学園の体制は如何だったかを問う。
抜き打ちテストだっただけに、その結果は気になる事だろう。


『そうだな……先ず、生徒達の動きには文句の付けようがない、百点満点だったよ。
 アリーナを強襲した私ともう一人…彼女のコードネームはNと言うのだが、我々には一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが対処して一般生徒が避難する時間を稼ぎ、織斑秋五、篠ノ之箒、更識簪、凰鈴音は生徒の避難誘導を率先して行い、ロランツィーネ・ローランディフィル……いったー!舌噛んだ!改めて……ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、凰乱音、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、グリフィン・レッドラム、ダリル・ケイシーがアリーナの扉を破壊して生徒の避難経路を確保して避難シェルターへの誘導を行い、山田真耶教諭は避難シェルターの入り口を解放して生徒をシェルターに誘導していたからな。
 私とNに対応した一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーも見事だった……私達を制しながら、其れでも客席に影響が及ばないように私達の意識を自分達に向けさせていたからな?尤も無言での連携には少しばかり度肝を抜かれたがな。
 本来は保護すべき男性IS操縦者がよもや此れほどの力を持っているとは思わなかったが……だが、教師部隊の対応に関しては苦言を呈さずには居られんな此れは?
 アリーナに通じる通路の扉のロックが解除されて、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、凰乱音、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー、グリフィン・レッドラムの六名が即フィールドに出て来たのに対し、教師部隊が出て来たのは其れから一分後……些か対応が遅くないか?』


「ふむ、生徒よりも遅れて突入と言うのは流石に問題ありとしか言いようがない……何故突入が遅れたのか理由を聞きましょうか?」


その結果は、Mは生徒と真耶の動きには文句なしの百点満点を言い渡しながらも、教師部隊の動きに関しては苦言を呈して来た……確かに、ロラン達がフィールドに突入してから一分後にフィールドに突入すると言うのは致命的な対応の遅さであると言えるだろう。
此れは流石に十蔵も看過する事は出来ず、教師部隊に初動対応が遅れた理由を問うたのだが……


「部隊の訓練の度に織斑先生の言う事が異なるので、どうすれば良いのか分からなかったんですよ!」


それに対する答えはこれまた斜め上を行くモノだった。
『如何言う事か』と十蔵が聞けば、教師部隊の隊員は『教師部隊の訓練の度に、織斑先生の指示が二転三転するのでどうすれば良いのか分からなかった』と言うのだ……教師部隊は月一で日曜日に『IS学園が外部からの襲撃を受けた』と言う想定で訓練を行っているのだが、その訓練の度に千冬の指示は異なっていた事で教師部隊は現場で混乱したと言うのだ。

更に話を聞いて行くと、千冬は隊員からの指示を仰ぐ通信があった時には『其れ位は現場で考えて行動しろ!』と言ったにも拘らず、実際に隊員が現場の判断で動いたら動いたで『私の指示なく勝手な事をするな!』との滅茶苦茶な指揮を行っていたのだ――此れでは真の有事の際に教師部隊が如何すれば良いのかと迷ってしまうのも仕方あるまい。


「指示が二転三転って、最悪の上司の極みじゃねぇか其れ?こんなのが上司だったら、俺は即刻辞表を提出して次の就職先を探しちゃうぜ……こんなのが隊長とか教師部隊の先生達に同情しちゃうね流石に。」

「隊員が優秀でも指揮官が無能では部隊も正常に機能しないわよね……ダメね此れは。」

「一夜……更識姉……!!」

「現場での判断に委ねるのか、自分の指示を優先するのか、何方かハッキリさせておかないんじゃ、其れは確かに動き様がないよね……指示を仰いでも自分の判断で動いても注意されるってのは僕も如何かと思いますよ織斑先生?」

「織斑~~~~~~!?」


此処で夏月と楯無が一発かましてくれたのだが、秋五が正論で追撃を行った事に千冬は酷く驚いた……夏月や楯無が何か言ってくるかもしれないとは思っても、秋五まで自分の事を批判する発言をするとは夢にも思っていなかったのだろう。
だが実際に千冬が行っていた事は大問題以外のナニモノでもない――指示を仰いだら現場の判断で動けと言われ、現場の判断で動いたら指示なく勝手な事をするなと咎められる。教師部隊の隊員も此れではどうしようもないだろう。
加えてその矛盾を指摘したら指摘したで、今度は『今は何方を行うべき位は自分で判断しろ!其れと私の言う事は絶対だ!』と無茶苦茶な事まで言っていた事が教師部隊の隊員が暴露し、そのあまりの横暴さに其の場に居た全員が呆れかえったほどである。


「……教師部隊の訓練の内容については織斑先生から提出された報告書に目を通していたのみでしたが…その結果がこれとは、此れには私にも責任がありますがあまりにも酷過ぎますね?
 政府からの要請で織斑先生を教師部隊の指揮官とし、有事の際の指揮権を与えていましたが今回の一件を考えると貴女にその権限を与えておくのは間違いであったと言わざるをえません……とは言え、政府からの要請では私の一存で貴女の指揮官の地位と指揮権を剥奪する事は出来ませんが……」

『国際IS委員会は、今回の事をセキュリティ上の重大な欠陥と認め、IS学園に対して即刻教師部隊の指揮官の変更を要請致しますわ。』


一つ溜め息を吐いてから十蔵はそう言うとモニターに視線を向け、スコールも心得ているとばかりに『国際IS委員会からの要請』と言う形で、事実上の千冬の指揮官解任を十蔵に言い渡す。
IS学園の学園長の一存では日本政府の要請によって指揮官に据えられた千冬を指揮官から解任し、別の誰かを指揮官に指名する事は難しいが国際IS委員会からの要請となれば話は別だ。
国際IS委員会は、『IS界の国連』とも言われている組織であり、委員会が決定した事には各国政府も正当な理由がない限りは拒否は出来ない……それ故に、委員会のメンバーは委員会に加盟している各国の代表が務め、特定の国だけが利を得るような案件が出ないようにしているのだが。


「少し待って下さい学園長!私が指揮官を解任されるなど納得行きません!悪いのは私ではなく、指揮官の考えを真面に読む事も出来ない隊員の方でしょう!?」

「そんな事を言ってる時点で貴女には指揮官としての資格がありませんわよ織斑先生?
 指揮官とは部下の行動全てに於ける責任を背負わなければならない存在との自覚はおありですか?己の無能を部下のせいにするとは言語道断であり厚顔無恥と言わざるをえませんわ……あぁ、そもそもにしてお金で直せるアリーナの扉と、お金には代えられない生徒の命の何方の方が大切かを分かっていない時点で指揮官としての資格は微塵もありませんでしたか――七つも年下の小娘に言われて漸く気付いて教師部隊に雑な指示を出したくらいですものね?」


無論己が指揮官を解任される流れになっている事に千冬は抗議の声を上げるが、其れは楯無がバッサリと一刀両断。しかも只一刀両断するだけでなく、千冬がドレだけ指揮官に向かないかを更に明らかにした上でだ……若干千冬を蔑むような言い方になっているのも、暗部の長として様々な現場で指揮を執って来た経験があるだけに、千冬の『本当の現場を知らない名ばかりの指揮官』ぶりに怒りを覚えたからだろう。


「更識姉、貴様……!」

「静粛にしなさい織斑先生!貴女の指揮官解任と指揮権の剥奪は最早決定事項です!IS委員会からの要請とあっては無視出来ませんし、この要請には拒否する正当な理由もありません!
 現時点を持って織斑先生を教師部隊の指揮官から解任し、同時に有事の際の指揮権も剥奪します!教師部隊の後任には……さて、誰が適任でしょうかね?」

「学園長、発言を宜しいだろうか?」

「ローランディフィルネィさん、なんでしょうか?」

「教師部隊の新たな指揮官に、私はマヤ教諭を推薦したい。
 今回の件で、マヤ教諭は他の教員の誰よりも早く動いて避難用のシェルターを使えるようにしていた――突然のアクシデントの中でも冷静さを失わずに己のすべき事を的確に行い、生徒達の安全を確保したマヤ教諭こそ教師部隊の指揮官として相応しいと思うのだが如何だろうか?」


楯無のモノ言いに千冬がキレかけたが、十蔵は其れを黙らせると、新たな教師部隊の指揮官を誰にするかと言う話になったところで、ロランが真耶を推薦して来た。
確かに真耶は放送室で試合の解説なんかを行っていたにも拘らず、M達が乱入して来たのを見るや否や放送室を飛び出して避難シェルターを使えるようにする為に動いていたのだ。此の行動力と決断力は指揮官としても申し分ないだろう。
推薦された真耶は『私ですかぁ!?』と驚いたが、ロランに続いて夏月、更識姉妹に布仏姉妹、ヴィシュヌ、グリフィン、鈴と乱、秋五、箒、セシリア、フォルテにダリルに加え、教師部隊の隊員からも『山田先生を是非!』との声が上がり、此れを聞いた十蔵は軽く頷くと、真耶に対し『山田先生、貴女を教師部隊の指揮官に任命すると同時に有事の際の指揮権を織斑先生より譲渡します……更識楯無君と協力して、学園の安全を守って下さい』と言って真耶を新たな指揮官として任命する。
それに対し、真耶は少しばかり戸惑ったモノの、直ぐに表情を引き締めて『誠心誠意務めさせて頂きます』と教師部隊の新たな指揮官に就任する事を受け入れた。
数年前の真耶であったら拒否しただろうが、千冬に対して『憧れの先輩』のフィルターが無くなってしまった今の真耶には千冬の後釜として教師部隊の指揮官になる事に驚きはあれど拒否する理由は無かった……憧れていただけに、その本質を知ってしまった際の失望は大きかったと言う事なのだろう。


「ふざけるな!納得出来るかこんな事!」

「テメーが納得出来るかどうかは問題じゃねぇんだよ。此れは既に決定事項なんだから大人しく受け入れとけやDQNヒルデ。」


尚も往生際悪く喚く千冬だったが、夏月が延髄に的確な手刀を叩き込んで意識を刈り取る……その手刀は恐ろしく速いモノで、物凄い実力がありそうな雰囲気を醸し出していながら実は名前も貰えなかった某漫画のキャラクターが『俺でなけりゃ見逃しちゃうね』と言うレベルのモノだった――更識の実働部隊の一員である夏月は、『ターゲットを確実に行動不能にする術』を確りと身に付けているのである。


「姉さんの意識を刈り取るとは、やるね夏月?それと、DQNヒルデってのは中々のネーミングだと思うよ。」

「色々修羅場潜ってるからな俺……そして、DQNヒルデに弟君からの公認貰いました!薫子先輩に今回の一件リークして校内新聞で盛大に書いて貰うとすっか?」

「そうだね……今回の事は正義のパパラッチに盛大に報じて貰うとしようじゃないか。」


秋五は秋五で夏月が千冬を落とした事に抗議する事もなく、寧ろ一撃で千冬の意識を刈り取った事を賞賛し、『DQNヒルデ』のネーミングも評価していた……一夏の死を境に自分を変えようとして思った事は躊躇せずに言葉にするようになった事で秋五は千冬の独裁的な性格に気付き、血の繋がった唯一の家族であるにも関わらず『手放しで信用出来る存在ではない』と思うようになっていたのだ。
加えて、今回の一件を夏月が新聞部の黛薫子にリークする気でいるらしく、そうなれば千冬の教師部隊の指揮官解任と無能さはIS学園全体に知れ渡る事になり千冬の評価はダダ下がりになるだろう……学園内に一定数存在する『ブリュンヒルデの崇拝者』はその記事を認めはしないだろうが。
千冬がKOされた事で、その後の報告会はスムーズに進み、その中でアリーナに閉じ込められた秋五達から『同じ様な事が起きた時の為に、アリーナの観客席の扉は外部ハッキングを受けてロックされた場合は、内側から手動で開けられるようにした方が良い』との意見が上がり、十蔵もその意見を受け入れ、扉を補修する際に内側からの手動でのロック解除機構を取り付ける事を決めた。同時に、アリーナのバトルフィールドに直結する通路の扉にも外部ハッキングでロックされた際には手動でのロック解除が出来るようにする事も決定された――だけでなく、アリーナのシールドも強化する方向で話は纏まった。

今回の襲撃は、まさかの国際IS委員会が行った抜き打ちのセキュリティチェックだったが、其のお陰でIS学園のセキュリティは強化されたと言えるだろう――同時に今回の一件で千冬はIS学園に於ける『力』の一端を失ったのであった。
……マドカのサイレント・ゼフィルスについてセシリアが言及した部分もあったが、マドカが『強奪された機体を私が奪取し、その報酬としてイギリス政府から正式に譲渡された』と言って納得させた……セシリアもイギリスに即問い合わせたら、其れは紛れもない事実だったので、マドカに詫びを入れて事なきを得たのだった。








――――――








IS学園との通信を終えたMことマドカは実に満足そうな表情を浮かべていた。


「ククク、見たかスコール、織斑千冬のあの無様な姿を?
 アレが私のオリジナルかと考えると少しばかり情けないが……何れにしても奴が無能である事は明らかになった訳だ――ブリュンヒルデの称号も大した事は無いとしか言いようがないな?マッタク持って情けない事この上ないぞ。」

「マッタク持ってその通りだけれど……夏月と秋五君に、貴女が姉であると言う事は伝えなくて良かったのかしら?」

「伝える心算だったのだが、織斑千冬の意識が吹っ飛んでいるのでは意味が無いから止めた……夏月は己の出自を先代の楯無から聞かされているだろうとお前から聞いているからアレだが、織斑千冬は中途半端に過去の記憶が残っているらしいとの事だから私が夏月と秋五の姉だと告げれば壮大に混乱してくれるだろうけれど、意識が吹っ飛んでいるのであれば其れを聞かせる事も出来んからな……今回は奴の力の一端を捥ぐ事が出来たと言う事で満足しておくさ。」


本当ならば千冬の前で夏月と秋五に対して『姉である事』をぶちまける心算だったみたいだが、夏月が千冬の意識を刈り取ったので止めたらしい……其れでも千冬の一端を捥ぎ取る事が出来たので今回の一件はマドカにとっては充分な成果であったのだろう。


「其れよりもスコール、更識姉妹と布仏姉妹だけでなく、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、グリフィン・レッドラム、凰乱音、凰鈴音の五人は見所があるぞ?アイツ等も此方側に引き込みたい位だ。」

「そうね……でも、彼女達ならば夏月も『仲間』と認識しているでしょうから、時が来たら夏月と一緒に此方に来ると思うわ――其の時の為にも、準備を進めて行かなければね……取り敢えず、今回の任務は終了。本部に戻るわよマドカ。」

「了解だ。」


最低限の目的を果たしたマドカとスコールは委員会に最低限の報告をオンラインで提出してから外で待っていたナツキと合流すると、夫々専用機を展開して其の場から離脱し、亡国機業の本部へと戻って行った……果たして亡国機業の目的はなんであるのか、其れは現時点では亡国機業の幹部しか知り得ない事だろう。








――――――








会議室での一件が終わった頃には午後六時半を突破していたので、夏月達一行は其のまま食堂に直行して夕飯タイムとなり夫々が好みのメニューをオーダーしていたのだが……


「俺は、元祖スタミナ丼の辛口を特盛で。
 其れが飯で、おかずはマスタードメンチカツと麻婆春雨と鯖の塩焼きとニラレバ炒め、其れからエビ焼売と鯵の南蛮漬けと鶏モモ肉の山賊揚げで宜しく。あと味噌汁の代わりに味噌ラーメン、牛乳はパックで。」

「私はね~……和風ステーキ丼を特盛の肉二倍で!
 其れがご飯で、おかずはトンカツと唐揚げとハンバーグとベーコンステーキと鴨のコンフィ!でもって味噌汁の代わりにビーフシチュー、牛乳はパックで宜しく!」


夏月とグリフィンのオーダーが大分バグっていた。グリフィンのオーダーに至っては全部肉で、牛、豚、鳥のコンプリートメニューである。
此の二人の大食漢っぷりは既に周知の事実であるが、其れにしても今日の夏月は何時もよりも更に量が多い……一番大きなトレー二つでも足りないので、キッチンカートが登場した位なのだ。
『此処は一体何処の大食い大会の会場だ?』と思う位にテーブル一杯に並んだ料理を前に『いただきます!』の挨拶と同時に夏月もグリフィンも食事を開始!
勿論何時ものメンバー+ヴィシュヌもすぐ隣のテーブルで食事をしているのだが如何せん此の二人は注文した量がハンパなく多いので、見慣れていてもついつい其方に視線が向いてしまうのは致し方ないだろう。特に夏月は何時もにも増して量が多いのだから尚更だ。


「夏月君、今日はまた一段と凄いわねぇ?」

「三試合だけじゃなくて、プラスアルファの戦いがあったから余計に消耗しちまった感じなんだよ今日は。
 特にヴィシュヌとは本気のガチで、ISのパワーアシストほぼ無しの格闘戦やったから余計にだな……自分で作り上げといて言うのも何だけど、持久力と瞬発力の両方を併せ持った筋肉で構成された身体ってのは恐ろしく燃費悪いモンだぜ。」


何時もよりも更に量が多いのにはキチンと理由があったようだが、普段よりも動いたからと言って食事量がほぼ倍になると言うのは燃費の悪い身体では済まないだろう……其れも此れも、夏月が独自のトレーニング方法で全身の筋肉を速筋と遅筋の双方の利点のみを併せ持つ筋肉に変えてしまっているからなのだが。
因みに速筋と遅筋の利点のみを併せ持っている筋肉はどんな人間にも全身の筋肉に僅か数%だけ存在しているのだが、普通はこの筋肉の割合は生涯変える事は出来ない――しかし、夏月の場合は織斑計画で生まれた存在であるが故に、全身の筋肉を此の最高の筋肉オンリーにする事が出来たのだ。
『最強の人間を作る計画』により様々な遺伝子操作を行われた身体は通常では有り得ないポテンシャルを秘めており、その中でも特に異質な『イリーガル』だった夏月は独自のトレーニングによって製作者ですら想像していなかったであろう究極の肉体を得るに至ったのである……燃費の悪さと引き換えにではあるが。


「グリ姉さんもよっく食べるわよね~~……なのに全然太らないって、その栄養何処に行ってるってのよ?」

「胸かな?実は私の胸は栄養貯蔵庫で、食べる物が無くなった時は此の胸に蓄えられた栄養を消費して生き永らえるんだよ♪だから一週間何も食べなかったら胸無くなると思う。」

「んな訳あるかぁ!!アンタはラクダと人間の合いの子かーい!!」


グリフィンもグリフィンで相当に燃費の悪い身体をしているのだが、彼女の場合は生まれつきエネルギー消耗が大きい『赤色細胞』の割合が普通の人間よりも多いと言うのが理由なのだろう。
『痩せの大食い』と言う程には細身ではないグリフィンだが、其れでも此れだけ食べて均整の取れた抜群のプロポーションを維持しているのだから、世の女性からしたら羨望の的だろう。

適度に会話をしながらも夏月とグリフィンは注文したメニューを次から次へと平らげて行く……其れも決して無理をしている様には見えないのだから凄いとしか言いようがない。この二人ならばあのギャル曽根にも引けを取らないだろう。


「すんませーん、マグロユッケ丼の特盛とカルビの鉄板焼きと鯖の竜田揚げ追加で!」

「追加注文で、ナムルカルビ丼の特盛と豚キムチ炒めとチキングリル宜しく♪」

「うっそだぁ!?」

「胃袋が甘いぜ、お留守だぜ、がら空きだぜ!」

「此処まで来ると、最早夏月とレッドラム先輩の胃袋は宇宙ではなく何でも吸い込むブラックホールですね……」

「ブラックホール……巧い事言うわねヴィシュヌちゃん?入って来た食べ物を吸い込んだ上で破壊する事で即消化して腸へ送る……正にブラックホールだわ。」


最初に注文したメニューを全て平らげた上で、夏月とグリフィンはさらに追加注文を行い、そしてその追加注文もペロリと平らげてしまったのだから大したモノであると言わざるを得ないだろう……もしも夏月とグリフィンが本土にある『食べ放題の店』を訪れたら、間違いなく料金の元を取るどころではない食べっぷりを発揮して閉店に追い込んでしまうかも知れない。或はチャレンジメニューを余裕で制覇して出禁になる可能性も無きにしも非ずだろう。
なんにしても、夕食タイムは平和に過ぎて行ったのだった。








――――――








夕食後は、食休みを挟んだ後にお風呂タイムであり、場所は現在女子生徒の特権である大浴場――男子生徒用の大浴場も急ピッチで建造されているが、完成はドレだけ早くてもゴールデンウィーク明け以降になるので夏月と秋五が広い風呂を堪能出来るようになるのはまだ先だ。
その大浴場の浴槽にて、ヴィシュヌはゆったりと身体の疲労を癒していた。


「(一夜夏月……無手の格闘で私と互角以上に戦った人は随分と久しぶりでしたね――彼の強さは本物でした。)」


その脳裏に浮かぶのは夏月の事だった。
ヴィシュヌは祖国で母が営んでいるムエタイ道場では最早敵なしの状態になっており、同世代の男子だけでなくプロデビューを間近に控えた選手ですら圧倒してしまうだけの実力があるのだが、夏月はそんなヴィシュヌと互角以上に渡り合って見せたのだ……初めて会った己と互角以上に戦える男性、其の存在にヴィシュヌはスッカリ心を奪われてしまったようだ。


「隣、失礼するわねヴィシュヌちゃん。」

「サラシキ会長……いえ、大丈夫ですよ。」


其処に現れたのは楯無だ。
ヴィシュヌの隣に腰を下ろすと全身を浴槽に浸け……


「ヴィシュヌちゃん……貴女、夏月君の事が好きになっちゃったのよね?」

「へ?へ……あぁぁぁぁぁぁ!?///


直球ドストレートな爆弾を投下し、其れを聞いたヴィシュヌは瞬間沸騰し、耳の先まで真っ赤になってしまった……夏月の事が気になっていたのは間違いないが、其れが何かを自覚していなかったヴィシュヌにとって、この爆弾は強制的に夏月への恋慕を自覚させる事になった訳である。


「あの、その、其れは……」

「あらあら、恥ずかしがる事は無いわよ?夏月君はとても魅力的だから貴方が惚れたとしても其れは無理のない事だわ――優秀な雄を欲するのは、雌として当然の事ですもの。
 かく言う私も夏月君に惚れている……いいえ、私だけでなく簪ちゃんにロランちゃん、鈴ちゃんと乱ちゃんとグリフィン……少なくとも現状では六人の人間が夏月君にLOVEの方向での好意を抱いているのだからね。」

「そんなにですか!?」

「そうなのよ……そして、この六人は抜け駆け禁止の『乙女協定』を結んでいるの――貴女も夏月君に惚れてしまったのならば乙女協定の一員になったと言う事でもあるわ。
 夏月君に惚れていて尚且つ相応の実力を持っている事が乙女協定加入の条件なのだけれど、貴女は其の双方を満たしているからね……因みに、乙女協定に加入すると、特典として夏月君お手製のお弁当がランチになります!」

「其れは、とても魅力的な特典ですが……抜け駆け禁止の乙女協定、私も加入させて頂けますか?私は夏月が好きになりました……この思いは本物ですので。」

「はいは~い、一名様追加で♪」


己の思いを自覚したヴィシュヌは『乙女協定』に加入し、同時に何れ可決されるであろう『男性IS操縦者重婚法』が世に発表されたその時には、夏月にはイキナリ七人もの婚約者が出来上がる可能性がある訳だが……逆に言えば夏月は七人もの極上の美少女を虜にするだけの魅力がある男だったと言う事なのだろう。
其の後のお風呂タイムは、楯無とヴィシュヌが互いに背中を洗いあったり、併設のサウナでタップリ汗を掻いた後で水風呂にダイブし、またサウナに入ると言うフィンランド伝統のサウナ術を堪能した後に風呂から上がり、脱衣所にある自販機で風呂後の定番である牛乳を購入して飲み干してターンエンド。因みに楯無はコーヒー牛乳でヴィシュヌはフルーツ牛乳だった。








――――――








シャワーを浴び終えた夏月が着替えて部屋に戻ると、大浴場での入浴を終えたロランがラフな寝間着姿で待っていた――だけでなく、其の手には二本の缶が握られていた。


「今日はお疲れ様だったね夏月?偶には如何だい?」

「オイオイ、俺らはまだ未成年だぜ?ビールはヤバいんじゃないの?」

「心配ご無用さ、此れはノンアルだよ。」

「ノンアルなら問題ねぇな……つまみは?」

「オイルサーディンの缶詰じゃダメかい?
 缶詰を皿にあけただけと言うのは味気ないので、フライドガーリックの粉末と一味唐辛子、ブラックペッパーを追加してみたのだが……」

「いや、上等だ。」


ロランが手にしていたのはノンアルコールビールだった――本物のビールだったら大問題であるが、アルコール度数0%のノンアルであれば未成年であっても飲む事は出来るので問題無しだ。
そして、ロランが用意していた肴も中々のモノであると言えるだろう……オイルサーディンの缶詰は酒の肴としては最高クラスのモノなのだが、其処にフライドガーリックの粉末と一味唐辛子、ブラックペッパーを加えたとなれば(ノンアルとは言え)ビールのお供には最高であると言えるのだから。


「君の今日の活躍に敬意を表して……乾杯。」

「乾杯。」


こうしてノンアルコールの飲み会が始まった訳だが、夏月もロランも大いに盛り上がり、ノンアルコールであるにも関わらず場の雰囲気で気分的はスッカリ酔ってしまい、最終的には床で寝る事になったのだが、その顔は満ち足りたモノだった。
そして翌日、新聞部が発行した『IS学園通信』の最新号には夏月達の活躍を伝える記事だけでなく、千冬が教師部隊の指揮官を解任され、指揮権も剥奪されたと言う記事も見出し付きで掲載された……この記事によって、『ブリュンヒルデ』の幻想が崩れて行くのは間違いないだろう――其れは其れとして、ノンアルの酒盛りを楽しんで床で寝てしまった夏月とロランは夜中に目を覚ました後に、今度はちゃんとベッドに入り――


「お休みロラン、良い夢を。」

「君もまたいい夢をだよ夏月。」


互いに『良い夢を』と言って再び眠りに就いた……マッタク持って予想外の乱入はあったが、夏月達にはある意味で貴重な経験が出来たとも言えるだろう。
此度のIS学園襲撃事件は抜き打ちの訓練だったとは言え、一人の怪我人も出す事なく完了する事が出来たのだから……そんな日は来ないに越した事はないのだが、若しも本当にIS学園が外部からの襲撃を受けたとしても夏月達ならば学園を護る事が出来る筈だ。

因みに、クラス対抗戦の優勝賞品である『学食デザートフリーパス券』は、夏月とヴィシュヌに襲撃者を抑えた報酬として学園長から直々に渡されたのだった。











 To Be Continued