クラス対抗戦一年生の部のラストマッチに突如として現れた乱入者――アリーナのシールドをブチ破って現れただけにトンデモナイ相手だと言うのは間違いないのだが、管制室にて誰よりも早く動いたのは楯無だった。


「虚ちゃんは現状確認、本音はアンノウンの機体照会を急いで。」


アリーナ内の煙が晴れて乱入者の姿が明らかになると、虚と本音に指示を飛ばして現状の確認と乱入者が使用している機体の詳細を調べるように指示を出し、虚と本音も凄まじいスピードで管制室のコンピューターのコンソールを叩いて必要な情報を洗い出して行く……そのスピードと正確さは管制室に居る教師陣を上回り、此の二人は更識姉妹の従者とは言え、暗部の一員である事を改めて認識させてくれるようだ。


「現在、観客席の扉とバトルフィールドへの通路の扉、ピットルームのカタパルトのハッチがロックされています。
 ハッキングによるモノと思われますが、現状ではアリーナ内部から出る事も外部から入る事も不可能……現在コントロールの奪還作業中。コントロールを奪還し次第ロックの解除を行いますが、コントロールの奪還とロックの解除の両方には十分は掛かるかと。」

「五分でやって。」

「其れは流石に無理です!」

「十分掛かると言えば十五分掛かるわ。五分の心算でやって十分で上がれば上出来よ。」

「……言ってくれますね。分かりました、やってみます!」

「機体照会かんりょ~~!
 全身装甲の方は該当機体が見つからなかったけど、もう一機の方はイギリスが開発したBT兵装搭載型二号機『サイレント・ゼフィルス』だって~~!なんかね~、ロールアウト直後に誰かに強奪されちゃったみたい~~?」

「強奪されたイギリスの新型機……強奪した犯人か、それとも強奪犯から其れを買ったか或は奪ったか……現状では分からないけれど、何れにしても一筋縄で行く相手じゃないわね。」


虚に対する要求が若干厳しめだが、其れは虚なら出来ると楯無が信頼しているから故の事だろう。
状況を把握した楯無は直ぐに脳内で如何すべきが最適解かをシミュレートする
現れた乱入者は二名だが他にも仲間が居るのか、その中にISを所持している者は何人いるのか、客席に居る生徒の避難を如何に安全を確保しながら行うか、乱入者の相手を夏月とヴィシュヌの二人に任せきりにして良いモノか……ありとあらゆる情報を精査し、取捨選択を行う。この間僅か二秒!


「ピットルームに待機している専用機持ち達に通達!アリーナの観客席とバトルフィールドへの通路の扉が外部ハッキングによってロックされているわ!
 此方でも解除を行っているけれど解除には少しばかり時間が掛かりそうなの。だから貴女達は今すぐ観客席に向かって扉を破壊して生徒の避難誘導を行ってくれるかしら?そして其れが済んだら夏月君とヴィシュヌちゃんの加勢に入って!その際に通路のロックが解除されて居なかったら、其れも破壊してくれて構わないわ!
 生徒会長の権限に於いて許可します!」

「待て更識姉、扉の破壊は許可出来んぞ!」

「生徒の安全確保が第一です織斑先生!生徒の安全と比べたら扉の一枚や二枚大したモノではないでしょう?そんな事を言ってるよりも、教師部隊を突入出来るように準備をしておいて下さい!」

「くっ……」


近くにあったインカムを手に取ると、楯無はピットルームに待機させていた専用機持ち達の機体にプライベートチャンネルで連絡を入れて指示を出し、『扉の破壊を許可する事は出来ない』と言って来た千冬を一喝して黙らせる……千冬は教師部隊の隊長であり、有事の際の指揮権限も持っているのだが、楯無は楯無で千冬とは異なる指揮系統を学園長から直々に持たされているので、立場としては千冬と同等、或は其れ以上であるので千冬の言う事に従う義務もないのだ。
千冬は楯無の言葉に面白くなさそうな顔をし、軽く舌打ちをしてから漸く教員部隊に指示を飛ばす……尤も其れは『教員部隊はアリーナ通路扉前で待機せよ』と言うマッタクもって具体性を欠くモノであり、突入後は乱入者の確保か夏月とヴィシュヌの安全確保の何方を優先すべきか教師部隊が現場で混乱するのは避けられないかもしれないだろう……千冬の指揮官としての能力にはやや疑問があると言わざるを得ないだろう。

『扉の破壊を許可してるならロックの解除は行わなくても良いのではないか?』と思うなかれ。ロックを解除して扉の破壊を行わないで済むのであれば其れに越した事はないので、ロックの解除作業も行っておいた方が良いのだ。
楯無の指示を受けて専用機持ち達も即行動に移ったが、その際にダリルがサイレント・ゼフィルスを見て『アイツは……やるならやるって前もって連絡くれよなスコール叔母さん』と独り言ちていたのは誰も気が付かなかった。










夏の月が進む世界  Episode19
『Besiege den rücksichtslosen Eindringling』










アリーナのバトルフィールドでは夏月とヴィシュヌが乱入者である二人と対峙してた……その際に、夏月は黒雷を完全展開していたが微動だにせず、其れはヴィシュヌと乱入者の二人も同じだ。
先に動けばその分だけ相手に情報を与える事になり、不利になる。故に互いに動かないのだが、この状況が長続きしないのもまた事実……睨み合いが長引けば長引くほど乱入者達の方が不利になる。時間が経てば経つほど、援軍が来る確率が高くなるのだから。


『夏月君、ヴィシュヌちゃん、ロランちゃん達には既に指示を出したけど、フィールドに通じる扉が全て外部ハッキングでロックされているの――悪いけれど、援軍が到着するまでそっちは任せても良いかしら?』

「楯無さん……勿論だ。つか、折角の試合ぶち壊されてキレてるんでね俺もヴィシュヌも……援軍が到着するまでの時間稼ぎとは言わずにコイツ等をブッ飛ばす!」

「私も夏月と同じ気持ちです……其れに倒してしまっても構わないのでしょう更識会長?」

『ヴィシュヌちゃん、其れ死亡フラグよ……でもまぁ、貴方達なら大丈夫だと思うけれどね。
 何時の間にか名前呼びになってた事は後でじ~~っくり聞くとして、今は折角の試合をぶち壊した無粋な乱入者に、貴女達の怒りをぶつけて上げて構わないわ♪
 バッチリやっちゃいなさいな!』


「「イエス・マム!!」」


その状況で楯無からの指示を受けた夏月とヴィシュヌは、『時間稼ぎどころかぶっ倒す』との意思を示すと、通信終了と共にイグニッションブーストで夏月はサイレント・ゼフィルスを纏った少女に、ヴィシュヌは全身装甲の相手に突撃し鋭い飛び蹴りを一閃!
先に動いたのならば夏月とヴィシュヌが不利になりそうだが、夏月が放ったのはムエタイ式の飛び蹴りで、ヴィシュヌが使ったのは空手式の飛び蹴り……試合で使った互いの技を見様見真似で放ったモノであり、夏月とヴィシュヌの本質とは言い難いので、ディスアドバンテージにはなり得ないのだ。


「く……まさか其方から仕掛けて来るとはな……中々良い飛び蹴りじゃないか……!」

「ガードしといてよく言うぜクソチビ!悪いがヴィシュヌとの楽しい時間を邪魔されて俺は過去最高レベルでブチギレてんだ……骨の一本や二本覚悟しとけオラァ!」

「無粋な乱入者には相応の報いを……試合は此れからと言う時に邪魔してくれた事を精々後悔して下さい!」

「此れが拳脚一体の攻撃……実際に体験すると、見るよりも鋭いモノだなムエタイと言うのは……!」


其処からは本格的な戦闘になり、夏月はサイレントゼフィルスの少女――Mに龍牙で斬りかかり、ヴィシュヌは全身装甲の相手――Nに拳脚一体の猛攻を仕掛けて一気に攻め立てる。
無手の格闘も可成りのレベルで修めている夏月だが、その本質は矢張り剣術であり、鞘を使った疑似二刀流でMを圧倒する……それでもMは巧みなコンバットナイフの二刀流で対応してクリーンヒットを許さない辺り、Mの実力も相当なモノであると言えるだろう。


「おいクソチビ、鼻血出てんぞ?まだ俺の攻撃ヒットしてねぇと思うんだけど、襲撃前にチョコレートかピーナッツ食い過ぎたか?」

「フフフ、その何方でもない……お前とこうして面と向かって相対して少しばかり興奮しただけだから心配無用だ!……今はフェイスパーツで隠れてしまっているが顔の傷跡もワイルドで実に良い感じだ!
 お前は私の想像以上に良い男だったみたいだな!出来れば素顔で戦って欲しいのだが?」

「何意味分からねぇ事言ってんだお前!つーかそんなに鼻血出して大丈夫かオイ?」

「鼻血程度、ISの生体保護機能で直ぐに止まるわ!」

「そう言えばそうだった……な!」


Mは何故か鼻血を出していたが、如何やら夏月と相対した事で興奮メーターが振り切れて鼻血が出てしまったらしい……この時点でMは大分ヤバい奴だと夏月は認識したのだが、相手はIS学園を襲撃したテロリストか其れに準ずる存在だと言う事を忘れる事は無く、龍牙と鞘の攻撃をガードさせると鋭い踏み込みから体重の乗った重いケンカキックを叩き込んでMをアリーナの壁まで蹴り飛ばす!夏月は剣術と体術だけでなく、更識の任務で培った実戦的な喧嘩殺法も身に付けているので近接格闘戦に於いて切れるカードは極めて多いのだ。


「はぁ!やぁ!ていやぁぁぁぁぁ!!」

「ぐ……近接戦闘では矢張り分が悪いか――得意な武装が使えないと言うのは、存外厳しいモノだな。」


一方でヴィシュヌもまたNをムエタイで圧倒していた。
Nの機体は射撃と砲撃戦に重きを置きながらもバランスが取れた機体であり、N自身も射撃と砲撃を得意としながらも近接戦闘も出来る遠距離よりのオールラウンダーであるのだが、逆に言うとガッチガチの格闘型に近接戦闘を挑まれると分が悪いのだ……バランス型の弱点は特化型を相手にした場合、得意な状況に持ち込まれると如何にも出来ないと言う点だろう。
バランス型は弱点はないが、特化した能力がない為、一点特化型に得意な分野で迫られると対応出来なくなってしまうのだ――オールラウンダーでありながら特化型を経験と抜群の勝負勘で制する事が出来る楯無は、流石は暗部の長と言ったところなのかも知れないが。


「中々に良い蹴りだが……女の顔面に蹴りかますか普通!いや、その思いきりの良さは好感が持てるが!」

「喧しい!悪い奴に男も女も関係ねぇ!外道は問答無用で顔面陥没じゃあ!テメェは一生流動食になっとけぇ!!」

「この歳で総入れ歯は勘弁だ!」


夏月はMの顔面に体重の乗った見事な喧嘩キックを叩き込み、更に強烈な正拳突きをブチかます……中学時代よりも強くなった夏月の正拳突きの威力は余裕で瓦を十五枚破壊する事が可能だろう。
真面に喰らったら大ダメージは必至だが、追撃の夏月の拳を自ら後ろに飛ぶ事でダメージを軽減したMはBT兵装を展開し、夏月を取り囲む……MのBT兵装操作技術はセシリアを上回るモノだった様で、M自身が動きながらBT兵装を展開して見せたのだ。
BT兵装はそもそもにして極めて高い空間認識能力と、平行思考能力があって初めて扱えるモノであり、大凡専用機に標準装備されるモノではないピーキーな兵装なのだが、イギリスはBT兵装の適性がある代表候補生が二人もいると言う事で其れを開発したのだ――そして一号機であるブルー・ティアーズはセシリアに専用機として与え、二号機であるサイレント・ゼフィルスは二年のサラ・ウェルキンの専用機として譲渡する予定だったのだが、ロールアウト直後に強奪されて今はMの機体となっている……機体の稼働時間は極めて短い筈だが、其れでもセシリアを上回るBT兵装の操作を行っているのを見る限りMの空間認識能力と平行思考能力は代表候補生の其れを上回るモノだと言えるの訳であるが。


「BT兵器か……普通に考えると厄介なんだが、タッグだとそうも言えないんだな此れが――ヴィシュヌ!」

「心得ています、夏月!」


だが、展開されたBT兵装はヴィシュヌがクラスター・ボウの拡散撃ちであっと言う間に撃ち落として粉砕!玉砕!!大喝采!!!
遠距離戦は不得手なヴィシュヌであるが、クラスター・ボウを使った射撃トレーニングは五十時間以上行っているので、クラスター・ボウを使った射撃であれば精度は可成り高いのだ。
同時に此の迎撃はMとNには実に有り難くないモノだったと言えるだろう――何故ならば今の迎撃は、夏月がヴィシュヌ具体的な指示をした訳でなく、夏月の呼び掛けにヴィシュヌが応えたに過ぎないのだから。連携にしても其れは付け焼刃ではなく、其れこそ熟練のタッグの如しだったのである。


「BT兵器が……ふむ、実に見事な連携だが、何故そこまで連携出来る?お前達は今日初めて戦ったのではないのか?」

「あぁ、オレとヴィシュヌが戦ったのは今日が初めてだが、ガチの格闘戦をやったおかげでお互いの考えてる事がなんとな~く分かっちまうんだわ……真の格闘家の拳は口ほどにモノを言うってな!
 ガチで拳を交えた俺とヴィシュヌの間には、戦闘限定で言葉なんぞ必要ねぇんだよクソチビ!ソイツを其の身に刻んどけぇ!!」

「えぇい、クソチビと呼ぶなぁ!!」

「だったらクソガキだボゲェ!!」

「クソォ、仕方ないとは言え終いにゃ泣くぞ!!母さんに言いつけてやる!」

「小学生かテメェは!」


間髪入れずに夏月の鋭い横蹴りがMに炸裂しヴィシュヌの凶器の膝蹴りがNに炸裂するが、MもNも自ら蹴りの流れに乗る感じで動く事でダメージを軽減しシールドエネルギーの消費を最小限に止め、Nが搭載されている火器を全開にしてのフルバーストで反撃を行い、其処にMがナイフで斬り込んでくる――その攻防は正に一進一退と言ったモノであり、此の戦いが決着するにはまだ少し時間が掛かるみたいである。








――――――








同じ頃観客席では、突如の乱入者に混乱して、我先にとアリーナの外に出ようとした生徒で扉前は大混雑となっているかと思いきや、意外な程に生徒達は落ち着いて避難行動を行っていた。
その立役者となったのは秋五と箒、そして己の試合を全て終えて観客席に来ていた簪と鈴だった。
乱入者二人がアリーナのシールドを突き破って現れた直後は生徒達も突然の事に驚き、現場は騒然となり、夏月とヴィシュヌが戦闘を始めてからは『試合』ではない『戦い』の迫力に足が竦んでしまう生徒も居たのだが、其処で声を上げたのが秋五達だった――『あの二人と戦ってるなら此方に意識を向ける可能性は高くない』と言って夏月とヴィシュヌが戦っている間は逆に自分達が狙われる確率は低いと言う事を伝えて生徒達を落ち着かせ、四つのグループに分かれて夫々別の扉まで避難誘導させたのだ。
四つのグループに分けて別々の扉に誘導したのは、一箇所に大人数が殺到したら最悪怪我人が出る事態になり兼ねないと考えたからである。
更に抜群のタイミングで一組の生徒にはロランから、二組の生徒には乱からクラスのグループLINEで『扉を破壊する!』とのメッセージが送られ、即座に扉前に集まった生徒で其れを共有し、アリーナの扉から離れる。


そして次の瞬間、二つの扉が斬り裂かれ、一つの扉は真っ赤に熱された次の瞬間に凍り付いて砕け散り、一つの扉は文字通り吹き飛んだ――ロランが轟龍、乱がコンボ武装ユニット『雷鳴』のブレードで扉を斬り裂き、ダリルがヘルハウンドの炎で熱した扉をフォルテがコールド・ブラッドで瞬間凍結させて砕き、グリフィンがテンカラットダイヤモンドのダイヤナックルとセシリアが本国から送られて来たブルー・ティアーズの新兵装であるグレネードランチャーを使って扉を吹き飛ばしたのだ。
少々手荒いやり方ではあるが、生徒をアリーナから避難させる手段としてはベターな方法であると言えるだろう。


「慌てず、落ち着いてシェルターに避難するんだ。大丈夫、君達の事は必ず私達が護るから。」

「何時でも展開出来る専用機を持ってるんだから、こんな事があった時はアタシ達が矢面に立つからアンタ達は安心して避難しなさいってね!」


其処からはロラン達も生徒の避難誘導を手伝い、緊急用の避難シェルターへと生徒達を誘導して行く――そして其の避難シェルターは、乱入者の登場と同時に放送席から飛び出した真耶によってロックが解除されて何時でも使用可能になっていた。(外部ハッキングの危険性を考慮して、避難シェルターの扉は教員証ID番号、其れに対応した個別パスワードの入力によってのみ操作する事が可能になっている。)
真耶もシェルターの入り口で、『避難シェルターはこっちです!』と拡声器を使って呼び掛け、生徒が迷わずにシェルターに来れるように尽力する――其処には何時もの、『親しみやすいドジっ子先生』の姿はなく、只生徒の安全の為に全力で働く頼もしい先生の姿だけがあった。


「生徒達の避難は大体済んだかな?……では、私達も戦場へ赴くとしようじゃないか――夏月とヴィシュヌの至高の格闘戦に無粋な横槍を入れてくれた輩に、相応の報いを与えねばならないからね。」

「其れなんだけどよぉ、俺らが行かなくてもアイツ等で何とかしちゃうんじゃねぇか?ぶっちゃけ、アイツ等が負けるとは思えねぇんだがな俺は。」

「ミス・ダリル、貴女の言う事は分かるが……だがしかし、私達が夏月達の加勢に入る事で相手が戦意を喪失する可能性は極めて高いとは思わないかい?
 窮地に援軍は王道の燃える展開だが、互角以上の戦いをしている所に援軍が来ると言うのは相手にとっては圧倒的に絶望的な状況と言える……嗚呼、敵に絶望を与えるのもまた一興と思わないか?」

「おいサイドテール、大丈夫かコイツ?言わんとしてる事が分からねぇ訳じゃないんだけどよ。」

「此れがロランの平常運転だから問題ないわブラチラパイセン。」

「さよか……てか、ブラチラパイセンって俺の事か?」

「他に誰が?見せブラと見せパンにしても、大胆過ぎると思う今日この頃なんですけどもぉ?てか、秋五にも注意されたのに止めないのねそのスタイル?」

「其処は突っ込んだら負けだから、此れが俺のスタイルって事で納得しとけ――つーか、寮では基本的にパンイチタンクトップだから俺は。」


生徒の八割をシェルターに避難させたところで専用機持ち達は夏月とヴィシュヌの加勢に向かう事にしたのだが、その際にロランが何時もの『ロラン節』を発揮してダリルが突っ込みを入れたのは、ある意味で安定の流れと言えるだろう――その際にダリルが寮ではトンデモナイ姿で過ごしている事が明らかになったのだが、其れは特に重要な事ではないので深く追及する必要はないのだが。

そして一行がバトルフィールドに通じる通路にやって来ると、丁度コントロールの奪還とロックの解除が完了したのか、バトルフィールドへの通路の扉が開き、ロラン達は其処から一気にバトルフィールドに向かって機体を進めて行った――が、千冬から『扉の前で待機』を言い渡された教員部隊は、千冬からの次の指示が無かった事で、如何動くべきかが分からず、同時に自分の考えで勝手に動いて良いモノかと言う思いもあり行動する事が出来ないでいた……教員部隊はIS学園の精鋭部隊なのだが、其れを十全に機能させる事が出来ない千冬の指揮官としての適性には甚だ疑問を感じ得ない――結局千冬からの指示はないまま一分が過ぎ、教員部隊は夫々の考えで現場に突入する事になったのだった。








――――――








ロラン達が避難誘導を行っていた頃、夏月とヴィシュヌは乱入者の二人に少しばかり疑問を抱いていた――と言うのも、夏月とヴィシュヌの攻撃を最小限のダメージでやり過ごすのは兎も角として、二人の攻撃は狙いは適格だが何処か甘く、夏月とヴィシュヌには余裕で回避出来るモノだったのだ。
IS学園を襲撃するにしては余りにもお粗末な攻撃能力だが、其れが逆に夏月とヴィシュヌには――引いては管制室で此の戦いをモニターで見ていた楯無にも『本気を出していない』と思わせたのだが、其れが大きな疑問だった。
相手がIS学園に何らかのダメージを与えようと襲撃して来たのであれば本気を出さないと言うのは合理的ではない――敢えて学園側の戦力を測るために力を温存している可能性もなくはないが、戦力を測るためならもっと大勢の人数を寄こした方が確実性が増すので、たった二人で戦力分析と言うのは考え辛いのだ。


「ヴィシュヌ、相手さんは何を考えてるのかは知らねぇが、少なくとも本気で攻撃をする心算は無いみたいだ……其れって、滅茶苦茶ムカつかねぇ?こっちは全力出してるってのによぉ……ぶっちゃけ馬鹿にされた気分だぜ。」

「防御と回避は全力を出している様ですが、攻撃は余りにもお粗末と言うか精彩を欠くと言うか……本気の攻撃をしないのか、それとも出来ないのかは分かりませんが、此の程度の攻撃では私達には届きません――この様な攻撃を繰り返されると、若干腹が立ちますね?」

「ホントに其れな……オイコラクソガキ、やる気あんのかテメェ?そんな温い攻撃で俺達を何とか出来ると思ってんなら流石に舐め過ぎだぜオイ……アリーナのシールドぶち破った時の攻撃は如何したぁ?
 アンだけの攻撃が出来るんだ、俺達との戦いでも本気を出したら如何なんだ?」


そして其れは実際に戦っている夏月とヴィシュヌからしたら手加減をされていると言うか、『此の攻撃で充分』と判断された感じがして気分も良くない……『本気を出したらどうだ』と夏月が言うのも当然と言えるだろう。
そう言ったと同時に夏月とヴィシュヌはまたも乱入者に向かって行ったが、此処で夏月が予想外の事をやってくれた――居合いで斬り掛かると見せかけて龍牙をヴィシュヌに投げ渡したのだ。


「「なに!?」」


まさかの夏月の一手に乱入者の二人も完全に虚を突かれて対応が一瞬遅れてしまう……そして其の一瞬は夏月とヴィシュヌにとっては充分過ぎる隙となり、Mに夏月のムエタイ式飛び膝蹴りからのジャンピングアッパーの連続技がクリーンヒットし、Nにはヴィシュヌの逆袈裟斬りからの唐竹割が炸裂する。
夏月のムエタイもヴィシュヌの剣術も即興の見様見真似であるが、其れでもクリーンヒットした事で乱入者の機体のシールドエネルギーは大きく減少する――無論この好機を逃す手はなくヴィシュヌは龍牙を夏月に投げ返すと膝を曲げた状態で両足を夏月の背にくっ付けると、其処からイグニッションブーストを発動すると同時に一気に膝を伸ばして夏月を押し出し、夏月もイグニッションブーストを発動する。
イグニッションブーストによる加速に両足での押し出しの加速が加わり、更に夏月自身のイグニッションブーストによる三段加速は超高等技術であるリボルバー・イグニッションブーストをも超えた超加速となり、乱入者の二人に亜音速で近付きMに居合いを、Nに鞘での逆手居合いを叩き込んでシールドエネルギーをイエローゾーンまで減少させる。


「じ、実に見事な一撃だが、弟からの愛が痛くて困るな。いかん、また鼻血が出て来たみたいだ。」

「ブラコンも大概にしろ馬鹿……だが、そろそろ時間みたいだぞ?」



「やぁ夏月、ヴィシュヌ、加勢に来たよ。」

「夏月さん、ギャラクシーさん御無事ですか!」

「ま、アンタ達なら大丈夫だと思ったけどね?」

「カゲ君もヴィシュちゃんもやるねぇ?」

「スコール叔母さんが評価してただけの事はあるじゃねぇか……タイの嬢ちゃんも大したモンだぜ。」

「取り敢えず、面倒なのはゴメンなんでさっさとそいつ等とっ捕まえて終わりにするっすよ。」




更に此処でロラン達がバトルフィールドに参上した。
虚が『五分の心算で十分』でコントロールの奪還とロックの解除を行った事で、生徒達の避難誘導を終えたロラン達はスムーズにバトルフィールドに突入する事が出来たのである――が、此れは乱入者の二人にとっては有り難くない事だろう。夏月とヴィシュヌの二人でも充分過ぎる位に強いのに、其処にオランダの国家代表、アメリカ、イギリス、台湾、ブラジル、ギリシャの国家代表候補生が現れたのだから。


「私達が突入してから十分か……ふむ、生徒達の対応は悪くない様だが、教師部隊は未だ来ないか――奴は私が思っていた以上に無能だったらしいな?……引き上げるぞN、目的は達成出来た。もう充分だ。」

「そうか……ならば長居は無用だな。」


だが、その光景を見たMは満足そうに口元に笑みを浮かべると、Nと共にイグニッションブーストで一気に上昇して其の場からの離脱を試みる――が、勿論其れを許す夏月達ではない。


「待てコラクソガキ、こんだけ好き勝手やっといて今更逃がす訳ねぇだろうが!つか、この状況で逃げられると思ってんのかオラァ!無駄な抵抗して手間取らせるんじゃねぇぞコラ!」

「逃がしませんわよ!……強奪されたサイレント・ゼフィルス、返して頂きますわ!」


特にセシリアは、自国が開発し、しかしロールアウト直後に強奪されたサイレント・ゼフィルスを使っている相手を逃がす事は出来ず、必ず確保するとの思いでこの場に来ているのだから尚更だろう。


「あ~~~……アイツの中では強奪されたままって事になってるのか此れは。
 ったく、イギリスは報連相がなってないな?まぁ、其れは後で説明すれば良いか……取り敢えずこの場は退かせて貰うぞ?バイバイキーン!ってな!」


しかし此処でMがスモークグレネードを炸裂させ、更にチャフを散布して夏月達の視界を完全に潰し、その隙に一気に学園島から離脱する――そして、スモークとチャフが完全に晴れた頃には乱入者の二人の姿は何処にも無かった。


「最後の最後で狡い手使いやがって……追うか、楯無さん?」

『いえ、追わなくて良いわ。相手の正体が分からない以上深追いは禁物だしね……全員帰投してくれるかしら?』

「了解だ。」


楯無に指示を仰ぐも『追わなくて良い』と言われたので、夏月達は地上に降りてから機体を解除してバトルフィールドを後にし、ロラン達から一分遅れて突入して来た教師部隊は敵が居なくなっている事に驚いていた。
楯無の第六感が的中した形となった襲撃事件だったがIS学園側の被害はアリーナのシールドと生徒を避難させる為に破壊した観客席の扉のみで人的被害はゼロと特に問題の無い結果となった――只一つ、教師部隊の指揮系統が正常に機能していなかったと言う事を除けば。








――――――








この襲撃は、リアルタイムでクラス対抗戦を(IS学園のアリーナカメラをハッキングして)観戦していた束も見る事になったのだが――


「サイレントゼフィルスの子の声、昔のアイツに似てるなぁ?バイザーで目は隠れてたけど髪型もアイツにそっくりだし……若しかしたら、あの子は……織斑計画の事を考えたら有り得ない話とは言えないね此れは。
 此れは、アイツにとっての爆弾になるかもね?」


サイレントゼフィルスを操っていたMを見て何かを感じ取っていた――世紀の大天才の琴線に触れる何かがあったMは何やら凄い奴なのかも知れない……夏月と相対して鼻血吹き出してしまう色々とヤベー奴と言うだけではないようだ。



――全力全壊SLB!!



此処で束のスマホが物騒極まりない着信音で着信を知らせる。番号を確認すると、相手は連絡が取れていなかった『篝火ヒカルノ』だった。


「モスモスひねもす、皆のアイドルにして正義のマッドサイエンティストの束さんだよ~ん!や~っと連絡付いたねヒカルノちゃん?若しかしなくても厄介事かい?」

『大正解だよ束ちゃん。
 白式のワンオフが零落白夜になった事で、其れに関しての彼是を上に納得させるのに一苦労ってね……おかげさんで此処最近は一日三時間位しか寝てないのよ此れが……今の私なら四十八時間の連続睡眠も出来る気がする。』


「うお~い、其れは流石に死ぬぞヒカルノちゃん?三徹余裕の束さんが言っても説得力ねーかもだけど……てか、白式のワンオフが零落白夜になったって言った?
 って事はアレってヒカルノちゃんが搭載した訳じゃないって事?」

『だ~れがあんな危険物を素人が使う機体に搭載するかっての。
 束ちゃんから貰ったデータを使って白式に一次移行段階からワンオフを発動する事が出来るようには出来たんだけど、何故かそのワンオフが零落白夜って言うクソチートなモンになっちゃったのよ……流石にヤッベーからリミッター掛けて絶対防御貫通はオフにしてっけどね。』


「偶々零落白夜になっちゃったって事?……こりゃ、一度白式を調べてみる必要があるかもね――忙しいところ連絡ありがとねヒカルノちゃん!
 良ければ、時間が空いたら久しぶりに飲みに行かないかい?美味しい焼き鳥屋さん見つけてさ、なんとレバーをタレじゃなくて塩で提供してくれるんだよ!」

『マジで?其れはメッチャ期待出来るわ!時間空いたら連絡するから!』

「はいは~い♪」


本題は秋五の専用機である『白式』のワン・オフ・アビリティである『零落白夜』についてだったが、其れは白式の開発者であるヒカルノが設定した訳でなく、束から貰ったデータを基に『一時移行時からワン・オフ・アビリティが発現する機体』として白式を作り上げた結果、零落白夜がワン・オフ・アビリティとして発現したと言うのだ。
嘗ての千冬の機体の必殺技が弟である秋五の機体に受け継がれたと言うのは偶然で片づけるモノではなく、束は機会を見て白式を調べてみる事を決め、同時にヒカルノと飲む約束を取り付けていた――レバーを塩で提供する焼き鳥屋と言うのは、確かに期待が出来ると言うモノだが、ヒカルノは兎も角として束はザルを遥かに超越した酒豪なので、下手したら店中の酒が無くなる可能性があるだろう……世紀の大天才で大天災はアルコール分解能力もぶっ飛んでいるらしい。








――――――








正体不明の乱入者がやって来た事でクラス対抗戦は中止となり、夏月と更識姉妹、布仏姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、乱と鈴、秋五と箒、セシリア、ダリル、フォルテと真耶、千冬と教師部隊は会議室に集められていた――此度の襲撃事件の詳細報告と言ったところだろう。
箒は専用機を持たない一般生徒だが、秋五、簪、鈴と共に生徒の避難誘導を率先して行っていた事もあって共に参考人として付いて来るように言われていたりするのだが、箒としても今回の事をもう少し詳しく知りたかったので拒否する理由は無かった。


「どうも、学園長の轡木十蔵です。其れでは早速今回の襲撃事件の詳細を報告してくれますか更識楯無君?」

「はい。
 本日、クラス対抗戦一年生の部の最終戦である一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの試合中に正体不明のIS乗りが乱入し、同時にアリーナの観客席及びバトルフィールドに繋がる扉は全てハッキングによってロックされました。
 そこで私は、『何かあった時の為に』ピットルームに待機させていた専用機持ち達に生徒の避難誘導を命じ、一夜君とギャラクシーさんには襲撃者を抑えるように命じ、其れは概ね巧く行ったと思っています――最後の最後で、敵には逃げられてしまいましたが……」

「いいえ、充分です楯無君……敵は取り逃がしてしまいましたが、生徒達には全く被害がなかったのですから。」


生徒会長にして、実質的にIS学園の有事の際の最高権力者であると言える楯無が報告を行い、その報告を聞いた十蔵は『生徒に被害は無かった』との事で、乱入者を逃した事を咎める気は更々ないようだ……出来なかったところを責めるよりも、出来た事を評価すると言う事が出来る様だ。


「ですが、襲撃者が何の意図をもってIS学園を襲撃して来たのか、其れはマッタク持って不明です――実際に交戦した一夜君とギャラクシーさんに話しを聞いたところ、『相手は本気の攻撃をして来なかったみたいだった』との事ですので……」

「襲撃の目的は不明ですか……一夜君か織斑君を狙って来たと言うのであれば、まだ分かり易かったのですが、そのような単純なモノではないと言う事ですね。
 学園の戦力を測りに来た、と言う可能性もゼロではありませんが、たった二人でと言うのは解せません……そして彼女達のバックにある何らかの存在も考えておいた方が良いでしょう。」

「はい、大凡たった二人での犯行とは考え辛いですので。」


とは言え乱入者の目的、引いてはその裏にあるであろう何かしらの存在の目的が何であったのはかはマッタク分からないので、此度の襲撃にどんな意図があったのかまでは流石に推測しようにも分からない事だらけなのだが――



――ザ、ザザザ……



此処で突如会議室の大型モニターが起動して、砂嵐の画面がモニターに表示される……会議室に居た誰もが『モニターが故障したか?』と思ったが、砂嵐は徐々に治まって行き、そしてやがて一つの人影を映し出した。


『やぁ、御機嫌ようIS学園の諸君。』

「テメェは!」

「先程の……!」


そうして会議室のモニターに映し出されたのは、学園を襲撃し他乱入者の一人、サイレント・ゼフィルスを使っていた目元をバイザーで覆った少女、Mであった――如何やら今回の襲撃事件は、単純なIS学園への敵対行動と言う訳ではなさそうである。











 To Be Continued