クラス対抗戦一年生の部も残るは二試合となったのだが、その組み合わせは二連勝の夏月とヴィシュヌ、二連敗の鈴と簪になるのは確定しているので、肝心になって来るのは試合順だろう。
言い方は悪いが、最下位決定戦と優勝決定戦の何方が先になるのかなのだ――優勝決定戦が最終試合になるのが理想ではあるのだが、試合順はあくまでもコンピューターによるランダムセレクトなので此れは何方が最終試合になるのかは誰にも分からない事だ。
其れとは別に、生徒間で行われていたトトカルチョは現時点で、鈴と簪に賭けていた生徒は脱落となったのだが、夏月かヴィシュヌに賭けていた生徒にとっては夏月vsヴィシュヌの試合は絶対に見逃す等と言う事は出来ない試合であると言えるだろう。


「秋五、お前は一年の部の最終戦をどう見る?」

「鈴と会長さんの妹さんの試合は、間合いを制した方が勝つと思うけど、夏月とギャラクシーさんの試合は予想が出来ないって言うのが正直なところかな?夏月もギャラクシーさんもバリバリの近接型だけど、同系統でしかも地力に大きな差がない実力者同士のぶつかり合いなだけにマッタク予想が出来ないんだ。」

「むぅ……矢張り予想は難しいか。
 一夜が使うのが剣術のみであれば、刀を折るなり弾き飛ばすなりしてしまう事でヴィシュヌの方が圧倒的に有利となるが、一夜は剣術だけでなく体術も修めているからな……そう簡単には行く筈もない。
 加えて、ヴィシュヌは姉さん製のISを相手に二連勝している……性能差を完全にひっくり返してしまっているから余計に勝負の行方は予想出来ないか。」

「そう言う事。」


一組の生徒は夏月の、三組の生徒がヴィシュヌの勝利を願うのは当然と言える事だが、同時にこの二人の試合は此れまでの様な圧倒的な試合展開にはならないとも考えていた。
夏月とヴィシュヌは夫々鈴と簪を圧倒した訳だが、何れの試合も格闘技の経験差、体格差、得意な間合いを取る事が出来たからと言う幾つかの要素が夏月とヴィシュヌにとって有利に働いた部分があったのは間違いないと言えるだろう――だが、夏月とヴィシュヌは格闘技の経験は互いに十分ある上に何方もバリバリの近接型で、体格的には夏月の方が上だが、リーチだけならばヴィシュヌの方が僅かに勝る……つまり総じて戦えば五分になるのだ。

勿論近接格闘型とは言え、夏月には近接ブレード『龍牙』があるのでリーチの差を埋める事も出来るのだが、其れはヴィシュヌも分かっているので夏月の武器の使用不能を狙って来るのも確実……そして、夏月の武器が破壊され無手の格闘となったら其れこそどちらに軍配が上がるのかは分からないのである。
秋五と箒は其れに加えて、夏月達の使っている機体が束製だと知っているから余計に勝負の行方を予想する事が出来なかった……束製のISと言う可成りぶっ飛んだ、其れこそ現行の第三世代機をぶっちぎった性能の機体を使っている簪と鈴に勝ったヴィシュヌならば、或は夏月にも若しかしたらと思ったのだろう。


「そう言えば箒、夏月から束さんの連絡先聞いたんだよね?連絡してみたの?」

「いや……連絡しようとは思ってるのだが、如何せん六年も会っていなかったのでな……いざ連絡しようとしても何を話したモノかと考えてしまって今だに連絡を取る事が出来ていないんだ――我ながら、中々に面倒な性格をしていると思っているよ。」

「そんなに深く考えなくても良いんじゃない?箒が思った事をそのまま口にすれば良いと思うよ。」

「私が思った事を……そうかも知れんな。今日の夜にでも連絡を入れてみるか。」


其れとは別に、秋五は箒に『束さんに連絡を取ってみたのか?』と聞いたのだが、箒も色々思うところがあったのか未だに連絡は取っていなかったらしい――束に悪い感情は持っていない箒だが、束が行方を眩ました事で『要人保護プログラム』の対象となり、IS学園に入学するまでは各地を短い間隔で転々としてので思う所があるのだろう……其れでも束を嫌ってない辺り、箒は本気で束の事を姉として慕っているのだろう。


『其れではクラス対抗戦、一年の部最終戦、試合ルーレットスタァートォ!!』


此処で夏月vsヴィシュヌ、簪vs鈴の何方が最終試合になるのか注目のルーレットが始まり、対戦表が目まぐるしくシャッフルされ、その結果――


・セミファイナル:二組代表・凰鈴音vs四組代表・更識簪
・メインイベント:一組代表・一夜夏月vs三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー



コンピューターが空気を読んだのかは分からないが、対戦表は多くの観客が望む結果になり、優勝決定戦が最終試合になると言う最高の組み合わせになるのだった……因みに二組の生徒と四組の生徒は、夫々が簪と鈴が最下位にならないように必死の応援をすると心に決めていたのだった――自分のクラスが最下位となるのは矢張り気分的も良いモノでは無いのだから。










夏の月が進む世界  Episode18
『燃えろ!燃やせ!焼き尽くせバーニングソウル!!』










クラス対抗戦セミファイナルの鈴vs簪。
簪も鈴も既にフィールドに降り立ち互いに専用機を展開していた――だが、簪も鈴も其れだけでなく鈴は滅龍を両手に装備し、簪も高威力火線ライフル『砕』と電磁リニアバズーカ『滅』を両手に保持して戦闘態勢は充分だ。


「簪、悪いけど此の試合はアタシが勝たせて貰うわよ!三連敗は絶対に避けたいのよアタシは!」

「其れは私も同じ……だけど、私としては鈴には親近感を覚えてる――特に胸の大きさで。」

「オイコラ其れは喧嘩売ってんのかアンタ?アタシと比べたらアンタは圧倒的にデカいでしょうが!!其れでアタシに親近感を覚えるって、嫌みか其れは!!」

「私、お姉ちゃんがアレなんだけど?」

「そういや、楯姉さんの胸部装甲はぶっ飛んでたわ!!」


話題が胸の大きさに及んだのは少しばかりアレだが、簪も鈴も闘気はMaximum状態なので、セミファイナルであっても此の試合が普通に終わる事だけは有り得ないと言えるだろう……近接戦闘型の鈴と、遠距離砲撃型の簪ではまたしても間合いを制した方が勝利を掴む構図なのだが、互いに三連敗は避けたいだけに、初っ端から全力全壊は間違いないだろう。


『クラス対抗戦セミファイナル、鈴音vs簪!デュエル、スタートォォォォ!』

『また私じゃないんですかぁ!?』

『山田先生は、最終試合……敢えてメインイベントと言いましょう!そっちを宜しくです!』

『まさかの一番重要案件!?』



そして始まったクラス対抗戦の一年の部のセミファイナルの簪vs鈴の試合は、多くの観客が『試合開始と同時に簪が弾幕を展開するだろう』と予想していたのだが、その予想を裏切って、簪はイグニッションブーストで鈴に近付くと、ビームジャベリン『龍尾』を揮って鈴に奇襲を行うと、其のまま鈴をビームジャベリン――引いては簪が修めていた薙刀術も使って鈴を激しく責め立てる。
簪の近接戦闘の技術は『やって出来ない』レベルではあるが、鈴は予想外の展開に対応が後手に回ってしまい、結果として決して近接戦闘が得意ではない簪に攻め込まれる形になってしまったのだ
簪の龍尾の激しい攻撃を鈴は『滅龍』で受け流し、だが簪もまた龍尾での攻撃の手を緩める事無く、次から次へと円運動で流れるような攻撃を続けて行く……もしも簪が本格的に近接戦闘のトレーニングもしていたら、遠距離でも近距離でも戦えるオールラウンドファイターとなっていた事だろう。


「まさか、こう来るとはね……大人しそうな顔をしておきながら、アンタも中々やるじゃない簪!
 ……アンタが何を考えて近距離戦仕掛けて来たのかは分からないけど、近距離戦をお望みだってんならトコトン付き合ってやるわ!!」

「うん、鈴なら付き合ってくれると思った。」


そう言うと簪は龍尾を揮って鈴のガードを下げると、其処に鋭い横蹴りを放つが鈴は其れをガードしてカウンターの後回し蹴りを放つが、簪はカウンターのカウンターとなる切り上げを放って鈴に追撃を許さない。
攻撃動作中だった鈴は防御も回避も出来ずに切り上げを喰らいシールドエネルギーを減らしたモノの、怯む事無く滅龍を叩き付ける……が、その一撃は青雷の分厚い装甲に僅かに傷を付けただけでシールドエネルギーの減少にまでは至らなかった。ビームエッジ部分が当たったのならば違う結果だったかも知れないが、切っ先の実体刀部分では青雷の分厚い装甲に決定的なダメージを与える事は出来なかったのだ。


「実体刀部分でも鋼だって両断出来るってのに、ドンだけアンタの機体の装甲堅いのよ!?PS装甲搭載してんじゃないでしょうね!!」

「其れはない……と思うけど、製作者の事を考えると未知の物体で装甲を作った可能性は捨てきれないのが悲しい所かも。」

「そりゃ完全に同意するわ。
 ヴィシュヌみたいに装甲の隙間を狙えば良いんでしょうけど、アタシにはそんな細かい器用な事は出来ないのよね……でも、だったら装甲の上からでもソコソコ効く攻撃をするまでの事!此れでも喰らえ!!」

「えっ!?」


だが次の瞬間、今度は簪が大きく吹き飛ばされる事となった。
鈴が滅龍を振るった様子はなく、鋼龍からクローが射出された訳でもない……となると龍砲を使ったと考えるのが普通だが、龍砲から放たれる圧縮空気の弾丸では青雷の分厚い装甲に阻まれ吹き飛ばす事など不可能だろう。放たれたのが圧縮空気の弾丸だったのであれば。


「今のは龍砲?避ける事は出来なかったけど弾丸が見えた……其れにシールドエネルギーも其れなりに持って行かれた……圧縮空気の弾丸じゃなかった?」

「いいえ、圧縮空気の弾丸であるのは間違い無いわ――但し、通常の龍砲の数千倍の空気を圧縮したモンだけどね!」

「!!」

「簪だってこの世に存在するありとあらゆる物質が圧縮される事で熱を帯びるのは知ってるわよね?
 其れは空気だって同じ事。空気も圧縮すると熱を帯び、やがてプラズマ球を生成するわ……其れを龍砲で再現したのよ。
 通常の龍砲の数千倍になる数tの空気をピンポン玉サイズにまで圧縮してプラズマ球を作って其れを撃ち出したって訳!流石に発射までにメッチャ時間が掛かるから連射は出来ないけど、プラズマ弾ならその分厚い装甲にも有効よね?」


鈴が撃ち出したのは只の圧縮空気の弾丸ではなく、通常の数千倍の空気を圧縮して作り出したプラズマ球だったのだ。
プラズマ球は空気弾と違って目視可能だが、弾速は亜光速に近く、光ったのを見たと同時に着弾するようなモノなので事実上回避も防御も略不可能……チャージ時間が長いため連射は出来ないが、其れでもプラズマ球と言うのは極めて有効な攻撃と言えるのだ――簪との試合の前に其れを思い付いてぶっつけ本番で、しかも近距離戦を行いながらチャージを行っていた鈴の戦闘センスは相当に高い訳だが。


「確かに今のでシールドエネルギーが30%も削られたからね……でも、連射が出来ないなら対応は出来る。今度はこっちの番。」


しかし、連射が出来ないのであれば警戒する必要はあるがチャージ時間に攻撃をする事は出来る。
簪はイグニッションブーストを発動して鈴との距離を詰めると、再び龍尾で攻撃……せずに其のまま鈴に強烈な体当たりを喰らわせてアリーナの壁まで大きく吹っ飛ばして見せた!
まさかの突進攻撃に観客達は度肝を抜かれて会場は静まり返ってしまい、夫々のピットルームのモニターで観戦していた夏月達ですら予想していなかった簪の攻撃に唖然としていたのだが、此の攻撃は実は理に適った攻撃だったりする。
簪の専用機である『騎龍・青雷』は、他の騎龍シリーズと違い遠距離特化型の機体となっており、近距離戦に持ち込まれた時にあっと言う間にシールドエネルギーが尽きてしまわないように他の騎龍シリーズの三倍の分厚い装甲に覆われており極めて頑丈な機体になっているのだが、機体が頑丈と言うのは裏を返せば非情に硬いとも言える訳で、その硬い身体での体当たりは其れだけでも充分な破壊力を秘めているのである。
まして今回簪は、通常のブーストではなくイグニッションブーストを使った上で渾身の突進を喰らわせたのだ……その衝撃は最早交通事故レベルのモノであり、鈴が生身の状態だったら間違いなくモザイク必須状態となっていただろう。


「っつぅ……イグニッションブーストからの体当たりで絶対防御が発動するとか、アンタの機体は移動要塞かなんかか!体当たりで絶対防御発動って、普通は絶対に有り得ないからね!?」

「うん。でも今のは初見の一発しか通じないから二度目はない……プラズマ球の攻撃と今の体当たりでイーブンだから。そして、此処からはもう貴女は私に近付かせないよ鈴。」

「まぁ、そう来るわよね!」


復帰した鈴に、簪はすかさずミサイルポッド『滅』を展開して無数のミサイルを放ち、『ミリ単位での正確な操作が要求される鬼のような弾幕』を喰らわせる――が、鈴は自分の周囲にだけワン・オフ・アビリティの『龍の結界』を展開して其のミサイル弾幕をシャットアウトし、着弾したミサイルの数だけ結界から龍砲のカウンターが放たれる。
プラズマ弾はないとは言え、不可視の弾丸の雨霰と言うのは厄介だが、簪はリニアバズーカ『絶』から対B・O・Wガス弾を放ってアリーナを緑色のガスで充満させると再び無数のミサイルを放って龍砲を迎撃!
通常は見えない圧縮空気の弾丸だが、有色のガスで満ちた空間であれば其の存在を認識する事は可能となる……圧縮空気の弾丸が通った場所はガスの流れが乱れるからだ。


「ガス弾にはこんな使い方もあったとは意外だったわ……でもこれは如何かしら!」


龍砲のカウンターを迎撃された鈴は、ビームブーメラン『飛龍』を投擲し簪は其れを龍尾で弾き飛ばすが、次の瞬間には鈴が滅龍を平行に連結させた状態で頭の上からコンニチワだ。
簪の意識を飛龍に向けさせた上でイグニッションブーストで簪の頭上まで移動して、其処から渾身の兜割りを繰り出したのだ……其れは簪も何とか辛くも龍尾でガードしたモノの、其処からの鈴の猛攻に防戦一方となりシールドエネルギーがガリガリと削られて行く事に――更に、この間に龍砲がプラズマ弾のチャージも行ってると考えると簪は可成り分が悪いだろう。


「此のままじゃジリ貧……だけど、隙あり!」

「んな!」

「此れでも喰らって……エレクトリッガー!!」

「みぎゃぁぁっぁ!?」


其れでも武器が超大型故に振りが大きくなる鈴の攻撃の隙を突いて簪は電磁鞭『蛟』を鈴に巻き付けると強烈な電撃を喰らわせてシールドエネルギーを削り、更に近距離でのミサイル弾幕をブチかましてシールドエネルギーを危険域まで減少させる。
だが、鈴も転んでは只では起きず、滅龍を分割すると其れを投げつけて簪の火線ライフルとリニアバズーカを破壊する……と同時に、鋼龍のクローを射出して簪を捕まえると、其のまま強引に引っ張り込む。強引にでも近距離戦に持ち込んで決着を付けようと言うのだろう。


「そう来ると思ったよ。」


しかし、引っ張られながらも簪は再びイグニッションブーストを発動!
鋼龍のワイヤーの巻取りも利用した分、そのスピードは通常のイグニッションブーストを遥かに凌駕していると言えるだろう……つまりは、簪は先程よりも更に強烈な突進攻撃を鈴に喰らわせる心算なのだろう。


「そう来たか……でもね、アタシだってプラズマ弾のチャージは完了してんのよ!喰らえ……スーパー龍砲!!」

「捨て身タァァァァァックル!!」


鈴のスーパー龍砲が放たれると同時に、簪が鈴に渾身のタックル――捨て身タックルを喰らわせ、凄まじい爆音が鳴り響くと同時に爆煙が発生する……互いに至近距離で爆発を喰らったのだから無事ではないだろう。
そして、煙が晴れると其処には、シールドエネルギーがゼロになって機体が強制解除されてダウンしている簪と鈴の姿があった……互いに最後の力を振り絞って放った攻撃は強烈無比であり、互いに其れを真面に喰らった上で至近距離での爆発まで喰らった事で仲良くシールドエネルギーがエンプティーになってしまったのだ。


『凰鈴音、更識簪、共にシールドエネルギーエンプティ!セミファイナルは、まさかのダブルノックダウンのドローだぁぁぁぁぁぁ!!』

『まさかのドローとは……二人とも三連敗だけは避けたいと思っていたでしょうから、その執念がぶつかり合った結果、勝ちも負けもないドローと言う試合結果になったのかもしれません。
 でも、とても良い試合でした。』



結果は両者KOでドローと言う結果に。
勝ち負けが付かない灰色の決着だったが、互いに三連敗を避けたかった簪と鈴にとってはある意味で最高の試合結果だったと言えるだろう――勝つ事こそ出来なかったが、互いに三連敗を避けた上での引き分けだったのだから。


「勝てなかった……残念。」

「ま、互いに三連敗は避けられたって事で良いとしましょ……そんでもって、アタシとアンタは0勝で同率の三位になる訳か――一勝もしてないのに三位って、喜ぶべきか悲しむべきか悩むわね。」

「其れは確かに。」


無論全力を出し尽くした簪と鈴に、決着がつかなかった事に関する若干の不満はあれど、全力を出し尽くした満足感はあった……全力を出し尽くした上でのドローゲームならば悔しさは其処まで大きくないのかもしれない。
ともあれ、クラス対抗戦一年生の部のセミファイナルは、全力バトルの末にダブルKOと言うある意味で壮絶な幕切れとなったのだった。








――――――








次はいよいよクラス対抗戦・一年の部の最終試合である、夏月vsヴィシュヌだ。
二人とも既にフィールドに降り立ち機体を展開しているのだが、夏月の姿に会場は騒然となっていた――と言うのも夏月は機体をフル展開せずに肘下の下腕部と膝下の部分の装甲と龍の翼を思わせるカスタム・ウィングのみを展開し、武装も腰部のビームアサルトライフル『龍哭』のみが展開されている状態、つまり『格闘戦と飛び道具のみ使用出来る状態』となっているのである。
同時に此の機体の展開の仕方は、ヴィシュヌの専用機と略同じ姿であるとも言えるのだから、会場も騒然とするだろう。


「一夜さん、如何言うおつもりですか?ハンデ、と言うのであればお断りしたいのですが……」

「ハンデじゃなくて、俺は対等な条件で戦いたいだけだギャラクシーさん。命の遣り取りなら戦闘スタイルは選んでられないが、ルールのある試合ならフェアにだろ?
 其れと、俺も武闘家の端くれなんでね……圧倒的な機体の性能差を抜群の格闘センスと勝負勘でひっくり返したギャラクシーさんとは無手の格闘でガチンコ勝負してみたくなったんだよ。
 相手が無手の格闘を得意としてて、俺も無手の格闘は得意だってのに、刀使って戦うなんざ無粋極まりねぇってモンだ――ま、詰まるところは俺のワガママなんだが付き合ってくれるか?」

「純粋に格闘戦をしたいと、そう言う事ですか……分かりました。私も此の試合、ISパイロットではなく一人の武闘家として挑ませて頂きます。」

「ありがとよ。」


夏月は決してヴィシュヌを舐めていた訳でなく、圧倒的な機体の性能差を純粋なムエタイファイターの実力で覆してしまったヴィシュヌと本気の格闘戦を行いたくて機体を部分展開していたのだ。
機体性能とパワーならば夏月の方が上だが、スピードとリーチではヴィシュヌの方が上となると、総合的には略互角……バトル漫画も真っ青な激しく熱い格闘戦となるのは間違いないだろう。
夏月の考えを聞いたヴィシュヌも『それならば』とISパイロットではなく一人の格闘家として此の試合に臨む事を決め、ガード位置がやや高めのムエタイ独特の構えをすると、簪と鈴との試合の時とは違い、ガードポジションを取った両腕とやや前に出した左足をリズムを取るかの様に上下に軽く揺らしている――IS学園では初となる無手同士の格闘戦に心が躍っているかのようだ。
夏月もヴィシュヌに感謝を述べると同時に、スタンスを大きめにとって腰を落とし、右手は拳を握って腰の横に添え、左手は拳を半開きの様な状態にして軽く肘を曲げた独特な構えを取る。
両者とも静かに闘気を高め、何時試合が始まってもOKと言った感じだ。


『其れではクラス対抗戦一年生の部最終戦!
 山田先生、一年の部のラストマッチ開始を高らかに、其れこそIS学園の歴史に残る位のレベルで宣言しちゃって下さい!!』

『だから何で無茶振りした上でハードル上げて来るんですか~~~!?
 え~~い、もうなるようになれです!クラス対抗戦一年生の部最終試合、ラストマッチ、ファイナルファイト!
 勝つのは果たして日本の龍か!はたまたタイの猛虎か!龍虎相まみえる此の戦い、正に瞬き厳禁!This is The FinalBattle!一夜夏月vsヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー!Get Ready……Go Fight!!』

『いやぁ、ヤケクソ気味にしては見事っすね?』

『……今度の実技授業、タップリとレクチャーして差し上げますからその心算で居て下さいね?』

『やべ、アタシ死亡フラグ踏ん付けたっぽいわ。』



真耶がまたしてもヤケクソ気味に、しかし見事な試合開始を宣言!
無茶振りをした上でハードルをブチ上げた放送部の部員は後日地獄を見る事になりそうだが、試合開始を聞いた夏月とヴィシュヌは同時に地面を蹴って一気に距離を詰めると夏月は右ストレートを、ヴィシュヌは飛び膝蹴りを繰り出し拳と肘が激突する。
生身の戦いであれば、人体の最も鋭く硬い部分に拳をブチ当てたら拳の方が砕けてしまうのだが、ISを纏っている状態ではその限りではなく、夏月は僅かにシールドエネルギーを減らしたモノの、力任せに拳を振り抜いてヴィシュヌを強引に吹っ飛ばし、追撃の飛び蹴りを放つ。
だが吹き飛ばされたヴィシュヌは空中で態勢を立て直すとその飛び蹴りをダッキングで避け、カウンターのアッパーを放とうとしたのだが……


「そうは行かないぜ?」

「!!」


其れに合わせるかのように夏月が急降下して蹴りを放って来た。
生身であれば飛び蹴りをダッキングで避けられた時点で反撃確定なのだが、夏月はISの飛行能力で強引に軌道を変えて下方向への蹴りを繰り出したのだ――ISを纏っているからこそ出来た芸当だが、無手の格闘とは言ってもISを使わないとは言っていないので此の攻撃はマッタク問題ない。
ヴィシュヌにとっては予想外の攻撃ではあったが、其れでもアッパーの軌道を修正して夏月の蹴り足に合わせると、其のままブースターを吹かして上昇し、今度はヴィシュヌが夏月を吹き飛ばし、追撃のニーキックからの踵落としの連続技を繰り出すが、しかし夏月は的確なガードでクリーンヒットは許さない。
舞台を空中に移しても攻防の激しさは変わらない。
互いに攻防一体の立ち回りで決定打を許さず、シールドエネルギーを1%ずつガリガリと削り合うような展開となっている……攻防の激しさも然る事ながら、夏月もヴィシュヌもイグニッションブーストを使った仕切り直しを行っているせいで、その戦いはまるでドラゴンボールのラッシュ格闘の打ち合いの如しだ。


「ッラァ!!」

「はぁっ!」


何度目かの打ち合いで夏月の拳とヴィシュヌの肘がかち合って激しいスパークを起こし、しかし互いに押し切ろうとした結果、集中したエネルギーが飽和状態となり、遂に限界が来て爆発を起こして強制的に間合いが離され、夏月もヴィシュヌもシールドエネルギーを減らす。
再び間合いを詰めて格闘戦に入るのかと思いきや、ヴィシュヌはクラスター・ボウを展開すると、正打ち、横打ち、背面打ちで夏月を攻撃する――『無手の格闘じゃないのか?』と言うなかれ。ISバトルはエンターテイメントの側面も持ち合わせているので、観客を飽きさせない為の工夫と言うのもISバトル競技者に求められる技術と言えるのだ――なので、ヴィシュヌは近距離の格闘戦に少しばかりエッセンスを加える意味でクラスター・ボウでの攻撃を行ったのだ。

クラスター・ボウは『拡散弓』の名の通り、本来は複数のエネルギーの矢を放射状に発射して広範囲を攻撃する装備なのだが、拡散せずに複数の矢を一体の対象に集中させる事も可能になっていると言う、実は汎用性のある遠距離武器なのだ。
よって、夏月には数十本のエネルギーの矢が向かって行く事になる訳だが――


「イ~ッツ、ショータ~イム!!」


夏月はビームアサルトライフル『龍哭』を両手に持つと、有り得ない位の高速連射でエネルギーの矢を完全相殺!しかも、只相殺するだけでなく、二丁銃の通常撃ち、交差撃ち、平行撃ち、背面撃ちを披露しての相殺なので、夏月もバッチリ魅せプレイをしてくれた訳だ。
エネルギーの矢とビームが相殺して爆煙が巻き上がるが、其れが晴れると同時に夏月とヴィシュヌはまたしても肉薄して激しいクロスレンジでの攻防が行われる。
矢張り互いに決定打を欠く攻防になったが、此処で仕掛けたのは夏月だった。


「貰ったぁ!!」

「しまった!」


ヴィシュヌのハイキックをダッキングで躱した夏月は即ヴィシュヌの背後を取ると、腰をホールドしてプロレスの芸術技であるジャーマンスープレックス一閃!角度もありブリッジも完璧なジャーマンスープレックスは、技の開祖であるプロレスの神様ことカール・ゴッチも大絶賛の高評価をしてくれそうだが、夏月は其れでは終わらずに連続でローリングジャーマンを繰り出すと、〆にアルゼンチンバックブリーカーを極めてからヴィシュヌを投げ飛ばす。
ヨガによって人体が獲得出来る究極の柔軟性を会得しているヴィシュヌにはアルゼンチンバックブリーカーは大したダメージにはならなかったが、其れでも連続ローリングジャーマンは有効であり、ドゥルガー・シンのシールドエネルギーを大きく減らす事になった。
其処に夏月が追撃のダッシュからの渾身の左フックを放つが、ヴィシュヌは其れをスウェーバックで躱し、続いて繰り出された低姿勢からの抉り込むようなアッパーカットもバック転で回避すると、イグニッションブーストで夏月に肉薄し、目にも止まらぬ拳と蹴りの雨霰の猛攻を叩き込む。


「ふん!ふん!とりゃあぁぁ!!」

「だから、ウメハラブロッキングをリアルでやるんじゃないわよ!アホかアンタは!!」


その猛攻を夏月は全て捌き切って見せ、観客席からは鈴の突っ込みが飛んで来ていた――『背水の陣からの大逆転』の象徴である『ウメハラブロッキング』は格闘ゲーム界に於いて最早伝説となっているが、其れをリアルの試合で行う人間など、夏月以外には存在しないだろう。
だが、其れでもヴィシュヌの猛攻は止まらず、変則的な飛び二段蹴りの後は連続パンチから左右の連続アッパーに繋ぎ、其処から飛び膝蹴り→踵落としの連続技を叩き込む――だが、夏月は其の攻撃もブロッキングでやり過ごすと、踵落としにカウンターの一本背負いドラゴンスクリューを放つ!
しかし、ヴィシュヌも一本背負いドラゴンスクリューで投げられる瞬間に夏月の頭を両足でホールドすると、其処から速攻のフランケンシュタイナーで夏月を地面に叩き付けてシールドエネルギーを大きく削って見せた。
ヴィシュヌのしなやかな肉体が繰り出したフランケンシュタイナーはタイミング、威力、そして技の美しさ全てに於いて申し分ない一撃であり、予想外の攻防に観客からは大きな声援が上がっている……矢張り見た目に派手な技はウケが良いようである。


「くあぁ~~……見事なフランケンシュタイナーだったな?今のは効いたぜギャラクシーさん……否、ヴィシュヌ。生粋のムエタイファイターだと思ってたが、まさかプロレス技も使えるとは思ってなかったぜ。」

「タイに遠征に来たプロレスラーとの異種格闘技戦は其れなりに行っているのでプロレス技もソコソコ使えるんですよ私は……プロレスは魅せ要素が大きくて実戦的ではないと思っていたのですが、一流のプロレスラーの技は魅せ要素もありながら技としての威力も備えているのだから驚きです。
 そして、その最も足るものが此れです。」

「シャイニングウィザード……コイツは確かにプロレス界における最高の必殺技かもな!」


間髪入れずに、ヴィシュヌは『平成のミスタープロレス』、『稀代の天才レスラー』の名を欲しいままにした天才プロレスラー武藤敬司が編み出した最強必殺技であるシャイニングウィザードを繰り出す!
が、夏月は自ら横に倒れる事でダメージを逃がし、其処から強引にぶっこ抜いての『垂直落下DDT』をブチかましシールドエネルギーをごっそりと削る……夏月とヴィシュヌの試合は、正に何方が勝っても可笑しくないレベルの試合となっていた。
クラス対抗戦一年生の部で最も激しい試合展開になってるが、夏月もヴィシュヌも、その顔には笑みが浮かんでいた――夏月もヴィシュヌも、強者との戦いに歓喜して居たのだ。


「楽しいなぁ、ヴィシュヌ!IS纏ってなかったら、お互いがぶっ倒れるまで続けたい所だぜ!」

「はい、とても楽しいです一夜さん……いえ、夏月!ISバトルはシールドエネルギーが尽きたら試合終了と言うのが珠に瑕ですね。」


その中で互いに名前呼びになり、敬称も消滅!
其れは互いに相手の事を同格と認めたからであり、同時に此処からは更に激しいバトルが展開される事の証でもあるのだ――夏月を名前呼びしたヴィシュヌの頬には少しばかり朱が差していたのだが、其れは深く言及すべき事ではないだろう……人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらなのだ。


「ん~~……此れはヴィシュヌちゃんも乙女協定に追加かしらね?」


管制室では楯無がそんな事を呟いていたが、ヴィシュヌを乙女協定の新たな一員とすると考えたのはある意味当然と言えるだろう――此の試合でヴィシュヌが夏月に好意を持ったのは間違い無い……名前呼びになって敬称も無くなり、夏月を名前呼びした時に僅かに頬が染まっていたのがその証拠と言えるだろう。……其れを管制室のモニターで確認してしまう楯無が中々にヤバい気もするのだが。
だが、だからと言って楯無はヴィシュヌを排除する気は更々無かった……既に夏月は自分と簪、ロランにグリフィンも虜にしているので、今更乙女協定のメンバーが増えたところで何の問題も無いのだ――尤も、乙女協定に参加するには其れなりの実力が必要になるので、一般生徒が新たに『乙女協定』に参加するのは現状では略不可能な訳だが、逆に言えば実力さえあれば一般生徒もワンチャンありと言えるだろう。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


もう何度目になるか分からないぶつかり合いを行った夏月とヴィシュヌはまたしても間合いを離す事になり、互いに構えを崩さずに平常心を保ちつつ、次の一手を考える――夏月もヴィシュヌも相当数のシミュレートを行っている事だろう。
此れまでの攻防に於ける攻撃パターン、其れに対する有効な一手、決定的な一打をどうやって打ち込むか、其れ等を瞬時に頭の中で整理し互いに地面を蹴ろうとした次の瞬間――








―ドッガッァァァァァァァァァン








突如アリーナのシールドをブチ破って二機のISが現れた――一機は一般的なISと基本的な部分を同じにした機体でパイロットは小柄な少女の様だがバイザーで目元を隠し、もう一機は全身装甲で、機械仕掛けの天使を彷彿させるデザインをしている。
クラス対抗戦の最終試合が行われている最中でのまさかのIS学園の外からの乱入者となれば、其れはトンデモナイ事ではあるのだが、夏月もヴィシュヌも慌てる事無く二機のISを見やる。


「な~んか来たぞヴィシュヌ?さて、如何する?」

「其れを態々聞きますか?……試合を邪魔した無粋な輩には、相応の報いを受けさせます。」


ヴィシュヌの思考が若干バイオレンスだが、折角の楽しい試合を中断せざるを得なくなったとなれば、その原因を作ったモノに対して怒りを覚えるのも無理はない。まして此れからもっと楽しくなる筈だったのならば尚更だ。
夏月もヴィシュヌも試合で消耗してはいるが、試合中だった事もあって気分は高揚しており身体も充分温まっているので戦闘を行うには何ら問題はない……テンションが上がっている分だけ今の方が試合前より強いかもしれない位だ。


「さてと、そんじゃ無粋な輩には退場願いますか。」

「教師陣から撤退命令出ませんかね?」

「んなモン無視だ。俺達が撤退したら、アイツ等が観客狙うかも知れないからな……少なくとも観客の避難が済むまでは撤退は出来ないだろ。」

「確かに、其れはそうですね。」


夏月もヴィシュヌも二機のISと向き合うように構え何時でも動けるように準備をし、其れを見たバイザーの少女は口元に僅かに笑みを浮かべ、ライフルのセーフティを解除する……クラス対抗戦一年の部の最終戦は、突然の乱入者によって試合から戦闘へと強制変更されたのだった。











 To Be Continued