クラス対抗戦は第一試合と第二試合が終わり、現時点での戦績は夏月とヴィシュヌが一勝、鈴と簪が一敗と言う結果に――総当たりのリーグ戦の初戦を終えたところで一勝が二人、一敗が二人となるのは必然の結果であると言える。
引き分けと言う結果もあるが、ISバトルに於いてはドロー判定は中々あるモノでは無いので、この結果には誰もが納得していた。


「夏月とローランディフィルネィさん、そして更識会長だけじゃなく、鈴と簪さんも同系統の機体……此れは偶然じゃないよね?」

「うむ、偶然ではないだろうな。」


同時に秋五と箒が口にした疑問もまた多くの生徒、教員が思った事だろう。
夏月と楯無と簪が同系統の機体であると言うのは、三人とも日本のIS操縦者なので日本のIS開発企業が一手に引き受けたと考える事が出来るが、其処にオランダ出身のロラン、中国出身の鈴、一年二組の生徒と実技担当教師以外は殆ど知らないが台湾出身の乱の三人も同系統の機体を使用しているとなると、此れは有り得ない事だと言えるのだ。
国家代表や代表候補生に与えられる『専用機』は、国が開発を主導、或は国の依頼を受けた国内企業が制作するモノであり、其れを考えると日本国籍でないロランと鈴と乱の三人が日本国籍である夏月と更識姉妹と同系統の機体を使っていると言うのは、其れこそ何者かが此の六人の専用機を開発し、夫々の国に納得させた上で譲渡したと言う事になってくるのである。
日本の企業がシェア拡大の為に、オランダ、中国、台湾の三カ国に話を持ち掛けた可能性がゼロではないが、其れをやると言うのはその国のIS開発企業に対しての敵対行為になる上に、最悪の場合は技術その他ノウハウだけを持って行かれた上で契約を切られる危険性も高く、自社の安全を考えたら到底出来るモノではなく、個人となれば尚更だろう。


「となると、やっぱり束さんだろうな。
 クラス代表決定戦の前、僕に専用機が支給されるって話になった時、夏月は束さんお手製の専用機を持ってるって言っていたからね――其れを踏まえると、ロランさんや更識会長に妹さん、鈴と乱の機体が同系統なのも束さんが開発したモノだって考えると納得出来るよ。」

「矢張り姉さんか……」


だが此の世界にはたった一人それが出来る人間が存在する。言わずもがなISの生みの親である束だ。
束の世間一般の評価は『ISを開発して白騎士事件起こしたヤベー奴で、自分に興味のない奴とは話もしない天災』と言った不名誉極まりないモノなのだが、秋五は幼少期から、箒は妹として幼い頃から一緒に居たので、本当の束の事を知っており、確かに束は自分が興味がない事にはトコトン無関心だが、逆に自分が興味を覚えたモノ、好感を抱いた人間にはトコトン付き合う部分があり、そうであるならば束が夏月達六人の専用機を作ったとしてもマッタクオカシク無いのだ……尤も、夏月が『束さんお手製の専用機を持ってる』と発言した事は、その後のセシリアの凶行によって上書きされてしまった事で一組の生徒どころか千冬ですら記憶から吹っ飛んでいる訳だが。


「だが、ロラン達と姉さんの繋がりが見えんが?」

「単体で見るとね。だけど、其処に夏月が入ると状況はガラリと変わるんだ。
 入学式の日、夏月はロランさんと親しげに話していたみたいだった……つまり、あの二人は旧知の仲だって事だよ。鈴と乱は束さんと付き合いがあったから当然束さんとは接点がある。
 そして鈴と乱も夏月の知り合いだ、更識会長と妹さんも……一見するとバラバラに見える六人は夏月を入れた七人にする事で一本の線で繋がるんだよ。」

「うむ、成程。そう言われると納得だ。」


そして秋五は千冬ですら辿り着いてない夏月、更識姉妹、ロラン、鈴、乱と束の関係性もある程度看破していた……此の洞察力の高さは千冬を遥かに凌駕していると言えるだろう。或は、此れが試作の成功例と正規製品としての成功例の差なのかも知れないが。


「でも、そうなると夏月達の機体ってスペックが現行の第三世代を遥かに凌駕してる可能性がある訳だけど、如何に自分の得意な間合いに持ち込んだとは言え、会長さんの妹さんに勝っちゃったギャラクシーさんはトンデモナイと思うんだよね僕は。
 若しかしたら彼女の実力は一年生の中でも頭一つ抜きん出てるんじゃないかな?夏月や鈴も、ギャラクシーさんは一筋縄では行かないと思う。」

「あぁ、彼女の格闘技のセンスは見事だし、剛性と柔軟性を併せ持った肉体は其れこそ全身此れ凶器と言った感じだろう……正直、木刀を持って挑んでも今の私では敵わんだろうな。」


尤も其れ以上に、秋五と箒にとっては束製の機体を使っているであろう簪をヴィシュヌが圧倒した事に驚いていた――如何に間合いを制したとは言え、圧倒的とも言える機体の性能差を引っ繰り返したのだから。
其れが可能だったのはヴィシュヌの抜群の格闘センスと勝負勘に加え、専用機が120%彼女用にカスタマイズされていたからと言うのも大きいだろう。
ともあれ、まだ全員が一試合を終えた段階であり、イベントを盛り上げるには第三試合と第四試合で夏月とヴィシュヌに土が付いて全員が一勝一敗の状態で最終戦に突入するか、夏月とヴィシュヌ、鈴と簪がぶつかって、二勝が一人、一勝一敗が二人、二敗が一人と言う状況になる事だろう。
前者の場合は最終戦後に確実に優勝決定戦が行われ、後者の場合は最終戦の結果次第で優勝決定戦になるかと言う手に汗握る戦績になるのだから……果たして注目の第三試合と第四試合は如何なる組み合わせになり、そしてどのような試合が展開されるのか――其の期待にアリーナのボルテージは高まって行った。










夏の月が進む世界  Episode17
『燃えろ!燃やせ!完全燃焼上等クラス対抗戦!』










機体の補給の為の十分間のインターバルが終了した後、第三試合と第四試合の組み合わせの抽選が行われ、夫々のパネルが目まぐるしくシャッフルされ、凡そ五秒後に対戦表が決定された。


・第三試合:二組代表・凰鈴音vs三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー

・第四試合:一組代表・一夜夏月vs四組代表・更識簪



そして、結果はこのようになり、同時にセミファイナルとファイナルバトルは夏月vsヴィシュヌ、鈴vs簪の組み合わせになる事も決まった。何方の試合が先になるのかは、コンピューターの機嫌次第になる訳だが。
今回も奇数組と偶数組に分かれたので、夏月とヴィシュヌが同じピットルーム、鈴と簪が同じピットルームに夫々移動したのだが、控室からピットルームに移動するまでの間、対戦が決まったヴィシュヌの事を……正確に言えばヴィシュヌの胸を鈴が親の仇を見るかのような目で見ていたのは気のせいではないだろう。
いや、其れは最早『親の仇を見る目』と通り越して、いっそ『呪詛』の念が籠っていたと言っても過言ではないかもしれない……ともすれば、鈴の目の色は反転したダークシグナー状態になっていた可能性すらある――持たざる者にとって、ヴィシュヌの豊満なバストは羨望の対象であると同時に呪詛の対象でもあるのだろう。


「ヴシュヌって言ったっけかアンタ?……ぶっちゃけた事聞くけど、アンタ胸のサイズ何cmよ?」

「……はい?」


なので、アリーナに降り立った鈴が、同じくアリーナに降り立ったヴィシュヌにド直球ストレートな事を聞いてしまったのは致し方ないと言えるだろう……答え次第では更なる絶望を味わうかも知れないが、其れでもその正確なサイズを知りたいと言うのが複雑な乙女心と言うモノなのだろう。


「えっと、其れは絶対に答えないとダメですか?」

「ダメよ!さぁ、教えなさい!プライベートチャンネルでも良いから教えなさい!!」

「流石に恥ずかしいのでプライベートチャンネルで……『93cm。因みにカップサイズはDです。』

「93のDかぁ……よし、ぶっ殺す!


だがしかし、ヴィシュヌのバストサイズを聞いた鈴は速攻で怒り爆発状態となり殺意の波動に目覚めた……自分よりも15cmも大きい上にカップサイズは三つも上と言うのが火を点けたのだろう――自分で聞いておいて、答えを聞いたらブチキレると言うのは理不尽此の上ないが。

スッカリ闘気に火が点いた鈴はレーザーブレード対艦刀『滅龍』を両手に装備し、対するヴィシュヌは簪戦の時と同様にガードを高めに取ったムエタイ独特の構えをして試合開始の合図を待つ――ギラギラと闘気を燃やしている鈴と、静かな闘気を纏っているヴィシュヌの対照的な姿が印象的だ。


『会場のボルテージが上がって来た所で第三試合だ~~!!
 世界初の男性操縦者である一夜夏月と負けず劣らずの戦いをした凰鈴音と、日本の代表候補生である簪を間合いを制して下したタイの代表候補生であるヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの試合、期待するなってのが無理なモンだよなぁ?
 其れじゃ山田先生、試合開始を宣言して下さい!』

『また私なんですか!?……第三試合、凰鈴音vsヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、Go For Broken!Fight!!』



第二試合に続き、真耶のヤケクソ気味の試合宣言で始まった第三試合は、今度はヴィシュヌも鈴も互いに間合いを詰め、其処からクロスレンジの激しい攻防を繰り広げる展開となった。
鈴は滅龍の二刀流で大胆かつ威力抜群の連撃を繰り出し、しかしヴィシュヌも的確なガードでクリーンヒットを許さず、長い足を活かした鋭いローキックで鈴を攻撃する……そのローキックは脛ではなく、装甲の隙間を狙って膝に繰り出されているのが中々にエグいが。
そして、ヴィシュヌは鈴の攻撃をガードしながらローキックを繰り出しながら徐々に間合いを詰めている……間合いが近くなればなるほど、大型の対艦刀は其の力を発揮出来なくなるのでこの判断は間違いはない。
近接戦闘武器としては最強クラスの攻撃力を誇る対艦刀だが、近付き過ぎるとその威力を発揮出来ないと言う、割と致命的な弱点があるのだ……であるにも拘らず、束が鈴の機体に其れを搭載したのは、鈴の能力を最大限に活かせる武器は対艦刀だと判断したからなのであるが。


「取りました!」

「しまった!」


遂に距離を詰めたヴィシュヌは鈴を首相撲に取ると、其処から連続の膝蹴り――ムエタイで言うところの『チャランポー』を叩き込み、その締めにハイキックをブチかまして鈴をアリーナの壁まで蹴り飛ばす。
これにより鈴の機体は大幅にシールドエネルギーが消費される事に。


「ふふ、大人しそうな顔して中々エグイ攻撃して来るじゃないヴィシュヌ……ムエタイの真髄、堪能させて貰ったわ――だったら今度は、アタシが功夫の真髄を見せてやるわ!功夫だけじゃなく、中国拳法と言うモノを全て学んだアタシの拳、見せてやるわよ!」

「中国拳法の真髄……是非とも拝ませていただきましょう。」


だが鈴は余裕綽々で起き上がると、滅龍をバックパックに納刀して、ヴィシュヌに武器無しでの格闘戦を提案し、ヴィシュヌも其れを受け入れ、其処からは中国拳法とムエタイの異種格闘技戦が開幕。
打撃の種類ではムエタイの方が勝るが、手の種類に限れば中国拳法の方が豊富であり、鈴も正拳、裏拳、貫手、掌底、竜頭拳を駆使してヴィシュヌを攻撃し、ヴィシュヌは近距離用の肘や膝での攻撃を駆使して応戦する。


「こう言っては失礼かもしれませんが、その小さい身体からは想像出来ない凄まじいパワーですね?一発でも真面に貰ったら危険極まりありません。」

「チビでもパワーだけなら誰にも負けないわよアタシは!」


『此れISバトルだよな?』と思ってしまう程の見事な格闘戦だが、此処でも矢張り少しずつ無手の格闘の実戦経験の差が表れ始めた――ヴィシュヌも夏月が空手其の他格闘技での実戦経験が豊富であるのと同様、ムエタイの実戦経験が豊富であり、地元のジュニア大会では初出場から三連覇しているバリバリのムエタイファイターなのである……となると、あくまでもISバトルの補助手段としての中国拳法しか修めていない鈴では地力に差があり敵わないのは道理。気合と根性で経験の差を埋めるのにも限度があるのだから。
更に鈴が押され始めたのは体格差もあるだろう。
ヴィシュヌと鈴の身長差は10cm以上もある上に、足の長さを比べると圧倒的にヴィシュヌの方が足が長いのである――鈴も何方かと言えば足が長い部類に入るのだが、ヴィシュヌは最早『身体の半分以上が足』と言う位に足が長い。その長い足で回し蹴りの様なリーチの長い技を振られると、回避するのが難しく、間合いが開いてしまうと其の長い蹴りに阻まれて再度近付く事すら困難なのである。


「身長だけじゃなくて胸にも圧倒的な差があるってだけでも理不尽だと思ってるのに、足もアンタの方が圧倒的に長いとか理不尽極まりないんじゃないの此れ!?
 何でそんなに足長くなってんのよアンタ!!」

「小学校に上がる前からムエタイの特訓をしていて、蹴りの練習で足を振る事が多かったので、其れで足が伸びてしまったのかもしれません……加えてヨガも行っているので身体も柔らかいので余計に伸びたのかもしれませんね?」

「ヨガをやってると、ヤッパリ足が伸びるんかーい!!
 ちぃ、武器ありの近接戦闘でも、武器無しの格闘でも分が悪いとなったら……しゃーない、格闘技対決は此れでお終いよ!こっからは、アタシの好きな様に戦わせて貰うから!!」

「今までも随分と自分の好きなようにやっていたと思いますが……と言うのは野暮なのでしょうね。」


無手の格闘でも分が悪いと判断した鈴は『格闘技対決はお終い!』と宣言すると、自らバックステップで距離を取り両腕に装備された小型シールド『鋼龍』からワイヤー付きのクローを射出してヴィシュヌを攻撃する。
ワイヤークローは、本来は遠方の相手を捕まえて強引に自分の間合いに引き入れる為の装備だが、クローを閉じた状態で振り回せば先端に鈍器の付いた鞭として使用する事も可能な、意外と用途の広い武器だったりする――其れを此の場で思い付いて実行する鈴の戦闘センスは見事なモノだ。
同時に此の攻撃はヴィシュヌにとっては厄介なモノと言えるだろう。
自分の間合いの外からの攻撃である事に加え、縦横無尽に攻撃が走り、鈴との間合いを詰めようとすれば巧みなワイヤー捌きで後ろから攻撃が飛んで来る――更には龍砲も撃って来ているのだからバリバリ近接格闘型のヴィシュヌには不利な状況だ。


「衝撃砲は一発一発の威力は低いのですが、其れも塵も積もれば山となる……ならばここは肉を切らせて骨を断つとしましょう。」


此のままではジリ貧と考えたヴィシュヌは、何を思ったのか突如完全に動きを止めて鈴と向き合う姿勢に……しかもムエタイの構えをするでもなく、完全に脱力していると言う状態なのだ。更には両目を瞑るおまけ付き。


「諦めたって訳じゃないわよね?……何を狙ってるのかは知らないけど、棒立ちなら只の的よ!」


鈴もヴィシュヌが何かを狙っているであろう事は察したが、相手の方から動きを止めてくれたのならば此れ以上の好機は存在しないので、鈴は両肩のアーマーからビームブーメラン『飛龍』を引き抜くと其れをヴィシュヌに向かって投擲し、更にワイヤークローでの攻撃を行う。
此の攻撃を真面に喰らったらドゥルガー・シンのシールドエネルギーは大幅に削られ、一気にヴィシュヌが不利になるのは火を見るよりも明らかだ。


「此れは、予想以上に良い攻撃が来ましたね……」


だが、此処でヴィシュヌは目を開くと自分に向かって来た飛龍を蹴りで迎撃すると同時に勢いを失った飛龍を其の手に取り、ワイヤークローのワイヤーを斬ってクローを落下させる。『1G下で10tの物質を振り回しても切れない強度のワイヤー』であっても、流石にビームエッジを跳ね返す事は出来なかったようだ。
其のままヴィシュヌは飛龍を両手に持って鈴へと突撃する!


「ビームブーメランを迎撃するだけじゃなくて、其れを逆に自分の武器にするってマジでドンだけよアンタ……龍の結界、は使えないわね。今使っても飛龍を投げられたら意味が無い――飛龍は元々アタシの武器だからチェーンに当たっても龍砲は自動発射されないし。
 こうなったら、此処からは根性比べよ!」


鈴は龍砲を放ってヴィシュヌを止めようとするが、龍砲を喰らってもヴィシュヌは止まらない――衝撃砲は空気が存在する限り無限に撃つ事が出来る武装だが、圧縮空気の弾丸は実弾やビームと比べると圧倒的に威力が低く、ヒットしても削れるシールドエネルギーは少ない……言うなれば『威力は低いけど弾数無限状態だから撃って撃って撃ちまくって相手のシールドエネルギーをガリガリ削れ』と言った感じの武装なのだ。束が改造を加えても、圧縮空気の弾丸に実弾級の威力を搭載するには至らなかったのである。
故に被弾したとしても一撃でシールドエネルギーが激減する事は無いので、多少の被弾を必要経費と割り切って強引に接近する事は難しくないのだ――『初見でなければ』との条件が付くが、先の夏月と鈴の試合と此の試合で衝撃砲の本質を見抜いたヴィシュヌは見事と言えるだろう。


「はぁ!!」

「どっせい!!」


遂に間合いに入って来たヴィシュヌに対し、鈴は滅龍の二刀流ではなく、滅龍を柄の部分で連結させた双刃式の超大型ブレードで対応する。小回りの利くビームブーメランショートビームブレードの二刀流に対して、大型の対艦刀二刀流では分が悪いと考え、棒術の動きも使える双刃式の大型ブレードを選択したのだ。
双刃式の大型ブレードも振りは大きいが、棒術の円運動も出来るので対艦刀の二刀流よりも威力は落ちるが取り回しの点では勝るのである。
其処からは互いに退かない猛烈な剣劇が開幕!
ヴィシュヌの超高速の逆手二刀の攻撃に対し、鈴は双刃式大型ブレードをバトンの様に回して其れを捌くと、棒術の要領でブレードを振り回して攻撃する――が、ヴィシュヌは其れを飛龍で受け流す。何方も決定打を欠く剣劇だ。


「貰った!!」

「!!」


何合目かの打ち合いの後、鈴はローキックを放ってヴィシュヌの態勢を崩すと、双刃式大型ブレードを分離させ、今度は平行に連結しての連刃刀にすると一気にヴィシュヌに振り下ろす!当たれば必殺間違いなしだ!


「実は、其れを待っていました。」


その必殺の一撃をヴィシュヌはまさかの白羽取り!
しかも只の白羽取りではなく、飛龍を滅龍の両脇に刺す形での白羽取りだ……普通の白羽取りならば兎も角、ビームエッジを突き立てられた滅龍はバチバチと火花を上げ、次の瞬間には爆破炎上!
其の爆風を至近距離で喰らったヴィシュヌも鈴もシールドエネルギーを大幅に減らす事になったが、此れで赤雷に搭載されている武装は龍砲を除いて全て使用不能になってしまった……となれば、降参するしかないのだが、人一倍どころか十倍は負けず嫌いな鈴には降参すると言う選択肢は無かった。
勝てないと分かった相手に潔く降参するのも一流の証だが、勝てないと分かった相手に対して降参せずに最後まで足掻くと言うもまた一つの選択肢と言って良いだろう。
最後まで足掻くと言うのは、己と相手の実力差をトコトン徹底的に見極め、そして次の戦いの時までにその差を埋めるには何をすべきかを考える為の行為とも言えるのだから――尤も、己と相手の実力差を理解しないで無駄な足掻きをする蛮勇も居るのだが。


「そう来たか……でも、アタシは降参しないわ!ヴィシュヌ、アンタの最高の技でアタシの首を掻っ切れ!!」

「行きますよ鈴さん……此れが母から受け継いだ私の奥義の一つです!!」


覚悟を決めて一気に突進して来た鈴に対し、ヴィシュヌはカウンター気味のエルボーを放つと、間髪入れずに二連続のハイキックからの鋭い飛び蹴りのコンボを叩き込んで鈴のシールドエネルギーを削り切る……最後の最後でヴィシュヌの予想外の白羽取りで龍砲以外の全ての武装を失ってしまった鈴が敗北したが、其れでも此の試合が白熱したモノだったのは間違いないだろう。
アリーナを埋め尽くすほどの拍手が、其れを物語っていた。
同時に此れで鈴は二連敗なのだが、二組の生徒が其れを責める事は無いだろう――この二試合、鈴は出し惜しみをせずに全力で戦ったのだから。全力を尽くし、それでも勝てなかった事を責めるのは幾ら何でもお門違いどころの話ではないのだから。


「今回はアタシの負けね……だけどアタシは今よりももっと強くなってアンタにリベンジさせて貰うわ――其の時はついでにそのデカパイ切り落としてやるから覚悟しときなさいよコンチクショー!!」

「流石に切り落とされるのは遠慮したいですね……尤も胸が育ちすぎたせいでムエタイの階級を三つほど上げる事になったのでバストダウンを試みたのですが、どうにも上手く行かなかったので少し悩んではいましたが。」

「胸が育ち過ぎて階級上げる事になったって、何kgあんじゃいそのデカパイは!!」

「両方で3㎏位でしょうか?量った事ありませんので分かりませんが。」

呪殺すんぞ即席ホルスタイン!!


最後の最後でバストサイズの話になって何とも締まらない結果になってしまったが、其れでも此の試合が観客に与えた印象が大きいのは間違いないだろう――同時に此の試合は第二試合に続き、またしてもヴィシュヌの実力の高さを証明する試合となったのだった。








――――――








「かんちゃんだけじゃなくリンちゃんにも勝っちゃうとは、此れはトンデモな逸材かも知れないね、タイの国家代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー――ヴィーちゃんは。
 先に『乙女協定』に参加したグリちゃんも中々の実力者みたいだし、如何やらかっ君の周囲には女性としての異なる魅力を持っている実力者が集まってる感じだね此れは……ヴィーちゃんとグリちゃんの機体の改造案も考えておいた方が良いかもね。」


IS学園のアリーナにハッキングをかましてクラス対抗戦をリアルタイムで観戦してた束はこんな事を呟いていたのだが、束の琴線に触れたヴィシュヌとグリフィンは相当の実力者であると言えるだろう――束は可能性のない凡人には全く興味を示さないのだから。逆に言えば、束が興味を示した相手は、一見すれば凡人でも実はトンデモナイ実力の持ち主であったりするのだ。
そしてその筆頭が夏月だ――『織斑一夏』であった頃は千冬と秋五と比較されて蔑まれ、不当に低い評価を受けていたが、束は夏月の底知れない潜在能力に気付き、父である劉韻にその事を話した結果、『お前も気付いていたか……だが、彼の潜在能力は剣道では発揮されまい。故に、一夏君には剣道ではなく剣術を教えようと思っているのだがお前は如何思うか?』と相談され、束も『い~んじゃない?いっ君には多分だけど実戦的な剣術の方が向いてるって思うし……いっその事お父さんがいっ君の事を最強の剣士にしちゃえば?』と提案した事で当時の一夏が劉韻より『篠ノ之流剣術』を教えられるようになったと言う流れがあったりするのだ。


「しゅー君も相変わらず才能に胡坐を掻かずに努力してるし、いっ君の死を切っ掛けにあのクズに自分の意見を言うようになったから此れからも伸びるだろうね。
 そんでもってしゅー君には箒ちゃんとセシリアちゃん……セッちゃんが居るみたいだし、『織斑』の男性の遺伝子には魅力的な女性を引き付ける特別な能力でもあんのかね?……セッちゃんは最初は束さんもドン引きのDQNだったけど、しゅー君に負けた後は一転して立派に英国淑女やってっからな~~?
 ほ~~んと、なんだって平気で人裏切るどころか人の命を危険に晒す様なクズの弟君達があんなに良い子なのか不思議でならないよ……ま、あのクズはそう遠くなくしゅー君にも見限られるんだろうけどね。」


同時に束は世間一般で『優秀』とされている人物が本当に優秀であるか否かを見極める力も持っていた――その束のお気に入りである秋五は矢張り紛れもない天才であると言う訳だ。セシリアの事も独特の愛称で呼んでいる辺り、その秘められた力も見抜いているのだろう。


「にしても、何だってしゅー君の機体に零落白夜が搭載されたんだろ?
 ヒカルノちゃんに、『上が一次移行段階からワン・オフを発現する機体を作れって無茶振りして来た』って泣き付かれてかっ君達の機体の設計データを『使い終わったら破棄する』って条件で送ってやったけど、開発に成功したとしてヒカルノちゃんがあんな危険物搭載するとは思えねーんだよね?私ほどじゃないけど間違いなく天才で、私以上の変人だけど良識は弁えてる訳だし。
 詳しい事聞こうにも電話しても出ねーし、メッセージも既読付かねーし、よっぽど忙しいんかね?……ま、何れ連絡は取れるっしょ。
 其れよりも、次はかっ君とかんちゃんの試合だね!全く真逆の性能の黒雷と青雷……さっきのヴィーちゃんと同様に完全近接戦闘型のかっ君に対してかんちゃんが如何戦うのか!コイツは今場所注目の一番だね!」


束としては秋五の『白式』に零落白夜が搭載されている事が疑問だったようだが、白式の開発者とは全く連絡が取れない状態なので聞くに聞けない状態であるようだ……直接会いに行けば良いとも思うが、束がそうしないと言うのは相応の理由があるのだろう。
其れよりも束は次の夏月と簪の試合の方に意識が向きモニターに全集中だ――実の弟の様に可愛がっていた夏月と、その夏月に思いを寄せる少女の一人である簪の試合は絶対に見逃す事は出来ないのだろう。下手すれば変装して学園で直接観戦していたかも知れない。
そして、モニターの向こうでは丁度夏月と簪がピットから発進してフィールドに降り立ったところだった。








――――――








ピットからアリーナに降り立った夏月は即座に居合いの構えを取り、簪は機体に搭載されている火器を全開にして待機する――先の簪vsヴィシュヌ同様の完全近接戦闘型と完全遠距離戦闘型の組み合わせだが、夏月は徒手空拳ではなくメインの攻撃は龍牙による斬撃なので、試合の展開は異なってくるだろう。


「俺達の番か、楽しもうぜ簪?」

「うん……って言いたい所だけど、夏月が相手だと楽しむ余裕はないかも知れない。」

「何で?俺が相手じゃ不満か?」

「不満じゃないけど、夏月は弾丸だけじゃなくてビームまで斬るから完全遠距離型の私としては最もやり辛い相手なんだよ?まさか、現実でビームを斬る馬鹿が居るとは思わなかった。
 ビームを斬るなんて、私が知ってるだけでもガンダムSEEDのキラくらいだよ?」

「あ~~……でも俺とキラってある意味同じ様な存在だから、其れを踏まえると俺がビーム斬れてもオカシクなくね?」

「其れは確かに。」


弾丸どころかビームまで斬り飛ばしてしまう夏月は簪にとっては最もやり辛い相手なのだが、だからと言って棄権すると言う選択肢は存在しなかった――思いを寄せる男性(ひと)との試合はトコトンまで遣り合いたいと思ったのだろう。


「だけど、今日は夏月が弾丸やビームを斬れようが斬れまいが関係ない戦術を考えて来た……だから、夏月を楽しませる事は出来るかも知れない。」

「俺用の戦術とはVIP待遇だな?楽しませて貰うぜ簪。」


そして簪は対夏月用の戦術を用意して来たらしい……となると、此の試合は鈴vsヴィシュヌの試合以上の激しいモノになるのは間違いないだろう。夏月も簪も闘気とやる気に満ち溢れているのだから。


『会場の皆、盛り上がってるかー!?盛り上がってるよなぁーー!!
 第四試合、世界初の男性IS操縦者一夜夏月vs日本の国家代表候補生更識簪……デュエル、スタートォォォォォォ!!』

『また振られると思って準備してたら、今度は振られなかった~~~!?』



今度は放送部の生徒による試合開始が宣言され、それと同時に簪は機体に搭載された火器を一斉発射してのフルバーストをぶちかまして夏月を攻撃する!
無数の小型ミサイルに高威力のビーム、そしてリニアバズーカから撃ち出される多種多様な弾丸によるフルバーストは確かに弾丸もビームも斬る事が出来る夏月であっても対処するのは難しいだろう。
特に厄介なのがリニアバズーカ『絶』から放たれる多種多様な弾丸だ――徹甲弾、散弾、榴弾だけならば兎も角、其処に火炎弾、氷結弾と言った特殊弾丸を混ぜられると中々に厳しいモノがあるのだ。
氷結弾と火炎弾は両方斬ってしまうと急激な温度変化で龍牙が破損する可能性があるし、粘着弾を斬ってしまったら身動きを封じられ、硫酸弾を斬ってしまったらその時点で龍牙は溶けて使用不能になってしまうのだ……対B・O・Wガス弾だけは斬ったとしてもマッタク問題ないのだが。


「成程、此れは確かに近付くのは簡単じゃないか……だけど、甘いぜ簪!」


そのフルバーストに対して、夏月は回避しながらビームダガー『龍爪』を両手に展開すると、其れを無数のミサイルに投げ付けて何発かを迎撃すると同時に誘爆によって他のミサイルを破壊し、更にはその爆煙で簪の視界を遮りロックオンを強制的に解除する――ISにはハイパーセンサーがあるが、完全に視界が遮られてしまっては流石に周囲の状況を完全に把握する事は出来ないのだ。


「視界を……爆煙に紛れて奇襲を仕掛ける心算?」


視界が遮られた簪は、夏月が爆煙に紛れて奇襲を仕掛けてくると考えて龍尾を構えて近接戦闘に備える……そして奇襲を仕掛けて来るなら背後からだと考えて背後に神経を集中させていたのだが――


「呼ばれて飛び出てこんにちわ!どーも、一夜夏月DEATH!」

「!?」


その簪の予想を裏切って、夏月はまさかの真正面からコンニチワ!
簪の予想は間違いではなかったが、夏月は簪の予想を読んで裏の裏を突いたのだ――更識の仕事に携わって来た事で、夏月は実戦における駆け引きも可成り成長しているのだ。特に何度も共に修羅場を潜り抜けて来た楯無の裏技の彼是は確り学んでいるので、相手の裏の裏を突く事くらいは朝飯前の夕飯なのだろう。
逆に言えば、簪は機体のテストの為に一度前線に出ただけで、後はバックスに徹していたので駆け引きの面では夏月に負ける部分もあったのかもしれない――だとしても、対夏月用の戦術を確りと構築して来た簪の能力の高さは否めないが。


「オラァ!」

「くぅ!!」


だがしかし、近距離戦に持ち込まれてしまっては簪としては分が悪い事この上ないだろう――夏月の鞘を使った疑似二刀流の攻撃は苛烈であると同時に隙が無いので簪は龍尾で防ぐのが精一杯の状態だったのだ。
同時に其れは完全に防ぐ事は出来ず、簪は少しずつ、しかし確実にシールドエネルギーを減らす結果に。


「終わりにするぜ……」


此処で夏月はイグニッションブーストからの居合いを放つと同時にワン・オフ・アビリティを使用して、簪に居合いと同時に無数の空間断裂を喰らわせる――夏月が龍牙を逆手に持ち直して納刀した瞬間に無数の空間断裂が簪を襲ってシールドエネルギーを削り切る!!……居合いの後で龍牙を手元で回転させてから逆手に持ち替えてのスタイリッシュな納刀に多くの乙女がハートを撃ち抜かれたのだが、其れは今は良いだろう。


「此れでも駄目だったって、ちょっと自信無くす。」

「いや、俺も結構ヤバかったぜ?……ぶっちゃけて言うと、ダガーでの迎撃が巧く行かなかったら俺がジリ貧だった――あのフルバースト、俺以外の相手だったら間違いなくKOされたんじゃないか?――楯無さんなら如何にかするだろうけど。」

「お姉ちゃん、割とチートキャラだからね。」


此の攻撃で簪の機体はシールドエネルギーがゼロになって試合終了――鈴と共に二連敗してしまったが、その顔は晴れやかだ……負けたとは言え、夏月と本気で遣り合ったと言う事に満足したのだろう。
夏月と簪は、互いの健闘を称える握手を交わすと、夫々のピットに戻って行った。
そして現時点での戦績は――


一夜夏月:二勝0敗
凰鈴音:0勝二敗
ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー:二勝0敗
更識簪:0勝二敗



と、この様になり、次の試合が優勝決定戦と最下位決定戦になるのである――だからこそ、次の試合は此れまで以上に負けられないモノになるだろう……次の試合で一年の最強と最弱が決まるのだから。……とは言っても、一年のクラス代表の実力は明確な序列を付け難い『ドングリの背比べ』状態なので、クラス対抗戦の結果は一つの指標でしかないのだが。
だが、最終戦で優勝と最下位が決まると言う分かり易いシチューエーションに会場のボルテージは此の上なくぶち上がり、否応なくセミファイナルとメインイベントがバリバリ盛り上がるのは間違いないだろう。








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同じ頃、IS学園の遥か上空では……


「うん、実に見事な試合だったな一夏、いや夏月……其の実力、最早アイツを越えてると言えるだろう――ククク、此れは会うのが楽しみになって来たぞ。」

「其れは良いから、取り敢えず鼻血拭け。」


夏月の試合を見たマドカが鼻から愛を噴出してナツキが呆れてティッシュを渡していた……マドカはIS操縦者としては相当に高い腕前を誇るのだが、夏月と秋五の事になると途端にポンコツになる『残念な実力者』でもあるのだ。


「で、どのタイミングで仕掛けるんだ?最初の予定通り、一年の部の最終試合で良いのか?」

「いや、予定を変更して夏月の最終戦、其れが中盤に差し掛かったところでやる。アイツの機体が動ける状態で、尚且つアイツ自身が私達と戦える状況でなければ意味が無いからな――遅れるなよナツキ?」

「ふん、誰に言っている?」


だが、マドカは夏月の勇士に鼻から愛を噴出しても思考は鈍っておらず、夏月の最終戦が中盤に差し掛かったところで仕掛ける旨をナツキに伝え、ナツキも其れを了承していた――如何やらクラス対抗戦は夏月の最終戦が大きなポイントになるのは間違いないだろう。











 To Be Continued