クラス対抗戦第一試合は夏月vs鈴となり、夏月は自分のピットルームで出撃の準備をしていた。
機体を展開し、動作に異常がないかの最終チェックをし、何時も通り動く事を確認するとカタパルトに向かうのだが……
「なんでお前達も居るんだよロラン、オルコット。それにグリ先輩まで。」
「なんでだって?愚問だな夏月……観客席で見るよりもピットルームで見た方が君により近い感覚で観戦出来るからに決まっているじゃないか。
臨場感で言えば観客席の方が上なのかも知れないが、ピットルームにはアリーナの詳細を知るためにアリーナに設置された全てのカメラで撮影された映像がリアルタイムで、それも最高画質の8Kで流れて来るから、観客席で見るよりも迫力があるんだよ。」
「其れに、此処なら試合に向かう君をお見送り出来るし、試合を終えた君を迎える事が出来るでしょ?」
「私はクラスメイトとして激励に参りましたの。」
ピットルームにはロラン、グリフィン、セシリアの姿があった。
其れらしい理由を言ってはいるが本当の理由は別にあり、彼女達がピットルームに居るのは楯無から『万が一トラブルが起きた時に即動けるようにピットルームで待機していて欲しい。』と頼まれたからであり、その際に『試合に出る選手には余計な負担を掛けたくないから、ピットルームに居る理由は適当に誤魔化しておいて♪』とも言われたので、実際に適当かつ其れらしい理由を言った訳だ。
同じ理由で鈴側のピットルームには乱、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー、の三人が待機しており、乱は『クラスメイトのお見送りとお出迎えの大役を任された。』、ダリルとフォルテは『何か面白そうだからコイツに付いて来た』とピットルームに居る理由を鈴に説明していた。
無論楯無とて、『万が一』との理由だけで六人もの専用機持ちをピットルームに待機させている訳ではない――更識の長の、『楯無』としての第六感が今日のクラス対抗戦で何かが起きると告げていたのだ。
『楯無』となるべく幼い頃からありとあらゆる英才教育を受け、若干十三歳で暗部の仕事に携わって来た彼女の第六感は一般人の其れとは比べ物にならないモノであり、暗部の仕事の場でも第六感に従った事で命の危機を回避した事も一度や二度ではないのだ……そんな己の第六感が『何かが起きる』と告げた以上、楯無は其れを無視する訳には行かなかったのである。
ならば何故ロラン達専用機持ち六人をピットルームに待機させているのかと言えば、トラブルが発生した際に観客席の出入り口が外部ハッキングによってロックされてしまった時の事を考えてだ――仮にもしそうなってしまった際にピットルームで待機している六人が観客席に居たら、一般生徒達と共に観客席に閉じ込められる事になリ、トラブルに対処出来る手が減ってしまうだろう。
だが、管制室とピットルームはセキュリティの事を考えて観客席の出入り口とは別系統から電源を取っており、ロックこそ特殊電子キーかカードキーで行われているが外部ハッキングが出来ない様にネットワークには接続していなので、ピットルームか管制室に居れば閉じ込められる事は無いのだ……観客席はネットワーク接続をしておいた方が開閉がスムーズであり、外部からの客を入れた時に都合が良いのでハッキングに対するセキュリティが若干弱くなってしまっているのだ。其れでもファイヤーウォールの強固さは一般企業のモノとは比べ物にならないのだが。
尚、楯無自身は管制室に詰めており、有事の際には現場の指揮を執る事になっている。
此れに関しては千冬も現場の最高指揮官であるのだが、楯無は千冬の指揮系統から外れた独立した指揮系統を学園長から特別に与えられている――千冬はあくまでも一教師に過ぎないが、楯無は日本の暗部の長……であるのならば、楯無には自由に動いて貰った方が学園としても安心出来るのだ。楯無が訓練機を使った模擬戦とは言え、千冬と引き分けたと言う実績も大きいだろう。
「まぁ、応援してくれるってんなら良いけどよ……つか、オルコットは此処に居て良いのか?ぼやぼやしてっと篠ノ之に秋五の事取られちまうぞ?お前と違って、篠ノ之には『幼馴染』って最強クラスのアドバンテージが有る訳だしな。」
「オホホ……その程度のアドバンテージなどひっくり返して見せますわ。イギリス人は恋と戦争では手段を選びませんの。とは言いましても、正攻法での手段は選ばないと言う事ですが。」
「其れなら良いけどよ……まぁ、頑張れや。
そんじゃ、そろそろ時間なんで俺は行くぜ?」
「あぁ、行ってらっしゃい夏月。一筋縄で行く相手ではないだろうが、だからと言って君が負けるのは想像出来ないからね……是非とも華麗に勝利を収めて帰って来ておくれ。」
「バッチリ決めて来てよ、カゲ君!!」
「うっす、全力でやって来るぜ!」
『システムオールグリーン。進路クリア。騎龍・黒雷、発進どうぞ。』
「一夜夏月。黒雷、行きます!」
楯無が己の第六感に従ったセキュリティが敷かれている中、夏月はロラン達と軽く言葉を交わすとカタパルトに入り、其処から一気にアリーナへと飛び出し、略同じタイミングで逆側のピットからは鈴がカタパルトで飛び出し、そしてこれまた同じタイミングでフィールドに降り立つ。
クラス対抗戦一年生の部は第一試合からガチンコのセメントバトルになるのは間違いないだろう。
夏の月が進む世界 Episode16
『クラス対抗戦は最初から手加減不要の全力全壊!』
フィールドに降り立った夏月と鈴を見て、観客席は一年一組のクラス代表決定戦の時と同じざわめきに包まれていた。
その理由は簡単、夏月と鈴の機体が武装以外は全く同じだったからだ――一年の生徒は一夏とロランが同型の機体を使っている事に(二組の生徒は乱も同形の機体を使っている事に)、二年以上の生徒は楯無と同系統の機体を使っている三人目が現れた事に驚いているのだ。
武装は違うが、本体の形状は全く同じであり、違いがあれば機体カラーが夏月が黒で鈴が赤であると言う事だけである。
そして千冬は管制室で、『凰妹だけでなく、凰姉も同型の機体だと……?』と、夏月、ロラン、楯無、鈴、乱がどの様な関係であるのかを疑問に思っていたが、真実に辿り着くのは難しいだろう。その裏に嘗て裏切った親友の存在を感じてはいたが、彼女と夏月達との接点がまるで分らないのだから。
鈴と乱に関してはは過去の事から束との接点があるとは思えても、夏月と更識姉妹、ロランに関しては全く謎で、夏月と更識姉妹は更識家での同居と言う接点があるモノの、其の三人とロラン、鈴、乱の三人の接点が見えず、鈴と乱以外の四人が如何にして束と接点を持つに至ったのか、其れが分からない以上真相は不明なままなのだ。
「其れがお前の専用機か……攻撃的なお前にはピッタリの装備って感じだなオイ?特に背中にマウントされた大型のブレード……ソード・インパルスみたいでカッコいいじゃねぇか!」
「ビームブーメランと、クローシールドも搭載してるわよ?」
「何ぃ!お前の専用機はソード・ストライクとソード・インパルスのハイブリッドだったのか!!」
そんな事は全くお構いなしに、夏月と鈴は自然体で向き合い、夏月は無形の位で、鈴はレーザーブレード対艦刀『滅龍』を右手で順手、左手で逆手に構えて臨戦態勢はバッチリと言った感じだ。
互いに龍を模したフェイスパーツで口元以外は見えない状態だが、フェイスパーツの下ではその目に闘気を宿した猛獣の如き獰猛な表情を浮かべているだろう。夏月も鈴も強者との戦いは何よりも望んでいるモノなのだ。
『其れでは、クラス対抗戦一年の部第一試合、一夜夏月vs凰鈴音!デュエル、スタートォォォォォォォ!!』
『其れは、間違ってないけど間違ってます!!』
若干突っ込みどころ満載の試合開始宣言と同時に夏月と鈴は飛び出し、鈴は右手で斬り下ろしを、左手で斬り上げを繰り出し、夏月は斬り下ろしを龍牙で受け、斬り上げを鞘で受け、其れを捌くと空手の前蹴りを繰り出す。
両手が塞がっていたので鈴はガード出来なかったが、自ら後ろに飛ぶ事でダメージを最小限に止めると、鈴は滅龍を両手で順手に握り直してイグニッションブーストからの連続斬りで夏月に攻撃する。
其の攻撃は、暴風の如き激しさだが、夏月は龍牙と鞘で見事に捌いて行く――其れも真正面から受けるのではなく斜めの角度で完璧に受け流しているので所謂ガードダメージも略ゼロになっているのだ。
「身の丈以上の大型ブレードの二刀流とは、相変わらず小さいくせにパワーだけはぶっ飛んでんなお前?山椒は小粒でも辛いってか!」
「中華料理、特に四川料理の決め手は山椒なのよ!って言うか、小さいって言うな!此れでも、10cm伸びてるんだからね!!アンタがデカくなってるだけでしょ!」
「中学三年間で30cm近く伸びたからな俺は……でも、お前は背は伸びても、相変わらずまな板だなぁ……まぁ、俺は胸の大きさなんてのは気にしないけどな。貧乳には貧乳の魅力がある!
とあるネット記事で、『巨乳との夜のバトルは逆に大味』って見た事あるし!」
「何の慰めにもなってないわよバカヤロー!!ってか、まな板って言うな!!」
「悪い悪い、なら下ろし金で如何よ?アレは平たんじゃないから。」
「平たんじゃないけど、アレに付いてるのは膨らみじゃなくて鋭い突起でしょうがアホンダラ!!」
激しい攻防を行いながらもこんな軽口を叩き合えるのは、逆に言えば激しい攻防を行いながらもまだ夏月と鈴にはギリギリではあるが余裕があるからだろう。
それから暫くは激しい剣劇が展開されたが、此れでは埒が明かないと考えた鈴は、大振りの斬り上げを繰り出して夏月に其れを捌かせると同時に、スライディングキックを繰り出して夏月の態勢を崩すと、其処から高角度の後回し蹴りを繰り出す!
「ち、そう来たか!」
だが、夏月はその蹴りを後ろに飛ぶ事で最小限のダメージでやり過ごすと、両手にビームダガー『龍爪』を持てるだけ展開すると、其れを連続で投擲し『貴様が何秒動けようと関係ない処刑方法を思い付いた』DIO様の如き攻撃を行い、しかし鈴は滅龍を柄の部分で連結させると、其れを棒術の『旋風棍』の様に回転させて全ての龍爪を迎撃し、イグニッションブーストで夏月に近付くと――
「行くわよ!」
蹴り足を地面に付けない連続蹴りからの蹴り上げ――ストリートファイターⅢ3rdの春麗の最強スーパーアーツとして有名な『鳳翼扇』を繰り出す。一瞬で間合いを詰める事が出来るイグニッションブーストからの連続攻撃は強烈無比の攻撃であり、普通ならば反応するのは難しいだろう。
「ふっ!はぁっ!とりゃあ!!!」
「此れは、伝説のウメハラブロッキング!ゲームなら兎も角、現実のバトルで其れをやる馬鹿が居るとは思わなかったわよ!」
だが、夏月は其れを全段見事に捌き切ってノーダメージでやり過ごすと、カウンターの鞘打ちを繰り出し、其処から返しの鞘当てを叩き込むと居合いの一閃から逆手居合いの連続技を叩き込み、コンボの締めに鍛える事も出来ず、動作の彼是から装甲で覆う事も出来ない喉笛にスタン・ハンセンも驚きの見事なウェスタン・ラリアットをブチかまして鈴をアリーナの壁付近まで吹っ飛ばす!
「今のは可成り効いたわ夏月……でも、アタシはまだ戦えるわ!」
「その頑丈さと根性には敬意を表するぜ……どんだけ頑丈なんだテメェは?つか、俺が知ってるよりも頑丈になってねぇか?機動力と頑丈さを併せ持ってるって、其れは割とチートキャラだろ!!」
「褒め言葉と受け取っておくわ!今の一撃でアタシの機体のシールドエネルギーの残量は65%まで減っちゃったけど……其れだけあれば、アンタに勝つ事は不可能じゃないわ!」
「ったく、俺が言えた義理じゃないが、諦めない奴ってのは心底厄介だぜ……だが、そう来なくちゃな!!」
だが、鈴の機体はシールドエネルギーは大きく減少したがまだ健在で、そして鈴の闘気も消え去っていないので試合は続行なのだが……夏月の機体が未だシールドエネルギーが略満タン状態であるのに対し、鈴はシールドエネルギーが残り65%であると言うのは鈴にとっては圧倒的に不利な状況であると言えるだろう。
此のまま夏月に逃げ回れてしまったら、タイムオーバーでの判定負けは避けられないのだから。
しかし、鈴は絶望する事無く、それどころか更なる闘気を燃やして夏月に苛烈極まりない攻撃を繰り出して来る――がしかし、夏月はそんな鈴の攻撃を全て受けつつ的確に捌いてダメージは最小限に止めている……傍目には鈴の猛攻に夏月が防戦一方になっているように見えるだろう。
「(く……何で?何でこうも全部の攻撃が捌かれるのよ!?対艦刀は振りが大きいって言っても、だからってこうも完璧に捌き切れるモノなの!?)」
しかし、攻めている側である鈴は自分の攻撃が夏月に決定的な一撃を与える事が出来ていない状況に焦りが生まれていた。
夏月とてダメージはゼロではないが、其れはあくまでも鈴の攻撃を避けられずにガードした際に生じる微々たるモノで、格闘ゲームで言うところの『削りダメージ』のような感じであるのだ。
鈴は最強ではないが、しかし中国の代表候補生の序列一位であり、実力的には国家代表と遜色ないレベルだ……でありながら、夏月に攻撃を捌かれているのかと言えば、此れは単純に経験した『実戦』のレベルに差があるからだ。
夏月も鈴もISバトルの実戦経験は豊富であり、単純にISバトルのみの経験ならば恐らく大きな差はないだろうが、其れ以外の『実戦』の経験となると此れは大きく異なって来る――鈴は功夫を中心とした中国拳法を会得しており、ISバトルに於いても其れを巧みに使用しているのだが、生身で中国拳法の大会に出場した事はマッタク無くあくまでもISバトルに於ける戦闘技術の一つに過ぎない。
夏月もまた剣術以外に空手、柔術と言った格闘技を身に付けているが、鈴とは違い夏月は空手の大会に出場し、中学時代は全国制覇している上に、更識の仕事でも修めた武術を使っている……加えて更識の、暗部の仕事は時に命の危険が伴うモノであるため、ISバトル以外の『実戦経験』では雲泥の差があるのだ。
あくまでもスポーツとしての実戦しか経験のない鈴と、戦場での実戦を経験している夏月では『勝負勘』にも差が出てしまい、其れが鈴が夏月に決定打を与えられない要因となっているのだ。
「(悔しいけど、今のアタシじゃ夏月に勝つのは難しいわね?……でも、久しぶりの格上との戦い、燃えて来るじゃない!)」
夏月と己の力量差を知った鈴だが、其れでもフェイスパーツから唯一見える口元には笑みが浮かんでいた。
彼女の実力は最早中国国内では敵無しの状態にまでなっており、現在序列二位の少女とも最初の頃は互角に戦っていたが、此処最近は圧勝するようになってしまい、少し物足りなさを感じていた――そんな中で再会した想い人は、自分が想像していた以上に強くなっていた。其れが堪らなく嬉しかったのだ。
「やるじゃない夏月、アタシが此処まで手こずったのは随分久しぶりよ……だから、本当はもっと後まで取っておきたかったんだけど、切り札を切らせて貰うわ!」
「切り札だと?」
「喰らえ!!」
此処で鈴は切り札を切る事にし、直後に夏月を衝撃が襲いその身を大きく吹き飛ばし初めてシールドエネルギーが削りダメージ以外で減る事になった――吹き飛ばされた夏月は、空中で態勢を立て直しているので其処まで大きなダメージではなかったようだが。
「衝撃の割にシールドエネルギーの減りは其処まで大きくない……成程、今のは圧縮空気の弾丸か?」
「ふぅん、一回喰らっただけで今のが何かを見切るとかトンデモナイ観察眼ねアンタ?
そう、此れこそが中国が開発した第三世代装備、衝撃砲『龍砲』よ!圧縮空気の弾丸其の物の威力は決して高いモノじゃないけど、龍砲は砲身も弾丸も見えない上に、周囲の空気を取り込んで、其れを圧縮して撃ち出すから弾切れもエネルギー切れもない……空気が存在する限り無限に撃つ事が出来る不可視の弾丸は、流石のアンタでも厄介なんじゃないの?加えて、此の機体を作ったのはあの人だからね?」
「更に性能が向上してるって訳か……!」
夏月を吹き飛ばした攻撃の正体、其れは中国が開発した第三世代装備『龍砲』が撃ち出した圧縮空気の弾丸だった――威力自体は其処まで高くないが、弾切れもエネルギー切れも考えずに撃つ事の出来る不可視の弾丸と言うのは厄介極まりないだろう。
台湾も中国からの技術提供で同様の装備を持っており、乱の機体にも龍砲は搭載されているのだが、其処は機体を開発した束によって強化改造が施され、空気の圧縮速度が速くなり、単発の空気弾を撃ち出すだけでなく、威力は低くなる代わりにアサルトライフルの様に連射が出来るようになっているのだ。
「そして其れだけじゃないわ……見せてあげる、赤雷のワン・オフ・アビリティを!」
更に鈴は機体の単一仕様を解放し、次の瞬間にはフィールドにチェーンが縦横無尽に展開され夏月と鈴を取り囲む……其れはまるで外部からの他者の侵入を拒みながらも内部に居る者を外に逃がさないかのようだ。
「ワン・オフとは大盤振る舞いだな?だが、こりゃなんだ?チェーンで俺の動きを制限しようってのか?」
「まぁ、ある意味間違いではないわ。
だけどこのチェーンは単純にアンタの動きを制限するだけのモノじゃないわ……このチェーンに触れた瞬間にアンタに向かって龍砲が発射される。だけど、何処から発射されるのかはアタシにも分からないランダム仕様だから、アンタは動く事も難しくなるって訳。
此れが触れれば発射される、『龍の結界』よ!逃げ場はないわ!!」
「半径20mエメラルドスプラッシュってか?花京院かお前は!」
だがその実態は、チェーンに触れたらその瞬間に夏月に向かって龍砲が発射されると言う凶悪な結界だった……鈴は口にしなかったが、夏月がチェーンに触れずとも鈴の意思で龍砲を発射する事も可能なのだろう。
シールドエネルギーの残量は夏月の方が上だが、だからと言って結界のチェーンに触れない為に動かずにタイムアップを待つ事も出来ないだろう……圧倒的な火力の砲撃型の機体ならば火力にモノを言わせて強引に結界を突破出来るかも知れないが、夏月の様なバリバリの近接戦闘タイプには、この結界は厄介極まりない代物だ。
「龍の結界が展開している以上、インファイターのアンタに勝ち目はないわよ?」
「だろうな……だが、俺にもワン・オフ・アビリティがあるのを忘れるなよ鈴?お前がワン・オフの大盤振る舞いをしてくれたんだ、俺も見せてやるよ、黒雷のワン・オフ・アビリティをな!」
しかし夏月は今度は己の機体の単一仕様を発動して龍牙を抜刀すると、次の瞬間チェーンの一部が砕け散った。
「結界のチェーンが!何よ、まさか斬撃を飛ばしたの!?」
「ちげぇよ、斬撃を飛ばしたんじゃなくて空間を斬ったんだ。此れが俺の機体のワン・オフ・アビリティ、『空裂断』だぜ!空間を斬り裂く、此の攻撃の前には結界はマッタク持って無意味だぜ鈴?」
「空間を斬るって、兎のお姉ちゃん其れは流石にぶっ飛び過ぎじゃない!?」
其れは夏月の黒雷のワン・オフ・アビリティ、『空裂断』によって空間ごと結界のチェーンが斬られたからだ……『空間を斬るって如何言う事か?』と思うが、其処は世紀の大天才・篠ノ之束が開発した代物なので一般人には説明しても理解は出来ないだろう。凡人には天才の思考なんぞ大凡理解出来るモノでは無いのだから。
だが、此のワン・オフ・アビリティは鈴にとっては有り難くないモノだろう……近接戦闘メインのインファイターには圧倒的なアドバンテージが取れる筈の自身のワン・オフ・アビリティが夏月には通じないと言う事なのだから。
「終わりだ、鈴!」
「負けるもんですかぁぁぁ!!」
次の瞬間、夏月は再び空裂断を発動し、同時に鈴は結界内の全方向から夏月に向けて龍砲を放つ!
アリーナには空間断裂の甲高い斬撃音と、龍砲が着弾する轟音が響き渡り、双方の攻撃の余波でバトルフィールドは粉塵に覆われて何も見えなくなる――そして、音が鳴り止み、粉塵が晴れると其処には機体を纏った状態の夏月と、機体が解除された鈴の姿があった。
最後の攻撃で鈴は夏月の機体のシールドエネルギーを大幅に削ったモノの、己の機体は夏月の攻撃によってシールドエネルギーをゼロにされてしまったのだ。
『けっちゃーく!!凰鈴音、シールドエネルギーエンプティ!Winner is 夏月!!』
激闘を制したのは夏月!
勝利コールを聞くと、龍牙を手元で反転させて逆手に持つとスタイリッシュに納刀する……其れが一々様になっているのだからカッコいいと言うしかないだろう。
「負けちゃったか……あ~~、もう悔しいったらないわ!全力を出し切ったら悔いはないって言うけど、全力を出し切っても勝てなかった悔しさはあるじゃないのよ!」
「そりゃ、お前が人一倍どころか人よりも五倍くらい負けず嫌いだからだろうよ……負けず嫌いってのは良い事だと思うが、其れが強過ぎると勝利以外じゃ満足出来ねぇのが厄介だぜ。」
「そんでもってアタシの場合、充実した試合で勝たないと満足出来ないのよね……如何しましょ此れ?」
「如何しようもねぇな……けど、良い試合だったぜ鈴。俺も熱くなれたからな……機会があればまた戦おうぜ?」
「そうね……もっともっとトレーニングして、アンタに勝てるようになってやるわよ!」
そして、夏月も機体を解除して鈴と試合後の握手をガッチリと交わす――と同時に、観客席からはこの試合を称える歓声と拍手が沸き起こりアリーナ中に響き渡る。
クラス対抗戦は、第一試合から大盛り上がりの試合が展開されたのだった。
――――――
続く第二試合、ヴィシュヌvs簪の試合は、またしてもカタパルトから出撃した簪の機体を見た多くの観客は驚く事になった。
簪の機体は重装甲であるが、基本的なフォルムは夏月、ロラン、鈴が使っていた機体と同じだったからだ……此れで同型統の機体を使っているのは一年では四人目となるので、驚くなと言うのが無理があるだろう。
だが、簪から僅かに遅れてカタパルトから登場したヴィシュヌの機体にも観客は驚く事に。
一般的なISは肩、腰、胸、腹部、腕部、脚部に装甲が装着され、背部にはカスタム・ウィングと呼ばれる飛行用のユニットが搭載されているモノ――とは言っても、最近ではシールド・エネルギーの存在から装甲は腕部と脚部のみの機体も多数存在しているが。
ヴィシュヌの機体も腕部と脚部にのみ装甲が存在する機体だったのだが、その形状が通常のISとは大きく異なっていた――通常、腕部や脚部のみの機体であっても、其の装甲は巨大で分厚く手足の延長のような存在となっており、腕部装甲には搭乗者の手とは異なる専用のマニュピレーターが搭載されているモノだ。
だがヴィシュヌの機体の装甲は、肘下の下腕部と膝下の部分に夏月達の機体の装甲の様な『騎士甲冑』を思わせる装甲で、腕部の装甲には手首型のマニュピレーターは存在せずに拳にナックルダスターが搭載され、指先は鋭い爪状になっており、脚部装甲には鋭角に曲げられた金属プレートが何枚も蛇腹状に装着されていると言う異様さなのだ。
腕部と脚部の装甲以外には、肘と膝に夫々エルボーガードとニーガードが装着され、猛禽類の翼を思わせる形のカスタム・ウィングが存在しているが、装甲とガードは総合格闘技で使われるオープンフィンガーグローブ、レガース、肘と膝のサポーター、下腕部に巻くバンテージを其のまま機械にしたかのようで、完全な近接格闘型の機体であるのが見て取れる。
「……異様な機体だね?まるでサイボーグの格闘家。」
「言い得て妙ですね……ですが私の専用機、『ドゥルガー・シン』はロールアウトされた時にはこのような姿ではなく、近接格闘に特化しながらも一般的なISの姿をしていました――ですが、試運転をした段階で其の機体では私の力は半分も発揮出来ない事が分かったのです。
理由は簡単、装甲が大きく、そして厚過ぎた事と、手首型のマニュピレーターでは私の拳の動きとの間に若干のタイムラグがあるからでした……とは言え、ドゥルガー・シン自体のスペックは高かったので、装甲を最小限に減らし、更に手首型のマニュピレーターをオミットする事で問題を解決し、今の姿になったのです。」
「パイロットの力を十二分に引き出す為に敢えて装甲を薄くした……私とは真逆のコンセプトだね?」
「えぇ……だからこそ、この試合は私と貴女、何方が己の間合いを取る事が出来るか、其れで勝負が決まると言えます。」
極限まで装甲を減らしたのには、ヴィシュヌの力を120%発揮出来るようにする為だった様だ……同時に此の試合は、ヴィシュヌの言うように何方が自分の間合いを取るかで勝負が決まると言えるだろう。
第一試合の夏月vs鈴の試合は、何方も近接戦闘を得意としていたので真正面からのインファイトの展開になったが、此の試合は近接格闘型のヴィシュヌと、遠距離砲撃型の簪の戦いなので、第一試合とは試合の展開は全く異なるモノになると言えるだろう――近付きたいヴィシュヌと、距離を取りたい簪、真逆の二人の戦いなのだから。
「「………」」
簪は右手にビームジャベリン『龍尾』を展開し、左手で電磁リニアバズーカ『絶』を構え、両肩と両脚部に搭載された22mm径6連装ミサイルポッド『滅』を展開し、ヴィシュヌはガードを高めにした蹴り技主体の格闘技独特の構えを取る。
此の試合、開始時には簪にアドバンテージが有ると言えるのだが、其れは試合の開始位置の間合いは近距離攻撃がギリギリ届かない中距離だからだ――中距離となると近接型のヴィシュヌはイグニッションブーストを使うなりして簪に接近しなくてはならないのだが、簪は試合開始と同時に砲撃を行う事で、労せずに己の間合いを取る事が出来るからだ。……そして簪自身も、仮に自分の初撃よりも早くヴィシュヌが飛び込んで来たとしても、其の時は龍尾で振り払ってからミサイルを叩き込めば良いと、そう考えていた。だからこそ、龍尾を右手に展開したのだ。
『其れでは第二試合……の試合開始は、山田先生お願いします!』
『此処でまさかのキラーパス!?えっと……第二試合、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー対更識簪……試合開始!!両者魂を燃やし尽くすまで戦え~~~!!』
『うわ~お、思った以上にぶっちゃけた!!』
そして試合は、放送部からまさかのキラーパスを貰った真耶が、半ばヤケクソ気味に試合開始を宣言してスタート!
誰もが先ずはヴィシュヌが近付こうとするだろうと考えていたのだが、何とヴィシュヌはその予想を裏切って、自らバックステップで距離を取ると、拡散弓『クラスター・ボウ』を放ち、無数のエネルギーの矢で簪を攻撃する。
「此れは予想外。」
しかし、簪は焦る事なく両肩と脚部から無数の小型ミサイルを放ってエネルギーの矢を相殺し、其れによってフィールドは爆炎に包まれる――となると、ヴィシュヌの狙いは爆炎に紛れて簪に接近する事だと思われるが、ヴィシュヌの接近を警戒していた簪に向かって来たのはヴィシュヌではなく、またしてもエネルギーの矢であった……だが、簪は其れを龍尾で弾き落とす。
近接戦闘は得意ではない簪だが、自分に向かって放たれた弾丸や矢を弾き落とす位は容易いのだ。
しかし、エネルギーの矢は矢継ぎ早に、それも様々な方向から放たれて来るので、簪は龍尾で撃ち落とすだけでなく、ミサイルでの迎撃も余儀なくされていた。
「(爆炎に紛れて近付く事が目的じゃない?だとしたらギャラクシーさんの目的は何?……若しかしてミサイルを撃ち尽くさせようとしてる?だけど、ミサイルを撃ち尽くしたとしても、ビームライフルと電磁リニアバズーカがある。
其れに、私が弾切れしたフリをしてギャラクシーさんを誘いこむ事だって出来る……青龍の総弾数を正確に把握してなければ、弾切れ狙いは逆にリスクが高い筈なのに……ダメ、ギャラクシーさんの狙いが読めない……!)」
そしてこの状況に簪はヴィシュヌの狙いが読めずに少しばかり困惑していた――自分が想定していた試合の状況とは全く異なっていた事も大きいだろう。
休む事無く放たれるエネルギーの矢の対処に追われ、そのせいで爆煙は何時までも晴れず、ヴィシュヌの考えも読めない……状況はお世辞にも良いとは言えないだろう。
「此れは!」
更に此処で、爆煙の中から簪に向けて全方位からのエネルギーの矢が迫って来た――ヴィシュヌが高速移動をしながら放ったのだろうが、流石に周囲三百六十度からの攻撃を迎撃する事は不可能と判断した簪はブースターを全開にして上空に逃れたのだが……
「やっと、貴女の方から近づいて来てくれましたね。」
「!?」
逃れた先にはヴィシュヌが先回りしていた。
クラス対抗戦前に、自分が戦う相手の事を調べるのは基本だが、簪の事を調べたヴィシュヌは、『自分から近付くのは難しい』と考え、『ならば簪の方から近付かざるを得ない状況に持ち込む』事を思い付き、試合開始と同時に自ら間合いを離してクラスター・ボウを放ち、其れを迎撃させる事で簪の視界を奪い、その上で回避と迎撃が略不可能な全方位からの攻撃を行って簪の回避先を上空一点に限定した上で其処で待っていたのだ。
「此れは私の間合いです……!」
「く……!」
其処からは一方的な展開となった。
簪は龍尾でヴィシュヌの近接戦闘に対処していたのだが、ヴィシュヌの攻撃は苛烈かつ強烈無比であり、近距離砲撃のカウンターを叩き込む隙すらなかった……鋭くしなやかな拳打と蹴りに加え、より近い間合いでは人体の最も固く鋭い場所である肘と膝の攻撃も飛んで来るので、反撃のしようがなかったのだ。
「この動き、肘と膝も使った拳脚一体の激しい攻撃……ムエタイ!此れは厄介極まりない……!」
加えて、ヴィシュヌの使う格闘技がムエタイであると言うのも簪にとっては有難くなかっただろう。
『立ち技の打撃限定の格闘技で最強は何か?』と聞かれたら、其れは間違いなくムエタイだ――世間一般ではキックボクシングの亜種と思われがちなムエタイだが、ムエタイはキックボクシングでは禁止とされている肘での攻撃もOKである上に、立ち技打撃オンリーの格闘技では唯一組んだ状態での打撃や組付きから逃れる為の投げも認められているので、打撃の種類の豊富さと自由さでは空手やテコンドーを圧倒するのだから。
そのヴィシュヌの苛烈な攻撃に対し簪は防戦一方になり、電磁鞭『蛟』を展開してヴィシュヌの動きを封じる事すら出来ない状態になっていた。
「行きます!」
此処でヴィシュヌは鋭い飛び膝蹴りから二連続の上段回し蹴り→飛び横蹴り→ジャンピングアッパーカットのコンボを叩き込んで簪の龍尾を其の手から弾き飛ばす。
「終わりです……降参して下さい更識さん。私は、相手を無駄に傷付ける試合はしたくありません。」
「だね……降参しますギャラクシーさん。
此の試合、貴女の思惑を見誤った時点で私の負けは決まっていたのかも……でも、私の弱点は改めて浮き彫りになったとも言えるから、その弱点を補う位に自分の長所を伸ばして、また挑ませて貰うから。負けっ放しは好きじゃないんです私は。」
「再戦は何時でも大歓迎ですよ。ですが、私もまだまだ強くなりますから、次も負ける心算はありません。」
「ギャラクシーさん、意外と負けず嫌い?」
「ふふ、其れはお互い様です。」
此処で簪が降参して試合終了!
最後まで足掻くのも良いが、相手との力量差を知って降参するのもまた一流の証と言えるだろう――簪の実力は決して低くなく、其れこそ次期日本代表との呼び声も高いのだが、今回は間合いを制されてしまった事で最悪の相性となり敗北となってしまったのだ……逆に言えば、簪が己の間合いを取る事が出来たらヴィシュヌを圧倒していただろう。
だが、この結果はある意味で驚異的な事であると言えるだろう――機体の性能では圧倒的に上回る簪が、ヴィシュヌに負けたのだ……其れは機体の性能差は、パイロットの力量で幾らでも補えると証明した結果でもあるのだから。……尤も、簪は機体性能に頼りきりではなかったので、ヴィシュヌは総合能力で簪を上回ったと言う事になるのだが、だとしたらヴィシュヌの実力はトンデモナイモノであると言わざるを得ないだろう。
ともあれ、現在の戦績は――
・一夜夏月:一勝0敗
・凰鈴音:0勝一敗
・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー:一勝0敗
・更識簪:0勝一敗
と、この様になった。
第一試合と第二試合が終わった状況では、この様な戦績になるのは必然であり当然だ――だからこそ、次の試合が重要になってくるのだ。試合の組み合わせはコンピューターによるランダム設定であるので、第三試合と第四試合の組み合わせがどうなるのか、其れは誰にも予想できない事だった。
だがしかし、クラス対抗戦は始まったばかり、此処から先の試合も興奮必至のリアルバウトが展開されるのは間違いないだろう……!
To Be Continued 
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