午後の授業も全て無事に終わった放課後、夏月は部活に行く前に秋五の部屋を訪れていた――『織斑一夏』の仏壇に線香を上げる為にだ。
勿論手ぶらではなく、売店で購入したお供え物を持ってきている……単純に仏壇へのお供物だけでなく、此れもまた夏月が『織斑一夏』と完全に決別する為に必要な事であるのだろう。
簡易的なモノとは言え、『織斑一夏』の仏壇に供物を供える事で、『織斑一夏』を自ら『死者』であると認め、『一夜夏月』と完全に分離させる……一夜夏月となって三年経って、漸く『一夜夏月』と『織斑一夏』は完全な別人となる訳である。


「よう、邪魔するぜ秋五。」

「よく来てくれた、こっちだよ夏月。」


部屋に入ると秋五の案内で仏壇へ。
仏壇は、本やらCD、DVDやらを収納出来るタイプのテレビ台の上に、一夏の遺影と位牌、線香立てとロウソク立て、花立、鈴台に置かれた鐘を置いた簡易的なモノであるが、良く手入れがされており埃一つ付いてはいない。秋五は毎日、朝と夕方に仏壇の埃を払い、花も定期的に入れ替えているのだ。


「これ、モンエナと売店で奇跡的に残ってた焼きそばパン、お供え物として買って来たんだけどよ、何処に置けば良い?」

「ロウソクと線香の側以外だったら、何処にでも空いてる所に置いてくれればいいよ……って言うか、組み合わせがオカシイと感じるのは僕だけ?普通焼きそばパンには牛乳かお茶だと思うんだけど?」

「いや、お供え物って下げたらお前が食べるんだろ?だったら牛乳やお茶よりもエナジーチャージが出来るモンエナの方が良いかなって。
 こっちの方が日持ちもするし、姉貴のせいで精神的エネルギーガリガリ削られてそうだからモンエナ飲めば少しは疲労回復になんだろ?……此処は成分が濃縮されたモンエナ³にすべきだったか?」

「いや、普通ので良いよ!」


夏月が持って来たお供え物の組み合わせが中々に独特だったが、夏月は夏月で考えてチョイスしたようだ――そして、そのお供え物を仏壇に供えると、事前に点けられていたロウソクで線香に火を点けて線香立てに挿してから鐘を鳴らして手を合わせる。


「(此れで、織斑一夏は俺の手で完全に死んだ事になった訳だ……もっと何か思うところがあるかと思ったが、何の感慨も湧かねぇ……『織斑』には何の未練もないって証か。)
 ……にしても、一卵性双生児ってだけあってマジでお前と同じ顔だが、なんと言うかこう……自分と同じ顔が仏壇にあるってのは、少し複雑な気分にならねぇか?」

「其れはないかな。同じ顔でも僕と一夏は別だからね。
 姉さんは僕だけを褒めて、一夏を褒める事はなかったどころか、一夏の努力も頑なに認めなかったけど、本当に凄いのは僕じゃなくて一夏だった……僕と一夏と姉さんは篠ノ之道場って剣道場で剣道を習ってたんだけど、一夏は劉韻先生から剣道じゃなくて篠ノ之流の剣術を門下生の中で唯一人伝授されていたからね。
 スポーツとしての剣道よりもより実戦的な剣術を伝授されていたって事は、一夏はスポーツマンとしての資質よりも本物の剣士としての資質があったって事になるんだ……そして、姉さんが剣術を伝授されなかった事を考えると、劉韻先生は一夏の方が姉さんよりも剣士としては上だと見抜いてたんだと思うよ。」

「そっか……お前、兄貴の事をスゲェ奴だと思ってたんだな。」

「一夏は凄かった、姉さんに認めて貰えなくても努力を辞めない姿には尊敬すら覚えたよ……でも、僕は何も出来なかった……そして、一夏は誘拐されて死んでしまった――きっと一夏は、僕の事を恨んでいるのかも知れないな。」

「……其れは、無いと思うぜ?
 確かに生きてる時はお前に対して思う事もあったかも知れないが、お前は兄貴の死を切っ掛けに変わろうとしたんだろ?
 お前が変わろうとしなければ、兄貴も失望して恨んだかもしれないが、少なくともテメェの死を切っ掛けにして変わろうとしてるって事を知ったら、『遅ぇよ。』とは思っても恨んじゃいないと思うぜ……だから、そんな事考えんなよ?お前がそんなんじゃ、兄貴も天国で心配しちまうぜ。」

「……夏月、そうだね。……一夏だったら、『天国で蓮の葉の上で過ごすなんぞ退屈過ぎる!つー訳で俺は地獄に行く!』って言って、地獄の鬼と喧嘩しまくって、死者から地獄の獄卒になりそうだけど。」


仏壇に手を合わせた後、秋五に少し訊ねると、秋五は秋五で一夏の事を尊敬していた事が判明し、同時に一夏に対して此の上ない後悔の念を持っていたみたいであるが、それに対して夏月が『そんな事はないと思うぜ?』と言ってやると秋五も其れを聞いて安心したような表情を浮かべた……夏月は、自分の気持ちを言っただけだったが、結果的には其れは秋五の胸に燻ぶっていた負の念を払拭する事に繋がったようだ。

其の後、夏月が秋五に『どっちがお前のベッド?』と聞き、秋五が其れに答えるとベッドの下を覗き、『お前の秘蔵のお宝コレクションがあるかと思ったが、此処じゃなかった。』と言い、秋五は『そんなモノないよ!仮にあったとしても寮に持って来る訳ないだろ!』と返していた……少しばかりアレな遣り取りではあるが、夏月も秋五も笑顔であり、その遣り取りを心底楽しんでいる様だった。










夏の月が進む世界  Episode15
『Kurz vor dem Klassenwettbewerb』










『織斑一夏』の仏壇に供物を供え、線香をあげて手を合わせた夏月は秋五との他愛もないやり取りを終えた後、自身の所属する『e-スポーツ部』の部室にて活動を行っていた。
今年発足したばかりの部活で、部員も最低数しか居ない部活なのだが、顧問である真耶が『e-スポーツはこれから伸びる分野ですから!』と学園長に懇切丁寧に説明して、現在使われていない教室を丸々一室部室として獲得していた。
その部室には複数のゲーム機とモニターだけでなく、各種カードゲームが出来るテーブルが設置され、今年発足したばかりの新設の部活とは思えない充実っぷりとなっている……ゲーム機は殆ど簪が実家から持って来たモノではあるのだが。

そして、本日は新たな部員として鈴が加入していた。
乱から『e-スポーツ部』の事を聞いた鈴は、夏月と一緒の部活になれると言う事もあって迷わずに入部を決めたのだ。


「よっしゃ、此処から一気にコンボで行くわよ!」

「甘いぜ鈴……其の攻撃は態と喰らったんだよ!これぞ投げキャラの高等テクニック当て投げじゃーい!!喰らえや、ランニングスリーからのウルトラキャンセルウルトラクラークバスター!!」

「あんですって~~~!!!」


その部活では、『KOFⅩⅤ』の対戦が行われ、夏月が鈴相手にクラークでの三タテをブチかましていた……敢えて相手の小技を喰らって、喰らいモーションの間に無敵時間のあるコマンド投げを入力してコンボに割り込んで投げを決める『当て投げ』を仕込む辺り、夏月は可成りの格ゲーマスターと言えるだろう。


「あ、相変わらず投げキャラ使ったアンタはマジで強いわね夏月……アンタのザンギがめっちゃ強いのは知ってたけど、KOFのクラークも此処までとは――ⅩⅤに大門が居なくて良かったと本気で思ったわ。」

「大門がいたら、俺のチームはクラーク、シェルミー、大門で固定されただろうな……投げキャラは奥が深いから、弄ってて楽しいんだわ。」


格ゲーに関しては部員全員を総なめにした夏月だったが、顧問である真耶との試合では余裕勝ちとは行かなかった――ふんわりとした雰囲気の真耶だが、実は格ゲーの腕前は上級者レベルであり、夏月とも互角の試合をして見せたのだ。
結果としては夏月が勝ったのだが、互いに三人目まで出し合い、タイムオーバーの末の判定だったので、真耶の格ゲーの腕前は相当なモノだと言えるだろう……人は見かけによらないとは良く言ったモノだ。

その後も様々なゲームをプレイし、スマブラでは楯無が無双し、ぷよぷよでは簪が圧倒的な強さを見せ、リズムゲームでは鈴と乱が圧倒的な強さを見せ、クイズゲームではロランが『お前雑学王か?』と思わせる知識を披露して無双していた。


「俺はフィールド魔法『神縛りの塚』を発動!そして、ハード・アームド・ドラゴン、ビッグ・シールド・ガードナー、マシュマロンの三体をリリースし、『オシリスの天空竜』を召喚!
 更に俺はメタモル・ポッドを反転召喚して効果発動!互いのプレイヤーは手札を全て捨て、新たにカードを五枚ドローする……これにより、俺の手札は五枚になり、オシリスの攻撃力は5000ポイントになる!」

「攻撃力5000だって!?」

「だが其れで終わりじゃねぇ!
 リバースマジック『貪欲な壷』!俺の墓地のモンスター五体をデッキに戻してシャッフルし、カードを二枚ドローする……これにより俺の手札は七枚!よってオシリスの攻撃力は7000!!」

「こ、攻撃力7000!!」

「コイツで終わりだ!オシリスの天空竜で、ギガンテック・ファイターに攻撃!超電導波サンダー・フォース!!」


更にその後で行われた遊戯王のデュエルでは、『オシリスに完全効果破壊耐性を与える』デッキを組んだ夏月が連戦連勝だった……完全効果破壊耐性を得たオシリスを突破するのは至難の業なので、コンボが決まれば夏月のデッキに勝つのは略不可能と言えるのだ。……召喚したモンスターの攻撃力が2000ポイントもダウンされた上に効果破壊も出来ないとなればオシリスを突破する事は略不可能なので、夏月が連戦連勝したと言うのも頷ける事だ。
取り敢えず、新設の『e-スポーツ部』は中々に賑わっている様である。








――――――








部活が終わった後、夏月はアリーナでISのトレーニングを行っていた……『試合前に手の内は知りたくない』と言う理由で、簪と鈴はトレーニング相手として除外したのだが、其れでも楯無とロランを相手にしてのトレーニングは中々にハードなモノだった。
楯無がナノマシンで作り出した無数の分身とロランの相手と言うのは夏月であっても可成り厳しいモノであり、夏月でなかったらトレーニング開始と同時に、問答無用でゲームオーバーになっていたかも知れないが、夏月は其の攻撃を見事に回避してロランに攻撃し、楯無に対してもビームダガーを投擲してソコソコのダメージを叩き込んで見せた――日本とオランダの国家代表を相手に回し、しかし互角以上の戦いが出来る夏月の実力は現行のIS操縦者の中でもトップクラスであると言っても過言ではないだろう。
流石にノーダメージとは行かなかったが、制限時間二十分をフルに使って戦い切り、楯無とロランの二人を相手にシールドエネルギーが60%も残っていたと言うのは驚くべき結果である。

楯無とロランとのトレーニングを終えた後、夏月は二人に『もう少しだけ身体を動かしてから戻る』と言うと、楯無とロランは『了解』の意を示してアリーナから大浴場へと向かい、残った夏月は一分ほど休憩すると今度は機体を纏った状態でのシャドーを開始。
其の動きは実際に相手がいるのではないかと錯覚してしまう程に洗練されており、回避行動だけでなく防御もしているので、シャドーの仮想敵は楯無クラスと言えるだろう……そんなシャドーを十五分続けたところで夏月は機体を解除してベンチに腰を下ろし、本日のトレーニングは終了と言った感じだ。


「精が出るわね夏月。ほい、差し入れ。」

「鈴か……サンキュ。お、モンエナか?嬉しいねぇ!」

「アンタって昔っから運動後はスポドリじゃなくてエナドリよね?」

「こっちの方が炭酸の清涼感もあるからスキッとするんだよ。疲労回復効果もあるしな。」


其処にやって来たのは鈴。
差し入れのエナジードリンクを夏月に手渡すと、自分もベンチに座る――少しばかり汗ばんでいるのを見るに、鈴もまた別のアリーナでトレーニングを終えたばかりなのだろう。
夏月は貰ったエナジードリンクを一気に飲み干すと、空き缶をアリーナの入り口にあるゴミ箱に向かって投げ、空き缶は見事にゴミ箱にホールインワンし、鈴は其れを見て『お見事!』と拍手を送る……トレーニング後の和やかな一時である。


「にしても、ちょっと安心したわアタシ。」

「安心したって、何に?」

「アンタと秋五の事よ。
 秋五の葛藤とか苦悩を知ってたのは、本人以外だとアタシだけだった訳じゃない?アンタや乱に話そうかと思った事もあるんだけど、秋五自身が言わない事をアタシが勝手に言っていいモノかって思ってて……でも、そのせいで乱は秋五の事を誤解したままになっちゃったし、アンタも秋五の事を良く思ってなかったでしょ?
 だから、アンタと秋五がIS起動させてIS学園に行くって知った時、なんかギスギスした雰囲気になっちゃうんじゃないかと心配してたんだけど、杞憂だったみたい。」

「『織斑一夏』としては思うところはあるが、『一夜夏月』は『織斑秋五』とは初対面だし、秋五も昔とは違って自分の意見を言えるようになってたからな……少々様子を見る事にしたんだよ。」


そんな中で、鈴は夏月と秋五の関係を学園に来るまで心配していたと言う事を話してくれた。
一夏と秋五、その双方の思いを知っている鈴だからこそ、『一夜夏月=織斑一夏』だと知った時に『IS学園で秋五と再会した際に関係が良くない方向に向かってしまうのでは?』と危惧していたのだ。
だが、実際にIS学園に来てみたら関係は悪くないようなので安心した様である。


「其れに、お前のおかげで秋五も実は苦しんでたんだって事を知ったし、さっき織斑一夏の仏壇に線香上げに行った時、アイツが一夏の事を如何思ってたのかを聞く事も出来たからな。
 『織斑一夏』として家族に戻る気は更々ないが、『一夜夏月』としてならアイツのダチ公兼ライバルにはなれると思ってるよ……尤も、『織斑一夏』としても『一夜夏月』としても、織斑千冬は絶対に許さねぇけど。」

「いやぁ、アイツは絶対許しちゃダメでしょ?てかさ、アタシが思うに秋五もアイツの被害者っしょ?
 昔の秋五って、虐めとかを見過ごせないのはアンタと一緒だったけど、其れ以外の事になると自分の意見を口にする事って滅多になかったじゃない?それって、アイツが人前で秋五の事をやたら褒めてた事が原因だと思うのよ。」

「人前で褒められ過ぎて、逆に自分の意見を言うのが怖くなっちまった……『下手に自分が意見を言えば織斑千冬が是が非でも其れを通すんじゃないか』ってか。」

「そう、そんな感じ。」


『自分が一夏を助けたら千冬は余計に一夏を責める』、『自分が下手に意見を口にしたら千冬は其れを何が何でも通そうとする』……完全に矛盾している事だが、其れもまた秋五を苦しめていた要員の一つであろう。
もしも一夏の死がなかったら秋五はその矛盾を越えて自らの意見を口にするようにはならなかった事を考えると、一夏の死は無駄ではなかったと言えるだろう――同時に一夏の死後、秋五は千冬に対しての疑念も大きくしていたりする……一夏の葬儀が終わって直ぐにドイツに軍の教官として向かったのもそうだが、ドイツから帰国した後も千冬は只の一度も一夏の仏壇に線香を上げるどころか手を合わせる事すらなかったのだ。秋五が千冬に対しての疑念を大きくし、不信感を持つようになったのは当然と言えるだろう。


「ま、織斑千冬は何時か必ずぶっ潰してやるさ……そんじゃ俺はソロソロ行くとするわ。モンエナサンキューな。」

「うん、また後で食堂でね。……其れと今度のクラス対抗戦、本気で行くから覚悟しなさいよ?もしも手加減なんかしたら、中国四千年の歴史が誇る数多の拷問ぶちかましてやるからからね!!」

「サラッとおっかない事言ってんじゃねぇよ……心配しなくても、真剣勝負の場で手加減するなんて興醒めな事はしねぇからな。……てか、手加減して勝てる相手じゃないよ、お前も、簪も、そしてギャラクシーさんもな。
 だが、俺は全員に勝って優勝する心算だ……俺を止められるもんなら止めてみな。」

「上等、やってやろうじゃない!……時に、アンタが一夏だって事を知ってる人ってドンだけ居るの?」

「お前と乱以外だと楯無さんと簪だけだ……ロランには何れ話さないととは思ってるけどな。クラス対抗戦が終わったら、それとなく話してみるさ。」


トレーニング後の雑談も終わり、夏月はアリーナの更衣室で着替えてから寮に戻り、シャワールームで汗を流していたのだが、シャワーを浴び終えて脱衣所に出たところでタイミングが良いのか悪いのか、脱衣所にあるタオルを取りに来たロランとエンカウント!
此れには夏月もロランも驚いて一瞬固まってしまったのだが、この時夏月はまさかロランが居るとは思わなかったので腰にタオルなんぞは巻いておらず、ロランは夏月の『長砲身四十五口径ビッグマグナム(弾数∞)』バッチリと目撃してしまい、直後に夏月とロランの絶叫が学園島に響き渡る事となり、その後はお互いに謝り倒すと言う展開になってしまったのだった……此れが逆の立場だったら『ラッキースケベ』になるのだろうが、女性が男性のマッパを見てしまった場合は中々そうはならないようである。


「(あ、あんなモノを見てしまっては……此れは、是非とも夏月にお嫁さんにして貰わないと!)」


この一件でロランには何か妙な思いが芽生えてしまったみたいだが、其れでも乙女協定に違反する事はないだろう……同室と言う事で、他のメンバーよりも少々有利な立場にあるロランだからこそ協定は遵守するのである。
取り敢えず今回の件は『お互いにタイミングが悪かった』と言う事で決着し、其れから食堂に行って新たに鈴を加えた何時ものメンバーで晩御飯タイム……に、本日はグリフィンが加わっていた。――夏月は知らない事だが、グリフィンも『乙女協定』のメンバーになっていたりする。。
如何やらグリフィンは楯無から夏月の事を聞いて興味を持ち、クラス代表決定戦で実力の程を知り、気持ちいいほどの食べっぷりを見て好感を抱いたらしく、大浴場で一緒になった楯無に『彼って今彼女とかいるの?』聞き、楯無が『居ないけれど、今現在彼に好意を抱いている人は私を含め五人居るわ……そして、其の五人は抜け駆け禁止の《乙女協定》を結んでいるの。』と答え、『じゃ、私も乙女協定に追加だね!』とサラリと乙女協定の一員に。夏月がアリーナに一人残ってシャドーを行っている間にこんな事があったのだ。
そして、此の日の晩御飯タイムでは夏月とグリフィンの大食い対決が始まり、夏月とグリフィンが共にステーキ定食十人前をペロリと平らげてドローと言う結果になって、その結果は新聞部に良いネタを与える事になるのだった。
序に、夏月は楯無から、『明日からグリフィンのお弁当も追加して貰える?』と頼まれ、夏月は其れを了承していた――主夫力が限界突破し、料理が趣味な夏月にとっては今更作る量が増えたところで大した問題ではなかったようである。








――――――








それから数日が経ち、クラス対抗戦当日。
今日も今日とて夏月は早朝のトレーニングを行っていたのだが、ランニングを終えて寮に戻ってくると庭の一角で禅を組んでいる人物が居るのに気付いた――深い緑色のショートヘアーと艶のある褐色の肌、一年三組のクラス代表にしてタイの国家代表候補生であるヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが禅を組んで瞑想していたのである。


「……お早うございます一夜さん。本日もトレーニングですか?」

「お早うギャラクシーさん。ま、日課なんでね……つっても、今日はクラス対抗戦あるから何時もよりは軽めのトレーニングにする心算だけどな。」


夏月の気配を感じたのか、ヴィシュヌは禅は組んだままだが目を開け、柔らかい笑顔で挨拶して来たので夏月も挨拶を返し隣に腰を下ろす……軽めとは言いつつもランニングはバッチリ学園島を一周して来たので、この後のトレーニングメニューが何時もよりも軽めの内容になるのだろう。


「一夜さんがランニングに出掛ける姿は何度か拝見していますが、ドレ位の距離を走っているのですか?」

「学園島を一周だな。」

「……学園島は周囲10kmはあると思うのですが、其れだけの距離を走って全く息が乱れていないと言うのは驚異的な事であると思うのですが?こう言っては失礼と思いますが、一夜さんの体型的に長距離走は得意ではないのではないかと……」

「短距離を走るには細過ぎる、長距離を走るには太過ぎるって事か?
 確かに俺の体型は究極の細マッチョではあるが、単純に走るとなったら長距離も短距離も向いてない体型だが、俺の場合は筋肉が特別なんだ――人間の筋肉ってのは瞬発力のある速筋と持久力のある遅筋、そして僅かにその両方を併せ持つ筋肉の三種類で構成されてるんだが、俺は独自のトレーニングで全身の筋肉を速筋と遅筋の両方の機能を併せ持つ筋肉だけにしちまってるんだ。
 だから、10kmのランニング程度なら特に息が上がる事なく熟す事が出来るって訳……流石に全力疾走したら息は上がると思うけどな。」

「そもそも10kmを最初から最後まで全力疾走する人など居ないと思いますが。」


身体能力がぶっ飛んでいる夏月だが、其れは筋肉に剛性と柔軟性の双方を持たせるトレーニングをして来た結果だ。
筋肉繊維を太くする事なく、細くしなやかに、其れで居て強く鍛えた結果、夏月の筋肉は細い針金を何本も束ねて作られたワイヤーの如き強さと生ゴムの如き柔軟性を併せ持つに至ったのだ――普通ならばそんな事は絶対に不可能だが、『織斑計画』によって生み出された人造人間で、更に『イリーガル』と呼ばれていた夏月だからこそ会得出来た奇跡の肉体であると言えるのだが。


「そんで、ギャラクシーさんはなんだってこんな所で禅組んで瞑想してたんだ?」

「瞑想は日課で、何時もは自室で行っているのですが、今日はより集中力を高めたかったので外で行う事にしたんです……外で行う瞑想は、自然の気を取り入れる事も出来ますし、瞑想の後のヨガもより良い感じで行えるんですよ。
 クラス対抗戦、最高のコンディションで挑みたいので。」

「成程な?ってか、ギャラクシーさんヨガやってるのか……となると今日のクラス対抗戦、一番の強敵はギャラクシーさんかもしれないな?ヨガをやってるって事を考えると、間合いの外から手足が伸びて来たり、火を吐いたり、瞬間移動したりする可能性があるからな……!」

「私をどこぞの妖怪ヨガと一緒にしないで頂きたいのですが……」

「冗談だよ。」


ヴィシュヌはヴィシュヌで本日のクラス対抗戦に最高のコンディションで臨むために外での瞑想を行っていたようだ――『ヨガをやっている』と聞いた夏月がどこぞのストリートファイターなヨガ僧を想像したが、現実でヨガを行っている者にはあんな人外な事は出来ないので悪しからずである。
その後はヴィシュヌはヨガを、夏月は普段は三百回ずつ行っている腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々百五十回、木刀を使った素振りと無手でのシャドーを十分間行って朝のトレーニングは終了。
夏月がトレーニングを行っている横ではヴィシュヌも日課のヨガを行っており、『身体を二つに折って両足を背面で交差させ腕で立つ』と言う複雑なポーズを見た夏月が、思わず『なんでそないな事出来るとです?』と妙な言葉遣いで聞いてしまったのはご愛敬だ。


「其れでは一夜さん、クラス対抗戦全力で良い試合をしましょう。」

「あぁ、最高の試合をしようぜギャラクシーさん!
 其れこそ、一年の部の後の二年、三年の部の試合が全て霞んじまう位の物凄い試合をやってやろうぜ……今から新聞部からの優勝者インタビューのコメント考えておくか?」

「己を鼓舞する手段としては、其れもアリかも知れませんね。」


自分の部屋に戻る前に、夏月とヴィシュヌはクラス対抗戦での健闘を誓うと軽く拳を合わせて部屋に戻り、夏月はシャワーを浴びてから六人分に増えた弁当を作りを始めたのだが、鈴は兎も角グリフィンはめっちゃ食べるので実質的には自分の分を含めた七人分ではなく十人分を作る事に――尤も夏月は全く苦にせず、ロランの手伝いもあってあっと言う間に弁当を作り上げてしまった。因みに本日の夏月特製弁当のメニューは、『明太高菜の混ぜご飯』、『鶏のチリソース』、『アスパラとパプリカのピクルス』、『穴子入り出汁巻き卵』、『カリフラワーのマヨネーズソテー』だった。

因みに同じ頃、ヴィシュヌは自室のシャワールームではなく大浴場にて汗を流していたのだが、其処には偶然朝風呂を浴びに来ていた真耶と鈴が居り、鈴は年上の真耶は兎も角として同い年であるヴィシュヌとの発育の違い――主に身長と胸部装甲の差に絶望し、残酷なまでの『胸囲の格差社会』を味わう結果となっていた。

そして其の後は食堂で朝食タイムに。
本日の夏月の朝食は『鮭のハラス焼き定食』のご飯大盛りに、単品で『納豆(卵黄と刻み昆布トッピング)』、『焼き厚揚げ』、『コンビーフ入りポテトサラダ』と言うラインナップだが、高カロリーかつ即エネルギーに変わるメニューなので、クラス対抗戦を意識したメニューであったと言えるだろう。即エネルギーに変わる食事であれば試合で最高のパフォーマンスを発揮する事が出来るのだから。


「ごっそさん。」


食後、夏月は自販機でコーラを買うと、其れを思い切り振ってから蓋を開けて炭酸を抜くと、其れを一気に飲み干してエネルギーチャージは万全!炭酸を抜いたコーラは滅茶苦茶濃い砂糖水なので、これまた即時エネルギーに変わる飲み物であるのだ。……尤も其れは、驚異的な消化能力を持っている夏月だからこそ出来る事ではあるのだが。一般人が炭酸抜きコーラを飲み干した直後に運動をするのは非常に危険なので絶対に真似してはいけない事である。
何れにしても、エネルギー補給を十二分に済ませた夏月は最高のコンディションでクラス対抗戦に臨む事が出来るだろう。







――――――








午前十時、遂にクラス対抗戦開幕の時間となった。
クラス対抗戦は毎年一年の部が注目の的となるのだが、今年は例年よりも一年の部は注目を集めていた――言わずもがな、夏月が居るからだ。
クラス代表決定戦では無傷の三連勝をして見せた夏月だが、クラス対抗戦ではどんな試合を見せてくれるのかと言う期待もあって、俄然注目の的になっているのである……新聞部がクラス対抗戦前に発行した、『各クラスの代表にクラス対抗戦に対する意気込みを聞いてみました!』との見出しの号外にて、『注目の選手は誰』との質問に対し、夏月以外の一年のクラス代表は異口同音に『夏月』と答えていたのが余計に注目を集める結果になったのだろう。


『Lady's&Gentleman!さぁ、いよいよ待ちに待ったクラス対抗戦の始まりだ~~~!
 クラス対抗戦の実況を務めるのは私、放送部の法堂蓮子!そして解説は、皆大好きIS学園の癒しキャラにして実はトンデモナイ実力の持ち主である山田真耶教諭だ~~~!!童顔に魔乳の組み合わせは強烈無比!山田先生を嫌いな人なんぞ存在しないってモンだぜ~~~!!』

『な、何ですかその紹介は~~~~!!もう少しちゃんと紹介して下さい~~~!!』



放送室にて実況を行う放送部の生徒もノリノリで実況の真耶を紹介する……普通ならば『ブリュンヒルデ』のネームバリューのある千冬を解説に迎えそうなモノだが、放送部は『織斑先生だと良いリアクションが期待出来ないかも』と考えて真耶に解説を頼んだのだろう。
千冬には場を盛り上げる為の解説など不可能なので、放送部が真耶を解説に選んだのはある意味で英断と言えよう――もしも千冬が解説だったら試合に余計なダメ出しをして場をシラケさせる可能性が大いにあったのだから。

其れは其れとして、クラス対抗戦で優勝したクラスには賞品として『学食のスウィーツフリーパス券』が贈られる事になっているのだが、其れとは別に生徒間ではクラス対抗戦の結果を予測するトトカルチョが行われていた。
火付け役は新聞部で、見事に的中した生徒には『学食無料券』が三日分プレゼントされるとあって可成り熱いトトカルチョが展開されているのだが、そんな中で一番人気だったのは夏月だった。
『クラス代表決定戦』でオランダの国家代表であるロランを下した上で三連勝した夏月ならば、夏月以外の参加者が国家代表候補であるクラス対抗戦なら全勝出来ると考えたのだろう……簪も鈴もヴィシュヌも、代表枠に空きがないから代表候補生のままであるだけで、其の実力は国家代表と遜色ないどころか、若しかしたら国家代表を凌駕しているかも知れないのだが、一般生徒にはそんな事は分からないので、此のトトカルチョの結果は致し方ないだろう。
勿論、二組、三組、四組の生徒の大半は自分のクラス代表に賭けているのだが、全体数からすると矢張り少数になってしまうのだ……尚、楯無は夏月にするか、簪にするかで悩んでいたのだが、悩みに悩んだ末に夏月に賭ける事にした。
この場に居る誰よりも夏月と簪の実力を知っている楯無だが、同時に姉としての思いもあるので悩んだのだろう……最終的には、更識の仕事で何度も修羅場を潜って来た夏月の実戦での強さが決め手になったのだろう。


『其れでは、一年の部の最初の試合の組み合わせ!ルーレット、スタートォ!』


クラス対抗戦が開幕し、先ずは一年の部の最初の組み合わせがルーレットによって決められる。
オーロラヴィジョンに表示された第一試合と第二試合の対戦表が目まぐるしくシャッフルされ、約十秒シャッフルされた後に組み合わせが決定……その組み合わせはと言うと――


・第一試合:一組代表・一夜夏月vs二組代表・凰鈴音

・第二試合:三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーvs四組代表・更識簪



と、このようになった。


「いきなりお前とか鈴……初戦でぶち当たるってのも悪くねぇかな?
 ある意味ではお互いに最高のコンディションで、しかも全く消耗してない状態で戦う事が出来るって事だからな?……だけど、後の試合の事を考えて出し惜しみなんて温い事するなよ鈴?全力を、奥義を尽くさねば俺には勝てないからな。」

「言われるまでもないわよ夏月……アンタこそ、龍の爪牙の餌食にならないように注意すると良いわ。悪いけどアタシ、手加減とか出来ないからね。」

「はっ、俺に手加減なんぞ無用だ。寧ろ手加減なんてしたらぶっ殺す。」

「アハハ!そう来なくっちゃね!全力で行くわよ夏月!」

「上等だ……寧ろ、全力の更に先を引き出してやる!お前の持てる力を全て出して来な!――俺は其れを粉砕するぜ!」

「言ってくれるじゃないの!粉砕出来るモンならしてみなさい!アタシはアンタの全力を、粉砕!玉砕!!大喝采!!!してやるわ!!」


控室のモニターで其の組み合わせを見た夏月と鈴は互いに好戦的な笑みを浮かべると拳を突き合わせた後に夫々のピットに向かって行ったのだが、簪とヴィシュヌは其の時の夏月の背後にオベリスクの巨神兵を、鈴の背後にはオシリスの天空竜を幻視していた……夏月と鈴の試合が相当に激しいモノになるのは間違いないと言えるだろう。








――――――








――同刻、IS学園の遥か上空


成層圏ギリギリの其の場所には二人の少女がISを部分展開して居た。
一人は眼鏡をかけ、長い髪を二つに分けて縛り、そして其れを一つに纏めた少女で、もう一人はショートカットで目元をバイザーで覆っている小柄な少女だ……何方も可成りの実力者であるのは間違いないだろう。遥か上空に居るとは言え、IS学園のセキュリティに引っ掛かっていないのだから。


「其れで、そのタイミングで仕掛ける?仕掛けるタイミングはアタシ達に一任されているが……如何するM?」

「そうだな……一年の部の最終戦が佳境に入って来たタイミングで仕掛けるぞN。其方の方がインパクトがあるし、あの女の力の一端を捥ぐには効果的だと思うからな――奴の無能ぶりを晒してやるさ。」

「ブリュンヒルデの無能ぶりを晒すか、成程な……で、其れ以外の本音は?」

「弟の活躍を全試合見届けたいです!秋五の試合は見れんが、一夏……否、夏月の試合は見る事が出来るのでな、姉として弟の試合は見届けたいのだ!」

「ブラコン乙……と言うか、一夜夏月と織斑秋五は、五~六歳まで成長促進ポッドの中で成長させた上でポッドから出されて稼働時間は十年だから、稼働時間が十三年の自分の方が姉だってのは如何と思うぞM――マドカ。」

「其れについては突っ込むなN――ナツキ。私だって少々無理がある理論だとは思っているさ……でも、肉体的にはあの二人より幼くとも、生まれたのは私の方が先と考えると、な。」


M――マドカと呼ばれた少女と、N――ナツキと呼ばれた少女はIS学園に突入するタイミングを狙っていたのだが、会話の内容を聞く限り、IS学園を壊滅させると言った物騒なモノではなさそうだ。
其れでも夏月と秋五を『弟』と称したマドカは要注意人物であると言えるだろう……少なくとも彼女は、ある程度は『織斑計画』の事を知っていると言えるのだから。


様々な思惑が交錯する中、クラス対抗戦は其の幕を上げるのだった――!











 To Be Continued