今日も今日とて早朝のトレーニングを熟した夏月だったが、今日は少しばかり変化があった……と言うのも、トレーニングの〆の太極拳には山田先生(以降、『真耶』と表記。)が参加したからだ。
元日本の代表候補生でありながら、『遠距離型』と言う理由で国家代表になれなかった真耶だが、其の実力は極めて高く、ガンナーとしての能力はセシリアを圧倒しており、全身を使った有酸素運動の有用性は理解していたので、夏月の太極拳に付き合ったのだが、予想以上の消耗に真耶は少しばかり息が上がっていた。


「太極拳……やるのは初めてだったんですが、思った以上に身体を使うモノなんですねぇ?エアロビクス以上の運動量とは思いませんでした。」

「ゆっくりとした動きを長い時間行うってのは思った以上に大変なんすよ。
 けど、ウェイトトレーニングの後にゆっくりとした動きを長い時間行う事で筋肉の柔軟性を失う事なく、鋼鉄の強さとゴムのしなやかさを併せ持った身体が出来上がる訳なんですよ。一瞬の瞬発力と長期の持久力の双方を兼ね備えた理想の身体が。」

「此れをほぼ毎日続けると言うのは大変な事だと思いますが……続けて来たからこそ、一夜君の強さに直結している訳ですね?継続は力、正にその通りですね。」


同時に真耶は夏月の強さは日々のトレーニングに裏打ちされたモノだと改めて認識する事になった。
昨日も早朝トレーニングを行っている夏月と話をしてトレーニング内容を聞いてはいたが、最後の太極拳を一緒にやってみて、自分は初体験だったとは言え太極拳だけでも少し息が上がってしまったのに、夏月の息は殆ど乱れていないのだ。太極拳の前にランニング、腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々三百回、木刀を使った素振り、シャドーを夫々十五分ずつ行っていたにもかかわらず――慣れていると言えば其れまでだが、此れだけの濃い内容のトレーニングに身体が慣れるにはドレだけの回数を熟したのか想像も付かないだろう。


「ところで、トレーニングメニューは此れから増やしたりするんですか?」

「その予定はないですね。
 俺自身、今の体型がベストだと思ってまして、この体型を維持するのは今のトレーニング量が最適なんですよ。常に身体をベストなコンディションにしておけば自ずと実力も伸びるってモンでしょう?」

「ベストコンディションを維持するのも一流のアスリートに求められる能力であり、常にベストコンディションを維持していれば最高の状態で本番に臨む事が出来ますから良い結果も付いて来る事になりますから、確かに実力も自然と伸びて行きますね。」


夏月は今のトレーニング量が最適であり、ベストコンディションを維持出来ると思っている様でトレーニング量を増やす事は考えていないらしい――最適量を越えたトレーニングを行っても身体にはマイナスでしかないのだから当然と言えば当然だろう。

トレーニングを終えた夏月は真耶と別れ、また何時ものように部屋に戻りシャワーで汗を流して、此れから弁当の仕込みなのだが――


「やぁ、おはよう夏月。」

「ロラン、起きてたのか。」


夏月がシャワー室から出て来ると珍しくロランが目を覚ましていた。
何時もは大体夏月が弁当を作っている最中に起床し、夏月が弁当を作り終える間に登校準備やら身嗜みを整えるのだが、今日は夏月がシャワーを浴びている間に目を覚まし、シャワーが終わる頃には着替えと髪のセットを終えていたのだ。


「君が料理する音が私にとって良い目覚まし時計になっていたのだけれど、如何やら私の身体は其の音で目を覚ますよりも、君の弁当作成を手伝う事を選んだみたいでね?こうして君が弁当を作り始める前に身嗜みを整えてしまったと言う訳さ。」

「あ~~……なんか良く分からんが、弁当作るの手伝ってくれるってんなら頼むわ。……の前に、料理は出来るんだよな?」

「勿論さ。
 オランダ料理だけでなく、日本料理も勉強したから作る事が出来るよ?得意な日本料理は肉じゃがと煮魚、後は刺し身と冷奴とチリメンジャコのおろし和えだね。」

「……前者二つは兎も角、後者三つは誰でも作れるような気がするんだが、料理が出来るなら問題はねぇか。有難く手伝って貰うとするよ。」

「ふふ、一緒に料理をすると言うのは、何だか夫婦みたいだね♪」

「ってーと、俺は家庭を支える主夫でロランが外に出て働くキャリアウーマンって事になるのか?……俺、調理師免許取っていざと言う時には料理屋出来るようにしといた方が良いかもな。」

「君の腕前ならば、調理師免許なんて速攻で取得出来るだろうけどね。」


ロランは夏月の手伝いをしたいと思って何時もよりも早く起床したらしく、夏月もその申し出を受け入れて二人で弁当の調理を開始。
楯無が提案した『乙女協定』で抜け駆けは禁止されているが、一緒に料理をすると言うのは夏月の同室であるロランに特権的に許された権利でもあるので、その権利を行使しない理由はないのだ……その権利を行使しながらも、夏月に変にアピールしない所にロランが『乙女協定』の最低ラインを遵守している事が窺える訳であるが、夏月を取り巻く恋愛事情は中々に複雑そうである。

因みに同じ頃、箒も自室で弁当を作っており、昨日に続いて秋五の好物が詰め込まれた最強の秋五用弁当を完成させていた――恋する乙女は好きな人の為ならば労力は惜しまないらしい。
そんな箒が作った本日の弁当は『鮭フレーク、ノリの佃煮、明太子の三段飯』、『出汁巻き卵』、『豚の味噌漬け焼き』、『ホウレン草のゴマ和え』、『ナスの浅漬けキムチ』であった。










夏の月が進む世界  Episode14
『A dragon coming from China-the sound of a bell』










朝食を終えた夏月とロランが教室に入ると、何やら教室内はざわついていた。
『転校生』、『中国の代表候補生』と言った単語が聞こえてくるのを考えると、どうやら中国の国家代表候補生が転校生としてIS学園にやって来たのだろう……より正確に言うのならば『転校生』ではなく『編入生』になるのだが。


「おはようさん。何やら盛り上がってるみたいだが、何かあったのか?」

「このざわめき、話題の劇の初日の開幕前の如しだね。」

「あ、夏月君とロランさん、おはよう!
 実はね、今日二組に転校生が来るみたいなの――で、その子は只の転校生じゃなくて中国の代表候補生で専用機を持ってるらしいんだよね……二組はまだクラス代表が決まってなかったけど、若しかしたらその子がクラス代表になるんじゃないかなって。」

「あん?乱が二組の代表になったと思ってたんだが、二組の代表はまだ決まってなかったのか……にしても、中国か。」


話題は、その編入生が中国の国家代表候補生であり、二組のクラス代表になるのではないかと言う事についてだった。
夏月は実力的は勿論の事だが、専用機を持っている事で乱がクラス代表になったと思っていたのだが、実は二組の代表はまだ決まって無く、件の編入生が二組の代表になるのではないかと噂されているのだ。


「中国、何かあるのかい夏月?」

「そう言えばロランには言ってなかったっけか?中国には知り合いが居てな……最後に会ったのはもう三年以上前になるんだが、元気かねアイツ。」

「君も中国に知り合いが居るのか夏月?……奇遇だね、僕もなんだ――そして奇しくも僕も彼女と最後に会ったのは三年以上前になるんだよ……君の知り合いと同じ人かは分からないけど、まぁ、僕の知ってる彼女なら元気で居るだろうね。」


その編入生が中国の国家代表候補生だと聞いた夏月と秋五は、即座に同じ人物を思い浮かべていた――箒と入れ替わる形で乱とやって来た中国からの転校生であり、日本語が不慣れな事で虐められていた少女の事を。


「アタシの噂かしら?噂されるようになるとは、アタシも随分と有名になったモノね?」


そんな中、突如クラス内に響いた声。
その声の主を探ると、一組の教室の入り口には、栗毛の髪をツインテールにした勝気そうな少女が腕を組んでドアフレームに背を預けて立っていた……口元から覗く八重歯(牙と言うなかれ!)が、余計に少女の勝気さを際立たせている感じだ。


「「鈴?」」

「ヤッホー!久しぶりね夏月!其れと秋五!元気そうで安心したわ!」

「と言って挨拶代わりに飛び蹴りして来るなよ……まぁ、此の程度なら余裕で何とか出来るから良いけどよ。つーか、年頃の女の子がスカートで飛び蹴りするんじゃありません!パンツ丸見えになるぞお前!」

「鈴、一夏からも注意されてたんだから直そうよ其れ……」

「大丈夫よ、スパッツ穿いてるから!」

「「そう言う問題じゃない!!」」


鈴と呼ばれた少女は挨拶代わりに飛び蹴りを繰り出して来たのだが、此れは夏月にとっては懐かしいモノでもあった。
一夏だった頃に、虐められていた鈴を秋五と一緒に助けており、その際に鈴は一夏に恋愛方面での好意を抱いたのだが、その気持ちを如何しても素直に伝える事が出来ず、照れ隠しとして功夫仕込みの一発が繰り出される事もあったのである――が、一夏は其れを難なく捌いて、『はーい、残念でした。』と対処していたので、一夏が鈴の好意に気付く事はなかったのだが。


「それにしても久しぶりだね鈴?君が中国に帰ったのは中一の時だったから、かれこれ三年ぶりになるのかな?」

「そうね、其れ位になるわ……まさか、アンタがISを起動するとは思ってなかったわ秋五――そして、アンタもね夏月。アンタが世界初の男性のIS操縦者になったってニュースを聞いた時には驚いて心臓が三秒ほど停止したわ!」

「安心しろ鈴、正常な人でも心臓は日に最大で三秒ほど停止するらしいからな……三秒ってのは、ギリギリ人が意識を失わない範囲なんだそうだ。」

「なら、三秒間なら心臓は停止しても大丈夫って事ね♪……って、そうじゃないでしょ!!」

「うん、実に見事なノリ突っ込みだ。」


あまりにも親し気な様子の夏月と鈴に、クラスメイト達は『どんな関係なのか?』と聞いて来たが、此処は夏月が機転を利かせて『俺が義母さんと世界中を転々としてた時に立ち寄った中国で会った』と説明してクラスメイトを納得させていた。
秋五も、夏月と鈴が親し気な事には少しばかり疑問を抱いていたのだが、夏月の説明を聞いた事で取り敢えず納得したようだ――『目の色が違うから一夏に良く似た他人』であるとは思っても、一夏との共通点を見出すと如何しても秋五は夏月と一夏が実は同一人物ではないのかと考えてしまうらしい。――逆に言えば、それだけ秋五は一夏の事を気に留めていたと言う事でもあるのだが。


「まぁ、其れは其れとして、そろそろ自分のクラスに戻った方が良いぜ鈴?後ろに魔王が居るからな。」

「後方からの攻撃、来るよ!」

「ご忠告どうも……チョイッサーーー!」



――バッカァァァァァン!!



そんな中、鈴は自分に向けて振り下ろされた出席簿を見事な蹴り上げでカウンターしてノーダメージでやり過ごす!!
その出席簿を振り下ろしたのは千冬だったのだが、何も言わずにイキナリ出席簿アタックを繰り出すと言うのは指導の範囲を逸脱した行き過ぎた体罰であると言わざるを得ない……千冬にはその認識はマッタクないだろうが。


「何も言わずに暴力って、其れって教師として如何なのよ?」

「貴様が口で言って聞く魂か?口で言っても分からない相手には、身体に覚えさせるしかあるまい?……この学園に於いて教師の、特に私の言う事は絶対だ凰。」

「ふぅん……己が絶対だとは、流石は言う事が違いますねブリュンヒルデ?
 ううん、此処は『血塗られたブリュンヒルデ』って言った方が良いかしら?家族の命よりも己の名誉を優先した奴には此の上ない名誉な称号よね?乱のセンスの良さにはビックリよ。」

「貴様……教師に正面切って喧嘩を売るとは良い度胸だな?」


鈴と千冬は旧知の仲なのでお互いに遠慮も何もない仲なのだが、それだけに千冬は鈴が言った事を見過ごす事は出来なかったのだろう――ましてや生徒の前で『血塗られたブリュンヒルデ』などと言われたら余計にだ。そんな不名誉な称号、他の誰にも聞かせたくはないのだから。
故に、千冬は凄まじいプレッシャーを鈴に放っているのだが、鈴は怯むどころか逆に千冬を睨み返している。元々負けん気の強い鈴だからこそ出来た事なのだが、しかし教師と生徒のメンチギリ合戦とは中々にレアな光景である訳で、多くの生徒が『此れ如何なっちゃうんだろう?』と事の行方を傍観している状態だ。


「はい、其処までですよ織斑先生、生徒と揉め事は御法度です。それとソロソロSHRが始まっちゃいますから。凰さんも、編入先のクラスに戻って下さいね?」


しかし、その事態を収めたのは真耶だった。
千冬を制止すると、鈴にも編入先のクラスに戻るように言って両者のメンチギリ合戦を強制終了させたのだ――何時もの笑顔を崩さずに一触即発状態の鈴と千冬を抑えてしまった真耶のメンタルの強さは相当だと言えるだろう。


「は~い、そうします。初日から遅刻ってのもアレだしね。其れじゃ夏月、秋五また後でね!昼休み、一緒にご飯食べましょ!」

「お~~、そうすっか。」

「うん、また後でね鈴。」


真耶に言われた鈴は千冬に向けていた殺気交じりの闘気を霧散させると、人懐っこい笑みを浮かべて自分のクラスへと戻って行った――その際に、夏月と秋五にランチの約束を取り付けたのだから大したモノであると言えるだろう。


「彼女が君の知り合いか夏月。中々活発そうなお嬢さんじゃないか?あの底抜けに明るい性格と織斑先生の睨みにも怯まない胆力……中々の好印象だね。」

「天真爛漫、元気溌剌、怖いもの知らずって言葉を其のまま擬人化したような奴だからな鈴は……聞いた話だが、小学生の時、掃除の時間に廊下の雑巾がけを校舎の端から端まで七往復したらしいぜ?」

「でもって、其れは真実なんだよ……何故か僕と一夏も巻き込まれて一緒にやる事になったんだけどね。
 因みに僕は鈴と同様に七往復でダウンしちゃったけど、一夏は気合で九往復して、その日は家に帰るなり死んだように眠ってた……僕も疲れてたから、その日の夕飯はコンビニ弁当になっちゃったよ。」

「コンビニに買いに行っただけ偉いと思うぜ?普通なら家にあるカップ麺で済ませちまうところだ。」


ロランは鈴に好印象を抱いたようだが、秋五に絶賛恋している箒とセシリアは胸中穏やかではなかった――箒とセシリアは友人同士ではあるが、同時に恋のライバルでもあり、何方が秋五のハートを射止めるのかに関しては一切の妥協がない。
そんな中で新たなライバルが現れたとなれば其れは穏やかな気持ちではないだろう……尤も、鈴が好意を抱いているのは夏月であって秋五ではないので、箒とセシリアの焦りは杞憂でしかなかった訳だが。


「……其れでは、本日のSHRを始める。」


それはさておきSHRが始まり、本日の予定が千冬から生徒に伝えられて行ったのだが、真耶は先程の千冬と鈴の一件も確りとタブレットの端末を起動して記録しており、ただ記録するだけでなく、千冬が鈴に出席簿を振り下ろそうとした瞬間の写真と動画も記録に添付していた……憧れが失望に変わった事で、真耶は一切の手加減を辞めたのかも知れない。
こうして、千冬の問題行動は着実に記録されて行く事になるのであった。……真耶からの報告が上がる度に、学園長は胃と頭にダメージを受け、胃薬と頭痛薬が手放せない状態になってしまっているのだが……学園長と言う立場は、中々に大変なモノであるようだ。








――――――








「中国から来た凰鈴音よ!皆、宜しくね!」


一年二組のSHRでは鈴が簡潔かつ元気一杯の挨拶でクラスの心を掴んでいた。
只の挨拶ならばクラスの心を掴む事は出来なかっただろうが、鈴はホワイトボードにデカデカと己の名前を書き記した上で教壇に仁王立ちして挨拶をすると言う爆裂インパクトブレイカー全開な事をしてくれたので、クラスの心を掴むには充分だっただろう――其れが出来たのも、鈴の生来の社交力の高さがあればこその事ではあるのだが。


「待ってたよお姉ちゃん!それじゃ、二組のクラス代表は任せるよお姉ちゃん。」

「クラス代表って何でよ乱!てか、アンタがクラス代表なんじゃないの!?」

「台湾の代表候補生で専用機持ってるって事でクラス代表に推薦されたんだけど、お姉ちゃんが学園にまだ来てないから一旦保留にしてたんだ。
 お姉ちゃんが二組以外に編入されたらアタシがクラス代表になるけど、お姉ちゃんが二組に来たら代表はお姉ちゃんにするって事で……と言う訳だから、クラス代表宜しく!」

「なんでじゃーい!アンタでもクラス代表務まるでしょうに!」

「だってお姉ちゃんアタシより強いっしょ?
 去年行われた台湾と中国の合同合宿での模擬戦、アタシは一回もお姉ちゃんに勝てなかったんだけど?五日間の合宿で計十回の模擬戦を行って、只の一度も引き分ける事も出来ずに十連敗って、流石に凹んだわ。」

「確かにアタシはアンタに十連勝したけどね!?
 だとしても、去年の戦績なんぞ当てにならんでしょうが!アタシは一年前よりも強くなってるけど、其れはアンタも同じでしょ!?
 今アタシとアンタが戦っても、去年と同じ結果にはならないと思うんだけど、その辺は如何よ!?」

「……十連敗もしてると苦手意識が付いちゃって、お姉ちゃんに勝てるヴィジョンがマッタク見えないのよ此れが!」

「自身満々に言う事かーい!苦手意識なんぞ払拭しなさーい!!」

「無理!って言うか、お姉ちゃんだって台所に出る黒光りして増殖して突撃するGへの苦手意識は払拭出来ないでしょ!!」

「三種のGを混ぜるな危険!アレへの苦手意識は全人類の95%が払拭出来ないでしょうが!!って言うか、アタシへの苦手意識をGへの苦手意識と一緒にすんじゃないわよ!!」


そして、其処で乱が鈴をクラス代表に推して来た。……鈴と乱の遣り取りは若干漫才の様になってしまっているが。
台湾の代表候補生で専用機を持っていると言う事で乱は二組のクラス代表に推薦されていたのだが、鈴が遅れてやって来る事をLINEのメッセージで知っていた乱は其れを一時保留にして、鈴が二組にやってきたその時は鈴にクラス代表を任せようと思っていたのだ。
乱の実力は実技授業で明らかになっているのだが、其の乱を上回る実力の持ち主である鈴がクラス代表になると言うのはある意味で道理であると言えるだろう。
クラスの顔とも言うべきクラス代表は相応の実力を持つ者が務めて然りなのだから。


「そう言えば鈴音さんって、中国の代表候補生の序列一位だって聞いた事あるよ?」

「マジで?序列一位って、絶対に強いよね?……台湾の序列一位の乱音さんが勝てなかったって言うんだから、其の実力は本気でハンパないと思う。鈴音さんからは確かに龍のオーラみたいなモノを感じるわ。」

「貴女になら、二組のクラス代表を乱ちゃん以上に安心して任せるられると思うわ……宜しくね鈴さん!」

「クラスメイトの此の反応、最早外堀は埋め立て済みかーい!……上等よ!クラス代表、やってやろうじゃないの!!」


クラスメイト達の反応から既に外堀は埋められていた事を知った鈴はヤケクソ気味にクラス代表に就任したのだが、その裏には乱からの信頼があったので断る事が出来なかったのだ――此処で断ったら、自分がIS学園に来るまで答えを保留していた乱に対しての申し訳が立たないと思ったから。
中国人は嘘吐きで平気で人を裏切ると言うイメージがありがちだが、鈴は小学四年生から中学一年生までの思春期を日本で過ごした事で、日本特有の義理人情やらを確りと学んでいたので土壇場で裏切るような事はせずに乱の期待に応えて見せたのだ……鈴の生来の性格的にも断ると言う選択肢は存在してなかったのだろうが。


「そう言えば乱、一組のクラス代表って誰?秋五?其れとも夏月?」

「一組の代表は夏月だよお姉ちゃん。」

「ふぅん?どっちが代表でも本気で行くのは当然だけど、其れを聞いて俄然やる気が出て来たわ!……クラス代表対抗戦、楽しみにしているわよ夏月!そんでもって楽しみにしてなさい!!」


更に一組のクラス代表が夏月だと聞いて、鈴はクラス代表対抗戦に向けて闘志を燃やしていた――己が恋した相手と全力で戦える舞台と言うのは、鈴にとっては最高のモノであったようだ。








――――――








午前中の授業は全て無事に終わって昼休み。
歴史の授業の時に、歴史上の人物の名を答えるよう指名された夏月が『間違ってるけど大間違いと言う程ではない答え。』、『明らかに絶対違う答え。』、『漫画やアニメのキャラクターの名前を答える。』と散々ボケ倒した挙げ句に『其れじゃー、華麗に正答を答えてくれ。頼むぞ天才。』と秋五に答えを丸投げしたり、数学の授業では逆に当てられた秋五が答えのみをホワイトボードに書き、夏月に『式を書くのが面倒だから、そっちは君に任せるよ。』と歴史の時間のリベンジをかましていたが、特段授業には影響はないようだった。

箒とセシリアは鈴の事が気になってはいたが、其れが気になり過ぎて授業に集中出来ずに担当教師から注意されると言う事はなく、確りと授業は受けていた――英語では箒が、古文ではセシリアが頭から煙を出していたが。
大和撫子なサムライガールにとっての英語と、英国淑女にとっての古文は最も縁遠いモノであったのだろう。因みに箒は、他の科目は学年で二十番以内だったのだが、英語だけは炎上ギリギリの低空飛行だったりする。

其れは其れとして、夏月はロランと更識姉妹、秋五は箒とセシリアと一緒に食堂に向かっていた。


「夏月、秋五!こっちよこっち!席取っておいたわ!」

「お~~、サンキュー鈴。乱。」

「助かるよ。」


食堂では既に自分のメニューを注文した鈴が、乱と共に席を取っていた。
其れを確認すると夏月達も其方に向かう――夏月と更識姉妹、ロランと乱は夏月特製弁当が、秋五と箒には箒お手製の弁当があるので、食堂のメニューなのは鈴とセシリアだけになるのだが。
そんな鈴とセシリアだが、鈴が注文していたのは『四川風汁なし担々麺』(因みに担々麺は汁なしが本場だそうです。)で、セシリアが注文したのは『ローストビーフのサンドイッチ』だった。


「さて、それでは秋五、彼女とお前がどんな関係なのか、其れを教えてくれるか?」

「彼女は凰鈴音。箒と入れ違いになる形で中国から転校して来た子なんだ……因みに乱もその時一緒に転校して来たんだ。乱は台湾からだけどね。
 幼馴染って言うのはオカシイかも知れないけど、僕にとっては大切な友達だよ。」

「そうだったのか……では改めて、私は篠ノ之箒と言う。宜しくな凰。」

「鈴で良いわよ。凰だと乱と分からないし……てか、篠ノ之ってアンタ若しかして兎のお姉ちゃんの家族?」

「兎のお姉ちゃん?」

「あ、束さんの事。あの人うさ耳型のメカを頭に装備してるから。」

「そう言えばそうだったな……あぁ、私はあの人の妹だ。あまりにも似ていないので、初見では姉妹には思われないのだけれどな。
 しかし姉さん、私の知らない所で知り合いを増やしていたとは……しかも一夜だけでなく海外にまで知り合いがいるとはな――流石は姉さんと言ったところか。」


席に着くなり箒が秋五に鈴との関係を聞いて来たが、秋五は其れに答えると箒は納得して、鈴に自己紹介すると、続いてセシリアも『イギリスの国家代表候補生のセシリア・オルコットと申します。宜しくお願いしますね鈴さん?』と、少しばかり好戦的な笑みを浮かべて自己紹介し、鈴も『中国の国家代表序列一位の凰鈴音よ』とバリバリ好戦的な笑みを浮かべて返していた……尤も、その後で鈴は箒とセシリアに『アタシは秋五に恋愛感情は持ってないから安心しなさい』と耳打ちし、箒とセシリアは一瞬顔が赤くなったのだが、幸いにも秋五には気付かれてはいなかった。


「うんうん、元気そうな子は大好きよ♪私は更識楯無、この学園の生徒会長で日本の国家代表を務めさせて貰っているわ。」

「更識簪。日本の国家代表候補生。あと四組のクラス代表、宜しくね?」

「一組の副代表にしてオランダの国家代表を務めさせて貰っているロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。
 まさか中国からの編入生が夏月の知り合いだったとは、この数奇な縁の巡り合わせに、乙女座の私は運命と言うモノを感じずには居られない……しかもその少女は天真爛漫な性格と愛らしい容姿を持ち、名前は鈴の音を冠する可憐なモノと来た。嗚呼、神は何処まで我々を翻弄するのか。」

「え~っと、多分褒めてくれたんだろうけど……夏月、この人大丈夫?」

「此れがロランの平常運転だから気にすんな。気にしたら負けだ。
 そんでもって慣れろ、俺は慣れた……まぁ、俺が女優としてのロランのファン第一号だから慣れる事が出来たのかもしれないけどな。取り敢えず、一緒に居て絶対に退屈だけはしねぇな。」

「ふ、最高の褒め言葉だよ夏月……改めて宜しく頼むよ、ミス鈴音。」

「アタシの事は鈴で良いって!」

「では、私の事もロランと呼んでおくれ。」

「うん、其れはそうさせて貰うわ。ぶっちゃけ、その長い名前を正確に言える自信全くないから。」


更識姉妹とロランも自己紹介をして、其処からは親睦を深める為のランチタイム……になるのが通常の流れなのだが、其れに待ったをかける人物が居た。


「ねぇ、お姉ちゃん、何で秋五も誘ったの?アタシがコイツの事好きじゃないっての知ってるよね?」


それは乱だ。
従姉妹である鈴が虐められていたのを助けてくれた一夏と秋五には感謝していた乱だったが、一夏が不当な評価をされて一部の人間から『織斑の出来損ない』と言われているの知った時、其れを知りながら何もしなかった秋五には怒りを覚え、如何にも好きになれずにいたのだ。


「うん、知ってる。だけど、秋五には秋五の事情と葛藤があったのよ……アタシとしても、恩人の秋五がアンタに誤解されたままってのは嫌だから、その誤解を解くために一緒のランチにと思ったのよ。
 あと、一夏が生きてる間に二人の擦れ違いを修正出来なかったアタシの後悔を晴らすって意味もあるけどね……秋五、あとはアンタの口から言いなさい。」

「鈴……そうだね。此れは僕自身が言わなきゃいけない事だ。」


其れでも、鈴が此の場をセッティングしたのは、秋五への誤解を解く為――それは乱の誤解を解くためではなく、夏月となった一夏に秋五の思いを聞かせると言う目的もあったのだろう。


「僕と一夏は一卵性の双子だったけど、僕の方が弟だった……もしも僕の方が兄だったら、僕は迷わず一夏を助けていたよ。
 だけど双子とは言え僕は弟だった……一夏を『出来損ない』って蔑んでいた連中は、テストの点数が僕よりも一点低かっただけで一夏を馬鹿にするような奴等だったんだ――其処で僕が一夏を庇ったらどうなる?
 連中は一夏の事を『弟に庇われた情けない奴』と更に馬鹿にするようになるだろうし、姉さんは更にだ!姉さんは『双子であるとは言え、兄であるのにも関わらず弟に庇われるとは、恥を知れ!』と叱責するのは目に見えていた。下手すれば手を上げてたかも知れないな……だから、僕は一夏を助ける事が出来なかった。僕が助ける事で、一夏は更に辛い思いをする事になるから……僕が助けた事でより一夏が傷付く事に、僕自身が耐えられなかったって言うのもあるんだけど。
 でも、ドイツで一夏が誘拐されて、そして死んでしまった時、僕は死ぬほど後悔した……葬式では泣かないように堪えたけど、葬式が終わった後で僕は涙が枯れるんじゃないかって位に泣いた……そして、泣きながら一夏に謝ってたよ。『何も出来ずにゴメン。』、『苦しみから救えなくてゴメン。』って……そして、もしも僕が声を上げていたら一夏は死なずに済んだんじゃないかって、そう考えるようになったんだ……だから僕は、一夏が死んでしまったその時から、何があろうとも自分の意見は必ず口にするようにしたんだ……もう二度と後悔しない為に。」

「アンタ……そうだったんだ。そんな理由があったんだ……」

「自分が助けた事で余計に兄貴を辛い目に遭わせちまうかも知れなかったか……成程、ソイツは確かに助けるのも躊躇しちまうよな。」


話を振られた秋五は、此れまで鈴以外には話した事がなかった己の胸の内を話し、其れを聞いた夏月と乱、更識姉妹は一応の納得をしたようだ――自分が助けた事で余計に立場が悪くなるとなれば、確かに助けに入るのも躊躇すると言うモノだ。
まして、其れが身内である姉ですら一夏を余計に追い込む存在でしかなかったとなれば尚の事だろう……正に環境の悪循環とは此の事だ。千冬は己の預かりしならないところで無意識に秋五の事を苦しめていたと言うのは何とも笑えない話である。


「……お前の兄貴、仏壇は?」

「勿論あるよ。
 毎日水を変えて榊と一夏の好物だった『栗蒸し羊羹』を供えて、線香を上げてたよ……流石にIS学園に仏壇を丸ごと持って来る事は出来なかったけど、一夏の位牌とロウソク立てと線香立てを持って来て簡易的な仏壇を自室に作ってるけどね。」

「……後で、お前の部屋に行くから仏壇に手を合わさせてくれ。不遇の死を遂げちまった兄貴に、線香の一本でも上げさせて貰うさ。」


更に秋五は、仏壇を持ち込む事は出来ないが、一夏の位牌とロウソク立てと線香立てを持ち込んで自室に簡易の仏壇を作り上げ、毎日線香を上げていた――其れを聞いた夏月は、一夏の仏壇に手を合わせる事を決めた。
『一夏の死』を未だに確り其の胸に刻み込んで弔う姿勢の秋五に対してのある意味での礼と、織斑一夏と完全に決別するための事でもあるのだろう――一夜夏月として織斑一夏に線香を上げる事で、夏月は完全に『織斑一夏』とは別人になれるのである。……その決断は、並大抵の覚悟で出来る事はないのだが。


その後のランチタイムは鈴と秋五が過去のエピソードを披露して賑やかなモノになり、鈴が夏月特製弁当のクオリティの高さに驚き、乱からおかずを一つ貰って試食し、『昔より腕上ってんじゃないのよぉ……!』と若干乙女のプライドを折られ掛けたり、箒特製弁当を見た夏月が秋五に『愛妻弁当か?』と言って箒を一瞬で沸騰させたりしていたが、概ね平和なランチタイムであった。
そして食後は夏月と秋五と箒とセシリアは更識姉妹とロランと乱に、『此処からは夏月に関する女子会』だと言われて先に食堂から去る事になった。


「さて……それじゃあまどろっこしいのは苦手だから単刀直入に聞くわよ鈴ちゃん。貴女、夏月君に恋してるわね?……いえ、恋なんて生温いモノじゃなくで、夏月君の事を愛してるわね?私達と同様に!否定はしないわよね?」

「お姉ちゃん、直球過ぎ。」

「それは……否定出来るかおんどりゃぁぁぁぁ!!」

「うむ、そうではないかと思っていたが矢張りだったみたいだね。」

「お姉ちゃん、意外と分かり易いからね?」


其処で投下された楯無の爆弾に、鈴は肯定するしかなかった。
日本語が不慣れな事で虐められていた所を一夏と秋五に助けられた鈴だが、その際に虐めグループのリーダーに真っ先に殴り掛かってフルボッコにしてしまった一夏に一目惚れしてしまい、しかしその思いを伝える事は出来ないまま今に至っていたのだ。


「なら、貴女も私達の『乙女協定』に加わって貰うわよ?
 私と簪ちゃん、そしてロランちゃんと乱ちゃんは夏月君に恋愛方面での好意を抱いているの……そして、私達四人は『抜け駆け禁止』の乙女協定を結んでいるのよね……だから、貴女にも其れに加わって貰うわよ?夏月君に対しては全員が平等でなくてはならないわ――良いわよね?」

「抜け駆け禁止の乙女協定……OK、其れには加わらせて貰うわ楯姉さん。恋愛は平等に、此れって基本よね!――其れを踏まえた上での乙女協定とは、アンタ中々やるねぇ楯姉さん?」

「おほほ、伊達に更識楯無は名乗っていなくってよ?もっと褒めてくれても良いのよ鈴ちゃん。」

「いよ、流石は生徒会長!アンタが大将!日本一!総理大臣!」

「日本初の女性総理大臣を目指しても良いかもしれないね。」


鈴は一夏――夏月に恋心を抱いていたのだが、其れを伝えらえずに今に至り、其れを聞いた楯無に『乙女協定』の事を聞かされ、自身も其れに加わる事を決めたようである。
抜け駆け禁止の乙女協定下では出来る事は限られているが、其れでも鈴は夏月の側に居られる事を重視して乙女協定に加わったのだ……鈴の夏月に対する『愛』は本物であると言っても過言ではないだろう。


「其れでは、新たな乙女協定のメンバーとして、貴女を歓迎するわ鈴ちゃん。」

「宜しくお願いするわね楯姉さん。」


乙女協定の新たなメンバーが加わり、楯無と鈴はガッチリと握手を交わし、その後はロラン、簪、乱とも握手を交わして、鈴は正式に夏月を巡る『乙女協定』の一員となったのであった。
そして其の後、乙女協定のメンバーは昼休み終了ギリギリまで談笑してその絆を深めて行ったのだった……











 To Be Continued