ユニウスセブンの跡地にて墓荒らしさながらの物資補給を行っていたアークエンジェルは、取り敢えず地球までの燃料を確保する事は出来たのだが、物質補給の最中にフレイが救命ポッドを見付け、其れをアークエンジェルに搬入して開けてみたら、中から出て来たのは桃色のロングヘアーが特徴的な少女とピンク色の球形のロボットだった。


「っと、タバネさんからメールだ。
 え~と何々?『君達が回収した救命ポッドに入ってた女の子の名前は『ラクス・クライン』。プラント最高評議会の議長である『シーゲル・クライン』の一人娘で、今日は『血のバレンタイン』から一年となる追悼式典の準備のため民間船に乗ってユニウスセブンに視察に来てたんだよ~~♪』だとさ。」

「其れが何で救命ポッドに乗った状態でユニウスセブンに……何かトラブルに巻き込まれた……?」

「その可能性は高いと思うけど、問題はタバネさんって人が何で其れを知ってるのかって事じゃない?
 プラント最高評議会議長の娘となればプラントでも重要人物の筈だし……イチカ、タバネさんって何者なのよ本気で……!?」

「取り敢えず、色々トンデモねぇ人であるのは間違いないだろうな。
 俺達に全く気付かれずに俺達の……いや、若しかしたら俺達だけじゃなく連合やザフトの動向まで把握してるのは間違いなさそうだからな?孤児院で会った時に壊れた電化製品使ってモビルアーマーのラジコン作ってくれたから、材料さえ潤沢にあれば人はおろか機械のレーダーですら捉えられない極小のロボットカメラ位は作れるだろうし……若しかしたら、連合の新型とビャクシキの開発にも一枚噛んでるのかもだぜ。」


タバネからのメールで少女の正体は分かったが、アークエンジェルにしてみれば何とも厄介な相手を保護した事になった――ラクスはプラント最高評議会議長の娘であり、アークエンジェルからしたら『敵国の姫君』と言える存在なのだ。
だが逆に言えばラクスを回収したのが連合であってもアークエンジェルだったのはラクスにとっては幸運だったとも言える――アークエンジェルのクルーはコーディネーターに対して敵意を持って居る者はおらず、ましてや漂流者である民間人を不当に拘束したりはしないからだ。
唯一コーディネーターアレルギーがあったフレイもキラにフォーリンラブした事でコーディネーターアレルギーは完治しているのでマッタクもって問題は無いだろう。


「それで、プラントの歌姫様が何だって救命ポッドに入ってあんな所に居たんだい?オーブの坊主に送られてきたメールによると、民間船に乗ってたんだろ?」

「そうだったのですが、ユニウスセブンに向かう途中で地球連合軍に遭遇してしまい、其処で諍いが起こってしまったのです。
 そして私は其れから逃れる為に緊急避難ポッドで脱出させられ、漂流の末にユニウスセブンに不時着したのですわ……此れから如何したモノかと途方に暮れておりましたので、助けて頂いた事、感謝いたしますわ。」


イチカ達が話している間に、ムウがラクスに話しかけて彼女が如何して救命ポッドに入った状態でユニウスセブンに居たのかを聞いていた――普通ならば此の状況に慌てたりするモノだろうが、ラクスは慌てる様子もなく自身の身に何が起きたのかを話していた。
救命ポッドの扉が開けられた際も、特に怯えた様子もなく普通に中から出て来たので、可成り肝が据わっているのかも知れない……その様子にアークエンジェルのクルーやイチカとキラも話し掛けるタイミングを失ってしまったので、タバネからのメールは彼女の正体を知るだけでなく、会話の切っ掛けにもなったので有り難いモノであった訳だが。


「血のバレンタインもそうなんだけどよ、なんだって連合は普通に民間人を攻撃すんだよ?民間の船なんぞ戦闘能力皆無なんだから普通にスルーすりゃ良くねぇか?」

「……連合の人間は、基本的に『コーディネーターは存在してはならない』と考えているのよイチカ君。
 連合に於いては、寧ろアークエンジェルのクルーみたいな人達の方が珍しいと言っても過言ではないのよ……基本的にコーディネーターの事は人と思っていない。だから相手が民間人であっても平気で攻撃出来るんだと思うわ。」


ラクスが乗っていた民間船はユニウスセブンに向かう途中で連合の船と遭遇してしまい、ラクスは救命ポッドに乗せられて脱出させられたとの事だったが、戦闘能力皆無の民間船が連合の船から逃げ切る事は略不可能なので、その民間船は撃墜され、乗員は脱出したラクスを除いて全滅したと考えた方が良いだろう。

其の事実に思い至り、マリューもムウも苦い顔をしていたが、当のラクスは持ち前の天真爛漫さを発揮してアークエンジェルのクルー達と挨拶を交わし、イチカやキラ達とも挨拶をして、その際にフレイにも握手を求めたのだが、フレイは一瞬躊躇ったモノの其の手を取ったのだった。


「フレイがコーディネーターと握手した……此れは地球の明日の天気は世界的に大雨?其れとも大雪?
 ……いえ、世界中に槍が、ビームの雨が降り注ぐんじゃないかしら?乙女の恋心恐るべし……」

「フレイって、誰か好きな人が居るの?」

「それはね~~……あんt「ミリィ!!」むごぉ!?」

「あらあら、何だか楽しそうですわねぇ♪」

「姫さん、アンタはもう少し緊張感と危機感持とうぜ?少なくとも、アンタが今乗ってるのはプラントと戦争状態にある連合の最新艦なんだからよ。」

「あら、其れ位は理解してますわよ?」

「理解しててその態度とは、何たる呆れた強心臓……毛だけじゃなくて苔に雑草、果ては食虫植物まで生えてるんじゃないか?」


ともあれ、ラクスの天真爛漫な人柄によりアークエンジェル内には暫し和やかな雰囲気が訪れたが、しかし彼女はプラントの人間なのでその処遇を如何するかについては決めあぐねていた。
艦長のマリューと、アークエンジェルのクルーでは最高階級の少佐であるムウは『自由にさせて良いのではないか?』とのスタンスだったが、副館長のナタルは『プラントの人間ならば捕虜として拘束すべき』とのスタンスで中々決まらなかったのだが、イチカが『此処は民主主義で行こう』と言って多数決を取る事になり、その結果として『自由にさせる』が賛成多数で可決され、ラクスはアークエンジェル内での自由が保証されたのだった。










機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE9
『敵軍の姫君~ラクス・クライン~』










一方、クルーゼ隊の艦船『ヴェサリウス』を回収する間、帰宅していたアスランは母親の墓参りを終えてシャワーを浴び終えたところで招集が掛かっていた。
それに応じたアスランにラウの口から命じられたのはアスランの許婚である『ラクス・クライン』の探索だった――アスランもラクスがユニウスセブンで行われる血のバレンタインの追悼式典に参加する事は知っていたが、その準備の為に視察に行った途中で行方不明になるとは夢にも思っていない事であり、ラウから聞かされた話は正に寝耳に水だっただろう。


「彼女を保護し、プラントへ連れ帰る。其れが君の任務だアスラン。出来るかね?」

「やります、必ず……!」


ザフトのアカデミーを首席で卒業し、今やクルーゼ隊のエースとなっているアスランが消息不明となった許婚を探し出し、そして救出したとなれば其れはザフト、そしてプラントの士気を挙げる事に繋がるだろう――救出されたのがプラントで絶大な支持を得ている『平和の歌姫』となれば尚更だろう。


「お姫様の探索と救出とは、中々に責任重大な任務を任されたわねアスラン?」

「カタナか……マッタクもって本当に重要な任務だよ――失敗は絶対に許されないからな……せめて彼女が連合の手に落ちていない事を願うばかりだ。」

「……こんな事言ったらアレだけど、あのお姫様って天然な部分があるから、その天然さに連合の連中が毒気を抜かれる可能性も高いと思うんだけど、如何かしら?」

「其れは、若干有り得ないとも言い切れないな。」

「取り敢えず、お姫様を救出したら合わせて頂戴な。
 直接お会いする機会は滅多にないからサインを貰いたいのよね……ラクス・クラインファンクラブ会員番号一桁としては絶対に!因みに私が会員番号一番でカンザシちゃんが三番、イザークが二番よ!」

「カタナァ!貴様何をサラッと暴露しているかぁ!!」


相当に重要な任務ではあるのだが、其れでもクルーゼ隊の面々は何時も通りだった。
カタナとイザークの遣り取りは最早クルーゼ隊における名物であり日常茶飯事なのだが、其れがかえって隊の緊張を和らげ、そして緊張を解す事で戦場にて本来の力を十全に発揮出来る事に繋がっているのだろう。


「ラクス様のCDは全部『視聴用』、『保存用』、『布教用』に三枚ずつ買ってる。」

「カンザシ、貴様ファンの鑑か!?」

「GJよカンザシちゃん!」


取り敢えずカンザシのファン力はぶっちぎっているのは間違いないだろうが、其れは其れとしてアスランは新たな任務に向けて気を引き締めるのだった――そしてラクスの救出以上に、アスランはキラの事が気になっていた。
連合の兵士となってしまった嘗ての親友であるキラをどう説得したモノか、アスランは其の答えをまだ出す事は出来ていなかった。








――――――








アークエンジェル内での自由が約束されたラクスはキラとミリアリアの案内でアークエンジェルの艦内を見て回り、そうしている内に食事時となったので二人の案内でアークエンジェルの食堂にやって来ていた。
イチカはと言うと食堂の厨房で料理に勤しんであっと言う間に料理を作り上げていた。
此度のメニューは『スモークサーモン入りポテトサラダ』、『スモークベーコンのステーキ、ほうれん草とひよこ豆とトウモロコシのバター炒め添え』、『アボカドの冷たいスープ』、『パンチェッタと辛子高菜の炒飯』とイチカも可成り気合を入れたモノとなっていた。


「また凄く美味しそうなメニューだけど、イチカのベーコンステーキに掛かってるソースは僕達のとは違うよね?その真っ赤なソース、危険物のニオイしかしないけど?」

「此れはなぁ……ハバネロとキャロライナリーパーと朝天唐辛子で作った超激辛チリソースだ。辛みに耐性の無い奴は一滴舐めただけで失神するだろうな……コイツを携帯型の霧吹きに入れときゃ、可成り強力な防犯スプレーになると思うぜ?」

「そんなモノ吹き掛けられたら相手は失明するんじゃないかしら……?てか、そんなモノを食べてアンタは平気なの?」

「俺は激辛好きだから問題ないんだな此れが。
 昔バレンタインに貰った義理チョコが『ロシアンルーレットチョコ』で一つだけ『激辛グリーンハバネロペースト』が入ってたけど全然問題なかったし――同じ物貰った上官はヨガファイヤー状態になってたけどな。」


何やらイチカがトンデモ無いモノを自分用に作ってたみたいだが、あくまでも自分用なので問題は無いだろう。
其処からは食事タイムとなり、イチカ達のテーブルは同世代の人間が集まった事もあって話も弾んでいた――プラントの歌姫であるラクスには色々と質問が飛んでいたが、その質問に対してラクスは持ち前の天然を発揮して斜め上の答えをする事もあり、其れに対してフレイが何故か的確な突っ込みを入れており、其れがまた場の空気を和ませていた。
ラクスが持っていた球形のロボットに関しては『ハロ』と言う名前である事が明かされ、『婚約者であるアスランが自作してプレゼントしてくれた』と言う事も明らかになったのだが、其れを聞いたキラは『女の子にロボットを手作りしてプレゼントするって、色々と間違ってる気がするよアスラン』と思っていた。
そして、ラクスへの質問が一区切りつくと、今度は此のメンバーの中で唯一現役軍人であるイチカに質問が殺到した。
流石にオーブ軍の内情に関する事に関しては『ノーコメント』と返していたのだが、『尊敬している上官は?』と聞かれた際には『トダカ三佐』だと答えていた――親の居ないイチカにとってトダカは父親同然の存在であり、軍人として戦う術を鍛えてくれた師でもあるので尊敬して然りなのである。


「逆に、『この上官ヤベェな』って思う人は居るのか?」

「居るぜサイ。
 ハルフォーフ一尉は色んな意味でヤベェんだわ……極度のオタクってのは未だ良いとして、失明してる訳でもないのに眼帯装備して『邪眼を封印しているのだ』とか言って中二病拗らせてんだわ?
 そう言えば、右手だけ革製の手袋してたな?アレも若しかしたら右手に何か封じてる設定なのかも知れないぜ……何よりもヤバいのが、バレンタインデーに義理チョコならぬ『ギリギリチョコレート』を作ってた事だな。」

「ギリギリチョコレートって何?」

「湯煎したチョコレートがスライム状になって蠢いて奇声を発してた……そして其れを見た瞬間に携帯してたベレッタで粉々に粉砕した俺は絶対に悪い事はしてない。」

「何を如何やったら湯煎したチョコレートが謎のクリーチャーになるのよ……その上官、中二病を拗らせ過ぎて身体から変な電波でも出てるんじゃないでしょうね?」

「そう言えば一尉の近くに行くと度々スマホの電波が乱れる事があったなぁ?……アレ、一尉の身体から毒電波出てる?」


此度イチカがザフトのモビルスーツ強奪現場に居合わせる事になった切っ掛けを作ったオーブ軍の『クラリッサ・ハルフォーフ一尉』は重度の中二病である上に色々とヤバい人物である事が明らかになったのだった。
そこから更に話題は盛り上がり、ミリアリアとトールが恋仲であると言う話題から夫々の恋愛事情に話が及び、ミリアリアの見事な誘導尋問からフレイが『キラに惚れた』事を打ち明ける特大の自爆をかまし、半ば公開処刑を喰らったフレイはヤケクソ気味にキラに告白をし、其れを聞いたキラも、フレイの事は少なからず『可愛い子だな』と思って密かに思いを寄せていたので、此処に目出度く新たなカップルが誕生したのだった。

少し照れくさそうなキラは少し赤くなり、盛大に自爆したフレイは真っ赤になっていたが、殺伐とした戦争中のアークエンジェルに於いては、このカップルの誕生は明るいニュースとなるだろう。


『君が織斑一夏君ね?』
『うん、その調子よ一夏君……やっぱり君には才能があるわ。』
『一夏君、君の事が好きよ……此の世界の誰よりも、君の事が好き。』
『アハハ……下手、踏んじゃった……ごめんね一夏君……私、此処までみたい……君ともっとデートしたかったなぁ……』



だが、其れを見たイチカの脳裏には突如として記憶にない光景がフラッシュバックしていた。
その光景では赤い目と青い髪が特徴的な少女が自分の事を鍛え、自分と交際するようになり、そして激しい戦いの果てに命を落とすと言うモノだった……イチカにはマッタクもって意味不明な光景だが、しかしこれが只の夢の類であるとは思えなかった。


「イチカ、如何かした?」

「いや、なんでもないぜキラ……少しばかり、此れからザフトが如何攻めて来るか、其れを考えてただけだ。(何なんだ今のは?俺には、俺も知らない記憶があるとでも言うのかよ?)」


突然の事に驚いたイチカだったが、取り敢えず今は今の状況に全力で対応する事にしたのだった。
因みに、興味本位でイチカ特製の『超激辛ソース』を味見したカズイは新たに『火炎放射』を修得した後に気絶し、直後にイチカに空手式の活を入れられて復活したのだった。








――――――








同じ頃、アークエンジェルのブリッジは突如飛び込んで来た通信に驚きながらも、その通信を繋ぐと通信内容にブリッジは歓喜した。
その通信は、第八艦隊先遣隊からの救援信号であり、アークエンジェルとしては待ちに待った救援だったのだ――来るかどうかも分からない救援だったので、ユニウスセブンで墓荒らし紛いの事をする羽目になったのだが、こうして救援が来てくれるのならば有り難い事この上ないだろう。


「本艦は、此れより第八艦隊と合流する!アークエンジェル、発進!」


艦長であるマリューの号令でアークエンジェルは救援に来た第八艦隊と合流すべく発進したのだが、其れと時を同じくしてクルーゼ隊の母艦である『ヴェリサリウス』もまた第八艦隊に向かって出撃してたのだった。
連合とザフトの衝突は避ける事は出来ないだろう……










 To Be Continued