遂に待望の救援が来るを知ったアークエンジェル艦内には和やかな雰囲気が流れていた。
「救援が来てくれるのは有り難いが……姫様の事どうすんの?プラントの歌姫が居たら面倒な事になるんじゃないのか?」
「オーブの坊主、確かにそうだな……よし姫さん、アンタ今から暫くの間偽名を名乗って『ラクス・クラインのそっくりさんのナチュラル』って事にしとけ!そうすれば面倒な事も起きねぇからな。
それが嘘か本当かを調べる術はないんだから何とかなんだろ!」
「それは、流石に適当過ぎると思いますムゥさん。」
「あらあら、其れは良い考えですわね?では、私は暫くの間、『クラス・ライクン』を名乗る事にしますわ♪」
「そしてアンタも大概だな姫様よ……つか、もっと偽名捻れよ。アナグラムでも適当過ぎんだろ流石に。」
ラクスの存在が大きな問題であったが、其処は強引にでも誤魔化す方向で行くようだ――遺伝子調整を行わずに自然にピンク色の髪を持った人間が生まれるのかは些か謎があるが、其処は染めていると言う事にすれば何とかなるだろう。
其れは其れとして、此れから合流するのは第八艦隊先遣隊のモントゴメリィ、バーナード、ローの三艦だ。
だが、其れを聞いたフレイの顔は少し苦いモノとなっていた。
「フレイ、如何かした?」
「モントゴメリィには、私のパパが乗ってるのよ……パパは大西洋連邦の事務次官で、モントゴメリィって艦に乗ってるんだって前に教えて貰ったの……合流したら会う事になるんだけど、キラとの事どう説明しよう?」
モントゴメリィにはフレイの父である『ジョージ・アルスター』も乗艦して居たのだが、其れがフレイにとっては不安要素となっていた。
キラとイチカと言う存在によってコーディネーターへの偏見が無くなったフレイだったが、其れだけにコーディネーター排斥を掲げるブルーコスモスの一員である父に対してコーディネーターであるキラと交際する事になったのをどう説明しようかと、説明して果たして父が認めてくれるかが不安だったのだ。
「お前の親父さんブルーコスモスの一員なんだっけ?……そんな奴が一人娘がコーディネーターと交際してると知ったらタダじゃスマナイだろうな?
此れは難しい問題だが……フレイ、そんなお前に魔法の言葉を教えてやろう……親父さんがキラとの交際について否定的な事を言って来たらこう言ってやれ、『そんな事を言うパパなんて大っ嫌い!』ってな。
此れで大抵の娘持ちの父親は戦闘不能になるから。序に、『そんな事言うならキラと駆け落ちするから!』って、ダメ押しの死体蹴りをブチかましても良し。目の前でキスでもしてやったら口から魂抜けて灰になるかもな。」
「ソイツは確かに一撃必殺だが、追撃まで考えるとは中々にエグいなオーブの坊主……」
「成程……其れは確かに良い手かもしれないわね?」
「そしてフレイは其れで納得するんだ。」
だが、其れもイチカに言われた事を聞いて、フレイは『天啓を受けた』と言った感じだった。
コーディネーターに対する偏見が無くなったフレイは本来の明るい性格でアークエンジェル艦内のムードメーカーにもなっており、特に男の職場である整備班からはアイドル的な存在となっていたりする。
其れはさて置き、イチカやキラ、フレイ達だけでなくムゥも冗談めいた事を口にしているのを見るに、アークエンジェル艦内は本当に空気が和んでいるのだろう――ヘリオポリスでのザフトによる連合の新型モビルスーツ強奪に端を発する一連の出来事で気が休まる事がなかったので、ようやく現れた救援に全員が心の底から安堵したのである。
――ビー!ビー!!
しかし、そんな和やかな時間も長くは続かなかった。
突如艦内に発せられたコンディションレッド――アークエンジェルに、第八艦隊先遣隊から『SOS』の信号が届いたのである。
『SOS』の信号が届いたと言う事はザフト軍に襲撃されたのは考える事でもない……ラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊のヴェサリウスがアークエンジェルが合流するよりも先に第八艦隊先遣隊を発見してしまったのだ。
アークエンジェル艦内は和やかな雰囲気が一変して即戦闘態勢となり、イチカとキラはパイロットスーツに着替えてモビルスーツのドッグに向かい、フレイ達はブリッジに移動し、保護した民間人であるラクスは艦内の一室に入る事になったのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE10
『消えゆく光~第八艦隊先遣隊~』
急報を受けて全速力で援護に向かったアークエンジェルだったが、到着した其の場所ではイージスによって瞬く間にバーナードとローが撃沈されて宇宙の藻屑と化されていたところだった。
バーナード、ローはドレイク級、モントゴメリィはネルソン級と呼ばれる連合の戦艦で武装も充実しているが、現行のモビルスーツを相手にした場合はいずれもその機動性に付いて行く事が出来ず、逆にモビルスーツと比べると遥かに巨大なその艦体はモビルスーツ側からしたら良い的であり、最新型のモビルスーツならば単騎で撃墜するのは難しくないのである――強奪された連合の新型モビルスーツが連合の艦隊を撃墜すると言うのはこの上なく皮肉な事だろう。
『ストライク発進スタンバイ。ストライカーパックはどれにするキラ?』
「エールで!」
「エールって、大丈夫なのかお前?汎用型は特化した能力が無いから逆に難しい部分があるんだが……」
「大丈夫だよイチカ。前ので大体覚えたから。」
「一度使っただけで使い方を覚えるとかドンだけ学習能力高いんだよお前?……いや、そう言う風に遺伝子調整されてるなら、コーディネーターなら有り得ない事じゃないか?……成長値がぶっ飛んでるってのは、相棒としては頼りになるけどな。」
イチカとキラは夫々ビャクシキとストライクを起動してカタパルトに入り、発進シークエンスを待っていたのだが、ストライカーパックをどれにするか聞かれたキラは中距離高機動型のエールを選択していた。
エールストライカーはソードやランチャーと比べると特化した装備がなく汎用性に富んでいるのだが、汎用機はパイロットの操縦技術がダイレクトに反映されるだけに素人ではその真価を発揮出来ないのだが、なんとキラは以前に一度使用しただけでエールストライカーの特性を理解していたのである。
普通ならば有り得ない事であるが、キラは初めて乗ったモビルスーツを操縦しながらOSを実戦用に最適化すると言う、『コーディネーターであってもぶっ飛び過ぎだ』と言う事をやってくれているので、たった一度の使用で感覚を掴んだとしても何らオカシイ事はないのかも知れない。
一方でイチカは今回は普段は『デッドウェイトになる』、『左腕の自由が利かなくなる』との理由で使用していなかったシールドを装備して出撃する事にしていた――『何となく必要になると思った』との事だが、軍人の勘と言うのは、こと戦闘に関しては無視出来ないモノがあるので、今回はシールド装備での出撃となったのだった。
『エールストライカー装備完了。進路クリア。ストライク、発進どうぞ!』
「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」
『続いてビャクシキ、発進どうぞ!』
「イチカ・オリムラ。ビャクシキ、行くぜ!!」
カタパルトから出撃したストライクはビームサーベルをエールストライカーから抜くと、一気にイージスに斬りかかる――それに対してイージスも手首にビームサーベルを展開して応戦する。
ぶつかったビームサーベルは何方も一歩も退かずにスパークし、エネルギーが臨界に達した事で小規模場爆発が起き、其れによって互いのビームエッジが消滅して一時的に使用不能になる――が、ストライクとイージスは其処で互いに距離を取って今度はビームライフルを放つ。
アスランが駆るイージスの射撃は正確だが、キラが駆るストライクの射撃もまた正確なモノとなっていた――以前にエールストライカーで出撃した際にはブームライフルで無駄弾を撃ち過ぎた事でPSダウンを起こしたストライクだったが、今回は無駄弾を撃たずに必要な射撃のみを行っているのだ。
「(此の短期間で射撃の腕を此処まで上げるだと!?……幾らお前がコーディネーターでも、有り得ないぞ此れは!!)」
キラの急成長に驚くアスランだったが、同時にキラは最早素人ではないと言う事を認識していた――今のキラはザフトのアカデミア生以上、正規軍並の実力を持っていると思った方が良いと、アスランは自分に言い聞かせてストライクと交戦を続けるのだった。
「来やがったなグラディエーター!」
「久し振りねぇ?会いたかったわよ、ビャクシキ!!」
其の一方でビャクシキの前にはグラディエーターが現れていた。
ラウは『艦体如きはイージス一機で壊滅させる事が出来る』と考えてイージス一機を出撃させたのだが、アークエンジェルが第八艦隊先遣隊に合流してストライクとビャクシキを出撃させたのを見て、カタナに命じてグラディエーターを出撃させたのだ。
イザーク、ディアッカ、ニコルはヴェサリウスにて待機となったのだが、此れは『万が一イージスとグラディエーターが撃墜された際の第二戦力』としてラウが待機させたのだ。
「バックパック?成程、漸くお前は其の力を十全に発揮出来るようになったって訳かグラディエーター!……来いよ、相手になるぜ!」
「真の力を発揮出来るようになったグラディエーターに付いて来れるかしら?……行くわよビャクシキ!!」
ビャクシキは雪片を双刃式ビームサーベルで展開し、グラディエーターも大型のブレードである『ミステリアスレイディ』を二刀流で展開して、ビャクシキとグラディエーターは近距離での打ち合いとなる。
大型ブレードの二刀流であるグラディエーターの方が攻撃力も手数も多いのだが、ビャクシキは双刃状態の雪片をバトン運動の様な動きで使ってグラディエーターの攻撃を見事に捌いていた。
だが、バックパックを得た事で十全の力を発揮出来るようになったグラディエーターは『ミスティストライカー』に搭載されている電磁レールガン『シヴァ』を展開するとビャクシキに向けて放つ!
PS装甲には効果が薄いレールガンだが、近接戦闘がメインとなるグラディエーターには貴重な遠距離武器であると同時に、近距離戦であっても相手の意表を突く事が出来るので可成り優秀な武器なのだ。
「そんなモンが当たるかボケェ!!」
「レールガンの弾を避けるって、嘘でしょ!?」
だが、イチカはその弾丸をギリギリではあるが回避して見せた――レールガンは撃ち出された弾丸の初速が7000kmとも言われている実弾兵器の最高峰であり迎撃するのは非常に困難とされているので、近距離で放たれたレールガンの弾丸を回避するなど、ナチュラルどころかコーディネーターであっても早々出来る事ではないのだがイチカは其れをやってのけたのだ。
無論弾丸が放たれてから回避したのではなく、イチカはシヴァの銃口の角度を見て何処を狙っているのかを見切って回避行動を執ったのである――『相手だけが銃を持っている場合は常に相手の視線と銃口の角度に注目していれば何処を撃たれるかが分かる。撃たれる場所が分かっていれば銃弾だけでなくビームを避ける事だって可能だ。』とトダカから教え込まれた事が役に立った形であり、イチカは実際にペイント弾を使っての銃弾回避訓練を何度も行い、モビルスーツの訓練シミュレーターでも同様の訓練を行っていたので実戦でも銃弾を回避出来たのだ。
「近距離のレールガンを回避するって……益々貴方に興味が湧いたわグラディエーターのパイロットさん!」
レールガンを回避したビャクシキが放ったカウンターの斬り上げをミステリアス・レイディでガードし、振り払うようにして一度距離を取る。
其処から今度は中距離での射撃戦へとシフトする。
ビャクシキはヒャクライ、グラディエーターはビームガンが本体装備の射撃武器であり、連射性能ではグラディエーターの方が上だが、バックパックに搭載されている火器を互いに全開にすればその火力は略互角だ。
互いに決定打を欠く戦いとなっているビャクシキとグラディエーターだが、ストライクとイージスの戦いもまた互角の戦いとなっていた――しかしそれは逆に言えばモントゴメリィの護衛が手薄になると言う事でもある。
アークエンジェルは、ビャクシキとストライクが出撃し、イージスとグラディエーターと交戦状態に入ってからヴェサリウスから発進して来た数機のジンに対処しており、モンドゴメリィの護衛を務める余裕は無かった。
此の状況で、アークエンジェルの艦内では副館長であるナタルが『ラクス・クラインを人質にしてザフトの攻撃を停止させるべきでは?』と提案していたが、艦長であるマリューは其れを良しとしなかった。
軍人としてはその判断は甘いのだろうが、技術将校であった彼女は生粋の軍人として非常な選択をする事が出来なかったのだ――其れを差し引いても彼女の指示は的確であり、アークエンジェルが此処まで生き延びて来たのは彼女が艦長だったからだとも言えるのだが。
しかし戦場とは非常なモノで、守りが手薄になったモンドゴメリィに向けてヴェサリウスから砲撃が放たれる!
放たれたのは主砲なので、命中すればモンドゴメリィは一撃で宇宙の藻屑となるだろう……アークエンジェル内では父に迫った危機にフレイが表情を凍り付かせていた――コーディネーターへの偏見が無くなったとは言え、父親の事は矢張り大事なのである。
「俺の勘って当たるもんだなぁ?持って来てよかったシールド!」
ヴェサリウスから放たれた砲撃に対し、ビャクシキがシールドを投げて其れを防ぐ。
戦艦の主砲を喰らったらモビルスーツのシールドは一撃で砕かれてしまうが、其れでも一発だけは耐える事が出来るのでモンドゴメリィを守る事が出来たのだ。其れを見たフレイも安堵したのだが……
――バガァァァァァァァァァァァン!!
次の瞬間、モンドゴメリィが爆発した。
ヴェサリウスは次の攻撃を行っていないし、イージスもグラディエーターも、そしてジンもモンドゴメリィには攻撃していないにも関わらずモンドゴメリィは爆発四散――乗組員の生存は絶望的だろう。
仮に今の爆発で奇跡的に生き延びたとしても宇宙服なしで宇宙空間に放り出されたら、その瞬間に人体は己の体温で血が沸騰して蒸発し、瞬く間にミイラになってしまうのだから。
まさかのモンドゴメリィの爆発にアークエンジェルだけでなくヴェサリウスの面々も言葉を失ったが、此処で誰よりも早く再起動したナタルが、ヴェサリウスに『我が艦はラクス・クラインを保護している。』との通信を入れてザフトの攻撃を強制終了させた。
『プラントの歌姫』が敵艦に居るとなれば下手に攻撃する事は出来ないので、ラウはイージスとグラディエーターをヴェサリウスに帰還させた――ジン部隊はイチカが放ったフルバーストによって頭部を吹き飛ばされたので別途回収する事になったのだが。
「攻撃された訳でもないのに何で爆発したんだモンドゴメリィは?……まさか、モンドゴメリィには遠隔操作出来る――其れこそ、地球からでも操作出来る自爆装置でも搭載されてたってのか?
だがそうなると、第八艦隊先遣隊は最初から捨て駒だった?……俺の考えが正しいとしたら、連合は思った以上に腐ってるのかも知れないな。」
「なんであの船は爆発したの?……それにあの船にはフレイのお父さんが乗ってたんだよね?……フレイ……!」
イチカとキラは突如として爆発したモンドゴメリィに疑問を持ちつつもアークエンジェルへと帰還するのだった。
――――――
「其れで、私に頼みごとがあるとは如何言う事かなタバネ博士?君は私にとっては恩人だから余程のモノでない限りはその頼みごとを聞く心算だ――なにせ、私とタリアでは子供を作れないという問題を解決して、私とタリアの仲を取り持ってくれたのだからね。」
同じ頃、プラントのカフェでは黒髪を長く伸ばした男性がタバネと向かい合っていた。
男性は『頼みごとがある』と言われてタバネに呼び出されたのだ。
「ん~~、そんなに難しい事じゃないよギルちゃん。
この戦争が終わったその時にイッ君を回収して欲しいのさ。其れも誰にも気付かれずに。こっちでミラージュコロイドステルスを搭載した小型機を用意すっから、頼めないかな?」
「この戦争が何時終わるとも分からないが、其の時が来たら其れを遂行させて貰おうじゃないか……ミラージュコロイドステルスが搭載された小型機があるのならば其れは難しくないだろうからね。
……しかし、まるで未来を知っているかのような言動、君を見ていると童話に出て来る魔女を思い出してしまうな。」
「タバネさんは魔女じゃなくて、正義のマッドサイエンティストさ!……其れこそ、自分のお気に入りの人が幸せになる為なら、其れ以外の人間が地獄に落ちても構わないって考えてる位のね。」
「己の正義の為ならば如何なる犠牲も厭わないか……成程、其れは確かに正義のマッドサイエンティストだ――だが、君は此の世界の一体何を知っているのかね?」
「其れは聞いちゃダメだよギルちゃん……世の中には知らない方が良いって言う事は少なくないからね。」
「成程、そう来たか……ならば、此れ以上の詮索は得策ではないな。」
タバネが何を考えているかが気になった男性だが、タバネから忠告とも脅しとも取れる事を言われ、『頼み事』に関してはOKをした上で、『此処のお代は私が払っておくよ』と言ってカフェの伝票を手に取った。
其の時には既にタバネの姿は目の前から消えていたのだが、其れに驚きつつも長髪の男性――『ギルバート・デュランダル』はタバネの『頼み事』は必ず遂行すると心に決めたのだった。
To Be Continued 
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