アルテミスを崩壊させたモノのアークエンジェルは取り逃がしてしまったクルーゼ隊の面々は母艦に戻る事になった――アークエンジェルを取り逃したとなったらラウからの叱責も覚悟していたのだが、その予想に反してラウからは『良くやった』との賞賛の言葉が送られたのだった。
ザフトとしては新造艦であるアークエンジェルの存在は見過ごす事は出来ないのだが、絶対防御を有するアルテミスもまた厄介な存在だったので、其れを破壊出来たと言うのは大きな戦果なのである。
「其れとカタナ、君の機体のバックパックだが、其れは遠からず完成する。
君達が出撃して行った直後、『タバネ・シノノノ』を名乗る人物から私の端末にメールが入ってね……そのメールに添付されていたファイルにはグラディエーター専用のバックパックの設計図が入っていた。
流石にこの艦内で作る事は出来ないが、一度プラントに戻れば直ぐにでも造る事は可能だ。」
「グラディエーター専用のバックパック……其れがあれば、グラディエーターは真の力を発揮する事が出来るわね?……で、タバネ・シノノノって隊長のお知り合い?」
「いや、全く知らない相手であり、私の端末のアドレスを何処で手に入れたのかと言うところだが、だからこそ逆に興味が湧いた。
ヘリオポリス崩壊の件を最高評議会に説明せねばならない上に、短期間に戦闘を行い過ぎた故に一度プラントに補給に戻った方が良いだろうと考えていたところで此の設計図が送られて来たと言うのは……まるで何処かで私の事を見ていたかのようなタイミングの良さだからな。」
「大変よイザーク、クルーゼ隊長には正体不明のストーカーが居るみたいだわ!!」
「ストーカー……確かにそうと言えるかもしれんが、グラディエーターのバックパックの設計図を送って来るとは――隊長が製造可能と言うのならばデタラメなモノではないのだろうが、タバネ・シノノノとは一体何者だ?」
「少なくとも真面な人間じゃないのは確かだと思うわ。」
「ふむ、してその心は?」
「日常的に怪しさしかない仮面を付けてる変人のストーカーが真面な人だと思う?」
「いや、思わん。」
「カタナ、其れは流石に少し傷付くのだがね?そして、イザークも同意しないでくれ……まぁ、其れは一先ず置いておいて、我々は一度プラントに帰還する。
連合の新造艦もあの戦闘の中では地球まで行くには充分な補給が出来たとは言い難いだろうから、改めて補給のために何処かの友軍のコロニーに向かうだろう。
彼等とはまた戦う事になるだろうが、其の時が来るまで諸君等もプラントで暫し身体を休めて英気を養っておきたまえ。」
更にラウの端末にタバネから『グラディエーターのバックパックの設計図』が添付されたメールが送られていた――イチカとキラにバックパックを送ったタバネだったが、なんとカタナのグラディエーターのバックパックをも設計し、その設計図を送って来たのだ。
此れだけを見るとタバネは何方の味方なのか分からないが、少なくともタバネはイチカとカタナの両方の事を知っている存在であり、そして此の二人の敵ではない事だけは間違いないだろう。
毎度お馴染みのカタナとイザークの漫才が行われはしたモノの、クルーゼ隊は一度プラントに帰還する事になり、進路をプラントに取るのだった。
「ねぇニコル君、プラントに戻ったらピアノ弾いてくれないかしら?おねーさん、久し振りにニコル君のピアノ聞きたくなっちゃった♪」
「良いですよカタナ。何かリクエストは?」
「そうねぇ……ショパンのピアノコンチェルトをリクエストするわ。何を演奏するか、其れはニコル君のセンスにお任せで♪」
「選曲は僕任せか……なら、貴女を満足させる事の出来るプログラムを組ませて貰いますよ。」
そうしてプラントに帰還する艦内でカタナはニコルにピアノの演奏をリクエストしていた。
ニコルは『エリートの証』である『赤服』を纏う程の腕前を持つザフト軍の兵士であるが、モビルスーツの操縦技術以上にピアノの演奏技術が高く、プラント内には彼のピアノのファンも多かった。
戦争が無ければピアニストとして大成してだろうと言う声もあるのだが、戦争と言う状況がニコルにその道を選ばせなかったのだから、戦争とはなんとも罪深いモノだと言えるだろう――未来ある若者の未来を潰してしまう事があるのだから。
それでも、プラントに戻ればピアノの演奏が出来る辺り、プラントは地球と比べればまだ僅かばかりの平和は残されているのかも知れない。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE8
『宇宙の傷痕~ユニウスセブンにて~』
アルテミスを脱出したアークエンジェルのロビーにはキラとその仲間達が集まり、其処にビャクシキから降りたイチカが集まっていた――イチカはハンガーから直接ブリッジに来たのでパイロットスーツのままだったが。
「お疲れさん!充分とは言い難いが、其れでも最低限の補給は出来たから、此れなら次の友軍のコロニーまでは持つ筈だ――キラ達が持って来てくれた食料が缶詰なんかの保存食よりも生の食材が多い事に驚いたけどよ。
まぁ、生の食材は順次燻製にすりゃ問題ないけどな。」
「燻製って、其れは流石に無理がないかな?」
「心配御無用!
丁度自家製の燻製を作りたいと思ってたから、ヘリオポリスのホームセンターで家庭用の燻製機とスモーク用のチップを買ってたから問題ないぜキラ。
でもって、持って来てくれた生の食材もスモークの基本となるサーモンの他に、豚のバラ肉、半身のマグロ、チーズ、蒸して冷凍しておいたジャガイモと燻製にするには最高の食材だからな。」
キラ達がアークエンジェルに運び込んだ食料は缶詰やレトルト品の他に保存が効かない生の食材もあったのだが、其れはイチカが全部燻製にすると言ったのでマッタク問題は無かった。
生では日持ちしなくとも、燻製にしてしまえば相当な期間持ち越す事が出来るのだから。
「でも、俺達が今回やった事って火事場泥棒だよな……」
「間違いなく火事場泥棒だが、予想外の事態にぶち当たって混乱して火事場泥棒を食い止められたなかったアルテミスの連中が間抜けだっただけだから其処は気にするなサイ。
予想外の事態に直面してパニックに陥るなんぞ軍人としては失格だからな――盗る方を泥棒、盗られる方をベラボウとは良く言ったもんだぜ。」
「ちょっと屁理屈っぽくないかな其れは?」
「屁理屈も立派な理屈だぜ。」
アルテミスでの土壇場での補給は火事場泥棒の其れなのだが、アークエンジェルも厳しい状況だったので、ブリッツの襲撃によって生じたアルテミス内の混乱に乗じての補給は生きる為には必要な事であり、イチカは『其れに罪の意識を感じる必要はない』と言っていた――確かに、生きるために必要な事であったのならば、誰も其れを咎める事は出来ないだろう。
「でも、今回はアンタの機転のおかげで助かったわイチカ……そして、私達に的確に補給の指示を出してくれたキラも――パパから、『コーディネーターは忌むべき存在だ!』って教えられたけど、アンタ達は違うみたいね?」
同時にアルテミスでの一件は、コーディネーターに対して少なからず偏見を持っているフレイの心境に小さくない変化を与えていた。
父親が『反コーディネーター』を掲げる『ブルーコスモス』の一員だった事で、フレイは幼い頃から父親から『反コーディネーター』の教育を受けており、その影響でコーディネーターに対して一種のアレルギーを持っていたのだが、ヘリオポリスでの一件に始まって此度のアルテミスの一件に至る彼是の中で、フレイの中ではコーディネーターに対する偏見が大分薄まって来ていた。
イチカもキラもコーディネーターであるにも拘らず、コーディネーターで構成されているザフトと戦い、アークエンジェルを守ったのと言うのも大きいだろう。
「俺に言わせて貰えば、コーディネーターの民間人を核で虐殺した連合の人間こそ忌むべき存在だけどな……だが、俺とキラを見て其れは違うって思う事が出来たんなら、其れは充分過ぎる成長だぜアルスター嬢。」
「だから安心して?僕とイチカが、必ず君達を守るから。」
イチカの力強い言葉を聞き、キラの優しい言葉と共に両手を包まれたフレイは……その瞬間に爆発した。
アレスター家の一人娘として誕生しただけに、『君よ花よ』と育てられてきたフレイは異性との交際経験はマッタクもって皆無であり、両親は『サイ・アーガイル』を許婚として考えていたのだが、フレイは此れを『趣味じゃない、好みじゃない』と斬り捨てたのだが、真っ直ぐに目を見つめられて『必ず守るから。』と言ってきたキラに、フレイはハートがキューピッドの矢でハチの巣にされたのだった。
チョロいと言うなかれ――フレイにとってキラの様なコーディネーターは初めての存在だったので、瞬間で恋に落ちるのは致し方ない事なのである。
其れならばイチカもフレイが此れまで出会った事のないタイプのコーディネーターなのだが、キラが正統派なヒーローだとするとイチカは何方かと言うとアウトローなダークヒーロー系なのでフレイの琴線には触れなかったようだ。
「そ、其れよりもキラもイチカもザフトと戦う事に抵抗はないのかしら?
アンタ達はコーディネーターで、相手もコーディネーター……迷いとかない訳?」
「迷いがない訳じゃない……特にイージスのパイロットは僕の幼馴染だったからね。
でも、僕は彼等を殺したくて戦うんじゃない。僕は僕の友達を守るために戦うから……だから、戦う事が出来るんだ。」
「俺の場合はオーブの軍人として戦う相手は選べねぇってのが大きいな。
オーブは中立国だが、だからと言って戦争に巻き込まれないかと言われたら其れは否だし、戦争に巻き込まれたり侵略行為を受けたその時は国を守るために戦わなきゃならん……でもって、中立国故に連合、プラント双方と戦う事態ってのは充分に有り得るからな?
そうなったら相手がナチュラルだコーディネーターだと言う事は出来ねぇのよ……そう言う意味では連合とザフトの軍人の方が戦争になったら楽だぜ?戦う相手は互いに決まってんだからな。
尤も今回の場合に限っては、俺の休暇を潰してくれたザフトに対してキッチリと落とし前付けさせるって気持ちもあるけどよ……焼き肉食い放題を俺から奪った罪は重いぜぇ……!」
「滅茶苦茶私怨入ってるじゃないのよそれは!」
「取り敢えず、イチカは怒らせない方が良さそうね?」
「あぁ、イチカは寝てるところを無理矢理起こされたら、起こした相手を問答無用でぶっ飛ばすタイプだ。」
「絶対に敵に回したくない相手だねイチカは。」
「逆に味方だとこの上なく頼もしいのかも知れないなぁ……」
フレイの疑問にキラとイチカが答えたが、イチカの答えには若干の突っ込みが入ったのだが、此れはイチカなりの場を和ませる為のジョークと言ったところだろう。
キラはストライクのパイロットとして、フレイ達はアークエンジェルのクルーとして働いて居るモノの、数日前までは工業ガレッジの一学生だった事を考えれば碌に休む事が出来ていない現在の状況では精神的にも疲れていると考えて、少しでも精神を解してやろうと言うイチカなりの気遣いだったのだ。
其れは其れとして、アルテミスにて食料は十二分に確保する事が出来て、弾薬に関しては最低限の補給は出来たモノの、燃料に関しては些か不安があったので、ムゥの提案によりデブリ帯に浮かぶ小惑星や破棄された戦艦から貰うと言う、火事場度泥棒を超えた墓荒らしを行う事になった。
そうしてデブリ帯でちまちまと補給を行って、最後にやって来たのは悲劇の始まりの地とも言える『ユニウスセブン』だった。
「火事場泥棒に墓荒らし……死んだら間違いなく地獄行きだなこりゃ。つか、核攻撃で滅ぼされたコロニーに補給出来るモンが残ってるのか些か疑問だぜ俺は?」
「コロニーの表面には無いかも知れないけど、中なら可能性はあるんじゃないかな?
ユニウスセブンは農業コロニーだった訳だから、内部にはビニールハウス用の燃料なんかが残ってるかもしれないし……って言うか、今更だけどイチカ、タバネさんに頼めばアークエンジェルの燃料送ってくれるんじゃない?」
「其れは如何だろうな?
何でか俺はタバネさんに気に入られてるからビャクシキのバックパックを送って貰えたし、お前も如何やらタバネさんのお気に入りになったみたいだからストライカーパックを送って貰えたが、タバネさんのお気に入りはあくまで俺とお前でありアークエンジェル自体は対象外だから、アークエンジェルの燃料補給は難しいかもだぜ。」
其処でイチカはビャクシキ、キラはストライクで出撃して哨戒に当たっていた。
キラの言った通り、ユニウスセブンの内部にはまだ燃料が残されており、アークエンジェルのクルー達がそれをアークエンジェル内に搬送していたのだ――その最中でフレイ達は滅びたユニウスセブンの姿に戦争の現実を突き付けられていた。
同時に、ユニウスセブンの惨状を実際に目にした事で、連合が如何にコーディネーターに対して残虐な行為を行ったのかを実感させられた――特にフレイは、『連合がコーディネーターの民間人を虐殺した』という現実を目の当たりにして吐き気すら覚えた位であり、同時にブルーコスモスの一員である父親から教え込まれていた『コーディネーターは忌むべき存在である』という考えは完全に霧散する事になった……尤も、キラにときめいた時点でその考えは八割方ぶっ壊れていた訳だが。
「フレイ、何だか良い表情になったね?」
「そうかしらミリィ?」
「うん、とっても良い顔になった。前はコーディネーターと来たらキラ以外には親の仇みたいな顔をしてたけど今はそんな感じじゃないし……若しかしてキラに惚れちゃったのかな?かなぁ?」
「う、うっさい!!」
「あらら、此の反応は意外とマジだったかな?いやぁ、此れは嬉しい変化かな~?」
「人を揶揄ってる暇あったら手を動かしなさいよ馬鹿!!」
フレイがミリアリアに揶揄われる場面はあったモノの、搬入作業は順調に進んでいたのだが、此処で予想外の事が起きた――偵察型のジンがユニウスセブンにやって来たのだ。
実はこの日、此のユニウスセブンでは『血のバレンタイン』の追悼行事が行われる予定であり、視察の為に偵察型のジンがやって来たのだった。
だが、此れはアークエンジェルとしては有り難くない事態だった――もしもクルーが見つかってしまえば只では済まないだろう。ザフト軍、或はプラントの人間ならば問題はないのだが、連合の人間となれば間違いなくその場で殺されるのだから。
「アレはジン!クソ、見つからないでくれよ皆!!」
「トール、ミリィ、フレイ……!」
偵察型のジンの姿を確認したイチカとキラはすぐさま偵察型のジンのもとに向かうが、二人の願いも虚しくアークエンジェルのクルー達はジンに見つかってしまい、ジンは相手が連合の人間だと分かるとライフルを手に取って攻撃しようとする。
戦闘員か非戦闘員かは関係ない……連合の人間ならば殺す、其れだけなのだから。
「やらせるか!!」
「偵察型なら偵察だけして帰れやゴルァ!!」
すんでの所でソードストライカーを装備して出撃したストライクがマイダスメッサーを投擲して偵察型のジンのライフルを弾き飛ばし、直後にビャクシキが偵察型ジンの両手足を雪片の二刀流で斬り落として達磨にする――頭部は無事なので、機体に搭載されたブースターを使えば可能なので、偵察型ジンは即其の場から離脱したのだった。
こうして予想外のハプニングはあったモノの、アークエンジェルは地球に向けての燃料を確保したのだが――
「キラ、イチカこっちに来て。此れって、救命ポッドよね?」
出発の直前でフレイが救命ポッドを見付け、ストライクがその救命ポッドを回収して、ビャクシキは其の間も警戒を続け、そしてアークエンジェル内に戻って行った。
そしてアークエンジェル内で救命ポッドのドアが開けられたのだが、中から現れたのは桜色のロングヘアーが特徴的な少女と、球形の小型のロボットだった。
――――――
同じ頃、プラントでは査問会でラウがヘリオポリス崩壊の経緯を説明すると同時に、裏で繋がっているアスランの父親である『パトリック・ザラ』がその場の空気を『打倒ナチュラル』へと導いていた――同時にその頃アスランは亡き母の墓参りを行っていた。
「ん~~……此処まではまずまずかな?よもやフーちゃんがキー君にガチ恋するとは思わなかったけど、此れは此れで良い傾向かにゃ?
寧ろ歌姫様がキー君に付け入る隙が無くなったとも言えるかもだよ……とは言え、暫くは様子見かな?もしもキー君とフーちゃんがガチで結ばれる事なったら、キー君と歌姫様の未来は有り得ない事になるけど、そうなったらそうなったでイッ君とタッちゃんとカンちゃんの生存率は上がるから問題ねーか。」
そんな中で、薄暗い部屋で一人モニターと向き合っていたタバネは意味不明な事を口にしながらも、しかし手元のコンソールは目にも止まらぬ速さでタイピングされ、数分後には一機のモビルスーツとある装置の設計図がモニターに映し出されていた。
モビルスーツの設計図には『フリーダム』と記されており、装置の設計図には『ニュートロン・ジャマー・キャンセラー』と記されていたのだった……
To Be Continued 
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