アルテミス到着直前、アークエンジェルのブリッジに集められた工業ガレッジの学生達は、イチカから『軍服から私服に着替えておけ』と言われた事に少々困惑していたのだった――アークエンジェルのクルーであるにも拘らず、私服になると言うのはその意味が分からなかったのだ。
「イチカ、何で皆も私服に着替えないといけないの?」
「地球連合は一枚岩じゃないからだ。
束さんからメールが送られて来たんだが、アークエンジェルは大西洋連邦に所属してて、此れから向かうアルテミスはユーラシア連邦の所属なんだと――それだけなら特に問題は無いんだが、要塞司令官のジェラード・ガルシアって奴は宇宙の要塞に居る事が不満と来てるらしい。
そんな奴が自分の所に飛び込んで来た連合の新造艦と新型モビルスーツを補給だけさせて終わりにすると思うか?」
「其れは、思わないかな。」
「アークエンジェルとモビルスーツを接収して自分がアークエンジェルの艦長になる、そう言う事ね?」
「確かに、その可能性は充分にあるか……」
だがイチカが『連合は一枚岩じゃない』と言うと、キラとミリアリアとトールはイチカの意図を即座に理解したようだった――サイとカズイとフレイは良く分かっていないようだったが。
「つまり、如何言う事なんだイチカ?」
「アークエンジェルとストライクはアルテミスの連中に接収される可能性が高く、そうなったらアークエンジェルのスタッフは拘束される可能性が高いって事だ。
だが、私服に着替えて『あくまでもアークエンジェルがヘリオポリスから逃げ遅れた民間人を保護した』って事にすれば、少なくともお前達は拘束される事は無くなるだろ?俺はオーブの軍人で連合に出向って形を取ってるが、独立機動権を有してるから連合の言う事を聞く必要は無いんで、矢張り拘束する事は出来ないからな。
つか、オーブの軍人である俺を拘束したら、其れこそ連合とオーブの関係悪化は待ったなしな上、最悪の場合はヘリオポリスで開発されたストライクをオーブに持って行かれかねないからな。
そんでもって俺達が拘束されなければ自由に動ける訳だから、拘束されたアークエンジェルの本来のスタッフを解放した上で補給を受けたアークエンジェルでアルテミスから離脱する事だって可能になるってモンだ。理解出来たか?」
「そう言う事なら、今回はアンタの言った事に従った方が良さそうね?不当に拘束されて軟禁生活なんて冗談じゃないわ。」
イチカがより詳しく説明するとフレイ達も納得し、アルテミスに到着する前には全員が私服に着替えていた――と同時に、イチカはビャクシキに、キラはストライクに外部からの操作が出来ないようにロックを掛けていた。
そして其のロックはプログラムを書き替えた上で設定した複雑なモノで、イチカとキラ以外には解除出来ないモノとなっていたのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE7
『見えなくなる機体~アルテミスでの一幕~』
クルーゼ隊を退けて、なんとかアルテミスに到着したアークエンジェルだったが、アークエンジェルから降りたマリュー達を待っていたのは同じく連合の味方である筈のアルテミスの兵から向けられた銃口だった。
タバネからイチカに送られて来たメールの内容は真実で、要塞司令官のジェラード・ガルシアは、アルテミスの要塞司令官に任命された事を『左遷された』と感じており、アークエンジェルとストライクとビャクシキを手土産に、ユーラシア本土への復帰を企てていたのである。
マリュー達にとっては寝耳に水の事態であったが、丸腰の状態では抵抗する事は出来ないので大人しく従うしかなかったのだが、イチカはそうではなかった。
「あくまでもヘリオポリスからの脱出の手段を失ってアークエンジェルに保護されたに過ぎない民間人の学生に銃を向けるってのは如何かと思うぜ連合さんよ?」
一瞬の隙を突いて自分に銃を向けていた兵士の銃を蹴り上げると、流れるような動きで銃を失った兵士に卍固めを極めて、蹴り飛ばした銃を右腕でキャッチしてガルシアに向けて不敵な笑みを浮かべる。
そしてこの状況にアルテミスの兵士達はイチカに銃を向けるが精一杯だった――だが、その轢鉄を引く事は出来ない。
誰か一人でも轢鉄を引こうとした瞬間にイチカが其れよりも早く轢鉄を引いてガルシアを撃ち抜くと言う事が分かってしまったからだ……イチカは己に銃口を向けさせるリスクを負ったモノの、要塞司令官を人質に取って見せたのだ。
「その身のこなし、貴様素人ではないな?」
「流石に其れ位は分かるか。
察しの通り俺は素人じゃない――俺はオーブ軍所属のイチカ・オリムラ三尉だ。ヘリオポリスの一件に巻き込まれて出向と言う形で連合――と言うかアークエンジェルの一員となっている。
そして俺には独立機動権が認められてるからアンタ等の言う事に従う義務もねぇんだわ。
でもって、俺以外の奴等はさっきも言ったが保護された民間人に過ぎないんだ――其れを正当な理由もなく拘束したとなれば大問題だ。コイツ等もまた、オーブのコロニーであるヘリオポリスのガレッジに通ってた、『オーブの人間』なんだからな。
まぁ、『眠れる獅子』を起こしたいってんなら、俺は何も言わねぇけどよ。」
此れにはガルシアも完全にイチカに機先を制された形になってしまった。
ガルシアはアークエンジェルからクルーが降りて来た時、イチカやキラ達もアークエンジェルのスタッフとして拘束する心算だったのだが、イチカ達は連合の軍服を着ておらず、私服であった上にイチカが先制パンチをかました事で私服のイチカ達を拘束する事が出来なくなってしまったのだ――此処で無理矢理拘束したら、其れこそオーブの代表首長であり『オーブの獅子』と言われている『ウズミ・ナラ・アスハ』の逆鱗に触れかねないのだから。
更にイチカは『アークエンジェルのハンガーにある二機のモビルスーツの内一機はオーブのモノだから勝手に触るなよ?』と言ってビャクシキとストライクに手を出す事も牽制していた――ビャクシキとストライクのどっちがオーブのモノであるかが明言されていない以上は、下手に触る事は出来なくなるのである。
そんな訳でイチカとキラ、そしてキラの仲間達は拘束される事は無く、アークエンジェルが次に出航する際にはまた搭乗する事を許可されたのだった。
「連合は一枚岩じゃない……イチカの提案が無かったら私も拘束されていた……?」
同時に今回の一件はフレイの心に少なからず影響があった様だった。
――――――
時は少し巻き戻り、クルーゼ隊は遠巻きにアルテミスを見ていた。
アルテミスは全体を全周囲光波防御帯という特殊な防御兵器――通称『アルテミスの傘』で防衛しており、其れで敵の攻撃を悉く退けていたのだが、ザフトにとっては幸運があり、ニコルが奪取したブリッツならばミラージュコロイドステルスを持ってしてアルテミス内部に侵入する事が可能になっていた。
「ビャクシキはオーブの機体なので未だしも、ストライクを連合の手に渡す事は出来ん……パイロットの生死は問わないが、機体は確実に奪取するか破壊する必要がある――アルテミス内に単騎で侵入してストライクを破壊すると言うのは重要な任務だが、やれるかねニコル?」
「それは……やり遂げて見せます隊長。」
故に、ブリッツには単騎でのアルテミス侵入の任務が与えられたのだが、其れを聞いたニコルは戸惑う事なくクルーゼからの任務を受けた――クルーゼ隊では最年少のニコルだが、其れでもプラントを守るために志願してザフト軍の兵士となった彼の腕前はアスランだけでなくイザークも認めるほどだった。
「ニコル君、一人で平気?なんだったらお姉さんが付いて行ってあげましょうか?」
「其れは……大丈夫ですカタナ!」
「あら、其れは残念♪」
「本気で残念だと思っているなら残念なテンションで言え!と言うか、その文字が出る扇子は一体どのような仕組みになってるのかソロソロ説明しろ!」
「そう言われても私も如何なってるか分からないのよねぇ……物心付いた時から使ってたのだけれど、一体何時手に入れたモノかすら良く分かってないし……若しかしたらサラシキ家に代々伝わってるモノなのかも知れないわ。」
「いや、使ってる本人も仕組み分かってねぇって如何なんだよ……」
そんな二コルに対して、カタナは何時もの調子で接していたが、此れはカタナなりにニコルの緊張を解してやろうと考えての事だった――其処からイザークと毎度お馴染みな遣り取りが展開されてしまった訳だが、其れが逆にニコルの緊張を真の意味で解す結果ともなっていた。
もしも此処までを計算してやってたのだとしたらカタナは可成りの策士と言えるだろう。真相は彼女のみが知る事だが。
「ニコル……無理だけはするなよ?」
「アスラン……分かってます。」
ニコルがブリッツに乗って単騎で出撃すると、ミラージュコロイドステルスを起動して周囲の景色に溶け込み、アークエンジェルがアルテミスに着艦する為にアルテミスの傘が一時的に解除された瞬間を狙ってアルテミス内部に侵入を成功させたのだった。
そう、アークエンジェルがアルテミスに着艦する際に、既にブリッツは要塞内部への侵入を果たしていたのである。
「新型の存在は連合の中でも極秘で、機体性能は知らないのかな?
だとしたら都合が良い……ブリッツのミラージュコロイド迷彩の事が知られてないのなら、まさか敵が内部に入り込んでるなんて夢にも思わないだろうから。」
ミラージュコロイドステルスの最大の特徴は周囲の景色と同化する光学迷彩ステルスだけでなく、レーダーにも映らなくなる点にある――レーダーには映らないが目視は出来る特殊ステルス塗料による対レーダーステルスと、目視は出来ないがレーダーでは感知出来る光学迷彩ステルスの利点だけを搭載しているのである。
「それじゃあ、始めようかな!」
ニコルは、まず最初にアルテミスの中枢とも言える要塞のブリッジにトリケロスからビームを放って破壊する。
先ずブリッジを破壊してしまえばレーダーや通信機能の全てが麻痺してしまうだけでなく、アルテミスの傘を展開している装置のコントローラーとスイッチも破壊出来てアルテミスの傘を強制的に解除する事も出来るのである。
だが、此の攻撃は同時に自身の存在をアルテミスの部隊に知らせる事にもなってしまうのだが、ビームも実弾も効かないアルテミスの傘に絶対の自信を持っていた兵士達の規律は緩み切っており、まさかの事態に浮足立って真面に対応出来なくなっていた。
「敵集?誰も気付かなかったって、まさかミラージュコロイドステルスか!?連合の新型には其れを搭載した機体があったって事かよ……其れにしたってこうもアッサリ要塞内部に侵入されるって大丈夫か連合は?
とは言え、アルテミス内部が混乱状態になったってのはこっちとしては有り難いぜ!キラ、お前はトール達と一緒にラミアス艦長達を解放してアークエンジェルに向かえ!序に可能だったらアークエンジェルに戻る前にアルテミスの厨房にお邪魔して食材とか持って行ってくれると有り難い!
燃料やら弾薬も、可能なら持って行けるだけ持って行ってくれ!」
「任せて!でも、イチカは如何するの?」
「俺は一足先にアークエンジェルに戻ってビャクシキで出る。
此のまま敵さんが暴れてたんじゃ、アークエンジェルも脱出出来ないからな――先に露払いして来るわ!」
「分かった。気を付けて!」
だがブリッツの強襲はイチカ達には好都合だった。
アルテミス内部が混乱した事と、兵士に死者が出た事でアルテミス内部は騒然となり、結果としてマリュー達が軟禁されている部屋の監視を行っていた兵士も持ち場を離れてしまい、マリュー達を解放する事が容易になったのだ。
キラ達はマリュー達の解放に向かい、イチカはアークエンジェルに戻るとビャクシキのロックを解除して起動し、アークエンジェルから出撃してブリッツに向かうが、ブリッツはミラージュコロイドステルスを使ったままなので其の姿はレーダーにもモニターにも映らない。
逆にブリッツにはビャクシキが見えているのでアドバンテージはブリッツにあるのだが――
「姿が見えなくても、攻撃が飛んで来た場所には居るよなザフトさんよぉ!」
「!!」
イチカはビームが飛んで来たのを見るや否や、其れを回避すると同時にビームが飛んで来た方向にビームを放つ!
ミラージュコロイドステルスは最強のステルスではあるが、攻撃する事で自身の居場所を相手に教えてしまう弱点もあった――イチカは其の唯一の弱点を見事に突いたのだ。
逆にブリッツは居場所を特定された事で、ステルスの意味はなくなりミラージュコロイドステルスを解除する――ミラージュコロイドステルスを起動中はPS装甲がディアクティブモードになり防御力が著しく低下してしまうので、本格的な戦闘になった事によりPS装甲を起動したのだ。
「単騎で要塞内部に侵入したのは見事なモンだが、要塞の機能をマヒさせたところで終わりにするべきだったなブリッツ?俺が出て来た以上、逃がさないぜ!!」
「クッ……!」
ビャクシキは雪片を分割して二刀流でブリッツに斬りかかり、ブリッツは其れをトリケロスのシールドで防ぐ。
だがビャクシキはオオタカに搭載されたリニアランチャーを放ってブリッツにダメージを与える――PS装甲に実弾兵器は無力ではあるが、其れでも機体エネルギーを減らす事は出来るので、連続使用でPSダウンを狙う事も出来るのだ。
こうしてビャクシキはブリッツに対して有利に戦いを進めていたのだが、同じ頃アルテミスの傘が消えた事を確認したラウは、アスラン、カタナ、イザーク、ディアッカに出撃を命じ、アルテミスの破壊に向かわせていた。
無敵の盾さえなくなってしまえばアルテミスは普通の宇宙要塞に過ぎないので破壊は容易になるのだ。
そうして出撃したイージス、グラディエーター、デュエル、バスターはアルテミスを攻撃し、其の攻撃を受けたアルテミスは崩壊し始めた――そして要塞が崩壊し始めると同時にアークエンジェルには全クルーが戻ってアークエンジェルを起動してアルテミスからの脱出準備を始め、そして……
「アークエンジェル、発進!!」
マリューの号令によってアークエンジェルが発進し、其れと共に要塞の崩壊が本格化した事でビャクシキとブリッツの戦闘は水入りとなってビャクシキはアークエンジェルに帰還し、ブリッツを始めとしたクルーゼ隊のメンバーも母艦に帰還して行ったのだった。
だが、地球に到着するまでにはまだ時間が掛かるので、アークエンジェルとクルーゼ隊がまた事を構える事になるのは間違いないだろう――崩壊するアルテミスから脱出したアークエンジェルは、再び地球に向かって行くのだった。
To Be Continued 
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