連合の包囲を突破したミネルバでは、その立役者であるシンが仲間達から歓迎を受けていた。


「凄いじゃないシン!イキナリエースパイロット級の活躍じゃないのよ!一体何があった訳?」

「ルナ……俺も良く分からないんだけど、あのカニみたいなモビルアーマーに捕まって海面に叩き下ろされた時に、『こんなところで終われるか!』って思ったら、なんて言うのかな、頭の中が妙にクリアーになったって言うか、敵の動きが完全に見えるようになったって言うか……」

「えっと、其れはつまりキレたって事?」

「う~ん……キレたのとはまた違う気がするんだよなぁ……」


そんな中、ルナマリアはシンの突然の強化に驚いていたが、其の強化はシン自身も分かっていない事だった――SEEDの覚醒には未だ分かっていない事が多いので、シンが分かっていないのも致し方ないのだが。


「だけど、どんな理由があるにしてもミネルバを救ったのは君だシン。
 今は其れを誇ると良いさ……生きていると言う事は其れだけで価値があるモノだ――生きていれば、明日があるのだからね。」


そんなシンにロランはお馴染みの芝居がかった言い回しでシンの活躍を称え、同時に『生きている事其の物に価値がある』と伝えていた――死ねば其処で終わりだが生きていればその先がある……戦時下に於いては最も大切な事だろう。

一方、ミネルバのブリッジでは――


「まさかシンがあそこまでやるとは……正直な事を言うと、何故インパルスのパイロットに選出されたのがイチカやカタナではなくシンだったのか疑問だったのだけれど、議長はシンの潜在能力を見抜いていたのかしらね?」

「そうであるのかもしれません。
 議長は遺伝子工学の方面でも知識が深いですからねぇ……遺伝子的にシンの方がインパルスのパイロットとして適任だったと判断したのでしょうか?」

「そうかも知れないわ……マッタク、我が夫ながら考えが読めない人だわ――何れにしても此れだけの活躍に何も無しとは行かないから、プラントに受勲の申請をしておかないとね。」


タリアと副官のアーサーがこんな会話をしていた。
受勲の申請が受理されれば、シンはアスランが持っていた『最年少受勲記録』を半年ほど上回る『最年少受勲記録』の保持者となる訳だ――尤も、シンには勲章以上に仲間を護れた事が誇りだろう。


「だけれど、其れは其れとして、ジブラルタル基地に向かっていたザフトの輸送船が消息を絶ったと言うのは穏やかではないわね?……確か、新型のモビルスーツをジブラルタル基地に輸送していたのではなかったかしら?」

「水陸両用型の新型機『アッシュ』ですね……連合の仕業でしょうか?
 向こうには強奪したアビスもありますから輸送船を撃沈するのは容易かと……」

「其の可能性はあるけれど、連合ではない、もっと別の何かが動いたのではないか、私の勘がそう告げているのよ……面倒な事にならなければ良いのだけれどね……」


シンの活躍で窮地を脱したモノの、それとは別にジブラルタル基地に向かっていたザフトの輸送船が消息を絶ったと言う情報が入って来ており、タリアは連合ではない別の何かが其れを行ったのではないかと考えていた。

そして、タリアの考えは意外な形で証明される事になるのだった。











機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE64
『蘇える翼~Wiederbelebte Flügel~』










一方オーブでは、ユウナに結婚を申し込まれたカガリが其の結婚の申し出を受けていた――無論カガリに本当にユウナと結婚する心算はない。
オーブの代表首長であるカガリと、首長筆頭であるセイラン家の長男のユウナが結婚するとなれば、其れは国を挙げての盛大な結婚式を執り行う事になるのは間違いない――カガリは、其れを利用する事にしたのだ。


「カガリ、何をしているんだい?」

「キラに手紙を書いている。」

「キラ……キラ・ヤマト――君の兄妹だったかな?彼に如何して手紙を?」

「お父様が亡くなった今、私の家族はキラだけだ――其のキラにお前との結婚の報告をするのに何か問題があるか?」

「いや、無いかな其れは。」


カガリは現在半ば軟禁状態にあり、自由に外出する事も出来ないのだが手紙などは秘書を通じて出す事が出来ているのでキラ宛にユウナと結婚する旨を伝える手紙を書いていた。
無論其れがタダの手紙である筈がないのだが、カガリとの結婚を取り付けて浮かれているユウナは其れに気付く事はなく、更に手紙の内容を確認する事も無かった――其れを見たカガリは内心で『巧く行った』とほくそ笑んでいるのだった。








――――――








オーブの孤児院がある場所にて、キラは一人砂浜に座って海を眺めていた。
望まぬ形で巻き込まれた戦争、親友との殺し合い、己の出生の真実――そして世界を憎む者との死闘……その果てに掴み取った平和が、アッサリと崩れ去ってしまった事に対する複雑な思いが其の目には浮かんでいた。


「「キラ……」」


そんなキラを、ラクスとフレイは少し離れた場所から見ている事しか出来なかった。


「よし、出来た。
 さぁてと、新しいブレンドだ、試してみてくれ。此の前よりもチョイと焙煎を深くしてみた。さて、如何かな?」


同じ頃孤児院のキッチンでは、バルトフェルドが独自のコーヒーのブレンドを行い、新たなコーヒーをマリューに薦めていた――バルトフェルドのコーヒーを使ったカフェオレは孤児院の子供達にも好評で、バルトフェルドも気分が乗って新たなコーヒーのブレンドが日々の日課になっているくらいだ。


「ん~~……此の前の方が好き。」

「ん?……成程、だんだん君の好みが分かって来たぞ。」


マリューの感想を聞いてバルトフェルドも一口飲み、そしてマリューのお好みのコーヒーのブレンドがどんなモノであるのかが分かってきたようだ。
マリューもバルトフェルドも互いに先の大戦で恋人を喪っていると言う似た境遇同士であり、大戦後の二年間は孤児院で共に暮らしていた事もあり、現在では『友達以上恋人未満』な絶妙な大人の友人関係を築いていた。


「「あの……」」


此処で互いに言う事があったのか、言葉が被ってしまった。


「お先にどうぞ?」

「いや、レディファーストだ。」

「こんな時は男性から、でしょう?」

「成程、確かにそうかもな……まぁ、オーブの決定は残念だが、仕方ないとも思うよ。
 カガリは優秀ではあるが、この情勢下で十八歳の女の子に古狸を相手にしての政治は難しすぎる……こうなっちまった以上、俺達は移住を考えた方が良いかも知れないな。」

「移住と言うと、プラントに?」

「其処しかなくなっちまいそうだね、俺達コーディネーターの居場所は……あ~~、その、なんだ、良ければ君も一緒に如何かな?」

「え?」

「デュランダル議長ってのは、割と真面でしっかりとした人間みたいだからな――此の状況でもナチュラル排斥なんて馬鹿な真似はしないだろう。」


マリューに言われて先に己の考えを口にしたバルトフェルドだったが、プラントへの移住を視野にしつつもマリューも一緒に如何かと言って来た――寧ろバルトフェルドとしては孤児院ごとプラントに移住しても良いと考えていたのだ。


「ま、すぐに答えてくれとは言わないが、選択肢の一つとして考えておいてくれ。」

「えぇ、そうさせて貰うわ。
 それにしても……ただ平和に生きて、そして天寿を全うする事が出来たらそれだけで幸せな筈なのに、其れ以上の何を求めているのかしらね、私達は。」

「其れが分からんから、其れ以上の何かを求めて人は争うのかもな。」


そんな中、マリューが発した一言は人の幸福の究極系であると同時に、バルトフェルドが口にした事もまた真理に近いモノだと言えるだろう。








――――――








その日の夜、オーブの砂浜には水陸両用艇が上陸し、その水陸両用艇からは武装した一団が現れ、真っ直ぐに孤児院へと向かっていた。


「此の襲撃、何が目的だ?」

「キラ・ヤマトを戦場に引っ張り出す……アッシュ部隊は奴を戦場に引っ張り出すための捨て駒に過ぎんよ。」


その水陸両用艇の甲板に居たのはマドカとレイ――マドカはレイを攫った後に、コーディネーター、ナチュラル問わず現在の世界情勢に不満を持つ者達を集めて其れなりの規模の私設武装集団『ダークブリュンヒルデ』を組織していたのだ。
ジブラルタル基地に向かっていたザフトの輸送船が消息を絶ったのも、マドカのダークブリュンヒルデが輸送船を襲撃した事が原因なのだ。


「キラ・ヤマトを戦場に引っ張り出すか……だが、先の大戦で奴の機体であるフリーダムは大破したと聞いているが?」

「奴にはラクス・クラインが居る事を忘れるな。
 ラクスはターミナルの一員だからな……フリーダムは改修されているとみて間違いないだろうさ――そうでなかったらなかったでキラ・ヤマトとラクス・クラインが命を落とすだけに過ぎんからな……如何転んでも私達には好都合だ。」


マドカの狙いはキラを戦場に引き摺り出す事であり、此度の孤児院襲撃も実働部隊には『ラクス・クラインの暗殺』を名目としていた――ラクスが狙われれば必ずキラは動く、そう考えたのだ。


そうして、実働部隊は孤児院へと侵入を果たしたのだが……


「どうも、こんばんわ。
 どちら様かな?孤児院に夜間の面会申請は来てなかった筈なんだがな?」

「!!」


其処でバルトフェルドに見つかってしまった。
見つかった隊員はナイフを抜いてバルトフェルドに突進したのだが、バルトフェルドはそのナイフを左腕で受けると、ナイフに突き刺された左腕の肘から下を捨て、左腕に仕込んでいた大口径の銃で襲撃者を撃ち抜き絶命させた――バルトフェルドは先の大戦で失った右足と左腕を義肢にしていたのだが、左腕はギミックアームを搭載して義手の中に銃を仕込んでいたのだ、

其の後、目を覚ましたマリューも戦線に加わり、キラとラクス、フレイと子供達を起こして、いざと言う時の為に建設されていた地下のシェルターに移動していたのだが――


「……ラクス、フレイ、伏せて!」

「「キラ?」」


その道中でキラがフレイとラクスを庇う形で覆い被さり、キラの背中を掠める形で弾丸が通過した――通気口に潜んでいたマドカの部隊員が発砲したのだ。
其の部隊員はバルトフェルドとマリューが射殺し、キラ達は地下のシェルターに避難したのだが、此処で部隊員はザフトから強奪した新型モビルスーツ、『アッシュ』を投入し、孤児院に向かって両手に搭載されたビーム砲を乱射して来た。


「モビルスーツを持ち出して来たか……何が何機居るか分からないが、火力を集中されたら此処も持たんぞ。
 ……ラクス、フレイ、鍵は持っているな?」


如何に地下にあるとは言え、モビルスーツの火力を集中されたら地下シェルターとて無事ではないだろう――其れを看破したバルトフェルドはラクスとフレイに問いかけた。
キラ達が避難した地下壕には大きな扉があり、その扉を開くカギを持っているのがフレイとラクスなのだ。


「持って来てるけど……でも、此れは……」

「キラを再び戦場に駆り出す事に……」


だが、フレイもラクスも鍵を使う事には戸惑いがあった――先の大戦でキラが望まぬ戦いを繰り広げた事を知っているからこそ、キラを再び戦場に駆り出す事になるであろう鍵の使用に抵抗があったのだ。


「フレイ、ラクス……鍵を貸して。」

「「キラ……」」

「今此処で君達を護る事が出来なかったらそっちの方が辛い……だから、鍵を貸して。」


だがキラは戦う事を決め、フレイとラクスから鍵を受け取り、孤児院のシェルターの奥にある扉を開き――


「此れは、フリーダム……!」


扉の先に現れたのは、先の大戦で大破した筈のフリーダムだった。
だが、ラクスは大破したフリーダムをターミナルで修復し、オーブの地下に隠していたのだ――とは言え、キラを再び戦場に戻す事になるであろうモビルスーツが待機していたのだ。


「ありがとう……此れで、僕はまた戦える。」


完全復活したフリーダムを見たキラはフレイとラクスに笑みを向けると、迷う事無く格納庫内のフリーダムへと向かって行った――平和を望むキラだが、平和を脅かす者に対しては相応の対応をする覚悟は平穏が訪れた世界でも決めていたのだ。

そうしてキラはフリーダムに乗り込み、孤児院の地下から暁の空へと飛び立って行った――地上にある蓋はビームライフルで破壊し、其処からフリーダムは薄明の空に現れ、背後の翼を展開した。


其の姿は、正に大天使の如くだ。


「アレは、まさか……フリーダム!」

「えぇぇえ!?」


まさかのフリーダムの降臨に、強襲部隊は驚く事になったのだが其れは当然と言えるだろう。
フリーダムと言えば先の大戦で三隻同盟に所属して大きな戦果を挙げ、ユニウス条約で核動力の兵器への使用が禁止されている現在では宇宙最強のモビルスーツの称号を与えても良いくらいなのだから。



――バシュゥゥゥゥン!!



同時にキラはSEEDを発動。
アッシュ部隊からのビームの嵐を華麗に回避すると上空で逆立ち状態になってのハイマットフルバーストを行い、アッシュ二機の両手と両足を破壊し、更にビームの雨を掻い潜って一機のアッシュに肉薄すると擦れ違いざまにビームサーベルで両腕を斬り落とし、そのまま上昇すると逆立ち状態になってバラエーナーを発射して別のアッシュの足を破壊する――アッシュのメイン武装は腕のクローとビーム砲なのだが、足を破壊されてしまったらもう戦う事は出来ない。
単独での飛行能力があれば足は飾りに過ぎないのかもしれないが、飛行能力のないモビルスーツにとって足を破壊されるのは致命傷なのだ。


「く……!!」


唯一無傷で残った隊長クラスのアッシュはフリーダムに一矢報いようと攻撃しようとしたのだが、それより早くフリーダムがフルバーストでアッシュの両腕と両足を破壊し、隊長クラスのアッシュも地に伏す事になった。


「く……!」


こうなってしまってはもうどうしようもないお手上げ状態なのだが、アッシュ部隊は此処で機体を自爆させて全員が果てた――機体を自爆させる事で自分達の正体が暴かれる事を防ごうとしたのだ。


「何とかなったみたいだが、どうにも面倒な事になって来たみたいだな……俺達の隠居生活も終わりが来たみたいだ。」

「えぇ……そうかもしれないわね……」


地下シェルターの脱出路から外に出たバルトフェルド達は、フリーダムがアッシュを相手に無双する様を見て、自分達の平穏な時間が終わりになった事を感じていた。


一方でキラは、自爆したアッシュ部隊を何とも言えない目で見ていたのだが――


『トリィ!』


僅かに開いていたコックピットの隙間からトリィが入って来てキラの肩に止まり、キラもトリィが来た事に笑顔を見せる――と同時に、キラの瞳には前大戦の最終期以上の強い光が戻って来ていた。

今此処に、宇宙最強のモビルスーツである『自由の翼』ことフリーダムは、完全復活を遂げたのだった。














 To Be Continued