その日、キラはフレイとラクスと共にオーブの海岸に居た。
現在のオーブは既に夜であり、普段ならば新月の時以外は月と星が輝く綺麗な夜空を拝む事が出来るのだが、此の日はそうではなかった――夜空を照らしているのは月でも星でもなくもっと別の明かり。
地球から遠く離れたプラント周辺にて、地球連合が行った核攻撃――イチカとカタナによって全ての核ミサイルが破壊されたとは言え、大量の核ミサイルが爆発した際に生じた爆炎は地球からでも目視出来るレベルのモノだったのだ。
「キラ、あの光って……」
「核の光だろうね……使ったんだ、連合はまた核ミサイルを――」
「では、プラントは……!」
「其れは、多分大丈夫じゃないかな?
ザフトにはイチカとカタナ、其れにイザークとディアッカも居るからね……それと、バルトフェルドさんが得た情報によると、プラントは核攻撃される事を予測して何らかの対応策を準備してるって事だったから。」
「其れを聞いて安心しましたわ……とは言え、核攻撃をされたとなったらプラントとしても黙って指を咥えていると言う訳には行きませんわ。
以前お会いした事があるのでデュランダル議長の人となりは知っていますし、議長は戦争を望まないでしょうが、和平を望んでも相手が其れに応じずに攻撃してくるのであれば戦う以外の選択肢は無くなってしまいますから。」
「連合はなんだってプラントに喧嘩売るのよ……二年前に戦争が終わって、世界は平和になったって言うのに、如何して其の平和を壊す訳?意味分からないんだけど……?」
「……もしかしたら、連合の母体組織であるブルーコスモスが連合への影響力を取り戻したのかも知れないね。
バルトフェルドさんから聞いた話だけど、連合のバックにはブルーコスモスって言うナチュラル至上主義者の組織があって、其れが連合を裏で動かしてるらしいから――先の大戦で当時の盟主だった『ムルタ・アズラエル』が戦死した事でブルーコスモスの力は弱まったらしいんだけど、此の二年間でブルーコスモスは復活を遂げたのかも。
何れにしても、此れからきっと戦闘は激化して本格化する……きっとオーブも無関係ではいられないと思う。」
其れを見たキラとフレイとラクスは、再び戦火が巻き起こる事を確信し、キラはオーブも現在の中立の立場を貫くのが難しいのではないかと感じていた。
そして翌日――
「な~るほど……デュランダル議長ってのは噂以上に頭が切れる人間らしい。」
「何かあったの?」
「ダコスタ君にプラントの動向を探らせてたんだが、デュランダル議長は戦火を拡大させないための措置を色々と考えているらしい……まぁ、プラントが核攻撃をされた以上最早戦争は避けられないだろうがね。
こっちはもう少し調べてみるが、其れは其れとして君はミネルバの艦長と話をしたんだろう?どんな人だった?」
「そうね……私とナタル副艦長を足したような人と言えば良いかしら?」
「君とナタル副艦長のハイブリットか、そりゃあ良い。美人で頭が切れて、仲間思いでありながら時には非情な判断も出来るとなると、戦場では最高の指揮官と言えるかもしれないねぇ……写真を見る限り、あの髪型にはドレだけのハードスプレーを使っているのか気になるが。
もしかしなくてもあの尖った髪にはカマボコくらいだったら刺せるんじゃないか?」
「其れは、否定出来ないわね。」
バルトフェルドは宇宙で活動している部下のダコスタからの情報で現在のプラントの動向を知ると、マリューと暫しの会話を楽しんでいた。
マリューとバルトフェルドも、キラとフレイとラクスと共に孤児院で子供達の面倒を見ながら生活していたのだが、バルトフェルドは戦後もエターナルの部隊でプラントの、アフリカの部隊で地球の動向を探っていたのだ。
「果てさて、此の状況の中、オーブはどんな道を選ぶのかねぇ……カガリが巧く立ち回れると良いんだが……」
「……今は信じましょう、彼女を。」
「……そうだな。」
今のところオーブは中立を貫いているモノの、其れがどのタイミングで崩れるのか、其れもバルトフェルドの懸念事項でもあった――カガリは亡きウズミの後継者として立派に成長したが、政治に関してはセイラン家の方がカガリよりも上手であり、良くも悪くも純粋で真っ直ぐなカガリでは最終的に押し切られてしまう可能性が高いのだから。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE61
『父の呪縛~Der Fluch des Vaters~』
「プラントが連合に核攻撃された!?」
デュランダルとの会談に臨んだアスランは、其の会談の場でデュランダルからプラントが連合からの核攻撃を受けた事を知らされて衝撃を受けていた――ユニウスセブンの地球落下が何かしらの波紋を生むとは思っていたアスランだが、まさか連合がプラントを核攻撃するとは夢にも思っていなかったのだ。
「私としては対話での解決を行いたかったのだが、悲しい事にその道は断たれてしまった。
イチカ君とカタナ君の活躍で、プラントが核に焼かれる事は無かったけれどね――私としては戦争は避けたいのだが、こうなってしまった以上は和平交渉とは流石に行かないだろう……私としても、一方的に宣戦布告を行い、其れを此方が受理して返答をする前に核攻撃をして来た連合にはハラワタが煮えくり返る思いだからね。
私がプラントの一市民、或いはザフト軍の兵士であったのならば、其の怒りを其のまま連合にぶつけているところだ。」
「……其れは、そう思うのは当然の事だと思います。
ですが議長、如何か和平への道を諦めないで下さい――互いに憎しみ合って、憎悪を募らせて戦った先には何もない……俺も、憎悪に身を任せて戦った結果、一番の親友を殺しかけてしまった。
だからもう、二度とあんな事は起こしてはならないんだ……そう、絶対に!!」
「アレックス君……」
「俺は……!アスラン・ザラです!
あの愚かとしか言いようがない憎しみを世界にばら撒いたパトリックの息子です!!」
思っても居なかった事態に、アスランは其れでもデュランダルに和平の道を閉ざしてくれるなと訴えたのだが、プラントが核攻撃をされたと言う事が、ユニウスセブンへの核攻撃によって母親を喪ったトラウマが刺激されたのか、自ら『アスラン・ザラ』を名乗って、今は亡きパトリックの行いを真っ向から全否定する事を口にした――戦争が終わっても、アスランの心の奥底にはパトリックの『ナチュラル許すまじ』の感情が生み出したトゲが刺さったままになっていたのだ。
「ザラ議長はザラ議長で君は君だ……実の父親が行った事に思うところはあるだろうが、君とザラ議長は違う人間だ。
ザラ議長の過ちを君が背負う必要はない――寧ろ君がすべきは、ザラ議長の過ちを背負う事ではなく、此れから自分が如何生きて行くのかではないかな?」
「其れは……そうかもしれませんが、でも……!」
「其れに君は先の大戦の最終期、ザラ議長の命令に反してアークエンジェルと共に戦ったのだろう?
そう、君は己の正義に従って行動し、そして戦争を終わらせる為に戦った――君は自らの手でザラ議長が振りまいてしまった憎しみを断とうとしたのではないかな?
君は己のすべき事をやり遂げたのだから、御父上の行いに負い目を感じる必要はないと私は思うよ。」
「議長……」
そんなアスランにデュランダルは『パトリックの行いに負い目を感じる必要はない』と言い、先の大戦における最終期のアスランの行動を肯定したのだった。
――――――
その頃、プラント市内にはプラントが連合に核攻撃された事が知らされ、市民は騒然としていた。
戦争への不安を口にする者、ユニウスセブンの悲劇を再び引き起こそうとした連合への怒りをあらわにする者、まさかの事態に茫然自失となる者等、市民の反応は多種多様であったが――
『プラントの皆様……私は、ラクス・クラインです。』
突如としてプラント全土に聞き覚えのある声が響き渡り、市街地のモニター、各家庭のテレビ、パソコンやスマホの画面に至るまで、あらゆるメディアのモニターにある少女の姿が映し出された。
特徴的な桜色のロングヘア―に独特の髪飾り――プラントの象徴たる『平和の歌姫』こと『ラクス・クライン』が二年間の沈黙を破ってプラント市民の前に其の姿を現したのだ。
『地球連合の行った蛮行に対し、思う所は夫々あるとは思いますが、今は気持ちを落ち着け、冷静になって下さい。
私も、デュランダル議長も和平に向けて最大限の努力をしてまいります……ですから、一時の感情に身を任せた事だけはしないで下さい……プラントの市民の皆様が安心して暮らせるよう、尽力してまいります。』
二年間の沈黙を破ってモニター越しとは言え公の場に姿を現したラクスの言葉にプラントの市民は一応の落ち着きを取り戻した――公の場から姿を消して二年が経っても未だ、『ラクス・クライン』のプラントにおける影響力は多大なモノがあった様だ。
「議長、彼女は一体何者なんです?ラクス本人ではないですよね?」
だが、ラクスが今はオーブでキラ達と共に暮らしている事を知っているアスランには此のラクスが偽物である事は分かっており、アスランがデュランダルに『此のラクスが何者であるか』を問う事になったのは当然と言えるだろう。
「うむ、君には分かるだろうな。
彼女は本物のラクス・クラインではなく、私が用意した替え玉だよ……非情に恥ずかしい事だが、ラクス嬢のプラントにおける影響力は議長である私を遥かに上回っている――故に何時までも活動休止状態と言う訳には行かない。
とは言ってもラクス嬢がオーブで平和に暮らしている事は、以前にターミナルで会った時に本人から聞かされているのでね……其の平和な生活を捨ててプラントに戻って来いとも言えない。
だから、苦肉の策として替え玉を用意する事にしたのだよ……無論、ラクス嬢の許可を得た上でだがね。
彼女の本当の名は『ミーア・キャンベル』。ラクス嬢に憧れてアイドルを目指していた少女だ……苦肉の策とは言え、純粋にラクス嬢に憧れていた少女をラクス嬢の替え玉に仕立て上げた私は、中々の悪役であるのかも知れないね。」
その問いに対し、デュランダルはアッサリとモニターに映ったラクスが替え玉である事を認めていた。
ラクスの替え玉となった少女『ミーア・キャンベル』はラクスに匹敵する歌唱力を持っていたのだが、其の見た目の地味さが影響して、プラントでのアイドルオーディションに連敗中だった。
いっそアイドルの道を諦めようかと思っていたところやって来たのがデュランダル直々に発せられた『ラクス・クラインの影武者』の仕事だった――ミーアは声がラクスとそっくりだった事もあって選ばれたのだが、アイドルの道を諦めようと思っていたミーアにとっては夢のような話だった。
直ぐにその話を受け、整形手術で顔をラクスに作り替え、ラクスの公の場での話し方を身に付け、見事にラクスの替え玉となりおおせたのである。
――――――
ラクス――もといミーアの演説を聞いた後、デュランダルはアスランを連れてプラントの格納庫にやって来ていた。
その道中、様々な雑談をする中で、アスランはデュランダルの人となりに少し惹かれていた――語り口が穏やかなだけでなく、時に鋭く核心を突く話し方にプラントの議長としてのあるべき姿を見たのだ。
「ザラ議長とて最初からあのような人ではなかったはずだ。
彼は……そう、少しやり方を間違ってしまっただけであり、其の間違いを良しとした連中が居た、其れだけの事なのだよ――故に、其の間違いを知っている君ならば同じ過ちを犯す事もないだろう?」
「其れは……断言する事は出来ませんが……」
「うむ、断言しなくて良いのだよ。
間違いを犯さない人間など存在しないのだからね……私とて、君と同じくらいの時には随分と間違いや失敗をしてしまったものさ……さて、到着だ。」
デュランダルとアスランが格納庫のとある場所まで来ると其の場所が明るく照らされ、一機のモビルスーツが其の巨躯を現した。
グリーンのツインアイに特徴的なブイ字型のアンテナ、縦に長い頭部のメインカメラ――前大戦時にアスランが搭乗していた『イージス』と『ジャスティス』に似たシルエットのモビルスーツだった。
「此れは……?」
「ZGMF-X23Sセイバー。
インパルスと強奪された三機と同時に開発された機体だが、強奪された三機と比べると少しばかり複雑な変形機構を備えていたせいで開発が遅れていた機体なのだよ――尤も、開発が遅れた事で強奪を免れたとも言えるのだがね。
此の機体を、君に託したいと言ったらどうする?」
其処でデュランダルが放った一言に、アスランは思わず息を呑んだ。
現在はオーブの一市民に過ぎないアスランとの会談に応じてくれた事でも驚くべき事なのだが、そのアスランに対して新型機をお披露目し、更に託したいとまで言われたらアスランでなくとも驚くだろう。
「如何言う事です?私にザフトに戻れと?」
「そう言う訳ではないが、言葉の通りだ。此れを君に託したい。
ザフトに戻るもよし、セイバーを受け取ってオーブに戻るも良し、其れは君の判断に任せるが……力と言うモノは本当に持つべき者が持ってこそ正しく発揮されるモノだと私は考えていてね。
父上の事で悩み、迷い、苦しみ、其れでも前に進む事を決めた君ならば此の力を正しく使ってくれるのではないか、そう直感的に思ったのだよ。」
「……」
「とは言え、君とてイキナリこんな事を言われても困るだろう?
すぐに答えを出す必要はない――確か、プラントへの滞在期間は一週間で申請されていた筈だから、其の期間内に熟考して答えを出してくれれば良い。
どんな答えでも、私は其れを尊重するよ。」
「……分かりました。」
『ザフトに戻れ』とも取れる一言だが、デュランダルはその意図を否定し、今のアスランには必要になる力と思ったからこそ託したいと思ったと話した。
無論此の場で答えを出せるモノではないので、プラントの滞在期間中に答えを出してくれれば良いとデュランダルも言い、アスランもじっくりと考える事にしたのだった。
其れで此の場はお終いとなったのだが、デュランダルの計らいでアスランにはプラント内でも指折りのホテルの高級スウィートルームが用意され、更にホテル内のレストランは全て無料で利用出来るようになっていた――最高評議会議長の権力を使ったのは明らかであるが、悪事に使ったのではないので無問題である。
「二年前とはプラントも大分変ったな……こんな大きなリゾートホテル、二年前じゃ考えられなかったが、其れだけ此の二年間は平和だったと言う事か。」
あてがわれた部屋に荷物を置いたアスランは、丁度夕食に良い時間だったのでホテルの最上階にあるレストラン街に足を運んでいた。
人工的に作られたプラントのコロニーではあるが、其の完成度は高く、高い場所から一望出来るプラントの景色は中々の絶景であり、カップル客等は其の絶景を背後に記念撮影をしていたりした――核攻撃をされたとは言え、被害はゼロであり、更にミーアの演説もあってプラント市民に混乱は広がらず、平和は維持されているようだ。
「顔だけじゃなく声まで本人そのものだよな……カタナ、お前ラクスとミーアが全く同じ服着て同じアクセサリー身に付けてたらどっちが本物か見極める事出来るか?」
「イチカ……大規模アイドルグループのメンバーの見分けが付かない私に其れが出来ると思ってる?キラ君なら見極めると思うけど。」
「キラなら見極めるだろ。」
「議長からラクス様の現状は聞いてたけど……其れはちょっと驚きだわ、でもプラントではラクス様はアスランの婚約者のままなんだよね?……私、如何振る舞えば良いんだろう?」
「「其れはミーアのやりたいようにやれば良い。」」
そのレストラン街のラウンジではイチカとカタナがミーアと談笑していた。
イチカとカタナは実は二年前からプライベートでミーアと知り合っており、ラクスそっくりに整形する前のミーアの素顔を知っている数少ない人物だったりするのだ――ミーアもイチカとカタナが相手なので、ラクスを演じる事無く素の自分で対応していた。
「ん?
アスランじゃないか!こっちに来てたなら連絡くれよ。折角だから一緒に飯でもどうだ?」
「イチカ……俺も何処で食べようかと思ってたところだ――お勧めの店があるなら教えてくれないか?」
此処でイチカがアスランに気付いて声を掛け、イチカとカタナ、アスランとミーアは夕食を共にする事になった。
其処でイチカが選んだのは『鉄板焼き』の店だった。
鉄板焼きのステーキやスペアリブが楽しめる店なのだが、イチカがオーダーしたのはステーキでもスペアリブでもなく、鉄板焼きの王道にして最強の『お好み焼き』であった。
「君はラクスを演じている事に疑問は感じないのか?態々顔を変えてまで……」
其処でアスランはミーアに自身が思っている事をぶつけてみた。
デュランダルの言う事は分かるのだが、其れでもラクスの替え玉となれば其れだけで大きな重圧となるものであり、早々引き受ける事が出来るモノではないのだが、其の上で其れを受けたミーアの思いを知りたかったのだ。
「私は本物のラクス様が表舞台に戻ってくるまでの繋ぎに過ぎないのは理解してるけど、僅かな期間であっても憧れのラクス様になれるって言うなら、私は全力でラクス様になり切りたい。」
「と、このようにミーアは自分の役割を理解してるぜ。」
「そんな彼女に彼是言うのは無粋じゃないかしら?」
「其れは、そうだな。」
ミーアはラクスに憧れ、デュランダルからの要請でラクスの替え玉になった事に引け目はなく、寧ろ誇らしげだった――其れでもラクスが表舞台に戻って来た其の時が自分が去る時だとも理解して、現在の自分のやるべき事を熟していたのだ。
「俺は、どの選択をするのが正解なのだろうな。」
そんなミーアを見て、アスランは思わずこう漏らしてしまった。
アスランの迷いは消える事は無かったが、其れでもイチカ達とのディナータイムで少しばかり迷いは軽減した――とは言っても、アスランの心に突き刺さったトゲを取り除くのは容易なモノではないのだが。
何れにしても、アスランが答えを出すにはもう少しばかり時間が必要なのは間違いない事だった。
To Be Continued 
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