オペレーション・スピットブレイクは失敗に終わったとの報せはプラントにも伝わっており、其れを聞いたザフト国防委員会は混乱していただけでなく、最新鋭機として開発されていたフリーダムが何者かによって奪われたと言う事に慄いていた。
フリーダムはコーディネーターにとって禁忌とも言える『核』の力を得た機体であり、同時に連合に対しての切り札でもあったのだから、其れが奪われたと言うのは見過ごす事は出来ないだろう。
プラントに戻ったアスランは、ストライクを討った功績を称えられてパトリックからネビュラ勲章を授与されたのだが、其れと同時に『ザフトが極秘開発した最新鋭MSフリーダムが奪われ、その強奪作戦にラクスが加担していた事』を告げられ驚愕していた。
此の一件によりラクスは『国家反逆罪』で指名手配中であり、アスランとの婚約も破談になったのだった。
「ラクスが……何故彼女がそんな事を……?」
「其れは分からんが……シーゲルが居なければ何も出来ない小娘と侮ったのが間違いだったか。
歌う事しか能のない小鳥と思っていたら、其の正体は鋭い爪を隠し持っていたハゲタカだったと言うのか……だが、何れにしてもナチュラル共に対する切り札を奪ったと言うのであれば立派な国家反逆罪だ!
アスラン、お前はラクス・クラインを始めとしたフリーダム強奪に係わった者達全てを排除し、フリーダムを奪還しろ!」
「……了解しました。」
パトリックの命令は無茶苦茶であり、フリーダム強奪に係わった者達全ての排除とフリーダムの奪還をアスラン一人で行えと言うモノだったのだが、父である以上にプラント最高評議会の議長であるパトリックには息子であるとは言えザフトの兵士の一人に過ぎないアスランは従う以外の選択肢は存在しなかった。
「……議長、フリーダム奪還の為に必要な事なので、フリーダムの外見的特徴を伺っても?」
「うむ……フリーダムの外見が分からないのでは奪還しようもないか。
外見はお前達クルーゼ隊が連合から強奪したモビルスーツに近い。白を基調とした機体で、一番の特徴はバックパックに搭載された巨大な翼だ。」
「巨大な翼……」
奪還の為と言う事でフリーダムの外見を聞いたアスランは、その特徴から自分がプラントに戻る際に乗っていたシャトルと擦れ違ったモビルスーツがフリーダムであったのだと気が付いた。
同時に現在フリーダムは地球にあると言う事も予想していた――地球からプラントに向かうシャトルと擦れ違ったと言う事は、フリーダムはプラントから地球に向かっていたのだと言うのは考えるまでもない事ではあるのだが。
「(フリーダムが地球に向かっていたのは間違いないが、ラクスがフリーダム奪取に加担していたとして彼女は奪取したフリーダムを誰に渡したんだ?
地球に向かっていたのなら、フリーダムのパイロットは地球に行かなきゃならない理由があった……そして、ラクスが知る人物で地球に行かなきゃならない理由があるのは……まさか、キラ!?)」
ラクスが何故そのような事をしたのか、そしてフリーダムは誰の手に渡ったのかを考える中でアスランは『フリーダムはキラの手に渡った』と言う可能性を考えたのだが、其処まで考えて『其れは有り得ない』とも思っていた。
キラはあの日、イージスを自爆させ自らの手で其の命を奪ったのだから。
「(だがもしも奇跡的にキラが生きていたとしたら?……其れ等を知る為にも、先ずはラクスを探さないとだな。)」
『すべてはラクスと会ってから』と結論付けたアスランは、新たに受領したザフトが極秘に開発していた最新鋭機でフリーダムの兄弟機である『ZGMF-X09Aジャスティス』に乗り込むとラクスの捜索に向かうのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE35
『正義の名のもとに~Justice that goes astray~』
サイクロプスを起動させたアラスカ基地から辛くも逃げ切ったアークエンジェルは、サイクロプスの攻撃範囲外にある無人島に降り立ち、其処でキラとの再会を果たしていた。
「よう、生きてたか相棒!
新型に乗って帰還して無双劇とは中々に派手にやってくれたじゃないか……てか、其のパイロットスーツ、ザフト――プラントに居たのか?」
「うん、僕はプラントのラクスの家に居た。
ラクスが言うにはジャンク屋の人が僕をストライクから連れ出してオーブのマルキオ導師に引き渡して、マルキオ導師がラクスの所に僕を連れて行ったらしいんだけどね。」
「プラントの歌姫の所に居たのかお前は……そんでもってナイスだぜロウの旦那。」
帰還したキラは先ずは相棒であるイチカと拳を合わせると、自分が今まで何処に居たのかを話し、其処からヘリオポリス組のミリアリア、サイ、カズイと言葉を交わし、そしてフレイの前まで来たのだが……
「キラ……キラァ!!生きてた……生きてて良かったぁ!!」
「フレイ……ゴメン、心配させちゃたね。」
キラが生きていたと言う事実に感極まったフレイは目に涙を浮かべてキラに抱き着くと、渾身の力でキラをハグした――ナチュラルだったら力一杯のベアハッグに意識が飛んでいたかもしれないが、コーディネーターであるキラは肉体的に頑丈だったようで、フレイの渾身のハグを受けながらも其のフレイを優しく抱き留めて見せた。
恋人達の再会は実に微笑ましい事ではあるのだが、現状は其れを黙って見ていられる状況ではない。
アークエンジェルはサイクロプスの自爆攻撃からギリギリで逃れる事が出来たとは言え、囮が生き延びても行く場所は無い――連合に合流する事は最早不可能であり、囮が生きていたとなったら逆に排除される可能性が高いのだから。
「何時までこんな事を続ければいいんですか……俺達は、こんな事の為にアークエンジェルのクルーになったんじゃない!捨て駒にされるなんて最悪だ!」
「サイ、貴様!」
「はいはーい、暴力反対ってな!」
ヘリオポリスの一件から思う事があったのだろう、サイが本音を吐露したところでアークエンジェルのクルーの一人が『軍隊式の制裁』を与えようとした所にイチカが割って入り、其のクルーを一本背負いで投げ、そして追撃の拳を顔面前で寸止めする。
「軍人が民間人殴っちゃダメでしょ?何か言う事はあるか?」
「……此の状況で其れを聞くか?」
一本背負いを喰らったクルーは其れ以上は何も言わなかったのだが、キラが『僕は僕が戦う理由を、戦う意味を知りたい』と言い、其れはアークエンジェルのクルーに『戦う意味』を問う事でもあった。
『自分は何のために戦うのか?』――其れは戦争に於いて永遠の命題となる事なのだろう。
「でもってキラ、お前の答えは?」
「僕もまだ答えは出てない……だけど僕は敵を殺す為に戦う事はしたくない――殺したから殺されて、殺されたから殺して、その繰り返しの先にある未来は破滅の未来だと思うからね。
だから、大切な人を守りながらも敵を無力化する『不殺』が今の僕が精一杯考えた事だよ……不殺の戦いでも死者は出るし、不殺じゃ無力化する事の出来ない相手もいると思うから、不殺は僕の傲慢な戦い方なのかもしれないけど。」
「いや、その事を自覚してるだけでも大したもんだぜキラ……不殺ってだけで自分は手を汚してない気になっちまう奴ってのは少なくないからな。
でもって俺が戦う理由は、軍人だから。オーブの軍人だからオーブの為に戦ってる。連合への出向って形でアークエンジェルに乗ってるのも、オーブにプラスになる部分があるからだな……実際に此の前オーブに立ち寄った際に、キラのおかげでオーブの量産機のM1の性能は可成り引き上げられた訳だし。
そんで、ラミアス艦長、貴女は何のために戦うんだ?何のために戦って来た?」
「私は、軍の命令に従って戦って来た……だけど、その先の平和を望んでいた。
此の戦いの先に平和があるのだと、そう信じて戦って来た……そう信じていたからこそ軍の命令に従う事も出来た……でも、そうして信じて戦って来た末がこんな事になるなんて思いもしなかったわ。
だけど此れだけは確実に言える……アークエンジェルのクルーは私を含めた全員がコーディネーターを滅ぼす為に戦っていた訳でも、私利私欲の為に戦っていた訳でもない……皆が此の戦いの先に平和な世界があると信じて、平和な世界の為に戦っていた。其れだけは間違いないわ。」
「フラガの旦那は?」
「俺もラミアス艦長と同じさ……まぁ、オレの場合はクルーゼと決着付けてやるって言う個人的な部分がなかったとは言わないけどな――だが、クルーゼとの決着以上に俺もまた平和な世界を望んでるんだ。
軍人が言う事でもないが、医者と軍人が廃業する世界ってのが最高だとは思ってるぜ。」
「病気も戦争ない世界ってのは確かに最高だな。」
何のために戦うのか、其れに対する答えは人の数だけあるのだろうが、少なくとも此処に居るメンバーは全員がその根底には『平和を望んで』と言うモノがあった――夫々が答えを出す事は出来ていなくとも、同じ目的があるのであれば此れから先も共に戦って行けるだろう。
「でも、平和な世界を実現するためには、今は戦わないといけない……だから、戦いから逃げちゃいけない。
真の平和を実現する為に戦って、戦い抜く事こそが戦場で散った命に報いる唯一の方法だと僕は思うから……だからきっと、今の僕達に立ち止まる時間なんてないんだと思う。」
「だな……俺達に立ち止まってる暇なんざねぇ。
つっても先ずは傷付いたアークエンジェルを直さないとだから……オーブに戻るとするか?俺が連絡入れれば割とすんなり入国出来るだろうし、何か問題が起きた場合は個人的にクラリッサさんに連絡入れてアニメとゲームと漫画で釣る。」
「……其れって良いのかしら?」
「多分大丈夫だぜラミアス艦長。」
そうしてアークエンジェルはイチカの提案でオーブに向かう事になった。
アークエンジェルは以前にもオーブに立ち寄っているので今回も割とすんなり受け入れて貰えるだろう。
「と言う訳で、アークエンジェルは再びオーブに向かう事になりましたとさ。」
「其れは良いのだけれど、まさか味方を囮にした挙句に諸共自爆攻撃で吹き飛ばすとか、兵士を簡単に捨て駒にするってのは正気を疑うわ……少なくともザフトでは考えられない事よ?」
「連合はザフトよりも数で勝るから、兵士の犠牲を数字でしか数えられないんだろ。
ザフトにとって兵士は貴重な戦力だが、連合にとって兵士は幾らでも替えが効く使い捨てなんだろうさ……だからこんな事が出来たんだ――そう言う意味では連合と国際IS委員会の思考は似てたかもだぜ。」
「言われてみれば確かにだわ……私の記憶では、国際IS委員会は亡国機業のエージェントになった私と貴方を排除すべく各国の国家代表を投入して、そして其の全てが最終的に私と貴方に討たれたのだけどね。」
オーブに向かう道中で、イチカとカタナはこんな話をしていて、余計に『連合はクソッタレの集まり』との思いを募らせていた……前世の記憶とも言うべきモノが其れを後押ししていたのは良かったのかは分からないが。
そして同じ頃、ミリアリアはディアッカが収容されている部屋を訪れてアークエンジェルがオーブに向かう事を告げており、其れを聞いたディアッカはミリアリアに『其れって俺に言う必要あったのか?』と聞いたのだが、ミリアリアは『オーブに着いてからあれこれ言われても面倒だから言っただけ』と淡々と返すのみだった。
「(やっべぇ……俺マジで惚れたっぽい……イザーク、俺は如何すればいい!!)」
尤も、其れが逆にディアッカの琴線に触れていたのだが。
取り敢えずアークエンジェルは、傷付いた艦体を修繕するべくオーブに向かって航行して行くのだった。
――――――
ラクスを捜索していたアスランは、とある無人プラント付近で自身が制作したハロの反応をキャッチして其の無人プラントに降り立ち、其処に居たハロに導かれるようにやって来た先は廃墟の劇場で、其処にはコンサート衣装を着込んだラクスが居た。
国家反逆罪で指名手配されているラクスは、『アンタ本当に指名手配されてるんですか?』と言いたくなるような余裕たっぷりの立ち振る舞いでアスランを導いたハロ、通称『ピンクちゃん』を手に取るとアスランと向き合う。
「来ましたね、アスラン。」
「俺が来る事は織り込み済みか……マッタクもって君の考えを読む事は出来ないな。
だがラクス、フリーダム強奪に君が関わっていると言うのは事実か?其れが事実であるのなら、俺は……」
「えぇ、其れは事実ですわ。
フリーダムは私が主導して奪取し、そして今はキラの手にありますわ。」
「キラの!?生きていたのかキラは……!!」
マッタク誤魔化す事もせずに『フリーダムの奪取は自分が主導した』と言うラクスに驚くアスランだったが、其れ以上に驚いたのは『フリーダムはキラの手に渡った』と言う事だった。
アスランも其の可能性を考えてはいたが、キラの乗るストライクは自身の乗るイージスの自爆攻撃で確実に撃墜したので、生きている可能性は低いと考えていたのだ……限りなくゼロに近かった可能性が現実のモノとなったとなれば其れは驚くのも当然と言えるだろう。
「ザフトが極秘開発した最新鋭機を奪取し、あまつさえ敵である連合の最新艦所属のモビルスーツパイロットに其れを渡す……此処まで来ると国家反逆罪ですら生温いかも知れませんわね?」
此の一言で現実に引き戻されたアスランはラクスに銃を向ける。
其れは暗に『大人しく投降しろ』と告げるモノなのだが、銃を向けられてもラクスは怯まず、力強い光が宿った瞳をアスランに向ける……『抵抗すれば撃ちますか?ならば遠慮なく撃ちなさい。』とでも言うかのように。
『平和の歌姫』としてプラントでも絶大な支持を得ているラクスだが、彼女は温室育ちのお姫様ではない――プラント最高評議会の前議長であるシーゲル・クラインの娘として、父と行動を共にする事も多く、行く先々で戦争の爪痕を見たり、前線基地で生の戦場を見る事もあり、更にはユニウスセブンに向かう際には移動中に連合の攻撃を受けて宇宙を救命ポッドで漂うと言う中々にハードな経験をしているので、肝は相当に据わっているのだ。
其れこそ現役軍人であるアスランに銃の引鉄を引かせるのを躊躇わせるほどには。
「ラクス……君は……」
「キラは自分が戦う理由を見付ける為に、そして仲間を助けるためにフリーダムに乗って戦場に戻りました。
ですが、貴方は何のために戦うのですか?お父様から頂いた勲章の為ですか、ザフトのアスラン・ザラ。」
ともすれば挑発的とも言えるセリフを口にするとラクスはハロを抱いて立つと、其の場から去ろうとする――本来ならばアスランはラクスを撃つべきだったのだが、其れが出来なかった。
ラクスに言われた『何のために戦うのか?』との問いに即答出来なかったのも大きかっただろう――奇しくも其れは、オーブでカガリから『殺すから殺して、殺したから殺されて、その繰り返しで世界は本当に平和になるのか!』と言われて答える事が出来なかったのと似た状況だった。
「アスラン、貴方の『正義』とは何ですか?」
そして廃墟の劇場から去る直前にラクスから告げられた一言はアスランの心に突き刺さった。
『正義』の名を冠する最新鋭機を与えられた己の『正義』とは一体何なのか、そう言われたのも同じだったから――フリーダム奪取の真実とキラの生存、己の戦う理由と己の正義、余りの情報量の多さと予想外のラクスの反撃(?)で判断力が鈍ったアスランは廃墟の劇場からラクスをミスミス逃がしてしまった。
「俺の正義、俺が戦う理由……俺は……!!」
其れでも再起動したアスランはジャスティスに乗り込むと一路地球へと向かって行った――キラと再び相まみえる為に、そして己の戦う理由と己の正義を見付ける為に。
――――――
その一部始終を、タバネは宇宙空間に浮かぶ『ミラージュコロイドステルス迷彩』を搭載した移動式ラボで見ていた。
「うんうん、良い感じで事が進んでるね。
イッ君とカタちゃん、其れとキー君はオーブに行く事になるけど、そうなるとイッ君はオーブの軍人として動く事になるから……本来は死ぬ筈のあの子が生き延びるかもだね?
でもそうなったとしてもその子の兄である彼はザフトに入隊するから問題ないか……此のまま行けばイッ君も二年後はザフトに居る訳だから早い内に知り合いになってるってのは悪い事じゃないからね。
でも、だからこそ此の先の悲劇は回避させない……この悲劇の先でイッ君とカタちゃんは結ばれる事になる訳だからね、私の計算では――今度こそ、君達は幸せにならなきゃダメなんだよ。君達が幸せになる為に、私は此の世界を選んだんだからね。」
そして、仄暗い笑みを浮かべてタバネは作業に戻った――其のモニターには新型の三機のモビルスーツの設計図が映し出されており、そのモビルスーツには夫々『フォビドゥン』、『レイダー』、『カラミティ』と名付けられ、タバネはその設計図を地球連合に匿名のメールで送りつけ、其れを受信した連合は設計図の完成度の高さに着目して三機の新型を開発するのだった。
その三機には致命的な欠陥が存在していると言う事には気付かずに……
To Be Continued 
|