キラとトール、そして其れ以外にも多くの犠牲を出しながら、アークエンジェルは遂に目的地である『地球連合軍』のアラスカ基地へと辿り着いていた。
アークエンジェルの艦長であるマリューはアラスカ基地に『着艦許可』を求めたのだが、アラスカ基地はアークエンジェルの着艦を認めずに『其の場での待機』を言い渡して来た。
其れよってアークエンジェルのクルーは否応無しに艦内待機する事になってしまったのだが、幾度となくザフトとの戦闘を繰り返し、命からがら辿り着いた本部からのまさかの仕打ちにクルー達は一抹の不安をよぎらせていた。
「フラガの旦那、捕虜の二人はアラスカ基地に着艦出来るようになったら如何なるんだ?」
「そうだなぁ……アラスカ基地に身柄を渡すか、其れとも此のままアークエンジェルで預かる事になるのか、其れはアラスカ基地の上の連中の判断になると思うから正直なところ分からん。
ただ、捕虜の二人はまだ若いから、出来れば此のままアークエンジェルで預かって、時期を見てプラントに帰してやりたいってのが俺の思いだ。」
「プラントに帰してやるとは優しいな?流石は我が艦の頼れる兄貴分だぜ。」
「オーブの坊主、そう言う事はな……どんどん言ってくれていいぞ!
ってのはまぁ良いとしてだ、俺は連合の軍人で、今は戦争だから戦ってるが、俺は別にコーディネーターが嫌いって訳じゃないからな?……いや、其れはアークエンジェルに乗ってる奴は全員そうだろ?
副艦長殿は生粋の武官で少々お堅いところがあるから中々素直になれない部分があるみたいだがな。」
「フラガ少佐、滅多な事は言わないでいただきたい!」
「おぉっと、今のは失言だったか?」
其れでも艦内はイチカとムウの会話が切っ掛けとなって暗い雰囲気にはならずに済んでいた。
イチカとムウの遣り取りは漫才のような軽快さがあり、互いにボケと突っ込みの双方を行っていた事もまたブリッジの雰囲気を良い感じにしていただけではなく、イチカとムウがダブルでボケた時にはヘリオポリス組が脊髄反社の突っ込みを入れていたのも大きいだろう。
「そうだフラガの旦那、着艦許可が下りるまで釣りしないか?
アラスカと言えばサーモンが有名だから、釣り上げて飯の材料にしようぜ。今の時期、メスのサーモンは卵持ってるだろうから、メスを釣り上げればイクラを作る事も出来るし。
大量に釣り上げても、スモークサーモンにすれば日持ちするから問題ねぇだろ?」
「おぉ、そいつは良いなオーブの坊主。
だが、釣りをするにしても釣り竿も餌もないんだが……其処は如何するよ?」
「ところがギッチョン、オーブを出港する前に海上でもしもの事態が起きた時に食料を確保出来るように釣り竿持って来てたんだな此れが。餌に関しては流石に生餌は持って来れなかったが、ルアーを持って来たから大丈夫だろ?
ルアー釣りで釣れた小物は逆に生餌として使えるし。」
「準備良いなお前……そんじゃ、ちょいとばかり釣りとしゃれこみますかねぇ!」
そして話の流れからイチカとムウは甲板に出て釣りを行う事になり、『戦艦の甲板で釣りをする軍人』と言う何とも奇妙な光景がアークエンジェル艦上に出現したのであった。
因みに釣果は上々で、イチカがサーモン二匹、マアジ五匹、キンメダイ三匹で、ムウはサーモン三匹、イワシ四匹、カジキマグロ一匹となり、本日のアークエンジェルの昼食は寿司パーティとなったのだった。
此の寿司パーティで使われなかったモノはイチカが燻製にし、サーモンの卵は醤油漬けと塩漬けの二種のイクラに加工されるのだった。
「と言う訳で本日の昼飯は海鮮丼。」
「あら、とっても豪華♪」
その影響で捕虜であるカタナとディアッカの食事もシーフードとなったのだが、カタナには生の魚をふんだんに使った海鮮丼が出された一方で、ディアッカにはカジキマグロのステーキが出されていた――前世のモノと思われる記憶から、カタナは生魚が大丈夫だと言う事をイチカは知っていたのだが、ディアッカに関しては分からないので取り敢えず火を通したモノを出したのである。
「グゥレイト、旨いじゃんこれ!
捕虜の食事ってのはもっと貧相なモンだと思ってたんだが、此れなら文句ないぜ。」
そしてディアッカもカジキマグロのステーキには満足している様だった。
そんな訳でアークエンジェル艦内は平和そのものだったのだが、アラスカ基地本部がアークエンジェルに対して『艦内待機』を命じた事に関しては、艦内でもまだ疑問が解消されてはいなかったのであった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE31
『約束の地に~Their intertwined thoughts~』
同じ頃、オーブからザフトのカーペンタリア基地に戻って来たアスランは、『オペレーション・スピッドブレイク』の為にカーペンタリア基地にやって来ていたラウと久しぶりに対面していた。
「聞いたよアスラン。君は連合側のストライクを討ったそうじゃないか。
ストライクとビャクシキ、何方も最強レベルだったが、その片方を討つ事が出来たと言うのはプラントにとっては大きな戦果と言えるだろう――其の戦果は誇るべきものだ、と言うところなのだが、君はそんな気分ではないみたいだな?」
「クルーゼ隊長……ストライクのパイロットは俺の幼馴染で親友だった相手なんです。
アイツが敵として俺の前に現れるなら俺が此の手で討つ覚悟はしていました……ですが、其れが現実になってしまうと、遣る瀬無い思いが此れでもかと言う位に溢れて来るんです。
親友を殺した責任として俺は何があっても生き延びる心算ではいますが、冷静になってみるとあそこでキラを、ストライクを感情のままに討ってしまったのは本当に正しかったのかと、そう思ってしまうんです。」
「圧政に苦しむ民族を開放すると言った『正義の目的』がない限り、正しい戦争は存在しない。
此の戦争もまた正しい戦争とは言い難い故、君の戦場での判断が正しかったか、正しくなかったのかは誰にも言えない――精々、後の世の評論家が此の戦争の結果を見て勝手に判断するだけの事だからね。」
「其れは……いえ、其れが戦争と言うモノですね。」
そんな中でクルーゼが口にした事はこの上なく厳しいモノだったが、逆に其れは戦争と言うモノを端的にかつ正確に表現していた。
戦争中に起きた出来事は、何方が勝利したかで大きく変わって来るものであり、戦勝国では称えられる行為も、敗戦国側では非難される行為となるので、正に『敗者に語る口はない』のだ。
「君の気持は分からなくもないが切り替えたまえアスラン。
そして君にはプラントから新たな命令が出ている――君はプラントが開発中の新型モビルスーツのパイロットして抜擢された。よって、其れを受領する為にプラント本国に戻るようにとの事だ。」
「俺に、新型のモビルスーツが……?」
此処でクルーゼから告げられたのは、アスランへのプラント本国への帰還だった。
プラントが開発中の新型モビルスーツのパイロットとして抜擢されたの事だったが、ストライクとの死闘の末にイージスを自爆させて自機を失ったアスランには嬉しい命令だったと言えるだろう。
新型モビルスーツの性能は未知ではあるが、最新型であり、連合から強奪した機体のデータも反映されているのであれば、その性能はイージスを越えている事は間違いないのだから。
「分かりました……アスラン・ザラ、此れよりプラント本国に戻ります。」
「プラント帰還の為のシャトルは用意してある……新型を受領して此れまで以上の戦果を挙げてくれる事に期待しているよアスラン。」
「その期待には応えて見せますよクルーゼ隊長。」
こうしてアスランはカーペンタリア基地からプラント行きのシャトルに乗り込み、プラント本国に向かって出発したのだった――其の胸中に複雑な思いと、カガリからぶつけられた言葉に対する答えを見いだせないままに。
――――――
「……知らない天井だ……此処は何処?」
これまた同じ頃、プラントある場所で一人の少年が目を覚ましていた。
少年の名は『キラ・ヤマト』――イージスの自爆攻撃を受けて『MIA判定』になっていた連合のストライクのパイロットだ。
イージスの自爆攻撃を受けてストライクは大破したが、ストライクのコックピットは先発型のG兵器には搭載されていなかった『コックピット保護装甲』が搭載されていた事でコックピットも甚大なダメージを受けたモノのキラは辛くも一命をとりとめていたのだ。
「目が覚めましたかキラ?」
「君は……あの時の……!」
「ラクス。ラクス・クラインですわ。」
そんなキラの前に現れたのは以前にユニウスセブンにて救命用脱出ポッドと共にアークエンジェルが回収した少女、プラントでは『平和の歌姫』と呼ばれ絶大な支持を受けている『ラクス・クライン』だった。
イージスの自爆攻撃を受けて大破したストライクだったが、其処に偶然ジャンク屋を営む『ロウ・ギュール』が自身で改造した『アストレイ・レッドフレーム』で訪れて、大破したストライクのコックピットハッチが少し開いている事に気付いて其れを開けて中に居たキラを発見し、まだ息がある事を確認するとレッドフレームに乗せてオーブへと向かい、マルキオと言う男に預け、マルキオは応急手当てをするとキラをプラントのクライン邸まで運んでいたのだった。
「……茶髪で青いバンダナをした男性が声を掛けて来たと思ったんだけど、あれは僕の夢じゃなくて現実だったのか……?」
「その方がジャンク屋組合に所属しているロウ・ギュールさんですわキラ。」
「如何して其の人は僕を助けたんだろう?僕とは面識もない筈なのに……」
「直接的な面識はないのかもしれませんが、間接的には貴方の事を知っているのではないでしょうか?
マルキオ導師に貴方を預ける際に、彼は『俺の知り合いの相棒なんだ、何とか助けてやってくれ』と言っていたそうですから。」
「僕の相棒……イチカの知り合いだったんだ……」
ロウと言う男は『曲がった事が大嫌いな熱血漢』なのでキラが何者であっても助けただろうが、顔見知りであるイチカから嘗て『今は連合に出向してるんだけど、相棒のキラってのがストライクって機体で結構活躍してくれてるんだ』と聞いていたので、大破したストライクに乗っているのが其のキラだと直ぐに分かったのだろう――知り合いの相棒であるのならば尚の事助けねばと思ったのは間違いないが。
序に言うと、ジャンク屋のロウは職業柄連合、ザフト双方のモビルスーツ事情にも精通しており、ストライクがどんな機体でどんな見た目であるのかもしっかりと把握していたりする。
「だけど、僕は此処に居て大丈夫なの?曲りなりも僕は連合の兵士として戦っていた……そんな僕がプラントに居るって言うのは……」
「其れに関しては大丈夫ですわ。
お父様が最高評議会の議長で居られたのならばより安全だったのかも知れませんが、お父様は現議長のパトリック・ザラの一派によって暗殺されてしまいました――ですが、逆にパトリックは私の事を『父親が居なければ取るに足らない小娘』と見ているようでして、私に対しては特に何かをする事はなくほぼ放置されているので、此処にザフト軍の兵士が来る事はまずないと言えますわ。
来たら来たで、其の時は此の無数のハロがお出迎えしますが♪」
『ハロ、ハロ!なんでやねん!!』
『ザッケンナオラーー!!』
『ヤッチマウゾコラー!!』
『コノダブスタクソオヤジーー!!』
「此れは……」
「全部アスランが作ってくれましたわ♪」
「アスラン、一体だけでも十分なのに、なんでこんなに作ってるのさ……」
取り敢えず一命を取り留めたキラは大量のハロに驚きつつも、暫しクライン邸にて過ごす事になったのだった。
クライン邸に居れば戦わずに済むと感じたキラだったが、同時にアークエンジェルと、アークエンジェルに残してきてしまった恋人のフレイの事が無事であるのかが気になっていた。
「僕は大切なモノは守りたい。
だけど守るために誰かの命を奪う事は出来るならしたくない……大切なモノを守るためには戦わないといけないのに殺したくはない……矛盾してるよね。」
「えぇ、確かに矛盾していますわ。
ですが、その矛盾に気付き、迷う事が出来ているのはキラが戦争に染まって『相手を殺す事が当たり前』になっていない証とも言えます……だから焦らずに療養しながらその答えを見つけて行けばいいと思いますわ。」
「見つけられるのかな僕に……親友と本気の殺し合いをしてしまった僕に……アスランの仲間を殺してしまった僕に……」
「出来ますわよ、きっと。」
悩むキラに、ラクスは優しく声を掛ける。
其の言葉は『アスランの仲間を殺した』、『アスランと本気の殺し合いをした』と、短い間隔であまりにもハードな経験をしたキラの心には『癒し』となり、キラはクライン邸にて暫し癒しの時を過ごすのだった。
――――――
アラスカ基地からまだ着艦許可が下りないアークエンジェル艦内にて、イチカはカタナが捕虜として収容されている部屋にやって来ていた――夕食を持って来たのだが、其れでは終わらずにカタナは食事をしながらイチカと話をしていた。
この数日でイチカとカタナは過去の記憶の事もありすっかりと打ち解けていたのである。
「俺とアンタの記憶、可成り似通ってはいるが少し差異があるみたいだな?……俺の記憶ではアンタは俺と共に『亡国機業』って組織の一員になって、IS学園との戦闘の際に俺を庇って致命傷を負って、其のまま死んじまったんだが……」
「あら、其れは違うわね?
私の記憶では私と貴方が『亡国機業』と言う組織の一員になったのは同じだけれど、IS学園との戦闘の際に、貴方を最大の脅威と判定したIS学園側の命令で専用機持ち達が貴方を集中攻撃して、其れに対処し切れずに貴方は討たれたわ……」
「アンタの記憶の俺の末路は中々に最悪だな……嘗ての仲間に討たれるって、どんなバッドエンドだよ。
だけどなんだって俺とアンタの記憶には差異があるんだろうな?」
「其れは分からないけれど……若しかしたら私と貴方は同じ世界を生きながら、その世界を何度もループしているのかもしれないわ――だから同じような記憶であっても差異がある、そう考える事は出来ないかしら?」
「その可能性はあるかもな……となると、あの世界にも居てこの世界に居るタバネさんも俺達と同じ存在である可能性は十分にあるか。」
「束博士もこの世界に居るの!?
となると、グラディエーターのバックパックの設計図を送って来たのはこの世界のタバネ博士と言う事になるのかしらね……仮にこの世界のタバネ博士が私達と同じような存在だとしたら、一体何を目的に動いているのかしら?」
「其れはタバネさんにしか分からないって……ノーベル賞級の天才を更に十回り位強化した天才で天災なタバネさんの考えなんぞ俺達に分る筈がねぇよ。」
「それもそうね。」
互いの記憶には幾らかの差異があるが、其れに関してはカタナが『同じ世界を何度もループしているのではないか?』と言う可能性を示して、イチカもその可能性を否定しなかった。
同時にタバネの存在と目的に関しても話がされたが、其れは考えても分からないので保留と言う形になった。
――ガタン!!
そんな中、突然聞こえて来た隣の部屋からの大きな音。
カタナが収容されている部屋の隣はディアッカが収容されている部屋だ――ディアッカの夕食はミリアリアが運んで行ったのだが、其処で何か起きたのは間違いないだろう。
「カタナ、バスターのパイロットの名前って……」
「ディアッカよ。ディアッカ・エルスマン。其れがバスターのパイロットの名前。」
「ディアッカね……ちょっと隣に行ってくるわ。」
カタナに一言告げてイチカが隣の部屋に行くと、ミリアリアが激高してディアッカにナイフを突き立てて迫っていた。
ミリアリアはヘリオポリス組の中でも冷静で、アークエンジェルのクルーとしても状況判断能力に優れたプロ顔負けの名オペレーターなのだが、そんな彼女が我を忘れるほどに激高すると言うのは珍しいだろう。
「ストップミリィ。捕虜を勝手に殺しちまうのは流石に拙い。何があった?」
「イチカ……コイツは……コイツは……!!
私もトールを喪った喪失感が顔に出てたんだろうけど、其れを見たコイツは『彼氏を喪ったのか?』なんて言って来たのよ!其れも皮肉気な笑顔で!!!
トールはキラを助けようとして死んだのに、なんでこんな奴が生きてるの!?」
「あ~~……そいつは盛大にやっちまったなぁ……ディアッカ、此れは流石に擁護できねぇから其のまま死ね♪」
「おま、笑顔でさらっと酷ぇ事言うなオイ!?」
どうやら食事を運んで来たミリアリアの様子から何かを察したディアッカが軽い気持ちで放った一言がミリアリアのギリギリで繋がっていた堪忍袋の緒をズバッと斬ってしまった事でミリアリアが激高してしまったらしい。
事の顛末を聞いたイチカはディアッカに向けて拳銃を向けて放とうとしたのだが――
――カチン!
イチカの拳銃は乾いた撃鉄の音を鳴らしただけだった。
イチカの拳銃には実弾は込められておらず、イチカは弾丸の入っていない拳銃の引鉄を引いただけだったのだ――だがしかし、イチカに拳銃を向けられていたディアッカにはミリアリアが覆い被さるようにして身を倒し、拳銃の射線上から外れるようにしていた。
「え?あれ、如何して私は……」
「其れがお前の本心だミリィ。
ザフト兵であってもお前は心の底では死んでほしくないって思ってるんだ――だから、一時の感情の爆発で其れを忘れる事だけはしちゃいけない。
でもって命拾いしたなディアッカ?もしも俺の拳銃に実弾が込められていて、ミリィがお前を庇わなかったらお前は死んでいたんだからな……ミリィの優しさに感謝しな――でもって、テメェの失言を後悔して反省しろ。
大体にして捕虜になって軽口叩く奴が居るか。阿呆が。」
「ぐ……イザークも似たような事言いそうだな……つか、些か容赦なさすぎじゃねぇか!?」
「俺は女の子には優しいけど野郎には一切の容赦はしねぇんだよ。」
傍から見れば予想外の展開だったのだろうが、イチカはこうなる事を分かっていて空の拳銃のディアッカに向けたのだった。
そしてミリアリアとディアッカの双方に助言をすると、イチカは再びカタナが収容されている部屋に戻り、カタナと雑談&イチカのスマートフォンを使ったゲームなんかを楽しむのだった。
To Be Continued 
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