アークエンジェルが第八艦隊本隊と合流する前に落とそうとアタックして来たクルーゼ隊だったが、其の攻撃は結果的には失敗に終わり、更には隊員の『イザーク・ジュール』が負傷し、イザークの搭乗機であるデュエルもストライクの攻撃によって中破してしまったため暫くはアークエンジェルへの攻撃は出来ない状態となっていた。
機体が無事なアスラン、カタナ、ディアッカ、ニコルは出撃可能だが、隊長であるラウは『一度戦力を整えた上で総力戦を仕掛けた方が良い』と考え、整備クルーにはデュエルの修理ではなくデュエルの改修を命じていた。


「治療は終わったみたいだけど、此れだと傷痕は残るわねイザーク?」

「あぁ、残るだろうな……だが、俺はこの傷痕は消さない――ストライク、アイツを討つまではな!!アスラン、貴様には悪いがストライクは俺が落とす、必ずな!!」

「其処でキラの命について言及しない所にお前の優しさを感じるよイザーク……モビルスーツを落とす事とパイロットの命を奪うのはまた別物だからな。」


イザークの負傷は命に係わるようなモノではなく治療もすぐに終わったが、大きく切り裂かれた顔の傷は思いのほか深く、整形外科手術をしない限りは傷痕は顔に残る事になるだろう。
尤もイザーク自身はその傷痕を『ストライクを討つまでは消さない』と決めているようだ――傷痕を消さない事で今回不覚を取った事を忘れずに闘争心を高めようとしているのかも知れない。


「傷痕……其れは其れで歴戦の戦士みたいでカッコいいけど、消せるなら消した方が良いと思う。」

「カッコいいと言われるとは意外だったが、消した方が良いと言うのは何故だカンザシ?」

「私の知ってる漫画やアニメやゲームだとスカーフェイスキャラは大体死ぬから。
 敵の自爆攻撃受けたり、宇宙の帝王に星ごと消されたり、人造人間にエネルギー弾の雨霰を撃ち込まれたり、連続殺人事件の被害者だったり……etc……etc……」

「あらぁ、其れは確かに消した方が良いかも知れないわねぇ……死亡フラグを回避する為に。」

「ならば俺はそんな死亡フラグなど叩き折ってくれるわ!」

「イザーク、そうやって意気込むのって逆に危ないらしいぜ?」

「無茶だけはしないで下さいよ?」


クルーゼ隊はもう何度もアークエンジェルの撃沈に失敗しており、そうなれば隊員の士気が落ちそうなものだが、そうならないのは偏にサラシキ姉妹の存在が大きいだろう。
クルーゼ隊に二人しか存在しない女性である彼女達はカタナが『動』、カンザシが『静』であるが二人とも場の雰囲気を明るくする術を持っており、隊の中では隊長のラウと赤服のアスラン達を除いた隊員や整備クルーからはアイドル的な存在となっているのである。

一方でデュエルの改修を命令された整備クルーは修理後のデュエルにジン用の追加装甲である『アサルトシュラウド』を搭載する方向で話を進めていた。
全くの偶然ではあるが、アサルトシュラウドはデュエルに装備する事が可能であり、此れを装備する事でデュエルの総重量は増すモノのアサルトシュラウドに搭載されているスラスターとブースターによって宇宙空間での機動力は上昇し、右肩部に追加される電磁レールガン『シヴァ』によって火力の上昇も図れるのである。


「(如何して私はこうもビャクシキに、ビャクシキのパイロットに惹かれるのかしら?ビャクシキのパイロットには何かを感じるのよね……それこそ『運命』ですら超越したモノを……さっき脳裏に浮かんだ映像も気になるしね。)」


総力戦に向けた準備が進む中、カタナはビャクシキのパイロットに何故自分が惹かれるのかを考えていた――以前冗談めいて『彼こそが運命の人』と言った事があったが、今は運命すら超えた『何か』を感じている様だった。
そしてカタナもまたイチカと同様に記憶には無い映像が脳裏に浮かんでいたのだった。
其れは自分が鍛える事になった少年の映像――鍛える内に恋仲となり、そして何時しか共に戦い、そして自分を庇って命を落とす……断片的だがその様なモノであったのだ。
イチカとカタナ、果たして此の二人にはどのような因縁があるのだろうか……










機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE13
『選ぶ事の出来ない選択~宇宙の闇の果て~』










イチカとキラが不思議な感覚と共に突然強くなった事で難を逃れたアークエンジェルはもうそろそろ第八艦隊本隊と合流する地点に到着しようとしていた。
そんな中、イチカとキラは食堂で仲間と一緒に食事を摂りながら、先刻の戦闘に関して話をしていた――因みに本日のメニューもイチカが作っており、本日は『スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチ』、『鯖の水煮缶のカレードリア』、『オーブ風汁なしまぜ麺』の三種が主食の炭水化物で、副菜は『マスタードメンチカツ』、『スブドゥンチゲ』、『青椒肉絲』、『肉じゃが』の中から好きなように選べるようになっており、サラダも『シーザーサラダ』、『フレンチサラダ』、『チョレギサラダ』の三種の中から選べるようになっている。
戦闘直後に此れだけのメニューをサラリと作ってしまうイチカは軍人としての力も主夫力も相当なモノであると言えるだろう。


「イチカもキラも突然動きが別人みたいになってたけど、一体何が起きたのかしら?」

「何がと言われても、其れは俺達の方が聞きてぇのよフレイ嬢。」

「アークエンジェルが狙われたの見た瞬間不思議な感覚が……頭の中で何かが弾ける感覚がしたかと思ったら思考が凄くクリアーになって自分が如何動くのが最適解なのかが瞬時に分かったって言うのかな?」

「其れってつまり、火事場の馬鹿力って奴?」

「其れとは違うと思うぜミリィ。
 火事場の馬鹿力ってのは、『危機的状況で肉体のリミッターが外れて普段は出せない超絶パワーが出た状態』の事を言うんだ……俺とキラは一時的な肉体強化じゃなくて一時的な思考力と操縦技術の向上だからな。」

「だったら何だってんだ?」

「え~と、何だと思うイチカ?」

「火事場の馬鹿力とは違う危機的状況で発動する力……火事場のクソ力か?其れもなんか違うな……此れはアレだ、『クリア・マインド』だ!其れが一番近い!!」


イチカとキラの謎の覚醒、其れは『SEEDの覚醒』と呼ばれるモノなのだが、其れを二人は知らない。
『SEED』其の物はオーブの『マルキオ導師』が唱えたモノで、『SEEDを持つ者が世界を導く』と言っていたのだが、イチカとキラが其れを知るのはまだ先の事だ――そもそもにして『SEED』が如何なるモノであるのかも現状では分かっていないのだが。

それから暫くして、アークエンジェルは遂に第八艦隊本隊と合流を果たし、巧く行けば此処でアークエンジェルから降りる事が出来るかも知れないと思ったキラは此れまで共に戦ってきたストライクの整備に勤しみ、マリューはそんなキラに対し此れまでの礼を告げていた――勿論、其れはビャクシキの整備を行っていたイチカに対しても同じだった。
運命のイタズラとも言える偶然が重なってアークエンジェルと行動する事になったイチカとキラ、そしてヘリオポリスの学生達だが、彼等が居たからこそアークエンジェルは今日まで生き延びる事が出来たと言えるのだ。
イチカの機転とキラの異常とも言えるパイロットとしての成長、そしてアークエンジェルのクルーとなったフレイ達が居たからこそ何度も危機を脱する事が出来たのは間違いないだろう――アルテミスの一件でもイチカの機転で彼等は拘束される事がなく、其れが結果としてマリュー達を解放する事に繋がり、更にアークエンジェルの補給をも果たしたのだから。
そんなマリューの礼に対しキラは『僕は友達を守りたかっただけだから』と言い、イチカも『キラ達が不当な扱いを受けるんじゃないかと思ってキラとバディを組んで出向って形でこの船に乗ったが、アークエンジェルのクルーはアンタやフラガ少佐をはじめとして真面みたいで安心したよマニュー、もといラミアス艦長』と返していた。

そして第八艦隊本隊からは旗艦のメネラオスから艦隊司令『デュエイン・ハルバートン』が自らアークエンジェルに乗艦して来た――余談だが、彼こそが連合の新型モビルスーツ開発計画『G計画』の第一推進者だったりする。
そのハルバートンを交えた会議でアークエンジェルは連合の地球本部があるアラスカに向かう事が決定した
その会議では便宜上軍籍に入れられていたキラ達と、オーブからの出向と言う形でアークエンジェルの一員となっているイチカの処遇についても話し合われる事になった。
マリューは第八艦隊本隊と合流した暁にはキラ達には『除隊許可証』を、イチカには『出向修了証明書』を発行してアークエンジェルから降ろす心算であり、第八艦隊本隊と合流前の艦内会議でもその方向で話が決まっていた。
副艦長のナタルだけは最後まで難色を示していたモノの、最後には其れに賛成したのだった――ナタルも人としてはマリューの考えの方が正しいと理解していても軍人としては最低でもイチカとキラだけはアークエンジェルに留めるべきであると考えていたのだ。
イチカとキラは現状ではアークエンジェルにとっては貴重なモビルスーツパイロットであり替えが効かない存在なので手元に置いておくべきと言うのは軍人としては正しい判断なのだが、ナタルは最後の最後で軍人としての判断よりも人としての判断を取ったのだった。


「では、彼等に除隊許可証と出向修了証明書を発行しても……」

「私も其れが最善だと考えていたのだが……どうにも世の中と言うのは己の思い通りには行かないらしい。
 大西洋連邦は、君達が保護した民間人を正式に軍属として登録するように命令して来た――其れこそどんな手を使ってでも軍属にしろとの事だ。」


だが、連合の、大西洋連邦が下した命令は非情なモノだった。
民間人に過ぎないキラ達を此のまま軍属として登録するように言って来たのだ――一応理由としては『軍の最高機密に触れた』と其れらしい理由が付けられているモノの、本音は『ザフトとの戦闘に於ける貴重な戦力』を手放したくないと言ったところだろう。
此れにはようやく戦争から解放されると思っていたトール達は肩を落としたのだが……


「つまりキラ達はアークエンジェルから降りる事が出来ないって訳か……なら、俺も残るぜ。俺とキラはバディを組んでるからな?相棒が残るってのに俺だけアークエンジェルを降りる事は出来ないからな。」


此処でイチカが『自分もアークエンジェルに残る』と言う事を告げて来た。
『自分とキラはバディを組んでるから自分だけ降りる事は出来ない』との事だったが、其れは逆に強制的にアークエンジェルのクルーとされた者達に対して、『俺も一緒に戦うから心配するな』とのメッセージでもあったのだ。
どの道、上層部からの命令となれば無視する事は出来ないので、此処でキラ達は正式にアークエンジェルのクルーとなり、イチカも出向期間が延長されたのだった。


「それよりもハルバートン准将、一つ聞きたい事があるんですが……」

「ふむ、私に答えられる事であれば構わないが何かねオリムラ君?」

「第八艦隊先遣隊が全滅した事は既にご存じとは思いますが、ドレイク級の二隻はイージスの攻撃によって撃沈されたんですが、ネルソン級は戦闘中に突如自爆したんです……勝てずともアークエンジェルと共に逃げる事が出来たにも拘らず。
 自分の私見としては、あの自爆はネルソン級に時限式または遠隔操作式の自爆装置が搭載されていたのではないかと、そう考えています――『アークエンジェルの救援に向かった味方艦隊の先遣隊がザフトとの戦闘中に全滅した』と言う事実を作り上げて、プラントへのアンチ・ヘイトの感情を高めるために……准将は、如何考えますか?」

「……非常に悲しく腹立たしい事ではあるが、その可能性はゼロではないだろう。
 正直なところ、今の連合の上層部は腐敗し切っている。アラスカの上層部は自分の利権を優先してザフトを倒すための対策、新兵器開発に真面目に取り組まない『馬鹿な連中』ばかりであるだけでなく、上層部はそもそもが現場の人間の犠牲を数字でしか知らないと来ている……数の上ではザフトに勝る連合だが、上層部が此のような無能ばかりでは連合に未来は無いだろう。
 そしてそんな連中であれば君が考えた位の事は平気でやってのける……連中にとって現場の犠牲は、所詮はチェスなんかにおける『捨て駒』に過ぎないのだ。」

「つまり、そんな下らない理由で私のパパは殺されたって訳?
 フフ……ウフフ……上等じゃない……だったら折角連合の軍人になったんだから出世して連合での発言権を増やしてそんな腐敗した連中は纏めて強制除隊させてやろうじゃないの!!」

「……フレイも、僕と同じ力に目覚めた?」

「いや、此れは殺意の波動だろ。」


此処でイチカがハルバートンに先の第八艦隊先遣隊の壊滅――もっと言えばモンドゴメリィの自爆について自分の意見を述べたところ、ハルバートンはイチカの言った事を否定はしなかった。
『数の有利』に胡坐を掻いて連合の主力であるモビルアーマーを圧倒する性能を持ったモビルスーツをプラントが開発してもモビルスーツの開発に舵を取ろうとせず、己の利権を守る事だけに腐心している連合の上層部の事を知っているハルバートンだけに、イチカが示唆した可能性を否定出来なかったのだ。
そして其れは同時にイチカの予想が正しかったと肯定する事にもなり、只それだけの為に父を殺されたフレイは怒り爆発状態となって顔の鼻から上が影で覆われて右目だけが白く光り、口から連合への呪詛と共に煙が吐き出されていた……流石に其のままだと色々とヤバいので、キラが『フレイ、少し落ち着いて』と後ろから抱きしめた事で何とか元に戻ったが。


「ハルバートン准将、貴方のような人が連合のトップだったら、此の戦争は起きなかったかも知れないな。」

「ナチュラルとコーディネーターは決して相容れない存在ではないと思っている――事実、オーブを始めとして少数ながらナチュラルとコーディネーターが共存している国は存在している訳だからね。
 争うよりも共存の道を探る、其方の方が引いては未来の為には有益だと思うのだが……『馬鹿な連中』には其れが分からんらしい。」


此処で会議はお開きとなったのだが、ハルバートンが間接的にではあるがイチカが示唆した可能性を肯定した事で、アークエンジェルのクルーの間には自身が所属している大西洋連邦、及び地球連合其の物に対しての不信感が更に増したのだった。
其れでも、連合の一員である以上は今は上からの命令に従うしかないのが軍人の辛いとこなのだが。








――――――








会議が終わった後、イチカとヘリオポリス組はラウンジにて暫しゲームに興じていた。
いつまた戦闘になるか分からないからこそ、平和な時間に娯楽を楽しむと言うのは間違いではないだろう――現在行われているババ抜きでは、イチカとキラが驚異的な勘を発動して一度もジョーカーを手札に呼び込む事がなく見事なワンツーフィニッシュを決め、イチカの前の番になったサイは最後の最後までジョーカーをイチカに引かせる事が出来ずに完全敗北を喰らっていた。


「クッソー、何でジョーカーを引かないんだよイチカは!」

「何で言われたら、其れは徹底的に危機回避能力を鍛えられたからとしか言いようがねぇな……トダカ三佐とハルフォーフ一尉から割とシャレにならねぇ訓練させられたからな?
 無人島でナイフ一本だけでのサバイバル訓練なんてのは序の口で、目隠しをした状態でペイント弾を避けるとか、腕を斬った状態で海に入って血の匂いに寄って来たサメからの攻撃を回避するとか滅茶苦茶な事やって来たからなぁ……今更ながら、良く生きてたよな俺。
 だが、厳しいながらもトダカ三佐とハルフォーフ一尉の愛を感じる事が出来たから俺はこのトンデモねぇ訓練を熟せたんじゃないかと思ってんだわ?愛のある扱きってのは間違いなく成長に繋がると俺は思ってる!」

「……ヤバ過ぎる経験を積み重ねた結果、ある種の悟りを開いてる気がするなイチカは。」


其処から今度はジョーカー入りのポーカーとなったのだが、此処でもイチカがジョーカー入りの『エースのファイブカード(クラブ、ダイヤ、ハートのエース+ジョーカー二枚)』を完成させ、キラがスペードの『ロイヤルストレートフラッシュ』を揃えていた。
序にフレイは『スペードのストレートフラッシュ』、ミリアリアは『クラブのストレートフラッシュ』を、ミリアリアの恋人であるトールは『ダイヤのストレートフラッシュ』を揃え、サイとカズイは『ハートのワンペア』で終わっていた。
イチカは兎も角としてキラとフレイ、ミリアリアとトールが強い役を揃えたのを見るに、『恋人がいると運が強くなる』と言う事が言えるのかもしれない。

暫しの平和な時間……だが、戦時中ではその平和な時間は長く続かないのもまた事実だ。



――ビー!ビー!!!



突如アークエンジェル内に鳴り響く警報――其れは言わずともザフトの襲撃を知らせるモノだった。
クルーゼ隊はデュエルの改修を終え、更に艦隊も追加してアークエンジェルが地球に降下する前に最後の攻撃を仕掛けて来たのだ――ヴェサリウスだけでなく、ローラシア級であるガモフも出て来たので、正に総力戦を仕掛けて来たと言ったところだろう。

警報が鳴り響き、艦内にコンディションレッドが発令されると同時にイチカとキラはモビルスーツのハンガーに向かい、フレイ達はブリッジに向かった――その際に、キラとフレイは互いの無事を祈って軽く唇を重ねていた……此の程度は恋人同士ならばある意味では当然の事なのかも知れない。


「キラ、俺達の仕事はアークエンジェルが地球に降下するまでの時間を稼ぐ事だ……アークエンジェルが降下し始めたら俺達も其れに続くから大気圏突入の準備はしとけよ?」

「うん、分かってるよイチカ。」


そしてモビルスーツのハンガーにやって来たイチカはビャクシキに、キラはストライクに乗ってカタパルトへと移動する。


『ストライク発進スタンバイ。ストライカーパックはエールを装備します。進路クリア、ストライク発進どうぞ。』

「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

『ビャクシキ発進スタンバイ。バックパックはランチャーストライカーを装備します。進路クリア、ビャクシキ発進どうぞ。』

「イチカ・オリムラ。ビャクシキ、行くぜ!!」


発進前にストライクはエールストライカーを、ビャクシキはランチャーストライカーを装備してからアークエンジェルから出撃し、総力戦を仕掛けて来たクルーゼ隊と地球降下前の最後の戦いに望むのだった。











 To Be Continued