キラからの通信を受け、そしてキラの要求に従った事でラクスを連合から奪還したアスランだったがその表情は優れなかった――自身の婚約者であり、『平和の歌姫』としてプラントでも高い支持を受けているラクスを連合から取り戻す事が出来たのは喜ぶべき事なのだが、ラクスの奪還は果たしたモノの、其の場では幼馴染で親友であったキラと決定的な決別が成されてしまったのだから表情が優れないのも致し方ないと言えるだろう。
「お姉ちゃん、生ラクス様だよ!」
「まさかの生ラクス様……大ファンですサイン下さい!!」
そんなアスランとは異なり、サラシキ姉妹はラクスがヴェサリウスに来た事に大興奮してファン魂を爆発させてサインを求め、ラクスも笑顔で其れに応えていた。『カタナちゃんへ』とちゃっかり入れて貰う辺りがカタナらしいと言えるだろう。
ラクスはラクスでキラとアスランの関係を知る事になったのでアスランの心中は察しているが、今は自分が何かを言うべきではないと考え、敢えてアスランに何も言わないで居るのだ。
「さてと……こうしてクライン嬢が此方に戻って来た以上、あの新造艦――形状から便宜上『足付き』と呼ぶ事にするが、アレに攻撃しない理由は無くなった訳だ。
軍人として判断するならば、此処で攻撃を再開するのが最適解であると考えるのだが……」
「クルーゼ隊長、それはなりませんわ。
私の存在は彼等にとってはザフト、引いてはプラントに対しての交渉材料となり得るでしょう――であれば、私の身柄を此方に返すメリットはマッタク無い筈ですわ。
にも拘らず彼等は私が連合の手に渡るのは良くないと考えて私がプラントに帰れるようにして下さいました……プラントにとっても、今回の連合、と言うよりもあの船の判断には感謝すべき事の筈。
ならば、此処で攻撃を再開すると言うのは恩を仇で返す事になりますわ……戦時下に於いても礼を失してはなりません。
そして戦争故にあの船への攻撃を止める事が出来ないと言うのも理解出来ますが、攻撃を再開するのであれば、私をプラントに戻してからにしなさい。」
「ククク、君ならばそう言うと思っていたよクライン嬢……では、一度彼女を降ろすためにプラントに帰還するとしよう――大人しそうに見えてその意思は強く堅いか、マッタク困ったお姫様だ。」
ラクスを取り戻した事でアークエンジェルに対しての攻撃しない理由が無くなったので、ラウは攻撃を再開しようと考えていたのだが、其れはラクスによって却下され、ヴェサリウスはラクスをプラントに戻す為に一時宙域を離脱する事になった。
其れはアークエンジェルに第八艦隊本隊と合流する時間を与えてしまう事になるが、先遣隊の存在を考えると本隊との合流にはまだ少し時間が掛かると考えられるので、最速で往復すれば第八艦隊本隊と合流前にアークエンジェルにアタックを仕掛ける事も難しくはない――何より、現最高評議会議長の一人娘であるラクスを戦場に置いておく事は出来ないので、一時帰還以外の選択肢はそもそも残っていないのだが。
「(キラ……何でお前は連合に……俺は、討たなければならないのか、幼馴染を、親友を……何故あの日お前はあそこに居た、何故ストライクを動かした……!)」
プラントに戻るヴェサリウスの中で、アスランは答えの出ない自問自答を続けていた――尤も其れも、『ラクス様がいらっしゃるのにな~にを暗い顔してるのよ婚約者?笑いなしゃれ』と言って頬を引っ張って来たカタナによって強制的に終了させられる事になったのだが。
「カンザシちゃん、今のアスランの顔撮った?」
「バッチリだよお姉ちゃん。」
「お前等……!今すぐそのデータを削除しろ!!」
其れにより、アスランvsサラシキ姉妹の追いかけっこが始まってしまったが、其れが終わる頃にはヴェサリウスはプラントに到着し、アスランの表情も元に戻っていたので此れはサラシキ姉妹のファインプレイと言えるだろう。
そしてラクスをプラントに降ろしたヴェサリウスは再度出撃し、アークエンジェルへと向かって行くのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE12
『目覚める力~SEEDの覚醒~』
アークエンジェルへと帰還したイチカとキラは艦内で軍法裁判に掛けられたのだが、其れは全会一致で『無罪』となった――如何にイチカとキラが独立機動権を有してるとは言っても、連合にとってプラントに対しての切り札となり得るラクスの身柄を引き渡したと言う行為は無罪放免とは行かない……アークエンジェルのクルー的には無罪上等なのだが、連合の上層部は其れでは納得しないだろうと考え、形だけの軍法裁判を行い、『イチカはオーブの軍人』、『キラは民間人』である事を理由に『連合の正規兵士ではないので処罰対象にはならない』との『裁判結果』を作ったのだった。
形だけの軍法裁判を終えたイチカ達は食堂にて暫し雑談に興じていた。
テーブルにはイチカお手製の色とりどりのクッキーが入ったバスケットが置かれ、ストロベリーアイスクリームと牛乳と砂糖をミキサーに掛けて作った特製のストロベリーシェイクが全員の手に渡っていた。
「先遣隊は全滅しちゃったけど、第八艦隊本隊は無事なんだよな?……やっと、戦争から解放されるのか。」
トール達は第八艦隊先遣隊が全滅した事――特にモンドゴメリィの自爆には大きなショックを受けていたが、其れ以上に第八艦隊本隊と合流する事が出来れば、此の戦争から解放されると言う安堵の方が大きかった。
「だけど、果たしてそう巧く行くかねぇ?」
「イチカ、其れって如何いう事?」
「フレイ達はアークエンジェルから降りる事が出来るかも知れないけど、俺とお前は如何だろうなキラ?
連合からしたら俺とお前は現状ではザフトのモビルスーツに対抗出来る存在だけに簡単に手放すとは思えねぇ……其れこそ、其れらしい理由をくっ付けて俺とお前をアークエンジェルの一員として留める位の事はして来るかもだぜ。
特にストライクは、お前が自分用にOSを書き換えちまった事で、お前以外には起動出来なくなっちまった訳だからな。」
「若しかしなくても、僕は自分で自分の首を絞めてた……?」
だがしかし、イチカとキラに関してはその対象外となる可能性の方が大きかった。
連合が開発したモビルスーツはビーム兵器やPS装甲など、プラントが開発したモビルスーツよりも高性能であったのだが、オーブ軍配備予定のビャクシキ以外の六機の内五機がザフトに強奪されてしまった事でビーム兵器やPS装甲の技術がプラントに流出してしまった――其れだけならば取り返しのつかない大問題なのだが、連合にとって嬉しい誤算だったのは強奪を免れた二機のモビルスーツに其々パイロットが存在していたと言う事だろう。
そして、其のパイロット達はザフトの精鋭である『赤服』を相手にして互角以上の戦いが出来るのだから、連合としては是非とも手元に置いておきたい戦力なのだ。
「ま、今言った事は最悪の可能性に過ぎないから、実際にそうなるかどうかは分からないけどな……っと、そろそろ晩飯の仕込みをしないとだが、今夜の晩飯は何にしようか……」
『トリィ!』
「……今日の晩飯は鶏の唐揚げにするか。」
「ちょっと待ってイチカ、そのメニューは何を見て決めたのか教えて欲しいんだけど?」
「何も。決してお前の肩の鳥形ロボットを見たからじゃあないぜ。」
「うん、説得力がマッタク無いよ!」
イチカ達がアークエンジェルを降りる事が出来るのかはなんとも不透明な状況なのだが、食堂での雑談は続き、キラとフレイが付き合う事になった事にサイが血涙流して羨ましがり、暴走しかけたところをイチカに卍固めを極められてKOされ、夕食の時間までは其々フリータイムとなり……
「キラ……貴方の証を私に刻んで……」
「フレイ……」
キラとフレイは愛を深め……
「如何したエンディミオンの鷹!それじゃあ俺は落とせないぜ!」
「クッソ、もう一回だオーブの坊主!」
訓練室のエミュレーターではイチカがムウを圧倒していた。
イチカはモビルアーマーに対して絶対的な有利が付くとされているモビルルーツを使い、ムウはモビルスーツに対しては不利になると言われているモビルアーマーを使っていたので此の結果は当然と言えば当然だろう――絶対的不利を覆して、ザフトのモビルスーツ五機を単騎で撃破したムウが相手でなければ。
絶対的不利を覆したムウ以上の力を有している事になるのだイチカは。
「また負けちまった……クッソ、なんで勝てねぇんだ!」
「まぁ、単純に性能差じゃないのか?
つかさ、モビルアーマーでモビルスーツ五機を撃破したアンタがモビルスーツに乗れば其れってもう最強なんじゃないのか?アンタ用のモビルスーツがないのが残念だけどなエンディミオンの鷹。」
「坊主、エンディミオンの鷹ってのはあんまり好きじゃないんだ。どうせなら『不可能を可能にする男』って呼べ!」
「エンディミオンの鷹にしろ不可能を可能にする男にしろ、どっちにしても香しい異名である事は間違いねぇと思うんだけど、その辺は如何よ?」
「男ってのはなぁ、カッコいい異名や二つ名に憧れるモンなんだよ!寧ろそれに憧れを抱かなくなっちまったら男として枯れ始めた証拠だぞ!野郎ってのは生涯中二病位の方が良いんだよ!」
「其れに関しては賛成しかねるぜ俺は……」
取り敢えず艦内は暫し平和な状態となり、あと数時間もすれば第八艦隊本隊と合流する事が出来る所までアークエンジェルも進んで来ていた。
キラとフレイも行為後の休息を取るだけの時間は充分にあり、いよいよ合流の時が近付いて来たのだが……
「ラミアス艦長、後方よりモビルスーツ反応!デュエル、バスター、ブリッツ、グラディエーターの四機です!」
「艦内にコンディションレッドを発令!
イチカ君とキラ君、そしてフラガ少佐に出撃準備をするように伝えて!」
此の土壇場でザフトが仕掛けて来た。
イージスが出撃していないのは、ラウがラクスの引き渡しに向かったアスランに、『君は少し休んでいたまえ』と言って休暇を取らせたからだ――キラと戦う事に未だ迷いがあるアスランにとっても、この休暇はキラとの事を考える時間が出来たので有り難いモノだった。
一方でコンディションレッドが発令されたアークエンジェル内では、イチカとキラ、そしてムウがパイロットスーツに着替えて夫々の機体に乗り込んでいた。
『ストライク発進スタンバイ。ストライカーパックはエールを装備します。進路クリア。ストライク、発進どうぞ。』
「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」
『続いてビャクシキ発進スタンバイ。バックパックにはソードストライカーを装備します。進路クリア。ビャクシキ、発進どうぞ。』
「イチカ・オリムラ。ビャクシキ、行くぜ!」
『続いてメビウス・ゼロ。進路クリア、発進どうぞ。』
「ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!」
そして夫々の機体で出撃したのだが、今回ビャクシキは専用バックパックの『オオタカ』ではなく、ストライク用のストライカーパックの一つである『ソードストライカー』を装備しての出撃となった。
肩部アーマーの形状は異なるが、ビャクシキはストライクと同様の『100系フレーム』を使っているので、多少無理矢理ではあるモノのソードストライカーの左肩部の追加装甲も装備する事が出来たのだ。
「今日は近接戦闘特化型?大型ブレードを装備した姿も素敵よビャクシキ!」
「ちぃ、如何あっても俺と戦うかグラディエーター!」
出撃直後、ビャクシキはグラディエーターと、ストライクはデュエルと交戦状態となり、メビウス・ゼロはバスターとブリッツに対処する事になったのだが、ビャクシキとグラディエーターは互角の戦いを行い、ストライクとデュエルもややストライクが押され気味ではあるモノの略互角と言って戦いを行っていた。
メビウス・ゼロもまた有線式のガンバレルを駆使した多角的攻撃でブリッツとバスターを牽制してたのだが、数の差と言うのは矢張り大きく、更にこれまでの戦闘でザフト側はアークエンジェルの戦闘パターンを読み切っており、其の攻撃は熾烈を極めていた。
「ヴァリアント照準!撃てぇぇ!」
「ゴッドフリート、一番二番開け!撃てぇぇぇ!!」
アークエンジェル艦内では艦長のマリューと副館長のナタルが指示を飛ばして出撃して来た四機のモビルスーツを落とそうとするが、巨大な戦艦とモビルスーツでは機動力に差があるので其の攻撃は避けられてしまう。
其れでもグラディエーターはビャクシキが、デュエルはストライクが抑えていたのだが、バスターとブリッツは遂にメビウス・ゼロを振り切ってアークエンジェルのブリッジをロックオンした。
正に絶体絶命の危機にアークエンジェルは陥ったのだ。
「アークエンジェル、フレイ!!」
「アークエンジェルはやらせねぇ!!」
――パリィィィィィン!!
だが、その瞬間にイチカとキラの中で何かが弾ける感覚が起きたと同時に思考がクリアになり、ストライクはビームサーベルでデュエルのコックピット付近を切り裂き、ビャクシキはグラディエーターを蹴り飛ばすとバスターに向かってシュベルトゲーベルを投擲して大型の火器二門を直列連結させた『超高インパルス長射程狙撃ライフル』を破壊し、更にビームブーメラン『マイダスメッサー』を投擲してブリッツの攻撃も中断させたのだ。
此れだけでも十分な成果なのだが、コックピット付近を切り裂かれたデュエルはコックピット内でパイロットのイザークがヘルメットを破損し、そして顔を切り裂かれる大怪我を負っており、コックピット付近を切り裂かれた事を案じた他の三機がデュエルを回収して後退し、アークエンジェルは何とかこの局面を乗り切ったのだった。
「はぁ、はぁ……何なんだ、今のは一体?」
「火事場の馬鹿力……ってのとも違うよな?何だったんだ、今のは?」
其の一方でイチカとキラは、今まで感じた事の無かった未知の感覚に、戸惑いを覚えていたのだった……
To Be Continued 
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