大晦日の翌日、世間一般では元旦と言わている日であっても一夏は変わらずに早朝のトレーニングを行っていた。10kmのマラソンを終えた後は、シャドーを行いながらも、筋肉の柔軟性を失わないトレーニングを行い、一夏は究極の細マッチョとも言うべき肉体美に更に磨きをかけて行く。今の一夏ならば、細マッチョでありながらゴリマッチョを瞬殺する事も簡単であろう。
「ふぅ、はぁ、はぁ……やっぱりトレーニングってのは、此れ位ハードじゃないとやった気がしないぜ。」
トレーニングを終えた一夏は冷蔵庫から、『モンスターエナジー』を取り出し、其れを一気に飲み干してからシャワーで汗を流してターンエンド……モンエナ一気飲みとか普通に有り得ないのだが、逆に言うならアレを一気飲みする位に消耗するトレーニングをしたと言う事だろう。
今のままでも充分過ぎる位に強いと言うのに、日々のトレーニングを欠かさないとは、果たして一夏はどの高みを目指しているのか少々謎である。最終目的が『千冬と稼津斗を完全に超える事』であるのかも知れないが……一夏が『世界最強』の称号を手にする日は、きっとそう遠くないだろう。
「おはよう一夏、今日も朝から精が出るわね?お正月くらい休んでも罰は当たらないんじゃない?」
「刀奈、起きてたのか。おはようさん。
まぁ、確かにそうなのかもしれないけどさ、何て言うかやらないと落ち着かないって言うか、一日が始まった気がしないって言うか、最早完全に朝のルーティーンになってるんだよな此れ。或は、一種の中毒になってるのかも。」
「トレーニング中毒……中々にヤバそうね。」
シャワーを終えてリビングに来ると、刀奈が起きて来ていた。因みにまだ朝日は登っていない時間なのだが、初日の出を見る為に起きて来たのだろう――昨日は日付が変わる頃に寝たと言うのに良く起きられるものだ。尤も、一夏は其れよりも更に早く起きている訳だが。
「皆はまだ寝てるのか?」
「ううん、さっき私達の寝室を見たら全員起きてた。単純に私が皆よりも少しだけ早く目が覚めちゃっただけよ。」
程なくして、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、クラリッサもリビングにやって来て、此れにて『一夏ハーレム』全員集合!睡眠時間は五時間程度なのだが、寝不足と言う感じではなく、全員バッチリと目が覚めているのは、一夏と一緒のベッドだったと言う事で、睡眠の質が良かったからだろう。
「「「「「「明けまして、おめでとうございます!!!」」」」」」
そして全員揃ったところで、新年の御挨拶。
一夏と刀奈は勿論だが、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、クラリッサも実に見事な挨拶のお辞儀をしているが、彼女達は将来は一夏と結婚する訳で、一夏と結婚したら日本で暮らす事になるので、だったら日本の作法とか礼儀とかはちゃんと覚えていた方が良いと考えて勉強しているのだ。最近では、日本の作法も礼儀をきちんと身に付けていない日本人も多いと言うのに、其れをキチンと身に付けようとしているとは素晴らしいと言えるだろう。
「そんじゃ、初日の出を見に行くか!」
新年の挨拶を終えた後は、初日の出を見る為に外出だ。昨日寝る前に、全員で初日の出を見に行こうと約束していたようだ。
刀奈達は既に夫々コートやらダウンジャケットを着ていて準備は万端であり、一夏もトレーニングを行う前にリビングに持って来ていたダウンジャケットを着て、嫁ズと共に初日の出を拝みに行った。
尚、休日で寝起きの悪い円夏と、昨日酔い潰れて眠ってしまった千冬は、『此の時間に無理矢理起こしたら絶対に不機嫌になる』と言う理由で、其のまま寝かせとく事にしたようだ……其れでも千冬は朝食前には自分で起きるだろうが、円夏は絶対に起きないので、例の方法で起こされる事になる訳だが。
其れは其れとして、一夏達は家から一番近い海岸線までやってくると、其処で初日の出を拝み、新しい年の始まりを愛する人と一緒に迎えたのであった。
夏と刀と無限の空 Episode74
『A Happy New Year!新年炸裂!!』
初日の出を拝んで家に帰ると、千冬は既に起きていたのだが、昨日は酔い潰れるまで飲んだせいか、まだ少しばかり酒が残っている様だった。
普段はその場で酔い潰れる事のない千冬が酔い潰れたと言うは、つまりそれだけの量の酒を飲んだと言う事でもあるので、翌日に残ってしまうと言うのもある意味で当然と言えるだろう。久しぶりに一夏と円夏と過ごす事が出来たので、少しばかり羽目を外してしまったのかも知れない。
「あけましておめでとう千冬姉。……二日酔いか?」
「あけましておめでとう一夏、そしてお前達も。
いや、二日酔いほど酷くはないが、流石に昨日は少しばかり飲み過ぎた……まぁ、あと一時間もすれば完全にアルコールも抜けると思うから大丈夫だ。
お前達は初日の出を拝みに行っていたのか?」
「ふ、その通りだよ義姉さん。あまりに美しかったので、義姉さんにも見せようと思って写真を撮って来た……この情熱的な日の出を、愛する一夏と、そして共に一夏を愛する者達と共に拝む事が出来たと言うのはとても素晴らしい事だと思わずにはいられないね。」
「正月早々、お前はブレんなロラン。」
そんな千冬にロランはスマホで撮った初日の出の画像を見せており、其れを皮切りに刀奈達も千冬との雑談を始める中、一夏はキッチンに向かうとグラスにオレンジジュースとレモン果汁とハチミツを入れ、其処に強炭酸水を注いで良く混ぜてドリンクを作っていく。
「はい千冬姉。俺特製の酔い醒ましドリンク。其れを飲めば一発で酔いが醒めるぜ。」
「おぉ、すまんな一夏。
そう言えば、お前達が出掛けている間に束から荷物が届いていたみたいだぞ?新聞を取りに行ったら玄関先に大きな段ボール箱が置いてあって、『いっ君と嫁ちゃん達とまーちゃんへ』と書いてあったからな。」
「プロフェッサーからですか。中身は?」
「知らん。お前達充てのモノを私が勝手に開ける訳には行かん。と言うか、そもそもにして家族であっても自分以外の誰かに来たモノを無断で開封すると言うのは犯罪行為だからな。」
「束さんからの荷物か、何だろうな?」
一夏が千冬に特製ドリンクを渡すと、『一夏達が初日の出を拝みに行ってる間に束からの荷物が届いていたらしい』と言う事を聞いて、一夏達は早速段ボールの蓋を開けて中身を確認する事に。……元旦は宅急便もお休みなので、此れを届けたのは束――ではなく、T-はっぴゃっ君であろう。全身黒尽くめでグラサン掛けた大男が巨大な段ボール担いで民家の前に居るとか、日中だったら普通に通報案件である。
段ボールを開けると、中からは『いっ君へ』、『かたちゃんへ』、『ロラちゃんへ』、『ヴィーちゃんへ』、『グリちゃんへ』、『クラちゃんへ』、『マドちゃんへ』と書かれた包みが出て来た。
円夏宛のモノは、円夏を起こしてから渡すとして、一夏達は自分宛ての包みを開けてみると、一夏の包みからは羽織袴と足袋と歯のないサンダルタイプの下駄のセットが出て来て、嫁ズの包みからは振袖と足袋と歯のないサンダルタイプの下駄のセットが出て来たのだ。
一夏の羽織袴はオーソドックスなデザインだが、嫁ズの振袖は、刀奈が蒼、ロランが白、ヴィシュヌが赤、グリフィンがオレンジ、クラリッサが黒と、夫々のイメージカラーとなっているだけでなく、刀奈には真珠の耳飾り、ロランにはアンモライト製のブローチ、ヴィシュヌにはプラチナ製の髪留め、グリフィンにはワニ革製のチョーカー、クラリッサには純銀製のチェーンネックレスのおまけ付き。
何れも普段のお洒落に使えるモノであるのだが……アンモライトなんてモノを一体何処から見つけ出して来たのやらだ。
アンモライトは、アンモナイトの化石が地中で化学反応を越して宝石化したモノなのだが、その数は極めて少なく、価値はダイヤモンドよりも上とすら言われているのだが、束ならばそんな希少なモノを簡単に見付けてしまっても、『束だから』で済んでしまうのが色々とアレである。此の世界の大概の事は『束だから』で済んでしまうと言うのが束のぶっ飛び具合を如実に表現していると言えるだろう。
だがしかし、この束からの贈り物は実に粋な計らいであったと言えるだろう。
一夏は兎も角、刀奈は勿論、ロランとヴィシュヌとグリフィンとクラリッサも刀奈から日本の正月の事は聞いていたので、『振袖を着たい』と言う思いを持っていたのだが、振袖は普通に買えばトンデモナイ値段がする上に、レンタルであっても諭吉さんか渋沢さんが二~三人墓地送りになるので諦めていたのだからね。
そんでもって段ボール箱の中には手紙も入っており、その手紙には、
《あけましておめでとういっ君、いっ君の嫁ちゃん達!そしてちーちゃんとマドちゃん!
新年のお祝いとして、束さんからささやかなプレゼントを贈らせて貰うから、是非とも其れを有効活用してくれたまえよワッハッハ!カンちゃんにもマドちゃんと同じモノを送っておいたから!
ちーちゃんは大人だから、自分で買ってね♪》
と書かれていた。
如何やら簪の方にもプレゼントが行っているみたいだが、千冬には『大人なんだから自分で買え』と大分手厳しい……其れを言ったら、クラリッサも二十歳なので大人だと思うのだが、束の中では別であるらしい。その線引きが如何なってるのか些か謎だが、世紀の大天才の思考形態なんぞ凡人には理解出来るモノではないので考えるだけ徒労だろう。
「束……貴様は教師と言う職業は費用対効果が見合ってない、意外とブラックな職業だと言う事を知らんのか!IS学園は、他の高校と比べたら可成り良心的ではあると思うが、水道光熱費、食費は学園持ちとは言っても、手取り十万は意外とキツイのだぞ!」
「水道光熱費、食費なしで手取り十万とか普通に高給取りだぜ千冬姉。千冬姉の場合、酒に使う金を減らせばもっと余裕が出来るんじゃないかって思うんだけど、其れに関しては如何よ?」
「酒は、私の唯一の一日の楽しみだ。せめて其れに金を掛ける事の何が悪い!」
「悪くはないけど少しは自重しろよ!何だよ一カ月間に一升瓶五本って!しかも、鬼殺しみたいなリーズナブルな酒じゃなくて、茜霧島とか北播磨とか高級な酒オンリーじゃねぇか!そんなん、貯金出来る額が少なくなって当然だろ!」
「ぐはぁ!!」
自分宛ての振袖がなかった事に不満そうな千冬だったが、其処は一夏に見事に論破されてKOされていた……大好きな酒に注ぎ込んだ事で晴着を買う事が出来ないとは、何とも憐れであると言わざるを得まい。
IS学園では、その凛とした姿から生徒からのファンも多い千冬だが、プライベートでは一夏に完全にやられている、ちょとばかしダメ姉だったりする。尤も、プライベートでの姿が流出したらしたで、そのギャップからファンが増える気がしなくもないが……ファンの心理と言うモノは時々理解出来ないモノがあるな。
「そんじゃ、円夏を起こして来る。」
「はいはーい、頑張ってね一夏。」
大ダメージを受けた千冬は取り敢えず放置して、一夏は円夏を起こす為に円夏の寝室に向かったのだが、其の手に装備されているのはフライパンとお玉……じゃなくて中華鍋だ。
両手に中華鍋、中華鍋の二刀流!間違いなくフライパンとお玉以上の破壊力のあるこの装備を、一夏は円夏の部屋に入るや否や思い切りぶつけ合わせて凄まじい轟音を発生させる!此の家が、束の魔改造で完全防音だったので問題ないが、此れが普通の家だったらクレーム不可避の騒音公害だったと言えるだろう。一夏自身は耳栓をしていたのでノーダメージであるが。
が、その効果は抜群で、円夏は弾かれたように目を覚まし、一夏の指示で顔を洗って目を覚まし、その後束からの贈り物の中身を確認していた。
円夏へのプレゼントはイメージカラーのダークグレーの振袖と足袋と歯のないサンダルタイプの下駄のセットと、オプションのウール製の襟巻だった。
円夏も起きたので、朝食タイムとなったのだが、本日の朝食はトーストとオムレツと言う実にシンプルなモノだった。『お節は?』と言う意見もあるだろうが、お節は初詣後に簪も加えた新年会でお披露目となるので、其れまでお預けと言う訳だ。
「グリフィン、其れ旨いの?」
「私は好きかな。」
「さいですか。」
トーストとオムレツでは到底足りなったグリフィンが、追加のトーストを焼き上げたってのは良いとしても、ピーナッツバターとジャムの組み合わせと言うのは果たして美味しいのか些か疑問が残るが、グリフィンは其れを美味しそうに食べているので突っ込みを入れると言うのは野暮であると言えるだろう。
少しばかり特殊な趣向であっても、本人が其れを是としていると言うのであれば、其れ以上には追及する事は出来ない訳だから、此のピーナッツバターとジャムのトーストは普通にありなのである。
簡単な朝食を済ませた後は初詣な訳だが、千冬以外の七人は、当然束からプレゼントされた着物に衣装チェンジだ。
海外組は『着付けとか大丈夫か?』と思うかもしれないが、重ねて言うが彼女達は日本の作法や礼儀を勉強しており、その中には着物の着付けも含まれているから問題無く出来るのである。
刀奈、というか更識姉妹も、『社長令嬢』と言う立場から、作法や礼儀は一通り身に付けており、着物の着付け位は余裕で出来るのだ。中学の頃は、文化祭の度に茶道部から着付けのヘルプを頼まれていた位なのだから。
一夏と円夏も、一夏がISを起動してから共に過ごしていた三年の間にバッチリと着付けを教え込まれているので大丈夫だ……円夏は、久しぶりと言う事で少しばかり手間取ってはいたが。
「そう言えば刀奈、着物を着る時は下着を付けないのが正式だと聞いた事があるのだが、矢張り下着は脱いだ方が良いのかい?」
「いやいやいや、普通に下着は着けて良いからねロラン!?って言うか其れは一体何時の話よ!?現代に『着物を着るから下着は着ない』なんて人は先ず居ないと思うわよ!」
「成程。やはり確認すると言うのは大事な事だね。」
着物を着る時でも下着はちゃんと着けましょう。と、ちょっとした勘違い?も発生したモノの、特に大きな問題はなく、十分弱で全員が振袖に衣装チェンジ!
タイプの違う六人の美少女の晴れ着姿と言うのは実に絵になるモノがある。此処に簪も加えたら、着物雑誌の表紙を飾る事が出来るのではないかと言うレベルである……日本人が二人居るのに、日本人らしい容姿をしているのが円夏だけだと言うのは若干突っ込むべき所かも知れないが。と言うか、刀奈も簪も日本人でありながら天然の蒼髪と言うのは一体如何なっているのやらである。
着替え終わったので、初詣に出発なのだが、嫁ズの晴れ着姿を見た一夏は『実に見事なお手前で。』の一言で感想を済ませたのだが、此れは本当ならば言葉では言い表せない位の数の賞賛の言葉を凝縮した感想なのだ!個別に感想を述べて行ったら、余裕で五万文字を超えるであろうモノを、九文字にまで圧縮したその感想は、嫁ズにはバッチリと伝わっているので問題ない!正に以心伝心と言う奴だと言えるだろう。
嫁ズの晴れ着姿を更に華やかにしているのが、振袖と一緒にプレゼントされた『おまけ』であり、夫々の魅力を引き出しているのも一夏的にはポイントが高かったりするのである。
当然円夏も『兄さん、私は如何だ?』と聞いて来たので、『勿論円夏も良く似合ってるぞ』と言ってやると、其れだけで円夏は大満足だったようだ……ブラコンは、大好きなお兄ちゃんに褒めて貰えただけで大満足であるらしい。
尚、千冬は振袖を持っていなかったのだが、海外に居る母親に電話を掛け、『母さんが昔使った振袖は残っていないか?』と聞いて、其れを貸して欲しいと頼み込んだ事で振袖を着る事が出来て、一人だけ仲間外れにならずに済んだのだった……但し、履物だけは無かったので、振袖に革靴と言う若干アンバランスな仕上がりとなってしまったのだが、此れはまぁ仕方あるまいね。
――――――
一行が初詣にやって来たのは、夏祭りでもやって来た篠ノ之神社だ。
『明治神宮に行こうか。』と言う案も実はあったのだが、元旦の明治神宮なんぞ人でごった返して本殿の前に到着するのに何時間掛かるか分からないので、近所の篠ノ之神社にしたのだ。此処ならば混んだとしても、時間単位で待つと言う事は無いレベルだからね。
その篠ノ之神社には、商魂逞しい商店街の方々が屋台を出店して居たりする。定番の屋台の他に、正月らしく『餅』なんて屋台があるのも中々に面白いモノがあると言えるだろう。
「刀奈、こっち。」
「もう来てたのね、簪。」
篠ノ之神社には既に簪と布仏姉妹が到着しており、簪が手を振ってくれたので直ぐに分かった。
簪は、束からプレゼントされたのであろう振袖を着ていて、耳には黒真珠のイヤリングが――簪の振袖も蒼で、刀奈と同じなのだが、おまけの方も色違いで揃えて来るとは束は中々にセンスがあると言えるだろう。
簪だけでなく、布仏姉妹も振袖だったのだが、矢張りと言うか何と言うか、本音の振袖は明らかにサイズの合ってないダボダボなモノだった……普通ならば、サイズが合ってないと指摘する所だが、本音に限っては此れが似合ってしまうのだから不思議である。本音自身が若干不思議ちゃんなところが、此のアンバランスさを周囲に許容させてしまっているのかも知れん。真相のほどは不明だが。
「「「「「「「「「「「明けましておめでとうございます。」」」」」」」」」」」
合流後に新年の挨拶を済ませた後は、お参りの列に並んで順番を待つ……待っている最中、本音は屋台の方が気になって仕方なかったみたいだが、虚に『お参りが先ですよ本音。』と言われて渋々我慢する事になった。基本食いしん坊な本音からしたら、此の屋台はとても魅力的なモノに映ったのだろう。
お参りの列に並ぶ事五分程で順番が巡って来たので、先ずは一夏と嫁ズが横一列に並んで、お賽銭を賽銭箱に投入してから鐘を鳴らし、二礼二拍手した後で、『払い給え、清め給え、神ながら幸わえ給え、くしみ給え』と三回唱えてから願いを心の中で唱えて、最後に一礼してターンエンド。
続いて千冬と円夏、布仏姉妹もお参りを済ませ、続いて新年の運試しと、おみくじを引くために社務所に向かったのだが……
「っと、すいません。」
その途中で一夏が誰かと肩をぶつけてしまい、其れに対して謝罪したのだが……
「お、織斑!!」
「って、お前か正義。」
その相手は陽彩だった。
一夏からしたら、『何だか久しぶりに顔を見たな?』程度の相手なのだが、陽彩からしたらとっても会いたくない人物であったのは間違いだろう……学園祭の後で束から『次は無い』と言う、ある意味での死刑宣告をされた陽彩からしたら、一夏とこうして会ってしまったと言う事だけでも、束に消されるのではないかと言う恐怖があるのだから仕方ないだろう。
「おおお、俺はもう帰るから……アディオス!」
転生特典が無くなっただけではなく、殺されては堪らないと思ったのか、陽彩はその場から光の速さで離脱し、あっと言う間に見えなくなってしまった……チート転生特典と原作知識があると言う事でイキリまくっていた人物とは到底同じ人間とは思えない程の一夏への対応である。――否、原作知識ってモノがあるからこそ、束を完全に敵に回してしまった事に恐怖したのだろう。
だったら、最初から一夏にチョッカイ掛けんなって話になるのだが、原作知識とチート特典をフル活用して一夏ハーレムを自分のモノにする事しか頭になかった陽彩は其処まで頭が回らなかったと言う事なのだろう。そんでもって、実際に束に睨まれてからビビるとか、時既に遅しって話じゃねぇわな。詰まる所、陽彩が転生して真っ先にすべき事は束とのパイプ作りだったと言う事だろう。束との太いパイプを構築していたら、陽彩の未来は変わっていたかも知れないな。まぁ、そんな若しもの未来を論ずるのは意味のない事かも知れないが。――因みに、陽彩のおみくじは『大凶』であり、細かい運性も『金運:思わぬ出費があり良くない』、『病気:長引くでしょう』、『恋愛:縁が無いでしょう』、『無くし物:出ないでしょう。諦めなさい』、『学業:思った程の成果が得られないでしょう』と散々だった。チート転生特典を失ってしまった転生者と言うのは、かくも憐れなモノだと言わざるを得ないだろう。
其れは其れとして、一夏達もおみくじを引いたのだが、一夏と嫁ズは全員が大吉と言う幸先の良い結果だっただけでなく、一夏が引き当てたのは、金色に輝く『ゴールデン大吉』だったのだ。略間違いなく束が作ってぶち込んだモノだとは思うのだが、細かい運勢も軒並み良いモノであったので、悪い気はしないだろう。
千冬と円夏は中吉で、本音は吉、虚は末吉だった。取り敢えず、全員が吉を引いたと言う事で良しとしておこう。
おみくじを引いた後は、無料で振る舞われている甘酒を飲んで冷えた身体を温めるのも忘れない。気温が一桁の中、家から神社まで掛かった時間と、お参りで並んでいる時間の合計十分以上も外に居たら、身体も冷えてしまうってモノだからね。特に女の子は身体を冷やすのは良くないので、冷えたら温めるのは大事です。
この後は、簪は織斑家での新年会に参加するのだが、布仏姉妹は如何するのかと言えば、布仏姉妹は五反田家の新年会にお呼ばれしているとの事だった……虚と弾が中々にラブラブなのは勿論として、本音と蘭も仲が良いのできっと良い感じの新年会になるだろう。――弾は、虚の晴れ着姿を見て、その美しさに気絶してしまうかも知れないけどな。
尚、弾と蘭は『午前中は絶対に混む』と言う理由で、初詣は午後かららしい。まぁ、確かにそう言う選択肢もありだろう。
初詣を終えた一夏達は、後は家に帰るだけ――
「ちょっと待ったーーー!って言うか待ってーーー!!」
だったのだが、社務所の方から何かが、まるでアニメの如き爆煙を撒き散らしながら一夏達の方に突撃して来ており、一夏質の前で『キキーッ!』っと音を立てて急停止!オリンピックの短距離走のメダリストをも上回るスピードで走っていたと言うのに、減速する事無く停止するとか、並の人間だったら筋肉と関節がぶっ壊れてしまう事だろう。
「やぁやぁ皆、あけおめ!ことよろ~~~!!」
「「「束さん?」」」
「「「束博士?」」」
「プロフェッサー……?」
「博士か。」
「束……」
其の人物とは束だった。しかも、本日の服装は何時ものエプロンドレスでも、南風野吏としてのモノでもなく、篠ノ之神社の巫女服である!巫女服である!!
夏祭りの時には神楽舞を舞った束だが、正月である本日は巫女として神社の方を手伝っているのだろう。……正月の三が日は、更識ワールドカンパニーも休みであり、会社に誰も居なくなって暇を持て余す事になるので、一種の暇潰しを兼ねているのかも知れない。
「「「「「「「「明けましておめでとうございます!」」」」」」」」」
「明けましておめでとう束。お前が神社の巫女をやっているとは、少し驚きだったぞ?」
「お正月に一人で居るのも暇だしさ~、偶にはお父さんとお母さんと一緒に居ても良いかなぁって。其れに、お父さんとお母さんだけじゃ正月切り盛りするのは大変だと思うし、バイト雇ったらバイト代払わないとでしょ?
でも、私だったら一人でバイト十人分の仕事が出来るから、断然効率面でも費用面でも良いって訳さ!流石に一人じゃ手が回らない部分は、T-はっぴゃっ君と新型のT-エックスンに手伝って貰えば良いし。」
「いや、何サラッと新型として女性型ターミネーター作ってんすか束さん。」
暇潰しではあったみたいだが、その実は親孝行であったらしい……が、只の親孝行では終わらずに、手の足りない部分はお手製のアンドロイドに手伝わせる辺りが束らしいと言うべきか。サラリと女性型の新型アンドロイド作ってるし。神主姿のT-はっぴゃっ君がシュールである。神主姿の時くらいはグラサンを外しましょう。
「そんで如何したんですか束さん。新年の挨拶をしに来ただけじゃないですよね?」
「其れは勿論。いっ君に此れを渡しておこうかと思ってね。」
束は帯からぶら下げている小物入れから、何かを取り出すと一夏に渡す。
其れは茶色い小瓶で、市販の栄養ドリンクに似ているが、商品ラベルは貼っていないし、スクリューキャップにも何も書いてないので市販のモノではなく、束が作ったモノであるのだろう。
「何ですか此れ?」
「束さん特製の精力剤♪」
「「「「「「「「「……は?」」」」」」」」」
「だから、束さん特製の精力剤だって。
マカにガラナに、ウナギとスッポン、マムシのエキス!其れから高麗人参、ローヤルゼリー、ニンニクを加えて、ファイト一発のタウリンを4000ml配合!此れだけ詰め込んでも、味は飲み易いデカビタ仕様!
その効果はバ○○グラとは比べ物にならない優れモノ!しかも、只の精力剤ってだけじゃなく、もう動けない位にヘトヘトになった時には、今度はモンエナ以上のエナジードリンクにもなるんだな此れが!」
此れまた何ともヤベーモノだった。てか何故精力剤なんぞ作ってやがるのか此の天才は?クリスマスイブの夜に、一夏と嫁ズの性夜をデバガメして何かが吹っ飛んだとでも言うのだろうか?天才が吹っ飛んで作ったモンなんぞ極めて危険物である気しかしない。
「精力剤って、なんでまたそんなモノを?」
「またまたぁ、今日は新年なんだよ?だったら、当然姫初めは外せないと思ってね?嫁ちゃん達にも心行くまで満足して欲しいから、いっ君がハイパーモードに覚醒した方が良いかなぁって♪」
「おもっくそ下世話っすね……」
「「「「「///」」」」」
一夏が呆れている一方で、嫁ズの方は顔を赤らめていた……一夏との夜の行為は其れなりにしているし、その度に一夏の愛を感じているのだが、同時に一夏はそっちの方のテクニックも回を重ねるごとに上達して行き、最近では前戯の段階で蕩けさせられてしまうのだが、そんな一夏が束製の精力剤を飲んでハイパーモードとやらになったら如何なるのか想像してしまったのだろう。恋する乙女の妄想は、時に暴走に発展する事があるので注意が必要である。
「ほう、如何やら効果のほどは凄いようだが、そんなに凄いのならばお前が飲んで巫女業に精を出せ。と言うか、人の弟に怪しげな飲み物を渡すんじゃない。」
「むごぉ!?」
しかし、その精力剤は千冬が束の手から奪い去り、『ファイト一発!』宜しく親指一本で開栓すると、其れを強引に束の口に突っ込む!口を離す事が出来ないように左手で後頭部をガッチリホールドする事も忘れない!
頭脳でも身体能力でもチートキャラな束だが、身体能力に関しては千冬の方が上なのでこの拘束から逃げる事は出来ず、結果として精力剤を全部飲み干す事に。
「あっぴーっぴょー!ほんじゃらげらっぴょー!まっそー!!」
結果、束は顔を真っ赤にして、頭から湯気を出して謎の言葉を叫びながら社務所に戻って行った……精力400%アップどころではない精力剤を一気飲みした事でオーバーヒートしてしまった様だ。もしも一夏がこれを飲んで事に及んだとしたら、嫁ズはセ○クス依存症になってたかも知れんな。千冬さん、ナイスです。
「千冬姉、束さん大丈夫なのか?」
「アイツは毒では絶対に死なんから大丈夫だ。子供の頃、マムシに噛まれた事があったんだが、噛まれた本人はケロリとしていたし、血清を打つ為に医者に連れて行っても、病院で診察を受けた時にはほぼ体内で解毒されていたような奴だからな。」
「本気で人間辞めてますね其れ。」
取り敢えず、束の方は大丈夫そうなので、一夏達は改めて帰路に。
因みに、タッチの差で布仏姉妹は篠ノ之神社から居なくなっていたのだが、もしも虚がこの場に居たら、間違いなく束が虚に『此れを彼氏君に渡して上げて』と言って精力剤を渡していた事だろう。……布仏姉妹は、天然で危機回避能力を装備していたのかも知れないな。
――――――
家に帰って来た一夏達は、今度は新年会だ。
リビングのテーブルには一夏特製のお節料理だけでなく、一夏がトレーニングを行う前にサプライズとして作っておいた豪華な刺身の盛り合わせも並んで、実に豪華な新年会の御馳走と言えるだろう。
お節料理は市販品があるとは言え、煮物、田作り、栗きんとんと黒豆、鮗の粟漬けは手作りで、更にオリジナルメニューである野菜のチキンロールもあるので、一夏お手製のお節料理であると言っても問題はないだろう。
黄金色の栗きんとんは特に美味しそうだが、野菜のチキンロールも、ニンジンとインゲンと言う彩野菜を鶏モモ肉で巻いて、タコ糸で縛って白醤油仕立ての出汁でじっくり煮込んだ逸品で、断面の美しさが見事である。
刺し身の盛り合わせも、定番のマグロやサーモンだけでなく、縁起物の鯛と海老、今が旬の寒ブリ、お肉大好きなグリフィンの為の馬刺し(タテガミ)と牛刺しも用意していると言う豪華っぷりだ。新年会のメニューは相当に奮発したようである。
「お屠蘇はお酒なのだろう?私達が飲んでも良いのかい一夏?」
「祝い酒は治外法権だぜロラン。
特にお屠蘇は、単純な祝い酒ってだけじゃなくて、『一年の無病息災』の願いを込めた薬膳酒だから、飲んだところで全く問題ないって。因みに神社で飲んだ甘酒は米麴から作ったやつだったから、厳密に言うと酒じゃないんだぜ。」
「甘酒と言う名前でありながら、酒ではないと言うのはなんだか不思議なモノだね?」
「無病息災の願いが込められていると言うのならば、有り難く頂いておきましょう。」
新年会は、先ずはお屠蘇を飲む所からスタート!
一番年下の円夏から始まって、一夏、ロラン、更識姉妹、ヴィシュヌ、グリフィン、クラリッサ、千冬の順でお屠蘇を飲んだ後は無礼講の新年会の始まりだ!尚、全員帰宅後に着替えているので、晴れ着が汚れる心配は全くないから大丈夫だ。
「そう言えば一夏、日本のお節料理にはそれぞれ意味があると聞いた事があるのですが、どんな意味があるのでしょうか?」
「紅白のかまぼこは、言うに及ばずだけど、海老は『腰が曲がるまで長生きしよう』って言う長寿の願いで、栗きんとんは色が黄金色な所から『富の充実』を現していて、数の子は子孫繁栄だな。
数の子はニシンの卵だから、ニシンを二親と読んで夫婦円満の縁起物でもあったりするんだな此れが。」
「その他に、二親から沢山の子が生まれると言う事で、家が続いて行くとも言われているわ……私達の場合、二親どころか六親になる訳だから、少なくとも『織斑』の血が絶える事は無いと思うけれどね。」
海外組に、お節料理の縁起については一夏と刀奈が説明しながら、お節料理に舌鼓を打ちながら新年会は進んで行く――お屠蘇の後で、ビールやら日本酒が入った千冬が一夏の嫁ズに対して、『お前達は元々中々にデカかったが、一夏に揉まれて更にデカくなったか?』とのセクハラ発言をかましてくれたのだが、そうを言った次の瞬間に一夏と円夏の『兄妹合体クロスボンバー』が炸裂してKOされた。如何に千冬であっても、鍛えても鍛えようのない喉笛に一夏の究極細マッチョの二の腕と、延髄に円夏の容赦のないラリアットを叩き込まれては堪ったモノではなかったらしい。
その後、お節も大分はけて来た所で今度はお雑煮なのだが、此のお雑煮の汁も只者ではない。
一夏特製のこの汁は、年越しそばの時と同じ材料で作った汁に、干しシイタケの戻し汁を加え、更に具材である赤魚とホンビノス貝からの出汁を加えた最強の汁なのである!
単純に汁物として飲んでも最強なこの汁に、束製の『遠赤外線オーブン』でこんがりと良い色に焼かれた餅がチューニングされたお雑煮が旨くない訳がない!『集いし餅が、今此処に新たな雑煮になる』ってなもんだ。
尚、お雑煮の餅の数のオーダーは、グリフィン以外は二つで、グリフィンはなんと倍の四つだった。流石の健啖家であると褒めるべきだな此れは。
「一夏、お正月には年賀状と言うモノが来るのではないですか?」
「あ~~……年賀状は期待出来ないかもだぜ。さっきスマホ見たら、四組のクラスLINEにめっちゃ『あけおめ』メッセージが来てたからな。LINEのメッセージで済むんなら、態々年賀状を出す奴はいねぇだろ?
鷹月さんとか四十院さんは、LINEで済まさずに律儀に年賀状出してるイメージだけどな。」
年賀状に関する彼是に触れたが、新年会がお開きになった後は、正月らしい遊びを楽しんだ。
定番のカルタに始まり、福笑いにスゴロクに凧揚げにコマ回しと心行くまで楽しんだ……福笑いでは、クラリッサがピカソもビックリな抽象画を完成させ、凧揚げは走らずとも風に乗せれば、100m以上余裕で上がる事に感嘆し、コマ回しに熱が入って始まったベーゴマ対戦では、一夏が二種類の紐の結び目について『チ○コ巻き』、『マ○コ巻き』と説明した事で女子達が悲鳴を上げていたのだが、昭和の下町では普通に言われていた事みたいなので仕方あるまい、『こち亀』にだってそう記されているからね。
そして今はと言うと……
「俺は、レベル10のシンクロモンスター、シューティングスター・ドラゴンとレベル1のチューニング・サポーターに、レベル1のセイヴァー・ドラゴンをチューニング!
集いし想いが、輝く奇跡を呼び起こす。光差す道となれ!シンクロ召喚!光来せよ!《シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン》!!」
遊戯王のデュエルに興じていた。
嫁ズも簪も、結構な強デッキを所持しているのだが、一夏が構築した『極悪シンクロデッキ』の前には成す術なく撃沈されていた……最低でも初手から、シューティング・スター・ドラゴンとセイヴァー・シューティング・スター・ドラゴンが揃うとか、ぶっ壊れにも程があると言うモノだ。
とは言え、一夏のデッキは特化型故に手札事故も起こり易いので、勝負は時の運と言う感じで中々に楽しめたみたいだ。
そんでもって夕飯は、雑煮の汁を増量して、其れを掛けたうどんだったのだが此れが中々に好評であった。――夕食後は、女性陣が先に風呂に入り、一夏はその後で風呂に入って寝室に行ったのだが――
「「「「「待ってたよ、一夏。」」」」」
その一夏を出迎えたのは下着姿の嫁ズだった。
やる事はやっているので、今更下着姿を曝す程度は、如何と言う事でもないのかも知れないが、此れは随分と大胆な事をしたと言えるだろう――其れを見た一夏は理性がプッツンオラして、嫁ズの意識が吹っ飛ぶくらいに夜のISバトルに突入したのだけれどね。
束製の精力剤を一夏が飲んでいたらどうなっていたのかと言う不安はあるが、取り敢えず一夏と嫁ズの姫初めは良い感じであったと言えるだろうな。嫁ズは、顔を上気させながらも、満足そうだった訳だからね。
突っこみどころは多々あるかも知れないが、取り敢えず一夏達の正月は、平穏無事に済んだと、そう言って間違いないだろうね。
To Be Continued 
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