臨海学校二日目。
本日は、ISの訓練となっており、先ずはISバトルのお手本として、千冬が指名したイチカと楯無による模擬戦が行われているのだが、その戦いは模擬戦の域ってモノを余裕で限界突破したモノとなっていた。
イチカも楯無も、パイロットとしての実力は申し分なく高い上に、専用機は超高性能となっているので、模擬戦であっても其の戦いは、ともすればモンド・グロッソの決勝戦をも凌駕する位の迫力があり、生徒達の目を引き付けていた。
「スゲェ……」
中でも一夏は、イチカの剣術に目を奪われていた――イチカの剣術は、一夏の理想に最も近いモノだったからだ。……まぁ、イチカは一夏の成長した姿とも言えるので、ある意味では当然かも知れないが。
イチカの剣術だけでなく、下手をすれば、己が最強と信じていた千冬ですら圧倒するかもしれない実力をぶつけ合っているイチカと楯無の模擬戦は、一夏にとってはいい刺激になっているみたいだ。
「もう、君相手には手加減は出来ないわねアイン君?」
「そう言って貰えると、自信が付きますよ楯無さん。」
模擬戦の方は、イチカの刀と楯無のランスが火花を散らしてぶつかり合い、激しい剣劇を行ったかと思えば、楯無が間合いを離してランスからガトリングを放てば、イチカは其れを回避しながらスローダガーで反撃する。
そのスローダガーをランスで叩き落すと、楯無はイグニッションブーストからの突きを繰り出し、イチカは其れを円運動で避けながら横薙ぎのカウンターを狙うが、楯無も身体を捻ってそのカウンターをランスで受け止め弾く。
其処から楯無が再び突きを繰り出したのを、イチカはジャンプで避けて楯無の背後を取り、渾身の兜割りを叩き込むも、楯無はランスで其れをガード――した所で模擬戦終了を告げるブザーが鳴り、生徒達から拍手と歓声が巻き起こる。
実に見事な戦いを見せてくれたイチカと楯無だったが、此れまでの見応え抜群の戦いは、他の生徒達が見易いように全て地上1mの超低空で行われていたのだから、その操縦技術には舌を巻くしかないだろう。
「楯無さんは当然だけど、アインザックもレベルが違うわね……アタシも一年で中国の代表候補生主席になったけど、アイツは何て言うかそもそもの身体能力が打っ飛んでる感じがするわ。」
「其れは俺も思った……本気で、俺と同じく今年からISを動かし始めたとはとても思えないぜ……でも、こんなの見せられたら俺達だってって思うよな。」
「そりゃ当然でしょ?」
中でも一夏と鈴は、この圧倒的な模擬戦を見せられて、己も更なる高みを目指す為に一層トレーニングに励む事を決意していた――矢張り、同世代で目標となる相手が居ると言うのは、成長の為には欠かせないピースの一つであると言えるだろう。
……まぁ、人によってはレベルの差を見せ付けられた事で折れてしまう事もあるかも知れないが。
「更識姉、アインザック、実に見事な模擬戦だった。
更識姉はロシアの国家代表だが、其れと互角に戦ったアインザックは今年に入ってISを動かした――つまり、トレーニング次第では僅か三カ月足らずで国家代表と互角に戦う事も出来ると言う事は理解出来ただろう。
無論個人差はあるだろうが、ここに居る全員にその可能性はあると言う事だ。其れを忘れずに日々励むように!其れでは、改めて本日の訓練を開始する!」
模擬戦の後は、千冬が一言入れてから臨海学校二日目のメインである訓練がスタート。
基本的にはクラスごとに、専用機持ちが他の生徒に学園から持って来た訓練機を使って飛行訓練や簡単な戦闘訓練を行うのだが、専用機持ちの居ない三組に関しては、楯無が一組からシャルロットを借りて、二人でその役目を行っていた。
取り敢えず、訓練其の物は特に大きな問題もなく進行して行ったのだった。
夏と刀と無限の空 Episode69
『臨海学校二日目は、ヤッパリかーい!』
午前中の訓練を終え、昼食をはさんで午後の訓練が一段落する頃には、一般生徒の略全員が飛行中の姿勢制御を略完璧に行う事が出来るようになり、此の結果には千冬も驚いていたが、『矢張り教える側のレベルが高いと、教えられる側も成長が早いな』とも思っていた。
中でも特に成長が見て取れたのがイチカと簪が指導役だった四組と、楯無とシャルロットが指導役だった三組だった。
「では、此れより専用機持ちは別メニューでの訓練となるので此方に集合しろ。」
此処からは、此れまで指導役を務めていた専用機持ち達の訓練となり、一般生徒は自由時間となるので、訓練を続けるもよし、専用機持ち達の訓練を見学するもよしと言った感じになる訳だ。
専用機持ちのイチカ、楯無、簪、一夏、鈴、シャルロット、ラウラ、セシリアが千冬の元に集合するが、其処には本来居る筈のない人物も存在していた。
「織斑先生、何で篠ノ之も此処にいるんですか?篠ノ之は専用機持ってませんよね?」
其れは箒だ。
彼女は専用機持ちではない一般生徒である上に、IS適性はお世辞にも高いとは言えない『C』ランクであり、専用機持ちの特別訓練に参加する資格はない筈なのだが、然も当然のように此の場に集まっていた。
イチカは『此れは予想が当たったか?』と思いながらも、一応は千冬に箒が何で此処に居るかを訊ねる。
「其れはだな……」
「ちーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
其れに千冬が答えようとした所で、千冬の言葉を遮る様に絶叫が響き渡り、そして猛烈な砂煙を巻き上げながらうさ耳を装着したエプロンドレスの女性が突撃して来た!言わずもがな、此の世界の篠ノ之束である。
『靴にモーターでも仕込んでんのか?』と思う程の速度で千冬に突撃した束は、千冬に抱き付こうとして……直前でアイアンクローで掴まれて宙吊り状態に。女性相手とは言え、片腕で大の大人を宙吊りにするのも然る事ながら、あの突撃を片手で止めるだけでなく、突撃の衝撃によるノックバックすら起こしていない千冬の身体能力は矢張りぶっ飛んでいると言えるだろう。
「いやぁ、相変わらず容赦のないアイアンクローだねちーちゃん?でも、束さんの頭がミシミシ言ってるから、そろそろ放して欲しんだけどなぁ?」
「何だ、ミシミシか?ならばまだ大丈夫だろう……メキメキ言ってるのではなければ、な!」
「へぶ!普通に下ろしてよちーちゃん!投げ捨てる事なくない!?」
「お前はこの位やっても平気だろうが。それどころか、大型ダンプに撥ねられたって絆創膏と包帯だけで済むだろうに……そもそもにして、ナイフで刺されても筋肉で刃が止まって内臓まで到達しない奴が、この程度で何を言うか。」
「……ちーちゃん、束さんを何だと思ってるのさ?」
「宇宙人が実験で生み出した人造人間じゃないのか?或は、邪悪なる悪魔によって人間の胎内に種付けされた悪魔の子供だろう。」
「酷い!?」
そして、漫才的な遣り取りが始まり、イチカにとって其れは見慣れた光景ではあったが、イチカは此の世界の束から、元の世界の束にはない邪悪さ、闇の様な物を感じ取っていた。
ぶっ飛んだ行動と言動は然程変わらないが、元の世界の束が『陽』だとすれば、此の世界束は『陰』と言うべきか、『絶対値を同じにするプラスとマイナス』な印象をイチカは此の世界の束に抱いているようだ。
そして、更識姉妹も束から何か嫌なモノを感じ取ったらしく、表情が強張る……暗部の人間ともなれば、人を見る目も鍛えられるので、目の前の人物がどんな人間であるのか位は初見で見分けられるようになるのだろう。
其処からは束が超適当な自己紹介をした後に、箒に『暫く会わないうちに大きくなったね?特におっぱいが……』と言った所で箒に木刀で殴られてから『殴りますよ』と言われて、『殴ってから言ったぁ!』とか言っていたが、割と本気で木刀で殴られておきながら血の一滴も流していないとか、無駄に頑丈なのは間違いないようだ。
「それで姉さん、頼んで居たモノは?」
「勿論持って来てるよ!上をご覧あそばせい!これぞ、箒ちゃんの為に作った第四世代機『紅椿』だよ!」
束がそう言うと、上空からコンテナが降下して来て、砂浜に着地すると同時に展開され、中から一機のISが姿を現す。
其れは、束が箒の為だけに作り出した、第四世代機である『紅椿』――イチカの世界でも束が箒にくれてやってのと同じ機体だが、此の世界の紅椿にリミッターが掛けられていない事を、イチカは即座に見抜いていた。元の世界では存在していなかったユニットが幾つか見受けられたからだ。
一方で其れを見た箒は、『念願の玩具が手に入って喜ぶ子供』の様な表情になっていた――いや、実際にそうなのだろう。
タッグトーナメントでは、パートナーが見つからずにくじ引きでラウラとのタッグを組んだのだが、一回戦で一夏と鈴のペアに敗北したのだ……其れも、一夏に倒されるのではなく、恋敵とも言える鈴によってだ。――まぁ、其れは鈴にとっての禁句を口にしてしまった箒にも責任はあるのだが。
其れが、箒に己の無力さを痛感させ、姉に専用機を強請ると言う安直で楽に力を手に入れる方法を選択させ、そして束は其れに応えてしまったのだ。
だが、其れはある意味で『篠ノ之束の妹』だからこそ出来る、ある種のチート行為だと言えるだろう……実際に、其れを見た一般生徒からは『束博士の妹だからって専用機を貰えるとか、ずるくない?』と言った意見も出ているのだから。
それに対し、束は『有史以来、人が平等だった事なんて無いんだよ。』と返していたのだが――
「確かにアンタの言う通り、人が平等だった事はないのかもしれないが、此れは話が別だろ?
篠ノ之の専用機はゲームで改造コード使って勝ってるようなもんだろうが……碌な努力もしないで専用機を簡単に手に入れるとか、必死の努力の末に専用機を手に入れた連中の事を馬鹿にしてるよな?
俺や織斑みたいに、データ採りとかの目的がある訳でもないのに……身内贔屓も酷いなんてモンじゃないぜ。」
「アイン君の言う通りね……何の努力もしないで専用機を手に入れるとか、余りにも専用機持ちを馬鹿にした話よね?」
「私の専用機は、開発が凍結されたのに、こんなに簡単に専用機を手に入れる事が出来るとかあり得ない……」
其処でイチカが声を上げ、続いて更識姉妹も声を上げる。
其れを聞いた束は、即座にイチカと更識姉妹の事を睨んで来たのだが、イチカも更識姉妹も其れに怯む事無くその視線を受け流す――イチカに至っては、小指で耳をほじって、指先に着いた耳垢を吹き飛ばす余裕っぷりを見せ付けていた。
「二人目のお前か……何でお前がISを動かせたのかは知らないけど、調子に乗るなよ?お前なんて、束さんが本気を出せば何時でも潰せるんだからな?」
「の割に、クラス対抗戦の時には俺を殺し損ねたんじゃなかったっけか?アンタこそ調子に乗るなよ……全部が全部自分の思い通りになると思ってるんなら、其れは勘違いも甚だしいぜ。
其れと一つ良い事を教えてやるよ。何でも出来るってのは、何も出来ないのと同じだぜ。」
「この束さんに対してそんな態度を取るとか、良い度胸だって褒めてやるけど……身の程を弁えろよお前?」
「弁えてるぜ?少なくともアンタやアンタの妹よりはな。」
束が凄むも、イチカは其れを全く意に介さずに己の意見をぶつけ、其れがかえって束をイラつかせたようだ……束としては、クラス対抗戦の際に送り込んだゴーレムが、イチカによって瞬殺されたと言う事も気に入らなかったのだろう。
だが、イチカが全然怯まない事にイラついた束は、其れを振り払うかのように紅椿のフィッティングとファーストシフトを済ませ、箒に紅椿の性能が如何程かを語り、箒は束製の高性能機を手にしてご満悦であった。
そんな中……
「織斑先生!」
「山田君か、如何した?」
真耶が慌てた様子で千冬に耳打ちし、其れを聞いた千冬は顔色を変え、『訓練は中止だ!専用機持ちは私と共に来い!』とだけ言うと、専用機持ち達を旅館の教員室へと集めて行き、イチカは『やっぱり此の世界でも福音の暴走が起きる訳か』と思っていた。
そして、イチカが思った通り、教員室に集められた専用機持ちに千冬から告げられたのは、『アメリカとイスラエルが共同開発した新型のISが暴走した』と言うモノだった――同時に、其れの対処がIS学園に任されたと言う事もだ。
『自衛隊のIS部隊の到着を待ってる暇はない』との事なので、学園の専用機持ち達で対処するしかない訳だが、其れを聞いて作戦に参加しないと言う決断をする者は一人もおらず、全員が福音の暴走を止める為に其の力を揮う事を決断したのだ――箒だけは、手に入れた力を奮いたいと言う思いがあるのだろうが。
先ずはセシリアが福音のカタログスペックを要求し、其処から福音の性能が明らかになり、高い機動力と広域攻撃を搭載しているので、『一回のアプローチで確実に落とすしかない』と言う感じになって来たのだが、此処でイチカが異を唱えた。
「一回のアプローチで落とすってのは現実的じゃないな……けど、俺が界王拳を使えば福音と遣り合う事は出来るぜ?」
「え、お前界王拳使えるのかアインザック?」
「いや、正式名称はリミットオーバーって言う、機体性能を引き上がる能力なんだけど、俺が界王拳って呼んでるだけだよ織斑。
因みに界王拳を発動すれは、防御力は半減するけどパワーとスピードは三倍になるからな……イグニッションブーストも併用すれば福音の機動力に付いて行く事は可能だ――俺が福音の注意を引き付けてる間に、織斑が零落白夜で福音を落とすってのは如何だ?」
「そうね……私と簪ちゃん、鈴ちゃんが牽制に回れば成功率はより上ると思うし、シャルロットちゃんとラウラちゃん、セシリアちゃんは不測の事態が起きた際のカバー要因としておけば不確定要素が起きても対処は可能ですから、この作戦がベターだと思いますわ織斑先生。」
「……今回の事は絶対に成功させねばならないから、成功率は高い方が良い――では、アインザックと更識姉が提案した作戦で……」
「ちょっと待ったーー!!」
イチカが提案し、楯無が後押しした作戦が採用されると言う所で束が乱入して来た!
其れだけでなく、『此処は紅椿の出番だよ』と言う事を言って来た――何でも『紅椿の最高速度なら福音にも負けてない』との事であり、確かに紅椿の機動力ならば福音と互角に渡り合えるかもしれないが……
「ふざけんな、そんな作戦却下に決まってんだろ。」
「今日専用機を手にしたばかりの箒ちゃんを参戦させる事は出来ないわねぇ……幾ら機体性能が高くても、パイロットが未熟では機体性能を十全に引き出せるとは思いませんもの。
運転免許取りたての、運転初心者にF1が操縦出来ないのと同じよ。」
其の案はイチカと楯無が速攻で却下。
楯無の言うように、幾ら機体性能が高かろうと、其れを扱うパイロットが未熟では話にならないのだ。……まして、今の箒は念願だった『力』を手にして浮かれている状態であり、そんな状態の人間が戦場に出たらどんな致命的なミスをやらかすか分かったモノではないのだ。
そのミスで、箒一人が被害を被るのならば未だしも、他の誰かにまで被害が波及しないとも言い切れない以上、箒を今回の作戦に参加させる事は出来ない。極めて当然の話と言えるだろう。
「凡人が箒ちゃんを語るなよ?
そもそもにしてお前等は所詮は生徒に過ぎないだろ。幾らお前達が作戦を提案しても、最終的に判断するのはちーちゃんだから、ちーちゃんが私の作戦を認めれば、お前等が何を言った所で意味はねーんだよ!」
其れでも束はイチカと楯無を『凡人』呼ばわりして見下し、千冬が自分の作戦を認めれば良いだけの事だと、何とも身勝手でトンでもない事を言った……箒を出撃させた事が原因で誰かが傷付いたり、最悪死んだとしてもこの人格破綻の天災には、アリが一匹死んだのと大差ないのだろう。何とも、傍迷惑で人畜有害な生き物も居たモノである。
「……束、アインザックの作戦だけならば未だしも、其処に更識姉が加わったと言うのであれば、残念ながら更識姉の作戦の方が優先される。私がお前の作戦を認めたところで、意味はない。」
「へ、どゆことちーちゃん?ちーちゃんって、有事の際の現場での最高責任者じゃなかったっけか?」
「確かに私は有事の際の現場の最高責任者ではあるが、其れはあくまでも通常の指揮系統における最高責任者であり、更識姉は通常の指揮系統から外れた、言うなれば『独立機動権』を有する特務の人間だ。
更に言うなら、あくまでも一教師に過ぎない私と違い、更識姉は学園長の直属であり、海外からの留学生の素性調査や監視も任されており、単純な権限ならば私よりもずっと上だ……そんな彼女が現場での最終決定をしたのならば、私に其れを覆す権限はない。」
「な、なんですとぉ!?」
だが、其れも頼みの綱である千冬が『無理だ』と言った事で実現するのは不可能になってしまった。
千冬は有事の際の現場での最高責任者であり司令官なのだが、楯無は千冬の指揮系統から外れた特務の人間であり、現場での作戦立案や、その他諸々の決定権は楯無の方が千冬よりも上の権限を持っているのだ。
千冬としては自分の弟と同じ位の生徒が、自分よりも上の立場にあると言う事に思う所が無い訳ではないのだが、千冬も『IS学園』と言う『組織』に属する人間である以上は、己の感情を優先する事は出来ないのだ――組織の人間が個人の感情を優先させてしまったら、組織そのものを崩壊させてしまう危険性があるのだから。
勿論、組織内でも己の感情を通さねばならない事もあるだろうが、少なくとも千冬は楯無が自分以上の権限を持っている事に対してとやかく言うべきではないと考えていた……此れが、普通の生徒会長であったのならば異を唱えたかもしれないが、楯無は『更識』の長であり、ともすれば束と同じレベルで敵に回すべき相手ではないと考えたのだろう――それでも、楯無の決定に苦い顔をする事があるのは、理解は出来ても納得出来ない部分が有るからだろうが。
そして、束ならば此れ位の事は知って居そうなモノであるが、更識の情報操作力を持ってすれば、楯無が千冬以上の権限を持っている事を束に悟らせない事位は造作も無いのだ。――と言うか、束個人に情報を得られてしまうのでは日本の暗部を務める事は出来ないのだ。
「つまりそう言う事ですので、私達は福音の鎮圧に向かわせて頂きますわ。――箒ちゃんは、私達の戦いをモニターして、今後の参考にすると良いわ。
さて、時間が惜しいから急いで準備をして。細かい作戦は出撃準備をしながら話すから。」
「「「「「「「了解!!」」」」」」」
『此れ以上話す事はない』とでも言うかのように、楯無はイチカ達と共に教員室を後にすると共に、スマホで本音に連絡を入れて、『旅館の外に出て、オペレーターをするように』と伝えていた。
本音は、ISバトルの腕前は今一だが、オペレーターとしては優秀なので、其れを今回の作戦に起用しないと言う手は無いのだ。
楯無達が居なくなった教員室では、千冬が無言で腕組みし、戦力外通告をされた箒と、自分が提案した作戦が却下された束が歯噛みしていた――が、束の眼には濁った炎が宿っており、何か碌でもない事を考えているのは間違いなかった。
――――――
福音鎮圧に向かうメンバーは、出撃準備をしながら楯無から作戦の詳細を聞いていた。
イチカが界王拳を使って福音と遣り合い、其れを簪と鈴で援護しながら福音の動きを制限し、福音がイチカと近接戦闘で遣り合うしかなくなった所で、楯無が福音をイチカごと空間拘束結界で動きを封じて、其処に一夏が零落白夜を叩き込むと言うモノで、シャルロットとラウラとセシリアは、いざと言う時のカバー要因として現場近くでの待機と言う形になった。
「デュノア、ボーデヴィッヒ。」
「ん、何かなアインザック君?」
「如何したアインザック?」
「お前達はオルコットと共にカバー要因になってるんだが……作戦が始まったら、略確実に篠ノ之が乱入してくると思うからそっちの対処の方を頼めるか?篠ノ之の機体は第四世代だが、パイロットは素人だからお前達なら抑えられるだろ?」
「其れは可能だけど、如何して篠ノ之さんが乱入してくるの?」
「楯無さんの方が権限が上だから、織斑先生は束博士の案を採用する事は出来なかったけど、其れで諦めるタマじゃないだろアレは――略間違いなく、妹を炊き付けて戦場に向かわせる筈さ。
そして、出撃してきた篠ノ之は、福音ではなく凰を狙うだろうから、お前達には其れを阻止して欲しんだ。」
「む……何故奴が、凰鈴音を狙うのだ?」
「篠ノ之は織斑に好意を向けているが、最近は織斑と凰が中々良い感じになっているみたいだから、恋敵である凰を亡き者にしようとする可能性は、哀しい事だが充分にあり得るんだよ――特に、あのクソ兎が凰殺害を教唆するだろうからな。」
其処でイチカはシャルロットとラウラに、『箒に注意してくれ』と言う事を伝えていた……戦力外通告された箒が、束にある事ない事吹き込まれて勝手に出撃するなんて事は軽く予想出来る事だったのだイチカにとっては。
でもって、其処にセシリアが『私もその役目に混ぜて下さいな』と言って来た――それに対し、イチカは『お前も織斑に惚れてるんじゃないのか?だったら、凰が居なくなるのは有難い事なんじゃないのか?』と言ったのだが、セシリアは『鈴さんが積極的になってから、付け入る隙がないかと伺っておりましたが、昨日の海での事を見て、私が付け入る隙は無いと実感しましたわ……鈴さんが一夏さんに情熱的な感情を向けているのは分かっていましたが、一夏さんが鈴さんに向ける笑顔は、決して私に向けられる事はないと確信してしまったのですわ。イギリス人は『恋と戦争では手段を選ばない』と言いますが、負ける戦いはしないモノですわ。』と言い、一夏への思いを決着させた事を告げて来た……箒と違い、自分では一夏の隣に立つ事は出来ないと考えて身を退いたセシリアは、一夏の彼女にはなれずとも、『異性で一番の友人』になる事は出来るだろう。
「オルコット……お前、意外と良い女だな?」
「自分が勝てないと思った相手の恋路を応援するのも、淑女の務めでしてよアインザックさん?」
一夏に固執してるヤベー奴かと思ってたら、セシリアは意外と真面な思考の持ち主だったらしい――一夏と鈴の間に付け入る隙が無いかと窺う為にストーキングするってのは褒められる事ではないが、その結果として自ら身を退く事を選んだセシリアは、若しかしたら本気で一夏に惚れていたのかも知れないな。
本気で惚れていたからこそ、惚れた相手の幸せを第一に願って、自ら身を退いたと言えるのだからね。
その一方で――
「一夏、緊張とかしてない?大丈夫?」
「うん、大丈夫だぜ鈴――俺一人だったら、緊張して如何しようも無くなってたかもしれないけど、俺は一人じゃなくて仲間が居るから、何となく『如何にかなるだろ』って言う思いがあるんだよ。
学園最強って言われてる楯無さんに、その楯無さんと互角に渡り合うアインザックが居るのも心強いし、何よりも鈴が一緒だからさ。」
「へ、アタシ?」
「うん。鈴と一緒に居ると楽しいのは前からだったけど、最近は何て言うのかな……楽しいだけじゃなくてホッとするって言うか、安心するって言うか、なんかそんな感じもして――こう、もっと鈴と一緒に居たいなぁって思う事があるんだよ。
今はそんな事思ってる場合じゃないのは分かってるんだけど、一緒に出撃するメンバーの中に鈴が居るのは嬉しいって思うんだ。何でそう思ってんのか、俺にも分からないんだけどな。」
「はぁ……やっぱり一夏は一夏よね。でも、アンタがそんな事を言っただけ上出来かしらね?」
一夏と鈴はこんな会話をしていた。
『何よりも鈴が一緒だから』と言われた事に、鈴は驚くも、その後で一夏が言った事を聞き、嬉しくも呆れてしまった……何故一夏は、鈴と一緒に居たいと思い、今回のメンバーの中に鈴が居るのは嬉しいと思いながらも、何でそう思うのか分からないとか、人から向けられる恋愛感情に鈍感なだけでなく、己の恋愛感情にも鈍感とか、鈍いにも程があるだろう。
其れとも何か?両親が居らず、姉と二人の生活を長年続けて来た事で正しい恋愛感情が育たなかった……可能性は充分にあるな。幼少期に交流が合ったのは色々と問題のある篠ノ之姉妹であり、特に妹の箒は一夏にべた惚れであったため、転校するまでは一夏の下駄箱に入れられたラブレターを本人が手にする前に廃棄したり、バレンタインのプレゼントを一夏に渡すのを妨害したりしていた上、束が一夏に好意を持っている女子の家庭を転校せざるを得ない状況に陥らせる等して、幼い一夏が健全な恋愛をする機会を奪っていたのだ。
其れだけでも充分に重罪なのだが、箒は一夏に対する恋心を素直に表現出来ずに、一夏に優しくされてもキツイ態度を取ってしまっていた上に、『付き合ってくれ』と言った後で、『か、買い物にだぞ!』と言う事が多々あったので、此れでは真面な恋愛感情など育まれる筈もないわな……てか、一夏のフラグクラッシャーは完全に箒が原因である……もしも箒と鈴、二人と出会う順番が逆だったら一夏が精神病レベルの鈍感朴念仁になる事はなく、鈴が中国に帰国する頃には一夏と鈴は交際していたかも知れない。
「さてと、其れじゃあ全員準備は出来たわね?此れより、オペレーション・ゴスペルダウンを開始するわ!
本件は訓練ではなく実戦なので、各員決して油断をしないように――そして、何よりも生きて帰る事を最優先にするように!『此れ以上は無理』と判断したら迷わずに戦線から離脱する事!此れはお願いではなく、命令よ!」
「「「「「「「了解!!」」」」」」」
此処で楯無が作戦開始を告げ、イチカ達は空に舞い上がり、旅館に真っ直ぐに向かって来ている福音を迎え撃つために福音へと向かって行く――出撃前に、楯無が『絶対に生きて帰れ』と言った事で、全員が良い感じの緊張と闘志を持つに至ったのは、嬉しい誤算って奴だろう。楯無は、こうなる事を見越していたのかも知れないが。
出撃してから数分後、福音が目視出来る距離となり……
「福音を確認……そんじゃ、一足先に行かせて貰うぜ!界王拳!!」
先ずは、イチカがリミットオーバーを発動した上でイグニッションブーストを使って福音に接近し、先制攻撃となる超神速の居合いを叩き込む!
並のISであれば、此れだけでもシールドエネルギーが激減するだろうが、福音は軍用機である為に装甲が分厚く、此の一撃は決定打にはならず、逆にイチカを『敵』と認識して反撃して来た。
だが、反撃されてもイチカは慌てる事なく其れに対処し、徹底的に福音に張り付いて逃げられない様にすると同時に広域殲滅攻撃『シルバー・ベル』を撃たせないようにする――広域殲滅攻撃は相手との距離が離れているからこそ有効な攻撃であると同時に、近距離戦で使った場合は自分にも攻撃が炸裂した際の爆炎が襲い掛かって来るのでピッタリくっ付かれると使用出来ない。ゼロ距離で爆弾を使う事が出来ないのと同じだ。
更に其処に、簪の『山嵐』による弾幕と、鈴の『龍砲』の見えない弾丸による牽制攻撃が行われ、福音の動きを大きく制限していく――此のまま行けば、予定通りに福音に零落白夜を叩き込む形に持って行けるだろう。
『お嬢様、みんなー!大変だよー!しののんが、勝手に出撃しちゃった!!』
だが此処で、オペレーターの本音から『箒が無断出撃した』との連絡が。
其れを聞いたイチカは、『嫌な予感ほど当たっちまうんだよな……』と思いながらも福音との戦闘を続け、事前にイチカからこうなるであろう事を聞いていたラウラ、シャルロット、セシリアは此方に向かっている箒に対処すべく態勢を整える。
普通ならば慌てる場面だろうが、事前に予測出来ていた事ならばその限りではないのだ。
「覇ぁぁぁぁぁぁ……死ねぇ、鈴!!」
「悪いが、其れは出来ん相談だな。」
「ぐ……AICか!放せ!!」
「其れも出来ん相談だな。」
程なく、箒がその場に現れ、イチカの予想通りに福音には目もくれずに、一直線に鈴に向かって行ったのだが、其れはラウラがカウンターのAICで拘束して鈴に向かうのを止めていた……タッグトーナメントでは一回戦負けを喫したラウラだったが、其れは偏にタッグパートナーであった箒の不甲斐なさが原因であり、現役軍人として一部隊の隊長を務めているラウラの実力は決して低くないのだ。――イチカが居た世界のラウラとはこれまた別人なのである。
「箒!?……アイツ、何だって鈴を!!」
「其れを考えるのは後にしなさい織斑君!箒ちゃんは、シャルロットちゃん達が対処してるから大丈夫……貴方は、今やるべき事に集中しなさい――そろそろ行くわよ、準備は良い?」
「あ、はい、準備は万端ですよ楯無さん!!」
箒が福音ではなく鈴を狙った事に驚いた一夏だったが、楯無に一喝されると、自分がやるべき事に集中しようと目を瞑って深呼吸し、そして目を見開き決意の炎ってやつを瞳に宿す。
実戦経験は皆無の一夏だが、其れでも覚悟を決めたと言う事なのだろう。
「良い顔になったわね織斑君?其れじゃあ行くわよ……空間の魔術師が設置した罠にその身を沈めると良いわ。跪け!!セックヴァベック!!」
『期は満ちた』と判断した楯無は、空間拘束結界『セックヴァベック』を発動して、イチカごと福音の動きを完全に封じる……空間拘束結界と言いつつも、結界の範囲がイチカと福音を中心に、半径50cmに限定されてるとか、結界の効果範囲は結構自由度が高いみたいだ。
千冬をも凌駕するだけの戦闘力を有しながらも、更に機体には空間拘束結界が搭載されてるとか、マジで楯無は『IS学園最強』だと言っても誰も文句は言うまいな。
彼女には、其れを名乗るに値する力ってモノを有してい居る訳だからね。
「此れが最大の好機ってな!今だ、ブチかませ織斑ぁ!」
「やってやるぜ!千冬姉、俺に力を貸してくれ!行くぜ福音!!此れで決めてやる!!うおぉぉぉ……零落白夜ぁぁぁぁ!!!」
完全に動きが止まった福音に、一夏の零落白夜が炸裂して福音のシールドエネルギーを強制的に吹っ飛ばして機体を解除させ、福音のパイロットの姿が顕わになる……楯無の空間拘束結界に囚われているお陰で、機体が解除されても落下せずにいたみたいである。
此れにて、作戦は無事に終了――ナツキとカタナが此れまで訪れた世界では、『例外なく臨海学校で一夏は福音に落とされた』のだが、此の世界ではそうはならなかった。『イチカ・アインザック』と『織斑一夏』って言う二人の『いちか』が存在してた事も関係しているのかも知れないな。真相は分からんけど。
その一方で、ラウラのAICで拘束された箒は口やかましく喚いており、セシリアに対しても『お前だって一夏に惚れていたのだろう!ならば、鈴は恋敵の筈だ』ってな事を言っていたが、其れに対してセシリアは『私では鈴さんに勝つ事は出来ないと確信して、身を退く事にしましたの……其れを理解していない貴女と同じと思っては困りますわ。』と言って箒を突っぱねていた。
「箒……お前、何で鈴を……」
「其れは、お前を救う為だ一夏!お前は鈴にかどわかされてしまったのだろう?……だからお前は私の事を見てくれなくなった。私はこんなにもお前の事を思って居ると言うのに!
だから、お前が私だけを見てくれるように、コイツの事を殺そうと思ったんだ!姉さんも、『いっ君の為にも、あのチャイニーズツインテールを殺すんだよ』と言ってたからな!!」
「そうか……そんな理由でお前は鈴を――こんの、馬鹿野郎!!」
そして、箒が鈴を襲った理由を聞いたい一夏は、速攻で怒り爆発状態となって、零落白夜を発動して箒に渾身の居合いを叩き込む!――鈴が殺され掛けた事に激高しておきながらも、多分一夏は何で自分がこんだけ怒ったのかってって事を理解して居ないだろうが、少なくとも一夏が鈴の事を大切に思って居ると言う事だけは間違いないだろう。
「一夏、そんな……如何して……?」
「お前の事は幼馴染だと思ってたけど、如何やらそれは俺の勘違いだったって今ハッキリと分かったよ……箒、俺はお前の事が大嫌いだ!自分の思い通りにならないと暴力ふるって来るところも、何かと俺に固執してくる事も、今までは幼馴染だからと思って許容してたけど、お前は鈴を殺そうとした!
其れだけはどんな理由があろうとも絶対に許せねぇ!!俺はお前の事が大嫌いだ箒!もう二度と、俺に話し掛けんじゃねぇ!!」
でもって一夏は箒にトドメとなる一撃を炸裂させる……一夏にベタ惚れの箒にとって、一夏から面と向かって『大嫌いだ』と言われるってのは、即死級のダメージであり、実際に箒は放心状態になっているのだ。一夏からの『大嫌いだ』ってのは即死級のダメージをも越えた、『99999×12回攻撃』だったのかも知れないな。
まぁ、恨むのならば鈴ではなく、一夏へのアピールを怠った己を恨むべきだろう……一夏と同室と言うアドバンテージが有ったにも関わらず、箒はそのアドバンテージを全く生かす事が出来なかった訳だからね。
何にしても、福音は鎮圧し、箒もぶち倒したので、本作戦は大成功であったと言って良いだろう。
数分後、福音のパイロットを抱えたイチカと、箒を抱えた一夏他六名が旅館に帰還し、楯無が『更識楯無以下八名、無事に帰還しました!』と報告すると同時に敬礼すると、千冬も『ご苦労だった』と、敬礼を返し、福音のパイロットは医務室に運ばれ、箒は教員室に連行されて行ったのだった。
取り敢えず、臨海学校で起きたトンでもない事件は、一人の犠牲者を出す事なく終息したのであった――そして、この一件のMVPは、誰が何と言おうと一夏の零落白夜をアシストしたイチカと楯無であるのは間違いないだろう。異論があっても、其れは全力で無視するレベルで、文句の付けようがないからね。
異世界であっても、『一夏と刀奈のコンビは最強』ってのは変わらない事なのかも知れないな。
To Be Continued 
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