深夜、日付も変わった頃のIS学園の生徒寮の屋上に音もなく降り立った一機のIS……其れは束が放った、『凰鈴音抹殺』の任を負った少女、『クロエ・クロニクル』の機体だった。
普通に考えれば、人殺しなど到底出来るモノではないが、クロエは束によって救われた者であるので、束には絶対的な忠誠を誓っており、それ故に束の命令は、例え其れがどんな内容であろうとも拒否すると言う選択肢は無いのだ。……自分で考える事を放棄していると言えるかも知れないが。
「不審者発見。これより、職務質問を開始する。」
「深夜の学校に不法侵入と言うのは、おねーさんあんまり感心出来ないかなぁ?」
「!!」
だが、いざ屋上から寮内に入ろうとした所で、聞こえてきた声にクロエは動きを止めざるを得なかった……と同時にクロエは『何故、張り込みが!?』と言う疑問を持たずには居られなかった。
今日こうして、自分がIS学園に向かうのを知って居るのは束だけなのだから。
「『なんで?』って顔してやがるな?
だけどな、篠ノ之束の性格を考えれば、此れ位は予想出来るぜ?織斑と同室になった凰を誘拐、或いは殺す為に来たんだろお前?テメェの妹以外の人間は、織斑の隣に立つ事を認めねぇってんなら、其れ位の事は戸惑わずにやるだろうからな、あの天災様は。」
「まさかとは思ったけど、アイン君の言う通りにして良かったわ……さて、紛れ込んだネズミは如何してくれようかしらね?ネコに食べさせちゃおうかしら?」
「!!」
完全に予想外の事態に、クロエは一旦この場を離脱して出直そうとしたが、飛び立とうとした瞬間に周囲から巨大な何かを押し付けられたかのような圧力が襲い掛かり、次の瞬間には身体を動かす事が出来なくなってしまった。
その間も、圧力は全く弱まる事なく、指一本動かす事すら困難な状況になって行く。
「此れは……まさか、空間拘束結界……?」
「大正解♪私のミステリアス・レイディのワン・オフ・アビリティ『セックヴァベック』よ。ロープや鎖と違い、見えない拘束具と言うのは防ぎようがないわ――そして、動きを止められた以上、貴女は抵抗する事が出来ないわよ。」
「そう言う事だ。ま、織斑と篠ノ之の事しか見てなかったご主人様を恨みな。他にも目を向けていたら、待ち伏せを見破れた筈なんだからな。」
其れは楯無の専用機のワン・オフ・アビリティーである『空間拘束結界』に、クロエが捕らえられたと言う事だった。
完全に意識の外から放たれた拘束攻撃に、クロエは対処出来なかった訳で、完全に動きが封じられてしまった以上はチェックメイト……最後はイチカの当身を喰らって意識を刈り取られ、クロエの任務は失敗に終わったのだった。
「んで、如何します此れ?」
「そうねぇ……本来なら、学園の地下房に監禁しておく所なんだけど、この子を救う為に篠ノ之束が何をするか分からないから、取り敢えず適当にお仕置きして、送り返しちゃいましょ♪勿論メッセージカード付きでね?」
「成程、そりゃ良いですね?早速やっちゃいましょう。」
其れから数時間後、束の秘密の研究所には、両肩・両肘・両手首、両股関節・両膝・両足首の関節を外されて、背中に油性マジックで『В следующий
раз этого недостаточно.(次はこの程度では済まさないから。)』と書かれたクロエが返却されていた。骨折ったり、ナイフで文字を刻み込んでいないだけまだ優しいと言えるだろう。ロシア語なのは、楯無がロシアの国家代表だからだ。
此れを見た束は、わなわなと震えながらもクロエの関節を全て元に戻し、『箒ちゃんの専用機が完成したら……其の時は待ってろよ!』と息巻いていた……クロエの任務失敗が如何言う意味を持つのか、この駄兎には理解出来んようである。
夏と刀と無限の空 Episode68
『異世界生活、割と満喫してます』
クロエを撃退した日の昼休み、午前中の授業は特に問題なく終わった訳だが、自分が束に命を狙われていた等と言う事は露ほども知らない鈴は、イチカと更識姉妹の部屋にやって来ていた。
何時もならば、昼休みは一夏、箒、セシリアと共に屋上や食堂でランチタイムであり、鈴は今日もその予定だったのだが、朝起きるとイチカからLineで『今日の昼休みは俺の部屋に来てくれ。お前の料理の腕前を見てみたい』とメッセージが来ていたのでイチカ達の部屋に来ていると言う訳だ。
無論、今この瞬間、箒とセシリアが一夏と一緒に居ると言うのは本来ならば鈴からしてみればあまり嬉しい事ではないのだが、『一夏と同室』と言う圧倒的なアドバンテージを得た今は、焦る事なくどっしりと構える事が出来ていた。
加えて自分の料理を一夏以外の第三者に評価して貰うと言うのは大切な事だとも考えていた――一夏の場合、馴染みの仲だけに少し評価に色が付いて正確な評価が得られない場合があるかも知れないからだ。
『一夏はお世辞なんて器用な事は出来ない』と分かってはいるのだが、矢張り近しい人の評価は甘めになると考えてしまうのは仕方ないだろう。
「其れじゃあ、始めさせて貰うわね?」
「あぁ、期待してるぜ?」
「私と簪ちゃん、結構舌が肥えてるわよ?」
「お姉ちゃん、そうやってハードル上げるの良くない。」
朝のLineメッセージの遣り取りで『何かこっちで用意しておくものは有るか?』と聞かれた鈴は『タイマーで米だけ炊いといて』と返しており、炊飯ジャーの中には炊き立てのご飯が入っており、其れを確認するとエプロンを装備して調理開始!
自室から持って来た材料は、既に切ってあるので先ずは天婦羅鍋に油を入れて熱し、充分に熱した所で一口大に切った豚バラ肉を投入して素揚げにし、肉を揚げてる間に、熱した中華鍋にごま油を入れて、玉ネギ、ピーマン、ニンジンと言った野菜を炒めて行く。
表面がカリッと揚がった豚バラ肉は、油を切ってから中華鍋に投入し、其処にケチャップ、酢、醤油、酒、オイスターソースを混ぜたタレを入れ、水溶き片栗粉でとろみを付けて、鈴の得意料理である酢豚が完成。
酢豚は鍋に蓋をしてとろ火で保温状態にすると、湯を沸かした鍋にキクラゲ、春雨、干し貝柱、水に戻した干しシイタケを投入し、ひと煮立ちさせたらシイタケの戻し汁とオイスターソースを投入し、塩と胡椒で味を調えたら、仕上げにネギ油を垂らして春雨スープの出来上がり。
最後はこれまた熱した中華鍋にごま油を入れると、先ずは其処に溶き卵を投入してフワフワの炒り卵を作ると、マヨネーズとチキンコンソメで味付けしたご飯を投入して超強火で炒め、ご飯がパラパラになって来た所で、みじん切りのネギとエリンギ、さいの目に切ったブロックベーコンを加えて更に炒め、仕上げにカレー粉を加えてから余計な水分と油分を飛ばして、スパイシーな香りが食欲をそそるカレー炒飯が完成!
材料の下準備をしていたとは言え、これら三品を作るのに要した時間は三十分を切って居るのだから大したモノだ。
「はい、出来たわよ!炒飯と酢豚とスープ!さぁ、召し上がれ!!」
「「「頂きます!!」」」
出来上がった三品を、イチカと更識姉妹は早速頂く事に。因みにだが、鈴は自分の分は作ってはおらず、鈴の本日の昼食は売店で買った回鍋肉弁当と牛乳だ。
……飲み物が牛乳なのは、察してやるのが優しさと言うモノだろうか。
さて、鈴の料理を食べた三人はと言うと……
「「!!」」
先ずは更識姉妹が驚愕の表情を浮かべていた。
楯無が言っていたように、更識姉妹の舌は結構肥えている――更識は大きな家であり、楯無も簪も言うなれば『お嬢様』であり、此れまで何度もパーティ等に出席していて、一流の味と言うモノを知って居るのだ。
だが、其の二人が驚きの表情を浮かべていると言うのは相当な事だろう。
「此れは……この酢豚、中華の名店にも負けない味よ鈴ちゃん!この味なら、ご飯とスープの定食セットで千五百円でも文句は言えないわよ!!」
「酢豚も美味しいけど、このカレー炒飯もとても良い出来だと思う。
大きめのサイコロカットのベーコンを微塵切りのネギとエリンギが際立たせて、カレーのスパイシーな味と香りが全体を〆てて素晴らしいと思う。私が此れまで食べて来たカレー炒飯の中では一番美味しいかも知れない。」
「スープも良い感じよね?
のど越しの良い春雨と、コリコリ食感のキクラゲの相性が抜群で、干し貝柱と干しシイタケの出汁が深い旨味を演出してるわ……正に絶品ね。」
「ほ、本当?良かったぁ……」
先ずは更識姉妹からの高評価を頂きました!
舌の肥えている更識姉妹から高評価を貰えたと言うのは誇って良い事だろう――少なくとも、鈴の料理の腕前は中華に限れば、一流のシェフと遜色ないレベルだと言えるのだから。
「…………」
だが、イチカは感想を述べずに、黙々と食していた。
そして、全て完食すると、箸とレンゲを置いて『御馳走様』と告げる。
「えっと、アタシの料理は如何だったかなアインザック?」
「うん、普通に旨い。店に出せるレベルだと思う。カレー炒飯と春雨スープは文句のつけようがないが……問題は得意料理だって言ってた酢豚だ。
この酢豚は確かに旨いし、中華の名店の酢豚に勝るとも劣らないが、この酢豚の味其の物は日本各地にある中華料理屋の酢豚と大して変わらない――それじゃあ織斑の心と胃袋には響かないと思うぜ?
既に完成されたこの酢豚に、凰鈴音だけにしか出来ないオリジナリティを加えてやれば、其れはもう最強の酢豚になると思うぜ?」
「アタシのオリジナリティ!!」
イチカはカレー炒飯と春雨スープは評価しつつも、酢豚に対して結構難易度の高いダメ出しをしてくれた――酢豚としては完成されているが、其処に鈴独自のオリジナリティを加えろとか、難易度がナイトメアだろうが、元の世界で嫁ズへの弁当を凝りまくっていたイチカだからこそ言える意見なのだ。
今でこそ当番制になっているが、嘗ては毎日嫁ズの弁当を作っていたイチカは、既存のレシピに独自のアレンジを加えるのが得意になっていたのである……其のおかげでイチカの保有レシピは、海馬社長が保有しているカードの枚数を越えていたりするのだ。
だが、イチカの高難易度のダメ出しは鈴の負けん気に火を点け、新たな酢豚の味を求めて模索し、ゴールデンウィーク前にはケチャップをトマトピューレとドライトマトに、酢を黒酢とフルーツ酢に、醤油をナンプラーを加えたモノに、酒を紹興酒に変えた全く新しい酢豚を完成させ、イチカからも『此れなら行けるぜ!』との太鼓判を貰ったのであった。
そして、鈴は寮生活でも兎に角一夏に献身的に尽くした。其れはもう、マジで一夏に尽くしまくったと言っても過言ではないレベルで尽くしまくった!
シャワー後の着替えを用意しておいたり、晩御飯を用意したり、一夏の布団を干して置いたりと、兎に角一夏の為にすべき事をしただけでなく、放課後の訓練でも箒とセシリアを圧倒するレベルで一夏にISの操縦の彼是を叩き込んで行った――其れも、前の様に擬音タップリで理解不能な、言うなれば『習うより慣れろ』的な説明ではなく、初心者の一夏でも分かり易い説明をしてだ。
此れまでは『盲目な恋する乙女』だった鈴だが、イチカと更識姉妹と言う強力なバックアップを得た事で『真なる恋する乙女』として覚醒したと言っても良いだろう。『真なる恋する乙女』と言うのは、向ける感情は恋心ではなく愛情になっているので、その想いは真であると言って良いだろう。恋をしている時は未熟!恋が愛になってこそ本物なのだ!!
『T・M・Revolution』の楽曲のフレーズにある『恋の中にある死角の下心』とは実に的を得ていると思う――『恋』の字では、心の字は下にある訳だからな。
――――――
ゴールデンウィークは特に大きな問題はなかった――ゴールデンウィークの前日に、イチカが鈴に遊園地のペアチケットを渡して、『コイツで織斑とデートして来いよ』と炊きつけて、鈴は子供の日に一夏との遊園地デートを行い、一夏に少なからず自分を意識させる事が出来ていた。
まぁ、デート前にイチカが一夏に呼び出されて、『鈴に遊園地に行こうかって誘われたんだけど、やっぱり中学の時のダチも誘った方が良いかな?』と相談された際には、『お前、マジで一度死ね。』と言ってしまったが、其れは仕方ないと言えるだろう。
まさかそんな事を言われると思っていなかった一夏に、『ただ遊びに行こうって誘ったんじゃない、お前と二人きりのデートがしたくて誘ったんだろうが!』と言ってやったら、『なんで鈴が俺とデートしたいんだ?』とマジで分かって無かったので、『鈍感と朴念仁も大概にしろや。』と一発ぶち込んだ上で、デートのイロハってモノを徹底的に叩き込んでやった。元の世界で五人も嫁が居て、デートの経験も豊富なイチカのアドバイスは、ウルトラ鈍感・超朴念仁な一夏でも理解は出来たらしく、デートでは鈴を巧くリード出来たらしかった。
因みに、一夏と鈴を尾行していた箒とセシリアは、イチカが箒にウルトラアルゼンチンバックブレイカーを、楯無がセシリアに暗黒地獄極楽落としを叩き込んでKOし、簪がKOされた二人の顔を撮影して『人の恋路を邪魔して馬に蹴られた人物の末路』としてSNSに晒してバズっていた……目の部分にはモザイクを掛けていたとは言え、簪もやる事が中々にえげつないな。まぁ、人の恋路を邪魔する輩に手加減なんてモノは無用の長物なので、徹底的にやってやるべきなのかも知れないがな。
其れを言ったら、イチカ達だって箒とセシリアの恋路を邪魔してるんじゃないかと思うだろうが、箒とセシリアの恋路は、鈴の恋路と比べたら純粋さが可成り低い『恋に恋してる』レベルなので、そんな不純な恋に純粋な恋が阻害されるのは如何なモノかと思って箒とセシリアを一夏から遠ざけてるので問題は無いのである。
そしてゴールデンウィーク最終日、イチカは生徒会室に来ていた。
「これ、君は如何思うアイン君?」
「シャルル・デュノア……世界で三人目となる男性操縦者っすか?怪しいどころの騒ぎじゃないんじゃないですか此れって、若しかしなくてもデュノアは男装してるって事ですよね?
寧ろ俺には、其れ以外の可能性は考えられませんよ。三人目の男性操縦者にしては、世間的な話題にもなってないのもオカシイですし。」
「やっぱりそうよねぇ……織斑先生は、『転入生二人は、私が受け持ちます』って言ってるみたいだけど、性別詐称の疑惑がある人間を学園に入れる訳には行かないのよねぇ?
かと言って、疑惑があるだけで決定的な証拠がない限りは拒否も出来ない……さて、如何したモノかしら?」
「いっその事、学園には入れさせておいて、此処に連れ込んで俺が居る前で脱がさせますか?本当に野郎で、やましい事があるなら疑惑を払拭する為に上半身マッパになる位はそんなに抵抗なくやれるでしょうし。」
「そうね、其の手で行きましょう。結果女の子だったら、其の時は其の時で対応すればいいわね。」
と言うのも、ゴールデンウィーク明けに学園にやって来る二人の転入生の内、フランスからやって来る『シャルル・デュノア』が、『三人目の男性操縦者』と言う肩書であり、其れを如何したモノかと楯無から相談を受けていたからだ。
元の世界で、シャルロットは『男装趣味』と言う、父親の考えた訳の分からん後付けの趣味を理由に、男装してIS学園にやって来たのだが、此の世界ではマジで『男性』として学園に来るみたいなのだ……どう見てもバレバレの男装でだ。
で、結論としては『学園に入れた上でイチカが居る前で脱ぐように言って、真相を確かめる』と言う事に決まった……やり方は若干問題かもしれないが、効果的で効率が良いのは間違いないだろう。
だが、其れ以上にイチカが危険視したのはラウラの方だ。もしもこの世界のラウラの機体にもVTSが搭載されているとしたら、タッグトーナメントで其れが暴走するかも知れないので、楯無に『ドイツでまことしやかに噂されていた事なんですけど』と前置きして、ラウラの専用機にはVTSが搭載されているかも知れないと言う事を伝えておき、楯無も『何かしら理由を付けて専用機を此方で預かって解析して、VTSが搭載されていた場合には其れを取り除いた方が良いわね』と、ラウラからどうやって専用機を預かるかを考えていた。
そしてゴールデンウィーク明けに、シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒが一年一組に転入して来たのだが、その日の放課後にシャルルは生徒会室に呼び出されて、例の作戦を敢行した結果、男装女子だと言う事が明らかになり、正体がバレたシャルロットは『転校初日でバレるって、其れは当然だよね……僕だって、此れは流石に無理があると思ってたからね。でも、バレちゃった時の為の準備はして来たんだよ……僕、日本に亡命するから。僕を利用して、男性操縦者のデータを得ようとしたみたいだけど、そんな事をする気は更々ないんだよね。寧ろ学園行きは望む所だったよ。此れで漸くアイツ等から離れる事が出来る訳だから、寧ろ清々するかな。序に、デュノア社の悪事のデータを纏めておいたので、此れお納めください。』とイチカが居た世界のシャルロットと遜色ないレベルの腹黒さを見せ、イチカと楯無と虚も若干引いていた。
取り敢えず、楯無はシャルロットに学園に害をなす気がない事を確認すると、日本のフランス大使館に掛け合って、シャルロットを日本に亡命させた上で、改めて『シャルロット・デュノア』として学園に再転入させ、序にデュノア社の悪事を世間に公表してデュノア社を社会的に抹殺し、亡命したシャルロットは更識が身元引受人となって面倒を見る事になった。……結果としてシャルロットは楯無の事を『楯無姉さん』と呼ぶ事になったのだが、まぁ其れは特に問題はないだろう。
ラウラの専用機に関しては、セシリアに喧嘩を吹っかけてフルボッコの半殺しにした際に、イチカと楯無が割って入って、楯無が『トーナメントまで、一切の私闘を禁止』と言った上で、無許可でアリーナを使用した事と、セシリアへの模擬戦を通り越した暴行のペナルティとしてラウラからトーナメントまで専用機を没収すると言う方法で専用機を預かり、整備室で簪に機体の解析して貰った結果、案の定VTSが搭載されていたので、其れを完全削除して事前にVTSの暴走は食い止められた。
で、タッグトーナメントでは一回戦で一夏と鈴のタッグが、ラウラと箒のタッグと戦う事になったのだが、此れは一夏と鈴のタッグがラウラと箒のタッグを圧倒した。
先ずはツーマンセルになり、一夏vsラウラ、鈴vs箒と言う形になったのだが、鈴は箒を圧倒していた――専用機と訓練機と言う機体の性能差もさる事ながら、鈴と箒では地力に圧倒的な差が有ったのだ。
其れだけならば、未だしも、箒は押されている苛立ちから、思わず『如何してお前の様な貧相で絶壁な奴が一夏と!』と言ってしまったのが運の突きだった……其れを聞いた鈴は、『誰が貧相で絶壁ですって、此の擬人化ホルスタイン!その無駄なデカパイ、削ぎ落してやるわ!』とブチ切れて、双天月牙の二刀流から衝撃砲のラッシュで箒をフルボッコにしてKO!矢張り、鈴に対して胸の彼是は地雷である。特に箒のような奴の場合は。
そして、其処からは一夏との見事なコンビネーションでラウラを圧倒し、最後は一夏が零落白夜を叩き込んでターンエンド!VTSが削除されていた事もあって、ラウラが暴走する事もなく、トーナメントは順調に進み、一夏と鈴のタッグは鈴が一夏の隙を見事にサポートしてトーナメントを勝ち上がり、決勝戦でイチカと簪のタッグと戦って……見事に敗北しました。
イチカが鈴を一夏から分断すると、近接戦闘に全振りした白式を使う一夏を、簪が『絶対殺す弾幕』で戦闘不能にし、イチカは衝撃砲を見切って、必殺の居合いを鈴に叩き込んでターンエンド。
だが、負けても一夏と鈴の表情は清々しかった――一夏は『もっと強くならないとな。』と思い、鈴は『上には上がいるって事を実感したわ。』と、更に精進し、イチカと簪にリベンジする事を誓っていた。一夏と鈴は、まだまだ伸びるのは間違いないだろうな。
尚、シャルロットは同室になった生徒とタッグを組んでトーナメントに出場したのだが、一回戦でイチカ・簪タッグに瞬殺されていた……絶対殺す弾幕と、神速の『目にも止まらない居合い』の組み合わせってのは中々にヤバいモノなのかも知れないな。
一夏と鈴のタッグは惜しくも準優勝だったのだが、此のタッグトーナメントで一夏と鈴の距離はグッと縮まったのは間違いないだろう。
――――――
タッグトーナメントが終わったら、次に待ってるのは臨海学校なのだが、臨海学校前にイチカは一夏を呼び出して、『臨海学校は海に行くんだから、水着が必要になるよな?……だから、凰の水着を買いに行くのに付き合ってやれ』と言って、一夏と鈴のショッピングデートをセッティングしていた。
かく言うイチカも、水着を買う必要があったのでレゾナンスにやって来たのだが――
「簪は兎も角、何で楯無さんも一緒なんですか?」
「私は貴方の護衛だから、臨海学校にも同行するのよ。だから、水着も新調しておこうかと思ってね♪アイン君も、私の新作水着みたいでしょう?」
「まぁ、見たくないと言ったら嘘になる程度には。」
「うん、正直で宜しい♪」
簪だけでなく楯無も一緒だった。
だが、楯無は『イチカ・アインザック』の護衛の任もあるので、臨海学校に同行すると言うのは当然と言えば当然の事だろう――なので、楯無が水着を新調するのもある意味では必要経費なのだ。更識の頭首として、みすぼらしい水着姿をイチカに曝す事は出来ないと言う思いもあるのだが。
三人ともどんな水着を買うのかは大体決めていたらしく、買い物自体はスムーズに終わり、簪はフリルの付いた可愛らしいビキニを購入し、楯無はパールホワイトの紐パンタイプのビキニを購入し、イチカはボディビルダーが穿いてるような海パンを購入した。
ところ変わって一夏と鈴の方は、一夏が無難なトランクスライプの海パンを購入し、鈴は色んな水着を試着した上で、一夏が『其れが一番似合ってる』と言った赤いビキニを購入。
支払いは、イチカから教えて貰った事を実践して一夏がした。デートでの買い物は、野郎が出すのが基本です。
其れを見た女尊男卑の思想を持つ女性が一夏に支払いを押し付けて来て、一夏も『如何したモンかな?』と思い、鈴は折角のデートに水を注されて少しばかり不機嫌になり掛けたが、其処にイチカ達が割って入り、自分と一夏が『世界に二人しかいないIS男性操縦者』である事を説明して学生証を見せ、一夏が織斑千冬の弟だと言う事を教えてやったら、女性は顔を青くして逃げようとするも、事の次第は監視カメラにバッチリ映っており、直後に到着した警備員にドナドナされて行った。
「アインザック達も来てたんだ?」
「水着買うってんなら、品揃えで考えると此処が一番だからな……にしてもまぁ、変なのに絡まれて災難だったな?デートに水を注すとは、無粋な事をするモンじゃないよなぁ?」
「『#女尊男卑の勘違い女の末路』っと。」
「オホホホ、簪ちゃんは仕事が早いわね?此の投稿が、女尊男卑の思想を持つ者達に対する爆弾になると良いのだけれど。
さて、面倒事を片付ける為に参上したけれど、事が終われば私達はお邪魔でしょうから退散するわね~~?あ、其れと織斑君。此処の最上階はレストラン街になってるから行ってみると良いわ。結構お洒落な店もあるみたいだから、鈴ちゃんの好みの店でランチとか良いんじゃないかしら?」
「え?あ、はい、検討してみます。」
取り敢えず女尊男卑の勘違い女は何とかなったので、イチカ達はその場から退散する事にし、改めて二人きりになった一夏と鈴は、その後も臨海学校で必要になりそうな物を買い、ランチタイムは楯無から教えて貰った最上階のレストラン街の中華料理屋で摂る事に。
其処で一夏は酢豚定職を頼んだのだが、其れを食べた一夏が『鈴の酢豚の方が旨いな』と呟き、其れを聞いた鈴が密かにガッツポーズをしていた――鈴の料理は確実に一夏の胃袋を掴んでいるみたいである。
尚、イチカと楯無と簪は同じレストラン街のイタリアンの店に入り、イチカがイカ入り明太子スパゲッティ、楯無がカルボナーラ、簪がボロネーゼを注文し、更にペパロニとアンチョビのピザも注文してシェアしていた。
序に、一夏と鈴を付けていた箒とセシリアは、水着を買いに来ていた千冬と山田先生によって連行されて強制的に買い物に付き合わされた。
それに対して不満げな事を言った箒とセシリアだったが、『不審者として通報される前に助けてやったんだから感謝しろ』と千冬に言われては何も言えなかった……今の箒とセシリアは、サングラスやらマスクやら帽子やらで変装しているのだが、見た目は可成りヤバい人でしかなかったからね。
更に付け加えておくと、ラウラとシャルロットは何時の間に仲良くなっていたらしく、イチカ達とは異なるスケジュールで買い物をしていたらしかった。
――――――
そして臨海学校当日、楯無はイチカの護衛なので四組のバスに乗り込み旅館に向かったのだが、移動中のバス内で行われたカラオケ大会では簪との見事な『姉妹デュエット』を披露して場を盛り上げていた。
「(こっちでは随分と時間が経ってるが、まだ向こうの世界では三時間経ってないんだよな……何だか時間の感覚がオカシクなるかもだ。)」
そんな中で、イチカはまだ元の世界では三時間が経過していないんだなと感じていた……既に此方の世界で結構な日数を過ごしているのに、元の世界では三時間経ってないとか、ちょっとした精神と時の部屋状態だと言えるわな。
だが、イチカはその考えを直ぐに振り切って、今は此の世界を楽しむ事に集中しようと頭を切り替えると、カラオケで一曲披露し、拍手喝采を浴びるのだった。
旅館に到着後は割り当てられた部屋に荷物を置くと、一日目は自由時間なので、水着に着替えてから海にレッツゴーだ!とは言っても、イチカも楯無も簪も、制服の下に水着を着て来たので直ぐに海に向かえたのだが。
尚、イチカは更識姉妹と同室である。
海に行くと、イチカは一夏を探し……
「見付けた。織斑、お前に此れを渡して置くぜ。」
「此れって、日焼け止めのオイル?なんだってこんな物を……?」
「決まってんだろ……凰にタップリと塗ってやれって事だよ。海の男女のスキンシップの基本だろこんなモン。だから、頑張れよ!」
「あ、オイ!」
一夏は目聡く一夏を見付けると日焼け止めのオイルを渡し、何に使うのかを簡潔に説明すると更識姉妹の元に戻って行き、残された一夏は『まぁ、鈴に頼まれたら塗ってやるか』程度には考えていた。
……実際に鈴に『オイル塗ってくれる?』と言われて、うつ伏せになった姿を見た時には相当にドキドキしたようだ。少しずつではあるが、『お前精神病じゃねぇの?』と言いたくなるレベルの鈍感と朴念仁は、改善されている様である。本当に少しずつではあるのだが。……鈴の恋路のゴールは中々に遠そうである。
イチカの方はと言うと、貸しボード屋からサーフボードを借りてサーフィンを楽しみ、多彩な技で砂浜を沸かせており、其処に楯無が加わってイチカと共に更に複雑なコンビネーション技を披露してより砂浜を沸かせ、簪は簪で『此れは本当に砂か?』と思う位の見事なサンドアートを作り上げて皆を驚かせていた。
箒とセシリアは、ビーチバレーで千冬の『爆撃スパイク』を喰らって、栽培マンの自爆で爆死したヤムチャみたいになってた。
海を思い切り満喫した後は、温泉で砂やら海水やらを流した後に、浴衣に着替えて夕食タイム!
此の世界での旅館の夕食も豪華で、刺し身の盛り合わせに浜焼き、天婦羅と至れり尽くせりだった……まさかのメニューとして『オオグソクムシラーメンミニ』が出て来たのは予想外だったが、イチカが躊躇せずに丸ごとバリバリ行くと、他の生徒も其れに倣って丸ごとバリバリ行っていた。
インパクトはハンパないかも知れないが、寿司ネタとしてお馴染みのシャコだって見た目は殆ど虫なのだから、その仲間だと思えば大した事はないのかも知れない。
夕食後は、再び温泉タイムなのだが、露天風呂の男湯と女湯は壁一枚で隔たれているだけなので、男湯にも女湯の『女子トーク』がバッチリ聞こえて来ていて、イチカは慣れた感じで、一夏は少しだけ顔を赤くし、鈴の声が聞こえて来た時にはよりドキッとしたのだが、『ホルスタインの擬人化しか居ないのかこの学園はーー!』ってのを聞いた時には『鈴は鈴だなぁ』と、妙な安心感を感じていたとか居ないとか。まぁ、鈴の胸部装甲の増強は望めないので、其処はもう諦めて貰う以外の選択肢はあるまいて。
まぁ、一夏と男女の関係になって一線を越えたら、一夏の胸部マッサージによって成長する可能性はあるかも知れないがな。
温泉後は、就寝時間まで自室で過ごす事になる訳で、一夏と鈴が千冬に呼び出されている裏で、イチカは楯無と簪と一緒に、スマホでオンラインの麻雀で対決していた。
オンラインの麻雀ゲームはあくまでも金銭は賭けないお遊びの範疇なので問題はなかろう。――そもそもにして、麻雀は純粋なゲームだった筈なのに、何故に賭博みたいになってしまったのか若干の謎である。
「此れで決めさせて貰うわ……リーチよ!」
「其れは如何かな?楯無さん、其れロンです。序にチューレンポートーですね。」
「チューレンですってぇ!?ポートーですってぇぇ!?」
「一生で一度拝めるか如何かと言う最強の役を、ツモじゃなくてロンで揃えるなんて……私もお姉ちゃんも完全に箱を喰らっただけじゃなくて持ち点がマイナス。」
「く……こんな結果になるとは思わなかったけど、麻雀で負けた以上は脱ぐのが通り!アイン君、目に焼きつけなさい!私と簪ちゃんの下着姿を!!」
「いや、脱がなくて良いっす楯無さん!てか、麻雀で負けたら脱ぐのはゲーセンの脱衣麻雀の世界の事なんで!普通は脱ぎませんから!其れと、昼間に楯無さんと簪のビキニ姿を堪能したので下着姿は喰い過ぎになるんで!!!」
圧倒的な勝利を収めたイチカに、楯無は脱ごうとするが、其れはイチカが何とか辞めさせると同時に、『刀奈は異世界でも刀奈なんだな』と妙に納得していた――まぁ確かに元の世界でも、臨海学校の時に麻雀で負けた刀奈は脱ごうとしていたからね。
「食べ過ぎじゃ仕方ないわね♪
其れは其れとして、取り敢えず今日は無事に終わったけど、私には如何にもこの臨海学校が此のまま無事に終わるとは思えないのよ……私の思い過ごしの杞憂であれば良いんだけど……」
「残念ながら、楯無さんの杞憂では終わらないと思います。」
「イチカ、其れは如何して?」
「明日は篠ノ之箒の誕生日だからだよ簪。」
其処から楯無が雰囲気を一変させて、『此のまま臨海学校が無事に終わるとは思えない』と言うと、イチカは『無事には終わらないだろうな』と言うニュアンスの事を言い、その理由として臨海学校二日目の明日が、箒の誕生日だからだと言い、其れを聞いた楯無と簪も納得の表情を浮かべていた。
「篠ノ之束は、篠ノ之箒を溺愛してるって話だったから、そんなシスコン駄兎が篠ノ之の誕生日に何もしないとかあり得ないと思うんですよ――てか、確実に何かして来ると思います。
若しかしたら、篠ノ之に専用機を持って来るかもしれませんよ。」
そして、元の世界であった事を、此の世界に当て嵌めて推測して、『二日目に束が何かやらかすかも知れない』と言う事を楯無と簪に伝える――元の世界の束は、箒への手切れ金としてリミッターを掛けまくった専用機を開発したが、此の世界の駄兎はリミッターなしで箒の専用機を作りかねないので、警戒しておくに越した事はないだろう。
「その可能性は確かに否定出来ないわね……そして、彼女の為の専用機を持って来るだけなら良いとして、其れ以上の事も起こるかも知れない、そう考えておいた方が良さそうね?」
「その可能性を考えていた方が良いと思います。」
「警戒は、しすぎて損って事はないと思うから、本音にも伝えておくね。」
警戒は最大限にと言うのは基本なので、楯無も簪も警戒レベルをMAXまで引き上げ、簪は本音にも連絡を入れて警戒レベルを引き上げるのだった――この辺の対応の早さは、流石は更識の長とその妹と言うべきだろうな。
如何しても楯無の方が注目されがちだが、簪は目立たない所で縁の下の力持ちで姉をサポートしてるのである。
取り敢えず良い時間になったので、イチカ達は布団に入って寝る事にしたのだが、夜中にイチカが目を覚ました際には両脇を更識姉妹にガッチリと固められて身動きが取れない状態になっていた。
モテない野郎からは『なんて羨ましい事を』と言われそうだが、実際には下手に動く事が出来ないと言う可成り不便な状況なので、其れを羨むと言うのはお門違いだと言えるだろう。
尚、イチカ達がゲームを楽しんでいたのと同じ頃、千冬は鈴と箒とセシリアを教員室に呼び出し、一夏を退席させた上で『お前等、アイツの何処に惚れたんだ?』と聞いていたのだが、此処でも鈴が具体的かつ情熱的に惚れた理由を語り、箒とセシリアが一夏に向けている好意とは一線を画すレベルの好意を持っている事を見せ付けていたとか……聞いた張本人である千冬が『そ、そうか……うん、良く分かった。』と若干引き気味だったと言えば分かりやすかろう。
だが、クロエの一件を知らない千冬は鈴と一夏が同室になっても、学園に束からのアクセスがない事に関して、『アイツも流石に人の恋路までは邪魔せんか?』と若干的外れで、楽観的な事を考えても居た。……あの駄兎が、そう簡単に変わる筈もない事位は分かりそうなモノだが、其れだけ何もしてこなかったと言うのが、千冬にとっては意外な事であると言う事なのだろう。少なくとも、楽観的に考えてしまう位には。
其れは其れとして、夜が明け、臨海学校の二日目が始まり、其処で楯無の心配は杞憂で終わらずに現実になってしまうのだった……
To Be Continued 
|