『銀の福音』の暴走を見事に鎮圧したイチカ達は、簡単なバイタルチェックを済ませた後は自由時間となり、楯無を筆頭にした女子達は温泉に突撃し、イチカと一夏は旅館のサロンでデュエルを楽しんでいた。
イチカの使用デッキはシンクロンとスターダストをメインにしたシンクロデッキで、一夏はブラック・マジシャンと真紅眼をメインに、ランク7のエクシーズとブラマジの融合を駆使したデッキを使い、今のところ四戦して二勝二敗と中々良いデュエルをしているみたいだ。
「カードを一枚セットしてターンエンドだ。」
「俺のターン!って言いたい所だけど、サレンダーしても良いかアインザック?先攻一ターン目で、シューティング・クェーサーと、スターダスト・シフルとコズミック・ブレイザーと、シューティング・セイヴァー・スターを並べられたら勝てる気がしねぇっての!」
だが、五回目のデュエルでは、イチカが先攻一ターン目で最強クラスのシンクロモンスター四体を展開すると言う『え、此れ手札とドローカード積み込んでね?』と思うような布陣を敷いて一夏を圧倒していた……先攻一ターン目で攻撃力四千+あらゆる効果が三回、モンスター効果は四回も無効にされる上に、イチカのフィールドのカードは全部一度だけ破壊されないと言う極悪仕様――此れだけの布陣を敷かれてしまったら、其れはもう投了するしかあるまいて。
それ程までにイチカの布陣は凶悪にして強烈だったのだ。
「其れじゃあ、俺の勝ちだな。
……そんで、お前は何を悩んでるんだ織斑?――若しかして、篠ノ之にきつい言葉を浴びせちまった事に対して悩んでるのか?」
「アインザック……まぁ、そうだな。
箒が鈴を殺そうとした事は、確かに許せない事ではあるんだけど、それでも俺は如何してあそこまで箒にきつい事を迷う事無く言う事が出来たのか、其れが分からないんだ……箒だって、俺にとっては大切な幼馴染だった筈なのにさ。」
其れは其れとして、イチカは一夏が何かに悩んでいると言う事に気付き、其れを問うと、一夏は箒に対して、如何してあんなキツイ言い方をして、そして絶縁宣言までしたのか、その理由が分かっていなかったみたいだ。
『鈴が殺されそうになった事でブチキレた』にも拘らず、其れがどうしてなのか分からないとか、マジで鈍感極まりないと言うべきなのだが――
「本来なら、お前が自分で気付かないと意味が無いんだが、福音戦でキッチリと自分の仕事を熟した褒美として特別に教えてやるよ織斑――お前が篠ノ之にブチ切れたのは、其れだけお前は凰の事を大切に思っていた、愛していたからだ。
だから、お前は愛する人を殺そうとした篠ノ之の事が許せなかった。当然の事だよな。」
「俺が、鈴の事を……?」
此処でイチカが其の答えを教えてやった。本来ならば、イチカの言うように自分で気付かねば意味が無いのだろうが、一夏の場合は一生気付かない可能性が大いにあるので、イチカは特別に答えを教えてやった訳だ。
勿論言われた一夏の方は、鈴をそう言う対象としては見ていなかったので戸惑っていたが、イチカに『ここ最近、お前の事を一番に考えて行動してくれてたのは誰だったか考えてみろ。そうすれば自ずと答えは出るだろ?』と言われ、其処で気が付いた様だ。
「部屋の相手が箒から鈴に変わってから、鈴は何時も俺の事を気に掛けてくれてたし、ISの訓練でも俺に分かり易いように教えてくれてた……ゴールデンウィークの時の遊園地も、この前の買い物も、鈴と一緒に居ると何だか気持ちがホッとしてた。
そうか……俺、鈴の事を。……アインザック、俺ちょっと鈴の所に行って来る。」
「おう。確りやって来いよ織斑。結果は、明日の朝聞かせて貰うぜ。つか絶対聞かせろ。」
「お前、俺の兄貴か何かかよ?」
「『いちか』の名を持つ者同士として、兄弟の盃でも交わすか?当然、俺が兄貴分だけど。」
「アインの兄貴ってか?……止めとくわ、俺のキャラじゃないし。」
「だろうな。」
自分の気持ちに気付いた一夏は、其れを鈴に伝えるためにその場を後にし、残されたイチカは『漸く、凰の思いが実を結ぶ時が来たか』と思いつつ、スマホで楯無に連絡を入れると、旅館の外に出て行った。
其れは誰にも見られては居なかったが、もしもこの時のイチカを誰かが見ていたら戦慄しただろう……この時のイチカの表情は、一夏と話していた時とは別人であるかのような険しいモノになっていたのだから。
夏と刀と無限の空 Episode70
『天才か天災か知らないが図に乗るな』
旅館を出たイチカは、海の近くに有る高台にやって来ていた。
今夜は満月であり、月明かりに照らされた海面と砂浜が幻想的な美しさを醸し出し、この風景を写真に収めてSNSにアップしたら可成りバズる事は間違いないだろうが、生憎とイチカの目的はこの風景を写真に収める事ではなかった。
「よう、世紀の大天才様が何してるんだ?高台から月夜の海を眺めてるとは、柄にもなく風流を楽しんでるのかい?」
「お前……!」
この高台には、既に先客が来ており、イチカの目的は其の人物だった。
声を掛けて来たイチカに対して、恨みやら怒りやら怨念と言った負の感情をこれでもかと言う位に詰め込んだ視線を向けて来たのは、ISの開発者にして、世界中から指名手配されている世紀の大天才にして大天災、人類史上最狂最悪の人格破綻者である狂人……この世界の篠ノ之束だった。
「オイオイ、酷い面だな?
そんなに自分の思い通りに事が進まなかった事が気に入らないのか?だが、其れは仕方ないってモンだ。俺と楯無さんと簪が居る時点で、アンタのシナリオ通りには事は進まないって決まってるんだ。
俺も楯無さんも簪も、台本通りに演じるよりもアドリブの方が得意なタイプだし、台本通りよりもアドリブが入った方が面白くなるってモンだろ?」
「……何処までも気に入らないなお前。束さんのシナリオ通りに事を進めておけばいいのに、下らないアドリブで全部台無しにしやがって!!」
「はぁ?先に下らねぇ企みで俺達の楽しい臨海学校ぶち壊したのはアンタの方だろうが。俺としては、アンタのシナリオをぶっ壊す位の権利はあると思ってるぜ?
其れとも、自分が臨海学校ぶち壊すのは良くても、自分のシナリオをぶっ壊されるのは我慢出来ないってか?だとしたら、只の我儘なガキじゃねぇか。」
そんな束の視線を受けてもイチカは怯む事無く、束に対して口撃を展開していく。
此の世界の束の怒りを一般人が受けたら、其れだけで気絶してしまうかもしれないが、イチカは誘拐されても全く動じないだけの胆力がある上に、ISを起動出来ると分かってからは、何度も死に掛けるような訓練をして来たので大抵の事では動じなくなっているのだ。恐怖と言う感覚が、極限まで麻痺してると言っても過言ではあるまいな。
尚、イチカはISを起動出来ると分かったその日から入試までの一カ月間、毎日十九時間ISの訓練を行っており、稼働時間は五百七十時間と、並の代表候補生を余裕で上回っていたりする……この時点で大分普通ではないな。
「福音の暴走、アンタがやった事だろ?
テメェの妹に専用機与えて、そのデビュー戦の相手としてアメリカとイスラエルが共同開発した最新鋭機を暴走させた……但し、織斑と篠ノ之で対処可能なレベルでな――アンタのシナリオでは、織斑と篠ノ之が協力して福音を撃破して、そして二人が結ばれるって感じだったんだろうが、其れは俺と楯無さんが立案した作戦によって実現せず、更には織斑の心の中には篠ノ之は存在せずに凰がその大部分を占めていた。
だからアンタは妹を炊き付けて、凰の事を殺させようとした――凰が居なくなれば織斑の気持ちは篠ノ之に向かうと考えたんだろうが、だとしたら浅はかとしか言い様がねぇな?織斑の心の大部分を占めていたのは凰だ。其れを殺した篠ノ之に、織斑の気持ちが向かうって、本気で思ってんのかアンタは?だとしたら笑えねぇなんてモンじゃねぇよ。」
だからイチカは止まらずに、束に次々と正論をぶつけて行く。
仮にあの時箒が鈴の殺害に成功していたとして、だからと言って一夏の気持ちが箒に向かうかと聞かれたら、其れは間違いなく『No!』だろう。
あの時、一夏は無意識ながらも鈴の事を、『己の大切な人』であると認識していたのだ――そんな風に認識していた鈴を箒が殺したら、一夏が箒に向ける感情は怒り一択であり、如何考えたって恋愛感情を持つ筈がないのである。
「はん、そんなモノは後で如何だってなるんだよ!最悪の場合は、いっ君を連れ去って記憶をちょちょいって弄ってやれば、それで事足りるからね!いっ君の隣に居るべきは箒ちゃんであり、其れ以外の奴なんて必要ないんだよ!」
「はぁ……トコトン性根が腐ってんなアンタ。
白騎士事件もそうだったが、アンタは自分の目的を果たす為なら、普通の人間が越える事を躊躇っちまう一線も簡単に越えて、そのせいで人の命が消えちまっても、其れを屁とも思ってねぇ……そして、その身勝手な振る舞いで、凰の純粋な恋心を潰そうとしやがった、絶対に許さねぇ。」
「絶対に許さないとは、随分と粋がってくれてるけど、束さんを如何する心算だお前?まさか、束さんをブチのめすとか身の程知らずな事を言ったりしねーよね?お前如きが束さんを如何にか出来ると思ってんのかい?」
「出来ると思ってるから、言ってんだよこの駄兎が。
テメェが天才でも天災でも関係ねぇ……テメェの事は今この場でぶっ潰して二度と再起出来ないようにしてやるから覚悟しやがれ。くれてやるよ、地獄への片道切符って奴をな!」
「…………!!」
そしてイチカにとって、束がやった事は絶対に許せない事であり、拳を鳴らしながら束との距離を詰めて行く。
その姿は宛ら、どこぞの『世紀末救世主』を彷彿とさせる迫力があり、加えてイチカからは濃密な闘気が発せられ、その闘気がドラゴンボールの如く激しいオーラとなってイチカを覆っている――此れには、束も少しばかり後退ってしまった。それ程までに、イチカの闘気は凄まじかったのだ。
加えて束は、声を上げる事も出来なかったので、イチカの発した闘気が如何にすさまじいモノであったのかと言う事が分かるだろう……元の世界で、無茶苦茶なトレーニングをしてしていた事で得られた彼是は、此の世界のイチカにも適応されていると、そう言う事なのだろう。
其れ以上に、このイチカの闘気に怯んでしまっただけでも、此の世界の束の底が知れると言うモノだろう――確かにイチカが放った闘気のオーラはトンデモナイレベルのモノではあるが、イチカが元居た世界の束ならば、此れを受けても平然としてだろうからね……同じ束であっても、其の脳力と能力には雲泥の差どころか、月と鼈レベルの差が有るのだろうな。
「アイン君、箒ちゃんの血液検査の結果が出たわ。アイン君が疑っていた通り、箒ちゃんは興奮剤の一種を投与されて、正常な判断が出来なくなってみたいね。」
更に其処に楯無が現れて、イチカに『箒には興奮剤が投与されていて、正常な判断が出来なくなっていた』と言う事を伝える。
イチカは、箒が一夏に惚れている事は知って居たが、だからと言って鈴の殺害にまで至ると言うのはあり得ないと考え、『若しかして、何か薬でも投与されてたのでは?』と思い、楯無に箒の血液検査を行ってくれるように頼んでいたのだが、その結果はイチカが予想していた通り、箒の血中からは薬物の、興奮剤の成分が検出されたのだ。実の妹に興奮剤を投与するとかマジで外道の極みだな此の世界の束は。
「サンキュー楯無さん。
このクソ兎、テメェの妹に興奮剤ぶち込んで、そんでもって炊き付けた訳か……テメェの思い通りに事を進める為には、妹を犯罪者にしても構わないってのは、マッタク持って恐れ入るぜ。
結局のところ、アンタは自分の事しか考えてねぇ訳だ……このクソ兎が。」
「でしょうね。本当に妹の幸せを願うのなら、まかり間違ってもこんな事はしないでしょうからね。――束博士、貴女は本当に意味で箒ちゃんを愛していた訳ではなかったのですね。
この興奮剤、一般的なモノよりも、アドレナリンの放出量を三倍にまで高めてあるモノでしたし……興奮剤までお手製のモノを使ったと言う訳ですか。流石は、世紀の大天災、恐れ入りますわ。」
其れは余りにも危険な行為であり、イチカと楯無は更に束を睨みつける。束の防御が下がった……ってのは冗談だが、其れに匹敵するだけの睨みであったのは間違いないと言っても過言ではあるまい。イチカも楯無も、其れだけの睨みを束にブチかましているのだから、怯むなってのがそもそもにして無理な事だろう。
其れはまぁ、其れとしても、興奮剤は、それ自体が非常に危険なモノであり、地下格闘技の様な裏の世界であっても余程の事が無い限りは使用される事のない代物であるのだが、束は効果を三倍にまで高めたモノを箒に投与していたのだ……結果として、箒の一夏に対する思いが暴走し、恋敵である鈴を殺害しようとする凶行に走らせるに至ったのだ。正に興奮剤の副作用による暴走と言っても過言ではあるまいて――暴走ってのはマジで碌な結果を齎さない訳だな。
其れは其れとして、束は、箒の殺人の教唆をしたと言うだけあっても、勿論其れだけでも充分に極刑モノなのだが、最悪の場合は興奮剤を投与された箒の命すら危険だった……此れだけ効果の高い興奮剤を投与された場合、興奮状態にあった際の高揚感に一種の快楽を覚えてしまい、興奮剤に依存して不必要に投与するようになり、結果として精神が壊れてしまう可能性があるからだ。
箒と一夏をくっつける為に鈴を亡き者にしようとしただけでなく、箒の命すら危険に晒していたのだ――結局束は、『箒は一夏と結ばれるべき』と言う己の思いを現実にする為に、箒を利用すると言う本末転倒な事をしていた訳である。
そして其れは、自分も妹を持つ身である楯無にとっては余計に許す事の出来ない事だった。
楯無も、簪に好きな人が出来たのならば、その恋を成就させるべく最大限のサポートはするだろうが、だからと言って自分の妹を危険に晒す事だけは絶対にしないだろう。そもそも、真に妹の幸せを願うなら、表立って彼是するのではなく、影の裏方としてサポートするのがベターであり、束の様にしゃしゃり出て来ると言うのは悪手以外の何物でもないのである。
「ふん、箒ちゃんが興奮剤に依存しても、束さんは興奮剤の効果を打ち消す薬も開発してるから問題ねーんだよ!束さんがそんな準備もしてないと思ったか?
全て私のシナリオ通りに事が進めば何も問題は無いし、箒ちゃんがあのチャイナツインテールを殺しちゃっても、束さんならその事実をなかった事に出来る。それどころか、あのチャイナツインテールの事をはじめから存在してなかった事にすら出来るんだ!何処にも問題はねーだろ。」
「問題しかねーだろ、この腐れ脳。
世間では世紀の天才とか言われてるけど、一周回って馬鹿だろアンタ?ってか、確認は不要、つまり馬鹿だなアンタは。……そんでもって、アンタみたいな馬鹿は付き合ってると疲れる事この上ねぇんだわ……『自分を天才だと思ってる馬鹿ほど救いようがないモノは無い』って事だったけど、コイツは正にその典型かよ?マッタク持って笑えないぜマジで。」
「如何やら篠ノ之束は、天才と馬鹿は紙一重の紙一重の方だったみたいね。
まぁ、其れは今は良いとして……以前に貴女が鈴ちゃんを一夏君の前から居なくなるようにするために寄越した女の子に『次は無い』ってメッセージは送ってた筈だけれど、其れを見ておきながらもこんな事をしたと言う事は、つまりあくまでも私達と敵対する道を選ぶ、そう言う事で良いわね。」
何処までも自分本位の身勝手な事ばかり言う束に対し、最早イチカも楯無も呆れ果てるより他なかった。此処まで身勝手だと、逆にある意味で感心してしまうレベルであるかも知れない。正に『身勝手の極意』!こんな身勝手の極意は、絶対に会得したくはないが。
だが、束の身勝手は別として、楯無はこの間、学園の生徒寮に侵入した少女に『次は無い』とのメッセージを書き込んで束に送り返していたのだが、其れを見ていたにも関わらず、こんな事をしたと言う事は、最終通告を無視した訳で、つまり束は楯無の敵となったのだ。
「な~んで、この束さんがお前等みたいな凡人の言う事に従わなきゃならないんだよ?……てか、クーちゃんをあんな風にしたのはお前か……そんじゃ、死ねよ。」
楯無の言った事を聞いた束は、自分が送り込んだ少女――クロエ・クロニクルを返り討ちにしたのが楯無だと分かると、エプロンドレスのスカートからハンドガンを取り出して引き金を引こうとするが、其れよりも早く楯無が、海馬のカード投擲を彷彿とさせる生徒手帳投擲を行ってハンドガンを束の手から弾き飛ばすと、イチカがスライディングで突撃し、ハンドガンを海まで蹴り飛ばす!
そして其れだけでなく、イチカはブレイクダンスの様な動きで態勢を整えると、腕の力だけで跳躍して束の頭を両足でホールドすると、フランケンシュタイナーをブチかまし、更に追い打ちにフラッシュ・エルボーを叩き込む!
「ぐへ……この!!」
だが、束は直ぐに起き上がると、胸元からナイフを取り出してイチカに襲い掛かって来た……何だってそんな所にナイフを隠し持っていたのかは謎であるが、多分大きな意味は無いのだろう。一般人とは思考形態が異なるエイリアンの思考形態なんぞ分かる筈がないからな。
普通に考えれば、素手とナイフでは、ナイフの方が有利だと思うだろうが、イチカは束のナイフ攻撃を全て余裕で回避していた――束のナイフ攻撃は、並の人間だったら、あっと言う間に致命傷を負っていただろうが、イチカは超一流との訓練を行って来た上に、ISを使わない格闘に関しては元の世界の千冬よりも強い稼津斗に師事していたので、『高い身体能力にモノを言わせた、基礎を知らない攻撃』なんぞ大した脅威ではないのだ。
「クソ!なんで、如何して当たらないんだよ!」
「身体能力が高いだけで、実戦経験皆無な奴の攻撃を喰らう程、俺は間抜けじゃねぇっての。生まれ持っての才能に胡坐掻いて、精進を怠ったらその才能も腐るだけだ、ぜ!!」
ナイフ攻撃を躱したイチカはボディブローのカウンターを入れると、其処からロ―キック→ミドルキック→後回し蹴り→ハイキック→踵落としのコンボを叩き込んで束にダメージを与えて行く。
「束様……!」
「あらあら、乱入はなしよ?」
此処でクロエが束の助太刀に乱入して来たが、其れは楯無が対処してイチカと束の戦いには乱入させない。
乱入を邪魔されたクロエは、両手に細身の剣を展開して楯無に斬りかかるが、楯無はその攻撃を扇子一本で捌き切るだけでなく、手首を扇子で打ち据えて、剣を手放させると同時に、飛び付きからの三角締めフランケンシュタイナーを叩き込み、其のまま三角締めで締め上げる。
フランケンシュタイナーで思い切り背中を地面に叩き付けられた上に、三角締めで締め上げられると言うのは、やられた方からしたら溜まったモノではないだろう。何せ、背中を打って息が詰まった所を更に締め上げられるのだから、『呼吸が苦しい』どころの騒ぎではないのだ。
「あぐ……ああ……あ……」
程なくしてクロエは意識が落ちて戦闘不能になり、即座に楯無に拘束されてしまった。
そして、イチカと束の戦いも、イチカが束のナイフを落とすと、肘打ちから裏拳のコンボを叩き込み、裏拳を顔面に喰らった束は鼻血を噴出していた……イチカは元々女性に顔面攻撃はしないのだが、其れはあくまでも相手が普通の女性であればであり、此の世界の束の様な腐れ外道には一切の容赦なしで顔面攻撃を叩き込む事が出来るのだ。外道に手加減なんぞ不要なのである。
「く……このぉ!!」
「おせぇんだよ、駄兎!!」
ナイフを失った束は、渾身の力を込めてイチカに殴り掛かって来たが、イチカは其れに対してクロスカウンターをブチかますと、束の左腕で束の頸動脈を絞めるように極め、更に己の左腕で束の首を絞める。
一般的なスリーパーホールドとは異なる、ジャパニーズ・スリーパーホールドが見事に極まった訳だが、イチカは背筋をピンと伸ばしてその威力を高める――イチカと束では身長差があるので、イチカが背筋を伸ばすと、ジャパニーズ・スリーパーホールドを極められている束の身体は宙に浮いて完全な首吊り状態になってしまう訳であり、そうなってしまえば落ちるのは時間の問題だろう。
「世紀の天才だか何だか知らねぇが好き勝手しやがって……アンタの考え方には反吐しか出ねぇよ。
でも好き勝手出来るのも此処までだ……次に目覚めた時、アンタを守るモノはもう何処にも無い。織斑千冬にも、いい加減見限られるんじゃないか?此れまで、散々っぱら好き勝手やってやって来た事のツケを払う時が来たって訳だ。
残りの人生、精々檻の中で恥晒して生きてろ!」
「あ……あぐ……」
思い切り頸動脈を絞められた束は、泡を噴く暇もなく失神し、そしてイチカの足元に転がる事になったのだった――取り敢えず、此の世界の束は、イチカの世界の束とは比べるべくもない下衆な自称天才だったと言うのは間違いなかろうな。
「落ちたか……そんで、如何しましょうか此れ?」
「二人とも、取り敢えず更識の地下牢送りね――でも、白騎士事件は束博士が起こしたと言う決定的な証拠がないから、表の法で裁く事は出来ないのよね。
でも、表の法で裁く事が出来ない輩を裁くのも更識の役目だから、彼女には精々己のやって来た事に対しての後悔をして貰う心算よ……取り敢えず、彼女が日の光を見る事は二度と無いでしょうね。
もう一人の女の子の方は、再教育の結果次第と言う事になるだろうけれど。」
「笑顔で言う事では無いですよね其れ。」
でもって、束とクロエは、目出度く更識の地下牢送りが決まりましたとさ……日本の暗部である更識の地下牢送りとなっては、人生終了と言っても過言ではないだろう。何せ、更識の地下牢の鍵は複製不可能な特殊電子キーであるため、先ず牢屋から出る事は叶わないし、仮に何とか牢屋から出られたとしても、地下室は入り組んだ迷宮になっている上に、監視カメラがあちこちに設置され、ガードロボや凄腕の警備員が複数巡回し、極め付けに地上に出る為にエレベーターは、登録されている更識の人間以外の操作は受け付けないので、もう絶対に脱出は不可能な訳である。
クロエに関しては、まだ未成年と言う事で情状酌量の余地があるだろうが、束に情状酌量の余地はない……楯無の言うように、束が日の光を拝む事は間違いなくないだろう。
「何にしても、此れにて一件落着かしらね?」
「まぁ、少なくとも今後はコイツの気紛れで迷惑被る人は居なくなるんじゃないですかね。」
完全に意識を刈り取った束とクロエは、旅館に残った簪が呼んでおいた『更識の手のモノ』が適切に処理して、然るべき処置をとっていた……流石は、日本の暗部である更識は仕事が早い。正にマッハの対応と言えるだろう。そして、姉のサポートをキッチリ熟す簪もまた優秀であるな。
尚、楯無は『更識が篠ノ之束を確保した』と言う事は、諸外国の政府や国際IS委員会、国連はおろか日本政府にも知らせる気は更々なかった――と言うのも、束を確保している事を知ったら日本政府も諸外国の政府もその他諸々がどんな事をするか分かったモノではないからだ。下手すりゃ、国家間での『束争奪戦』ってモノが勃発しかねないのである。
だから、束の事は更識で拘束しつつも、世間的には此れまで通り『行方不明』で居て貰った方が、世界は平和であると言う訳だ。余分な火種を、態々作り出す必要は無いのだ。
「其れじゃあ、旅館に戻りましょうかアイン君♪」
「そうですね……で、何で腕に抱き付いてるんですか?」
「あら嫌だった?あ、私だけじゃなくて簪ちゃんも一緒が良かったかしら?」
「そう言う事じゃないですから。嫌じゃないけど、何で抱き付いて来るのかなぁって……あんまり気軽にそう言う事すると、勘違いする野郎が出て来ちゃいますよ?」
「……アイン君以外には、こんな事しようとは思わないわって言ったら如何する?」
「そりゃ光栄ですが……なら、俺は楯無さんに釣り合う男にならないといけませんね。」
「其れから、私だけじゃなくて簪ちゃんもそう思ってるから。」
「非リア充に後ろから刺されないように用心しておきますよ。」
事が終わった後は、楯無がイチカの腕に抱き付いて旅館に戻って行ったのだが、其処で更識姉妹がイチカに友情以上の感情を持っている事が楯無によって明かされ、イチカは旅館に戻った後に、二人の好意に真摯に応えるのであった。
時が来れば此の世界から居なくなり、誰の記憶にも残らないイチカだが、其れでも自分が存在している間は、イチカ・アインザックとしての最善の行動をしているのだろう。
「……流石に篠ノ之に凰を殺させようとしたのは見過ごせんから、私が直々に、最悪は刺し違えてでも束を何とかする心算だったが、まさかお前達だけで何とかしてしまうとは、更識姉もアインザックも、私の手には余る奴等なのは間違いない――必要最低限の接触以外は、控えた方が良いかも知れん。
だが、束の事で気を揉む必要がなくなった事に関しては感謝しかあるまい……お陰で、やっと篠ノ之に然るべき罰則を与える事が出来るのだからな。
初日の寮のドア破壊、クラス対抗戦の時の放送室ジャック、一夏への理不尽な暴力、そして今回の凰の殺害未遂……其れ等のツケを全部払わせてやるから覚悟しておけよ……」
イチカと楯無が居なくなった後の高台に千冬が現れ、旅館に戻っていく二人の後姿を眺めながらこんな事を言っていた……流石の千冬も、束が今回やった事を見過ごす事は出来ず、自分で束をとっちめる気だったらしい。
だが、イチカと楯無によって束が捕らえられた為に、その必要は無くなった訳だが、しかし千冬は更識に囚われの身となった束を助けてやろうと言う気はマッタク無いらしく、それどころか束からの干渉が無くなった事で箒に然るべき処分を下せると言う事に少しばかり喜んでいた。……箒に厳罰を与えたら、束が学園に何をして来るか分からないと言う事もあって、箒がやって来た事は此れまでお咎めなしだった訳だが、千冬とて教師である前に一夏の姉なので、一夏が箒から理不尽な暴力を受けている事を快く思って居る筈が無いのだ。
束の存在と、『弟贔屓をしている』と思われるのを嫌って、此れまでは精々『出席簿アタック』で済ませていたが、もう我慢する必要は無くなったので、今回の事を含めて箒に此れまでのツケを全て払わせる心算なのだ千冬は。
イチカが言ったように、束は千冬にも見限られたのであった。
「時が来たら、私も自分の罪を清算しなくてはならんだろうが、な。」
其れだけ言うと千冬は高台から旅館へと戻って行くのであった。
――――――
臨海学校最終日の朝食時間では、一般生徒が専用機持ち達に対して、『昨日は一体何があったの?』と聞いて来たが、誰一人として詳細を話す事はせず、『其れを聞いたら、今後二度と普通の学園生活を送れなくなるぞ?』と言って、昨日の一件に関して詮索するなと釘を刺しておいた。
特に楯無は、『聞いたら一生監視生活よ?貴女だけじゃなくて、貴女の家族もね。』と言う最大級の脅し文句を使って黙らせていた……流石は暗部の長、相手の口を塞ぐ事に関しては天才的であると言えるだろう。
因みにこの日の朝食は、最終日であると言う事で旅館側も奮発したのか、朝から刺し身が出ると言う豪華さだった――しかもこの刺し身は、早朝に市場から仕入れて来た新鮮この上ない魚を使っているのだから何とも贅沢だと言えるだろう。
「一夏、サーモン頂戴!」
「って、俺が了承する前に持ってくんじゃねぇよ鈴!しかも、俺の大好きなハラスの刺し身を!!」
「代わりにアタシの鯵のナメロウあげるから。」
「なんか割に合ってねぇ!!」
一夏と鈴が実に微笑ましいやり取りをしていたが、傍から見ればカップルのじゃれ合いでしかないので誰も何も言わなかった……教員室に閉じ込められている箒が居たら要らん事した挙げ句に千冬に成敗されていただろうが。
これを見たイチカは、一夏からの報告を受けることなく、一夏と鈴が結ばれた事を確信したのだった。
そして、朝食後は最後の自由時間を楽しんだ後に、学園に帰る時がやって来た――最後の自由時間も、箒以外の全員が思い切り海を楽しみ、そんな中でイチカと一夏は、『分からない奴だな、俺が可愛いって言ったら可愛いんだ!』、『ふざけんな、俺の目の方が確かだ』との言い争いになり、鈴が『アインザックは楯無さんと簪の方が可愛いって譲らないんですかね?』と言えば、楯無は『なら織斑君は鈴ちゃんの方が魅力的だって譲らないみたいね?』と言っていたのだが、その直後にイチカは『いいや、凰の水着の方が絶対に可愛い。』と言い、一夏は『楯無さんと簪の方が魅力的だ』と言い、二人揃って更識姉妹と鈴からお叱りを受ける事になったのだった……何してんだいマッタク。
でもって、最後の自由時間を満喫した後は、旅館にお礼の挨拶をしてからクラスごとにバスに乗って学園行きのモノレールの駅まで一直線だ……箒だけは、バスではなく警察の護送車だったけどな。
そのバスの中で、イチカは最後部の席で、両脇を更識姉妹が固めていた訳だが……
「あら、眠くなっちゃったかしらアイン君?」
「そう、みたいです……」
イチカは突如として強烈な眠気に襲われて、頭を楯無の肩に預けていた。
そして、其れは元の世界で一夏が目覚める時が来たと言う事であり、イチカとしての時間が終わりに来たと言う事でもあった。
「(俺の目が覚めるのか……と同時に、イチカ・アインザックは此の世界から消え、誰の記憶にも残らないって訳か――確かに此の世界の為には、イレギュラーな存在は居ない方が良いんだろうけど、イチカの存在が、楯無さんと簪からも消えちまうって言うのは何だか嫌だな。)」
薄れゆく意識の中、イチカは一夏に戻りながらそんな事を考えていたのだが――
「(大丈夫だ、俺は消えないよ。)」
「(お前は此の世界の俺……イチカ・アインザック?)」
「(正解。束さんの仮説だと、俺は消えてなくなって誰の記憶にも残らないって事だったんだけど、俺は此の世界に決して小さくない影響を与えちまったから消えずに残るみたいだ……世界に大きな影響を与えた場合、そいつが居なくなっちまう方が世界にとっては問題だったみたいだ。)」
「(マジかよ……戻ったら、束さんに伝えとかないとな。)」
目の前に銀髪の一夏――『イチカ・アインザック』が現れて、『イチカ・アインザック』は消えずにこの世界に存在し続けると言う事を言って来た。『世界に大きな影響を与えた場合、其の存在は消えずに残る』とか、ドンだけだと思うが、確かにイチカが此の世界に与えた影響は決して小さくないでの、其れをやった存在が居なくなるって事の方が世界にとっては宜しくないのだろうね。
「(こっちの世界は俺に任せておけ。お前は、そっちの世界の刀奈達の事を宜しくな。)」
「(言われるまでもねぇっての……お前こそこっちの世界の楯無さんと簪の事を宜しくな。)」
「(あぁ、勿論だ……じゃあな、一夏。)」
「(じゃあな、イチカ。)」
そして一夏の意識は此の世界からログアウトするのだった……
――――――
「……元の世界に戻って来たみたいだな。」
「お帰りなさい、一夏。」
「パラレルワールドは満喫出来たかい?」
「どんな世界に行って来たのでしょうか?」
「その世界に私達って居た?」
「そもそもにして、その世界に一夏は居たのか?」
元の世界で目を覚ました一夏は、『平行世界渡航機』から抜け出すと、そろそろ時間だと思って居たのか、刀奈を始めとした嫁ズが全員集合していただけでなく束も居て、平行世界の事を聞いて来たので、一夏はマシンから出ると、軽く体操をした後に平行世界であった事を簡単に説明し、束に『渡航先の世界で小さくない影響を与えた場合は、仮初の存在はその世界に認められて残るらしい』との事を伝えると大層驚いていた――あの世界の束の人格破綻者っぷりを伝えなかったのは一夏の優しさと言えるだろうな。
伝えたら、最悪の場合束自身がその世界に転移して、その世界の束を殺しかねないからね……まぁ、イチカの世界の束は、ブチ殺しても一切問題無い、腐れ外道の下衆なんですけどね。
「取り敢えず、無事に戻ってこれたから、昼飯にするか。」
でもって、一夏はそう言うと、社員食堂の厨房に移動して、自分と嫁ズ、そして束の計七人分の『カツ丼定食』を作り上げて『本日のランチ』完成させていた――カツ丼だけでなく、副菜として『キノコのおろし和え』、『小松菜とサクラエビの辛し和え』、『わかめと豆腐となめこの味噌汁』も作っていたのだから、一夏の主夫力は最強であるのは誰も文句を言い様がないだろうな。――因みに、グリフィンのカツ丼はトンカツ二枚だったのだが、グリフィンは此れがデフォなので、突っ込む事が無粋ってモンだろう。健啖家のグリフィンは、トンカツ二枚くらいは余裕なのだ。
「(束さんが、精神だけじゃなく、身体ごと平行世界に行ける装置を開発したその時は、俺のアバターじゃなくなったお前に会いに行くってのもいいかもな、イチカ。)」
一夏はそんな事を考えて、何時の日か、平行世界の織斑一夏として、イチカ・アインザックに会いに行ってみたいとも思って居た――そんな事を思う事が出来る位には、一夏の異世界旅行は充実していたと言う事なのだろうな。
でもって、昼食後は嫁ズが夫々、『三十分後に目を覚ます』設定で、平行世界を堪能した――その結果として、平行世界には夫々のアバターとなった仮初の肉体が残る事になったのだが、其れだけでも大分ハンパないわな。
取り敢えず、一夏と嫁ズは平行世界に多大な影響を与え得るレベルの最強だっていうのは間違いなかろうな……冬休み早々、トンデモナイ事を経験してしまった訳だが、多分これ以上の事は起きないと思うので、此処からは普通の冬休みを過ごして下され。
冬休みは、短い間隔でイベントが目白押しなので、普通の冬休みってのは、中々に難しいかも知れないが、取り敢えず嫁ズとはラブラブで過ごして下さい。嫁ズとのラブラブを維持するってのは、一夫多妻の義務とも言えるからな!
まぁ、其れは其れとして束が開発した『平行世界渡航機』は、中々にトンデモナイ性能であったのは間違いないだろう――なので、束はこの日から装置の改修をする羽目になったのだが、其れを一日の徹夜でやってしまう辺り、平行世界の束とは比べ物にならない天才な訳だな此の世界の束は。
取り敢えず、一夏の異世界旅行が大成功だったと言う事だけは間違いないだろうね。
To Be Continued 
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