レジスタンスの拠点である洞窟にて、一夏は目を覚ました――いや、目を覚ましたと言うのは少しばかり語弊があるだろう。昨晩のマッサージイベントで実に見事としか言えないレベルで嫁ズ全員を満足させた直後に、『今日はもう休むか』とのウィンドウが出て来たので、其れに従ったら翌朝になっていたのだから。


「寝て体力は完全回復ってか……電脳世界で朝トレって気分でもないから少し周囲を散策してみるか。」


此れが現実であったのならば、一夏は目覚めると同時に『お前正気か?身体ぶっ壊れないのか?』と言いたくなるような超ハードトレーニングを行うのだが、電脳世界ではそんな気も起きないみたいだ――まぁ、電脳世界で幾ら鍛えたところで、現実世界の肉体にはフィードバックしないからね。
電脳世界での経験がフィードバックされるのはあくまでも戦闘技術のみであり、肉体の強化はフィードバックされないのだ……流石に、電脳世界でのフィジカルトレーニングが現実にまで作用するなんてのはオーバーテクノロジー過ぎる上に、多くのアスリートが馬鹿を見る結果になってしまうからね。

其れは其れとして、アレだけのぶっ飛んだトレーニングが日課になっていながら、ゴリマッチョにならずに適度な細マッチョになってる一夏は普通に凄いとしか言いようがないだろう。
アスリートとして必要な筋肉が付いているにも関わらず、その身は決して太くならず、男性としての理想的な身体の厚みがあるのだ……にも拘らず、腹筋はシックスパックになっており、背筋は『背中に世界を背負ってる』状態になっているのだから驚きだ。

其れは其れとして、一夏は拠点の周囲を散策していたのだが……


「あ……」

「え……?」


拠点の近くに有る小川にやって来た所で、予想外のエンカウントが起きた!
その小川では、刀奈扮する白雪姫が水浴びをしていたのだが……水浴びをしていたと言う事はつまり刀奈は一糸纏わぬ姿である訳で、生まれたままの姿を一夏はバッチリと見ちまった訳である。其れはもう、バッチリとハッキリと!!


「お、織斑君!?」


予想外の事態だったのだろうか、刀奈は慌てて己の身体を両腕で隠す……が、胸と股間を隠すそのポーズがまたセクシーであり、並の野郎だったら此れだけで股間のミサイルが発射準備万端と言う感じだろう。
だが、一夏は……



――パン!パン!!



柏手を打って拝んでいた。


「中々のお手前で。」

「何が!?」


やる事やってるだけでなく、一緒に風呂に入ってる一夏としては、今更刀奈の全裸を見たところで狼狽えるなんて事はないのだ……ベッドの上では、もっとあられもない刀奈の姿を見ている訳だしね。……一夏の背にある爪の痕は、彼が嫁ズを愛した証である。それ程に、一夏のあっちの方のテクニックってのは見事なモノだったと言える訳である……冗談抜きで、一夏は人類史上最高の雄であると言えるのかもしれないな。
まぁ、極上クラスの美女を五人も虜にしてる時点で大分ぶっ飛んでるんですけどねぇ……まぁ、其れだけ一夏が人としての魅力に溢れてるって事なんだろうね。刀奈達は『織斑一夏』と言う人間の本質に惚れた訳だからね。

其れは其れとして、その後、刀奈から『見たわね!』と、攻撃される事になったのだが、一夏はその攻撃を見事なブロッキングで完全にシャットアウトして見せた……記憶に蓋がされている刀奈の実力は、現実世界の刀奈の実力の一割程度なので、此れ位は一夏にとっては余裕のよっちゃんイカな訳である。ある程度捌いた所で、『取り敢えず、服着ようぜ?』と一夏が言い、刀奈は慌てて木陰で服を着る事になったのだが。
だが、今の攻防で興が乗ったのか、服を着た刀奈は改めて一夏にスパーリングを申し込み、二人のスパーリングは静寐が『朝ごはん出来たよ』と言って来るまで続いたのだった――同時に、刀奈との絆が深まり、一夏は新たに『合体EXスキル』を習得したのだった。……つまり、此のラッキースケベもゲームのイベントだったって訳ね。いや、マジで分かり難いわ!もっと分かり易く設定せんと初見殺しも良い所だろう。……天才の思考は、凡人には理解出来ない事なのかも知れんけどね?
同時に、束が解放したスキルは、あくまでも『スキルポイントの消費』によって習得出来るものだけで、イベント習得のモノは解放されなかったらしい。つまり、このゲームは周回プレイしても、『合体EXスキル』だけは対象イベントを消化しないといけないと言う事なのだろう。










夏と刀と無限の空 Episode61
『Chaosが、Chaosが止まりません!』










朝食後は、夫々が好きな様に過ごしていた。因みにこの日の朝食は、こんがりとトーストされた食パンに、ベーコンエッグ、コンソメスープと言う洋風の朝食のオーソドックスなメニューであった。
このメニューを見た一夏は、ベーコンエッグをトーストの上に乗せた『目玉焼きトースト』にして食し、嫁ズも其れを真似していた……グリフィンだけは、巧く食べる事が出来ずに、最初の一口でベーコンエッグを食べ尽くす事になったのだが、此れもまた目玉焼きトーストの醍醐味の一つであると言えるだろう。
ジブリの名作である『天空の城ラピュタ』でも、主人公のパズーとヒロインのシータが、目玉焼きトーストの目玉焼きだけを最初の一口で食してしまうと言うシーンがある位だからね。

其れは其れとして、食後には刀奈は槍、ロランはレイピアを使って模擬戦を行い、ヴィシュヌとグリフィンはクッション材を巻いた木に打撃を打ち込むトレーニングを行い、クラリッサはショットガンを分解清掃している。何れ女王に戦いを挑む際の準備は怠らないと言う事だろう。
因みに、刀奈率いるレジスタンスのメンバーは、一年四組の生徒に所謂『一夏チーム』を加えた感じになっているのだが、此れも刀奈達の記憶をAIがゲームに反映したからだろう。『共に戦う仲間』となった場合、これ以外のメンバーは考えられなかったのだ――なら、三組の生徒とか二年の競技科の生徒とか黒兎隊の隊員はどうなるんだって話になるが、此の世界の基本は『白雪姫』なので、主人公の白雪姫に扮している刀奈の記憶が優先的に反映されていると言う事なのだろう。


「(スマホにマップだけじゃなく、マップ上に敵と遭遇する可能性が高い場所まで記載されてるってのは有り難いな?敵と遭遇する場所が分かれば戦闘を回避するだけじゃなく、金やアイテム、スキル取得に必要なスキルポイントの稼ぎも出来るからな……スキルポイントは、今の俺には一切必要ねぇけど。)」


そんな中で、一夏はスマホを弄りながらマップの確認やら何やらを行っていた――マップ上に敵と遭遇する可能性が高い場所が表示されると言うのは、一夏の言うように有難い事だろう。イベントの発生条件が分かり辛いのに、マップ機能は親切設定とか矢張り天才が作ったゲームは意味が分からん。

如何やらこの世界では、スマホはポーズメニューと同じ扱いであるらしく、昨日ショップで買ったアイテムや、戦利品はスマホの画面にある『アイテム』の項目を選択する事で使用可能になるらしく、更にゲームの進行状況、ムービーの再生、ヒロイン達からの信頼度や好感度の確認も出来るようになっていた。
更に『キャラクターファイル』なんてモノもあり、今までに会った主要キャラクターの簡単なプロフィールなんかを確認する事も出来るようになっていた……嫁ズはメインキャラなので当然だが、昨日戦った本音、静寐、清香、癒子もゲーム中ではネームドキャラであり、レジスタンスの幹部メンバーであると言う事が記載されていた事に、一夏は少しだけ驚いた。
序に言っておくと、一夏の妹である円夏は暗殺術の使い手で、此れまで何度も賞金稼ぎを闇討ちして葬っており、刀奈の妹の簪は、トラップのエキスパートで、拠点の周辺に『奈落の落とし穴』、『硫酸の溜まった落とし穴』、『万能地雷グレイモヤ』、『激流葬』、『聖なるバリア-ミラーフォース』と言ったヤバ気な罠を多数設置しているのである……トラップの全てが遊戯王のトラップカードである事には突っ込んではいけないのだろう。


「あら、織斑君も其れを持っているの?」

「ん?」


此処で、模擬戦を終えた刀奈が一夏に話し掛けて来たのだが、その刀奈の手には一夏と同じタイプで色違いのスマホがあった。


「何だよ、お前も持ってたのか?」

「うん、持ってたんだけど……ぶっちゃけ、此れは何をどうやって使えば良いか分からなかったのよね?此れって一体何なの?」

「持ってるけど使い方が分からないって、デジタル難民のお婆ちゃんかーい!」


だが、刀奈は――刀奈以外の嫁ズもスマホは装備していたが、その使い方はマッタク持って分からなかったようであり、一夏の突込みは実に的確であったと言えるだろう。スマホを買ったは良いが、操作が全く分からない老人の数ってのは決して少なくないのだから。
なので、一夏は嫁ズにスマホの使い方を懇切丁寧に説明し、その結果として何処に居ても嫁ズとの通信が可能になったのだった……『白雪姫の世界でスマホかよ!』ってのは突っ込むだけ徒労だろう。だって束が作ったゲームだし。制作者が正義のマッドサイエンティストだし。
だが、このスマホの操作説明だけでも、嫁ズの一夏への信頼度と好感度は上がったので、使用方法の説明も大事な事だったのだろう。


「白雪様、賞金稼ぎが来ました!」

「……分かった、直ぐに行くわ。」


っと、此処でイベント発生!
拠点の森の入り口に賞金稼ぎが現れたと言うのだ。――其れだけならば如何と言う事ではないが、イベントが発生したと言う事は、本音、静寐、清香、癒子の四人が突破されたと言う事なのだろう。
なので、即森の入り口に移動したのだが、其処にあったのは傷だらけで倒れ伏す本音達と外卑びた笑みを浮かべた賞金稼ぎ達の姿だった――其れだけならば、ゲームのイベントに過ぎなかったのだが、賞金稼ぎの姿が問題だった。


「正義……!」


その賞金稼ぎの集団は、シャルロットを除く嘗ての『陽彩チーム』の面々が主要メンバーだったのだ。
賞金稼ぎ集団のリーダーに扮した陽彩は右手と一体になった近接ブレードを装備し、箒が扮するキャラは大太刀を装備、セシリア扮するキャラはボウガンを装備しており、鈴扮するキャラは青龍刀の二刀流で、ラウラ扮するキャラは両手にクロー武器を装備している……刀奈の記憶を再現しているだけに、コイツ等が悪役として登場したのだろう。まぁ、刀奈以外の嫁ズの記憶をメインに再生した場合でも、コイツ等は漏れなく悪役になる訳ですけどね。
モップと英国産コロネと中華風貧乳娘とドイツ製銀髪チビは兎も角として、陽彩は臨海学校の時に一夏を殺し掛けたと言う事で、嫁ズにとっては敵以外の何物でもないので、当然の悪役な訳である。……チートな転生特典を貰った転生者が、電脳世界で悪役とか皮肉にも程があるだろう。


「覚悟して貰うぜお姫様よ?……よく見りゃいい女じゃねぇか?こりゃ、女王様に突き出す前に一発やっといた方が得かもな?」

OK、ぶっ殺す。


更に、陽彩扮する賞金稼ぎのリーダーが碌でもない事を口にした事で、一夏はぶち切れて陽彩扮する賞金稼ぎのリーダー――長ったらしくて面倒なので、以下『陽彩』と表記――に一足飛びから顔面右ストレートをぶち込むと、直ぐ近くに落ちていた『金属バット』を拾い、ボディに一撃かまし、顎をカチ上げてから全力フルスウィングでホームラン!此れだけでも大ダメージなのだが、吹っ飛んだ先に大木があり、其れへの衝突で追加のダメージも入った。……何故に森の入り口に金属バットが落ちていたのかは、まぁそう言う仕様なのだろう。或は、戦闘時にフィールドに置かれている凶器は、複数ある中から毎回ランダムに選ばれているのかも知れない。

そんな感じで、陽彩は一夏を圧倒しているが、嫁ズも陽彩の取り巻き達を圧倒している状況だ。
刀奈は槍術でモブ敵を蹴散らし、ロランはレイピアでの近接戦闘でセシリアのボウガンを封殺、ヴィシュヌはしなやかな蹴りを主体とした格闘戦でラウラを圧倒し、グリフィンは甲冑部分で箒の大太刀を受け流しながら背後に回ってスリーパーで締め上げ、クラリッサは鈴にガンスティンガー(距離を積めてからのショットガンのゼロ距離攻撃)を叩き込む!刀奈とグリフィン以外は、奇しくも学園祭でのISバトルと同じ組み合わせになっているようである。
流石に無傷ではなかったのだが、全員がHPを90%以上残しているのを見るに、此の賞金稼ぎとのバトルでは、仲間のHPはそれ程減らない設定で、一夏のHPもレッドゲージで止まるようになっていると言う、一種の通過イベントなのかも知れない……逆に言うと、ガチの戦闘では仲間のHPはもっとガッツリ減る事になるのだが。


テメェ如きが、俺の嫁達に手を出すなんざ百億年早いんだよ、このクズ野郎!


でもって一夏は陽彩の態勢をロ―キックで崩すと、その隙を逃さずに垂直落下式DDTを叩き込んでグロッキー状態にして、其処で腰を確りとホールドして持ち上げ!


「ぶちかませ刀奈!!」

「行くわよ!」


此処で刀奈との『合体EXスキル』を使用し、ジャーマンスープレックスの態勢で陽彩を持ち上げたところに、刀奈が見事なランニングネックブリーカードロップを炸裂させて強引に引き倒し、一夏は見事なブリッジで陽彩を投げてターンエンド。
高角度のジャーマンスープレックスは、其れだけも充分に超必殺技なのだが、其処にこれまた超必殺技であるランニングネックブリーカードロップが加わったら、超必殺技をも越えた一撃必殺技と言っても過言ではないだろう。ジャーマンスープレックスの衝撃に、ランニングネックブリーカードロップの衝撃が上乗せされ、破壊力は夫々の技単発の時の二倍では済まないのだから。
てか、一夏のジャーマンに、刀奈の全体重を乗せたランニングネックブリーカーを上乗せしたのコンボを喰らって平気なのは、稼津斗と千冬と束位のモノだろう……うん、此の人他達マジで人間じゃねぇわな。
因みにだが、『合体EXスキル』は習得してしまえば、刀奈以外の嫁とも発動可能になっていたりする……キャラ毎の解放でないのは、束なりの優しさなのかも知れないな、知らんけど。

だが、其れは其れとして、この合体攻撃を喰らった陽彩のHPはゼロになって余裕のクリア。戦利品も体力を全回復する『リポナミンハイパーD』だったのでイベント戦としては中々の収穫であったと言えるだろう。


「雑魚は所詮雑魚か……暫く其処で大人しく寝てろよったく。」

「あら、雑魚は天婦羅にすると意外と美味しいよ?」

「大概のモノは、天婦羅にすれば食えるよ刀奈。ぶっちゃけ、芋虫の天婦羅は素材が何であるかを明かさない限り『とっても美味しい天婦羅だった』って評価されると思ってるんだ俺は。
 其れよりも如何するんだコイツ等?のほほんさん達を突破したってんなら此れまでの賞金稼ぎとは違うって事だよな?
 昨日俺と戦った時、ヴィシュヌが『賞金稼ぎを私達が直接相手にするのは、随分と久しぶりな気がします。』って言ってたしな。」

「……確かに、彼等は此れまでの賞金稼ぎとは少し違うみたいだね?ふむ……取り敢えず縛り上げて話を聞く事にしようか?」

「其れが良いだろう。口を割らない時には、身体に聞けば良いだけの話だしな?」


そして、イベントは進行し、倒した賞金稼ぎを尋問する流れに……クラリッサが若干物騒な事を言ってる上に、其の手には何時の間にか鞭が握られているのが怖いけれども何だかとっても似合っており、一夏は思わずスマホのシャッターを切ってしまった。
『鬼教官風』のクラリッサも中々にイケていたと言う事だろう。

その後、陽彩達への尋問が始まり、陽彩達も最初は口を割らなかったのだが、刀奈がメリケンサックナックルを叩き込み、クラリッサが陽彩の首に鞭を巻き付けて強引に引き倒してから、頭を連続で踏みつけると言う超ドSプレイをして見せたら、アッサリと箒達は口を割ってくれた……陽彩の頭を踏みつけてながら高笑いをしていたクラリッサは、とってもドSな女王様であった。


「じ、女王様ぁ……もっとぉ……」

「……大人しく寝とけ変態。


そして陽彩が新たな扉を開いたみたいだったが、其れは一夏が顔面キックを叩き込んで陽彩を気絶させていた……ドS攻撃を受けてドMに目覚めるとか、ドンだけだって話ですからね。
相手はデータなので一夏もマッタク持って容赦がない――相手が陽彩であるのならば尚更だ。『死体蹴りの趣味はない』との事で、現実世界では陽彩の事はスルーしているが、現実世界とはマッタク関係ない電脳世界ならば話は別だ。


さて、箒達から聞き出した情報によると、陽彩達は白雪姫の母親である女王によって雇われた賞金稼ぎではあるのだが、只の賞金稼ぎではなく、力を持て余してる半グレやゴロツキ、兵隊崩れが集まって組織された傭兵集団の一員であると言うのだ。
更にその傭兵集団は、どんな仕事でも熟せるように、プロの暗殺者によって鍛え上げられており、並の賞金稼ぎとは一線を画す力を持った連中ばかりが集まっていると言うのだ。……プロの暗殺者に訓練されたのであれば、本音達が突破されるのも頷けると言うモノだ――尤も、ゲーム的にはイベントなので、本音達が突破されるのは確定な訳だが。


「お母様が雇った傭兵集団……其れもプロの暗殺者に鍛えられたとなると面倒ね?暗殺者に鍛えられたと言う事は、暗殺術も叩き込まれているでしょうし。」

「だな。……なら、俺が街に行って少し女王様の同行を調べて来るよ。アイテムも補充しておいた方が良いと思うしな。」


此処で、一夏が街に情報収集に行く流れに。
ゲーム的に、主人公が単独で情報収集を行うパートと言う事なのだろう……普通にプレイしていたら、情報収集を行いつつ、適当に戦闘を行ってスキルポイントとか金とかアイテムを補充出来るフリーパートな訳だ。


「織斑君、一人で大丈夫?」

「そう簡単にクタバルような柔な鍛え方してないから大丈夫だぜ……其れに、刀奈達は手配書で顔が割れてるから街に行くのは得策じゃないからな。
 つー事で、俺が単独で行くのがベターって訳だ……何かあったらスマホに連絡入れるから、何時でも取れるようにしておいてくれよ?必要な時に繋がらないってのはマジで勘弁だからな。」

「うん、気を付けてね。」


一夏は『何時でも連絡を取れるようにしておいてくれ』と言うと、街の方に向かって行った。此処からは、一夏の単独任務になる訳である。


「織斑君、如何か無事に帰って来て……」

「織斑……君の無事を祈っているよ。」

「織斑さん……如何かご無事で。」

「無事に帰って来てよ、織斑君。」

「必ず無事に帰って来いよ織斑。」


単独任務に向かう一夏に、嫁ズは自然と『無事に帰って来てくれ』と口にしていた……記憶に蓋がされているとは言え、それでも矢張り根っこの部分では一夏への愛を覚えているのだろう。そうじゃなかったら、こんな事は言わない筈だからね。
つまり束製の超高性能AIであっても、『愛情』に完全な蓋をする事は出来なかったとも言えるだろう――そして其れは同時に、『真の愛』と言うモノは最新の技術をも凌駕すると言う事の証明でもあった。正に、『愛の力』は偉大なのである。寧ろ、愛に勝る力など有りはしないだろう。……軌跡シリーズのオリビエが聞いたら、全力で同意してくれそうな理論ではあるけどな。
矢張り愛の力ってのは、あらゆる事を突破するだけのモノがあるんだろうな。『恋は下心、愛は真心』とは良く言ったモノだ……確かに文字を見る限り、恋は下に心があり、愛は真ん中に心がある訳だけどね。
そんでもって、一夏達は恋を通り越して、一気に愛になったって事なんだろうな……しかしながら、今の関係は『婚姻関係にある恋人同士』なのだ……恋よりも愛の方が格上であるにも関わらず、『恋人』が健全な関係であるのに対し、『愛人』が不純な関係であるのが若干納得いかん。この言葉は意味を逆転すべきなのではないかと思うのだが、其れは可成り無理ゲーだろう。世間的に認知されている言葉の意味を変えるってのは相当に難しい事だからね。

まぁ、其れは其れとして、嫁ズの一夏への愛が完全に蓋をされていないのであるのならば、意外と些細な切っ掛けで記憶の蓋を開ける事が出来るのかも知れないな……その切っ掛けってのが、現状では全く分からないのだけどね。








―――――――








一方で街にやって来た一夏は、真っ先に昨日訪れた酒場にやって来ていた。『情報収集は酒場』と言うのはゲームの基本だからね。寧ろ酒場を無視してしまったらゲームの進行は臨めないと言っても過言ではないだろう。


「アンタは昨日の……成果は如何だった?」

「ボチボチって所かな。」


カウンター席に座った一夏は、店主であるバーテンと軽く言葉を交わすと、『バーボンと、スモークの盛り合わせ』を注文する――一夏は未成年なので、本来は酒はNGなのだが、今の一夏はゲームの主人公なのでそんな事は関係ない。
更に言うと、電脳ダイブを行っている状態では、実際には飲んで居なくても、酒を飲んだ気分を味わう事が出来たりするのだ……程よい、ほろ酔い状態を体験出来るってのは中々に良い事かもしれないな。飲めるように前に、己の飲酒量の限界を知る事が出来る訳だからね。

因みに一夏の注文は、稼津斗に習った事だったりする。
稼津斗から『成人したら、飲みに行く事もあるだろうから』と、酒場でのイロハを教わっていたのだ。――稼津斗曰く、『初めての店の場合、其れが和風の店なら日本酒を、洋風の店ならウィスキーかバーボンを注文して、つまみには『スモーク又は燻製の盛り合わせ』を頼んでおけば間違いはないと言う事だったのだ。
なので、一夏は其れに倣ったと言う訳だ。

程なくして、一夏の前にはロックのバーボンと、良い感じにスモークされたベーコンやソーセージが。
付け合わせが粒マスタードではなく、マスタードマヨネーズな所に束の拘りを感じるな。粒マスタードよりも、マスタードマヨネーズの方がコクがあり、粒マスターオンリーよりも味わいが深くなるのだ。好みはあるだろうが。……取り敢えず、合わせるフレーバーによって、無限の旨さを引き出すマヨネーズは世界最強の調味料だと思いますマジで。


「なぁマスター……女王様が雇った傭兵集団について何か知らないか?」

「お前さん、何処で其れを!?」

「今朝方、そいつ等の襲撃を受けてな……此れまでの賞金稼ぎとは異なるんで、ぶっ倒した後で尋問したら、女王様に雇われた傭兵だって事を言ってくれてな。」

「そうかい……なら、アンタには教えておくぜ兄さん。
 女王様は確かに傭兵集団を高額で雇ったんだが、中でも傭兵集団を纏め上げてる男女の二人組ってのが中々にヤバい奴らしくてな……聞いた話じゃ、何でも腕の立つ暗殺者で、コイツ等に狙われたターゲットは例外なく暗殺されてるんだそうだ。
 其れでな、女王様の本当の目的は其の二人で、傭兵集団は二人をカムフラージュする為の隠れ蓑として雇ったんじゃないかって言われてんだ。」

「(暗殺者……傭兵集団を鍛え上げた奴の事か?)
 確かに、その話が本当ならヤバそうだけど……てか、実の娘を仕留める為に傭兵集団と暗殺者を雇うとか、一体女王様ってどんな人なんだ?」

「其れは、俺から聞くよりも実際に見た方が早いんじゃねぇか?運が良い事に、今日は月一で女王様が街中をパレードで回る日だからな?デカい道路に行きゃ、その姿を拝む事が出来る筈だぜ?」

「そうなのか?てか、月一でパレードって……」

「己の美貌を民衆に見せて、ガッツリとその印象を刻み込みたいんだろうよ……俺としては、白雪様の姿の方を拝みたいんだがねぇ。」

「あぁ、その気持ちは分かる。」


店のマスターと話しながら、一夏は今後必要になるであろう情報を聞き出して行った……傭兵集団は真の刺客である暗殺者の隠れ蓑であると言うのは、結構重要な情報であると同時に、真に警戒すべき相手が明らかになったと言うのも大きい収穫と言えるだろう。
序に、女王様が月一のパレードを行う日であると言うのも中々に貴重な情報だ――ゲームのラスボスであろう女王様の姿がドンナモノなのかは知っておいて損はない事だからな。


「旨かったよマスター。そんじゃ、ちょいと女王様の顔を拝んで来るわ。」

「おう、気を付けてな兄ちゃん。アンタが何をしようとしてるかは知らないが、死んでくれるなよ?こちとら、新規の客が居なくなるってのは中々の痛手なんでね。」

「分かってるって。また今度来るから。」


情報を得た一夏は、店を後にして街の大通りに向かった。
沢山の店が軒を連ねる大通りにやってくると、其処は既に人でごった返していた……女王様を一目見ようと言う民衆が居る訳ではない、パレードに顔を出さなかったら、自尊心の塊である女王が何をしでかすか分からないので、民衆は集まっているのだ。
自分の美貌が世界で一番であると信じており、その自分を差し置いて魔法の鏡に『世界一』と称された実の娘を城から追放し、更には賞金首に仕立てたって言うサイコパス女王を、民衆は実は快く思ってない訳だ。……実際に白雪姫のレジスタンスを討伐しに行った賞金稼ぎは、外部からやって来た外様で、此の街の人間は一人も居ないのだからね。

程なくしてパレードが始まり、ド派手な装飾が施された馬車に乗った女王様が現れたのだが……


「(女王様はスコール先生だったのかよ!!)」


其れがまさかの自分の担任のスコールだった事に一夏は驚いた――そらまぁ、ラスボスであろう人物が自分のクラスの担任だったと言うのには驚くなと言うのが無理ってモンだろう。
しかも女王様役のスコールの衣装は、御伽噺の女王様の衣装ではなく、露出度高めのドレスに指輪やネックレスと言った装飾品を装備したモノで、女王様と言うよりは、『キャバクラのトップキャバ嬢』と言ったモノだったのだ。其れがまた物凄く似合っていたのだが。


「(まさかスコール先生が女王様だったとは驚いたぜ……でも、此れだけ大々的なパレードを行ってるって事は、城の方は警備の手が薄くなってる可能性が高い。
  パレードが行われてる間に城に潜入して、城の間取りなんかを把握しておくか。)」


此処で一夏は『大々的なパレードが行われているのならば、城の守りが手薄になっているかも知れない』と考えて、城への潜入を決行する事にしたようだ。
確かに城の間取りを把握しておけば、いざ女王に戦いを挑むとなった際に、玉座への最短ルートを通る事が出来るだけでなく、何処にドレだけの兵が配置されているのかを予想する事も容易くなるからね。


城に向かう前に、一夏は料理屋で『特選握り寿司』と『スパイシーレッド肉まん』を、雑貨屋で『コイン』と『煙玉』を、武器屋で『スローダガー』を購入。何が起きても良い様に準備は抜かりなくである。

で、城の前まで辿り着いた一夏だが……


「(流石に門番までは居なくならないか……さて、如何する?)」


城の入り口には二人の門番が居て、簡単には入れないようになっていた――パレードで警備が手薄になるからこそ、門番は外せなかったのだろう。逆に、門番さえ突破してしまえば城内の警備はスッカスカなのかも知れないが。
とは言え、あまり事を荒立てるのも良くないだろう。強くてニューゲーム状態の一夏ならば、門番如きは瞬殺出来るだろうが、門番が伸びていたら、其れだけで大事になり兼ねないのだから。


「(此処は、ギリギリまで近付いてから門番の気を逸らすのが得策だな。)」


なので一夏は、門番の死角に移動すると、其処から城壁伝いに入り口に近付き、門番に気付かれないギリギリの所まで移動すると、雑貨屋で購入したコインを投げて門番の注意を其方に向け、その隙に城内へと侵入する。
そして、侵入に成功した城内は予想通り警備は手薄になっており、『どうぞご自由に見て回って下さい』状態になっていた。
とは言え、城に真正面から堂々と入るのはリスクが高いので、一夏は外壁をよじ登って、窓から城内に侵入したのだけどね……ゲーム内とは言え、此れだけの事をアッサリやってのける一夏の身体能力はマジでハンパないわ。ロープ無しで城の外壁を登るとか、マジでドンだけだって話だわ。

そんな訳で無事に城内に侵入した一夏は、僅かに残った兵士に見つからないように慎重に行動しながら、城内の間取りを把握して行った……その最中、隠れる為のアイテムとして『段ボール箱』が出て来た時には『スネークかよ!』と突っ込んでしまったが、其れは仕方ないだろう。
そうして、城内を探索していたのだが……


「!!」


玉座の間の前まで来た所で、一夏は柱の陰に身を隠した……と言うのも、玉座の間の前に千冬と稼津斗が居たからだ――束から『エネミーデータとして千冬と稼津斗が設定されている』と言う事は聞いていたが、実際にその姿を目にすると、其れがドレだけ強いのかをひしひしと感じてしまったのだ。
所詮はデータに過ぎないので、本物には大きく劣るだろうが、其れでも千冬はウルトラストリートファイターⅡの『殺意の波動に目覚めたリュウ』レベルであり、稼津斗に至っては、同じくウルトラストリートファイターⅡの『真・豪鬼』レベルなのだから笑えないだろう。


「(千冬姉にカヅさんか……流石に見つかったら只じゃ済まないから、此処等で引くのが上策か。)」


『此れ以上の調査は無理』と判断した一夏は、窓から城の外に出ると、其処から飛び降りる!
普通に行えば自殺行為なのだが、其処は白の外壁にスローダガーを突き立てる事でブレーキとし、地面とぶつかるギリギリで城壁からのキックジャンプを行って、そして受け身を取る事で被ダメージを最小限に抑えたのだった。


「カヅさんと千冬姉が敵とか、マジ笑えねぇっての……このゲーム、クリアさせる気あるのか束さんは?……現実世界に戻ったら、少しばかり問い詰めてやった方が居かも知れないな。
 だが、相手の戦力が分かれば、こっちとしても色々と作戦が立てられるんでな……待ってろよ女王様、そう遠くない未来に、アンタの娘がアンタを倒す為に挙兵するからな――そしてその時は俺も一緒だ。精々、楽しませてくれよな。」


偽悪的な笑みを浮かべた一夏は、首を掻っ切る仕草をしてから城に向かってサムズダウンしてから、キックジャンプとウォールハイクを駆使して、城を囲っている外壁を登って城の外に出ると、刀奈達が居る森の拠点へと戻って行ったのだった。








――――――








一夏が電脳世界で奮闘しているころ、現実世界では……


「このバスク風チーズケーキは、吏さん一押しだから是非ご賞味あれ!そんじょそこ等のバスク風チーズケーキとは格が違うんだよ格が!そもそもにして、材料であるクリームチーズがレベチだからね!
 やっぱりさ、スウィーツには妥協はダメでしょ♪」

「確かに、このバスク風チーズケーキは他の店とは違いますね……この深い味わい、使用しているのはイタリア産のマスカルポーネチーズですか?」

「お~~、正解だよシズちゃん!良く分かったね?」

「スウィーツの中では、チーズケーキは一番好きなので、どうせならチーズケーキマスターを目指そうと思って、名だたる名店のチーズケーキは大体食べてますから、どんなチーズが使われてるか位は分かるんですよ。」


南風野吏こと、篠ノ之束によるお茶会が開催されていた。
『おい、電脳世界を監視しろよ』という意見もあるかも知れないが、現在は電脳世界に居る一夏とはコンタクトが取れない状況になっているので、束もやる事がないので、こうしてお茶会に興じていると言う訳だ。
如何に束がトンでもクラスの天才であるとは言っても、一夏とコンタクトが取れない状況ではどうしようもないと言う訳だ……だからと言っても此の状況でのお茶会ってのは如何なモノかと思うが。


「おいクソ兎、兄さんは大丈夫なんだろうな?」

「ん~~……スキルポイントを消費して習得するスキルは全開にしたし、いっ君のステータスもマックス状態にしたから多分大丈夫じゃないかな?ピンチになったら其の時は、主人公補正が働くと思うしね。
 因みに、主人公補正が働いた場合、主人公は一定時間無敵になって、更に相手に与えるダメージが二倍になります!!」

「クソチートだな其れは。」

「ゲームバランス崩壊乙。」

「公式PAR。」


だがしかし、束には一夏が必ず帰還すると言う確信があるみたいだった。
天才で天災な束ではあるが、一夏と嫁ズの事は気に入っているので其の力を手放しで信頼していた――其れに加えて、ゲーム特有の『主人公補正』が加われば現実世界に戻って来るのは間違いないと考えているのである。
そして、其れを聞いた円夏も取り敢えずは落ち着いた様だ……其れだけ、束の言った『主人公補正』がトンデモないモノだった訳だが。


「(いっ君、嫁ちゃん達……必ず戻って来て。君達の結婚式に参加出来ないなんて事になったら、私は死んでも死にきれないからね。)」


世紀の天才であっても、今回の事は全くの予想外の事態だったのだろう――だからこそ、必ず帰還すると言う確信がありながらも、何事もなく無事に帰還する事に関しては祈る事しか出来なかった。世紀の大天才であっても万能と言う訳ではないのだ。


「(私の設定した通りのゲーム内容のままなら、難易度はクソ高くてもいっ君ならクリアは出来るけど、一抹の不安はアクセス不可になってるAIかな?
  AIがいっ君の事も解析するだけなら未だしも、嫁ちゃん達の解析作業の障害と認定して排除する方向に動いたら拙い……まぁ、何か異常が起きたら電脳ダイブシステムが教えてくれるから、いっ君を何時でも強制帰還させる為の準備だけはしておこうかな。)」


唯一の懸念事項があるとすれば、AIが一夏を『障害』として排除しないかと言う事だった……万が一そうなった場合は、一夏を強制的に現実世界に帰還させた上で、改めて対策を講じる事になるだろう。尤もそうなれば、再度ダイブした際には対策が施されている事と、周回プレイと言う事でミッションの難易度は下がり、クリアも出来るだろうが。

だがそんな方法を選択しようと考えるのも、電脳ダイブを行っている一夏に『万が一の事があったら』と案じているからだろう――世間的には『マッドサイエンティスト』と評価されている束だが、その本質は誰よりも他者の事を考える事が出来る人物なのだ。
ぶっ飛んだ服装と言動から誤解されやすいが、束は此の世の誰よりも常識と言うモノを正しく理解している人物でもあるのだ。


そして、その束の願いに呼応するが如く、一夏は着実にゲームを攻略しているのであった。――クソチートな天才にして天災に魅入られた存在ってのは、クソチートをも突破した激強のクソキャラであるのかも知れないね。












 To Be Continued