修学旅行も無事に終わり、一夏達は通常の学園生活に戻り、週の後半である金曜日を迎えていた。
今日も今日とて、一夏は日課である朝練を終えて部屋に戻って来たのだが、其処で一夏は違和感を感じた。
『なんか何時もと違うぞ?』と思い部屋を見渡してみると、何時もとは違いベッドに膨らみがある事に気付いた――そう、何時もならばとっくに起きて、独自の朝トレーニング後の朝風呂を堪能している筈の刀奈が、まだベッドの中に居たのだ。


「刀奈が寝坊とは珍しいな?……おい、朝だぞ?」


其れに気付いた一夏は、『寝坊か?』と思い、刀奈を起こそうと肩に手を掛けたのだが……


「はぁ……はぁ……一夏……?」

「刀奈?おい、大丈夫か!?」


その刀奈の顔は真っ赤になって、息は荒くなっており、誰の目に見ても体調が良くないのは明らかだった。
一夏は刀奈の額に手を当てると、明らかに平熱ではなかったので、すぐさま非接触型の体温計で体温を測定して正確な体温を把握する……一連の動きに全く無駄がないのは普段のトレーニングの賜物か。


「三十九度五分……こりゃ、完璧に風邪だな。」


その結果、刀奈の体温は四十度近くになってなっている事が分かり、一夏は刀奈が風邪を引いたと断定……健康管理には気を使っていた刀奈でも、風邪に掛かる時には掛かってしまうらしい。――逆に言えば、其れだけ風邪を完璧に予防するのは難しいって事なのかも知れないけどな。
一夏が朝トレーニングに出掛ける前は普通に寝ていたので、トレーニングを行っている間に症状が出て来たと言う事なのだろう……そうなると刀奈は既に昨日の時点で感染していた事になるのだが、同じベッドで寝ていた一夏が感染していないと言うのは、一夏の免疫は相当強いって事なのだろう多分。


「熱があるのは分かったけど、他に辛い所はないか?」

「……全身がとてもダルイの……其れに、頭が痛くてクラクラするのよ……」

「何処で貰ったのかは分からないけど、風邪をひいたみたいだな……取り敢えず薬飲まなきゃならないから何か食べなきゃなんだけど、身体起こす事出来るか?」

「うん、少しだけなら……でも、あんまり食欲無いわ……」

「ヨーグルトみたいなモノなら食べられるだろ。」


そう言うと一夏はキッチンに向かい、ミキサーにヨーグルト、バナナ、ハチミツを入れて混ぜ、特製の『バナナヨーグルトドリンク』を作り、其れを刀奈に持って行く――此れならば簡単に飲む事が出来る上に栄養も充分なので風邪の時にはピッタリだろう。ベッドでも飲みやすい様に、少し太めのストローを付けるのも忘れずにだ。こんな細かい気遣いもバッチリ出来る一夏は素晴らしい。

特製ドリンクを飲ませた後は、少し時間を置いてから風邪薬を飲ませて、其のままベッドに寝かせて一夏は学校の準備だ。(ドリンク飲ませてから薬を飲むまでの十分弱の間にシャワーは済ませておいた。)


「それじゃあ、昼には一度戻って来るし、今日は放課後の訓練もやらないで戻ってくるからちゃんと温かくして寝てろよ?風邪の時は安静にしてるのが一番だから。」


そう言って一夏は登校しようとしたのだが……


「いや、行かないで一夏……行っちゃいや……一人にしないでぇ……」

「……刀奈、お前其れは反則だろ……分かったよ、今日は一日一緒に居るから。」


上気した顔と潤んだ目で『行かないで』と言われたら、其れを断って登校する事なんざ出来る筈もないでしょう――しかも、弱弱しく制服の裾を掴まれるなんて事までされてしまっては尚更だ。
なので、一夏は担任のスコールに『刀奈が風邪引いので、その看病のために欠席します』と連絡を入れる事になったのだった。
尤も、其の連絡を受けたスコールは『公欠扱いにしておくから、確りと刀奈さんを看病してあげなさい』と返して来たのだけどね……スコール先生の器の大きさにはマジで脱帽だわな。
そんでもって、一夏は刀奈以外の嫁ズにも連絡を入れ、『刀奈が風邪引いて、看病しなくちゃならないから今日のランチタイムは一緒に出来ない』と伝え、嫁ズも『気にしないで刀奈をちゃんと看病してあげて』と返してくれた……自分が同じ状況になったとしたら、一夏に如何して欲しいのかを考えたからこそ言えた事だろう。
ただ、時間が時間だっただけに、金曜の弁当担当であるグリフィンからは『一夏と刀奈の分も作っちゃった』と言われたのだが、其れは一夏が『手が空いた時に届けてくれ。一つは昼飯の時に食べて、もう一つは今夜の晩飯にするから。』と返して問題なしに。
刀奈の分も食べる気なのだが、今の状態の刀奈では、グリフィンが作るボリューム満点の弁当を食べる事は到底無理なので一夏が食べてしまった方が無駄にならないので問題なしであろう。










夏と刀と無限の空 Episode56
『風邪引き刀奈ちゃんの一日だぜ』










そんな訳で一夏は刀奈の看病をする事になったのだが、それ程やる事はなかったりするのが実は現実だ。
『風邪は安静にしているのが一番』と言うように、風邪の時は寝ているのが一番であり、一夏が出来る事と言えば温くなったアイスジェルシートを交換したり、汗で濡れてしまった服を着替えるのを手伝ったりするくらいなのだ。……『女子の着替えを手伝うとか、捥げろこの野郎!』と言うなかれ!一夏は、刀奈の症状が悪化しないようにしているだけで、其処に疚しい気持ちは欠片も存在していないのだから。寧ろそこで疚しい気持ちを持つ事の方が大問題であり、其れこそ一撃で男の選手生命ってモノを断たれても文句は言えまい……不埒な気持ちを持ったのは、持った方が悪いとしか言えないからな。
野郎ならば、そんな気持ちを持っても仕方ないのかもしれないが、少なくとも風邪を引いた相手の着替えを手伝って持つ物ではない……ので、そんな不埒な輩は、問
答無用でゴッドハンドインパクトですな。


「一夏……居る?」

「安心しろ、ちゃんと居るよ。」

「うん……」


あとは、時々目を覚ました刀奈に、『ちゃんと居る』と言う事を伝える程度だ……普段の刀奈からは、考えられない位に弱々しい姿だが、風邪を引いただけでなく、滅多に出ない高熱を出した事で心細くなってるのかも知れない。――そんな刀奈の姿を、不謹慎とは分かっていても『可愛い』と感じてしまった一夏は、まぁ仕方あるまい。
滅多に見れない姿と言うのは中々にハートに来るモノがあるのだろう。レアな姿ってのは、其れだけでハートにズギュンってモンだからね。

さて、看病として直接刀奈にしてやれる事はこの程度の事なのだが、其れとは別に刀奈が寝ている間にパソコンを起動して、ネットで『風邪に効く食べ物』や『風邪にはNGな食べ物』を調べている。
先程は特製ドリンクを作って刀奈に飲ませたが、其れは単純に『こんな状態じゃ固形物は食べ辛いよな』と考えての事であり、『風邪の時にはどんなモノが身体に良いのか?』なんて事はマッタク持って分からないのだ――一夏自身、生まれてこの方風邪を引いた事などないし、円夏と千冬も風邪など引いた事はないので、風邪の看病をするのは此れが初めてだったりするのである。
家族揃って健康体と言うのは素晴らしい事だが、そうであるとこう言った時に必要な知識が殆どないと言う少しばかり困った事態になってしまうらしい。一夏も精々『風邪の時は安静にしてるのが一番』程度の知識しかない訳であるしね。


「風邪には玉子酒か……でも、刀奈は未成年だから酒はダメだよな。そもそも酒がないし。
 お粥は食べ易いだろうけど、栄養的に今一つだしな……風邪に良さそうな食材は色々あるみたいだけど、其れを今の刀奈でも食べられるようにする為には、調理方 を考えないとだよな。
 米はあるから良いとして、冷蔵庫の中に何があったっけか?」


ネットである程度調べた一夏は、部屋の冷蔵庫の中身を確認する――弁当は日替わり担当になったとは言え、一夏とその週のパートナーと週二回の弁当作りと夕食作りはあるので、冷蔵庫の中は常に食材がある状態なのだがそれだけに、『何がドレだけ残っていたのか』と言うのは少し分かり辛くなっているのだ。
一夏が一人暮らしだったらそうはならないのだが、嫁ズも弁当を作る様になってからは、嫁ズが買って来た食材も冷蔵庫に入れられているので、流石の一夏も冷蔵庫の中身を全部把握する事は出来ていない訳である


「卵はあるし、葱もあるか。此れは、山芋か?……そう言えば、昨日の刀奈が作った弁当には『山芋を挟んだハムカツ』があったっけか。
 他には……お、刻みウナギまだ残ってたのか。此れはラッキーだな。」


冷蔵庫の中を確認した一夏は、なにやら良い食材を見付けたらしく、そして見付けた食材から即座に刀奈の昼食の献立を考えて行く……しかも、只考えるだけではなく、昼の刀奈の体調を複数パターンシミュレートして、体調に最適なメニューを考えているのだから見事と言う他ないだろう。
一夏の料理のレパートリーは非常に幅広いので、同じ食材であっても最低で五つのレシピが脳内のレシピ帳に存在するのだ――此れは最早、たった一枚の手札から複数のコンボを構築するデュエリストに近いモノがあると言えるかも知れないな。一流の主夫と一流のデュエリストの可能性はハンパないですなマジで。

冷蔵庫の中身を確認した一夏は、イスをベッドの近くまで移動させるとすっかり温くなってしまったアイスジェルシートを交換し、そして刀奈の手を握ってやる……少しでも刀奈の不安を和らげてやろうと思ったのだろう。何処までもイケメンだなこの野郎は。其れが絵になるので、文句はないがな!!
其の手を軽く握り返して来た事を確認した一夏は、ポケットからスマホを取り出すと、ミュージック機能を起動して、刀奈の眠りの妨げにならない音量でゆったりとした音楽を再生する……リラックス出来る音楽を流してやれば、刀奈も気持ちよく眠れると考えたのだろう。

そして、其れは間違いではない。
世には『音楽療法』と言う、法制化はされていないが有効性が高いとされている民間療法が存在している訳であり、音楽が病気の緩解に役立つと言うのは世間的にも認知されている事だからね。
因みに、一夏が再生したのは、シューベルト作曲の『マス』と言う曲であり、ピアノの旋律が心地良い、タイトル通り『清流を優雅に泳ぐマス』を連想させる曲であり、リラックス出来る一曲であり、欧州では子守ミュージックとしても使用されていたりするのだ。偉大な作曲家の渾身の一曲と言うのは実に素晴らしいモノだからね。


――ピンコン!


と、此処でLINEが新たなメッセージを受診したらしい。
其れは四組のグループLINEだったのだが……


静寐:刀奈さんが風邪引いたって聞いたけど大丈夫?

清香:流石の刀奈さんも季節の変わり目の風邪には勝てなかったか……一夏君、嫁さんの看病を確りね?

さやか:放課後、お見舞いに行きますね。

ナギ:くれぐれも無理はしないで下さいね?織斑君も風邪を貰わないように気を付けて。

簪:刀奈は子供の頃から風邪を引いた時には桃缶なら食べれたから、あれば其れをあげてみて。無かったら言って、売店で買って持ってくから。

円夏:いっそキスしたら治るんじゃないか?その場合は兄さんが風邪を引く事になるかも知れないがな。

本音:めがっさにょろーん♪


其れ等は刀奈の体調を気遣ってのモノだった……円夏と本音のメッセージを見た一夏は、思わず苦笑いを浮かべてしまったけれどね。って言うか本音よ、其れは別のキャラだ。某涼宮でハルヒなラノベに登場するおでこ先輩のキャラだから其れは。てか、円夏は兎も角として本音はどうしてこんなメッセージを送って来たのかが謎だ。
ピラミッドの謎も驚くレベルの謎だ……其れが本音のキャラクターだからと言われれば其れまでなのだけどね。
本音には『のほほんさんだから』で許されてしまう何かがあるのかも知れない……だとしたら、本音は最強キャラの一角と言えるだろう。どんな事が起きても、それに本
音がかかわって居れば『のほほんさんだから』で済む訳だからね。……此れが無自覚の最強キャラと言うモノか、本音恐ろしい子!!
取り敢えず一夏は、メッセージに返信し、簪には『昼休みに桃缶買って来てくれ。金は払うから』と返しておいた。


そんな感じで時は過ぎて、二時限目が終わった中休みの時間帯だ。



――コンコン



其の中休みの時間帯に一夏の寮の部屋のドアをノックする音がしたので、一夏が扉を開けると、其処に居たのはグリフィンだった。――其の手には二つの弁当箱が。
一夏と刀奈の分を態々届けに来てくれたのだろう。


「グリフィン?」

「一夏、此れ今日のお弁当。」

「態々届けてくれたのか……サンキュ、グリフィン。美味しく頂かせて貰うぜ。」

「えへへ、自信作だから期待してね?其れじゃ、長居しても悪いから。」


グリフィン特製の弁当を受け取った一夏は、笑顔でグリフィンに礼を言い、グリフィンも笑顔で返してその場を後にする。
少しアッサリしてるかと思うだろうが、中休みは昼休みほど長くはないし、長居しては刀奈を看病中の一夏にも悪い、目的を果たしたら即帰って行ったと言う訳だ。学園に来る前は、ブラジルの孤児院で風邪を引いた子供の面倒を見ていた事もあるので、グリフィン自身看病の大変さを知ってるから余計にだろう。


「さてと、弁当は後で食べるとして、刀奈の熱を測るか。こう言う時に、非接触型の体温計って便利だよな。」


グリフィンから受け取った弁当を自分の机の上に置くと、非接触型の体温計を使って刀奈の体温を測る。
身体の表面体温を測る非接触型の体温計は、腋下測定型の水銀計やデジタル計と比べるとやや正確さに欠けるとは言え、寝ている相手を起こさずに検温出来ると言のは便利な事この上ないだろう。
僅か一秒で測れると言う手軽さも魅力だ。


「三十八度五分……朝と比べれば大分下がったけど、まだ高いな?
 でも、三十九度を割れば少しは食欲も出て来るか?……一応米だけは炊いておいて、刀奈が『食べる』って言ったら何か作る事にするか。」


検温した結果、刀奈の熱は朝よりは下がったようだ……朝飲ませた風邪薬と、一夏が小まめにアイスジェルシートを交換していた効果が出たと言う所だろう。
刀奈が良く眠っているのを確認した一夏は、キッチンへ向かうと米を洗ってから炊飯器にセットすると、続いて冷水筒に黒酢、ハチミツ、塩、梅果汁を入れ、其処に熱湯を注いでよく混ぜ合わせてお手製の『スポーツドリンク』を作り上げる。
氷水に浸して粗熱を取ってから冷蔵庫で冷やせば、熱がある時にピッタリの飲み物の出来上がりである。塩が少量入っているので、汗を掻いて失われたミネラル分の補給も出来るのだ。
そんな事をしている間に、時刻は午前十一時四十五分、そろそろ昼時である。


「そろそろ昼か……刀奈はまだ寝てるし、先に自分の飯済ませるか。
 刀奈が昼飯食べるって言ったとしても、自分で食べられるかどうか分からないし、食べるって言った時には起きて貰って、その間に布団に乾燥機掛けたりと、俺が飯 喰ってる時間ないだろうからな。」


この後の事も考えて、何時もよりも早いが一夏は昼食を摂る事に。
グリフィンが作ってくれた弁当のメニューは、タコスミートを混ぜ込んだスパイシーライス、豚バラ肉のガーリックフライ、パプリカとニンジンの洋風キンピラ、シメジとブロッコリーのマヨネーズ焼き、大きめのマッシュルームを器にしたミニハンバーグ、卵焼きと言ったラインナップ。……ご飯にも肉が混ざってると言うのに、おかずにも肉のメニューが二つとは、流石は肉がメインのブラジル人と言った具合のボリュームである。
だが、このボリュームは風邪を引いた刀奈では食べるのはキツイだろう……『もう一つは今夜の晩飯』と判断した一夏は正しかったと言える訳だ。


「ごちそうさまでした。」


そんなボリュームたっぷりの弁当を平らげた一夏は、グリフィンにLINEで『弁当旨かったよ、ご馳走様』とメッセージを送ると、刀奈の様子を見やる――朝と比べると、大分呼吸は落ち着き、少し顔の赤みも引いて来たようだ。


「ん……一夏?」

「目が覚めたか刀奈。気分は如何だ?」

「朝と比べたら楽になったわ……未だ、頭がクラクラするけど、少しなら動けるかも……」

「さっき測ったら熱は朝よりも下がってたからな。
 丁度昼時なんだけど、何か食べるか?薬を飲む都合があるから腹には何か入れておいた方が良いんだけどさ。……食欲が湧かないってんなら、朝飲んだドリンク作ってくるけど。」

「そうね……うん、食べる。お腹減ったし。」


此処で刀奈が目を覚まし、一夏が『何か食べるか?』と聞くと『食べる』と返して来た――此れは、回復して来た証だ。
食欲が出て来たと言うのは、体調が回復して来たからであり、食欲が出てくれば風邪は一気に快方に向かうと言っても過言ではない――食欲と言うのは、生物にとって最も基本的な本能の一つであり、其れが正常に機能していると言うのは身体が正常な状態に戻ってきたと言う事だからね。


「分かった。それじゃあ此れ着て机で待っててくれ。」

「うん……」


一夏は刀奈をベッドから起こすと、どてらを掛けてから部屋の中央にある机の前に連れて行くと座布団に座らせ、其処からはマッハの動きでベッドに布団乾燥機をセットして『最短時間での除菌消臭』モードを選択してスイッチを入れると其のまま今度はキッチンに。
鍋に水を入れて火に掛けた一夏は、湯が沸くまでの間に山芋をすり下ろしてとろろ芋を作り、青ネギの小口切りも作り上げる。
湯が湧いたら其処に大量の鰹節を投入して一煮立ちさせてダシ汁を作ると、煮立った処に炊き上がった飯を投入して出し汁と良く馴染ませ、馴染んだところにとろろ芋と刻みウナギを投入してよく混ぜ合わせてから溶き卵を加え、最後に小口切りにした青ネギを散らせば、一夏特製の『スタミナ雑炊』の出来上がりだ。
味は刻みウナギのタレだけなのだが、大量に投入した鰹節と刻みウナギから充分なダシが出ているので薄味ながらも満足の行く味になっているのである。
そして、とろろ芋とウナギには滋養強壮の作用もあり、卵は総合栄養食なので、この雑炊は風邪にはピッタリのメニューと言えるだろう……ネットで調べた風邪の彼是だけで、此れだけのモノを作ってしまう一夏の主夫力は正に限界が見えない。一夏の主夫力はエクゾディア(攻撃力∞)かも知れんな。
そして、この雑炊だけでなく、オイスターソースで味付けした春雨のスープも作ったのだからね――あまり知られていない事実だが、実は牡蠣にも滋養強壮成分が多く含まれており、其れが凝縮されたオイスターソースは天然の滋養強壮剤とも言えるのだ。
そのオイスターソースを使った春雨スープは、特製雑炊と合わせて風邪には効果を発揮してくれるだろう。


「出来たぞ刀奈。」

「良い匂い……より食欲が湧いて来たわ……」


出来上がった昼食をトレーに乗せて持って来ると、刀奈も『待っていました』と言った感じだった。
春雨スープはカップに入れて来たが、雑炊を土鍋に移し替えたのは一夏の拘りなのかも知れない……まぁ、鉄の鍋のまま持って来るよりも、こっちの方が体裁は良いからな。
そして、移し替えて冷めるのを防ぐために、土鍋を小型のコンロに掛けているのもポイントだ。雑炊は、熱い方が旨いからね。


「自分で食べられるか?」

「……ちょっと無理かな?起きる事は出来るけど、腕とかを動かすのは少しキツイわ……だから、食べさせて貰っても良いかしら?」

「そう言う事なら仰せのままに。」


だが、刀奈は自力で食べるのはまだ無理だったので、一夏が食べさせてやる事に。
熱々の雑炊を蓮華で掬うと、其れを少し冷ましてから刀奈の口に運んでやると、刀奈は其れを美味しそうに食べ、呑み込むと口を開けて『次の一口』を要求する……其れはまるで、親鳥に餌をせがむ雛鳥のようだったが、一夏には其れすらも愛おしく思えた。
普段は己の力に絶対的な自信を持ち、模擬戦でも圧倒的な力を見せてくれる刀奈であり、一夏もそんな刀奈の事が好きなのだが、不謹慎ではあるが、風邪を引いて弱り、己に全てを委ねている刀奈も愛おしく思えてしまったのだ……だがしかし、どんな姿でも愛おしく思えるってのが真の愛なのだ!一夏と刀奈は、真の愛で結ばれているのだ!いや、刀奈だけじゃなくて一夏と嫁ズは全員が真の愛で結ばれてるのである!親愛ではなく、真愛と言うべきなのだろうね一夏達の絆は。


「ご馳走様。美味しかったわよ一夏。」

「そうか、其れなら良かったぜ。」


其れから二十分後に食事は終わり、刀奈は雑炊もスープも見事に完食!
一夏が『此れ位なら食べ切れるだろう』と予想して作った量だっとは言え、其れを完全完食するとは刀奈の体調は可成り回復していると見て良いだろう。回復してなかったら、何時もの半分程度の量とは言っても食べ切る事は出来ないからね。



――コンコン



「一夏、居る?桃缶持って来た。」


丁度食事が終わったタイミングで簪が桃缶を買って届けに来てくれた。実に絶妙なタイミング!若しかして、此の部屋の様子を何処かで観察していたんじゃないかと言う位の絶妙なタイミングである。
『双子には科学では解明出来ない感覚の共有がある』と言うが、二卵性であっても其れは有効だったりするのだろうか?だとしたら、その『双子の超感覚』で刀奈が食事を終えたのを感じ取ったのかも知れない……或は、刀奈が弱っている今だからこそ感じ取った何かなのかも知れないが。


「良いタイミングだぜ簪。丁度今食事を終えたところでさ、デザートに何か爽やかなモノを出そうかと思ってたんだ。」

「そうだったの?なら良かった。
 一夏からLINEの返信が来てから直ぐに買って、食堂の冷蔵庫で冷やして貰っておいたからきっと良い感じになってると思う。」

「態々冷やして貰ったのか……サンキュ、幾らだった?」

「お金は良い、お見舞いの品だから。お金払うよりも、刀奈を治してあげて。」

「簪、良いのか?」

「ありがとう、簪……貴女が風邪引いちゃったその時は、ミカン缶持って行ってあげるわね。」

「……風邪なんか引かない方が良いけど、もし風邪を引いたその時はお願い。」


『お見舞いだから』と、桃缶代は受け取らずに、簪は『お大事に』と言って校舎の方に戻って行った。
更識姉妹は『姉妹仲は良いんだけど、あんまり話とかしてない』ってイメージがあるのだが、刀奈には一夏、簪には夏姫と言う相手が居るので、姉妹の交流が少なくなっているだけで、刀奈も簪もお互いの事を大事には思っているのだ……二卵性とは言え、双子であるから余計にな。
まぁ、其れを言ったら静寐と言う相手を見つけてなおブラコン全開の円夏は何なんだって話なのだが、円夏は筋金入りの超ブラコンで、『ブラコン世界選手権』なんて謎の選手権が存在したら、二位以下に大差を付けてぶっちぎりの優勝をするであろうブラコンだから仕方ない。静寐も円夏のブラコンを咎める事はないからね。
それはさて置き、一夏は早速桃缶を開けると、半分をシロップごと少し深めの器に移し、残りの半分はラップを掛けて冷蔵庫に入れると、刀奈の所に器に入れた桃缶を持って行き、スプーンで食べ易い大きさにカットしてからシロップと一緒に刀奈の口に運んでやった。


「旨いか?」

「うん……良く冷えていてとっても美味しいわ……」


温かい雑炊とスープを食した後の、良く冷えた桃缶と言うのはデザートとしてピッタリだったらしく、あっと言う間に刀奈はシロップの一滴も残さずに食べてしまった。
食欲も大分戻って来たみたいなので、此れならば全快するのはそう遠くないかも知れない。


「ご馳走様……とても美味しかったわ一夏。」

「おそまつ様。残りの桃缶は、晩飯の後でな。」


そして、昼食が終わると同時にベッドにセットしていた乾燥機も終わったので、刀奈をベッドに――に寝せる前に、汗で濡れたパジャマを交換してね。普通なら、女性を着替えさせると言う事に躊躇しそうなモノだが、一夏に躊躇はない!
やる事やってるので、下着姿は今更と言うのもあるのだが、其れ以上に今の一夏は刀奈の看病に能力を全振りしているので、着替えさせるのも仕事の一つなので躊躇する事なんぞないのである。『合法的に女性の下着姿が拝める』とか思った野郎は、三幻神の極悪特殊能力で逝ってらっしゃい!!


「其れじゃ、お休み刀奈。」

「うん……」


着替えが終わったその後は、一夏がベッドから乾燥機を取り外し、其処に刀奈をお姫様抱っこで連れて行き、優しくベッドに横たわらせて、布団を掛けてターンエンド。
正に流れるようなイケメンムーブだが、一夏の恐ろしい所は、其れは特に意識したモノではなく、極普通に出来るとと言う事にあるだろう……この天然イケメンは、マジで手が付けられんかも知れんな。

そんなイケメンムーブをかましてくれた一夏だが、刀奈が寝たからと言ってもやる事は未だある。
先ずは今までに出た洗濯物を洗濯機にぶち込んで自動乾燥までのコースで選択をすると、その後は刀奈が目を覚まさないように注意しながら、部屋を除菌シート装着のモップで拭き掃除だ……部屋が清潔な方が風邪の治りも早いからね。



――タ~ララタラ~ラタラ~ラタタタ(遊星テーマ前奏)



そんな事をしている最中、一夏のスマホに着信が……相手は束だ。


「もしもし、何か用ですか束さん?今は刀奈の看病で忙しいんですけど。」

『もすもすひねもす、束さんだよいっ君!
 いやぁ、かたちゃんが風邪引いたって聞いたからさ、束さんが作った風邪薬の臨床試験を頼もうかなって。マウスを使った実験では効果が実証されてるんだけど、商品化するには、人での実証データが必要だからね?』

「束さんが開発した薬ならメッチャ効きそうな気はしますけど、副作用とかはないんですか?」

『副作用は……あるね流石に。
 自分で飲んでみたんだけどさ、この薬は効果は間違いなく高いんだけど、飲むと副作用として数日間子供になっちゃうんだよね~~♪いやはや、子供になった束さんは会社の皆に色々迷惑掛けちゃったみたい♪』


「束さん、その薬は今すぐ廃棄して下さい。風邪が治るとは言っても、子供になるとか大問題ですから。てか、何処の名探偵が飲まされた薬ですか其れ!」


束は、以前より風邪の特効薬の開発も行っており、刀奈が風邪を引いたと聞いてその薬の臨床試験をして欲しいと言って来たのだが、その薬の副作用は割とトンデモないモノなので、一夏は全力で拒否した!
子供の頃の刀奈を見てみたいって思いがなかったとは言わないが、数日間とは言え刀奈が子供の姿になったら面倒な事になる未来しか見えないのだ……子供刀奈がイタズラをするだけなら未だしも、『一夏君と刀奈さんの子供!?』何て噂が立った日には目も当てられない事になるのは間違いないからね――下手すりゃ、新聞部から怒涛の取材を受ける事になり兼ねないからな。


『ん~~、其れじゃあ仕方ない。この薬はもっと研究して副作用を何とか無くさないとね……因みに副作用として『潜在能力が解放される』ってのは如何かな?』

「そんな副作用だと、風邪を引いたらスーパーサイヤ人になり兼ねないんで却下です。」


此の残念な天才は一体なにを開発しているのか……風邪を治す序に潜在能力の解放とか普通に要らんわ。下手に潜在能力解放したら、解放された力に耐え切れずに自滅する奴も居るかも知れないからね。


『にゃはは~~、それじゃあ風邪の特効薬は一から作り直しだね~~。いっ君、かたちゃんにお大事にって言っといてね~~。』

「はいはい、分かりましたよ。」


束との通信を終えた一夏は、ベッドの横に椅子を持って来ると其処に腰を下ろすと刀奈の手を握ってやる……少しでも早く刀奈の体調が良くなる事を願ってね。
一夏が手を握ってやると、刀奈は寝ていても握り返してくる……無意識ながらも、一夏に手を握られたのが分かったのかもな。



そんなこんなであっと言う間に時間は過ぎて放課後になり、放課後にはクラスメイトがお見舞いに訪れて来てくれて、フルーツやスポーツドリンク等の見舞い品まで持って来てくれたのだから感謝感激だった。
当然嫁ズも見舞いに来てくれたのだが、見舞いの品がヴィシュヌは『ハーブの花束』、ロランが『ハチミツレモンのゼリー』、グリフィンが『豚バラ肉のスパイシー煮込み』だったのが、クラリッサが持って来たのはまさかの『ゴキブリ酒』だった!
『ゴキブリ酒』は漢方で風邪に効果があるとされているモノだが、流石にインパクトがハンパない!その衝撃は正にゴッドハンドインパクトだ!!
此れは流石にアレなので、一夏は丁重に断った……何ぼ効果があるとは言え、流石にゴキブリ酒を飲ませる気にはならんわな。……そもそも刀奈は未成年なので飲酒はNGだからね。


そして夜。
一夏は、二つ目の弁当を平らげると刀奈を起こして、『夕食を食べるか?』と聞くと、刀奈は『食べる』と答えたので、刀奈の体温を測定してからキッチンに向かって調理開始!因みに、この時点での刀奈の体温は三十七度四分と可成り落ち着いて来たので、此れならば明日には平熱になっているかもだ。

さて、キッチンに向かった一夏は土鍋に水を張って火に掛けると、其処に粉末のかつおダシと薄口の醤油を入れて一煮立ちさせてから、スライスした白ネギと椎茸を投入し、其れに火が通ったのを確認するとうどん玉とかまぼこを投入し、全体に火が通ったら生卵と、簪に頼んで買って来て貰った天婦羅をトッピングしたら、蓋をして軽く蒸らせば『一夏特製なべ焼きうどん』が完成だ。
そして、夕食も昼食時同様に一夏が刀奈に食べさせてやる事に……もう自力で食べる事も出来るのではないかと思うのだが、『食べさせて?』って上目遣いで頼まれたら其れはもう、食べさせてあげる以外の選択肢は存在しない。食べさせてあげる一択だ。


「口に合うかな刀奈?」

「うん……美味しいわ一夏。」


一夏に食べさせて貰いながら、特性なべ焼きうどんを完食し、更にはデザートの桃缶も完食してディナータイムはターンエンド。昼間よりも、食べるスピードが早かったのを見るに、体調が回復して来ただけでなく、体力も回復して来たと言えるだろう。体力が回復してないと、食事は中々難しいモノがあるのだから。
食事を終えた後は、刀奈を着替えさせてベッドに寝かせ、一夏もシャワーを浴びて寝るだけになり、一夏は風邪を貰わないように床で寝る心算だったのだが……


「一夏……一緒に寝て?一夏が一緒じゃないと、不安なの……」

「刀奈……だから、其れは反則だっての。」


刀奈にこう言われたら断る事なんざ出来る筈がない!風邪で弱ってる嫁の頼みを断るなんてのは、其れは只の鬼畜であり、夫である資格はないと言っても過言ではないだろう。風邪で弱ってる嫁には、トコトン優しくすべきなのだ!!
なので、一夏はベッドに入ると、ごく自然に刀奈を抱きしめる。


「一夏……?」

「こうすれば温かいだろ?身体を温めてやるのは、風邪に効果があるからな。」

「うん……そうね。」


此処で更なるイケメンムーブを発動!!
同じベッドで寝るって言うのは、夫婦なら珍しい事ではないかも知れないが、風邪を引いた嫁と同じベッドで寝て、更に嫁を抱きしめてやるとか一体どれだけの野郎が出来る事やら……一夏のイケメンぶりには脱帽しかあるまい。

だが、その効果は充分にあったようで、一夏に抱きしめられた刀奈は幸せそうな笑顔を浮かべて夢の世界に旅立って行ったからね。


「お休み、刀奈。」


一夏も一夏で、刀奈の額にキスを落とすと其のまま眠りについた……最後の最後までイケメンだな此の野郎!此処まで行くと『リア充爆発しろ』とすら言えなくなる感じである――真の幸福者には、嫉妬心すら湧かないのかも知れないな。





そして翌朝。
何時もの様に目を覚ました一夏は、朝トレーニングに行く前に、刀奈の体温を測ると、三十六度四分まで下がっていた……此れならば、もう大丈夫だろう。


「もう大丈夫みたいだな……其れじゃ、行って来るよ刀奈。」


其れを見た一夏は何時も通りの朝トレーニングを行い、そして部屋に戻ってくると……


「おはよう、一夏♪」

「あぁ、おはよう刀奈。」


其処にはすっかり回復した刀奈の姿が。
扇子に【完全回復】と出して居るのを見ると、もうすっかり風邪は全快したと言う事なのだろう――一夏の献身的な看病があったとは言え、たった一日で全快してしまうってのは、其れだけ刀奈が強かったと言う事なのだろうな。
なんにしても、此れで今回の風邪騒動は終わりだろう。




と思っていたのだが、刀奈が全快したその日に簪が風邪を発症してしまったのだった……双子だからと言って、仲良く風邪を引く必要はないんじゃないかと思うのだが『双子は病気や怪我を共有してしまう事がある』と言う謎現象があったりするので、今回の風邪も案外その謎現象が時間差で発生したと言う案件なのかもしれないな。
……要らんわ、そんな謎現象は!!
因みに、風邪を引いた簪は夏姫が看病し、一夏と刀奈がミカン缶を差し入れてやったら、矢張り一日で全快したのだった――とは言え、風邪は万病の元とも言うので、先ずは風邪に罹らないように、普段の予防は確りしておいた方が良いってのは間違いないだろうね。風邪が原因で、より重篤な病気を患ってしまう事も少なくないと言える訳だから。
まぁ、ドレだけ予防を徹底していても罹る時には罹るので、その時は運が悪かったと言う他はないのだけどな……そう考えると、完全予防が出来ない風邪は、若しかしたら、最強にして最悪の病気なのかも知れない――何にせよ、風邪に罹らないように、日々の体調管理と予防対策は徹底して、だね。











 To Be Continued