千冬の計らいで、温泉で汗と汚れを落とす事になって温泉を満喫したのだが、女子よりも一足早く温泉から上がった一夏は、己の身体を見て少しばかり複雑と言う
か不思議な感覚を感じていた。
「さっきは、皆の所に行かなきゃって思ってて気付かなかったけどまさか正義に貫かれた痕が、手術痕諸共なくなってるとはな……此れも銀龍騎がやってくれたの
か?まぁ、余計な傷痕がないってのは良いけどよ。
特に正義にやられた傷痕なんざ、恥でしかないからな。」
バイタルチェックの時にも言われたのだが、一夏の身体には陽彩に貫かれた傷痕どころか手術痕すら無かったのだ――ISの生体保護機能では説明が付かないと
言うのは間違いないだろう。
生体保護機能はあくまでも『搭乗者の命を守るモノ』であって、多少の傷の修復能力はあれど、傷痕をキレイサッパリなくする事など出来ないのだから。
「ま、考えても仕方ねぇか……俺が無事だったって事で納得するのが一番だな。」
だが、一夏は其れについて深く考える事を止めたようだ――理屈はどうあれ、自分が生きている事が重要だと考えたのだろう。……確かに、最悪の場合は死んで
いたのかも知れないのだから、自分が生きてるって事が重要ではあるからね。
「あら、先に上がってたのね一夏?」
「生憎と、男風呂は貸し切りだったから長風呂って気分じゃなかったからな。」
其処に一夏チームの女子が浴衣姿で登場した……皆浴衣が似合ってるのだが、一夏の嫁ズの艶やかさは他の女子をぶっちぎってると言っても過言ではあるまい
て――刀奈は日本人だから浴衣が似合うのは当然としても、ロランもヴィシュヌもグリフィンもクラリッサも浴衣が反則的に似合ってるからな。
「そう言えば……あまりにも自然で、居る事が当たり前になってたから気にしなかったけど、何でグリフィンが此処に居るんだ?」
「兄さん、今更だな……」
「其れは、一夏がアイツに刺されて重傷だって聞いて居ても立っても居られなくなっちゃって、学園長と夏姫に許可取ってこっちに来ちゃった……ごめんね、驚かせ
て?でも、心配でさ。」
「いや、確かに驚いたけど、俺が心配で……何だろう、今凄く愛されてるんだなって実感した気がする。」
気がするんじゃなくて、実際愛されてるんだけどね?本当に愛してる相手じゃなかったら、態々教師と生徒の最高権力者に許可取ってまで此処に来たりはしないだ
ろう――因みに、本土のモノレール駅から、この花月荘までは高速道路を使ってバスで片道一時間半である。
高速道路を使って一時間半、つまり100km近く離れてる訳だからね……まぁ、嫁ズの他の誰かがグリフィンの立場でも迷わず同じ選択をしただろうけど。
「そうよ、一夏は私達に愛されているの♪」
「そしてそんな私達を君は愛してくれている……嗚呼、実に素晴らしい。」
「改めて口にするとメッチャ恥ずかしいけどな。
ところで、正義達はアレから如何なったんだ?」
「教師部屋の一つで謹慎中だ。少なくとも臨海学校中は奴等に自由時間などないだろうよ。――其れと、正義のバカは私が一発思い切りぶっ飛ばしておいた。
尤も、姉さんが止めなかったら一発どころか顔の形が変わるくらいぶん殴っていた自信があるがな。」
「円夏、其れは自信を持って言う事じゃないと思う……」
「流石はブラコン、大好きなお兄ちゃんを傷つけられるとおっかないっすねぇ……」
円夏が若干物騒だが、まぁフォルテの言う様に円夏はブラコンだから仕方ない――寧ろ、陽彩的には円夏の一発で済んで良かったと思うべきだろう。
若しも千冬が教師としての立場ではなく、姉としての立場であの場に現れていたら、その鉄拳によって陽彩は顔面骨折、頚椎粉砕骨折で即死だったろうから。マジ
で冗談抜きでな。
「そんじゃ、あんまり待たせても悪いし行くとするか。」
「そうね。」
取り敢えずバイタルチェックは終わり、温泉に入ってサッパリしたので、一行は千冬が指定した部屋へと足を進めるのだった――其処で、あの二人の少女から何が
語られるのだろうか……?
夏と刀と無限の空 Episode30
『ガチで脳味噌がバーニングソウル』
一夏達が部屋に着くと、千冬、スコール、真耶、そしてオータムだけでなく、既に『夏姫(以降、ナツキと表記)』と『刀奈(以降、カタナと表記)』の姿もあった――恐ら
くだが、彼女達は刀奈達が使っていた露天風呂ではなく、屋内の温泉を使ったと言う事なのだろう。そうじゃなければ、一夏達と一緒に此処に来ている筈だから。
彼女達も露天風呂を使っていて先に出て部屋に向かって居た可能性もなくはないが、刀奈とカタナが一緒の時点で、ナツキとカタナだけ先に出ると言う事は、先ず
ないと言って良いだろうしね。……少なくとも、刀奈とカタナは同じ様な性格をしてるだろうからな。
尚、束はこの場に居ないのだが、其れは一夏達の機体の記録映像の解析、機体チェックと整備、二次移行した機体のログを取ったりしているからである。
学園所属の整備士にやらせれば良いとも思うだろうが、超一流の整備士が揃っているIS学園の整備班であっても束一人には敵わないのが現実であり、実際に束
一人で学園の整備士五人分の働きを楽々熟しているのだから恐ろしい事この上ない。世界一の天才にして天災の名は伊達ではないと言う事だ。
「さて、此れで全員揃ったな?」
それはさて置き、千冬の一言で場の空気が変わる……此れから行われるのは、福音の暴走鎮圧後のミーティングと言う単純なモノではない――あの場に突如援
軍として現れたナツキとカタナの事も聞かねばならないからだ。
顔と名前、そして使っている機体の姿形は分かっているが、彼女達の素性はマッタク持って不明なのだ……何処かの国の代表なのか、或は何処かの国の軍属な
のか一切不明なのである。――束ですら『あの子達誰?』と言った位だから相当だろう。
「さて、先ずは今回の一件についてだが、福音のパイロットであるナターシャ・ファイルスは、現在意識を失っているが怪我はなくバイタルも安定している。脳波の方
も検査したが其方も異常はなく、遅くとも明日の朝には目を覚ますとの事だった。
また、福音に関してもコアは無事で、機体の方も暴走は完全に収まり二次移行前の状態に戻ったらしい――束曰く『アレは暴走による強制進化だから、正常にな
れば元に戻る。そしてその時が来たら改めて正しい二次移行をする筈だから』との事だ。
二次移行前の機体の攻撃が効かなかったのも、『自身と搭乗者を守る』との意思が暴走によって歪められた結果、あり得ない防御力を会得した事であり、二次移
行したからと言って一次移行機に対して無敵になると言う事は通常はあり得ないらしい。」
「次にアメリカとイスラエルね。
本来ならば此れだけの事になったのだから、事件の全容を明らかにして学園からアメリカとイスラエルに対して抗議すべき所なのだけれど、今回は向こうの『事を
公にしないで欲しい』と言う提案を吞む事になったわ。
納得できない部分があるのは分かるけれど、今回の事が公になったらアメリカとイスラエルに他国からの非難が集中して国際的な立場を失うのは火を見るより明
らか……イスラエルは兎も角、アメリカが国際的な立場を失ったら、ロシア、中国、北朝鮮と言った独裁共産国家が暴走するのは間違い無いわ。
世界のバランスを保つためにも今回の事は公にしない事が決まったわ――其れに、アメリカとイスラエルの要求を呑む事で、学園としては一つ貸しを作れるしね。
乱暴な事を言うのなら、このネタがある限りアメリカとイスラエルはIS学園に強く出る事は出来ないわ……それどころか、学園からの要請には首を縦に振るしかな
くなるしね♪」
先ずは千冬が福音と福音のパイロットの現状について説明し、続いてスコールがアメリカとイスラエルへの対応を説明してくれたのだが、IS学園の判断が中々にエ
グい事この上ない。
アメリカが国際社会での立場を失うのは世界のバランスは崩壊しかねないので今回の一件を公にしないのは分かるのだが、其れをアメリカとイスラエルに対するIS
学園の切り札としてしまうとは、学園長の轡木十蔵は好々爺に見えて中々喰えない人物であるみたいだ。
この切り札がある以上アメリカとイスラエルはIS学園からの要請を断る事は出来ないのだ……どちらも国際的立場を失いたくはないし、ことアメリカは自分達が国際
的立場を失えば、目下の大敵であるロシア、中国、北朝鮮が国際社会で幅を利かせる事になってしまいかねないからね。
「続いて正義君、篠ノ之さん、オルコットさん、凰鈴音さん、ボーデヴィッヒさんの五名についてですが、彼等は夏休みまでの残り日数は懲罰房送りとなり、夏休みは
土日を除いて朝から晩まで奉仕作業、土日は織斑先生の特別訓練、そして学園に戻ってから二学期までの間は毎日反省文三百枚、正義君は丸刈り、篠ノ之さ
ん達は全員髪をショートカットにする事になりました。」
続いて麻耶が陽彩達への罰則を報告する――命令無視、無断出撃、作戦妨害、陽彩に至っては其処に殺人未遂まで加わってるのに軽いんじゃないかとも思うだ
ろうが、此れは『今回の事を公にしない』事を考えた上での処置だ。
あまりにも重い罰を与えると、逆に『一体何があったんだ?』と勘ぐられ、其処から今回の一件が露呈する可能性もゼロではない――なので、陽彩達の罪は『待機
命令を無視して外出した』と言う事にして、『其れだけにしては少し罰が重すぎないか?』と思われる処置をする事で真相から目を逸らせる事にしたのだ。……実際
は、土日は千冬との特別訓練が組み込まれているので、陽彩達に待ってるのは地獄以外の何物でもないだろうが、何とか熟す事が出来れば可成り強化出来るだ
ろう……熟す事が出来ればだが。
「こっちからはこんだけだ……残るはお前等だな。」
福音戦後の後処理の報告が終わったのを聞き、オータムはナツキとカタナに鋭い視線を向ける……咥えていたタバコを素手で握り潰した姿だけでも迫力満点過ぎ
るわ。――素手で火の点いたタバコを握り潰して平気なのかとか野暮な事は言わない様に。オータムは、痛みや熱さは気合いで何とか出来るのだ。
因みに、オータムが吸ってるタバコは『マルボロ』であり、其の中でも赤い箱の通称『赤マル』しか吸わない。喫煙家には喫煙家の拘りがあるのだろう――酒好きっ
てのは実は飲む銘柄に拘る感じなモノなのかもしれないな、知らんけど。
「アタシ達か……既に名は名乗って居るから改めて名乗る必要は無いと思うが――アタシ達が何者かと聞かれれば、其れは『この世界とは違う世界』、SFとかで言
う『パラレルワールド』からやって来た存在だと答える事になるな。」
だがしかし、其れに対してナツキはイキナリ核爆弾級のダイナマイトを投下してくれた!!
何処かの国の機密部隊なら兎も角、パラレルワールドからやって来た異世界人とか、幾ら何でもぶっ飛び過ぎているだろう……一歩間違えば、頭のネジが吹っ飛
んでオカシクなってる人と認定されても仕方ないからな。
「パラレルワールドって……マジかよ?」
「俄かには信じられないけれど……」
「だが、パラレルワールドの存在を完全に否定するだけの根拠は存在しない……確率で言うのならば、存在する可能性の方が存在しない可能性より高いかな?」
「宇宙人は存在しない可能性よりも存在する可能性の方が高い、みたいな感じですね。」
「だが、そうだとしたら何故別の世界の存在である彼女達が此処に居るのだと言う事になるのだが……」
「其れは簡単よクラリッサちゃん、私達は私達の世界の束博士が開発した『次元渡航機』を使って色んな世界を旅してるのよ♪」
「「「「「「あ~~、納得。」」」」」」
並行世界はあるとしても、何故此処に居るのかと言う疑問も、カタナが『己の世界の束が次元渡航機を開発した』と言ったらアッサリと納得した――まぁ、篠ノ之束と
言う存在はどんな世界でもぶっ飛んでいるって事なんだろう。――実際に束に出来ない事なんてないって感じだからな。……唯一出来ない事を上げるとするなら、
其れは結婚だろうな。
千冬には稼津斗が居るが、束には誰も居ないからな……まぁ、現状では一夏と嫁ズが仲良くしてるのを見て満足しているみたいなので、束は自分の幸せよりも自
分が認めた相手の幸せを見るのが趣味な部分があるのだろう。
……尤も、束が恋愛方向に意識を向けた所で、彼女の御眼鏡に適う男性が居るかどうかが問題であるような気がしなくはないけれどね。
まぁ、其れは兎も角、束と言う切り札によって一夏達にパラレルワールドは存在すると言う事を理解させる事が出来たナツキとカタナは自分達の事を語り始めた。
――ナツキとカタナ説明中。詳細を知りたい人は、『Infinite Breakers』を読め!読みたくれ!そして、妄想しろ!!!
ナツキとカタナの話を聞いた一夏達は驚きで何も言えなくなっていた。其れだけ衝撃的だったのだ。
ISが兵器として使用され、一夏は双子で箒も双子、カタナと簪は年子の姉妹、一夏とナツキは姉弟として過ごしていた、織斑は人工的に作られた存在、世界を巻き
込んだ大きな戦いがあった事、そしてその戦いの果てにナツキとカタナは己の機体と融合して不死者になったと言う事……驚くなってのが無理って話だろう。
彼女達が話だけでなく、スマホに記録されていた映像や写真と言うモノも、彼女達がこの世界の人間ではないと言う事を裏付けていたってのも大きいと言えるかも
知れないな。
「何と言うか、もう一生分驚いたんじゃないかってくらい驚いたわ……まさか、そんな世界が存在してるだなんて……まさかISと融合して不老不死になるとはね?
でも、一番の驚きは……その世界の一夏の嫁よ!何その超良い子達!全然別人じゃない!!」
「其れは俺も思った。てか、ボーデヴィッヒも別人だろ?何その愉快なドイツ人!!」
「こう言っては何だが、其方の世界の彼女達に、私達の世界の彼女達の根性を叩き直して欲しいと感じたのは私だけかな?」
「ロラン、其れは私も思ったので大丈夫です。」
尤も、一番驚いたのは陽彩の嫁ズの性格の違いだったようだ……ナツキとカタナが居た世界の彼女達は、少なくともこの世界の彼女達とは違って常識と確かな実
力があるとの事なのだから驚くなってのが無理だわな。
クラリッサに至っては、『其方の彼女が隊長を務めている黒兎隊の隊員は幸せだな』とまで呟いていたからね。……グリフィンと簪は、その世界では自分達が交際
関係にあると言う事に驚いても居たが。
「盛り上がってるところ悪いんだがよ、お前等はISと融合したって言ってたが、ならさっき千冬に渡した待機状態のISは何だ?ダミーか?」
其処でオータムがナツキとカタナに対し、『千冬に渡したISは何だ?』と聞いて来た。
彼女達が敵でない事は既に明らかだが、生徒の安全を最優先に考えた結果、千冬が『済まないが話が終わるまで預からせて貰っても良いか?』と言い、ナツキと
カタナも『当然の判断ですね。』と、待機状態のISを千冬に渡していたのだ。
「いや、ダミーじゃない……確かにアレはアタシ達のISだが、より正確に言うのならば待機状態の外部装甲と武装と言うべきだな。」
「そうね。渡したのは装甲と武装、私達のISのコアは私達の心臓に有る……いえ、ISと融合した際に私達の心臓はISコアになったと言うべきね。
核融合エンジンから尽きる事のないエネルギーを得て止まる事のないISコアを心臓として持って居るからこそ、私達は寿命と老化と言う概念が無くなったと言える
わね。」
「……此処まで来ると、最早何を聞いても驚かんな。」
だが、渡したのは装甲と武装で、肝心のISコアは自分達の心臓でしたと言うのは今まで聞いた中で一番のトンデモ事態だろう……此の事が外部に漏れたら、即刻
彼女達は世界からその身を追われる事になるのは間違いないわな。……そうなったとしても、この二人なら追ってくる相手全部撃退出来るだろうが。
「まぁ良い……其れで、お前達は此れからどうする心算だ?
此方に危害を加える気が無いのは先程の福音との戦いでも分かったが……」
「別に如何もしませんよ?また、暫くはこの世界を楽しんで、其れからこの世界の宇宙を隅々まで旅した後にまた別の世界に行こうと思ってます……二人目の彼は
今回はやらかしてくれましたが、だからと言って今後この世界の一夏達の脅威になりそうは無いのでアタシ達が手を下すまでもないでしょうしね。」
「私達はこの世界には本来存在しない異物なので、あまりこの世界に悪影響を与えないようにしますのでご安心を♪――尤も、今回みたいにと~~ってもヤッバイ
事になったその時は助太刀に現れるかもしれませんけど。」
「そうか……ならば、心行くまでこの世界を楽しむと良い。お前達にはその権利があるからな。」
千冬が今後どうするのかと聞けば、特に如何もせず、暫くこの世界を楽しむとの事であり、其れを聞いた千冬は『その権利がある』と言ったが、彼女達が不死者だと
言う事を聞いて、不死者故の辛さを理解したからこそ千冬はそう言ったのだろう。
不老不死とは一見すると素晴らしいモノに思えるだろうが、実は自分を残して親しい人達が次々と先に死に、最終的には自分と親しい人間は一人も居なくなると言
う呪いの様な側面があるのだ――ナツキとカタナは一人ではないが、其れでも親しい相手がお互いのみと言うのは、『一人よりはマシ』レベルだろうしね。
「そう言えば貴女達って寿命が無いのよね?とっても失礼だと思うんだけど、今何歳なの?」
「え?そう言えば、私達って何歳だったかしら夏姫?」
「知らん。百五十歳を超えた辺りで数えるのが面倒くさくなったからな……多分だが、大体五百歳位じゃないのか?」
「「「「「「「「「「五百歳!?」」」」」」」」」」
そしてナツキもカタナも、見た目は少女だが実年齢は何かトンデモナイ事になってるっぽかった!五百歳って、戦国時代から令和の時代まで生きてるのと同じって
事じゃないのよ!?百五十超えた辺りで数えるのが面倒になったって事だから正確な年齢は不明にしても、五百歳は普通に凄いわ。
んで、其れが起爆剤となってナツキとカタナは一夏達から質問攻めにされる事になったのだが、少なくとも彼女達は其れを嫌だとは思っていなかったらしく、一夏達
の質問全てに答えていた。
『此れまでに色んな世界を巡って来た』との事だったので、今まで訪れた世界の一夏の嫁が誰だったのかっての聞いたのもある意味ではお約束と言えよう……結
果としては圧倒的に更識姉妹の嫁率が高く、次いでヴィシュヌだった訳だが。
因みに鈴と箒は一夏の嫁でない場合は高確率で親友ポジとの事……其れを踏まえると此の世界は可成り特殊なのだろう――若しくは、見習い神が陽彩を此の世
界に転生させた事で彼女達が歪んだのか……其れを確認する術はないけどな。
だがまぁ、驚く事はあったにせよナツキとカタナは悪人でない事が分かり、そして余程の事が無い限り出張る心算はないと言う事も分かったので、千冬は預かった
待機状態のISを彼女達に返却して終わりにした――ナツキもカタナも此の世界の人間ではなく戸籍も存在しないのだから、彼女達を縛る事は出来ないと考えて話
を終わらせたって訳である。
待機状態のIS――正確には装甲と武装を返して貰ったナツキとカタナは、部屋のベランダに出ると機体を展開し、そしてそのまま飛び去って行った。……僅かな時
間だったが、一夏達にとってはとても不思議な時間だったと言えるだろう。普通なら、パラレルワールドの人間と邂逅するなんて事は先ずない事だからね。
その後、千冬によって旅館内の生徒達に『待機命令の解除』が館内放送で伝えられて、そして定時よりも遅めの夕食となった――その夕食は、半ば宴会みたいに
なり、最終的にはカラオケマシンまで引っ張り出してのカラオケ大会まで始まってしまったのだが、千冬をはじめとした教師陣は其れを咎める事は無かった。
予想外の事態によって、半日旅館に缶詰め状態になったのだから、此れ位のハメはずしは大目に見ると言う事なのだろう――序に言うのなら、自分達も可成り大
変な思いをしたので少しは楽しみたいと言う思いもあったのかも知れない。
尚、此のカラオケ大会で優勝したのは一夏と嫁ズのデュエットではなく、千冬とスコールの演歌デュエットだった……浴衣姿で演歌を熱唱する千冬とスコールはイン
パクトがハンパなかったからね。
因みにリクエストがあったのでオータムも一曲披露する事になったのだが、まさかのバラード系だったのが意外と言えば意外だっただろう――まぁ、其れが逆に場
を盛り上げてたりしたんだけどな。
此の夕食には当然陽彩達は参加しておらず、一部の生徒からは『正義君達は如何したんですか?』との声も上がったのだが、其処は千冬が『アイツ等は旅館内で
待機との指示に違反して無断で外出したので教員室の一つで謹慎処分だ』と言って納得させていた。
其れを見たシャルロットが『だから止めとけって言ったのに……ホント馬鹿だよね』とメッチャ小声で呟いたのには誰も気付いていなかった……ある意味コイツが一
番極悪かもしれん。『腹黒貴公子』とか呼ばれる日もそう遠くはないだろう。
――――――
そんな宴が終わった後、一夏はシャツにジャージと言うラフなスタイルで浜辺を歩いていた――何か目的があった訳ではないが、何となく歩きたくなったのだ。理屈
ではない、本当に何となくだ。
「何だか、色々あったな。」
適当に歩いた所で、近くに有った岩場に腰を下ろすと、一夏は今日一日の事を振り返っていた――ISの訓練中に起きた福音の暴走、陽彩達の命令無視の無断出
撃に、福音との戦闘、陽彩の暴走で刺され、復活したら己の相棒が二次移行し、福音との再戦時には嫁ズの機体まで二次移行して福音を止めたと思ったら、助太
刀してくれた二人は異世界の住人とか、色々あったレベルではないだろう。普通なら処理能力が限界を越えて脳味噌がオーバーヒートしてるわマジで。
「月に照らされながら海を眺める美男子……実に絵になるとは思わないかい?」
「其れに関しては全力で同意するわ……此れで浴衣を着てたら最高だったわね。」
「皆……如何して此処に?」
「一夏が旅館から出て行くのが見えたので、皆で後を追って来たんですよ。」
「如何声を掛けようかと思っていたのだが、其処はロランに先を越されてしまったよ……『不審者発見、此れより職務質問を開始する。』と言おうと思ったのだが。」
「とっても牛尾さんな問いかけだねぇ其れは。」
そんな一夏の所にやって来たのは刀奈、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、クラリッサの五人。要するに一夏の嫁ズだ。服装は引き続き全員浴衣である。
一夏が旅館から出て行くのを偶々見かけて追いかけて来たのだ……まぁ、自分の愛する男性が夜な夜な旅館の外に出て行ったら、其れは気になってしまうモノだ
ろう。――特に、福音との戦いであんな事が有ったのだから尚更だ。
「「「「「「………………」」」」」」
そして、刀奈達も岩場に腰を下ろして一夏と共に月明りに照らされた海を眺め、全員が暫し無言になる……こうして一緒に居るモノの、今は何を話せば良いのか分
からないのかも知れない。
「……身体は、大丈夫なの?」
「ん?あ、あぁ此の通りピンピンしてるぜ?
傷痕どころか、手術の痕すら無いし、挙げ句の果てには縫合に使った筈の糸まで無くなってるからな……その辺は多分、銀龍騎がやってくれたんだと思うけど。」
「そっか、良かった。」
そんな中で最初に口を開いたのは刀奈で、其れは一夏の身体を心配しての一言だった。
一命を取り留めただけでなく、目を覚まし、そして機体が二次移行までしてと言う、見事な復活っぷりを見せてくれた一夏ではあるが、アレだけの重傷を負った事も
あり、身体の事は心配していたのだ。
『本当は動くのも辛いのに、無理しているのではないか?』と言う不安もあったのだろう。
「貴方が貫かれた時、正直生きた心地がしなかった……意識が無くて、沢山血を流して……」
「君がそう簡単に死ぬとは思えないが、最悪の事態と言うのを如何しても考えてしまったんだ……」
「死んでしまうのではないか……そう思ってしまったんです。」
「軍人と言う職業柄、人の死にはある程度の耐性が付いているモノだと思っていたのだが……自分が心から大切だと思ってる相手が死んでしまうのではないかと
思ったら、とても怖くなった。軍人としては情けない話だけれどね。」
「一夏が命に係わる重傷を負ったって聞いた時は、頭が真っ白になった……何でそうなったのか、そんな事ばかり考えていたよ。」
其れを皮切りに、一夏が重傷を負った時の不安が溢れ出て来た……皆が皆、一夏の事を信じていても最悪のケースを想定してしまったのだ。
GNソードの様な大きな武器に貫かれたら、複数の臓器を損傷してる可能性が大きく、更にあの時の一夏は人体急所の一つである肝臓付近を貫かれてたから、最
悪の事態を想定してしまうと言うのは仕方ないだろう。
気丈に振る舞ってはいたが、彼女達は彼女達で不安と戦っていたのだ。
「心配させちまったよな……だけど、大丈夫だよ。俺の胸に手を当ててみろって。」
一夏も一夏で彼女達の不安が分かったのか、全員に自分の胸に手を当てさせる……一見すると『お前何してんの?』的な行為だが、此の行為は彼女達の不安解
消に一番効果があるモノなのだ。
――トクン、トクン……
「動いてるだろ、俺の心臓?」
「うん、ドキドキ脈打ってる……」
「とても力強い鼓動だね……」
「其れに、とても暖かい鼓動です。」
「感じるよ、一夏の鼓動。」
「とても、心地いいモノだな。」
一定のリズムで鼓動する心臓の音が、彼女達をすっかり安心させた――心臓の鼓動は生きている証であると同時に、乱れない鼓動は一夏の身体に異常がないと
言う事の証明でもあるのだから。
「約束するよ……俺は、此の寿命が尽きる事以外では絶対に死なないって。そして、もう二度と皆を悲しませないって。
織斑一夏は、更識刀奈、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、グリフィン・レッドラム、クラリッサ・ハルフォーフを愛してる……だか
ら、俺は死なないよ。この先どんな事が有っても、絶対に死なずに生き延びるって誓うよ……俺の誇りに掛けてな。」
「「「「「一夏……」」」」」
はい、此処で極上のイケメン発言頂きました。
『お前達を愛してるから、俺は死なない』って最強すぎる殺し文句だわ……其れを聞いた嫁ズは一様に顔を赤くしてるからね――如何考えても一夏に惚れ直したっ
てのは間違いないだろうな。
そして、そんな嫁ズを一夏も『可愛いな』と思ってるようだ……つまりラブラブ無限大と言う事ですね分かります。
如何やら今回の一件で一夏と嫁ズの絆と愛情はより一層深く強くなったようだ……『一夏チーム以外勝たん』とか言っても良い位の状態であるかも知れんな。
「あ……そう言えば一夏が心配でこっちに来ちゃったけど、そうなると私のデート権って如何なるんだろ?臨海学校に来ちゃったから、無効?」
そんな中でグリフィンは、自分のデート権がどうなるのかが気になった様だ――まぁ、臨海学校後の一夏とのデートは、グリフィンが臨海学校に参加する事が出来
ない事を考慮した上での事なので、こうして臨海学校に参加と言うか参戦してしてしまった以上、其れは無効になるのでは思った訳だ。
「無効って、そんな筈ないだろ?ってか、そもそもデートは俺から提案した事だから、無効とか有り得ないっての。」
「そうよねぇ?
確かにグリフィンは臨海学校に参戦しちゃったけど、一日目と二日目の途中までは私達で一夏を独占しちゃったし、一日目はオイル塗りまでして貰ったから、其れ
を考えればグリフィンが一夏と一日デートするってのは当然の事だと思うわ。異論ある?」
「ないね。」
「ないです。」
「寧ろ異議を申し立てたら神の鉄槌が下る気がする。」
だが其れも、一夏が『自分から提案した事だから無効にはならない』と言い、刀奈達も『一夏を独占しただけじゃなくオイル塗りまでして貰ったんだから、其れを考え
るとグリフィンに一日デートの権利はあると判断した事で有効と言う事になった。
嫁ズの平等が一夏チームでは徹底されている訳である――何度も言うが、ホントに陽彩チームとは雲泥の差だわな。陽彩チームで誰か一人が陽彩とデートをする
となったら選ばれなかった連中はシャルロットを除いてデートの邪魔に躍起になるだろうからね……マッタク持って美しくない。
其れから暫し一夏達は月に照らされる海を眺めていたのだが、今日は満月だった事もあり、とても幻想的な事に立ち会う事が出来た――珊瑚が一斉に産卵し、海
面に浮かんだ卵が月明かりに照らされて、海面が金色に輝くと言う一生に一度あるかないかと言う絶景を拝めたのだ。
「此れは、凄いな。」
「えぇ、そうね……」
そんな幻想的な光景を暫く見ていた一夏達は、その自然のイリュージョンが終幕するのを待たずに旅館に戻って行った……戻る前に全員とキスを交わして、嫁ズと
の愛を確かめた一夏はマジで凄いとしか言いようがない――メッチャナチュラルにキスしてたからなコイツは。
だが、キスされた嫁ズは嬉しそうだったので何も言うまい……取り敢えず言えるのは、愛の力って偉大ですねって事だ。
「マッタク、少しは人目を気にしろ……いや、気にしたからこその夜の浜辺なのか?」
「俺は、アレで良いと思うけどな。」
「う~~ん、愛の力ってのは無限大だね♪」
その光景を物陰から窺っていた千冬、稼津斗、束の大人組も野暮な事はせずに、只一夏達を見守っており、そして同時に、一夏達は此れで良いのだとも思って居
るみたいだ。
一夏と一夏の嫁ズのチームは、此れでバランスが取れてる訳だしね。
「ん~~……良いモノを見せて貰ったから、束さんはそろそろお暇するかなぁ?」
「何だ、もう行くのか?」
「アンタなら、もっと関わるんじゃないかって思ってったんだが、意外だな?」
「ちっちっち、甘いよカヅ君……過ぎた干渉は、一つも良い結果は齎さないから私の干渉は必要最低限にするのが此の世界の為なのさ――私が介入し過ぎちゃっ
て、世界崩壊が始まった、とかマジ笑えないからね。」
「安心しろ、そうなりそうになったその時は、俺がお前を瞬獄殺で滅殺してやる。」
「う~ん、其れは全然安心出来ないね。」
軽口の内容が大分物騒な気がしなくもないが、少なくとも稼津斗と束はこんな事が言い合える位には深い関係なのだろう――此れは今まで誰にも言って無かった
事だが、千冬が稼津斗と交際するとなった時に、束は稼津斗に勝負を挑み、その結果稼津斗がパーフェクト勝利を納め、以降稼津斗と束はライバル関係なのだ。
「精々腕を磨いておけ、俺と死合う気があるのならばな。」
「その気はないけど、負けっぱなしってのは癪だから、いつか必ず勝たせて貰うからねカヅ君!!」
なので、軽く拳を合わせて再戦を誓う――そして其れは、世界最強のライバルコンビ誕生の瞬間でもあった……稼津斗と束のタッグとか冗談抜きで最強最悪激強
だろうからね。
――――――
そんな訳で翌日、臨海学校最終日――スケジュールとしては、朝食を済ませたらバスに乗って学園に戻るだけであり、特に特出すべき事は無かった筈なのだけれ
ど……
「貴方が織斑一夏君?」
「え?織斑一夏は確かに俺だけど。」
バスに乗ろうとしていた一夏に声を掛けて来たのは、ブロンドの美女だ……百人に聞いたら九十九人は美女と答えるであろうこの女性が、一体一夏に何の用なの
か?
「私はナターシャ・ファイルス……福音のパイロットよ。――ありがとう、私と福音を救ってくれて。」
「大した事じゃありませんよ――俺達は俺達に出来る事をした、只それだけですから」
予想外の来客に一夏は驚きつつも見事に対処して、ナターシャに余計な心配をさせない選択肢を迷わずに選んだのだ――自分で『大した事じゃない』って言ってし
まえば其れ以上は何も言えないからね。
実は昨日の報告を聞き、福音のパイロットがナターシャだと言う事に一番驚いていたのはオータムだった――だってナターシャは嘗ての同僚だった訳だからね。
だが、ナターシャに敢えて声を掛けなかったのは今の自分はもうアメリカ軍の軍人ではなく、民間のボディガードと言う立場からだろうか……或は、只単純になんと
なく声を掛け辛かっただけなのか、其れは分からないが。
何にせよ、こんな感じで臨海学校はバタバタながらも一応の終幕を見たと言っても良いだろう――そして一夏達を乗せたバスは一路『IS学園行き』のモノレール駅
を目指して花月荘を後にしたのだった。
尚、問題児五人はバスではなく、学園が用意した護送車で帰る事になり、モノレール内でもキッチリ教師の見張りが付く事になったのだが、まぁ当然だわな。
こうして、少し難易度の高い事件はあったが、一夏達の臨海学校は幕を下ろすのだった……そして、この臨海学校は生涯忘れられないモノになったのも間違いな
いだろう。
To Be Continued 
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