白い砂浜と紺碧の海と言う不思議な空間で、一夏は銀髪の謎の女性と浜辺に腰を下ろしていた――その二人の元にはドリンクが用意されていたのだ、一夏は其
れに口を付ける事を躊躇っていた。
まぁ、普通の感覚を持ってる人間なら、『毒々しい紫色をした炭酸飲料』を飲もうとは思わないわな。飲んだら、なんか悪辣な状態異常、主に『毒』になりそうだし。


「飲まないのか?」

「逆に聞くけど、飲んで大丈夫なのか此れ?」

「見た目はアレだが、味はとってもファンタグレープ。」

「逆に不安しかねぇぞ其れ……」


謎の女性が言うには味はファンタグレープらしいのだが、怪しさ満点の見た目で味が其れってのは確かに逆に不安だろう……いっその事、『何とも言えない、如何
にも不思議な味』と言ってくれた方が逆に安心出来るかも知れん。『不思議な味』ってのは其れは其れで気になるから、『怖いもの見たさ』的な感覚で、『飲んでみ
ようかな~~?』と思ったりもするからね……飲んだ後でKOの可能性は否定出来んが。


「まぁ、大丈夫さ、此処は精神世界であって現実の君の身体には何ら影響がないからな。
 さて一夏……君は力を望むか?」


コント的な前置きをした後で、謎の女性は『力を望むか?』と一夏に問うて来た。
その問いに対し、一夏は少しばかり考える――『力』とは単純なようだが、実はとても複雑なモノだからだ。単純に『力』と言っても、その種類は多岐に渡るモノであ
る……武力、暴力、財力、知力と上げ始めればキリがないからな。


「力、ね……其の力ってのが、誰かを不幸にするモノだってんなら全力で拒否だ――人を不幸にする力なんざ、持ってて良い事なんて無いからな。
 だが、自分の大事な物を、愛する人達を守る為の力だったら俺は全力で欲するぜ?――勿論、其れは誰かに貰うモノじゃなくて、自分で得るモノだって事はちゃ
 んと分かってるけどさ。
 ま、刀奈達は俺が守るまでもなく強いんだけどさ……でも、其れでも守る為の力ってのは絶対に必要だと思う。世界は何時だって何が起こるか分からないモノだ
 からな。」


だが一夏はその問いに対して己の考えを述べ、謎の女性に対して笑みを向ける……その笑みは女子のハートを完全ブレイクする程のモノであり、この笑顔を現実
世界で披露したら、IS学園の生徒の八割は一夏の虜になるだろう。――いや、下手をしたら生徒だけでなく一部の教師をも虜にしていただろう……何それ怖い。
若しも『男性操縦者重婚法』に嫁の最大数と国籍の縛りが無かったら、学園の生徒の八割が一夏の嫁になってたかもしれないわな。


「其れが君の答えか……良い答えだ。君に選ばれた彼女達は幸せ者だな?」


謎の女性は一夏の答えに満足したのか、笑みを浮かべながら一夏の頭を撫でる――高校生にもなって頭を撫でられると言うのは恥ずかしい事この上ないのだけ
れど、一夏は其れを自然と受け入れていた。


「へへ、なんか照れくさいな?」

「そうだな……自分でやっておいてなんだが、何だかとてもこっ恥ずかしい事をした気がする……ちょっと、其処の岩にダイビングヘッドバッドをして来るとしよう。」

「ちょっと待って、如何してそうなんの!?てか、岩にダイビングヘッドバットって普通に自殺だから!命大事に!スプラッター反対!!」

「止めるな一夏!女にはやらねばならない時があるのだ!」

「意味分からねぇから其れ!!」


其処から一夏と謎の女性の攻防が始まり、最終的には一夏が謎の女性をドラゴンスクリューからの足四の地固めのコンボを決めてタップアップをさせた事で、一夏
の勝利となったのだった……ドラゴンスクリューからの足四の字は恐るべき膝破壊コンボだから、此れを喰らって無事で居られる奴は居まいな。


「其れじゃ、今度は俺から聞いても良いか?」

「あぁ、今度は君の番だ。」

「俺のターン!ってな。
 ……なぁ、アンタ白騎士か?」

「!!!」


今度は一夏のターンなのだが、その一夏が放った一言に、謎の女性は衝撃を受けたらしく、直ぐに一夏の問いに答える事は出来なかった――尤も其れが一夏の
問いに対する答えになるのだが。


「やっぱりそうなんだな……」


この世界での一夏と謎の女性の邂逅からの会談は、此処からが本番だと言えるだろう。










夏と刀と無限の空 Episode28
『夫々の戦いだが、戦いの定義とは?』










刀奈達は見事な連携攻撃で福音を追い詰め、トドメに刀奈のクリアパッションが炸裂して福音は沈黙したと思ったら、二次移行を起こし、強化された広域殲滅攻撃
で刀奈達を吹き飛ばして大ダメージを叩き込んだ。
其れでも刀奈達の意思は折れなかったが、其処にダメ押しとなる攻撃が炸裂……真面に喰らったら間違いなくデッドエンドだったろうが――


「あのまま押し切れると思ったのだが、そうは簡単に問屋が卸さないか。」

「この場合の問屋が何を扱っているのか小一時間ほど問い詰めたい所ではあるけれどね。」


刀奈達の前に現れた白い機体と蒼い機体が、光の盾――ビームシールドを展開して福音の攻撃を防ぎ、刀奈達を守ってくれた。――束製のISと、束が調整をした
ISに一撃で大ダメージを与えた福音の攻撃を完全に防ぎ切ったのを見ると、ビームシールドの防御力は相当に高い事が見て取れるだろう。

突然の乱入者に刀奈達は驚くが、其れ以上に彼女達を驚かせたのは二機のISの外見だ。
白い方は背部に大きな翼を持ち、全体的にスマートなシルエットの『機械天使』とも言うべき外見で、蒼い方は背部に巨大なバックパックを搭載し、左腕のシールド
と手にしたビームサーベルが『騎士』を思わせる機体なのだが、外見が陽彩の機体と酷似していたからだ。
此の場に陽彩が居たら『何でフリーダムとジャスティスが!』と驚いていた事だろう。


「彼の機体に似ている?……同じメーカーの機体と言う事?」

「……確かに似ているのは認めるが、あんな奴の機体と一緒にされると言うのは不愉快だな?アタシ達の機体はアイツのとは違う特別製でな、外見が酷似してい
 るとしても、性能は段違いだ。
 奴の機体が二次移行して第十世代だとしたら、アタシ達の機体性能は第十五世代だ。」

「「「「「「「「「「「十五世代!?」」」」」」」」」」」

「まぁ、当然の反応よね……詳しくは言えないけど、私達の機体は特別製なのよ。
 機体名は私がジャスティス、彼女がフリーダム……取り敢えず、私達は貴女達の味方よ。」


陽彩の機体と同じ扱いをされた事に、白い機体――フリーダムはこの上ない嫌悪感を示した上で『似ているが全くの別物』だと言い切る……まぁ、確かに陽彩みた
いな品性下劣野郎の機体と同類と思われたら不愉快この上ないわな。寧ろ陽彩と同類とか、悲しい通り越して己に怒りと殺意が湧くレベルな訳で、最悪自殺一択
だわ。アレと同レベルなら死んだ方がマシって感じだからね……見習い神よ、本気でなんでコイツを転生させたし。


「フリーダムとジャスティス……自由と正義……まさか、君達が福音の居場所を送って来た――!」

「ふ、正解だロラン。
 お前達だけで福音を倒す事が出来るのならば其れで良かったのだが、如何やらそうは行かないみたいなので介入させて貰った……一夏の嫁ズと仲間達がこん
 な所で散って行くのを黙って見ている事は出来なかったのでね。」

「此処からは私達がやるわ。
 貴女達は休んでおきなさいな……一夏君が復活したその時の為に。」


ロランは目の前の二人が『自由と正義の使者』である事に気付いたが、当の本人達は言う事だけを言って、福音との戦いに向かって行ってしまった――その姿は
救世主然としていたが。
だが、其れは其れとして刀奈達はジャスティスの言った事が疑問だった。
『休んでおけ』と言うのは未だ分かる。今の自分達は二次移行した福音の攻撃を喰らって大ダメージを受けた状態なのだから、少しばかり休んでダメージの回復を
図るのは当然の事なのだから。
しかしその後の『一夏が復活した時の為に』と言うのが引っ掛かっていた……そう、まるでジャスティスは『一夏が復活するのは決定事項』であるかのように言って
いたのだ。

勿論刀奈達とて一夏が復活する事を望んではいるが、だからと言って決定事項の様に言われると逆に怪訝に思えてしまうのだ……だからと言って、自分達を助け
てくれた二人を『怪しい』と疑う事が出来ないのは、彼女達は根っこの部分が『お人好し』だからだろう。――此の場に居たのが陽彩チームだったら、疑いに疑った
挙げ句にフリーダムとジャスティスの邪魔をしていた事だろう……特に陽彩は自分以外の『ガンダム』が居る事に混乱して何しでかすか分からんからね。


「……不明な部分はあるけど、敵じゃないのなら良いわ――此処は彼女達の言葉に甘えて休んでおきましょう。……此処で無理をして、一夏が復活したその時に
 一緒に戦う事が出来ないなんてのは、其れこそ一夏の嫁として有ってはならない事だもの。」

「そうですね……今は休んで少しでも回復する事が私達のすべき事ですね。」

「だが、そう言う事はフリーダムもジャスティスも一夏が復活するまでの繋ぎと言う事か……第十五世代機が繋ぎとは、何とも豪華極まりない事だ……」

「取り敢えず、今は回復する事に集中だね。」

「とは言え、只インターバルと言う訳に行くまい……この機会に福音の動きを記録しておくか。」


なので、刀奈達はその場に大の字に倒れ込んで、ジャスティスに言われたように休養を取って体力とダメージの回復に務める事にした――大の字に寝転がったっ
てのも、立っているよりも横になった方が回復効果が大きいと思ったからだろう。
……寝転がりながらも福音の動きを録画しようと考えたクラリッサは流石の現役軍人と言ったところだ――自分が動く事が出来ずとも、福音の動きのサンプルデー
タがあれば何かの役に立つかもしれないからね。


其れとは別に、福音との戦闘を行っているフリーダムとジャスティスだが……


「カリドゥスどころかバラエーナすら効かないとは、どれだけ堅いんだコイツは……今まで二次移行した福音とは何度も戦ってきたが、コイツはその中でも間違いな
 く最強クラスだな……!」

「ホントにね……まぁ、私達が元々居た世界以外では、例外なく福音は復活した一夏君が倒して来たから、此の世界でも福音を倒すのは一夏君だと仮定すると、
 私達では福音を倒せないって事になるんだけどね。」

「本気で其れな……改造コードで『ダメージ受けない』コードを使った上で『負けイベント』に挑む気分だ……ダメージを受ける事が無いから負ける事はないが、コッ
 チの攻撃は全く効かない感じだからな」


福音に決定打を与える事は出来ていなかった。
福音の攻撃は防ぐ事が出来るが、逆に福音に対して決定打を与える事が出来ないと言う一種の無限ループに陥ってしまったのだ……負けないけど倒す事が出来
ないってのは厄介極まりないだろう。


「まぁ良い、アタシ達の目的は福音を落とす事ではなく、一夏が復活するまでの時間を稼ぐ事だからな……もう暫く行けるか?」

「……誰に物を言ってるのかしら?貴女のパートナーはこの程度の事で根を上げる程の軟弱者だった記憶はないんだけれど?」

「そうだったな……なら、全力で行くぞ!!」

「言われずともその心算よ……観測者の力、見せてあげるわ――!」


其れでもフリーダムとジャスティスは果敢に福音に向かって行く――倒す事は出来ずとも、一夏が復活するまでの時間を稼ぐのならばこの二人にとってはイージー
モードを通り越したヌルゲーだろう。
因みに、刀奈達がフリーダムとジャスティスを『彼女』と称したのは、矢張りISは女性にしか動かせないモノであり、一夏が究極の例外であって、一夏以外の『男性
IS操縦者』は存在しないからだ――陽彩は、見習い神のおかげでISを動かせるのだから除外するが。

フリーダムが二丁のライフルを連結させて強烈なビーム砲を放てば、ジャスティスは二振りのビームサーベルを柄の部分で連結させて福音に向かって行く……予
想外の乱入者に驚いたが、この乱入者は相当な実力の持ち主であるのは間違いないだろう。








――――――








その頃。不思議な空間に居た一夏はと言うと……


「何故、私が白騎士だと分かった?私の容姿に白騎士の要素は欠片もなかった筈だが……そもそもにして、私は二度初期化されているから既に白騎士ではない
 のだが、何故そう思ったのだ?
 矢張り彼女の弟故に、姉の嘗ての愛機の空気を感じ取ったと言う事か……だとしたら恐るべき直感の持ち主としか言いようがない――この直感は、絶妙なタイミ
 ングで『エクスチェンジ』を使って相手の切り札を奪う闇遊戯の如しだな。
 いやいや、其れとも神経衰弱を先攻で全部表にしまうレベルと言うべきか……或は……」

「スンマセン、ちょっと落ち着きません?」


『白騎士』と言われた事に動揺した女性に突っ込みを入れていた。
まぁ、驚いて言葉を失うだけなら兎も角、此処まで動揺したら『少し落ち着け』と言いたくもなるだろう……と言うか、一夏に『白騎士だろ?』と言われた女性は一体
ドレだけ予想外の事態に耐性がないのかと心配になってしまうレベルだ。


「ハッ!……スマナイ、取り乱してしまった……しかし、よく私が『白騎士』だと分かったね?……そもそも此処は……」

「ISコアの意識の深層世界……だよな?
 最初は此処が何処かは分からなくて、俺は死んじまってあの世に居るのかと思ったんだけど、其れはアンタが否定してくれただろ?あの世じゃないなら、一体此
 処は何処なんだって考えた時に、前に束さんが『ISのコアには意思がある』って話してたのを思い出してな。
 アンタが『此処は精神世界だ』って言ってたから、若しかしたら此処は、ISコアの意識の深層世界じゃないかって思ってさ……となれば、此処は俺の機体である銀
 龍騎のコアの深層世界って事なんだろうけど、アンタは銀龍騎でもあるけど、白騎士でもある……何となくそう思ったんだ。如何やら正解だったみたいだけどな。」

「私の問いに対しての答えを言いながら其処まで考えて居るとは何とも恐るべき事だが……其処まで分かっているのならば誤魔化した所で無意味だな。
 そう、確かに私は嘗て白騎士と呼ばれたISのコアだった存在だ。
 だが、白騎士はISの力を脳足りん共に理解させる為に母上が作った超性能の機体だったので、ISの性能を知らしめた後で直ぐに解体され、そのコアは一度初期
 化した上で、現役時代の織斑千冬の専用機だった暮桜のコアとして使われ、彼女が引退した後は再び初期化されて銀龍騎のコアとして使われたんだ。
 二度の初期化をされたと言うのに、私が白騎士であった事を直感で見抜いてしまうとは、本当に凄いな君は。」


まぁ、其れは其れとして、一夏はこの短い時間で今自分が居る此の場所が何処なのかを理解していたようだ――『自分が死んだ訳ではない』、『此処は精神世界』
と言う情報だけで、此処がISコアの意識の深層世界だと言う答えに行きつくのは、如何に束から『ISコアには意思がある』と言う事を聞いていたとしても簡単ではな
いだろう。
そして其れは正解だったのだから、一夏の直感のレベルは最早超能力レベルであると言っても過言ではないだろう――やろうと思えば、嫁ズの下着の色さえも直
感で当てる事も出来るかも知れない。……まぁ、一夏はそんな事は絶対にしないだろうけどな。


「其れで、俺が此処に居るのはアンタが呼んだからだよな?」

「あぁ、そうだよ一夏……良い機会だから私のマスターである君の事をもっとよく知りたくてね……其れで、さっきの質問をしたんだが、君は私が思って居た以上の
 マスターだった。
 千冬も私の事を『相棒』と呼んでくれた最高のマスターだったが、君は其れ以上だよ一夏……だから、今この場で君に新たな力を与えよう。
 白騎士とも暮桜とも違う君だけの力をね……そして此れは君に必要な物だ。」

「新たな力……」

「そう、君だけの力だ。
 其の力を持って、今度こそ福音を止めるんだ……君の大切な人達と仲間達が再び福音と戦っているみたいだが状況は芳しくないみたいだからね。
 ――そんな状況で彼女達だけに戦わせる訳には行かない、だろう?」

「刀奈達が再び福音と?……なら、俺がこんな所でゆっくりしてる事は出来ないよな?――行こうぜ銀龍騎、今度こそ福音を止めにさ。」

「あぁ、行こう一夏……さぁ、目を覚ます時だ。」


女性がそう言った瞬間、周囲に光が溢れ、そして……


「……知らない天井だ、ってのはベタ過ぎるか。」


医療車の中で一夏は目を覚ました。
漸く麻酔が切れたと言ったところで、少しばかり気怠い感覚はあるモノの、意識は目覚めたばかりとは思えない程にクリアーだった……其れが、銀龍騎のコアと邂
逅した影響かは分からないが、一夏は自分の状況を確認すると、呼吸用の酸素マスクを外し、点滴の針を抜き、心電図を測る為にくっつけられていた電極その他
を全部外してベッドから起き上がる――此の場に医療スタッフが居たら、大いに驚いて一夏をベッドに横にさせようとしたかもなのだが、医療車の中に居たのは一
夏だけだったので自分の思う様に行動出来た。
今の一夏は上は手術後の病院着だったが、下はISスーツのままだった……緊急性の高い手術だったので、上は兎も角、下はISスーツのまま手術を行ったって事
なのだろう。


「上は……仕方ねぇ、スペアを取りに戻るか。千冬姉に見つかったら、間違いなく怒られるだろうけど、目が覚めたんなら俺だけ待ってる事は出来ないからな。」


そう言って一夏は医療車の扉を開けて外に出たのだが……


「へ、坊主?」

「あ、オータムさん、お疲れっす。」


其処でオータムとエンカウント。
タバコを吸ってるのを見ると、丁度一服していたようだが、此処に居ると言う事は護衛としての仕事はしていたって事なのだろう……オータム自身、一夏を『可愛い
弟分』と思ってる節があるので、護衛の任は可成り気合を入れて行ってるんだけどね。


「坊主お前……目が覚めたのか?さっき手術が終わったばかりだってのに……普通に有り得ねぇだろマジで?」

「刀奈達が福音と戦ってるんでしょ?なら、俺だけ眠ってる事なんて出来ねぇって……陽彩の野郎にやられたって事だけでも恥なのに、その上で刀奈達に全部任
 せちまったとか、男としてカッコ悪過ぎるからな。
 テメェが惚れた女の子の前ではやっぱりカッコつけたいんだよ、男って生き物はさ。」

「おぉっと、言うじゃねぇか坊主……だが、お前のその考えはとっても正しいぜ?少なくともオレは好感が持てるってモンだ――なら、お前は嬢ちゃん達の所に行く
 んだろ?――護衛としては止めるべきなんだろうが、だからと言ってオレにはお前の思いを止めてやる権限はねぇ。
 行けよ坊主、千冬にはオレの方から言っといてやるからよ――大事な嫁さん達を助けに行ってこい!だが、絶対に死ぬんじゃねぇぞ!!」

「オータムさん……サンキュー!」


其れでも、オータムは一夏の話を聞くと、アッサリと『行けよ』と言ってくれた。
オータムは確かに一夏の護衛の任に就いてはいるが、だからと言って一夏の行動を制限する権限はない――なので、一夏がすべき事に関しては、護衛し切れな
い事態が発生する可能性がない限りは容認しているのだ。
もっとも今回は、オータムが護衛出来る範囲をバリバリ超えた事態なのだが、其れでもオータムは一夏が刀奈達の所に向かう事を止めはしなかった―ー其れ所か
『千冬には自分から言っておくから』さっさと行けと言った位だからね。


「織斑一夏。銀龍騎・刹那、行くぜ!!」


オータムから、『なんか持って来ておいた方が良い気がした』と言う、スペアのISスーツの上を投げ渡された一夏は速攻で其れに着替えて、銀龍騎を起動して出撃
したのだが、展開された銀龍騎は此れまでとは少し姿が異なっていた。
左手には、クロー状の武装が追加され、ブースターを吹かしたらその瞬間に銀色の光の翼が現れたのだ――そう、銀龍騎は二次移行して、銀龍騎・刹那へと生ま
れ変わったのだ。
銀龍騎のコア意識の深層世界で、銀龍騎のコアが言っていた『力』とは、此の二次移行の事だったのだろう。
時に『なんか持って来ておいた方が良い気がした』とは、オータムは一夏が目を覚まして福音との戦いに向かうであろう事を、朧気ながらに予想していたのだろう。
そうじゃなかったら、態々一夏のISスーツのスペアを持って来る理由がないからね……女性の勘ってのは、時々恐ろしいモノを感じる事があるな。


「行ってこい坊主……お前なら、きっと何とか出来る筈だ……だが、絶対に死ぬんじゃねぇぞ?此れでお前が死んじまったら、俺が千冬にぶっ殺されるからな。」


オータムはそんな事を言いながら、医療車に寄りかかって、新たなタバコに火を点ける。――黒いレディーススーツを纏ったワイルド系美女がタバコを吸う姿っての
は、何とも言えない大人の女性の色香があるわ。タバコが似合うカッコいい女性ってのは中々居ないモンだしね。


「ったく、マジでお前は良い男だぜ坊主……お前が男じゃなかったら、惚れてたかもな。」


まぁ、若干おかしなことを言ってるみたいだったけどね……普通は男が女に、女が男に惚れるんだ、其れで良いんだ、其れが普通なのだがオータムはそうじゃない
みたいだ……詰る所は百合って事か……ジェンダーも多様化して来た今、同性愛はそれ程珍しい事でもないからね。
其れでも、百合は男女問わず其れなりの支持がある一方で、薔薇に関しては一部の腐女子にしか支持が無い辺り、やっぱり野郎同士の恋愛ってのは可成り特殊
なモノだと言わざるを得ないだろう。『百合姫』ってマンガ雑誌はあるが、『薔薇王子』ってマンガ雑誌は存在してないのが其れを証明しているしな。


「ほう、一夏は同性愛者であるお前ですら虜にしたか?」

「アイツが女だったら、間違いなくオレのモンにしてただろうな……で、何の用だ千冬?一夏を行かせちまったオレをぶん殴りに来たか?」

「まさか……粋な計らいをしてくれたお前に感謝こそすれ、殴る等有り得ん――私でも同じ事をしただろうからな。
 だから、一夏が出撃した事に対する全ての責任は私が負う。お前は、護衛対象である一夏の思いを優先しただけなので、咎められると言うのはお門違いだから
 な……そもそもにして、あくまでもお前は一夏の護衛であって学園関係者ではないからな、学園から直接処分を下す事は出来んし。」

「おぉっと、そう来たか。」


其処に千冬も現れたが、オータムの独断を咎める事なく、『同じ立場だったら自分もそうした』と言ってオータムの判断を肯定して見せた……千冬もまた、一夏に同
じ事を言われたら止める事は出来ず、出撃を許可していたかもしれないのだから。
教師としてはあるまじき行為だが、姉としては弟の思いを汲んでやりたいモノなのだ。


「其れと、お前以上に処分せねばならない大馬鹿者達が居るのでな、この程度の事でお前に処分を下している暇はない。」

「そう言えばそうだったな……あのクソガキ共はどうなるんだ結局?」

「正義が一夏を刺したのは過失なので重い罰は下せんが、機密情報の盗聴、命令無視、無断出撃、作戦妨害と来ているからな、ドレだけ軽く見積もっても日に反
 省文三百枚、一ヶ月の停学、夏休み中は補習+奉仕作業+謹慎は避けられまい。
 まぁ、一夏を刺した事は、過失とは言え絶対に許す事が出来んのでな……臨海学校が終わって学園に戻ったら、毎日私が直々に稽古を付けてやる事にするさ。
 奴等は少々ぶっ弛んでいるから、少しばかり鍛え直してやった方が良いとだろうと思っていたしな。」

「其れ、稽古の名を借りたリンチじゃねぇか?一人で複数をぶちのめすのをリンチって言うのかどうかは分からねぇけどよ?
 だが、アイツも馬鹿な事をしたもんだぜ……命令違反の無断出撃なんぞしなければ、地獄を見る事もなかったってのにな?――馬鹿は死ななきゃ治らないって
 言うが、アイツ等の場合は『馬鹿は死んでも治らない』ってとこだった訳か。」

「そう言う事になるのだろうな……取り敢えず、福音を鎮圧したアイツ等が戻ってきたその時は、正義は一夏の嫁達にぶっ飛ばされる覚悟をしておくべきだな。
 さっきは一夏の安否を気に掛けていて正義の事など頭の片隅にもなかっただろうが、一夏が無事だと言う事になれば、逆に正義に対する怒りが燃え上がるだろ
 うからな……」


其れとは別に、陽彩達に関する処分の話になった様だが、千冬の言う様に最低でもそれ位の罰は下されて然るべきだろう――『何故退学処分にしないのか?』っ
て思うだろうが、腐っても『希少な男性IS操縦者』と、各国の代表と代表候補、そして束お手製のISを渡された存在を退学処分にするのはあまり宜しくない。
確かに問題行動を起こしたのは間違いないが、全ての事が終わった後で、アメリカとイスラエルが己の保身の為に、今回の一件を口外にしない様にと学園に要求
して来るのは間違いない――そして、学園はアメリカとイスラエルに恩を売る事が出来るので其れを飲むだろう。
そうなると、あまり厳しい処分を、退学処分を下す事は出来ないのだ。『何故退学にしたのか』、その理由を明確にしなければならないからね。
まぁ、其れでも臨海学校後には毎日千冬との特別トレーニングが行われると言うのは陽彩達にとっては地獄だろう……ISのパワーアシストがあって漸く振り回せる
ISブレードを生身で軽々扱う千冬との訓練とか想像するだけでも恐ろしい。
更に、此の場に何時の間に稼津斗が加わって、己の妹が地獄を見たと言うトレーニング……『西住流フィジカルトレーニング』を薦めて来て、千冬も『此れは、中々
良いな?』と採用したので、陽彩達が地獄を見るのは間違いないだろう。








――――――








一夏が旅館から出撃した頃、フリーダム&ジャスティスvs福音の戦いは苛烈を極めていた。
福音が広域殲滅攻撃を行えば、フリーダムはドラグーンフルバーストで其れを相殺し、その隙にジャスティスが斬り込んでクロスレンジに持ち込み、レーザーブレー
ドを展開しての格闘戦を仕掛けるのだが、決定打には至らない。
逆に福音の攻撃は基本的に物理攻撃なので、『物理攻撃を無効にする』PS装甲が搭載されているフリーダムとジャスティスには通用しない――戦いは、完全に拮
抗状態の千日組手になっているのだ。


「クソ……一夏はまだか!!」

「何よ、助けて欲しいの?」

「違うわ馬鹿者!」


こんな遣り取りが出来る位にはフリーダムもジャスティスも余裕があるみたいだが、『負ける事はないが倒す事も出来ない相手』と言うのは厄介極まりないモノであ
るらしい。と言うか、実際に厄介だからね。


「いっそミーティアを使う?」

「いや、ミーティアを使うと機動力が下がる……アタシとお前のミーティアフルバーストで福音を落とす事が出来れば其れで良いが、落とせなかったその時は、逆に
 ミーティアがデッドウェイトになってピンチになり兼ねん。」

「……儘ならないモノね。」

「世の中ってのは、大体そんなモンだ。……本気を出すぞ!」

「そうね、少しばかり本気を出しましょうか!」


其れでもフリーダムとジャスティスは福音との戦いを続けていく……一夏が此の場に現れるその時まで、自由と正義は福音との戦闘を辞める事はないだろう。



――パリィィィィン!!



そしてフリーダムとジャスティスは、切り札とも言える『SeeDの覚醒』を発動して福音に向かって行く……種割れしたフリーダムとジャスティスは、ガチの冗談抜きで
チートレベルだろう。
攻撃が効かなくとも、福音を苛烈に攻め立てるその姿は、『悪』を断罪する天使と騎士と言えるだろう。……其れでも、福音はマッタク持ってノーダメージだと言うの
が恐ろしい事この上ない――二次移行でドンだけ防御力上ってるんだって話だわマジで。防御力255って言っても過言ではないかも知れない。


「……ねぇ、皆は感じた?」

「あぁ、感じたよ刀奈。」

「一夏が、目を覚ましたみたいですね……」

「って事は、私達のインターバルは此処までかな?」

「だな……一夏が目覚めて此方に向かって居るのならば、其れを座して待っている等と言う事は出来ん……休憩は、此処までだ。」


それはさておき、一夏の嫁ズは、刀奈を筆頭に一夏が目を覚ました事を感じ取っていた……何故其れを感じ取る事が出来たのかは科学的証明をする事は出来な
いだろうが、言うなれば刀奈達が本能的に感じ取ったと言う事になるのだろう――愛する男性の事は、誰かに聞かずとも感じ取れる『究極の愛』ってモノを彼女達
は得ているのかも知れない。――愛に勝る力ってモノは存在しないって事なんだろう。


「そうね……充分休んでダメージは回復したから行きましょうか?」

「充分に休んだからね……行こうか?一夏と共に!」

「此処からは、私達のターンと参りましょう!」

「福音……今度こそアンタを倒す、私達が絶対に!!」

「行くぞ、この機を逃さずに福音を沈黙させる……パイロットの無事を最優先にしてな!」


そして、一夏が此方に向かって居るのならば、彼女達が戦場に向かわない理由はない――一夏が『俺だけ休んでられるかよ!』と言ったのと同様に、彼女達もま
た『一夏にだけ戦わせる事は出来ない』と思ってるからね。

だが、其れを黙って見ているだけの円夏達ではない。


「行くか……なら、私達もだよな?」

「当然。刀奈達だけが行くとか有り得ない。」

「生憎とやられっぱなしってのは性に合わないのよね……このアタシに、此れだけの上等をかましてくれたんだから、その礼はキッチリとしないと気が済まないのよ
 ね、アタシとしては!」

「もう一頑張り?……カーテンコール前のアンコールは、お約束よね?」

「だね、お客さんのアンコールには応えないなんてのはアイドルとして有り得ないからね!!」


刀奈達に続く形で円夏達も福音に向かって行く。
此れで数の上では圧倒的に有利になった訳だが、二次移行した福音はチートクラスの性能になっているので、数の差なんてものは有利には働かないだろうけど、
そんな事は刀奈達も分かっているので、数の利を生かした方法で福音に攻撃する。
基本的には簪にミサイル弾幕と、円夏のビット兵器での多角的攻撃で福音の動きを制限すると言う、さっきまでの基本戦術なのだが、だからこそ福音には此の作
戦が刺さりまくったのだ……シンプルな作戦こそ最強と言うのは、中々その通りなのかも知れない。


「お前達……!」

「未だ休んでなくて良いの?」

「一夏がこっちに向かってる……だったら、休んでなんていられないわ!」


フリーダムとジャスティスは、刀奈達が参戦して来た事に驚くも、刀奈に『一夏がこっちに向かってる』と言われたらそれ以上は何も言えなかった――フリーダムと
ジャスティスは、此れまで幾多の世界を渡って来たので、福音戦の二回戦で一夏が参戦すると言うのは、覆せない勝ちフラグだと知っていたからだろう。

戦闘に参加した刀奈達は福音を果敢に攻め立てるが、二次移行をした福音の機体性能は恐ろしいほどに上がっているので、刀奈達の攻撃は決定打にならず、逆
に福音の攻撃が脅威だった――今の福音の攻撃は掠っただけで致命傷になるって言う危険極まりないモノだからね。


『La……』



此処で、福音は己が敵とした全てのモノを無に帰さんと、広域殲滅攻撃を発動する――物理攻撃を無効に出来るフリーダムとジャスティスならば、此の攻撃を喰ら
っても無事だろうが、刀奈達が喰らったら今度こそ、機体が強制解除される状態となるだろう。
正に絶体絶命だが……


「させるかよ!!」


今正に広域殲滅攻撃を行おうとした福音に何者かが攻撃を行って、福音の広域攻撃能力を的確に潰し、福音の切り札を完全に沈黙させた……そして、其れだじゃ
なく、此の場に現れたのが誰なのかが問題だ。


「一夏、なの?」

「悪い、少し遅れちまった……遅刻料は、学食一食で手を打ってくれ。」


現れたのは、二次移行した銀龍騎を纏った一夏だった――軽口を叩きながらも福音に切っ先を向けてるその姿は、闘神其の物であり、銀龍騎の背部に現れた銀
色の光の翼が輝いているのだ。
そして……


「俺の嫁さん達の事を随分と可愛がってくれたみたいじゃねぇか……なら、その礼しないとだよな?――三倍返しだぜ福音!!

『La……』


力強くそう告げる。
フェイスマスクのカメラアイが一瞬激しく光り、マスクの下にある一夏が鋭い視線を福音に鋭い視線を向けたかの様だ――いや、実際に向けて居るのだろう。カメラ
アイが光ったのは、一夏の視線に銀龍騎が呼応したからなのかもしれない。


「行くぜ……覚悟するんだな!」

『La……Laaaaaaa!!』


言うが早いか、一夏は居合で福音に斬りかかる!
福音は一夏の鋭い居合をギリギリで回避する事は出来たが、此れが一夏にとっては好機である――回避した福音に対して、決定的な一撃となる荷電粒子砲を叩
き込む事が出来た訳だからね。
荷電粒子砲を叩き込こまれた福音は大きく吹き飛ばされたのを見ると、この一撃でのダメージは半端なモノではなかったと言えるだろう。


「一夏……良かった、目が覚めたんだね?」

「悪い、少し遅刻しちまったな……お前達だけに任せとく事は出来ないって思ったら目が覚めたんだが、如何やら寝坊したみたいだ。」

「確かに遅刻だが、ある意味では良いタイミングだったよ一夏……矢張り君が居ないとしまらないからな。」

「一夏……信じていました、必ず目を覚ますと。」

「一夏、良かった、本当に良かった……でも、信じてたよ、一夏ならきっと目を覚ましてくれるって!!」

「よもやこれだけの短時間で目を覚ますとは……人体の不思議に触れた気分だな。」


そして、一夏の嫁ズは一夏が復活した事に喜んでいた――まぁ、目の前で致命傷レベルの重傷を負った一夏がこうして平然としているってのは、驚くべき事ってな
のかもだけどね。


「本番は此処からだぜ福音……第2ラウンドと行こうぜ!!」

『La………!!』


体勢を立て直して来た福音に対し、一夏は刀を再度抜刀すると、再びその切っ先を向け、不敵に『悪い笑み』を浮かべ『第2ラウンド』を宣言し、イグニッションブース
トを発動して真っ向から向かって行く。
普通に考えれば無謀極まりない行為なのだが、此の場に居た全員が一夏の勝利は絶対だと確信していた――特に刀奈、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、クラリッサ
は、一夏の勝利を信じて疑ってはいなかった。


「来いよ……精々地獄を楽しみな!」

『Laーーーーーー!!』


偽悪的な笑みを浮かべて挑発する一夏に対し、福音はその一夏を排除せんと動く……この福音暴走事件も、そろそろ佳境に入って来た、そう言っても過言ではな
いだろう。













 To Be Continued 







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