旅館に戻って来た一夏は、千冬が任務開始前に『万が一』を考えて学園から呼び寄せていた『移動医務室』とも言うべき『医療車』に運び込まれて緊急手術となっ
た……旅館に戻るまでに、クラリッサが一夏の傷に口付けて治療用ナノマシンを注入したとは言っても、一夏は腹部を大きく貫かれており、内臓にも相当なダメー
ジを負っているのは確実なので緊急手術になったのだ。

だが、それとは別に、陽彩の部屋では……


「歯を食いしばれ……このクズが!!」

「ゲボラァ!?」


円夏が陽彩をブッ飛ばしていた。
稼津斗によって旅館に叩き込まれた陽彩達だったが、其処で待っていたのは円夏による断罪だった……円夏は可成り重度のブラコンであり、兄である一夏の事
を兄妹愛の限界値レベルで好いているのだから、この一撃は当然と言えるだろう。
円夏の場合、ブラコンであっても、一夏の嫁ズの事は普通に認めているので、ある意味ではブラコンのあるべき姿を体現して居ると言えなくもないかも知れない。


「テメ、イキナリ何しやがる!!」

「何をだと?……兄さんを殺そうとした分際でよくもまぁそんな事が言えたものだな貴様は?……其処まで兄さんが気に入らなかったのか……殺したい程に、貴様
 は兄さんを憎んでいた、そう言う事か!!」

「ち、違う!俺は福音を……!!」

「黙れ、この!!」


ぶっ飛ばされた陽彩の胸倉を両手で掴んで絞め上げながら叫ぶ円夏に、締め上げられている陽彩だけでなく、同じ部屋に放り込まれていた陽彩ラヴァーズも何も
出来ずに震え上がっていた……それ程までに今の円夏は恐ろしい、ともすれば陽彩を殴り殺してしまうんじゃないかと言う位の勢いだ。
一夏に重傷を負わせただけでなく、一夏の嫁ズを悲しませた事も円夏の怒りを燃え上がらせていた――将来の義姉となる者達を悲しませた事だって、到底許せる
モノじゃないのだ。


「円夏、それ位にしておけ。」


もう一度陽彩を殴ろうとした円夏を止めたのは、部屋に入って来た千冬だった。
千冬とて、一夏を刺した陽彩に対して腸が煮えくり返る思いだろうが、其れを押し留めて務めて冷静に振る舞うのは教師としての立場があるからか、それとも大人
の自分が感情的になってはいけないと考えて居るからか……何れにしても、冷静でいる姿が逆に恐ろしい感じだ。


「だが姉さん、コイツは兄さんを!」

「あぁ、私だって正義を殴ってやりたい所だが……残念ながら正義のISを解析した結果、機体が変化した直後にハイパーセンサーやカメラアイを通して正義が見て
 居た織斑兄の姿は確かに福音の姿になっていた。
 いや、織斑兄だけでなく、戦いに乱入したと言う乱音の姿まで福音になっていた……何が原因かは分からんが、あの時の正義には、目に映るISが全て福音だと
 認識されていた可能性がある。
 つまり、コイツは本当に福音と戦っていた心算であり、故意に一夏を刺す気はなかったと言う事にもなる……機体の不具合による過失になるからな。」


円夏は千冬に『何故止めるのか』と言った感じで聞くも、千冬が言った事に驚き、次の句が継げなかった……いや、円夏だけでなく陽彩ラヴァーズも驚いて言葉が
出て来なかった。
其れはそうだろう、『あの時の陽彩は全てのISを福音と認識していた』と言うのは、あの時は一夏と乱が陽彩と戦っており、陽彩も其方に集中していたが、もしも陽
彩の意識が自分達に向いていたとしたら、自分達も攻撃され、最悪の場合は一夏の様になってなっていたかもしれないからだ……その可能性に至りながらも、心
の底では、『機体の不具合で陽彩の意思じゃない』事に安心してる部分があるのだから、矢張り根性が捻じ曲がってる訳だが。
だが、この事実は陽彩にとっては有り難い事だった。自分が福音と戦っていた思っていた事が物理的に証明され、一夏を故意に刺した訳ではないと言う事も同時
に証明されたのだから。


「織斑兄を刺した事は不問にしてやるが、だがそもそも機体の不具合も貴様等が命令違反の無断出撃をしなければ起きなかった事だと言うのを忘れるな。
 命令違反に秘匿情報の盗聴、無断出撃と作戦妨害……此れ等に対する処分はキッチリ下すからその心算でいろ馬鹿共――取り敢えず全員、臨海学校中は専
 用機を没収しておくからな!」


だが、千冬は其れでは終わらせず、陽彩達が行った数々の罪状に対する処分はキッチリ下すと言い、更には臨海学校中の専用機の没収も言い渡し、円夏と共に
部屋を後にする。
更に、此の部屋には数人の教師が監視する事なり、陽彩達は臨海学校中の自由時間は完全になくなったのだった……ま、当然だわな。










夏と刀と無限の空 Episode27
『行こうぜ、今度こそ福音を止めに!』










一夏が手術を受けている医療車の前では、刀奈、ロラン、ヴィシュヌ、クラリッサの四人が一夏の無事を祈り、手術が巧く行く事を願っていた……ドレだけ超高性能
な治療用ナノマシンを投与したとは言え、GNソードは通常のISブレードよりも遥かに幅広な刀身を持っており、其れに貫かれた一夏は複数の内臓を傷付けられて
いる可能性がある上に、可成り出血していたので輸血も必要な状態だったのだから。
勿論、輸血に必要な血液は、一夏と同じA型の刀奈とヴィシュヌとクラリッサが迷わずに提供した。

本来ならば彼女達も旅館内に居なくてはならないのだが、其処は千冬が彼女達の気持ちを慮って医療車の側にいる事は不問にしているのだ……千冬自身は教
師としてすべき事が有るので、代わりに一夏に寄り添って居て欲しいと言う気持ちもあったのかも知れない。


「一夏……お願い、無事に助かって……貴方に何かあったら私……目を覚ましてよ一夏……!」

「君程の男性がこんな所で死ぬなどあってはならない事だ……頼む、日頃鍛えた身体で如何にか助かってくれ……」

「神様……本当に居るのならば一夏を助けて下さい――一夏が助かる為に私の命の半分が必要だと言うのならば、喜んで差し出します……だから、どうか……」

「一夏……君はこんな所でくたばる様な男ではないだろう?
 だから、早く目を覚ましてくれ……そして私達を安心させてくれ。」


医療車は『手術中』のランプが点灯しており、中を窺い知る事が出来ない故に、彼女達は外で待つ事しか出来なかった――一夏を刺し貫いた陽彩に吶喊して円夏
がしたように一発殴ると言う選択肢もあったのだが、其れをしなかったのは、陽彩への怒りよりも一夏の安否の方が優先すべき事だったからだろう。
尤も、彼女達が怒りを優先して居たら、陽彩はロランに昇龍裂破を叩き込まれた所に、ヴィシュヌのタイガーレイドが追撃で入り、クラリッサがハイデルンエンドで爆
発させて、トドメに刀奈のフルチャージファイナルインパクトが炸裂してモザイク状態になっていただろうけどな。

そんな彼女達の許に、何かが飛来し、そして着陸する。


「「「「グリフィン!?」」」」

「一夏は!?」


其れはグリフィンの専用機であるテンカラット・ダイヤモンドだった。
本来ならば部外秘の事ではあるのだが、千冬が『レッドラムも知っておくべきだろう』と考えて、グリフィンに連絡を入れて臨海学校の最中にアメリカとイスラエルが
共同開発した新鋭機が暴走し、その暴走を止める為に出撃した一夏が重傷を負った事を伝えていたのだ。――其れだけではなく、『可能ならば、お前も一夏の側
に居てくれ』とも言っていた。
其れを聞いたグリフィンは居ても立ってもいられなくなり、学園長の轡木十蔵と生徒会長の蓮杖夏姫の許可を取って此処に直行したのだ。


「グリフィン、如何して此処に?」

「織斑先生から全部聞いた……一夏は無事なの!?」

「其れは……無事とは言い切れません。
 クラリッサがナノマシンを投与しましたが、一夏が負った傷は私の腕の骨折の比ではありません……正直、一夏が助かるかどうかは彼の強さを信じるしか……」

「そんな……カップがイキナリ割れて不吉だとは思ったけど、こんな事ってないよ……」


現場に到着したグリフィンも、一夏が危機的状況にある事を知って、そして一夏が助かる事を願う事に……此れだけの女性に愛されている一夏はマジで果報者と
言えるだろう。てか、他に何と言えば良いのか分からん。

予期せずに一夏の嫁ズが全員集合した訳だが、相変わらず医療車の『手術中』のランプは点灯したままで、如何にも空気は重く、暗くなっていく……手術の成功を
願いつつも、最悪の状況が如何しても彼女達の頭を過ぎってしまうので、此れは仕方ない事なのかもしれないが、僅かでも後ろ向きな気持ちが有ったら、ドンドン
気分が沈んで行くのは否めないだろう。


「皆、私は今途轍もない大事な事に気付いた。」

「クラリッサ?」


だからだろうか?此処でクラリッサが立ち上がった。


「確かに一夏は致命傷レベルの重傷を負い、現在進行形で生死の境を彷徨っているが、此れは逆に言うのならば喜ぶべき事態と言えるのではないだろうか?
 瀕死のダメージを負った主人公が奇跡の復活を遂げてパワーアップすると言うのは王道展開だ……一夏は主人公だから絶対に死なない、そして必ずトンデモな
 いパワーアップをして復活する筈だ。」


此れはまた何ともヲタ知識全開のトンデモ理論ではあるのだが、刀奈達には其れが不思議な程にストンと胸に落ちて来た……少なからず心の奥底ではクラリッサ
が言った可能性を考えて居たのかも知れない。


「そうか、その王道展開があったね。」

「つまり復活した一夏は、遥かに高い次元の強さになっていると?」

「戦闘力のインフレの予感ね……ナメック星到着時には戦闘力九万だった悟空が、メディカルマシーンで復活した時には、戦闘力三百万になってた感じかしら?」

「うん、戦闘力のインフレがハンパない。」


だが、その効果は抜群で、先程までの暗い雰囲気は一気に吹き飛ばされて、笑い声が飛び交う明るい雰囲気に早変わり――クラリッサの言う様に、一夏は主人
公なのだから死ぬ事は先ず無く、瀕死のダメージを負っても必ずパワーアップして復活すると言うのが効いたのだろう。
そして、其れはとっても大正解だ……この世界の一夏は、神に溺愛されまくった最強の主人公なのだから――ともすれば、神の世界で絶対の存在であるラー、オ
シリス、オベリスクの三幻神の寵愛を一身に受けてるかもだからね。
なので、一夏を心配する空気は一瞬で霧散し、逆に『一夏は絶対に助かる』と言う空気が満ち、刀奈達の顔にも笑顔が戻る。



――ピン



其れと同時に医療車から『手術中』のランプが消え、中から執刀医が出て来る。



「「「「「先生、一夏は!?」」」」」

「おぉっと……大丈夫、少しばかり危険な状態ではあったが手術は成功したから一命は取り留めたよ――だが、彼が目を覚ますかは、彼の強さに賭けるしかない
 と言うのが本音だね。
 失血状態が其れなりに長かったことで、脳に充分な血液が送られてなかった時間も長かったからね……最悪の場合は脳に異常が残る可能性がある事も覚悟し
 ておいてほしい。」

「手術は成功したんですよね?だったら、一夏は大丈夫です!」

「手術が成功したのならば、後は目覚めるのを待つだけだ……一夏、矢張り君は此処で死ぬ人ではなかったね。」

「一夏……良かった、本当に良かった……!」

「矢張り君は簡単にくたばる奴ではなかったか……此れは強化フラグ回収だな。」

「復活した一夏は、きっと『スーパー一夏』として私達の前に現れてくれる筈だ……なら、それを信じるだけだね!」


執刀医から『最悪の場合』を提示されても、ポジティブ方向に意識が向いた一夏の嫁ズを絶望させるモノではなく、逆に一夏は其れすら越えて復活するって事を確
信させるだけだった。
だが、こんな思考変更を出来たのも、一夏の嫁ズの心が『如何足掻いても絶対に倒せない敵』レベルで強かったからだろう……そうでなければ、一夏が陽彩に刺
された時点で、一夏が致命傷を負ったと言う事に絶望してただろうからね。
最早此処に、先程までのお通夜の様な空気はない……あるのは、一夏の復活を信じた嫁ズが発する闘気だけだ。


『更識姉、ローランディフェルネィ、ギャラクシー、レッドラム、ハルフォーフ、織斑妹、更識妹、コメット姉妹、乱音、サファイア、布仏は至急教員室101号室に集合
 せよ。繰り返す……』


「「「「「!!!」」」」」


そして、此処で千冬からの号令がかかり、一夏と陽彩チームを除いた専用機持ちに再び集合しろとの号令が……刀奈達は、一夏が目を覚ますまで一緒に居たか
たのだが、招集命令が下ったのならば其れに逆らう事は出来ないので、全員が未だ手術台の上で眠っている一夏にキスを落とし、そして作戦本部である教員室
の101号に集合したのだった。
ナチュラルにグリフィンも呼ばれていたのだが、此れに関しては学園側から千冬に連絡が来ていたからだろう。――まぁ、学園から連絡が無くとも、此の場に束が
居る時点でグリフィンが来た事は把握してるだろうけどね。








――――――








「其れで、織斑先生何があったんですか?」

「先程の戦闘で戦線から離脱した福音の居場所を特定した――いや、福音の居場所が束に送られて来た、と言った方が正しいか……『自由と正義の使者』と言う
 名前で送られて来たらしいが、あの束ですら送信元を特定する事は出来なかったらしい。タッグトーナメントの時の件も併せて何者なのか気になるが。
 其れは其れとして、束の端末に福音の現在位置のデータが送られて来たのは確かだ……ダミーの可能性も考えたが、束が調べた所、その可能性は100%ない
 そうだ。だから、福音はそこに居る。」

「其れは……いえ、成程……そう言う事ですか。」


集められた生徒達に千冬が説明したのは、『福音の現在地データが束宛に送られて来た』と言う事だった。『自由と正義の使者』と言う名に聞き覚えのあるクラリッ
サは一瞬反応しそうになるも、何とか堪えて事態を把握していた。此の場で大事なのは福音の位置が特定出来たと言う事であり、位置データが本物である以上、
データを送って来たのが何者なのかと言うのは二の次なのである。


「つまり、福音の居場所が分かったので、再度出撃して今度こそ福音を止めろとそう言う事ですね?」

「そう言う事だ。織斑兄が抜けた穴はレッドラムに埋めて貰う……出来るな?」

「勿論です織斑先生!」

「良い返事だが、出撃前に諸君等に伝えておく事がある……束、頼む。」

「アイアイサー!
 福音なんだけどね、暴走してる影響なのか如何かは分からないんだけど、さっきの戦闘のデータを反映させたらしく外部からの攻撃に対して可成り防御力と回避
 力が上がってる上に、最大の特徴である広域殲滅攻撃も出力が上昇してるんだよ。
 分かり易く言えば、こっちの攻撃は中々効かないのに、福音の攻撃を一発喰らったらゲームオーバーって所だね。」

「「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」


すぐさま自分たちのやる事を理解した刀奈達だったが、出撃前に束から齎された情報には思わず言葉を失った……暴走状態にある福音の性能が先程よりも格段
に上昇したと言われれば驚くなってのが無理ってもんだ。
しかも其の強化は、ラスボスがゲーム中最強の敵になった位のモノなのだから。


「ふふ……うふふ……あははははは!!
 何ですか其れ?一度取り逃がした相手が超絶パワーアップしたって、どんな王道展開ですか?寧ろ、余計に福音を止めるしかないじゃないのでしょうか?」

「お~っと、言うねぇかたちゃん?怖くないのかな?」

「『悩んで事態が好転するなら死ぬだけ悩めばいいけど、そうじゃないなら悩むのは無駄』と言うのと同じですわ束博士♪
 『怖がって事態が好転する訳じゃないのだから、怖がるってる暇があるなら覚悟を決めた方が遥かに有益』と言った所でしょうか?」

――【恐怖払拭】


だがしかし、驚きはすれど恐れはしないのが此の場に集まった面々だ。
『福音が強くなった』と言うのは確かに驚くべき事ではあるが、だからと言ってやる事が変わらない以上は恐れるだけ時間の無駄であり、そもそも恐れていては出
来る事も出来なくなってしまうと思っているのだ彼女達は。


「其れに、クズ共は部屋に閉じ込められているから今度は余計な邪魔が入る事もない……やれるさ、私達ならばな。」


更に円夏が、陽彩達は今回は邪魔してこないと言った事も大きいだろう――陽彩をぶん殴りに行った円夏は、千冬と共に部屋を去る際に、監視役である教師を確
認しているので、流石にアレでは部屋から出るのは無理と判断したのだろう。
仮に何とか部屋から脱出しても、そもそもにしてISを没収されているのだから出撃しようにも出来ないからな。


「ふ……再びお前達を選んだのは正解だったな。マッタク以て、お前達は良い意味での大馬鹿者だ……そして、私はお前達の様な大馬鹿者は嫌いではない。
 結局の所、私も同類だからな。
 此れ以上は何も言わん、今度こそ福音を止めて来い。」

「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」

「私も~、オペレーターとしてサポートするね~~♪」


ならば、問題は何もないので千冬が出撃命令を下し、専用機持ち達は其れに応え、本音もオペレーターとしてサポートする旨を伝える――矢張り此のチームは理
想の形であると言えるだろう。


「更識刀奈、紅龍騎、出るわよ!」

「ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、オーランディ・ブルーム、発進する!」

「ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、ドゥルガー・シン、行きます!」

「グリフィン・レッドラム、テンカラット・ダイヤモンド、行くよ!」

「クラリッサ・ハルフォーフ、シュヴァルツェア・ツヴァイク、出るぞ!」

「織斑円夏、シャイニングウィング……目標を狙い撃つ!」

「更識簪、ライトニングパニッシャー、目標を爆殺する!」

「ファニール・コメット!」

「オニール・コメット!」

「「グローバル・メテオダウン、発進します!」」

「凰乱音、甲龍・紫煙、行くわよ!」

「フォルテ・サファイア、コールド・ブラッド、行くっすよ!!」


そして専用機持ち達は次々と出撃して、今度こそ福音を止める為に福音が居る座標に向かって行く――彼女達から発せられたやる気を見る限りは余程の予想外
が起こらない限りは大丈夫だろう。
特に一夏の嫁ズのやる気はハンパなモノではなかったからな。


「……本来ならば、私達大人が対処すべき事を任せねばならないとは、己の無力さを痛感させられるな……そう思わないかスコール?」

「そうね……でも、私も貴女も引退した時に専用機を国に返却しているのだから仕方ないわ――今の私達に出来る事は、彼女達が無事に戻ってくるように祈る事
 だけだわ。」

「其れが逆に歯痒いがな……」

「取り敢えず、近くに神社があるみたいだから神頼みでもしに行く?お賽銭は諭吉さん一枚でいいかしら?」

「馬鹿を言うなスコール……彼女達の無事を真に願うのならば一万では到底足りん。最低でも一人頭百万は必要だろう?総額で……最低でも一千百万だな。
 ……小切手は賽銭に使えないのが難点だな。」

「千冬、小切手は簡単に切って良いモノではないわよ?」

「分かってるが、其れも厭わない位に、アイツ等の事を案じてるって事だ……それと、私の両親は揃って大手会社の重役で資産は充分にあるので、一千万単位と
 言うトンデモナイ小切手を切った所で如何と言う事はないからな。」


出撃した専用機持ち達を見送りながら、千冬とスコールはこんな会話をしていた……刀奈と簪には劣るかも知れないが、千冬と一夏と円夏も『重役の娘&息子』っ
て言う可成りのステータス持ちだった様だ。
其れは其れとして、千冬もスコールも自分が直接出撃出来ない事を悔いていたが、だからこそ専用機持ちが無事に戻ってくる事を願うだけだった。――特に千冬
は、自身の専用機である『暮桜』が有れば零落白夜で福音を一撃で落とす事が出来たのだから余計にだろう。


「全員、無事に戻って来いよ。」


千冬がそう呟いたのは、この上ない本心だったろう。








――――――








――ザザ~ン……


「ん?」


耳に響く波の音で、一夏は目を覚ました。


「俺は……そうだ、正義の奴に貫かれて……」


自分に何があったのかを思い出すと、改めて辺りを確認したのだが、一夏の目に映ったのは真っ白な砂浜と紺碧の海だった……そして、其れが一夏に『今自分が
どんな状態』なのかを認識させる事にもなった。


「そうだよ、俺は正義に貫かれたんだ……ハハ、あのまま俺は死んじまったのか?此処は、死後の世界って訳か――刀奈達を悲しませちまったな。」


一夏は己が死んだと思って、刀奈達を悲しませてしまった事を悔いる……己が死んでしまったと言う事実よりも、嫁ズを悲しませてしまった事を悔いるとは、本気で
イケメン過ぎんだろコイツ!嫁ズを本気で愛してるからこそ、一夏はそう思ってるんだからね。


「いや、君は死んでない。」

「え?」


だが、『一夏が死んだ』と言う事を否定する声が聞こえ、一夏もその声がした方に振り替えると、其処に居たのは長い銀髪に赤い目をした女性だった……女性とし
ては高い身長と、抜群のプロポーションが目を引く。特に胸は確実に90オーバーだろう。


「リリなののリインフォース……何でだよ?」

「其処は突っ込まないでくれ。と言うか私にも分からないんだ。
 其れは其れとして、君は死んでないよ一夏――此処は、そうだね今はまだ秘密と言う事にしておこうか?」

「何だよ其れ?」

「まぁ良いじゃないか。私はね一夏、君とは何時か話をしたいと思っていたんだ。少しばかり、私に付き合ってくれるかな?」

「話って……まぁ、他にやる事もないし、此処が何処なのかもちゃんと説明して欲しいしな。」


其れは其れとして、一夏は目の前に現れた女性を不審に思うも、敵意を感じなかった事で敵ではないと判断し、女性に付き合う事にした――或は、話をすれば此
処が何処で、自分が如何してこんな場所に居るのか分かるかも知れないと思ったのかも知れない。
かくして一夏と女性は、砂浜に腰を下ろして暫し対話する事になった――夫々の所に突然ドリンクが用意されていたのは御愛嬌と言った所だろう。








――――――







二度目の出撃をした専用機持ち達は、福音が居る座標が分かっていたので特に何の問題もなかったのだが、辿り着いた先に居た福音の姿が問題だった。


「アレが、福音……?」

「先程とはまるで別物じゃないか……」


目の前の福音は、先程の戦闘時には存在しなかったアンロックユニットが多数存在し、更に装甲も大きく変化し全体的にシャープ化されて鋭い感じになっているだ
けでなく、頭部装甲には『角』の様なセンサーアンテナと思しきモノが新たに追加されている。
何よりも目を引くのが腕部と脚部だ。
腕部装甲には新たに肘から下に近接戦闘用のブレードが追加され、脚部装甲の膝から下にも同じようなモノが追加されている――広域殲滅攻撃だけじゃなく、近
接戦闘も出来るようになったと、そう考えた方が良いだろう。
その姿は、さながら『機械仕掛けのモンスター』と言った所か……自身とパイロットを守る為に変化したのだろうが、其れにしたって変わり過ぎだろう。


「でも、あれが福音なのは間違いない……ならば、今度こそ止めて福音もパイロットも救うのみ――此れより、任務を遂行する!」

「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」


だが、姿が変わったからと言ってやる事は変わらないので、今度こそ福音を止める為に行動を開始する。
このメンバーの中では一番の年長者であり、現役の軍人でもあるクラリッサが指揮官となったのは当然と言えるだろう――餅は餅屋と言う様に、こう言った戦いに
於いてはクラリッサの方が他の専用機持ちよりも一日の長がある訳だからね。


「福音は近接戦闘も出来るようになった様だが、その本分は矢張り広域殲滅攻撃であると思われる。
 新たに追加されたアンロックユニットも、広域殲滅攻撃を更に強化した故の兵装と思って良いだろう……そして、其れだけではなく防御力と回避能力も前よりも遥
 かに上昇していると言うのならば可成りの難敵だが、逆に言えばその利点を全て潰してしまえば良いだけの事だ。」

「なら先ずは、回避出来る範囲を制限してやるか!」


先ずは先制攻撃として円夏がビット兵器による多角攻撃を仕掛け、福音が動ける範囲を制限する――福音の広域殲滅攻撃を使えば、一撃で攻略可能と思うかも
知れないが、広域殲滅攻撃と言うのは広範囲を攻撃出来る代わりに攻撃の密度は濃くないため、実は一撃でビットが一撃で壊される事はないのだ。円夏の機体
は束製だからビット兵器の耐久性もハンパないからね。


『La……』

「させないよ。」


福音は新たに追加されたアンロックユニットも全開にして広域殲滅攻撃でビットを破壊しようとするが、其処にすかさず簪の十八番である『絶対殺す弾幕』が炸裂し
て広域殲滅攻撃を完全に相殺!!
広域殲滅攻撃を相殺するって、ドンだけの弾幕を張れるのか今更ながらに恐ろしくなって来たわ。


「ファニール、オニール、元気が出るのお願い!」

「OK!」

「行くよ、『祝福の歌』!」


乱に言われたコメット姉妹は、グローバル・メテオダウンの特徴とも言える『歌』での補助を行う――今回は前回とは違い、防御力を上昇させ、更にシールドエネル
ギーの値を二倍にすると言う反則ギリギリのモノだ。
機体の特性的にISバトルでは殆ど使えないと言う事を逆手にとってカナダの開発者達はやりたい事を可成りぶっこんだのかも知れない。
だが此れで、此のチームは余程の事が無い限りは撃破される事のないチームとなった訳だ……『相手が堅いなら、こっちも堅くなればいい』と言う考えは子供っぽ
いかも知れないが、そう言う考えは案外馬鹿に出来ない。
『堅くなった』のならば、多少の被弾は無視して攻撃する事だって出来る訳だからね。


「其処よ!!!」

「逃がしません!!」

「目を覚ましなさいよこの馬鹿!」


特にこの強化は近接型の刀奈、ヴィシュヌ、乱にとっては有難いモノだった。
一撃で落とされる事が無くなった事で一気呵成に攻撃する事が出来るのだからね……同時に、近接型の三人が福音を攻め立てると言うのは戦局的に言うのなら
ば最高だと言えるだろう。
近接戦闘に対処する事になると、其方に集中せざるを得なくなり、広域殲滅攻撃を行う事が出来ないのだ――広域殲滅攻撃を行おうとしたら、その瞬間に隙が生
じてトンデモないダメージを負ってしまうからね。
其れ程までに刀奈、ヴィシュヌ、乱の攻撃は苛烈なのだ。特に刀奈とヴィシュヌは、輸血用の血液を提供したとは思えない程の動きである――アドレナリンが大量
に放出されて、『普段よりも血が足りない』事など身体が感じなくなってるのかも知れない。

更にこの近接戦闘だけでなく、円夏のビット攻撃、簪のミサイル、ロランのライフルとビームの波状攻撃、グリフィンのアンロックユニット『ダイヤモンドナックル』によ
る攻撃が福音を攻め立てじわじわと追い詰めて行く。


『La……』

「させるか……!時よ止まれ、ザ・ワールド!」

「そうは行かないっすよ!」


福音は逆転を狙い、アンロックユニットを使った広域殲滅攻撃を試みるが、其れはクラリッサがAICを、フォルテが機体の特性である凍結能力でアンロックユニットを
動かなくして封殺!!
クラリッサがジョジョネタをぶっこんで来たのは突っ込み不要だろう。
だが、動きが完全に止まってしまえば其れはもう只の的だ。


「ハァァァ……気功掌!!」

「行きます……イリュージョンダンス!」


其処に乱が龍砲で使う圧縮空気を利用した近接攻撃を叩き込み、追撃にヴィシュヌがムエタイでの打撃をこれでもかと言う位に集めた乱舞攻撃を決め、最後は変
則的な飛び二段蹴りを喰らわせて吹き飛ばす!


「此れで、終わりよ!!」


更にダメ押しとばかりに、刀奈が最大出力のクリアパッションを喰らわせる!……戦いながらナノマシンを福音の周りに散布し、其れを一気に過熱して水蒸気爆発
を起こして一撃必殺級の一撃を叩き込んだのだ。
如何に福音の防御力が上がっていたとは言え、少しずつガリガリと削られていた所にこんな大技を叩き込まれたら堪ったモノではない――実際に、此の攻撃を喰
らった福音は沈黙してしまったからね。
……機体が解除されていないのが若干の不安であるが。


「やったの?」

「ククク……多少は強くなった様だが、所詮は私達の敵ではなかったみたいだな?
 思った以上に楽な任務だったな……此れで、今度こそ姉さんと一緒に温泉に……待っていてくれよ姉さん。」

「円夏、だからそれは完全に死亡フラグ……」



――カッ!!!



「「「「「「「「「「「!!?」」」」」」」」」」」


だが、此処で福音が突如光を放った。
その眩しさに全員が思わず己の視界を手で覆うが、その光が治まった先に存在していたのは、先程とは更に姿を変えた福音だった――先程までは機械仕掛けの
モンスターと言った感じだったが、今の福音は『銀色の機械天使』とも言うべき姿になっていた。
装甲の刺々しさはなくなり、アンロックユニットの代わりに新たに機械仕掛けの翼が現れ、装甲は更にシャープ化が行われ、略搭乗者にフィットする装甲になってる
と言う感じだ。


「何よアレ……」

「まさか、二次移行したと言うのか……?」



『La……』



そして、その問いへの答えは更に強化された広域殲滅攻撃だった。
二次移行した事で広域殲滅攻撃の弱点を克服したのか、福音の攻撃は先程のモノより途轍もなく強力で、相殺出来るモノでは無かったらしく、全員が其れを真面
に喰らい、海岸の岩場に叩きつけられる。
広範囲に密度の高い攻撃が出来るようになったとか、可成り反則級の機体になってしまったと言えるかもしれない。

岩場に叩きつけられた彼女達は、機体が解除されていないので戦闘不能ではないが、コメット姉妹によって倍加されたシールドエネルギーが70%以上減り、エネ
ルギー残量がイエローゾーンとなってしまったので、次に同じ攻撃を喰らったら其の時点でゲームオーバーだろう。
束お手製の機体と、束によってパイロットに合わせた調整が成された機体を一撃で追い詰めるとは、此れが二次移行した機体の恐るべき性能と言うモノなのかも
知れない……二次移行している機体としていない機体では、その性能には大きな差があるとも言えるだろう。
数の差を引っ繰り返す機体性能とは、何とも恐ろしいモノだ。


「やってくれるじゃない……だけど、私達は未だ戦えるわ!!」

「生憎と、私達は諦めが悪くてね……!」

「シールドエネルギーは未だあります……勝負は此処からですよ。」

「此処からがメインイベント……未だ終わりじゃないよ?」

「そうだ、私達は未だ戦える……此れで終わりではないぞ福音!」


だが、そんな状況でも一夏の嫁ズも、他の専用機持ち達もマダマダやる気は充分にあった。エネルギーがイエローゾーンに突入しても、機体はまだ動くし武器も使
用可能なのだから戦う事は出来る……戦う事が出来る間は諦める事は絶対に無い。
装甲こそ先程の一撃でボロボロになっているが闘志は未だに健在なのだ……何よりも彼女達の瞳は絶望には染まり切っていない――そうであるのなら、土壇場
での逆転勝利も有り得ない事ではないからね。


『La……』



だが、そんな彼女達の決意を嘲笑うかの様に福音は再び凶悪な広域殲滅攻撃を行い、その攻撃は容赦なく刀奈達を呑み込んで行ったのだった……












 To Be Continued 







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