臨海学校の二日目に発生した緊急事態――アメリカとイスラエルが共同開発した新型のISの暴走事件に、IS学園が対処する事になり、千冬は一夏をはじめとした
実力者を選抜して福音の対処に向かわせたのだが、内心では己の不甲斐なさを感じていた。
本来ならば自分達大人が対処せなばならない事態なのに、其れを本来守るべき生徒に任せてしまったのだから……爪が食い込み、皮膚を破らん程に固く握られ
た拳が千冬の気持ちを表していると言えるだろう。


「少し落ち着けよ千冬さん、アイツ等なら大丈夫さ。」

「カヅ……」


そんな千冬に、稼津斗は肩に手を置いて『大丈夫だ』と告げる。――たったそれだけの事で千冬の不安が一気に霧散してしまったのは、心底稼津斗を信頼してい
るからこそだろう。
不安な事が有っても、稼津斗に肩に手を置かれた、其れだけで安心出来る……ブリュンヒルデも、愛する人の前では只の人であるようだ。


「アイツ等は強い。無断出撃した馬鹿共と言う不確定要素はあるが、其れでも余程の事が無い限りは任務成功率は100%だと思う。
 ……尤も、俺が出張れば其れで済むんだろうが、生身の人間が空を飛んで、暴走したISとガチで遣り合って勝ったなんてのは流石に洒落にならないからな。」

「お前の場合、福音を無力化するだけでなく、コアごと福音を破壊しかねないからな。」


だがしかし、話してる内容は少々物騒だった。
って言うか生身で空を飛ぶって何よ?稼津斗はアレか武空術でも会得してるのか?……コイツの場合其れを普通に会得してそうなのが恐ろしい事この上ないの
だけど、其れ以上にコアごとISを素手で破壊出来るって最早ドレだけ強いのか想像すらつかないレベルだ。


「ちょい待ちカヅ君や、機体だけじゃなくてコアまで破壊出来るとか流石に嘘だよね?
 ISコアは、宇宙みたいな過酷な環境での作業だけじゃなく、IS単体での大気圏の突破と突入も考えてるから、50000℃の超高温にも7000Gの重力にも耐えら
 れるように作ってあるんだけど!?」


流石の束だってその事実には驚きである……ISコアの頑丈さにも驚きだが、果たして束は一体どうやってそんなオーパーツ的なモノを作ったのか気になるが、束
だからで納得した方が良いのだろう多分。
緊急事態であるにも関わらず、何だか一気に緊迫感が無くなってしまった感じだが、しかしすべき事をしていない訳ではない。束が持ち込んだ機器を使って、本音
は無断出撃した陽彩達の行方を捜索し、束は束で福音の現在位置を割り出し、どの方向にドレくらいのスピードで飛行しているか等から、ドレくらいで福音が此の
近くの海域に到達するのかを計算し、果ては福音の機体スペックまで解析しているのだ。


「それにしても、正義達は何故無断で……?
 呼び出した生徒以外が近寄らない様に部屋の外には見張りの教師が居たし、両隣の部屋も勝手に入られないように矢張り見張りが居た上に、盗聴器が仕掛け
 られて居ない事は一夏達を呼び出す前に確認している……奴等は一体如何やって今回の件の詳細を知ったのだ?」

「SNSって可能性は考えられないか?
 偶々福音とやらが飛び出したのを動画で撮っていた奴がSNSにアップし、其れを偶然アイツ等が見て、今回の事だと推測して無断で出撃したとしたら……」

「その可能性は束さんも考えたんだけど、今の所有り得ないね。
 ありとあらゆるSNSに其れらしい投稿は見当たらなかったし、インターネットの隅々……其れこそダークウェブまで潜っても今回の件に関係ありそうな情報は一切
 見つからなかったからね……アイツが福音の暴走を予想してたとも思えないしね。
 其れよりホンちゃん、あの大馬鹿者共は捕捉出来た?」

「バッチリなのだ~~!
 バカも、モップも、チョロコロネも、ひんにゅ~も、銀髪ロリも全部捕捉して~、イッチー達に何処に居るのか送ったよ~~♪」


陽彩達がどうやって福音の暴走を知ったのかは分からず仕舞いだが、陽彩達の捕捉は出来たので位置情報を一夏達に送り、後の事は一夏達に任せる事になる
のだが、本音が大分黒い。良い笑顔で可成り毒吐いたよ此の子。何一つ間違っていないけれども。
まぁ、此れで陽彩達は何とかなると思っても良いだろう、実力的に一夏達が負ける筈がないし、そもそも数の上でも一夏達の方が上な訳だなのだから、稼津斗が
言ったように『余程の事が無い限り』は陽彩達を抑えるだろう。
そして束も、福音があとドレ位で此方に到達するのかを割り出して、機体スペックと一緒に一夏達にその情報を送ったから、福音の暴走も止めて無事に今回の件
を解決してくれる筈だ。――此れ程の迅速な対応が出来たのは束は勿論だが、本音のバックスとしての能力が予想外に高かったからだろうけどな。










夏と刀と無限の空 Episode26
『Fallen down The fake Hero』










一方で無断出撃をした陽彩達を追って出撃した一夏達は、本音と束から送られて来た陽彩達の情報と福音の情報を確認し、飛びながら作戦会議を開いていた。
と言うのも、陽彩達に追い付くのは容易いとしても、連中が『無断出撃だ、旅館に戻れ』と言われて大人しく言う事を聞く筈がないって結論に至り、『だったら力尽く
で旅館に返す。場合によっては一度撃墜して回収する』事にしたのだが、其れをやる場合、陽彩達と遣り合い始めた凡そ一分後には福音と鉢合わせになってしま
うのである。
つまり、陽彩達と福音の両方を一度に相手にする必要があると言う訳だ……まぁ、陽彩達は実力がクソ雑魚なので苦戦はしないだろうけど。


「ま、此処はオーソドックスに正義組と福音組にチームを分けるのがベターだな。」

「其の通りですが、どのようにチームを分けますか一夏?」


こう言う場合、肝心になるのがヴィシュヌの言う様に如何チームを分けるかだ。
暴走している福音の戦闘力は、『暴走しているせいで、攻撃は一撃で絶対防御が発動する位に強力になっている』と言う事以外は未知数である事を考えると、福
音の方に戦力を割き、陽彩達の方は必要最低限の人数で対処すのがベターと言えるだろう。


「正義達の方は俺が何とかする。簪と乱も俺と一緒に来てくれ。」

「私が一夏と?……成程、そう言う事だね。」

「アタシをねぇ……此れは試合じゃないから合法的に鈴をISでボコれるって訳か!!」


……乱の鈴に対する恨みは何処まで深いのか?ビーチバレーで散々顔面スパイクをかましたのに未だ足りないらしい。
若しかしてだが、クラス代表を無理やり交代させられただけじゃなく、其れ以前にも色々と遣られて積もり積もった恨みがあるのかも知れない――じゃなくて、一夏
が陽彩達の方に対処すると言った事には誰も驚かなかった。
と言うか、態々一夏が相手をせずとも、何か言われたら間違いなく陽彩は一夏を攻撃してくるだろうと思って居るし、一夏自身、毎日の様に何かに付けて勝負を挑
まれていたせいで、非常に不本意で、誠に遺憾ながら陽彩の性格を把握してる訳で、自分で陽彩に対処する事にしたのである。
一夏が自チームに選出したメンバーに関しても、簪の『絶対殺すミサイル弾幕』が有ればセシリアのBT兵器もラウラのAICも意味は無くなる上に、簪がセシリアとラ
ウラを押さえこんでしまえば一夏は陽彩と箒に、乱は鈴に集中出来る様になるのだ。乱に関しては、一夏が状況を利用して『直接対決で白黒ハッキリさせる』為に
選んだのだろう。
嫁ズから誰も選ばなかったのは、毎度の如く『選んだ二人を特別扱いしてるみたいだから』だろう……何処までも一夏は自分の嫁達に対して誠実で真摯である。


「それじゃあ彼の方は任せるわよ一夏?福音の方は、私達に任せておいて。
 束博士から送られて来たスペックを見ると、高機動広域殲滅型みたいだけど、私の分身と円夏のビットを使えば機動力は封じられるしね♪」

「おう、頼んだぜ!」

「兄さん、この任務が終わったら、私は姉さんと温泉に入る約束をしているんだ。」

「円夏、お前なんで此処で死亡フラグ建てたし。
 そのセリフは略確実に、任務中にあの世行きになる奴だから。死亡フラグでも間違いなく上位に入る奴だからな?」


何だか円夏が死亡フラグをおったててくれたが、円夏自身本気で言ってる訳ではなく、言わば任務前の緊迫感を緩和する為のジョークだろう……だとしても割とブ
ラックジョークだったが。
なんて事をやってる間に……


「追い付いたぜ……オイコラ其処の馬鹿共!何を勝手に出撃してやがる!さっさと旅館に戻れ!今なら千冬姉の出席簿だけで済むぞ!!」


一夏達は陽彩達に追い付き、先ずは一夏が一発叫んで陽彩達の注意を此方に向けさせる。
腹の底からのシャウトは確りと陽彩達に届いていたらしく、陽彩チームは全員が一夏達の方に振り返ったが、その顔は一様に『ゲッ』と言った感じだった……ヘッド
パーツで表情の見えない陽彩も同じ顔をしていただろう。


「織斑、テメェ何しに来やがった!」

「其れはこっちのセリフだ馬鹿野郎!
 お前等こそ何を堂々と命令違反してやがる!千冬姉は『指示があるまで旅館内で待機』って言ってただろうが!聞いてなかったのか?耳ないのかお前は!」

「知るかよそんな事!
 要は暴走した福音を止めりゃいいんだろ?だったら俺達が其れをやってやるよ!!!」


矢張りと言うかなんというか、陽彩は『お前が何しに来た』と言わんばかりの事を言ってくれたが、其処は一夏がこの上ない正論で返してくれたのだが……


「おい正義、お前なんで福音が暴走した事を知ってるんだ?」

「へ?」

「一夏の言う通りね?
 今回の件の詳細は集められた私達しか知らない筈……盗み聞きしようにもあの部屋の前には見張りが居たし、両隣の部屋にも見張りが居たから盗み聞きは出
 来ないし、盗聴器の類は部屋には仕掛けられてないとお義姉さんは言っていたわ。如何やって福音の暴走を知ったのか教えて欲しいわね?」


此処で陽彩が自ら地雷を踏んだ様だ。
原作知識がある陽彩は其れを元に行動しただけで、福音の暴走も知識として知っていたのだが、そんな事は全然知らないこの世界の一夏達からしたら、『如何し
て極秘情報を知ってるんだ?』と言う事になるだけである。
なので、思わず口を滑らせてしまった陽彩は内心汗だくになるが……


「べ、便利なもんだよなぁISってのはよぉ?
 ハイパーセンサーで視界が良くなるのは勿論だが、俺の機体は特別製でね、視界だけじゃなく耳の方も良くなるんだよ……其れこそ、遠く離れた部屋の会話を
 聞く事が出来る位にはな。」


其処はハッタリをかまして誤魔化した。
可成りギリギリの言い訳なのだが、そう言われてしまうと一夏達には其れを否定する為のモノが何もないので信じるしかないのだ――だからと言って、この馬鹿共
の違反行動が肯定される訳ではないが。


「盗聴器使わない盗聴とか初めて聞いたぜ俺……だが、其れでもテメェ等のやってる事は問題でしかねぇ!
 選べ正義、俺達の言う事を聞いて大人しく旅館に戻るか、其れとも俺達の言う事を聞かずにぶちのめされて強制帰還か……残された道は二つに一つだぜ?」

「なら三つ目の選択肢………テメェをぶっ倒して福音も倒すを選択するぜ!!」


此処で一夏が二択を迫れば陽彩は選択肢外の三つ目を迷わず選択して一夏に襲い掛かってくる……まぁ、此れは予想の範囲内だったので一夏も余裕で対処出
来るから問題ではない。


「隊長!貴女も軍属ならば分かるでしょう!此れは明らかな命令違反ですよ!」

「黙れクラリッサ!結果を残せば命令違反などと言うモノは不問だ……嫁は私に新たな可能性を教えてくれたのだ!嫁の邪魔をするというのならばクラリッサとて
 容赦はせん!!」

「隊長……其処まで堕ちましたか――簪、遠慮は要らない、思い切りやってくれ。」

「ん、了解した。」


ラウラに対してはクラリッサが軍属として命令違反は重罪だと訴えるも、ラウラは完全に陽彩に毒されてしまったらしく、軍人の誇りよりも陽彩の役に立つ事が大事
になっているらしく、クラリッサの言う事もまるで耳に入っていないみたいだ。
なので、クラリッサはラウラに対する最後の情も捨て、簪に『思い切りやってくれ』と言ったのだろう……此れまでは上官と言う事で立てて来たが、最早此れ以上は
ラウラに義理立てする必要はないのだろう。合法ロリ銀髪のチンクパクリが上官ってのも如何かと思う所があったのかも知れないが。

んで、簪の『絶対殺すミサイル弾幕』が発射され、其れはセシリアとラウラをメインに狙っており、弾幕も濃いので軽減は出来ても完全に無効にする事は出来ない。
なのでセシリアとラウラは略封じたのだが……


『La………』

「福音……!」

「ジャスト一分……一夏の予想通りになったか。」


此処で暴走した福音が参戦!
普通なら福音の参戦に驚いて動きが止まってしまうモノだが、事前にやる事を決めていた一夏達が驚くなんて事はなく、すぐさまチームを分け、刀奈、ロラン、ヴィ
シュヌ、クラリッサ、円夏、コメット姉妹が福音に対処する。


「ファニールちゃん、オニールちゃん、一発元気の出るのをお願いするわ。」

「任せて!」

「行くわよ、此れがアタシ達の『戦いの歌』!」


でもって、刀奈の『お願い』を受けてコメット姉妹はグローバル・メテオダウンの特殊能力である『歌を使った補助』を発動し、刀奈達の機体の攻撃力と防御力をMA
X値である255まで上昇させて、『強くて硬い機体』に強化する。
コメット姉妹の機体は直接的な戦闘力は高くないが、サポーターやバックスとしてはSクラスの性能を誇っているのだ――そしてこの場では其れが遺憾なく発揮さ
れ、刀奈達に力を与える。コメット姉妹の専用機はこの様な戦いでこそその真価を発揮出来るのだろう。
ともあれ、ステータスがMAX値になった刀奈達が福音に後れを取る事はないだろうから福音を鎮圧するのはそう難しい事ではないだろうが……しかし、だからこそ
陽彩達を早急に何とかする必要があるだろう。


「福音が参戦して来た!マジでお前等は旅館に戻れよ!
 福音は暴走してる影響で、攻撃が一発絶対防御発動ってヤバいモンになってるんだ!下手したら死んじまうんだぞ!!」

「誰が死ぬかよ!俺は最強なんだ……本当だったら誰にも負ける筈がねぇ!!」

「そうだ、陽彩こそが最強なんだ……邪魔なのはお前の方だ!消えろ一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


陽彩は一夏の言う事を一切受け入れず、それどころか更に苛烈な攻撃をしてくる始末……命令違反をした挙げ句に、正規に福音を止めるように命じられた一夏を
攻撃するとか、本気で頭がオカシイとしか思えない。
尤も陽彩としては、『命令違反でも福音を鎮圧すれば問題ない。原作でも、二度目の出撃は命令違反でも大きく咎められる事はなかったからな。』って考えて居る
のだろう、現実はそんなに甘いモノじゃないんだがな。


「邪魔してんのは、お前等だっつーの!」


だが如何に攻撃が苛烈であろうとも、一夏にしてみれば太刀筋の見えまくった攻撃でしかなく、余裕で躱すと逆手の連続居合で陽彩のGNソードと箒のISブレード
の刀身を切り落として使用不能にする。
此れで箒はもう使える武器は無い……一応射撃用のライフルもあるのだが、箒の射撃の腕前は一夏以上にヘッポコで、『狙った的の隣の隣の的に当たる』と言う
一周回って逆に凄いモノなので使い物にならないだろう。


「クソ……だが、俺にはまだ武器がある!」


だが陽彩は、壊れたGNソードを折り畳むと、腰部に搭載されているGNショートブレードの二刀流で一夏に再び攻撃を仕掛ける――攻撃が大振りになるGNソードと
比べるとコンパクトな攻撃が出来るので、実は武器としての使い勝手は此方の方が良かったりする。
良かったりするのだが、付け焼刃の二刀流が一夏に通じる筈もなく、刀と鞘の疑似二刀流で完全に対処された挙げ句に、二本ともGNソードと同様に刀身を切り落
とされてしまう。


「此れで、全武器破壊だな!」


更に一夏は陽彩の腰(と言うかケツ?)に強烈な蹴りを叩き込み、搭載されていたGNビームサーベルとGNビームダガーも破壊し、トドメとばかりにビームダガーを
GNソードに搭載されているGNビームライフルに突き刺して使用不能に!
口で言っても聞かないからと言って、フルボッコにした所を福音に狙われて大怪我でもされたら面倒だと考え、一夏は陽彩と箒の機体の武装を全て破壊して、『戦
う事が出来ない』様にする事で強制的に此の場から退場させようと考えたのだ。


「さて、此れでお前等はもう戦う事が出来なくなった訳だが如何する?
 戦う力を持たない奴が戦場に居たらどうなるかが分からないほど馬鹿じゃないだろお前等も……命令違反をした馬鹿とは言え、お前等に何かあったら千冬姉に
 責任問題が発生しちまうんだ、だから旅館に戻れ。
 あんまり千冬姉に迷惑掛けんじゃねぇ。」

「…………!!」


其れは陽彩にとってはあまりにも屈辱的な事だっただろう。
『お前等を倒すのは簡単だが、今回は武器破壊だけで済ませてやる』と言われたも同じなのだから……何よりも陽彩が気に入らなかったのは、自分に叩きのめさ
れる筈の一夏が悉く自分を上回り、学園内での人気も高い事だった。
神の手で転生され、チートな特典も貰ったのに一夏に勝つ事が出来ない、其れが不満で仕方ないのだ――だったら、勝てるように努力しろって話なのだが、陽彩
の辞書に『努力』の文字はなく、精々周囲に怪しまれない程度のトレーニングしかしていないのでそもそも一夏に勝てる筈がないのである。
まぁ、陽彩の最大の不幸は、彼を転生させたのが真の神ではなく、あくまでも見習の神であり、チートな特典も最高神にして、攻撃力と守備力が、生贄召喚時に生
贄にしたモンスターの攻撃力と守備力夫々を合計した数値になる翼神竜であるラーによって制限が加えられてしまった事だろう。
制限が加えられた事で、チートは努力を怠れば劣化するようになってしまっており、陽彩が一夏に勝つには、チートの維持の為のトレーニング+αが必要であり、
最低でも一夏の三倍の鍛錬が必要になってしまったのだから。


「ふざけるなよ……俺が、俺こそがこの世界の主人公なんだーー!!」


――轟!!


だが、此処で予想外の事が起きた。陽彩の絶叫と同時に、エクシアを黒いオーラが包みこんだのだ。
此れには一夏達だけでなく、暴走している福音までもが陽彩の方に意識を向けた位だ――それ程までに、陽彩に起きた事は異常な事だったのだ。或はそれはラ
ウラのVTS暴走の時以上と言えるだろう。

突然の陽彩に起きた異常だが……此れはある意味で彼の機体に使われているISコアが束が作ったモノではなく、見習い神が適当に作ったモノであるのが原因と
言えるだろう。
束が開発したISコアには意思があり、パイロットが自機の事を思えば思うほどコアの意識も活性化してISの性能は上がって二次移行すると言われてるのだが、逆
に言うなら、パイロットが邪な考えや邪悪な思考を持って居る場合は、コアがパイロットを拒絶する事もあるのだ。
なので、普通ならば『一夏の排除』と言う邪悪な思考と、『俺ハーレム建造』と言う邪な考えを持ってる陽彩はISに拒絶されてもオカシク無いのだが、コアが見習い
神製であった事から拒絶される事は無かったのだ。
まぁ、其れだけならば特に問題はないのだが、問題はそのコアは『邪悪な思考と邪な欲望も受け入れてしまう』モノだった事だ――本来のISコアならば拒絶するモ
ノもエクシアのコアは受け入れてしまったのだ。
そして、其れを受け入れてしまったら如何なるのか?……答えは簡単、待ったなしの暗黒進化だ。

「…………」


黒いオーラが晴れて現れたのは、エクシアではなく、全身が黒く染まった機体だった。
シルエット其の物は、陽彩が転生特典として望んだダブルオーライザーだが、色は本来のトリコロールではなく黒くなっており、GNソードⅡはオミットされ、GNソード
Ⅲが搭載されている。
機体色を除けば最終決戦仕様と言えるかも知れないが、その見た目は明らかに異様だった。


「へへ……力が溢れて来るぜ……此れなら――って、何でイキナリ福音が俺の近くに!?
 だが好都合だ、落ちろや福音!!」

「!!!」


機体が変化した事で武器も復活した陽彩は、GNソードⅢを振りかざして斬りかかった――一夏に。


「「「「一夏!?」」」」

「大丈夫、この程度なら問題ねぇよ!」


傍から見れば二次移行したとしか思えない陽彩が再び一夏に襲い掛かったのを見て、一夏の嫁ズは思わず一夏を心配するが、一夏は安心させるようにサムズア
ップして見せると、三度陽彩と切り結ぶ。
陽彩の機体が二次移行したとしても、乗り手のレベルが其のままなら一夏の敵ではないのだ。


「チョイサァァァァァ!!」

「!?(コイツ、反応速度がさっきまでとは段違いだと?)」


だがしかし、陽彩の反応レベルは先程までとは段違いに上がっており、普段なら回避不能の一夏の居合カウンターを躱して見せた――果たしてどんな手品を使っ
たのかは分からないが、此れまでとは違う事だけは間違いないだろう。
此れまでだったら一方的に一夏にやられるだけだったのが、今は一夏と互角に遣り合っていると言うのは二次移行と同時に陽彩の戦闘力も此れまでよりも増強さ
れたのかも知れない。


「調子に乗んな、この馬鹿野郎!!」


そんな陽彩に、一夏は渾身のヘッドバッドをかますと、怯んだ所にボディブロー→アッパーカット→横蹴りの、所謂『ボディがお留守だぜ』なコンボを叩き込んで吹き
飛ばしたのだが……


「舐めんじゃねぇ福音!」


即座にまた襲い掛かって来た。
と言うか、一夏を『福音』と呼ぶとは、相手を間違っているのではないだろうか?


「つーか俺は福音じゃねぇっての!遂に目までイカれちまったのかお前!其れとも、福音と間違えて俺を攻撃したとでも言う気かテメェは!よく見ろ、俺は誰だ!」

「あぁ?何言ってるか分からねぇが、直ぐに落としてやるぜ!」」


一夏が呼びかけるも事態は変わらず、陽彩は一夏の事を『福音』と思い込んで攻撃してくる――陽彩には本当に一夏の事が福音に見えているとでも言うのだろう
か?だとしたら完全にハイパーセンサーとカメラアイが誤作動していると言う事になるのだが……陽彩はこの異常事態に気付く事なく攻撃を続ける。


「機体が変化したかと思ったらセンサーとカメラがバグってるってのかよ……!」

「ゴチャゴチャウルセェんだよ無人機の分際で!さっさと俺に落とされろぉ!!」

「タコ、福音は有人機だ!!」


原作知識がある陽彩が福音を無人機だと認識しているのは如何言う事なのか?
実は陽彩の原作知識は全てを詳細に覚えている訳でなく、原作の大筋な流れであり、今回の福音の暴走に関しても『臨海学校で福音の暴走が起きる』事は判っ
ていても、福音が無人機か有人機かはどちらか覚えていないのだ……此れに関しては、福音は原作小説ではナターシャが乗っている有人機であったのに対して
アニメでは無人機と、原作小説とアニメで設定が異なっている事も原因ではあるのだが。

其れは兎も角、既に武装をすべて失った箒は戦闘不能であり、ラウラとセシリアは簪の弾幕に抑えられ、鈴は乱にフルボッコにされ、福音は刀奈達が抑えてくれる
ので、一夏は陽彩に集中出来るのだが、予想外の強化が施された陽彩には苦戦はせずとも若干手を焼いていた。
陽彩の反応速度が普段の数倍になってるのもだが、機体の進化と言うのが大きな要因ではあるだろう――初期設定と一次移行では機体性能に大きな差がある
ように、一次移行機体と二次移行機体ではその機体性能差は倍とも三倍とも言われているのだ。
束が作った一夏、円夏、刀奈、簪の機体は3.5世代機とも言うべき物であり、可成りのハイスペック機なのだが、陽彩のエクシアは推定第7世代機であったと言う
のに、暗黒進化とは言えダブルオーライザーになった今は第14世代機と言っても過言ではない機体になっている――如何にパイロットの腕前にダイヤモンドと砂
粒程の差があるとは言っても、機体の性能差は其れを埋めてしまうだけのモノがある訳だ。
……其れだけの性能差があるにも関わらず、一夏を速攻で倒す事が出来ずに互角に戦われている辺り、陽彩は謎の強化をされても機体性能の恩赦が無ければ
実力はクソ雑魚でしかないのだが。


「この野郎……仕方ねぇ一気に終わらせるぜ、界王拳!!」

「スピードが……だが、スピードはテメェの特権じゃねぇ!トランザム!!」


此れ以上長引かせるのは得策ではないと判断した一夏は、リミットオーバーを発動して勝負に出るが、陽彩もまた同性能のトランザムを発動して対応する……二
次移行で、00系ガンダムの切り札も発動出来るようになったみたいだ。
似たような強化ではあるが、夫々に弱点はある――一夏の方は発動中は防御力が半分になり、陽彩の方は制限時間があり、効果が切れると一時的に機体性能
がダウンしてしまうのだ。
つまり、一夏は被弾すると其れが一撃で致命傷になりかねず、逆に陽彩は制限時間内に一夏を倒せなければ負け確定な訳だが、トランザムの効果が切れるまで
は千日組手になるのは略確定と言えるだろう。


「うおりゃぁぁ!!」

「べぶ!?」


だが此処で、この戦いに乱が乱入し、イグニッションブーストでマッハの速度になった状態で陽彩にドロップキックを叩き込んで吹き飛ばす!!マッハの勢いのドロ
ップキックは正にミサイルキックと言えるだろう。


「乱?鈴音は?」

「武器破壊してからボディブローをかましてから、両腕極めて、顔面に龍砲叩き込みまくって戦闘不能にしてやったわ……ISも解除されちゃったんだけど、稼津斗さ
 んが突如現れて、モップと一緒に回収して旅館に連れてったわ……空飛んで。」

「突如現れたって、瞬間移動まで会得してんのかあの人は?其れに空を飛んで行ったって……まぁ、あの人なら武空術と瞬間移動を会得しててもオカシクはない
 と思うけどよ。」


乱は鈴を完全KOし、その鈴は武装を失った箒共々突如現れた稼津斗によって旅館に強制的に連れ帰られたらしい……水面を移動したり、空を飛んだり、瞬間移
動じみたものまでするとは、稼津斗はマジで豪鬼と悟空のハイブリット生物なんじゃないかと思えるなうん。
だが、乱の参戦は一夏にとっては有り難いモノだった。
負ける事が無い相手とは言え、異常強化で自分と略互角に戦えるようになった陽彩との戦いは少しばかり面倒なモノだったから――だが、逆に言うのならば援軍
が有れば余裕で倒せるって事だからね。


「分身?福音、テメェそんな機能まで!!」


蹴り飛ばされた陽彩は直ぐに復活して再度攻撃を行うが、一夏だけでなく乱も参戦した事で一気に状況は一夏が有利になった……一夏が陽彩に対処している所
々に乱の攻撃が突き刺さるようになったのだから。
しかも乱の攻撃は、フルスキンの機体でも覆いきれない関節部を狙っているから効果は抜群だ。
簪は相変わらずの弾幕でラウラとセシリアを足止めし、刀奈達も福音のシールドエネルギーを少しずつではあるが確実に削っているので、このまま行けば福音を止
めるのは難しくないだろう。

だがしかし、世の中はそう思い通りに行かないモノだ。


「アレは……一夏、あそこに漁船が!!」

「何だと!?」


戦場となっているこの海域に漁船の姿が!
既に海域封鎖はされていたのだが、この漁船は外洋に出るマグロ漁船だったらしく、この海域が封鎖されている事は知らずに通りかかってしまったのだろう。或は
無線が故障していて、海域封鎖の情報を得る事が出来なかったのかも知れない。
だが、何れにしても戦場に民間船が入って来たと言うのは良い事ではない……最悪の場合流れ弾が当たって漁船が粉砕!玉砕!!大喝采!!!になっちまい
かねないのだから。

そして、悪い事に福音の広域殲滅攻撃が発動し、刀奈が無数の分身で其れを受けるが、受け切れなった攻撃が流れ弾となって漁船に向かって居たのだ。


「クソ……間に合え!!」


其れを見た一夏はイグニッションブーストを発動し、リミットオーバーと合わせて六倍になったスピードで漁船と福音の攻撃の射線に割って入って、福音の攻撃から
漁船を庇う形で盾となってその攻撃を受ける。
防御力が半分になっている事で、可成りのダメージを受け、シールドエネルギーが大幅に減少したが、其れでも戦闘不能になるレベルではない……『耐える事が
出来る』と判断したからこそ一夏も自らを盾とした訳だからね。――逆に言うと、耐える事は出来たが『次に一撃喰らったら絶対防御発動で機体強制解除状態』と
なってしまったのだが。

だが……


「終わりだ福音!!」

「正義!!クソ……!」


其処に陽彩が突撃し、被弾直後で動きが止まった一夏にGNソードⅢを向け……そして、その身を貫いた。
突きの一撃で絶対防御が発動した事でシールドエネルギーがゼロになって機体が解除され、其のままGNソードⅢは一夏を貫いたのだ……ギリギリ急所は外れて
いるが、其れでも重傷であるのは間違いないだろう。


「え?あ……織斑?え、福音は?」

「よ、漸くバグが直ったのかよ……遅いぜクソッタレ……ま、満足かよ正義、俺をぶっ刺して……」

「え?あ……あぁぁぁぁぁぁ!!」


そして此処で陽彩の視界が正常に戻ったのか、GNソードⅢに貫かれた福音の姿が一夏になる……と同時に、陽彩は己のした事が怖くなった。
『一夏が居なければ』と思い、今回の暴走事件を利用してあわよくば始末する心算だった陽彩だが、其れは何処かゲームの敵を倒す程度の感覚でとても軽く考え
ていたのだが、実際に一夏を貫いた今は、GNソードⅢから伝わる肉を突き刺した感覚、滴ってくる血が『自分が生きた人間を刺した』と言う現実を、マジマジと突き
付けて来たのだから。


「俺は…違う、俺は福音を……そうだ、俺は福音を倒そうとしただけだ、俺は悪くない!」


何とも最低な自己保身の事を言いながら、陽彩はGNソードⅢを一夏から引き抜く。
支えを失った一夏は、重力に従って海に真っ逆さまだが……


「一夏!!」


其処に刀奈が割り込んで一夏の身体をキャッチ!
いや、刀奈だけでなくロランとヴィシュヌ、クラリッサも来ている……一夏が陽彩に貫かれたのを見て、福音の相手をしている所ではなかったのだろう。


「一夏!お願い、目を開けて!!」

「私の声が聞こえるか?聞こえたら右手を上げるんだ!」

「一夏……返事をしてください一夏!!」

「そんな……こんな事になってしまうとは……」


だが其れは、福音の包囲網が無くなると言うのと同義であり、包囲網から解放された福音はその場を離脱して飛び去ってしまった……まぁ、可成りシールドエネル
ギーは削られたので、それ程遠くまで行く事は出来ないだろうが。
だが、此れにより福音を止める為の作戦は、最悪の結末を持って『失敗』したのだった。

因みにだが、簪に爆殺されたラウラとセシリア、茫然自失になった陽彩は稼津斗がキッチリと回収して旅館に連れ帰って夫々の部屋に叩き込んでいた……冗談な
しにやっぱりコイツはチートだわ。








――――――








「ねぇ、此れで本当に良かったの?」

「逆に聞くが、私達が介入しても結果は変わらないのに介入する意味はあるか?
 アタシが一夏と同じ学年で存在していない世界では、何をどうやった所で臨海学校の福音戦の一回目で一夏が落とされると言う結果を変える事は出来ないだけ
 じゃなく、この撃墜が一夏の機体の二次移行に繋がっているからな……未だ、此処で介入すべき時ではないだろ。」

「其れはそうだけど……」

「アタシだって一夏が落とされるのを見るのは良い気分じゃないが、だからと言って無理に介入してこの世界の流れを大きく変える事はしたくないんだ――あくまで
 もアタシ達は観測者だからな。」


全てが終わった海域の遥か上空で、自由と正義はこんな会話をしていた。
数多の世界を渡り歩いて来た彼女達は、何度も『臨海学校』を見て来て、そして福音鎮圧時に一夏が何らかの要因で撃墜される様を幾度となく目の当たりにした
だけでなく、一夏が落とされると言う結果は変える事が出来ないモノだと知っていたのだ……だから、介入しなかったのだ。


「アタシ達が介入するのは二回戦からだ……福音の位置は捕捉してるか?」

「勿論よ夏姫。序に福音の現在位置のデータは、バッチリ束さんに送っておいたわ♪」

「ふ、流石だな。」


軽くハイタッチを交すと、自由と正義は夜の闇に溶け込むようにその姿を消した。
福音の暴走に一夏の撃墜、そして戦闘が終わった戦場に現れた自由と正義……福音の暴走事件は、IS学園側の任務失敗では終わらないだろう。って言うか終
わらせないだろう。
同じ頃、旅館では一夏の嫁ズが一夏の復活を願って居ると同時に、『福音の撃破』を誓っていたのだからね――











 To Be Continued 







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