ヴィシュヌとグリフィンしか居なかったアリーナに突如乱入して来たラウラは、『一夏が戦う理由を作る』為に――より分かり易く言うのならば、一夏が戦わざるを得
なくする為に、一夏の仲間を傷付けてやろうと此処に来たのだ。
濁った赤い目に、三日月形に歪んだ口元は不気味極まりない――対峙したヴィシュヌとグリフォンも、その不気味さに思わず身震いしてしまった程である。……ブ
ラジルの国家代表であるグリフィンと、タイの国家代表候補であるヴィシュヌが身震いしたってのは相当な事だろう。


「一夏と戦う為に私達を半殺しにする……本気で言っているんですか其れは?」

「あんまり物騒な事を言うモンじゃないよ、ドイツのおチビちゃん?と言うか、そもそも私もヴィシュヌも君と戦う気は毛頭ないから。」


其れでも怯まずに返す事が出来たのは、偏に彼女達の度胸がハンパなかったからだろう――並のIS乗りであったら、ラウラの濁った赤目のメンチギリを喰らった
時点で委縮して何も言う事が出来なかっただろうから。


「貴様等の意志など如何でも良い。いずれにせよ戦わざるを得なくなるのだからな?
 ブラジルの国家代表のグリフィン・レッドラム、タイの代表候補のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー……貴様等はその辺の有象無象と比べれば強いのだろうが、私
 から見れば取るに足らん雑魚でしかない。
 加えて貴様等は、あの軟弱者の駄犬に尻尾を振る雌犬……少しばかり躾をしてやらねばなるまい。」


だが、返されたラウラはこれまた怯む事無く、グリフィンとヴィシュヌを煽る。


「軟弱者の次は駄犬、そして私達が雌犬ですか……安い挑発で私達を逆上させて戦わせようと言う魂胆なのでしょうけれど、生憎私もグリフィンもその程度の挑
 発に乗る様な馬鹿ではありませんよ。
 挑発に乗せるのならば、もっと煽り方を学んだ方が宜しいと思います。」

「そう言う事だね。
 さっきも言ったけど、私達は君と戦う気はないから、幾ら挑発しても無駄よ。」


煽られたヴィシュヌとグリフィンは、警戒こそ緩めないモノの挑発に乗って戦うなんて事はしない――と言うか、こんな安い、五十円引きの値引きシールが付いた
モヤシよりも安い挑発に乗る筈がない。
そもそも、一々こんな挑発に乗って私闘に付き合うようでは代表候補生や、まして国家代表など務まらないだろう……中華風貧乳娘や英国産チョココロネだった
ら乗ってたかもしれないが、少なくともヴィシュヌとグリフィンは乗らなかった訳だ。


「そうか、如何しても戦わないと言うのか……ならば仕方あるまい、他を当たるとしよう。
 そうだな、実力的には貴様等には大分劣るだろうが、カナダの双子なんかを半殺しにしてやれば貴様等を半殺しにするよりも効果が高いかも知れんな?アイド
 ルと持て囃されているガキの悲鳴と言うのも面白そうだ。」

「「!!」」


ヴィシュヌとグリフィンに戦闘の意思がないと聞いたラウラは、事もあろうにターゲットをコメット姉妹に変更するなんて事を口にしてくれた……コメット姉妹とてカナ
ダの代表候補生なのだから一般生徒と比べれば高い実力を有しているとは言え、二人は年齢的にはまだまだ小学生であるにも拘らずにだ。
只の脅しや挑発と流す事は簡単だろうが、ラウラならば遣りかねないだろう……略間違いなく、自分の目的を達成する為ならば他の人間が如何なろうと知ったこ
っちゃないのだから。


「……待ちなさい。気が変わりました、貴女と戦う事にします。
 私達が拒否をする事で、他の誰かが被害を被ると言うのであれば、二度とそんな事が出来ない様に、今此処で貴女を叩きのめす事にします。」

「仮に双子の顔に一生モノの傷でも残されたらアイドル廃業だしね。
 二対一の状況ではあるけど、其方からケンカを売って来たのだから、まさか卑怯とは言わないわよね?」


だから、ヴィシュヌとグリフィンは態度を一転しラウラと戦う事にした。
其処だけを見ればラウラの思惑通りに事が進んだようにも見えるが、ラウラが自分達以外をターゲットに――其れも、明らかに格下のコメット姉妹を狙った事に対
して怒りが湧いて来たからだ。
特にグリフィンは、地元のブラジルで孤児院の子供達の面倒を見る位の子供好きなので余計にだろう。


「ククク……其れで良い。貴様等を叩きのめせば、織斑一夏に私と戦う理由を与える事が出来るのだからな!!
 卑怯などと言う心算は毛頭ないから二人がかりで来るが良い……其方の方が私も楽しめると言うモノだ。スポーツマンと軍人の差を教えてやろうじゃないか。」

「軍人だのスポーツマンだの言ってると……!」

「思わぬ所で足元を掬われますよ!」


言うが早いかビシュヌが鋭い蹴りを繰り出し、グリフィンは自機のアンロックユニットであるダイヤモンドナックルをラウラに飛ばして先制攻撃!!
ラウラはヴィシュヌの蹴りをバックステップで躱し、グリフィンのダイヤモンドナックルを空中に移動する事で避けると、悪意500%とも言うべき歪んだ笑みを、更に
深くしたのだった。










夏と刀と無限の空 Episode19
『暴走する銀と、その果てにある物』










ラウラがヴィシュヌ達に喧嘩を売りに行った少し前、一夏は刀奈と共に職員室にやって来ていた。――スコールから書類の整理の手伝いを頼まれたからだ。
『一年のクラス代表が呼び出された』と言うのはつまり、形は違えど担任の仕事の手伝いであり、一夏と刀奈は書類の整理の手伝いをしていると言う訳である。
各クラスで配布するプリント位ならば、スコールが二人にヘルプを求める事は無かったのだが、学年別タッグトーナメントが近くなると、其れに関係した書類が、い
っそ悪意すら感じるレベルで爆増する為、ヘルプを頼んだのだ。
中でも面倒なのが『タッグの申請書』だろう。
織斑姉弟や更識姉妹の様に、同じクラスの生徒同士でタッグを組む場合は、そのクラスの担任教師が申請許可の印を捺せば良いのだが、違うクラスの生徒がタ
ッグを申請した場合、双方のクラスの担任教師の申請許可の印が必要になる為、他のクラスの書類も一緒に処理しなくてはならない為に量が増えたのである。
去年までは無かった事なので、スコールも一人では処理限界を超えたって事なのだろう。


「刀奈、そっちのプリントは纏まったか?」

「えぇ、此方は終わったわ。」


とは言え、流石に生徒に申請許可の印を捺させる訳には行かないので、一夏と刀奈はそれ以外の書類やプリントを纏める作業を行っており、スコールは只管に
タッグの申請書に印を捺し続けて居る訳だ。
モデルと見紛うほどのブロンド美女がジャージ姿で書類に捺印してる姿ってのは中々にシュールなモノがあるなぁ。


「先生、書類とプリント纏め終わりました♪」

「あら、早いわね?ありがとう。
 悪いわね、手伝って貰っちゃって。」

「いえ、此れもクラス代表の仕事だと思ってますから。」


こう言った雑務も『クラス代表の仕事だから』ときっちり熟せる一夏と、其れを副代表としてちゃんとサポートする刀奈はやっぱり良いコンビだ――此れが陽彩だっ
たら『何で俺が』とかぶつくさ言いながら嫌々手伝い、千冬から『此れもクラス代表の仕事だ。』とか言われて出席簿を喰らってただろうからな。
そんな一夏と刀奈にスコールは改めて礼を言うと、机の引き出しからキットカットチョコレートを取り出し『手伝ってくれたお駄賃』として渡してくれた。――金銭だっ
たら大問題だが、お菓子ならば問題はないので一夏も刀奈も此れは有り難く頂戴する事にした。部活の大会帰りに、顧問の先生がラーメン奢ってくれるのと同じ
様なモノだからね。


「お疲れ様、本当に助かったわ。
 時間を取らせて悪かったわね?……アリーナの使用許可を申請していたみたいだし、放課後は訓練を予定していたのでしょう?後は私一人で出来るから、彼
 方達は訓練に行ってくれていいわよ。――タッグトーナメント、期待してるわ。」

「押忍!頑張ります!!」

「銀龍の剣術と、紅龍の槍術でギャラリーを魅了して差し上げますわスコール先生♪」

【ファンサービスは盛大に】


最後にスコールから『タッグトーナメントを頑張ってね』とのエールを受けた一夏は気合たっぷりに返し、刀奈は高校生徒は思えない妖艶な笑みで返したのだが、
その扇子の文字は如何よ?何となく『ファンサービス』と称して対戦相手をフルボッコにする決闘者の匂いがプンプンするんだけどねぇ……まぁ、ISバトルはプロレ
スと同様にエンターテイメントの側面もあるから『魅せる』事も重要なのは否定出来んがな。


「ところで一夏、私以外の四人に関しては最近如何なの?」

「あ~~……アレだな、ロランとはやる事やっちまったからなんだけど、ヴィシュヌとグリフィンとクラリッサも大分レベルが上がってる――少なくとも、『俺の大事な
 人だ』って胸を張って言えるレベルだ。
 惚れっぽいのかな、俺って?」

「惚れっぽいって言うのは誰彼構わず、容姿の良い異性を見るとすぐ熱を上げちゃう人の事だから違うでしょ?
 其れに、惚れっぽい男って言うのは割と無責任なモノだって言うけど、一夏は私達五人の事を真剣に考えてくれてるんだから、惚れっぽい訳じゃないわよ。」

「そうか?……なら良いんだが。
 刀奈は勿論、ロランもヴィシュヌもグリフィンもクラリッサも、選んだ者の責任として幸せにしないとな。」


職員室を後にし、アリーナへ向かう中で刀奈は一夏に『自分以外のパートナーとは如何なのか』を聞いて来たが、少なくとも悪い感じではないみたいだ――刀奈
と一緒に悪乗りしたロランとは既に一線超えてるからアレだが、それ以外の三人に関しても胸を張って『俺の大事な人だ』って言えるのなら、一夏の中でヴィシュ
ヌとグリフィンとクラリッサへの愛が大きくなっているのは間違い無いだろう。


「ふふ、その気持ちを忘れなければ大丈夫よ。
 其れで、そんな一夏は、私達に酷い目を遭わせた輩が現れたらどうする?」

「問答無用で瞬獄殺。若しくは八稚女→彩花のコンボ。或は2002無印の若本ルガールの近立C→ダブルトマホーク→強ビースデストラクション→MAXデストラク
 ションオメガの十割コンボを叩き込むぜ。」

「あら、素敵♪」


でもってパートナーズを傷付けた相手への対応がガチだ、鬼だ、悪魔だ……だが、愛する女性を傷付けられた男の対応としては可成り正しい、其れがベターだと
言えるだろう。
一夏は基本的に温厚で誰にでも優しいが、その反面自分の仲間、取り分け自分の愛する女性が傷付けられたその時は速攻で修羅と化す激しさも持ち合わせて
おり、修羅と化した一夏からは『好青年』と言った雰囲気は消え去った『戦士』となる……修羅と化した一夏は、千冬ですら武者震いを起こすレベルなのだ。


「刀奈が彼女ってだけでも最高なのに、ロランにヴィシュヌにグリフィン、そしてクラリッサ……魅力的な女性が俺のパートナーになってくれた。俺は間違いなく世
 界最高の果報者だよな。」

「そうよ?五反田食堂の彼が羨んで涙腺崩壊するレベルだからね?」

「『良い子がいたら紹介してくれ』って言ってたからなぁ……機会があれば何時ものメンバーで店に行ってやるか?
 刀奈とロランとヴィシュヌとグリフィンは俺のパートナーだから無理だけど、マドカに簪に乱に双子に生徒会長に虚さんにのほほんさんと割とフリーな人は居るか
 ら一人位はOK出るかもしれないし。」

「其れは確かにそうだけど、少なくとも簪とマドカちゃんがOKする事だけは無いでしょうね……ブラコンと二次元オタクに恋は難しいわ。」


其れは其れとして、こんな感じでアリーナに向かう道中での会話を楽しんでいた一夏と刀奈だったのだが……


「一夏君、刀奈さん、此処に居たんだ……!!」

「鷹月さん?」

「静寐ちゃん?」


其処に只ならぬ様子の静寐が現れた事で一気に緊張が高まった。
静寐の顔は上気し、額には汗が浮かび、呼吸が荒くなってる事から何か急を要する事態が起きた事が容易に想像出来るからだ――『四組の副副代表』とも称さ
れている彼女が来たと言うのも大きいだろう。


「鷹月さん、何があったんだ?」

「た、大変なの!
 第三アリーナでヴィシュヌさんとグリフィン先輩が、一組に来たドイツの転校生と戦ってるんだけど……アレはもう模擬戦や試合じゃない……此のままだと、二人
 とも殺されちゃう……!!」

「なんだと!?」

「何ですって!?」


そして、静寐から齎されたのは衝撃的な情報だった……ヴィシュヌとグリフィンがラウラに殺されかけていると言うのだから、衝撃を受けるなってのがそもそもにし
て無理なんだけどな。


「何だってそんな事に……まさかアイツ、俺にテメェと戦う理由を持たせる為に?……だとしたら、ふざけるのも大概にしやがれ、銀髪チビが!!」

「あ、待って一夏!私も行くわ!!」


其れを聞いた一夏は一目散にアリーナに向かい、刀奈も其れを追う。
此の時の一夏の瞳には間違いなく『烈火の怒り』が浮かんでいたが、一夏を追う刀奈の瞳にもまた『氷結の怒り』とも言える絶対零度の光が宿っていた……つま
りは、一夏と刀奈と言う最強のコンビが怒りを宿した訳だ――ラウラは、己の目的を果たす為に銀龍と紅龍の逆鱗に触れたのだった。








――――――








一夏達が向かっている第三アリーナで繰り広げられていたのは、紛れもない地獄だった。


「ぐ……こんな……」

「……卑怯者め……」


ヴィシュヌとグリフィンのISは半壊状態となり、パイロットである彼女達も無視出来ないレベルのダメージを負っていた――ヴィシュヌもグリフィンも、身体に多数の
擦り傷と切り傷、そして痣があり、多数の場所から出血をしているのだから。
IS操縦者としては一線級の彼女達が何故此処までの深刻なダメージを受けているのか?――其れは偏にラウラの戦い方にあった。
ヴィシュヌとグリフィンの先制攻撃をやり過ごしたラウラは、スタングレネード――つまり閃光弾を炸裂させて二人の視界を潰し、目が眩んだ二人を蹂躙したと言う
訳だ。
スタングレネードやスモークボムと言った相手の視界を潰す装備は公式試合では使用が禁止されているのだが、学園内での『模擬戦』は公式試合じゃないから
使った所で咎められる事はない――だから、ラウラは平然と使用したのだ。
そして此れは、彼女がスポーツマンではなく軍人である事も大きく影響しているだろう――スポーツマンならば公式試合でなくとも公式ルールを遵守しようとする
のに対し、軍人ならば言い方は悪いが『ルールが明確でないのならば勝つ為に手段は選ばない』と言う部分があるので、スタングレネードも躊躇なく使用したっ
て訳だ……暗黙のルールくらい守れよこのクズがだな。


「卑怯者?悪いが戦場に卑怯と言う言葉は無くてな……どんな形でも勝てばいいだろうなのだ!!」


加えてラウラは自機の最大の特徴であるAICでヴィシュヌとグリフィンの動きを止めて、一方的に甚振って笑っているのだから最悪極まりないが、ラウラは其れだ
けでは満足しないのか、ヴィシュヌとグリフィンに更に攻撃を加える。
グリフィンの腹に蹴りを入れ、ヴィシュヌの腕を踏み砕くと言う残酷な方法でだ。


「ガハ……」

「あああああああ!!!」

「クハハハハ!!腸の一つでも潰れたか?そっちは腕が砕けたか?」


腹を蹴られたグリフィンは吐血し、踏み砕かれたヴィシュヌの左腕はあらぬ方向に曲がっている……ISは解除されてないとは言え、既に二人は戦闘不能だ。
にも拘らず、ラウラはヴィシュヌとグリフィンをワイヤーブレードで吊り下げると、レールカノンを向ける。
如何に『ISの攻撃は生身の人間には効果がない』とは言え、其れは裏を返せは『半壊状態であっても、ISを纏っているならISの攻撃は有効』と言えるのだ。
だが、半壊状態のISでは絶対防御の発動は望めないから、其処への攻撃は必殺と言えるだろう。


「ククククク……貴様等は良い仕事をしてくれた。此れで織斑一夏が私と戦う理由が出来た……だからもう用済みだ、そのまま死ね。」


瀕死のヴィシュヌとグリフィンにトドメを刺すべく、ラウラはレールカノンを発射――しようとした瞬間に、ワイヤーブレードで吊り下げていた筈のヴィシュヌとグリフィ
ンの姿が消えた。
ラウラも突然の事に驚いたが、見ればワイヤーブレードが断ち切られていた。


「オイ、随分とフザケタ真似してくれやがったな銀髪チビ……」


底冷えがするような声がした方に視線を向けると、其処にはヴィシュヌとグリフィンを担ぎ上げた銀の龍騎士の姿が……ISを展開した一夏が居た。
一夏は第三アリーナに到着するやISを展開すると、ビーム斬撃を飛ばしてラウラのワイヤーブレードを両断し、同時にイグニッションブーストとリミットオーバーの合
わせ技の超加速で、ワイヤーブレードから解放されたヴィシュヌとグリフィンをキャッチして見せたのだ。

一夏は助け出した二人をアリーナの床にゆっくりと下ろし、そして横たわらせる――此れだけのダメージを受けていたら、座っているのも困難だから。


「……いち、か?」

「い……ちか……?」

「ゴメンな二人とも……俺のせいでこんな事になっちまって……」

「一夏の……せいではありませんよ……此れは、私達が……自分の意志で彼女と戦った……結果です、から……」

「あはは……カッコ悪いとこ、見られちゃった……な……」

「……カッコ悪くなんかねぇよ。ヴィシュヌも、グリフィンも。」


助け出されたヴィシュヌとグリフィンは、全身に激痛が走っている筈なのに、一夏を心配させまいと気丈に振舞い、笑顔を浮かべようとする――そんな二人を一夏
は心底愛おしく思い、そして同時にラウラに対する怒りが一気に爆発した。フリーザによってクリリンを殺された悟空の怒りと同じ位に爆発した。


「俺の大事な人達をよくもやってくれやがったな、銀髪チビ……テメェ、覚悟は出来てるんだろうな?
 ヴィシュヌとグリフィンを助ける為にテメェのワイヤーブレードをぶった切ったが……次はテメェの首をぶった切る。」

「ククク……其れが貴様の専用機か織斑一夏!
 そしてこの殺気、如何やらやる気になってくれたようで何よりだ……戦闘における覚悟が何一つ出来ていない雌犬共を甚振った甲斐もあったと言うモノだ。」

「雌犬ってのはヴィシュヌとグリフィンの事か?……良く言うぜ。
 ヴィシュヌとグリフィンが雌犬ってんなら、テメェは誰彼構わず噛みつく脳足りんの狂犬じゃねぇか。保健所に連絡して指導センター送りにしてやりたい位だぜ。
 ナチス時代に大量のユダヤ人をガス室でぶっ殺したドイツ人がガス室で処分されるってのは傑作だ。」


だが、怒りが爆発しても冷静な思考は無くさないのが一夏の凄い所であり、ラウラの挑発に対して倍の挑発をしてると言うのは普通に凄い事であると言えるだろ
う……そんな一夏を見て、ヴィシュヌとグリフィンが少し頬を染めていたのはある意味仕方あるまい。
彼女達からしたら、今の一夏は絶体絶命のピンチに現れたヒーローなのだから……加えてそのヒーローは自分のパートナーなのだから、惚れ直すなってのがそ
もそも無理ってもんだからね。


「ガス室で処分なんて生温いわよ一夏……そのおチビちゃんは麻酔なしで移植用の臓器提供手術を受けて貰う方が良いんじゃないかしら?」

「刀奈、君は時々とても恐ろしい事を言うな?ファラリスの牡牛もビックリな拷問を提案しないでくれ……まぁ、君がそう言いたくなるのも分かるけどね。」


其処に刀奈とロランも参上。
一夏の方が足が速いのでアリーナへの到着が遅れた刀奈に、クラス代表としての仕事をしている最中に静寐とは別の生徒からアリーナでの事を聞いたロランも
やって来たのだ。――此の状況を見ても、何時もの態度を崩さないと言うのは二人の精神の強さがあってこそだろう。


「刀奈、ロラン……ヴィシュヌとグリフィンを医務室に連れて行ってくれ。」

「了解だ。……此れは酷いな?芸術品の様なヴィシュヌの肢体が……」

「こんな時でも貴女はぶれないわねロラン?逆に頼もしいけど。
 とは言え、可成り危険な状態だから速攻で医務室に連れて行くわよ?……そして一夏、私の怒りは貴方に預けるわ。――そのおチビちゃんに、自分が一体何
 をしたのか、してしまったのかと言う事を教えてあげなさい。」

「言われるまでもないぜ刀奈……この銀髪チビはぶっ殺す。
 コイツがヴィシュヌとグリフィンにやった事其のままやり返して滅殺してやる。」


一夏は刀奈とロランにヴィシュヌとグリフィンを医務室に連れて行くように言うと、改めてラウラと向き合い、龍刀・朧の切っ先をラウラに向け、更に爆発した怒気を
一気に叩きつける。
一夏のガチの怒りは千冬ですら震え上がるレベルであり、其れを真面に喰らったら普通は其れだけで失神ものなのだが、一夏を倒す事が第一になっているラウ
ラは恐怖の感情が麻痺しているのか、その怒気を受けても不気味な笑みを浮かべていた……IS乗りとしての腕前は高くとも、ラウラは人として完全に壊れている
のかも知れない。
刀奈とロランがヴィシュヌとグリフィンをアリーナから連れ出したのを見届けた一夏は、龍刀・朧を一度納刀してから居合の構えを取りラウラを見据え、ラウラはラウ
ラで相変わらず歪んだ笑みを浮かべて一夏を見やる……ラウラの顔はヴィシュヌとグリフィンの返り血を浴びてる事もあって可成り凶悪な感じだ。


「「…………」」


互いに睨み合う『闘気組み』の状態から、先に動いたのは一夏だ。
イグニッションブーストとリミットオーバーの合わせ技からの超加速からの居合を発動してラウラに斬りかかる――この居合はるろ剣の相次郎の『瞬天殺』級の速
さがありながら、天翔龍閃の左足の踏み込みも加えた『最速最強の居合』であり、刀奈であっても完全に対処する事は出来ない技だ。
並のIS乗りならば何が起きたのか分からずに切り捨てられている所だろうが、ラウラは現役の軍人であると同時に遺伝子操作で生まれた強化人間なのでギリギ
リとは言え一夏の姿を捉え、カウンターのプラズマ手刀を振り下ろす。


「其処までだ!!」


だが、一夏の居合とラウラのプラズマ手刀が炸裂すると思ったその瞬間、二人の間に割って入った影が一夏の居合を人差し指と中指で白羽取りして、ラウラのプ
ラズマ手刀を出席簿で受け止めていた。


「千冬姉?」

「教官?」


その影の正体は千冬だった……IS刀の居合を二本指で白羽取りして、プラズマ手刀を出席簿で止めるとか、冗談抜きで人間辞めてないかこの人?如何に生身
の人間には効果が無いとは言え、ISの武装を素手で如何にか出来る人なんぞ世界中を探しても千冬と、その彼氏の稼津斗位なモンだろう。


「生徒から連絡を受けて来てみれば、まさかこんな事になっていたとはな……二人とも、この勝負は私が預かる!!
 よって、本日からタッグトーナメント終了まで一切の私闘を禁じる――此れに違反した場合は、厳重な処分が下ると思え!!」


人外の事をして見せてくれただけじゃなく、千冬は一喝し、『タッグトーナメント終了まで一切の私闘を禁じる』と言う期間限定ながらも絶対の拘束力を持ったルー
ルでもって戦闘を強制終了して見せたのだ。
尤も、其れだけだったら一夏もラウラも止まらなかったかも知れないが、其処は嘗て『世界最強』と称された強者のオーラで圧倒した……現役を退いたとは言って
も千冬の強さは未だ健在と言えるだろう。


「千冬姉が勝負を預かるってんなら仕方ねぇか……命拾いしたな銀髪チビ。」

「ふん……教官が仰るのならば此処は退くとしよう――だが、学年別トーナメントで当たったその時は、ズタズタの八つ裂きにしてやるからその心算でいろ!!」

「ハッ、テメェこそ三枚下ろしにされて活け造りになる覚悟をしとけよ?――俺を怒らせた以上貴様の敗北は絶対だ。絶望が、お前のゴールだぜ。」


千冬の登場で出鼻を挫かれた一夏とラウラは機体を解除しながらもまだ煽り合ってる辺り、不完全燃焼な状態なってしまった事に不満があるのだろう――だが、
だからこそ今度の学年別トーナメントで一夏とラウラがぶつかったその時には間違いなく凄まじいISバトルが展開される事だろう。
最後の睨み合いをした一夏とラウラの間には、視線の火花放電が起きていたみたいだったからな……視線がぶつかっての火花放電なんて漫画の世界だけかと
思ってたわ。


「マッタク……其れからボーデヴィッヒ、アリーナの使用申請が下りていたとは言え貴様のやった事は明らかに模擬戦の範囲を超えていると思うのだが?」

「何を仰いますか教官?
 模擬戦とは言えやる以上は徹底的にやるべきでしょう?少なくとも、私は黒兎隊ではそうして来ましたが?」

「此処は軍隊ではなく学び舎だ、其れを間違えるな馬鹿者。其れと此処では織斑先生だ。」

「失礼しました。以後気を付けます……では。」


ラウラは千冬に注意されるも、まったく悪びれた様子もなくアリーナを後にする……二人の人間に瀕死の重傷を負わせているにも係わらずにだ。
完全に『力こそが全て』であり、『強者は正義、弱者は排除されるべき悪』と言う考えがこびり付いているのだろう……尤も、反則アイテムのスタングレネードを使
わなかったら結果は違っただろうが。


「はぁ……スマンな一夏。私のクラスの生徒がお前のパートナー達に重傷を負わせてしまって……」

「別に、千冬姉のせいじゃないだろ?
 そもそもは、俺がアイツに『俺と戦いたいなら、俺がお前と戦う理由を持って来い』って言ったのが原因だからな……俺がアイツと戦う理由を持たせる為に、アイ
 ツはヴィシュヌとグリフィンを狙った訳だし、全ては俺に原因があるよ。」


そんなラウラの態度に溜め息を吐いた千冬は、一夏に謝罪するも、一夏は『千冬姉のせいでじゃない、原因は俺にある』と言って千冬を責めはしない。……一夏
からしたら理不尽な理由でパートナーの二人を傷付けられたのだから、ラウラの担任でもある千冬に少し位は当たっても良いと思うが、其れはお門違いだと考え
ているのだろう。


「いや、アイツの力だけを鍛えて精神面を鍛えてやれなかった私にも責任はある……せめてもう一年、いや半年あれば精神面も鍛えてやれたのだがな。
 此処に来たのを良い機会だと思って精神面を鍛え直してやる心算だったのだが、三年の間にもう私では直せない位に歪んでしまったらしい……一度完璧な敗
 北を知らない限り、最早アイツを直す事は出来ないのかも知れん。
 ……此れは教師としてではなく姉として言う。お前に押し付ける形になってしまって申し訳ないが、タッグトーナメントでボーデヴィッヒと戦う事になったその時は
 遠慮は要らん、徹底的に叩きのめしてやってくれ。何なら、腕の一本位ならば折って構わん。」

「言われなくてもその心算だっての……俺の大切な人達にアレだけの事をしやがったんだ、最低でも腕の一本はブチ折ってやらねぇと気が済まねぇよ。」


千冬は千冬でラウラの精神面を鍛えてやる事が出来なかった自分にも責任があると言ったが、最早完璧な敗北を知る事でしか直す事は出来ないかも知れない
からって、言ってる事が大分物騒だった。
『徹底的に叩きのめせ』ってのは兎も角、『腕の一本位なら折っても構わない』ってのは教師としてじゃなく姉としての言葉としても大分アウトな気がする……そし
て、一夏もやる気なのが怖い。……其れだけブチ切れてるって事なんだろうけどね。


「取り敢えず、俺はもう行くぜ千冬姉?ヴィシュヌとグリフィンの事が心配だからな。」

「あぁ、行ってやれ。」


一夏はそう言ってアリーナを後にし、アリーナの入り口に居た静寐達に訓練が流れてしまった事を謝りながら、足早に医務室に向かって行った――謝る時に確り
と次の訓練の約束をしてた辺り、アフターフォローも完璧と言えよう。


「ボーデヴィッヒは初犯だからあまり重い罰は下せんが……将来の私の義妹を傷付けた事は到底許せるモノではないから、明日の放課後から付きっ切りで特別
 授業をしてやるとしようじゃないか?
 ……そう言えば、アリーナの管制官は一体何をしていたのだ?真っ先にこの事態を止めなければならないと言うのに……」


んで、千冬は千冬でラウラへのお仕置きを考えていた。
その際にアリーナの管制官が何をしていたのかと言う事に気付き、その後管制室に行ってみると、管制官は白目を剝いて気絶していた……活を入れて起こして
から話を聞いたところ、『目の前で公開殺人事件が起こるんじゃないかと言う恐怖に意識が吹っ飛んだ』とかなんとか。
……気持ちは分からなくもないが、そんなチキンハートでよくIS学園に就職出来たなと言わざるを得ないわ――この管制官は、この後千冬にみっちりと説教され
て精神面がガッツリ鍛えられる事になったのだった。








――――――








IS学園には通常の高校の保健室とは別に、専門的な医療を行う医務室が存在する――医務室とは言ってもIS学園の校舎内にあるのではなく、校舎とは別の建
物があるのだが。
無人島に建てられたIS学園には、訓練中の事故で重傷者が出た場合や、重い病気に罹った生徒やスタッフを治療する為の独自の施設が必要だったって訳だ。
本土の病院に連絡してドクターヘリを飛ばして貰う位なら、学園島で対処出来る様にしておいた方が色々と便利だからね。

一夏はその医務室のヴィシュヌとグリフィンが『入院』している部屋にやって来ていた。


「一夏、来てくれたんですか?」

「あの銀髪おチビちゃんは如何なった?」


部屋のベッドにはヴィシュヌとグリフィンの姿が。
二人とも入院着に着替えており、身体に貼られた絆創膏や巻かれた包帯が痛々しい……特に、ギプスで固められたヴィシュヌの左腕は余計にだ。
只、不幸中の幸いだったのは、一番大きな怪我がヴィシュヌの骨折だった事だろう――グリフィンの吐血は、内臓にダメージを受けた訳ではなく、口内が傷付い
た事による出血で口の中に血が溜まり、ラウラの蹴りを受けた際に其れを吐き出しただけだったらしい。


「千冬姉が勝負を預かって、アイツとの決着はタッグトーナメントで付ける事になったよ。
 ……ゴメンな二人とも。俺がアイツに『俺がお前と戦う理由を持って来い』なんて事を言ったばかりにこんな事になっちまった――テメェのパートナーを危険な目
 に遭わせちまうなんて、最低だな俺。」

「一夏が謝る事じゃないって!銀髪のおチビちゃんとの戦いを選んだのは私達なんだからさ……って言うか、スタングレネードを使われなかったら勝ってたし。」

「そうですね……アレさえなければ、私のムエタイとグリフィンのブラジリアン柔術で返り討ちにしてました。」


でもって、ラウラが二人を蹂躙出来たのはスタングレネードを使ったからだった。
反則技を使って蹂躙しておいてあの態度って、ラウラはマジで人としてぶっ壊れてるみたいだ……真面な神経を持った人間なら反則技で勝っても、感じるのは虚
しさしかないからな。


「刀奈さん聞きました?あの銀髪チビ、公式では禁止されてるスタングレネードを使いやがったみたいですよ?」

「聞いたわよ一夏君……公式試合じゃないからって言い訳は出来るでしょうけど、『公式で禁止されてる物は非公式でも禁止』って暗黙のルールも守れないお馬
 鹿さんは、徹底的に教育してあげる必要があるわね♪」


其れを聞いた一夏と刀奈は顔は笑っているが、額には青筋が浮かんでいた……刀奈に至っては扇子に『銀髪眼帯滅殺♪』とか出てたからガチでキレてるな。


「ヴィシュヌ、グリフィン……仇は必ず取るからな。」

「一夏……はい、お願いします。
 それと……私達の事を『大切な人』と言ってくれた事、とても嬉しかったですよ?貴方に愛されていると言う事を実感できました。」

「惚れ直したよ一夏……最高の男だよ、お前は。」

「そ、そうか。」


此処でヴィシュヌとグリフィンが一夏に改めて思いを告げて、その感情が『LIKE』から『LOVE』になった事をお互いに認識する事となった……此れもまた不幸中の
幸いだったのかも知れないな。
その後、病室にコメット姉妹が食事を運んで来たのだが、ヴィシュヌの食事が『骨折が早く治りますように』って釜揚げシラス丼とシシャモの天婦羅とミルクプリンと
言うカルシウム200%なメニューだったのに対し、グリフィンの食事は『サーロインステーキ定食』だったのに若干引いた。
しかも只のステーキ定食じゃなく、1㎏のサーロインをレアでだからね……『派手に血を流したから血が足りない』との事だったが、JKで1㎏のステーキを平らげる
事が出来るのはグリフィン位だろう。

だが、食欲があるのならば其れは其れで良い事だ――食欲があるのならば其れだけ元気がある証でもあるから怪我が治るのも早い訳だからね。








――――――








同じ頃――


「よう、ボーデヴィッヒ。」

「貴様は、正義陽彩だったか?何の用だ?」


転生者である陽彩はラウラに接触していた。――よからん事を考えてるってのは間違いないだろうな。


「単刀直入に言うぜ……今度のタッグトーナメント俺と組まないか?」

「貴様と?」

「あぁ、俺とだ。
 お前は織斑をぶちのめしたいんだろ?実は俺もあの野郎をぶちのめしたくて仕方ねぇんだ……だから、手を組んであの野郎をぶちのめさないか?目的は一緒
 だろ?」


はい、予感的中。よからん事どころか最低な事を考えてた此れ。
確かに利害は一致してるから、タッグパートナーに選ぶのは間違ってないかも知れないがな。


「貴様も奴を?……確かに目的は一致しているな。
 良いだろう、貴様と組んでやる……だが、奴にトドメを刺すのはあくまでもこの私だ。其れは忘れるな!」

「オイオイ、連れない事言うなよ?トドメを刺す時は一緒にだろ?そうじゃなきゃ意味がないぜ――俺だって織斑をぶちのめしたいんだからな。」

「……そうだったな。好きにしろ。」

「あぁ、そうさせて貰うぜ。」


そして此処に、最悪のタッグが誕生した――一夏をぶちのめしたくて仕方ない陽彩とラウラのタッグは最悪と言えるだろう……尤も、陽彩の腕前では一夏に勝つ
なんてのは宝くじの一等が当たるよりも低い確率だけどな。


「(ククク……今度こそテメェをぶちのめしてやるぜ一夏。
  箒達とやるようになってから、俺はすこぶる調子がいいからな、今度こそテメェに吠え面かかせてやるぜ!!)」


まぁ、陽彩は箒達と『禁則事項』するようになってから調子が良いらしいが……やっちまって調子が良くなるって、コイツは何か?房中術でも会得してるのか?そ
うじゃないと説明が付かないわ。
尤も、調子が良い程度じゃ一夏と刀奈のタッグには敵わないと思うがな。

そんなこんなで時は過ぎ、遂に『学年別タッグトーナメント』の日がやって来たのだった――










 To Be Continued 







キャラクター設定